『何が戦争を止めるのか』小原凡司2
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慣性の法則を読む取るリアリズム
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法則に支配される存在。その中にどんな意図を読み解くか
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『今さら聞けないお金の超基本』
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コメント

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自分の正義や価値観を絶対視して、振りかざすと対立が生まれる。職場でもよく見る光景です。お互い自分の正義や価値観があって、メタな視点でみると、どっちが善悪とは言えないが、それぞれが自分が善で、相手が悪だと思っている。
まずは日々繰り広げられる兄妹喧嘩の仲裁で実践してみようかなと思います。
国家間の経済は、エネルギーや資源ので貿易で密接に関係していますが、経済競争の下山や副交感神経のような状態に入るのはいつなのかな?と思ってしまいました
もちつもたれつ、win-winの関係に成るには、権力のより上に、評価機関のようなオーガナイズが必要な気がします
それが、気候変動による持続不可能性のブレーキなのか、平和をつくる意識なのか
意図の誤解や誤作動などが起こらないような努力も必要なのかも
『選択の科学』という本に、
「選択は本能」というチャプターがありました。
選択肢が狭められる状況に対して、人は本能的に抗う。
そんな趣旨でした。
リアリズムとリベラリズムも、
選択肢を狭めるベクトルと広げるベクトルの綱引きの関係性と捉えられそうだと思いました。
自分が何に規定されているかの理解と、
それをどう打破したいかの意思。
両者が全力で引き合った結果、
両者の間に開く、狭い回廊。
『自由の命運』の概念を、ここでも援用できると思いました。
マスターのリアリズムに関するまとめを聴きながら、物理的法則を思い出しました。
重力も熱力も電磁気も我々が少なくとも今は動かすことのできない法則として存在しています。法則を考慮せず、例えば飛ぶことを考えても、必ず失敗します。
これに対して、飛ぶ鳥がいるとわかれば、法則が乗り越えられる方法はあるかもしれない。
こんな思考をした上で、歴史の中で戦争が少なかった時代が、どのように成り立ったのか?なんて思いました。相手を知り受け入れる寛容は、確かローマ時代でしょうか。
人が飛ぶ鳥を見た歴史は何百万年にもなり、ライト兄弟の初飛行からは130年弱。現実と理想の間で行き来する歴史に、科学なのか哲学なのかが、これまできなかった新たな「できること」を作ってくれる未来は、希望になります。
ふと問いが浮かびました。
平和は意図なのか、別の意図がもたらす結果なのか?
リベラルさを守るためにパワーを蓄え、それが均衡をもたらし結果的に平和となるのか?でも一度均衡が崩れるともたない平和は砂上の楼閣のようです。
では、平和という意図でパワーを蓄えるのはアリなのか?それとも自己矛盾なのか…
頭の中が混乱してきますけど、この辺りが緊張状態が続いてる理由なのかなぁ、とふと思いました。