『ルートヴィヒ美術館展』国立新美術館
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カンディンスキーの抽象画に向き合う時間
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共感覚って何?
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『やわらかく、考える。』
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終わりのあいさつ
コメント

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さて、本日の放送で共感覚のお話がありましたが、子どもの頃私は共感覚を持っていたと思います。誰に話しても理解してくれないので、感覚を閉ざしていました。もう一度呼び起こして、世界に触れたいと思います。教えていただいてありがとうございました。
それ以来、音楽に心が震えたとき、
「共感覚の持ち主だったら(あるいは賢治だったら)どんな色が見えるだろうか?」
と想像しながら聴く楽しみができました。
美術に触れた時も、聴こえてくる音楽に耳を澄ます楽しみがあります。
今日の荒木さんのお話で、抽象画と共感覚がつながったことに深く共感しました。
絵画や音楽は「分かる」ものではなく、「味わう」ものだと私は思います。
同じ刺激のインプットでも、得られる知覚は別物。
文字にすると当たり前にも見えますが、
実際には知覚も同じとみなしがちだと思いました。
関係者に資料を共有した。
即ち、関係者と認識を同期できた。みたいな。
資料が呼び起こす情景は異なるかも知れないし、
仮に情景が同じでも、情景が引き連れて来る感情は真逆かも知れない。
言葉の持つ意味は各々の背負う文脈に依存して千差万別なのに、on the same pageと安易に信じがち。
言語ゲーム的な物の見方が反芻されました。
今日の共感覚のお話を聞いて、自分の感覚を唯一の基準と勘違いしてはいけないなと思いました。
僕自身も周りと見ているもののピントがズレている時があります。その感覚を普通は修正し抑えるのですが、むしろその感覚を開発する方が良いのかなと感じました。
田舎に住んでいる都合上、山や滝ばかりで、美術館は行けてないですが、都会に行ったら積極的に行ってみたいと思います。
ありがとうございました。
題名を見ずに解釈で頭を悩ませるのがおもしろいです。