『マルクス・ガブリエル新時代に生きる「道徳哲学」』丸山俊一1
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コメント

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薬剤師業界では「薬剤師は町の科学者たれ」といった言葉があります。
それは、古き良き町の薬局の時代へのノスタルジーも込められたものなのですが、科学者であることの限界を感じる毎日です。
科学的な視点を求められる大きな構造と、患者さん一人一人に向き合うことで科学では説明のつかない状況に頭を悩ませる構造に挟まれ、ジレンマを抱える毎日です。
ここまで書いて、真山さんの回にも通じるなぁなんて自分の中で腹落ちしました。
言葉や科学で語ることのできない無限の力の結晶が、心のように思えます。
マスターのお話にありましたように、人と人との総和が世界を形づくっていると思いました。
様々な意味の場に合わせた意味付けがあると思うと、自分の思考の偏りが気になりました。
より知識を広く学びたいです。
SDGsの項目の一つ「誰も置き去りにしない」とも響き合うと思いました。
考えてみれば、インターネットが社会に普及して、今Voicyを聴いてることも、とても繋がりが増えた一方で、その力が細分化され、社会に満ちていけばいくほどその影としての、取り残される人々の存在に気付かなくなっているのかも知れません。
誰かが置き去りにされている。その前提に立つ事が今日的にとても大切で、一人の力は微細ではありますが、声なき声に敏感でいたいです
スーパーマリオのメタファーに納得しました。
「経営」に置き換えると、もっとよく理解できました。経営はサイエンスではないという荒木マスターの見解に賛同します。人間の集団で成り立つ企業において、あくまでも人間の活動のもとで経営が成り立つ以上は、いろんな「意味の場」の存在がある。会社につきものの人と人との関係性から生じる「感情・感覚」はサイエンスでは定義できないと思います。存在と認識は別物でもあるとを意識せねばと思いました。