TOPエンタメ映画・本荒木博行のbook cafe『私たちはどう学んでいるのか』鈴木宏昭126:27 2022年10月6日 15,419再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次能力は虚構?その概念に潜む落とし穴企業ケイパビリティの脆弱性と環境要因フェミニスト彼女との恋愛に秘められた真実リスナーからの問い:多様な本からの学び学びや上達への従来の認識を覆す視点AI文字起こし(β版) # タイトルコール あらきるうきのブックカフェ。この番組は、自分の頭で考える読書の執筆者であり、書籍予約サービスフライヤーのアドバイザーを務めるあらきるうきがマスターとなり、本からの学びを楽しむカフェです。 # 初めのあいさつ はい、みなさんおはようございます。10月6日、木曜日の朝になりました。 さあ、えっと 最近、ソロ活動が結構できる形になっておりまして 対談が少ないということなんですけれども、なので 逆にこう、なんだろう いや次何にしようかなとかね、この本ってどうやって説明したらいいんだみたいな 本説明するって、なんかね読み終わったはいいんだけれども、説明っていうのはまた別の能力が必要とされるので なかなか難しいんですけど、今私あの別の能力っていうことをね何気なく言いましたし、皆さんも何気なく聞かれたと思うんですけれども 能力って何さ って これ能力っていうのは幻想じゃねえかみたいな 話がですね 今日ご説明する、この私たちはどう学んでいるのか 創発から見る認知の変化という本ですね 鈴木ひろあきさんなんですけれども いやー これね、まぁ認知科学のね専門家でらっしゃるんですけど めっちゃ面白かった、あんまりね 人に進めたくないな 正直言って、まぁそれぐらい、ちくまプリマーなんで あのすごく平易なんですよね あの若者向けに書かれた本だと思うので、非常にこう平易な文章なんですけれども 深いっすよ ちょっとここだけの話で、あんまり広めないでください はい、ということでいきましょう本編スタートです # 能力は単なる虚構だ はいそれでは今日はですね私たちはどう学んでいるのか ちくまプリマーシーン賞ですね鈴木ひろあきさんの作品ですね 鈴木さんはえっと あれですね認知科学日本認知科学学会元会長フェローでらっしゃいますね はい認知科学は研究領域であり特に思考学習における創発過程の研究を行っていると いうことで著書にですね教養としての認知科学というのがありますけれどもこちらも 今僕はあの読んでいる途中なんですけどね すごく面白いですはい さてそしてその鈴木さんがですねまあ若者向けにちくまプリマーシーン賞というところからですねこの 私たちはどう学んでいるのかという本これは2022年6月かだからまあ最近ちゃ最近ですね 出た本になりますはい まさにですねちょっとこの 何だろうな僕らが当たり前のようにこう学ぶとか 上達するとか 知識を習得するとかですね もしくは閃くみたいなことも言ったりもするんですけれども すごいこう一般同士じゃないですかもう 普通に使うね意識せず使う 動詞だったりあと能力ってまあ今日能力のことを話しますけど これも何の疑いもなく使えますよね まあでもねそこそのものがいや実は結構あやふやな概念だよっていうことを教えて くれている ものなんですはいで今日はですねそのうちの第一章の能力という虚構というね 能力は虚構である そういう話ですね はい 皆さんねどんな能力を持ってますか まあどんな力でもいいんですけど 持ってますか まあ例えば言語能力とかねコミュニケーション力とか計算力とかですね 表現力とか こう ねあのそういったことありますよね そんな力をどんどん身につけていきましょうということなんですけど この能力というこの力っていうのはメタファーだというふうに言うわけですよね はい でえっと 力というのは何かというと人や動物の体内に備わっていて自ら動いたり他のものを 動かしたりする作用のもととなるものと 具体的には筋肉の収縮によって現れる 拳に力を込め力を出す小熊でも力は強い まあそんなように力というのは個体に備わっているというそういうものなんですよね いや コミュニケーション力個体に備わっているんじゃないのと いうことなんですけれどもしかしですねこの力っていうのってじゃあ我々はその備わって まあ備わってるってことは安定的にいつでもどこでも発揮できるっていう そういうことでもあるわけですよね もう自分にビルトインされてるってことですからねだから その10個の力を持っているそれを引き出して っていう話だったりするんだけれども実はそれってかなり文脈依存性が高いっていうこと なわけでしょ 私たちが持っている力というのはね つまりある時には例えば論理的に考えられるんだけれどもある時は全然それが駆動しない とか ある時はとても計算はできるんだけれども全然違う文脈になった瞬間に同じ計算ができ なくなるっていうのはいろんなところで起きているわけじゃないですか なんかこうノイズがちらついている時って集中できないとかね まあその こう力っていうんだったらいつでもどこでも安定的にみたいな その自動車の馬力みたいな感じとかねあるわけなんですけれどもそういう個体に 備わっている能力っていうねそんなメタファーで見られるんだけど全然そんなことは なくてむちゃくちゃ揺らぎがあるし ある瞬間は発揮できるけどある瞬間は発揮できないみたいなことにだから力じゃね っていう話なんでしょ ねえ あのそんなことってやっぱりありますよねだから あの コミュニケーション力あの人高いよね 例えば私高いですとかね例えば自己PRの時とか コミュニケーションあなたの ねその強みを教えてください私の強みはコミュニケーション力です みたいなことを普通の会話で言うと思うんですけれども その面接の現場ではコミュニケーションぐだぐだであるみたいなことってあるじゃない ですか あれあなたコミュニケーション力あるんじゃないんですか って こう言われるといやー 普段はあるんですけれども今日は何かうまく発揮できませんでしたみたいな まあそういうふうに言いますよねでそれっていうのは力ではないってことなんですよ この鈴木さんの定義まあだから力の本気的な猫定義に遡ると それは力ではなくて私たちがまあその コミュニケーション力に限定して言うとそのコミュニケーションを 力として発揮できるには多様な条件設定があるということなんですよね 例えば相手がこういう人でありそしてチキ知識さがお互いの知識さがそれほど こうねあったりなかったりとかそういうアレで そしてえっとこういう環境の中で会話する時に 私は コミュニケーションということで相手を動かすことができる というねすごく限定的な ものなんでしょうね そうもう本当にフラジャールというか揺らぎのあるものでそういうものを私たちは平気で あたかもいつでもどこでも取り出せるようなツール 的なニュアンスを含んだ力能力ということを使ってしまっているということなんですね でそうするとやっぱり考えるべきは何かというと コミュニケーション力があるとか表現力があるとか実行力があるとか その力を使う時の前提条件というのは一体何なのかということを考えることに 本質があるっていうまあそういう話をしてないんですけれども 僕はそういうふうに思うわけなんですよ だからえっとこれは なんだろうな あの古典のタカチンがねあの僕と対談した時に言ってたと思うんですけど発動 要条件だったかな才能の発動条件みたいなことを言ってたと思うんですよね でそれと通じる話で私たちはいつもその才能を発動できるわけではないとある環境が こう整った時に初めてその才能というものを発動できるのであると だから条件っていうのを知るっていうことがすごく大事なことなんだっていうことを彼は 言ってたと記憶しているんですけれどもそんな意味でですね私たちが何か 力っていうことを語るときでしょ それはあくまでもメタファーであり極めて限定的であるとじゃあもし仮にそれがね まあ力も力っていうのはメタファーでもなくもう一般名しかされちゃってるんで 仮に力と呼ぶのであれば どういう条件の時にその力は発揮され得るのかというそっちの方が大事だと だから なんだろうな コミュニケーション力がありますとかありません私はコミュニケーション力あんまりありませんとか言ってる んだけど同じなんです両方ともコミュニケーション力あるんですよ あるシチュエーションでは でどれだけコミュニケーションが私ありますみたいな自信満々に言う人でもある瞬間において はコミュニケーション力全くなくなるんです 例えば日本語ではない違う言語で 空間に放り込まれた時にその人はコミュニケーション力を発揮できるかっていうと多分多くの 人は発揮できないそうするとやっぱり日本語空間という大前提がつくみたいなことも あったりするし ねというまあ当たり前っちゃ当たり前なんだけれども ものすごくこう見落とされているその環境要因ということに目を向けるっていう まあそんなことがとても大事なんじゃないかというこの第一章のですね 能力という虚構ですねはいちょっと次のチャプターで また飛躍しながらクロージングしていきたいとおもいます # 組織能力だって怪しい はい、えー、ということでね、その、力、能力という虚構ということなんですけど、これは、あのー、 企業の話も一緒だっていうのはなんとなく皆さん想像つきますね。企業の場合だと、あの、ケイパビリティ、組織能力みたいなことを言ったりするんですけれども、 まあこれなんてもっとこう、脆いですよね、フラジャイルな概念ですよね。 だから、あの、この企業っていうのは、非常にこう、なんだろうな、うーん、 えー、想像力があるとか、クリエイティビティが高い組織であるとか、ね、言ったりしますよね。 まあもしくはこう、ものづくりの力が強いとか、現場力が強いとかね、 こう、いろんなところでこの力っていうこと、能力、組織能力、まあ、ね、それ、ケイパビリティとか言ったりしますけど、 それも環境とセットであるってことなんですよね。 どんな環境の時に、この企業の現場力というのが発揮され得るのか、っていうことを理解すると、 理解すると、その環境要因がなくなった時にどうするかという問いが立つんですよ。 その環境要因がなくなった時にでも、依然発揮、継続発揮できる現場力ってどういうふうにできるだろうか。 例えば、やっぱりこういうマネジメント体制で、こういうリーダーがいる時に、高い現場力を発揮するっていうことだとしたら、 そういうリーダーがいなくなった瞬間に崩壊するってことじゃないですか。 じゃあ、そういうリーダーを継続的に排出する仕組みって一体何なんだっていう問いが立つわけですよ。 それを何も、常に我々はいつでも、現場力というのを発揮できる。 現場力っていう言葉そのものもデカいからあれなんだけど、あえて言いますけど、現場力が発揮できるんだみたいな。 そんなことを言っていたら、実はいろんな条件で成り立っているものが、一個ネジが外れただけで、 そのリーダーとかそういうネジが外れただけで、機能しなくなるっていうことってあるわけなんですよね。 常に力というのは環境要因とセットである。力というのはメタファーである。 という認識を謙虚に持つっていうことが必要なんじゃないかなと思います。 いや、これは本当そうですよね。 だから、「いや、アラキさんって継続力ありますよね。」とかね。 いやいや、違うんだって。 そんな何でも僕は続けられるわけじゃないですよ。 たまたまこういうことは続けられるし、こういうことは続けてきた。 ボイシーも4年近く続けてます。 それだけをもって継続力があるみたいなことを言ってはならぬのである。 これは極めて軽な周りのサポート体制であったり、リスナーの環境であったり、こういうものがあって、 その微妙な力学の上にバランスよく継続しているだけなんで、 何かネジが一個取れただけでも継続なんて立ち行かなくなる。 立ち行かなくなる。 例えば、わかりやすい話ですね。 ボイシーがこけてしまいましたみたいな話。 ちょっとね、あんまりいい例えじゃないんだけど、 なった瞬間にね、簡単に継続できなくなりますから。 それは僕の力じゃないもんね。 そういうことなんです。 多分に人間の一人の力と言われているものは不安定で、フラジャイルで、何もできないものである。 そんなことを改めて感じさせてくれる一冊です。 ということで、今日は第一章だけお届けしましたが、 また引き続きお届けしたいと思います。 今日は私たちはどう学んでいるのか。 第一章お届けしました。 # 『僕の狂ったフェミ彼女』 それでは今日のフライヤーのコーナーです。 今日はですね、「僕の狂ったフェミ彼女」という本になります。 著者はミン・ジヒョンさんですね。 韓国人の方でいらっしゃいますけれども。 2016年のコーナー駅殺人事件に大きな衝撃を… これ以前もサステナ読書室でお話したかな。 それでフェミニズムの勉強を始めるが、 それがね、また恋愛に与える影響の大きさ、 それも身をもって知って、 そんな経験を元に書かれた本であるということで、 イーストプレスから2022年3月ですね。 はい、出た本になります。 これ小説なんですよね。 小説の要約ですよね。 なので、当然なんですけど、 これ最後まで書かれてないんですよ。 だからちょっとどこまで書かれてるのか、 僕も本読んでないんで分かんないんですけど、 前段なのかな、そのシチュエーションが書かれていて。 ここに要約に書かれているベースのあらすじを言うと、 就活前にノイローゼになってたんですよね。 主人公、僕が。 それを癒してくれた彼女なんだけど、 その彼女から振られてしまったと。 僕は女性不死になっちゃったわけですよ。 それを引きずって結婚する踏切つかない、 そんな僕の前に再びその彼女が数年後に現れたと。 その彼女はあろうことがフェミニストになっていたということですね。 韓国のフェミニズム運動というのは日本以上に過激らしいんですけど、 それも聞くところですけれども、 僕からしてみたらすごい狂ったような感じを受けると。 でも彼女に対する恋愛の感情というのはやっぱりどこか持っていて、 彼女となんとか寄りを戻したらしいんですけど、 彼女にフェミニストを辞めさせるべく奮闘するというストーリーですね。 あなたも一緒にフェミニストになればいいんだよって彼女から言われると。 え?そんなのあり得ないだろう?みたいな。 そういうところなんですけれども、 この小説を通じてすれ違いという、 ある意味で男性と女性のすれ違い、 世界の見方というのがこうも違うのかという価値観の違いみたいなことを理解できるとともに、 韓国社会で何が起きているのか、そんなことも知ることができる。 これ読みたくなるね。 キムジオンもフライヤーのようやくだいぶ前に出ましたけれども、 あれも良かったなぁ。 というね。 また久しぶりのフライヤーでの小説のようやくです。 ぜひご覧いただければと思います。 今日のフライヤーは僕の狂ったフェミ彼女でした。 # 頂いたコメントへのお返し それではコメントを返します。今回は 四地区のベスト5の紹介でしたね。 ぐるぐる鈴木さん、この3ヶ月のベスト5をご紹介ありがとうございます。 僕はこの中では嫌われた監督でしょうか。 マネジメント職になって人ってなんだろうという問いが生まれています。 テクニック的なお話は世の中にいくらでもあるのですが、 人に対する自らの観察とその解像度が自ら立ち戻る足場ではないか と本を読んで感じました。 この本では優勝のためなのか、チームの若手の成長なのかという 組織に必要な今の成果と将来投資という日々悩んでいる視点も含まれていました。 今日は我がチームも前期最終日だということですね。 マネジメントに携わっている人が読むと、 たぶん何らかの示唆をいただける本ではないかと思います。 なかなかマネできないですが、一つの在り方としてとても参考になる気がします。 まだ読まれていない方はぜひこの機会に読んでみてください。 かいちょうないんさんです。 トランプの大貧民の例えで想像したのですが、大貧民をやっているときは 革命対策であえて弱いカードを手札に留めておいたりするんですよね。 確かに。実際の資本家たちの革命対策って何かあるのかな。 陰武者とか隠し財産とか、どちらも資本を守る系の対策で 革命後の世界に力を発揮する仕組みとは言えないですね。 もちろんトランプゲームと違って、革命後の世界が想像できないので 対策の仕様もないのかもしれません。 そうかもしれないですね。 実際にかつての革命後の社会っていうのは やっぱりそこで生き延びたトッププレイヤーの人たちってほとんどいませんから。 貴族とかね。王族ももちろんそうだし。 中国の場合ってものすごいひどい処遇を受けましたからね。 バランスよくってなかなか難しいんでしょうね。 本当の革命が起きたらね。 泉龍太郎さん、私も嫌われた監督が印象的でした。 私のいる銀行業界は何かと上位かたつのヒエラルキー構造にとらわれます。 金融当局、本部と現場、上司と部下、年次などなど 常に上が正解を持っていて下を正しく導けるという前提であれば問題ないですが この前提が必ずしも成り立たないご時世、帰国上も必要だと思います。 帰国上成立の要件の一つが 独立心を持って自律的に考え振る舞う子の存在だと思われ ここに落合監督の選手感と愛通じるものを感じます。 ここまで書いて足枷の梨昭さんも演奏されました。 繋がりましたね。 なんかすごい絶妙なバランスで成り立つというのが足枷の梨昭さんの話だったと思うんですけど その自由活達な文化と一方で先制的な 決めることは決め切るぜみたいな そういうトップダウンの力 これの交差点みたいなね そういうところにガバナンスの本質があるんじゃないかというふうに思いますけれども 本当その通りですね 先日見たリヒター展のことを思い出しています 何かよくわからないけれども新しい感動がありました 映画を見ていたのでなんとなく人は隣は知っていたのですが 作品は柔らかくて強くていい時間でした。本も読んでみたいです。 リヒター展終わってしまいましたね 確か10月の2日3日ぐらいだったと思うんですけど もう終わってしまいました あれは本当にいい時間だった僕も ちょっと圧倒されましたね僕はね あの空間に いい思い出になったのかなと思います 林林吾さんですかね リヒター展やっと見に行きました 私は抽象があまりわからないのですが 前に見たある画家の数奇な運命を見て 写真を模写して済ませる 滲ませるかという経緯がわかりました エンドロールでは自分の名前を出さない約束で この映画の制作を承諾したとありました 今回の展覧会も反射したときの それぞれの違う見え方グレーなど 問いかけを考えながら見させていただきました 本当に問いかけっていい言葉だと思うんですけど 問われるんですよね なんだろうこれみたいな しかも答えは必ずしもあるわけではない それがねやっぱり現代アートの面白いところかなと思います ありがとうございます いけてよかったですね 町田勝利さん 7、9月に出会えてよかった本のご紹介ありがとうございます 私は任意の社会契約論です 放送と同時に読み進め 留守の森で遭難し わからないことを分かろうと考える 楽しさを感じた読書体験となりました いまだに一般意志に関してはわからないですね ただマスターのおっしゃる通り 尾本さんの痛快な文章は最高でした ホッブズから始まりロールズに終わる旅は 留守で躓いたにも関わらず爽やかな読語感で 不思議な読書体験をした気分です 10、12月に出会えてよかった本も楽しみにしています 10、12月は年末ですよ だから一年総括みたいなそんな感じだね これは大変なんですよマジで しかも大晦日か 誰が聞くんだみたいなタイミングですけど 頑張ります楽しみにしていてください ということでコメント開始以上になります いつも皆さんありがとうございます # 終わりのあいさつ はい、ということで、今日、私たちはどう学んでいるのか、という本でしたね。 あまりオススメしたくない、読んでほしくないタグ絵の本ですけど、 機会があったらぜひご覧いただければというふうに思います。 明日もこの本を取り上げていきたいと思います。 今日はここまで。また明日。 もっと見る #実行力 #能力 #コミュニケーション力 #継続力 #ケイパビリティ #現場力 荒木博行のbook cafeプレミアム放送配信中!00:111.タイトルコール01:502.初めのあいさつ09:243.能力は単なる虚構だhttps://amzn.to/3UX6Irb04:274.組織能力だって怪しい03:495.『僕の狂ったフェミ彼女』06:286.頂いたコメントへのお返し00:217.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2022年10月7日この本は、読みたいなぁと思っていた本でしたので、ご紹介いただき感謝です。今回のお話をきき、考えさせられたのは、評価についてです。教育現場、職場、など評価する/される場面が、たくさんあります。評価するためには、何を評価するのか、という目的語が必要になり、その結果『○○力』というメタファーが使われやすいのかなぁと思いました。評価する側が、何のために、そもそも『○○力』とは何か、という視点を持ち、真摯に対応すれば、いくらか良いのかもしれないですが、時間のない日常では難しい側面もあるよなぁと思いました。1返信 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2022年10月7日医学教育を学ぶ勉強会で、カリキュラム開発や評価について考えさせられているので、今回は評価についての感想になりました。本も購入して読んでみます。 きたむらなおふみ2022年10月6日人を育てる場面において、その人の強みを見つけ、どう活かすかについて考える事があります。そして、どう活かすかを考えた時、環境について考える事は、切っても切り離せないように思えました。人が能力を発揮できるその環境について整える事もリーダーの役割かもしれません。また、ある人を見て単に「すごい」と評価するだけでなく、その環境を考える事は、人をより広く深く知る事に繋がりそうです。さらには、自身の環境についてを考えてみる。これも自己理解を深める上で大切にしたい事ですね。1返信 泉 龍太郎2022年10月6日『私たちはどう学んでいるのか』1◯◯力のラベルを貼りたがる性質。一貫性バイアスの発露の仕方の1つかも?私は常に語彙力豊かであらねばならぬ。決断力溢れる彼がうじうじ悩むはずが無い。そう決め込んだ方が、因果の推論が安定して、ファストに思考できるから。実際に◯◯力の発揮らしき場面を見ると、確証バイアスも相まってますます強化されそうです。そこで思考が止まると、知らぬ間に前提の環境が変わって◯◯力が不活性になった時に、自分や他者への幻滅による傷を負いそうだと思いました。2返信 tmt _22022年10月6日「能力」と言い切れるかどうか、自分の中のモヤモヤが言語化されました。自分自身が能力発揮できていると感じているのは、慣れ親しんだ環境や理解ある仲間の存在あってこそのもの。自分が置かれた環境が変わるだけで、発揮できていると思っていた能力は虚構である。できてない時に「まだ本気出してないだけ」「もっと時間があれば」たか言い訳したくなるのは人間の性ですが、謙虚な心を持って自信が過信にならないように心に留めておきたいと思います。1返信 ぐるぐるすずき2022年10月6日能力という発動条件限定の虚構マネジメントレビューを受けたことを思い出しました。ある状況を突然与えられ、そこで能力発揮できるか?を測定する。今日のお話から、与えられる状況限定の発揮であり、オンライン化というだけで、変わることも多いなと思います。そう考えて飛躍すると、状況変化の認知とそれに適応できるか?という変化に軽やかに変わることも、発揮能力の一つだなと感じました。力を何かに影響を与えることと定義すると、自分に対する再構築力が重要でしょうか。1返信 もっと見る
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本も購入して読んでみます。
また、ある人を見て単に「すごい」と評価するだけでなく、その環境を考える事は、人をより広く深く知る事に繋がりそうです。さらには、自身の環境についてを考えてみる。これも自己理解を深める上で大切にしたい事ですね。
◯◯力のラベルを貼りたがる性質。
一貫性バイアスの発露の仕方の1つかも?
私は常に語彙力豊かであらねばならぬ。
決断力溢れる彼がうじうじ悩むはずが無い。
そう決め込んだ方が、
因果の推論が安定して、ファストに思考できるから。
実際に◯◯力の発揮らしき場面を見ると、
確証バイアスも相まってますます強化されそうです。
そこで思考が止まると、
知らぬ間に前提の環境が変わって◯◯力が不活性になった時に、
自分や他者への幻滅による傷を負いそうだと思いました。
自分自身が能力発揮できていると感じているのは、慣れ親しんだ環境や理解ある仲間の存在あってこそのもの。
自分が置かれた環境が変わるだけで、発揮できていると思っていた能力は虚構である。
できてない時に「まだ本気出してないだけ」「もっと時間があれば」たか言い訳したくなるのは人間の性ですが、謙虚な心を持って自信が過信にならないように心に留めておきたいと思います。
マネジメントレビューを受けたことを思い出しました。ある状況を突然与えられ、そこで能力発揮できるか?を測定する。
今日のお話から、与えられる状況限定の発揮であり、オンライン化というだけで、変わることも多いなと思います。
そう考えて飛躍すると、状況変化の認知とそれに適応できるか?という変化に軽やかに変わることも、発揮能力の一つだなと感じました。
力を何かに影響を与えることと定義すると、自分に対する再構築力が重要でしょうか。