『脳の大統一理論』乾敏郎・阪口豊
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自由エネルギー原理から経験論への飛躍
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『突き抜けるまで問い続けろ』
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終わりのあいさつ
コメント

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調べる中で、全く理解できず、私の中で何とか理解したいというエネルギーが生まれています。
マスターの話を聴き『社会はなぜ左と右にわかれるのか』第一部の、プラトン、ジェファーソン、ヒューム、其々の直観と理性に対する考えや歴史の流れを思い出しました。
二重過程理論を学ぶ中で、脳科学も学びたいという欲求が高まっているので、今回紹介された本も読んでみたいと思います。
「客観的」という言葉を安易に使いたくないな、
と感じました。
人はそれぞれの色眼鏡で物事を見ていて、
無色透明のレンズは持ち得ない。
どんなに客観的に見える言説でも、
根源を辿っていくと主観が埋まっていて、
それを後付けの論理で支えている。
レンズが赤ければ映る世界はみな赤く見え、
後に続く論理もドミノ倒しのように歪む。
理性の脆さを考えさせられる内容でした。
私はテニスをやるので、推論とフィードバックループは、相手が打ってきたボールを打ち返すこれらのスポーツの、最も重要な作業と同じだと思いました。
相手の打ち方や、跳んでくる球や周囲環境などからバンド後の跳ね方を推論立て、徐々にアジャストしていきます。逆に如何に相手の推論を外すかの駆け引きをして、楽しんでいます。
予測マシンの世紀では、AIが予測をして、人がさらに俯瞰し意思決定をすることが紹介されていました。
人は意識、無意識で推論とフィードバックを楽しんでいるのかもと思いました。
場所と声が紐づく体験に心地良さを覚えましたよ♪
心が無い人間は人間か、心があるロボットは人間かと考えますと、人間の境界は緩和できそうに思います。
脳だけの人間は想像しても、人間に感じません。知覚と知識は人間らしさの輪郭が繋いでいるだけで、生体とロボットの境界は幻想かも知れませんね。