TOPトーク専門家細野豪志の今日も元気に!0歳から15歳が同じ場で育つ。大熊町「学び舎ゆめの森」訪問記23:07 2025年4月29日 5,946再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次大熊町の復興と「学び舎ゆめの森」異年齢交流が促す子どもたちの成長0歳児から15歳までが共に学ぶ環境スラムダンクに例えるファンフェスタ教育が地域再生の突破口となるかAI文字起こし(β版) # 全町避難した大熊町の見事な復興 細野剛志の今日も元気に。 いよいよゴールデンウィークということで、細野ファンの皆さんはいかがお過ごしでしょうか。 私はですね、今日ゴーから仕事が入っているんですけれども、その前にですね、非常に今気になっていた方のお見舞いに行ってこようというふうに思っております。 個人名は避けますけれどもね、いやー早く元気になってもらいたいなということでね、久しぶりにお顔が見れるのではないかということで楽しみにしております。 謎かけみたいですいません。 昨日はですね、浜通りに行ってきたんですね、福島県の奥間町なんですけど、この後ちょっとゆっくり話しますけどね。 大柄地区というのが奥間町にありましてね、そこが役場の場所でもあり、そして学校もあってですね、住宅も広がっているというこういう場所になっているんですね。 3.11の時に私がですね、避難をお願いをした町なんですね。 実は学校のご案内をしていただいた方がですね、課長さんだったんですけども、 4年前、私が3月12日の朝、おそらく6時頃なんですけれども、 大熊町に電話をして、渡辺敏津の町長に避難してくれということをですね、依頼をした、その電話を受けた方だったんですね。 いやー、なんかね、そうだったのかと、今から考えればね、どこに避難してくれということも伝えることができなくて、とにかく原発から離れて、全地を避難してくださいということを伝えたわけですよね。 分かってはいたけども、本当に酷なことをお願いをしたなというふうに改めて感じました。 その大熊町がね、当時の渡辺敏津の町長の強い思いで、大河原地区を復興させたいということでスタートしてですね、見事に再生しているんですね。 帰りですね、私、苺を作っていたので、作っているのは数年前からとてもおいしい苺なんで、それをお土産に買って帰ってきたんですけど、 もうこの大熊町の皆さんの思いというのが本当にですね、ものすごく尊いものだと思うし、応援をしたいという、こういう思いを持って改めて帰ってきました。 その中でもね、今、大熊町の中でもっとも注目をされているのが学校なんですよね。 学びや夢の森ということで行ってまいりましたので、早速次のチャプターで報告をしたいというふうに思います。 # 異年齢交流の大切さ 昨日は飛び石の休日ということで、朝から福島県の浜通りに行ってまいりました。 原発がある大熊町に行って、学び屋夢の森という学校を訪問してきました。 以前から、とにかく一度行きたいということで、ずっとタイミングを図っていたんですけれども、 ついにそれが実現をしたということなんですね。 この学校はものすごく大きな特徴がありまして、0歳児から15歳、普通でいうと中学校まで同じところで学んでいるという学校なんですね。 子ども園、そして小学校、中学校ということで、小学校は1年生から9年生までという構成になっていまして、 本当に素晴らしい学校運営をされています。 大熊町というのは原発事故で全庁避難になりました。 ある時期から福島県の藍洲市の方に、藍洲若町ですね、そちらの方に避難をして、そちらで学校をやっていたんですね。 当時の町長は渡辺俊次さんと言いまして、今もお付き合いがありましてね、その前町長のご自宅にも行ってきたんですけれども、 何とか大熊町を守りたいということで、藍洲若町でも学校を継続して運営をし、本当に少人数になっていたんですけれども、 それをですね、この大熊町の方に再び復活させるということで、見事にですね、運営をされていました。 学校そのものがですね、スタートしたのは2023年ということで、聞いたらですね、私ちょっと驚いたんですけど、 当初はですね、建物がなかったので、新しくできた町悪魔なんかを中心にやっていてですね、教室は、場合によって青空教室でやってたんですって。 そっからね、よく今年は25年度ということですけれども、これだけの空間に育ってたなという感じがいたしました。 私がね、この学校に興味を持ったのは、大熊町だということもあるんですけれども、もう一つ理由がありましてね、 それはですね、異年齢の交流というのが非常に盛んに行われているということなんですよね。 考えてみればですね、0歳児から15歳までいるわけですね、そして同じ空間で勉強しているわけです。 当然交流は生まれますよね。 写真を貼ったのはですね、これは学校入ったところの空間なんですけれども、非常に大きな空間になっていて、 そこでいろんな行事なんかもやるって言ってましたけどもね、ずっと印象的なのは、本がね、壁というか階段状になっているところに置かれているんですね。 それも本当に小さい子供が読むような本から、中学生が読むような本当に難しい本までずっと並んでいましてね、 誰でもそこで本に触れることができるという空間になっていました。 私自身がですね、その学校を訪れたのは、11時頃だったかな。 授業を見せてもらって、冬休みもですね、ちょうどその時間だったので様子を見ることができたんですけれども、 学年をですね、越えていろんな年齢の子供がですね、交流をしているのが非常によくわかりました。 授業もですね、例えば4年生、5年生、6年生の数学なんかを一緒にやったりするんですって、 そうすると学年の違う子供たちが教え合ったりとか、それぞれの子供たちがですね、 自分の進度に基づいて勉強することができたりということで、非常に自由度の高い授業が行われているなという、こういう印象でしたね。 お互いにため口で言っているらしくて、例えば9年生ですね、中学校3年生の子供と、 この小学校の6年生の子供が仲いいんだ、みたいな話もあってね、 考えてみたらですね、社会に出れば、2年齢でそれぞれね、当然付き合わなきゃいけないわけじゃないですか。 それがちょっと日本の学校の場合はですね、学齢主義に傾りすぎてはいないだろうかと。 同じ年齢の子供とずっと、もうそれこそ保育園幼稚園の時から、小学校、中学校、高校、 多くは大学もですね、そのまま一つの塊で上がっていくということで、 2年齢のですね、この交流というのが意外と少ないというのが一つの課題だと思ってましたので、 そこも含めてですね、非常にうまく運用されているなというふうに思いました。 校長先生はですね、南郷さんと言いましてね、この人はですね、文部科学省の官僚だったんですね、3.11の時。 私も当時からお付き合いがあったんですが、なかなか代わり種でですね、もともと文科省に入ったわけではなくて、 民間業に勤めていたところからですね、転職して文部科学省の官僚になっていたわけです。 その官僚としてですね、仕事をしていた時に起こったのが3.11ということだったんですね。 彼は志願したのかな、ちょっとよく私その辺の経緯はわかりませんが、 当時からですね、福島県の教育委員会といろいろやり取りをして、学校のサポートしていたんですね。 そうしましたらですね、彼はそこから福島と付き合うというですね、運命をたどることになるんですけども、 浜通りに二葉未来学園というのを作ろうということになったんですね。 これ福島県立なんですけれども、多くのですね、高校がもう機能しなくなる、 子供たちが浜通りにいなくなりましたから、名門校がいくつかあったんですけれども、機能しなくなる中で、 一つ学校を作ろうということでですね、できたんですよね。 富岡町と広野町の間かな、その辺りにできたんですけど、そこの副校長に赴任したんですよね。 8年いたって言ったかな。 二葉未来学園は私3度ほど訪問してるんですけれども、当初中学校ができて、その後高校ができたのか、先に高校ができたのか、 高校ができて中学校ができたのか、そうやってできてですね、6年間一貫教育をしてましてね、 もうすでに最初に入学したお子さんは社会人になっていてですね、 そしてその子供さんの中には、例えば大熊町の薬場に勤めた人もいるし、 広島以来の学生になって、お医者さんになっている人もいるしですね、 あとは東京電力に入った人もいるっていう風に言ってましたね。 これはね、やっぱりそういう子供たちがあるミッション性というか探求をした結果として出てきた非常に大きな成果だと思うんですよ。 この大熊町にできた夢の森もその思想を受け継いでいまして、 二番未来学園の場合には中学校と高校ということなんですけれども、幼児期からそういったものをですね、 できるだけ育てていこうということでやってます。遊びを代入するって言ってましたね。 非常に自由な空間があるので、そこで子供たちが何かに没頭してですね、取り組むことができると。 そしてそれを小学校に入ったところの学びに結びつけ、そして学年が上がるに従ってですね、 探求に結びつけていくという、こういうことを言ってましたね。 そういう空間として本当にこれはね、自分の子供を学ばせたくなるなぁと思わせるものがありました。 これ特殊に値すると思ったのは、この二番未来学園にはですね、今84人の子供たちが集っているんですね。 ただ84人って、人数そんな多くないなと思われるかもしれないけれども、正直と考えられないような事態になっているんですね。 というのはね、2011年の3.11の時は、合計すると園児児童の数というのは708人いたそうです。 ところがですね、1484名か、いたそうです、修学前はね。 ところが、2022年、この夢の森ができる前ですね、 なんと園児児童の総数は9名まで減少したっていうんですね。9名ですよ。 もはやですね、学校として存続できないところまで追い込まれたわけですよね。 そこから23年にこの学校ができて、24年、25年で84人まで増えたと。 これどういうことかということなんですけど、要するにね、教育移住なんですよね。 もちろんこの84人の中には元々奥間町に縁があって、元々残っていた子供、 あとは帰ってきた家族がいてですね、学んでいるそういうお子さんもいます。 ただそのお子さんの割合というのは2割ぐらいじゃないかと言ってましたね。 残り8割はですね、外から来てるっていうことなんですね。 いろんなところから来てるって言ってましたね。 東京から来てる子もいれば、京都から来てる子もいるって言ってたかな。 その中にはですね、その地域の学校でなかなか勉強うまくできなくて、 もしくは馴染めなくて不登校になってしまったみたいな子供も来てるみたいでね。 この夢の森に来たことによって、ものすごく社会に興味があるということで、社会がね。 ものすごくそこで個性を伸ばして、それが子供たちにも良い影響をしている、 応用しているみたいな話も出ていましたのでね。 いやこれね、一つのモデルにはなると思いますね。 この大隈町の成功をですね、一つのきっかけに、 例えばお隣の二葉町、大隈町の北側にある学校なんですけれども、 そこもですね、全庁避難になって、今町づくりを再開しているようなところなんですけれども、 この一貫学校を作ろう、みたいな流れもあるということを言ってましてね。 そういう流れがこの地域全体に広がってきているということでしたね。 この教訓というのはね、おそらく浜通りだけに限定できる、するべきものではないと思っているんですね。 と言いますのもね、今大隈町に現実に住んでいる人というのは、 965人なんですよ。752世帯だというふうに言ってました。 住民票を置いている人はもっといるんですけど、残念ながらまだ大隈町には戻れてないんですよね。 そのうち84人が子どもなんですよね。 これ1割弱ということじゃないですか。 そうやって考えるとね、例えばですよ、私の地元の静岡県なんかでも、こんなに子どもいないと思いますよね。 日本中でですね、少子化が進んでいて、そして学校の数がどんどんどんどん少なくなってきている、 そういう状況の中でですね、三島なんかでもやっぱりそういう状況ですから、 さらにね、それこそ過疎地に行けばですね、子どもの数はものすごい勢いで減っているわけじゃないですか。 その中で何が地域の再生の突破口になるかと言えばですね、間違いなくそれは教育だというふうに思うんですよね。 長野県でも同様の状況が出てきているんですけれども、 やはりですね、教育を再生することによって子どもたちを呼び寄せる。 子どもたちが来るということは、当然親も来るということですからね。 親も若い世代ですよね。帰ってくることによって仕事をする人たちも増える。 そして街が活性化をする。一つの非常に大きなですね、きっかけになるんではないかというふうに思いました。 異年齢教育ね、もっと普通の学校でも取り入れていいんじゃないかな。 福祉学級みたいな小さい学校で結構取り入れているところがありまして、 福祉学級というとですね、子どもの数が少ないから合併しようという話についついになるんですけど、 私はね、そこはいろんな選択肢があるんじゃないかと思ってるんですよ。 もちろんね、運動会なんかは盛り上がらないので、隣の学校と一緒にやるみたいなことをやればいいと思うんだけども、 少年図学校そのものがですね、それこそ避けるべき対象だとは私は思わないですね。 しっかりと学年を超えた交流がなされですね、そしてその場所が探究的な学びになれば、 十分子どもたちが伸びていく、そういう環境は作れるんじゃないかというふうに思います。 双葉未来学園の時もですね、私は同じことを思っていたんですけれども、 この福島のね、特に浜通りから本当にね、素晴らしい若者、 その中にはですね、例えば特定度分野で結出したね、人物が出てくることを期待したいというふうに思いますので、 これからも改めてですね、この夢の森ですね、 学びや夢の森ということで、しっかり応援していきたいというふうに思います。 一方でね、もう一つ考えさせられたことがあって、この夢の森に訪れる前に私、大隈小学校を訪問したんですね。 以前からそこは訪問したいというふうに思っていたんですけれども、 あの3.11の時にですね、子どもたちが避難をして、 そしてなかなか人が入れない区域になっていましたので、 今もそのままの状況が残されているという状況なんですよね。 写真を貼っておきたいというふうに思います。 まあ教室に入らせていただいたんですね、特別に。 そうしましたらね、もう学校そのものがまず入り口の時計は3月11日の3時46分ということで時計が止まってましたね。 中に入るとランドセルとかですね、勉強道具がそのまま置いてあるんですね。 もちろん同じような状況というのは福島以外のですね、地域でもあったんですけども、 早い段階でですね、学校にまた戻ってこれましたので、 それはほとんど取り、それぞれ私物ということで持ち帰られているんですけど、 この大熊小学校というのはですね、 今中間貯蔵施設のエリアになってましてね、 ずっと入ることができなかったんですよね。 ですからそれはそのまま残されている。 震災でですね、大熊町は最も大きな被害を受けたそういう自治体の一つなんですけれども、 震災の意向というのがないんですよね。 ですからこの大熊小学校をそういうものに残せないかなと。 残念ながらですね、大熊町の財政でそれをすべてやるのは難しいので、 国としてなんとかサポートできないかなということを一つ思いました。 もう一つ改めて私自身が決意を新たにしたのは、 この大熊小学校のすぐ近くには、当然ですけど中間貯蔵施設ということですから、 まだ一部フレコンバックが置いてあるんですね。 多くのフレコンバックはもう整然と整備をされてですね、 もはやもう存在しないんですけど、 おそらくまだ大熊町とか双葉町の街中では除染が進んでますので、 その土の一部が運ばれているということだと思うんですよね。 でね、まあ町長とも話しましたけど、新しい町長さんね、大熊町の。 あとは前の渡辺敏夫の町長とも話したんですけど、 いやこれをね、もう大熊町とか双葉町だけに押し付けておくのは本当に申し訳ない。 私自身が中間貯蔵施設の設置をお願いをした立場ですので、 やはりこの財政利用ですね、私は財政土壌というふうに呼びたいと思うんですけれども、 これを福島県外でも何としても実現をしていく。 これを今年は何とか前に進めたいなというふうに改めて思いました。 今回ですね、この学校訪問させていただいたのは、 教育のあるべき姿ということで訪問させていただいた意味が大きかったんですけれどもね、 改めて浜通り3.11では福島には置き方ずれましたけど、 浜通りは今年初めてかな、久しぶりに訪れる中でですね、 政治家としての役割みたいなものも改めて見つめ直すことになりましたので、 ぜひ皆さんにもお伝えをしたいということで話をさせていただきました。 # ファンフェスタのメンバーをスラムダンクに例えると‥ ファンフェスタのコメントを数多く頂いているのですが、その中からニッシーさんのものをご紹介したいと思います。 ハンチョウということで呼びかけて頂いています。ファンフェスタでもこれを使わせて頂いているんですね。 スラムダンク、小福のようなルーキスのようなチームをまとめてくださってありがとうございました。 数々の大きな壁を乗り越えられた細野さんだからこそ紡ぎ出される熱く重く温かい言葉の数々に心が沢山揺さぶられました。 Voicyの場で泣くともまた6人で集まってその語を話す機会を絶望しています。ありがとうございました。 先生が多かったんですけど、Voicyフェスというのは本当に熱い場所で、やっぱり聞いてくださる方ですよね。 リスナーの方なんだけど、Voicyファンフェスタの場合はリアルに来て頂くんでね。 その皆さんの気持ちを受けて喋る方も熱量が出てくるというね、そういう場所でしたね。 あれね、記録残さなかったじゃないですか。だから良かったのかもしれない。 その場だけだからこそ、もちろん自由に喋るということもあったけど、ちょっと切ないところもあるわけですよね。 記録に残ってないから、その場で終わりだから。そこも含めてあの場所が本当に大切だったなというふうに思ってます。 私ね、1番から5番までっていうことで打順を組んだんですけど、私が担任をやるということになりましたのでね。 班長をやると宣言してやったんですけど、ちょっとね実際やってみて、スラムダンク確かにイメージ合うなというふうに思いましたね。 まあやっぱりキャプテンはね、古立さんでしたから、これは赤木ということでね、文句ないわけですけど。 あとは両他は渡辺道春さんかな、切り込み隊長ということでね。 本当はね、Sなんですけど、その渡辺さん、ミッチーがですね、切り込み隊長をよくやってくれましたね。 あとは渋い役をやってくれたのが坂本さんで、吉明さんですね、キャンバの。 彼はやっぱりシューターかな、光井さん。 ここぞという時に決めてくれるという感じでしたね。 そしてね、私ね、ちょっとね、読み間違っていたというか、 いやこれね、エースはね、やっぱり双川圭介さんだったんじゃないかと思うんですね。 彼がルカワだったんじゃないかな。 いや2番バッターということで送り番頭みたいなこと言ったんですけど、 いや私はこう思うみたいな自己主張もされてですね、 途中でビールこぼしてましたけど、それはご愛嬌としてですね、 双川圭介さんが本当の力を発揮したエースルカワだったんじゃないかなとそんなふうに思います。 桜毛萩生地なんですけど、まあやっぱり屑原さんかな、ケテブレ。 これを学びの現場に持ってくるんだという強い思いが伝わりましたね。 私もね、そこだけは2分縛りみたいなことを初め言ってたんですけど、 それはすべて解き放って自由に喋っていいですよということを言ったら、 もう本当に熱を込めて喋っていてですね、 それが聞いている先生方に伝わったところがあったんじゃないかなというふうに思います。 これね、たぶんそれぞれの5人のメンバーも聞いてくれてると思うので、 私が安西監督をやれたかどうかは分かりませんけどもね、 できればまたお会いして教育について語りたいなとそんなふうに思ったということで、 安西さんのコメントをきっかけにメッセージをお送りしたいというふうに思います。 それでは今日も元気にいってらっしゃい。 もっと見る #原発事故 #大熊町 #細野豪志 #学び舎ゆめの森 細野豪志の今日も元気に!プレミアム放送配信中!02:451.全町避難した大熊町の見事な復興16:382.異年齢交流の大切さ03:453.ファンフェスタのメンバーをスラムダンクに例えると‥コメント感想・質問・応援メッセージを書こう 乃凡亭2025年4月30日異年齢交流は大切だと思います。私の子供時代はスポーツ少年団などもなかったせいか、小学校時代までは学年が違ってもタメ口っぽい交流で許されていました。中学入学後に1つ学年が上なだけで上下関係にうるさい人が出てきたりして面食らったことを思い出します。それでも高校、大学は運動部に入ってガチな上下関係を過ごし、意外に馴染んでしまった私ですが、色んな意味でフラットになって、尊敬尊重は上下関係とは別で捉える社会になって欲しいです。2返信 細野豪志/衆議院議員2025年5月5日学齢主義は、明治の学制以降の流れなんでしょうね。社会人になると、異年齢の付き合いが大事になりますから、子供の時から慣れておいた方がいいと思います。1 たけ2025年4月30日全町避難があった大熊町で、異年齢学級をメインにした学校運営で教育移住で若い人を増やす。困難な事業で結果を出しているので、地域運営の一例としてもっと拡がってほしいです。2返信 細野豪志/衆議院議員2025年5月5日大熊町で教育移住が増えているというのは良い話だと思います。 後藤恵介2025年4月30日流川楓イコール二川さんすごい湘北のメンバーでしたね。1返信 細野豪志/衆議院議員2025年5月5日まさにエースの活躍でした! wonder112025年4月29日確かに自分の小学生、中学生時代を思い出すと他の学年との関わりは少なかったように思います。一方、弟は兄の友達と一緒に遊んだりする機会もあり、自分よりも年上の人とフラットに付き合っているなと思った事があるのを今日の話を聞いて思い出しました。目上の人とフラットな関係を作る事ができる能力は社会に出てから役に立つのではないかと思います。3返信 細野豪志/衆議院議員2025年5月5日社会人になると、異年齢の付き合いというのが大事になりますよね。子どもの異年齢教育はもっと注目されていいいと思います。 余白が大事2025年4月29日いつも貴重な放送をありがとうございます。ふたば未来学園は知っておりましたが、ゆめの森は細野班長の放送で初めて知りました。ちなみに、恐らく何度も検討されているとは思いつつ、敢えてお聞きしたく思いますが、将来的に大人の社会科見学で311やF1、復興や防災をテーマに取り上げたりするご予定・お考えはございますでしょうか。以前お話しされていたら申し訳ありません。これからも学びの深い放送を楽しみにしております。3返信 細野豪志/衆議院議員2025年5月5日大人の社会科見学で福島ですか。日帰りでできるようであればチャレンジする価値があるかもしれませんね。考えてみます。 もっと見る
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中学入学後に1つ学年が上なだけで上下関係にうるさい人が出てきたりして面食らったことを思い出します。
それでも高校、大学は運動部に入ってガチな上下関係を過ごし、意外に馴染んでしまった私ですが、色んな意味でフラットになって、尊敬尊重は上下関係とは別で捉える社会になって欲しいです。
すごい湘北のメンバーでしたね。
一方、弟は兄の友達と一緒に遊んだりする機会もあり、
自分よりも年上の人とフラットに付き合っているなと思った事があるのを今日の話を聞いて思い出しました。
目上の人とフラットな関係を作る事ができる能力は社会に出てから役に立つのではないかと思います。
ふたば未来学園は知っておりましたが、ゆめの森は細野班長の放送で初めて知りました。
ちなみに、恐らく何度も検討されているとは思いつつ、敢えてお聞きしたく思いますが、将来的に大人の社会科見学で311やF1、復興や防災をテーマに取り上げたりするご予定・お考えはございますでしょうか。
以前お話しされていたら申し訳ありません。
これからも学びの深い放送を楽しみにしております。