『ゲルハルト・リヒター』国立近代美術館
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コメント

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マスターのインスピレーション、とても面白く拝聴しました。
遠方で観に行けそうにないので、わかった気になるほど..冗談ですが😅
今日職場で、これはあなたの権限だから明確性を持って決めてください。と言いたくなるような場面がありましたが、
現代アートのような作品からは、それをどのセクションでどういう判断で分岐させていったのかを追体験できるようなところがあり、それが必ずしもゴールからの逆算ではないところが勉強になります。
まさに主観と客観を行き来して自分が決める判断でしょうか。
少し心を落ち着けてから、voicyで聴いたスキージによる筆致や絵画とデジタルの間など思いながら鑑賞しました。マスターのお話を聴かずにいたらモヤモヤしたまま展示室を後にしたと思うので、個人的にはvoicyを聴いてから展示を観てよかったなぁと思います。
これからもマスターの視点による美術館レポートもたのしみにしてます。
必然の物語に対する固執・執着。
これが人や組織の行動を歪めることがあると思いました。
時間をかけて練られた計画に抱いてしまう、
いとおしさのような感覚。
必然の物語に乗っかっていたいがために、
KPIの達成が自己目的化したり、
撤退の判断が下せなくなったり。
保有効果とかサンクコストといった概念とも関連づけられそうです。
必然のちゃぶ台を返す決断。
必然への偏愛を捨てる勇気。
9割方仕上がった原稿を白紙に戻したという、
マスターの最近のエピソードを連想しました。
お話を聞きながら、意識と無意識と、僕は読み替えました。
あるいは主観的意味づけと客観的事実とも、言えるかもとの気がします。
意図的な具象の絵から、意図を配してスキージで抽象的に無意識的に、そして、また具体的に名づけ、意味づけする。
うーん。ここまで書いて、今日のモヤモヤ感、半端ない、、、です。
言語では足りないのかも知れませんね。その場に立たないと見えてこないかもです。
今日もありがとうございました。
HPで写真を見ましたが、これは生で見たらすごいインパクトがありそうですね…
描き手がどんな想いで描いていたのか興味が湧きましたが、そうではなく、作為を廃して筆ならぬスキジに語らせる感じだったのかなと想像します。
お話を聴きながら、その空間に立ってみたいなと思いました。
画家の絵を観に行くというよりも、思索と探求のためにマスターが美術館を訪れている様子が伝わってきました。
美術館イイですね!