TOPトーク専門家毎朝の思考SNSが見える化した「現場の哲学」の明暗09:47 2024年3月20日 8,139再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次SNS時代の情報民主化と課題現場視点の可視化が生む光と影JR対応に見る、民意と現場の摩擦車椅子騒動が浮き彫りにした限界現場と俯瞰、両立への模索AI文字起こし(β版) # SNSが見える化した「現場の哲学」の明暗 おはようございます。佐々木敏夫です。 SNSが普及した時代、誰もが自由に発信できる、発信できる人が限られていないというのは 人類史上初めての出来事で、これはきっと何千年か先でも 画期的な文明史上の転換点として記憶されていくはずなんですよね。 2010年代、我々はその第一歩にいるわけです。 SNSが可視化したことがたくさんあって 例えばSNSの時代になって、読解力のない人が増えたという言い方をするんだけど あれは僕は違うと思っていて、読解力のない人は昔からたくさんいたんですよ。 でもそういう人はせいぜい居酒屋でテレビを見ながら バカやろうとか、監督帰ろうとか言っているだけで済んだ。 そういう人たちがSNSで発信できるようになったがゆえに つまりは発言が民主化されたがゆえに そういう人の声が見えるようになってきてしまったから 読解力のない人が増えたように見えているだけだと思うんですよね。 これはすごくネガティブな影響なんだけど もう一個僕はプラスの影響があると思っていて 現場で働いている人、何かのシステムとか仕組みを運用している人たちの意見が 見えるようになったというのはプラスの効果としてとても僕は大きいんじゃないかなと思っている。 よくJRの対応とかをテレビのニュースとかワイドショーで批判したりするじゃないですか。 例えば大雪とかで電車が遅れて、そうすると駅に人が詰めかけて それで駅員さんにどうするんだよ、会議に遅れちゃうじゃないかって詰め寄っている中年男性がいたりする。 テレビとかワイドショーは、こういう抗議する側をどちらかというと抗議的に取り上げて ちゃんと対応できないJRがけしからんという、そういう見せ方をすることが多い。 これはJRというのは大企業で、どっちかと言えば権力側、体制側みたいなイメージがあるからだと思うんだけど でもSNSを見ると、そういうことに対して文句を言っている人、抗議している人に対して反感を持っている人が多い。 これはなぜかというと、みんな抗議をする側に同情したり共感したりじゃなくて 怒鳴られている側に共感するからなんですよね。 怒鳴られている側はJRという大企業とか、あるいは自民党政権とかそんな大きな話ではなくて その現場で矢表に立たされている担当者だったり係りの人だったりという現場の人なんですよね。 マスメディアというのは、所詮は第三者で外部の人であり 今はそうでもないけど、かつてはテレビ局員、新聞社員というエリートだったわけです。 だから現場の哲学みたいなものをあまり重視していないところがあった。 どちらかというと、権力者vs庶民の味方の私たちみたいな、 ある種の対立構造とかをそこに仮定して、それで戦うみたいなところがあった。 そこに権力者vs庶民の味方、正義の味方のマスコミという構造の中には 現場の担当者という存在が欠落しているんですよね。 でも実際にはどんな物事であれ、それは政府のやる仕事であれ、 何であれ、大企業のやることであれ、結局運用しているのは現場の人たちである。 まさに今回のノト地震なんかはそうですよね。 テレビ新聞は相変わらず、書道が遅いとか物資が送られていないとか 権力批判をする、政府の批判、自治体の批判をするために大声でワーワー言うんだけど 一方で多くの人は、みんな現場の思想をよく身に染みてわかっているから 現場はそんな単純な話ではないんだよと、みんな一生懸命努力しているけど それでも道路が寸断されて現場になかなか物を運べないんだという。 自衛隊がどういう運用をしているのか知っているのかという、 そういう運用側の思想とか、現場の担当の人たちの苦労とか、そういうところに目が行く。 まさに現場の哲学がSNSによって初めて浮上してきた。 それによって単純な権力対正義の見方という構図ではない。 そこに第三の現場の哲学が浮上してきたというところは 僕はこれはすごく大きな意味があるなと思っているんです。 ところがここにはもう一個落とし穴があって、ここはなかなか難しいところなんだけど 先日来イオンの映画館で車椅子が今後は来ないでくれみたいなことを言われて クレームになったという騒動がネット上で話題になっているじゃないですか。 これもたぶん現場の哲学の延長線上なんですよね。 前にもアタミの近くの無人駅で電動車椅子を駅から降りたいというふうに車椅子の人が言ったら 駅側が人員がいないのでと断った。 それでマスコミを呼んで大騒ぎになって 結果的に駅員さんたちが必死で階段を、車椅子を抱えて持ち運んだという事例があって あの時も車椅子の人がすごく批判された。 あれはやはり現場の写真ですごく苦労しながら車椅子を運んでいる制服の駅員さんたちの姿は たぶん現場の哲学の人たちには目に焼き付いて離れず どちらかというと現場の駅員さんの側の視点に多くの人の目が行ったということが 車椅子に対する反感につながったんだろうなと思うんです。 今回も同じでどちらかというと映画館の人たちの方に同情してしまう人が多い。 だから車椅子の側が批判されるということが起きてしまっていて それはいくら何でもやりすぎじゃないかと やはり車椅子でどこでも入れるようにした方がいいんじゃないかという反論があったり いろんな議論が巻き起こっているんだけど ここは僕は現場の哲学の限界みたいなものがやはりあるなと思う。 数日前のボイッシーであまりにも現場というものに依拠しすぎると 部分的最低化になってしまって全体を俯瞰的に見るという 全体最低化の発想は欠落しかねないという危険性があるという話をしたと思うんですね。 現場を知ることと俯瞰的に見ることを了承させるのが大事という配信だったのですが それと同じで現場の映画館を運用しているスタッフとしては 車椅子に来られても本当にこの映画館は車椅子に最低化されていないし 人もいないので苦労するんですよってその気持ちもわかる。 それはまさに現場の哲学だと思うんだけど 一方ででもそれで終わってしまったら車椅子で行ける場所が増えていかないという問題はやはりあるわけですよね。 昨日紹介した匿名ダイヤルの記事で 車椅子を押してきた人間として今複雑な気持ちでいるという記事が URLを貼っておきますが、この記事で匿名の筆者はこう書いている。 もし自分の働いているところにああいう車椅子ユーザーが来たら 表面的な対応別としても内心では腹が立つ。 でも腹が立つけど、そういう人がいるからこそ車椅子で行ける場所が増えてくるんじゃないの? ということをこの記事は問題提起しているんですよね。 何だよ、健常者様ならプレミアムなシートで映画を見られるのに 我々車椅子のユーザーは端っこで見ろってのか? というふうに激しく怒る人が一定数いてくれるとき 声を上げてくれる人がいるとき助かるんだと。 目の前にそういう客が来られたら嫌だよと。 でもそういう人がいてくれるからこそ 今車椅子がどこでも行けるようになっているんだと思うんだ。 というふうに筆者は書いている。 そこが複雑な気持ちだということなんですよね。 だから現場の哲学が可視化されたのはとても良いことなんだけど さらにそこから一歩踏み越えて 全体最低下のために現場だけではないもう少し一歩引いた 射程を伸ばした視点というのも持つことが重要だなというのは 今回のこの車椅子の件で改めて僕は感じました。 ではまた明日 もっと見る毎朝の思考佐々木俊尚09:471.SNSが見える化した「現場の哲学」の明暗https://anond.hatelabo.jp/20240317164959コメント感想・質問・応援メッセージを書こう Bob YAMADA2024年3月23日個人的経験ですが、会社で改善活動に取り組もうとしても現場からの声だけでも上からの命令だけでも動かない、両者をうまく組み合わせないと難しい、というのを実感しています。社会運動も同様に、昔のように現場で大声を出せば社会が動くという時代ではなくなってきたと思います。そういうとトーンポリシングのように聞こえますが、むしろ時代の変化に合わせた運動だと思っています。じゃあ具体的にどうするかと問われると今は答えを持ち合わせていないですが…難しいですね1返信 Atom s2024年3月20日山田太一さんのドラマ「車輪の一歩」のセリフ「人に迷惑をかけてもいい」が蘇ります。難しい問題ですがあの頃より自分はいい時代になってきているな、と思っています。1返信 俊尚 佐々木2024年3月21日いい時代になってきているのは私もそう思います。そう思いたくない圧力がワイドショー方面からよくやってきていますが笑2 smok2024年3月20日一つは、車椅子の方が良い席で映画を見れるようにするための施設改修コストや介護者人件費を車椅子本人、映画館所有者・運営者、映画鑑賞者、国民、誰がどれだけの割合で負担するのか問題。もう一つは、松葉杖の方、車椅子の方、寝たきりの方、それぞれの方が良い席で映画を見れるようにするコストを、どう優先順位をつけて、それぞれに何割ずつ配分するのか問題。1返信 譚太郎2024年3月20日深く同意します。SNSが見える化したことは多々ありますね。今回の一件でも問題提議した人物の過去の投稿から問題行動が明らかになったことも議論に大きく影響を与えたと思います。返信 俊尚 佐々木2024年3月21日そうですね。 村上幸雄2024年3月20日この件はソフトウェアのコードの最適化に似ている部分があって、仕事上の参考になりました。既存のコードを最適化すると、既存の処理に依存したものになり、変化に追従できないコードとなる。とはいえ、大きな視野で設計コーディングしろと言われたってコストが、というジレンマに悩んでいます。面白かったです。2返信 俊尚 佐々木2024年3月21日なるほど。ありがとうございます。1 もっと見る
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社会運動も同様に、昔のように現場で大声を出せば社会が動くという時代ではなくなってきたと思います。そういうとトーンポリシングのように聞こえますが、むしろ時代の変化に合わせた運動だと思っています。
じゃあ具体的にどうするかと問われると今は答えを持ち合わせていないですが…難しいですね
SNSが見える化したことは多々ありますね。
今回の一件でも問題提議した人物の過去の投稿から問題行動が明らかになったことも議論に大きく影響を与えたと思います。