TOPトーク専門家細野豪志の今日も元気に!戦勝の熱狂と平和への願い――大正時代を切手でたどる36:22 4月11日 1,853再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次切手が語る戦争と平和への関心日清戦争勝利記念切手の意図日露戦争記念葉書に映る国民大正デモクラシーと平和キッテ切手に込められた平和への複雑な思いAI文字起こし(β版) # 切手と記念葉書をご覧になりたい方はnoteで↓ 厚生労働省のきょうも元気に。 土曜日の夜10時ということでね、お集まりいただきましてありがとうございます。 今日は私は滋賀県の尾目八幡という実家の方に帰ってきております。 実は明日から尾目八幡市ではですね、市長選挙が始まるんですね。 私のふるさとでもあるし、今も両親が住んでおりまして、 そして出る候補予定者もですね、よく知っているということでね、 ぜひいい市長を選んでいただきたいということで、 明日の朝の出院式に出席をして、お演説をしてまいります。 今日の夕方帰ってまいりまして、親も結構いい年になってきましたので、 顔も見られるということで、少し早めに帰ってきたんですが、 早めとしてもどうだろう、6時ごろでしょうか。尾目八幡から放送させていただいております。 ちょうどこの時間ですね、アメリカとイランとの競技が始まっています。 気になりますね。パキスタンということでね。 果たしてそれぞれの国が会って、直接交渉できるのかどうかですね。 とにかく世界がですね、本当に注目していると思います。 何とか戦闘が再開することがないように、 停戦がですね、終戦になれば一番いいし、 すぐに終戦にならないにしてもですね、 停戦がですね、突如としてまた戦いに戻るというようなことがないようにということでね、 かたずをのんで見守っているという状況だと思います。 いろんな備えが必要で、最初に話をしていますけれども、 和平を後押しをすることはしながら、それが実現をしなかった場合にも対応できるような、 2枚越し、3枚越し外交というのが今求められると思いますね。 外交だけではなくて内政においてもしっかり対応していこうということでね、 私自身も来週もしっかり頑張らないといけないなと思っているところなんです。 戦争のことをずっとここ2、3週間考えていてですね、 今日は朝、地元で座談会があったりとか、 あとは地元の自衛隊の施設のある地区でお祭りがありましてね、 自衛隊の話をしながらつらつら考えていたのは、やはりね、 どうやって戦争を回避するか、さらには平和というのをどのように持続させていくかということだったんですね。 こちらに向かう新幹線、結構小玉で三島から舞原まで来ると、結構時間があるんですよね。 そこであるノートを書き上げました。 優秀政治家の一人事ということで、シリーズもんで第4回目の原稿を書き上げました。 優秀って言葉ってあんまり皆さん聞き慣れないと思うんですけど、 英語で言うとフィラテリーとかフィラテリスト、優秀家という言い方をするんですけどね。 よく切手集めとか切手収拾みたいな言葉を使うと思うんですけど、 私は子供の頃から集めること自体よりも背景のある事情みたいなものにものすごく関心があったんですね。 興味のある切手もあるし、逆にあまり興味のない切手もあってですね、 興味のある切手を集めてきたという歴史がありまして、 去年あたりからまた集め出しましてですね、その一人事をノートに書いております。 一人事ということを言っているのは、読んでくれる人がいれば嬉しいけれども、 別に読んでもらうために書いているわけではなくて、 これは別に不尊だというふうには取らないでいただきたいんですけど、 関心を持っていただける方に限って読んでいただければ結構ですよという文章なんですけど、 4回目書き出したら結構ハマっちゃいまして、 移動中ずっと書きながら実感ついてからもちょっと文章を遂行してまして、 ほぼほぼ完成をしましたので、この放送のリンクにも付けてありますので、 よろしければご覧いただきながら話を聞いてあげるとありがたいなと思います。 放送が終わった後にチャプターのリンクを貼っておきますのでご覧いただければと思います。 今日皆さんに解説をしようと思うのは、日本の明治以降、戦前までということなんですけども、 日本のこの記念切手の歴史みたいなものを振り返りながら、 戦争の話をちょっとしてみたいと思うんですね。 明治時代に日本は切手を発行しだして、 記念切手もですね、それからしばらくしてから発行してるんですけれども、 戦前の記念切手って多くはですね、実は天皇家の物語と、 あとは戦争に関するものなんですね。 戦後の記念切手っていうと、例えばオリンピックとか万博みたいな国家的なイベントに関するものであったり、 あとはね、非常に人気があるのは国宝切手とか公立公園の切手とかですね、 そういったものが非常にポピュラーなんですけど、 戦前はそういったものは基本的にはないんですよね。 この記念切手の歴史をたどっていくと、 記念ですから、日本が何を祝っていて、 そしてどういったものに誇りを持っていたかっていうのが見えてくるんですね。 言い換えるならば、その国の物語が切手に刻まれているということなんです。 最初の記念切手はですね、明治天皇の陛下の銀婚式ということなんですね。 天皇家を巡る切手の物語っていうのは、ものすごくまた別の意味で長くなるので、 今回は触れを避けようと思っていてですね、 2番目に発行された切手をまずご紹介したいと思います。 これは明治29年に発行された日清戦争の勝利記念切手なんです。 これが2番目なんですね。 そこで描かれているのは、日清戦争に従軍し、 そしてその後にですね、お亡くなりになった皇族2人が描かれているという切手なんですね。 2000切手と5000切手ってあるんですけど、5000切手は高額なので、 私は新しい切手持ってないんですけども、2000切手は私の手元にありますので、 それをノートに貼り付けてあります。 お二人とも髭を生やしてですね、いかみしい表情で軍服を着ているんですけどもね。 一人はですね、北白川宮義久信濃ということで、 この方はですね、一言で言うならば、 明治維新の前ですね、母親戦争から明治維新にかけて俗軍の働かしらになった人なんですね。 最初は将棋隊に担がれましてですね、旧幕府軍ということで、 そして明治維新になったからも、いわゆる大江津ですね、東北地方ですね、 列般同盟の名手となるわけですけれども、新政府に敗れた人なんですね。 この方は、日清戦争の最中でお亡くなりになっているということですね。 もう一人が、有栖川宮樽人信濃ということで、 こちらの方は逆にですね、母親戦争で新政府の総裁として戦った方で、 同じく日清戦争で亡くなったんですね。 なぜこの二人が危険になったかなんですけど、 明治の世に入ってもですね、やはりこの母親戦争の傷跡っていうのはやはりあったようで、 結局出身地みたいなもので言うと、新政府の側と敗れた側ですね、 俗軍になってしまった側の軌跡っていうのがあったと。 ここでこの二人の肖像を使うことによってですね、 勝者と敗者というお互いの過去があって、当然溝もあったわけですよね。 それを乗り越えて日清戦争の勝利をですね、お互いに共有し合うというために発行されたということなんですね。 言うならばこれも典型的なですね、政府としての戦略的な広報ということもできると思うんですよね。 そしておそらく一定の効果をここでもたらして、 日清戦争の勝利を乗り越えて、日本という国がですよ、 それぞれの幕府ごととか、一つの国とは言えないぐらいのばらつきがあったところがですね、 国民国家としての体制を確立したということの一つのエピソードというふうに捉えることができると思います。 日清戦争に勝って日本はなんとかアジアの中でですね、確固たる地位を確立することに至るわけですけれども、 その10年後に大きな試練がやってきます。それが日露戦争ですね。 いわゆる柴良太郎に言う、柵の上の蜘蛛の時代ですね。 当時日本はアジアでは一定の地位を確立をしたもののですよ、 国際的に見ると小国というふうに見られたわけですね。 それが列強の一角を占めていたロシアを破ったということで、 世界をどうする心がかせることになるわけですね。 そしてその日露戦争の外戦のですね、官兵式というのが開かれていて、 これは明治39年の4月29日なんですけど、 そこに、その時に発行されている旗揚げというのがあるんですよ。 興味深いのは、定心章はですね、今で優勢章ですけれども、 それを日露戦争に勝って日本はなんとかアジアの中で、確固たる地位を確立することに至るわけです。 興味深いのは定心章はですね、今で優勢章ですけれども、 それを記念切符とともにですね、記念の葉書というのも発行してまして、 それを実際に使用したものがですね、使用例みたいな言い方をするんですけど、 私の手元にありまして、これがなかなか興味深いんですね。 実際に使われているのは、発行されたですね、39年4月29日の2日後で、 5月1日の決心をされているんですけど、これ面白いのはね、 ある方から東京から京都に向かってこの手紙が来ているんですけど、 全く個人のメッセージ書いてないんですよ。というのは書く場所がないんですよね。 何しろですね、表面にはですね、日露戦争の盾役者がずらいと並んでいるんですね。 すごいですよ。山形有朋ね、大山岩尾、あとは乃木稀介、児玉玄太郎、 早々たるメンバーですよね。山形有朋なんかは政治家ということですけれども、 軍そのものにも非常に深く関わっていた。大山岩尾っていうのは安国神社にも銅像を建ってますよね。 日本の陸軍を作った人と言ってもいいかな。ですからここに何か文字を書くわけにはいかないので、 この葉書を単に送っているだけなんですね。どういうことかというと、 この両者の間でこの葉書を送ることによってですね、日露戦争の勝利を祝ったんだろうと思うんですよね。 この葉書、こういうための葉書を提出賞が発行している。これなかなか興味深いですね。 実は日露戦争って日本が勝っては世界を驚かしたんだけど、その後締結された講和条約というのは、 結構国民の中で言うとですね、一部反発を呼んだんですよね。 これは日比谷の焼き討ち事件として有名ですけれども、やはり政府としては何とか勝利を収めて、 賠償金を取れなかったものの国家として生き残ったってことだったんだけども、民衆の受けは必ずしも良くなかったと。 ですからよく政府は抗戦的で、国民の平和を願うもんだみたいな図式を言う人がいますけど、 これは正確ではないということも実は表している一つの例だと思います。 この日露戦争で日本は言うならばですね、世界の一線に踊り出たと言ってもいいと思いますね。 時代は日露戦争を経て大正時代に入ります。 大正時代というのはですね、いわゆる体育祥デモクラシーみたいな息吹が吹いた時代で、 結構ですね、例えば政党政治みたいなものが湧き上がってきたりですね、 吉野作造なんか民本主義なんかを唱えていて、下からの民主主義みたいなことが日本の中でですね、結構機能した時代なんですね。 ですから普通切手で言うならば、その時までは菊切手って言って非常に国家の色の濃い切手が出てまして、 これもノートに貼り付けてありますので見ていただきたいんですけれども、 それから田沢切手ということで、大正時代からはこの切手が使われているんですけど、 相互で切手を作っているというところからもそういったことはよく現れているというふうに思います。 その大正時代に起こった日本にとっては大きな戦いというのは、第一次世界大戦ということなんですよね。 これは日本が連合国として戦った戦争でですね、 皆さんもこれは歴史上よくご存知の通り、勝利をするということになります。 日英同盟が非常に有効に働いたということもあるし、日露戦争で日本は勝利してますので、その有利な条件というのもあったというふうに思うんですけれども、 大正8年に戦争で勝利した日本はベルサイユ会議にですね、これパリで行われている、戦勝国として参加をすることになるわけですよね。 この勝利は国民にかなり喝采を持って受け入れられたということのようで、結構全国で祝賀会が行われたり、長陳行列ですよね。 それが行われたという記録は結構残ってます。 この時に発行されたのが平和キッティなんですね。 ちょっと前置きがかなり長くなってしまいましたけれども、今回の主題はこの平和キッティなんですよ。 正直言ってこの平和キッティってね、4種類発行されてるんですけど、いずれも真ん中に鳩がありましてね。 私も以前からこのキッティ持ってるんですけど、キッティそのものは正直言ってね、印刷も今から見れば非常に粗末だし、 キッティそのものも正直あんまり面白みがない。 あとは紙の質も非常に良くないということで、正直言ってキッティそのものにはあんまり魅力はないんですよね。 ただ、そこにいろんな記念ハガキみたいなのが出ていて、それと合わせてみるとむちゃくちゃ興味深いんですよね。 あとはこの平和キッティが、キッティとしてはそれほど魅力がないんだけど、実際を放っているのはですね、 その前後に発行されているキッティっていうのは、戦争のキッティであるとかね、天皇家にまつわるキッティ、あとは神社に関するものですね。 例えば式年戦偶ですよね、伊勢神宮であったりとか、その後で言うと明治神宮みたいなものとかね、 そういう天皇家神社に関わるようなものが多い中で、この時代に大正8年に平和キッティが発行されたというのは、 このキッティって言ったらその意味では極めて異質なんですよね。 ベルサイユ会議ということですけれども、最終的にパリ講和条約が締結された日に合わせてこのキッティは発行されているんですね。 大正8年の1日ですね。それにタイミングを合わせて相当苦労したようで、思ったより早く締結されたということで大当てで出たというような一話も残っているようですね。 私の手元にはいくつか記念葉書がありまして、これは私一生懸命集めたんですけど、 まず一つ紹介をすると、会議そのものの様子を記念葉書にしたものがあって、それに平和キッティが貼られています。 全県代表は西雄寺金本なんですね。 あとは牧野信明、これは大久保利道の義理の息子かな。 皆さんもご存知だと思うんですけど、そしてベルサイユ宮殿で行われた会議の様子がものすごくデラックスに描かれていて、立体的なんですね当時は。 これは単に印刷じゃなくて、いろいろ再考して工芸品みたいになった葉書がかなり出回ったということで、当時国民の間でこういう手紙をやり取りするのが結構一つのブームになったようです。 戦勝国として扱われたっていうのは相当日本のとしては誇らしかったようで、シリーズものも出てましてね。 アメリカとの記念キッティ、アメリカも戦勝国ですから、それはセオド・ルーズベルト大統領なんですね。 セオド・ルーズベルトってもうベルサイユ条約が締結したときは大統領じゃなくなっていて、まもなくなくなってるのかな。 ただ、アメリカはこの人だった。なぜか。日露戦争の講和交渉ですね。 それを仲介をしてポーツマス条約をまとめた人物なんですね。 ロシアに戦争で勝ったものの、日本にこの条約を締結するその交渉力っていうのはなかなかなかったので、アメリカの力を借りたということでね。 第一次大戦のアメリカとの友好の印も、このセオド・ルーズベルト大統領が出てます。 一方でイギリスなんですけど、これは面白いのはエドワード7世なんですね。 エドワード7世ももうすでにベルサイユ条約の締結時にはお亡くなりになってます。 新しい時代に入ってるんですけど、なぜこの人が記念刃書になってるかというと、日英同盟を締結したときの王様なんですよ。 そしてその関係に日露戦争においてもイギリスは日本を支援をしたと。 ですから同盟国の名手として日本にとって特別な存在だったので、ここでも記念刃書に使われたということですね。 一方で開催国フランスなんですけど、こちらは開催国ということで、その時の元首であるポアンカレ大統領の絵になってます。 ちなみにこのはがきはですね、下の方に戦勝国の連合国の首脳の集合写真が収められていて、 フランスを前面に立てながら木なんかも掲げてあって、全体を統括するようなはがきになってるんですよね。 どのはがきも相当デラックスです。写真撮るとそれがなかなか分からないんだけど、立体的だしカラフルだし、ものすごく工夫を凝らしたはがきだっていうのが、 写真からも一定程度見ていただけるかなというふうに思いますね。 ただね、ちょっとこれ違和感を覚えるのは、木っては鳩の木っていうわけじゃないですか。 それはそれぞれ変わんないわけですね、張ってある木っては、はがきに。 一方で写真はほとんど戦争の写真なんですね。戦闘の様子であるとか、軍艦であるとかね、陸軍なんかの写真が張ってあったりするわけですけど、 日本人の中で当時の、戦争をすごく勝利をしたという誇らしい気持ちと、いや、戦争は大変だと。 日露戦争ってね、実際に亡くなった人って周りにかなり当時いたわけですし、 私なんかもこの家は日露戦争で亡くなった人が出た家なんだよみたいな話、子供の頃聞きましたよね。 今で言うならば、たぶん第二次大戦っていうのは子供たち、若い人からすると日露戦争ぐらいの感じなんでしょうけど、そんな感じの記憶は私の中にもあります。 一方で非常に面白いのは、民間ではこういうはがきがたくさん出てるんですけど、実は政府も平和記念絵はがきというのを発行してるんですよね。 絵はがきか、これ面白いですけど。 政府の側の発行したはがきはものすごく穏やかで、見方によっては非常に牧歌的なんですね。 これ全員皆さん、ノートの写真見ていただきたいんですけど、一つはね、これは中学生ぐらいかな、 10代の男の子と女の子が鳩を抱いている、そういう写真なんですよ。 男子学生のほうは学生服、女子学生のほうは和装してるんですよね。 当時の高校生ぐらいの姿だったのかな、ちょっと洋装も一部取り入れたような和服という感じですか。 仲睦まじく鳩をめでているという、こういう感じのはがきなんですよ。 これはね、かぶらぎ清方かな。日本画家として有名ですけども、その人が描いたはがきになってます。 もう一つはね、これは洋画なんですけど、非常に裕相な絵なんですけど、夫婦で収穫をしているところかな。 これ何の収穫をしているのかな。ちょっとなかなか判別しがたいんだけど、なかなか牧歌的という表現はあまりこっちが良くないかな。 夫婦で仲良く作業している写真なので、平和な感じがすごく出ているわけですよね。 この二つのはがきというのは政府から出ているんですけど、民間が出ているはがきとものすごくコントラストがあるんですよね。 ちなみに政府が出しているはがきって私結構たくさん持っているので、また紹介したいと思いますけれども。 この平和記っての絵はがきっていうのは、特殊なぐらい穏やかなんです。特別に穏やかなんですね。 その他神社の絵はがきとかたくさんあるんですけど、いずれも非常にカラフルなんですけど、トーンを抑えたそういう感じがするんですよね。 おそらくここにも対照デモクラシーの色が出ているのではないかと思いますね。 実際、五権運動も起こっていますし、つまり憲法を守れと、権力者をしっかり統治をしていこうという民主主義ですよね。 あとは政党政治が芽生えてきていますね。二大政党の邦画みたいなのが出てきた時代かな。 そろそろ民主政党とか声優会の源流みたいなのも出てきた時代ですね。 あとは普通選挙ですね。男子に限りますが、資産を持っている持っていないに関わらず選挙できるようにしようとか。 あと新聞とか雑誌が売れたりね。そういう時代ですから、それを汎用していたんだろうなという感じがしますね。 大正時代も一つの色ではなくて、第一次世界大戦の勝利をものすごく祝う流れと、一方でやはり傷ついた日露戦争も含めてなんですけれども、 実際に軍人さんなんかで亡くなった人がいたり、当時は志願兵みたいなのもいたわけですから、 第二次大戦ほどでは全然ないですけれども、国民の中にもやはり犠牲が出てきたわけですね。 そういう時代を痛ましく思い、平和を願う気持ちみたいなのが混在していたというのが、この切手を見ているだけでもね、 最後に紹介したいと思ったのが、このハトの切手が前面に貼られている、実際に使用された封書というのが私の手元にあるんですね。 これは面白いなと思って、あるオークションで買ったんですけど、横浜に住んでいる外国人同士でやり取りされたものなんですね。 ですから二本切手が貼られていて、日本の国内のみで流通して運ばれているんだけど、外に行っているわけではないんだけども、 いわゆる横文字で書かれているんですね。しかも書き留めになっているんですよ。 中身はないんですね、残念ながら。こういう封書の場合は中身も残っているケースがあって、 もうね、それこそ100年くらい前になると、いわゆるプライバシーみたいなものではあまりないので、それがすごく価値を持つことがあるんですけども、 これはエンタイヤーのはがきだけ、全体という意味なんですけど、はがきじゃない、封書だけ残っていて、中身はないんですね。 いろいろ調べてみたんですよ。 これ面白いのは、アテナがですね、どうも、ちょっと発音は私できないので、発音はやめますけど、 ドイツ系の人なんですね。おそらく名前からするとドイツ人、もしくはスイスなんかの可能性もあるんですけど、 いずれにしてもドイツ語圏の人と見られる人に出されてるんですね。 もうお気づきだと思うんですけど、ドイツって海戦国じゃないですか、第一次世界大戦の。 送ったのが誰かはわかりません。ただ横持ちで書かれてるので、この字の漢字からするとおそらく、 こちらも外国人、外国人同士で横浜の居留地でやり取りをされた手紙ということなんだけれども、 そちらの側は勝者だったのかな、出した方は。そして、敗れた側の人に出された手紙だった可能性が高いから。 もちろん想像するしかないんですけどね。普通切手もいっぱいあるわけですよ。 それこそ多沢切手って言って手軽に入る切手はいっぱいある中で、あえてこの平和切手を貼って送った意味っていうのは、 結構あるんじゃないかっていうふうに思うんですよね。 そしてそうやって見ると、この葉屋木に貼られている姿を見ると、非常に平板に見えた、粗末に見えた鳩の姿っていうのがですね、 すごく重たい意味を持つ、あと非常に明るい希望も醸し出すような絵に見えてくるからね、面白いなというふうに思うんですよね。 あくまでこれは私の推測ですけれども、日本の国内で生活をしていた外国人の中で、 日本のこの平和切手を使ってね、やり取りしたかったメッセージ、平和を寄与するようなものがあったんではないかなというふうに思います。 こうやって見るとね、やっぱり切手って国家の物語なんですよ、確かに一つ一つはね。 ただ使うのは国民なんですよね。国民だったり外国人も含めて人なんですよね。 そうするとやっぱり人が紡ぐ物語っていうのを垣間見れるのが面白いところだなというふうに思います。 はい、どうでしょうか皆さん。切手を巡る、記念切手を巡る歴史ということで話をしたんですけど、 なかなか今につながる教訓っていうのはね、どうかって感じはするんだけど、 人間っていうのはある意味変わらないっちゃ変わらないんですよね。やはり戦争をする。 日本の場合には第二次大戦がああいう形で終わりましたので、もう自分だから戦争を仕掛けるということはしないんだけれども、 やはり世界全体を見ると、あちこちで戦闘っていうのは行われてますよね。 で、どんなに個人の平和を寄与しても国家は戦争することはあるわけですよ。残念ながらね。 ただ、私は希望はそこは民主主義にあると思っていて、きちっとした民主主義が機能していれば、やっぱり戦争って止められると思うんですね。 逆に民主主義だから戦争はやらないって保証はない。 むしろ、おそらく日露戦争も含めた戦前の時期は、国民も非常に抗戦的になった時期もあった。 もちろんそれは国民そのものが抗戦的だったわけじゃなくて、新聞なんかもそれを煽り立てた時代がありますよね。 もしかしたら政府以上に国民の方がそれを煽った可能性もあると思います。 ですから、国民は嫌がってたけど、実は政府がそこに追いやったんだ、みたいなことを言う人いますけど、やっぱり違うんですよね。 ただ、逆に抗戦的な世論が出てきた時も、やっぱり戦争はやっちゃいかんのだっていうことが出てくれば、戦争は防げる。 私は、やはり民主主義国同士は戦争しないってことは可能だと思うんですよ。 人間関係がきちっとあればね、それぞれ顔が見えてて。 例えば、民主主義でお互いの国民があるという人間関係があるのに、政府が戦争するみたいなことになったときは、その政府を倒すという選択肢が民主主義にはありますよね。 問題は、やっぱりそうじゃない国ですよね。 そこはなかなか難しい。 日本も周りを見るとね、中国もある、北朝鮮もある、選挙やってないですからね。 本当の意味では、そういう国々とどう環境を作って戦争を防ぐかって改めて難しいなと思います。 今は私の中で明確な答えはないです。 残念ながらね、戦争を防ぐ最も近い道は、日本が強くあることなんですよね。 ただ一方で、日本は自らは戦争をしないということは、基本イメージ迷役だと思いますね。 ただ、定流にやっぱり平和を維持していきたい、戦争は嫌だって思う自体は、私は無くしてはいかないと思うし、 政治家もしっかりとそれを持っていかなきゃならないなということを改めて思ったという次第でございました。 ただ繰り返しになりますけど、どうやって戦争を防ぐのか、戦争をしないのか、平和を維持するのかという方法は、 平和を望むからといってそこで思考停止に落ちるんじゃなくて、知恵を絞るべきですよね。 今この瞬間の日本の取るべき方向性というのは、しっかり自分の国は自分で守ると。 自分から攻めていかないというところで、体制を整えることではないかなと私は思っております。 有志政治家の一人ごとということで、最後は今につなげてみましたけれども。 時代はだいぶ違いますから、ちょっと強引に結びつけつけたかもしれませんけれども、話をさせていただきました。 これでお話は終わりでございます。 はい、いろんな方からコメントいただいております。 こぼりおぎさん、みなともさん、かじまわかさん、みなともさん。 先日のNHK正規映像バタフラーエフェクトを見ました。昭和天皇くのが描かれていました。 そうですね、第二次大戦の昭和天皇のこのうちの凄まじいものがあったでしょうね。 そういえば近年、世界史ではほとんどルーズベルトをローズベルトと表現されているそうです。 本当はローズベルトの方があっているのかな、ありがとうございます。 中村五郎さん、青梅八幡の実家を変えていいですね。 ラコリーナに訪れたときに細野さんの地元だと話しながら通っていましたということか。 ラコリーナって私が通っていた学校のすぐ近くなんですよ。 当時あそこのっぱらびしたけど、あそこが私のマラソンコースだったんです。 あそこをマラソンしてたんですよ。 今むちゃくちゃ人気のスポットになっていて、実は私は行ったことないんですね。 人がむちゃくちゃ多いらしくて、実家に帰ったまで混み合ったとこ行きたくないなというのがあるんですけど。 一方でタネ屋さん、クラブハリエというのは青梅八幡が生んだものすごく有料企業ですので、 一回行かなきゃなと思っております。 中村五郎さん、そこ行かれてるんだ。ありがとうございます。 今回は明日の選挙応援でそのまま帰るので、 ちょっと実家には戻ってきますけど、明日中には戻るので楽屋院内に行っている時間はないんですけどね。 実家に帰るとまた気分も新たになるということで、今週また頑張りたいと思っております。 皆さんお付き合いいただきましてありがとうございました。 大量にボイスマークいただいております。 これにて終わらせていただきます。 それでは、失礼いたします。 もっと見る #大正デモクラシー #切手 #細野豪志 #フィラテリスト #郵趣政治家の独り言 細野豪志の今日も元気に!プレミアム放送配信中!36:221.切手と記念葉書をご覧になりたい方はnoteで↓https://note.com/hosono_54/n/nc248083b7b52コメント感想・質問・応援メッセージを書こう wonder114月14日👍返信 かわち4月12日発行元による切手のコンセプトの違いや、平和切手を使った当時のやりとりから、人々の想いが見えてくることが、おもしろいですね。返信 梶間和歌4月12日楽しそうなご様子が伝わってきます。ふだんの放送も大好きですが、こういうテーマもたまにはよいですね。返信 館野曜子4月12日😍😊あせ返信 たくわん4月12日 返信 もっと見る
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