『ルポ 誰が国語力を殺すのか』石井光太2
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タイトルコール
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初めのあいさつ
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言葉は自分を傷つける可能性を持つ
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ポジティブすぎる会社は要注意
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終わりのあいさつ
コメント

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支援の場面で、相手のとりつく島がないと嘆くのではなく、その人は自分の内面に向き合えない状態なのだと冷静に見ることの大切さに気付かされました。ありがとうございました。
ネガティブな会話であったとしても、その人の内省の深さを感じた時、その考えに心惹かれてしまうことが多々あります。そこに関わる国語力。自分の内省を深める上でも、この本に対する興味が俄然沸いてきました。
内省を阻む構造がある。なぜなら、傷に言葉を与えると痛みが伴うから。ましては普段は見えてない傷、触らない方がいいと思ったら、言語化しない。むしろ忘れるということで、無かったことにする。しかし、それは無くなっておらず、時に人生に節々で影をさす。
これに対して、傷に言葉を与えると、さらに自分に傷つけることになるかもしれないが、治癒する可能性を見つけることができる、かもしれない。そう受け取りました。
僕にも傷あります。なぜなら、この文章を書いていて、ゾワゾワします。
常に攻撃する先が必要なのですかね?
それはエネルギーの向け先が必要だから?それとも安全ではないから?
エゴや不可侵領域には、自分が大切にしてるけれど不完全で自信がなくて人には語れないものがある、ないしは開示しても仕方ないと考えている…
そんな感じでしょうか?
だとすると、不完全な不可侵領域を言葉で表現できるようにするのが国語力なのかもしれないですね。
二日間の放送、少し深く考えさせていただきました。