TOPエンタメ映画・本荒木博行のbook cafe『心理的安全性をつくる言葉55』book labo LIVE振り返り 久保さん対談35:54 2022年11月10日 8,852再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次心理的安全性:螺旋階段の問いリーダーの葛藤と理解の深化部下の行動を促す新コーチング素朴教育理論が問う学びの真意ナレッジ共有を阻む組織の壁AI文字起こし(β版) # タイトルコール アラキルウィキのブックカフェ。この番組は、自分の頭で考える読書の執筆者であり、書籍予約サービスフライヤーのアドバイザーを務めるアラキルウィキがマスターとなり、本からの学びを楽しむカフェです。 # 初めのあいさつ 皆さんおはようございます。11月10日、木曜日の朝になりました。 さて、今日はですね、毎月一回恒例でやっておりますけれども、 フライヤーブックラボというですね、読書会コミュニティがあるんですけれども、 そこのライブということで、先月は石井凌介さんをね、ゲストに 心理的安全性ということをテーマに対談したわけなんですけど、 振り返り対談をフライヤーのブックラボの責任者である久保さんとやっております。 そしてちょっとね、これに先立って、僕もニュースピックストピックスで これに関する学びを記事化しましたので、それのリンクも貼っておきますので、 ついでにご覧いただければというふうに思います。 では行きましょう。本編スタートです。 # 螺旋階段を昇ろう それでは恒例ですが、先日やったフライヤーブックラボのライブイベントの振り返りということで、フライヤーの久保さんがゲストです。どうぞよろしくお願いします。 はい、お願いします。 はい、先月はですね、心理的安全性の作り方の著者である石井凌介さんをゲストに、心理的安全性というキーワードをテーマにですね、本そのものは心理的安全性をつくる言葉55という本をベースだったんですけれども。 そうですね。石井さんが本当にお人柄が、心理的安全性の仏のような方ですよね。 常にお写真がニコニコして目がないような笑顔のお写真なんですけど、いつお会いしてもニコニコされてるんですよ。 私、フライヤーブックラボのコミュニティの中に配信する音声のために、あらかじめ石井さんと対談させていただいたのを3本撮ったんですけど、その時にも本当に心地よくて、なんだろうこのチャーミングさと受け止め感と、でもクレバーな感じ?なんだろうなって思ってたんですけど、当日も本当にそんな感じでしたね。 まあでもそうだよね。心理的安全性って言っておきながら、むっちゃ顔固まってるみたいな。怖いみたいな。無表情。 さあ、そんな石井さんとの対談ですか。僕ちょっと一足先にですね、ニュースピックスのトピックスで連載をしているんですけれども、そちらでコラムとして取り上げてしまいまして。 読みました。それベースにぜひぜひ話したいと思うんですけども、皆さんちょっと読んでない方もいるかもしれないので、荒木さんのほうから軽くあれベースに話していただいて。 読んでない人は読めっていう以上で。 簡単に言うとですね、僕自身あんまり知らない。 ごめんなさい。先に突っ込んどくと、今、心理的安全性めっちゃ下がってますよ。読め、読めって。 いやこれも、この読めという言葉にも意味があるという話ですよね。 つまり、心理的安全性って正直僕はうさんくさいと思っていてですね。 うさんくさいという言葉も適切じゃないんですけれども、僕自身もマネジメントの立場で、やっぱり難しすぎるんですよね。 手足縮まっちゃうっていうか。 もちろんそれが重要っていうのは言うまでもないし、100も承知だし、そっちの方がイノベイティブになるっていうのも、それは分かるんだけど、一方でバランスが難しいなっていうのはあって。 だからそんなもう余計なのいいんじゃないっていうのは正直思ってたところなんです。 そんな時に石井さんと対談することができてですね。 一つの新しいキーワードが、心理的柔軟性って言葉でしたっけね。 より上位概念だと僕は理解したわけなんですけれども。 要するに、状況を判断した上で柔軟に手段を、取捨選択するっていう、凝り固まった状態ではないということが何よりも重要であるという。 そういうことですよね。 だから僕と久保さんの間、もしくは僕とリスナーの間にですね、この嫁というキーワードはですね、柔軟な選択肢の結果なわけですよ。 これだから関係性を見誤ってですね、きつい言葉を使うとこう直感を生んでしまったりとか、もしくは許さを生んでしまったりとかですね。 なんかこういろいろあるわけですよね。 だからこれ非常に難しい言葉なんですよ。 さらにね、状況次第であると。 この態度がいいとか、この言葉がいいとか、そういう話ではなくて、結局はその関係性の中において、文脈において正解はあるっていう、そんな話。 まあそうだよねって思いました。そんな話をコラムでは書いた。そんな感じですね。 その状況判断ってことなんですけど、結局何なのか、何を目的にした状況判断のかっていうと、役に立つっていうキーワードって言われてますよね。 その本の中でも。 結局、その環境において役に立つって考えたときに、どんな表現が適切なのか。相手もそうだし、文脈もそうだし、環境っていう文脈もそうだし。 それって、もともとアラビさんが結局十分理解できない、さっきうさんくさいっていう表現で、さらに尖がってたんですけど表現。 やっぱりなんで十分理解できないかって、すごく主観によるってことですよね。環境依存だったり、文脈依存だったり、相手によって変えなきゃいけないだったり。 それを必要とするもの、役に立つものとして必要なものっていうことなんですけど、本当に難しいものだなと。 一方で、心理的安全性っていう言葉が流行する前から、 何となく、私結構複数の会社をものすごく転職したわけじゃないんですけど、コンサルだったのもあったり、その前SEだったのもあって、結構いろんな会社さんにどっぷりプロジェクトで入るみたいなことをしてたんですけど、 そうすると、確かにそのチームごとによっての心理的安全性のあり方って全然違うなって思ってたことがあって、 心理的安全性とかって言うと、相手への気遣いとかいうふうに感謝とか聞くとか、そういうふうに行動としてとりがちですけど、 必ずしもそれだけじゃなく、そういう因子はあれども、それを強めるのか弱めるのかって結構違うなって。 あるプロジェクトだと、私的なこともプライベートなこともオープンに話すとか、自分が感情としてどういうものを持っているのかを共有するのがすごく心地いいとされるメンバーがたくさんいるプロジェクトの時もあれば、 そういうのは全然皆無でいいから、数字もプロセスも明確で、とにかくスピードでフィードバックを明確に言おうみたいな、これが心理的安全性ある意味オープンにフィードバックを言い合うっていうのが 心理的安全性高いよねってある意味定義をしているチームだとか、本当に全然パラメーターは複数同じものがあるんでしょうけど、寄せ方が全然違ったりしたので、 やっぱり組織によって柔軟的に変えるっていうのは過去のチームを見ても、あるな、やってたなっていう、そういうのは感じます。 まあでもあれですよね、その役に立つっていうさっき言いましたけど、これがまたむっちゃビッグワードで、まあはっきり言って何言ってるかよく分かんないわけですよね。 だから、役に立つってなんだと。だから機能してるかどうかって話なんですよ。機能とは何かみたいな話って、それ時間軸も結構あったりもするわけじゃないですか。 今この瞬間に役に立つのか、3年という期間を見て役に立つのかによっても、なんか答えは違うだろうし、 人の育成みたいなことを考えると、やっぱ長期的に考えた方がいいわけですよね。 だから今あえて心を鬼にして、長期的に役に立つ、態度を取るみたいな、そういうことも必要かもしれないし、短期的にとかね。 いや面白いなと思ったのは、プロジェクトって必ず期限を持つっていうのがプロジェクトの定義なんですね。 勇気であるっていう。このプロジェクトは立ち上げるときに必ず3年のプロジェクトであるとか、1年のプロジェクトであるっていう期限を設けるっていうのは必ずやるんですけど、 確かに長期のプロジェクトもマイルストーン必ず切るっていう。プロジェクトっていうふうに見たときの心理的安全性の在り方と、 組織っていう、ある意味その活動とは切り離した期限をあまり明確にしないようなもののチームとでは、確かになんか違うなあっていうのを聞きながら思いました。 だからその時間軸でのすれ違いって結構大きいですよね。その個人はまさにこの刹那を生きているのに対して、 そのリーダーはひょっとしたら5年とかそういう期間で物事を見てコミュニケーションしてるかもしれないみたいな。 そのすれ違いってあるあるだと思うんですけど、だからそれが理解できないみたいな話っていうのはあると思うし、 あとまたちょっと違う変数を言うと、ビジネス環境っていうのもあると思っていてですね。 とにかくビジネスがすごい脆いフェーズとかってあって、例えばスタートアップとかなんか典型的だし、 コロナとかでビジネスがぐじゃぐじゃになっちゃったみたいな、そういう組織が仮にあったとした場合って、 これただでさえ心理的安全性がある意味脅かされているっていう、そういう状況ですよね。 それはコミュニケーションとか置いておいて、その組織の存続がそもそも危ぶまれるみたいな、 そんな状態の時に厳しい態度を取るっていうのは、結構泣き面に鉢みたいなそんな状況になってしまうかもしれない。 一方で結構安定している組織だと、ある意味厳しいコミュニケーションも許容される措置はあるみたいな、 そんな風にも捉えられるかもしれない。 つまり、さっき久保さんが言ったような人間関係みたいなことも大事なんだけれども、 ビジネスモデル的な、そういう部分にも影響を受けたりもするし。 だから、役に立つとは何ぞや、みたいなのが、すごいいろんな意味で難しいよね。 そうですね。 だから、そういう意味でのトピックスでも書いたんだけど、 螺旋階段みたいな話をしたわけなんですけれども、 だから、ある意味一周して1階に上がったんだけど、 そうするとまた新しい問いにぶつかると。 意味があるとは何だとか、役に立つとは何だとか、 リーダーとメンバーとの関係性みたいな、もしくはビジネスモデルみたいな変数は、 そこにこの心理的安全性というのはどう関係してくるのか、みたいな問いが浮かんでくる。 で、これまたね、分かんねえな、みたいな感じになるわけですよ。 で、キュッとか思うわけですよ。 で、そこからまた何か閃いたら、2階、3階に上がっている、みたいな。 なんかそんな状態になってるんでしょうね。 その表現を読んでちょっと思ってたのが、 リーダーになりたての頃に、 心理的安全性という言葉はなかったですけど、まだ。 だけど、その時にすごく感じてたことが、 ある一転のその螺旋階段をくぐった時に、 違う問いにぶつかった時があって。 ちょっとそこの話していいです? はい、もちろん。 螺旋階段はくぐるんじゃなくて、上がるっていうツッコミをしたくなりましたけど、 それは置いておきましょう。 今、くぐった。 はい、どうぞ。 なんかね、その、 多分前々職だと思うんですけど、 ものすごくきっぱりと意見を言うメンバーがいて、 そのメンバーとは、 ある一定のプロジェクトではすごく気が合ったように見えたんですけど、 さっき荒木さんが言われたように、 環境が良くなくなったら、すごく居心地悪く感じた。 あんまり上手くいってないプロジェクト。 なんかしら噛みつかれてる感じがしてならなくて、 私がリーダーで、メンバーでっていう。 なんかその、じゃあ意見を聞いて、 彼ら彼女らの意見を聞いて、 そこに答えるっていうことをすごく一生懸命してたんですけど、 ものすごくある時に、 あれなんだろう、私がやりたいものがないっていう風に、 すごく感じることがあって、 要はメンバーなんだけど、 メンバーの相手の顔をすごく意識をしていて、 なんか共感しなきゃとか、 当然その時、心理的安全性とか言われてないから、 そうしろああしろって言われたわけじゃないんだけど、 でもこのプロジェクトの状態をなんか良くしなきゃいけないと思ったがために、 共感とか聞くっていう態度をすごく意識をしたら、 急に不自由さをすごい感じた時があったんですね。 だから最初の段階では、 彼らの不満というものの吐き口をちゃんと、 それを取り替えに改善するっていうことをしなきゃいけないって思って、 それをするにまで方法論を見いらして、 うまくいってるかもって思ったんですけど、 思った途端に今度は自分側の窮屈さみたいなのを気づいてしまって、 メンバーは言えてはっきりして、 くっきりして気持ちいいみたいになって、 メンバーは良い感じになったんですけど、 自分が窮屈さっていうのを感じる。 そこから転職したりして組織を出た時に、 今度は何にもない、 私一回仕事を辞めてるんですけど、 今度は人だとか環境がない状況で何でもできる状態になったけど、 今度はまだ何もできなくなっちゃった時があったんですね。 ちょっと前のプロジェクトのことを思い出していて、 やっぱり環境とかその時のそのチームっていう有限な環境があるから、 できるものが見つかって優先順位が見つかるんであって、 何もないからいいわけじゃないんだって今度は気がついたわけですね。 心理的安全性っていう言葉ではないけど、 当時私が一生懸命考えてたのは、 私は私はでみんなが主張してたのを、 私たちに変える行為を一生懸命していたんだっていう、 そこを出てから、今度私たちが亡くなってから、 ようやくそのやろうとしてたことが見つかって、 次転職した時に最初からチームでは私たちっていうベースで物事を考えるっていうのを、 チームに対してもコミュニケーションするし、 今もそうですけど、それができてると、 私自身、私があるなしに関わらず、私たちがあればいいっていうマインドになってたりするんですね。 その瞬間、打開策を見つかっても次の問いがあって、 結局はまた螺旋階段で戻っている感覚があるんだけど、 ちょっと違う抽象度・解像度で理解してるなっていう風にね。 今ちょっとリスナーの皆さんは分かんないでしょうけど、 久保さんが今手をぐるぐるぶん回して、 螺旋階段を表現していたわけなんですけど、 心理的安全性の作り方に書いてあるんですけど、 体をみんなで共感するっていうのが大事なことなの。 体を動かす。 安木さんが微動だにしないけど、 本当は一緒にやってほしい。 一緒にね。 よくロクロ回すってあるじゃないですか。 ロクロレベルじゃダメなんだなって今理解しました。 螺旋階段レベルじゃないとね。 でもあれなんですよね。 今おっしゃっていただいた通りでエピソードの中でね。 ある意味で概念を理解するって新しい概念。 身体化のプロセスってやっぱ大事で、 そこにはやっぱりある種の絶望とか限界みたいなことを感じて、 そこから何か気づくみたいなことってあるわけじゃないですか。 それはその時に訪れてブレイクスルーになる人もいるし、 時を経て環境を変えて、 あの時はああいうことをしていたのであるみたいな、 そんなことに気づいたりもする。 だからアスリートとかでも結構ありますよね。 とある環境の中で全くパフォーマンス上げられなくなっちゃって、 もう全然ダメ、何やってもダメみたいな。 でも絶望してチームとか環境を変えたら、 ようやくあの時何気づいていたか気づくみたいな。 もうその時には次の螺旋階段の3階、4階ぐらいに上がってて、 理解することができるみたいな。 だから結構僕そういう相談を受ける機会もあるんですけど、 その絶望そのものは意味があるよって。 意味って何だって話なんですけど、 やがてその意味がわかる日が来るみたいなことってあるじゃないですか。 さっきの役立つって何だと言って、 ちょっと時間経ってからようやくわかるみたいなところありますか? 自分にとっての役立つではなくて、 そのチームにとっての役立つも含めてなんですけど。 そうなんだよね。 だからつるんと飲み込んで別れましたみたいなことを言っていると、 永遠に1階の住人から抜けられないみたいなこともあると思うんですよね。 だから新しい概念とかって、 わかるんだけどさ、みたいな。 でもね、みたいな。 それぐらいがちょうどいい食って、 それに悩み、葛藤し、 少し経った上で、 新体制を伴った上で理解できるみたいな。 つまり理解って遅れるんだよね。いつもね。 なるほど。理解は遅れるものであると。確かに。 螺旋階段はそういうことなのか。 そうなんだと思いますよ。 だから僕と久保さんがさ、 同じ言葉で話してても、 多分その回数が違ったりするわけですよ。 久保さんが必死に。 俺が上に行ってるって言ってる? いや、俺が上っていうわけじゃなくて、 久保さんが本当に必死に体得した、 マネジメントセオリーみたいなものを、 ぽろっとこういうキーワードですって、 仮に言ったとして、 僕もそのキーワードは、 日本語としては理解できる。 けど、全然深みが違ったりするわけじゃないですか。 そうですね。 必ずしも情報関係ってわけでもないんだけど、 そういうことかなという気もしていまして。 そんな話でしたね。そんな話だったのかな。 まあいいや。 ライブは、 そういう心理的安全性、 石井さんと一緒にお話をさせていただきまして。 さて、今月は? 塩野誠さんにお越しいただきまして、 塩野誠さん自身の御著書ですね。 デジタルテクノロジーと国際政治の力学を取り上げます。 塩野さんといえば、ニュースコネクトで、 小話で白色ぶりを披露されておりますけれども。 ラバーの中では国際情勢を見る伏線回収ということで語っていただいているんですけども、 いろいろなグローバルに起きていることとテクノロジーの切り口で、 どうそれって解釈したらいいんだろうみたいなことを、 いろいろヒントをいただいているので、今回もすごい楽しみです。 楽しみですね。 また石井さんとは違うセッションなんですよね。 だいぶ違いますね。 塩野さんと僕、大学の同期の同じ学部だって知ってた? 塩野さん?同期? 同期よ。同期。 そうなんですか。 同じキャンパスで会ってたかもしれない。僕知らなかったんだけどね。 すごい。 卒業後に。 卒業後に塩野さんが有名になってから、 なんかあれ?なんか学部一緒とか思って。 あれ?ひょっとして同期?みたいな。 したらなんか共通の友達いっぱいいたみたいな。 共通の友達で盛り上がらないでください。 ひとしきりそういう話はもう知ってるんで。 知ってる知ってる。 大丈夫です。 はい、ということで。 また来月も伺います。 はい、久保さんでした。ありがとうございました。 ありがとうございました。 # 『部下のやる気はいらない』 それでは今日のフライヤーのコーナーです。 今日はですね、部下のやる気はいらない 一歩踏み出すから始めるコーチングという本になります。 著者ですが岩崎哲也さん。株式会社パブロ代表取締役でらっしゃいます。 リクルートから新規事業立ち上げを歴任し、その後起業して法人向けコーチング会社を設立ということですね。 こちらの本、日本の法律協会マネジメントセンターから2022年9月に出た本になります。 タイトルが部下のやる気はいらないということなんですけれども、部下が行動しないのはやる気がないからではない。 経験に裏打ちされた成功失敗の情報が少ないため、どうしてもまずはやってみようという精神状態に向かいづらいのだ。 そこで見出したのがやる気に依存しないコーチングテクニックだ。 その真髄は対話によって行動のきっかけをデザインすることにある。 部下のモチベーションを上げようとするのではなく、やらない理由を排除し、やる理由を作り出すのだ。 なるほど。やる理由を作る。 ここで言うとどういうことなんだろうな。究極的にはやる気を作っているっていうことになると思うんですけど。 もうちょっと細かくメッシュを刻んでいるっていうことなのかな。 なんとなく気づいたらそういう動きをしているみたいな。 しかし本当に他人がそういうことできるのかねっていう。しかもこれ結構難易度の高い話ですね。 なるほど。ステップ1。信頼関係を構築する。 そしてステップ2。自分が今いる環境や自分の強み弱みを言語化する。 ステップ3。真に達成したい目標から行動計画を策定する。 これがコーチングレディーという。コーチングス。準備整ったぜみたいな。 ここからいよいよコーチングの本題に入っていくということですね。 経験する。振り返る。教訓を引き出す。応用する。この経験学習サイクル。 それぞれ壁があるわけですね。 その壁をより具体的に。 実際に振り返りの時でもどうだった?みたいな大きな問いじゃなくて。 実際にどんな準備した?その準備の中で大変だったのはどんなポイント? 実際やってみて準備や想定と違ったところはどこだった?そのズレって事前に予想できたと思う? 実際の結果どうだった?どの結果になって自分としてどんな感想を持っているの? という順で問いかけて振り返りを促そう。 プロセスを褒める。もう一つは盲点を褒める。 なかなかやる気が出ないという部下を持っている方にとってはヒントになるかもしれないですね。 まるっとやりすぎてるのかもしれない。 ここまで行ったんだから後はやるだろう。 そう簡単じゃないよという話でしょうか。 ということで今日のフライヤーは部下のやる気はいらないでした。 # 頂いたコメントへのお返し はい、コメント返します。私たちはどう学んでいるのか。 第6回目、最終日ですね。 イタルさん、素朴教育理論、義務教育では必要かなと思います。 ただそれだけでは足りず、それぞれ解けない領域もバランスよく教える方が良いのかなと思いましたが、 義務教育で入れるインプットが多すぎるんでしょうね。 例えば鎌倉幕府ができた都市をテストで問うのではなく、 教科書以外のものを使って鎌倉幕府を説明せよ ぐらいにした方が実生活で役に立つそうだなと思います。 学校に限らず教育はそれで社会が、 社会で生きるためのルールとして必要だからやっているのであり、 知識を入れることを目的に置かないようにしないといけないなと思います。 泉さんが、 教科書に載っている鎌倉幕府の知識を実生活に当てはめてみようとかも面白そう。 学級委員長の最近の振る舞いは上級の欄の時の言葉の条項、 言葉条項のようだとか。 町田和志さん、イタルさんのコメントで思い出したのは現在留学中の ひじかつ奈美さんの息子さんが受けている社会科の授業です。 放送を聞くとアメリカにも日本で言うところの学習指導要領みたいなものがある感じでしたが、 それにとらわれてしまうか否かが教育の質に影響を与えそうだなぁと。 まあ、そうですね。 こう、 何だろうな。 やっぱり、興味関心に火をつけてほしいですよね。 それで鎌倉幕府学んだってことじゃなくて、なんだろうこれ、どうなったらこうなるんだろう、みたいな。そこを持って、ああとみんな調べてね、みたいなね。 そんな状態になって、小学校が終わる、みたいな。 ね、あの、そんなことがあるといいなぁと思いますが。はい、ありがとうございます皆さん。 まあでもさ、素朴教育理論って本当に、いやー素朴だけど根強いね、本当に。これに僕たちもなんかそれはすべてだと思い込んでる節もあるから。 ちょっとねドキッとしますね。ぐるぐる鈴木さん、学びとは何か聞きながら教えればできるという思い込みが僕にもあるなと思いました。 本当に教えたらできるのか、目的をそれで達成できるのか、教える方法もテキストでいいの、見せるのでいいのか、 そもそも私たちがどう学んでいるのかを調べようとせず、自分が受けてきたものを基準に再現しようとしているところに問題がある、そう感じます。 新しい世界を開かせてくれるご紹介でした。本も一度は読んでいますが、自分の中で形になるように読み直したいです。ありがとうございました。 ほう、読まれましたか。 ちょっとね僕もこれさらっと読んで、放送をするっていうことでだいぶ解像度が高まりました。 人に説明するっていう段において初めて、ああこういうこと言ってたんだ、みたいなことを感じたんで、 もう一回読み直されるといいと思います。放送を聞いた上で。はい、泉龍太郎さん、素朴教育理論、会社の会社組織の 縦、上下の関係性に多分に引き継がれてそうです。例えば正解を知っている人がいる、この前提に縛られて、上の立場の者が虚勢を張り、 痩せ我慢をすると率直なフィードバックや、や滑らかなナレッジの共有が阻まれそうです。 例えば基礎、単純から応用複雑へ。大企業では若手にプロジェクトをまるっと預けず、パーツを切り出して任せることが多いと思います。 が、そうした下積みを単純に重ねるだけではプロマネ人材にはならなそうです。 これねー、なんか 複雑な横をつなげるっていうところに ナレッジの塊がある、みたいなものってありますよね。縦だけやってても永遠に全体にはならないと。 横をつないで初めて見えてくるみたいな、そんなところがあるような気がします。 町田勝利さん、先日私たちはどう学んでいるのかを購入しました。早速読んでみようと思います。 素朴教育理論の呪縛は根が深そうだなぁと感じました。自分が受けてきた教育が再生産されやすい背景とも言えそうです。 基礎から応用へ、単純から複雑へという流れはカリキュラム開発や評価の過程を考えてみると負に落ちます。 教育のアウトカムを想定し、それに基づく目標を立てる。その目標には一般目標と個別目標があり、一般から個別の流れは細分化の流れとも言えると思います。 いわば後付けで考えている状態とも言えそうです。そう考えると遠隔区を眺めるように 定期的にフィードバックや360度評価を行い、その都度戦略を変えていくということが必要だなと思います。 理由は安いだと思いますが、頭の中だけで行うので楽な環境も、ではなく環境も考えるという話ではニューヨークに留学していた石渡さんの対談を思い出しました。 またの対談を楽しみにしています。 そうだ、石渡くん何してるんだろう。もう東京戻ってきてるはず。 ね。ちょっと、うん。 いや何してんだろうな。 急に思い出しました。ありがとうございます。 まあでもそうですね。うん。 遠くを見ながら、こう、行くべき道を変えていくっていうのは、まあ一つの在り方だしそうだと思うんですけど、 まあなかなか難しいんですよね。近接講ばっか目が行ってしまう。 はい。 ということで、えー、コメント返し以上になります。いつも皆さんありがとうございます。 # 終わりのあいさつ はい、ということで今日はこちらまでということで はい えっと 明日明日 明日1日なんですかな うん 1日分また土日は経営カフェ相談カフェが続くので 明日1日だなぁ はい考えますということで今日はここまでまた明日 もっと見る #NewsPicks #心理的安全性 #心理的柔軟性 #螺旋階段理論 荒木博行のbook cafeプレミアム放送配信中!00:111.タイトルコール00:552.初めのあいさつhttps://newspicks.com/topics/hiroyuki_araki/posts/39?utm_campaign=np_urlshare&utm_source=newspicks&utm_medium=urlshare&invoker=np_urlshare_uid10261924:163.螺旋階段を昇ろうhttps://newspicks.com/topics/hiroyuki_araki/posts/39?utm_campaign=np_urlshare&utm_source=newspicks&utm_medium=urlshare&invoker=np_urlshare_uid10261904:134.『部下のやる気はいらない』05:545.頂いたコメントへのお返し00:286.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう 人、本、旅、あまのっち2022年11月10日今回のマスターは、ドSでしたね〜。「読め」と言われた時は、嬉しさでブルブルしちゃいました。嘘です。でも、久保さんは、間違いなく喜んでましたね笑全体を通してのマスターのメッセージも、「絶望せよ」に聞こえましたよ。やってみて、その困難さを体感し、絶望せよ、と。言葉を中心に置く。表側だけを見るのではなく、裏側を見に行く。その過程は坂道であり、つらい道のり。にもかかわらず裏側には何もなくて絶望。落胆の登り坂を歩いて表側に戻ってみると、少しだけ表の顔が違って見える。なるほど螺旋ですね!返信 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2022年11月10日たくさんの言葉に囲まれて生きていながら、その一つ一つの言葉を理解せず使っている。そんなんじゃダメだなぁと思いながら、理解が追いつかず、また新しい言葉を認識する。心理的安全性という言葉も、そんな言葉たちの1つです。個人的には、高橋浩一さんが『気持ちよく人を動かす』に出てくる4つの壁のメタファーを補助線にして理解しようとしています。『関係性の壁』が、心理的安全性にも関与していると思っております。関係性というのは、人と人との間にあるものなので、相手が変われば状況も変わる。返信 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2022年11月10日そうすると、今回の話にあった心理的柔軟性が必要になる、そんな感じでしょうか。何にせよ、言葉のイメージって難しいなぁと、あらためて考えさせました。イメージに引っ張られて本質を捉えられない。そんなことばかりです。自分の頭で考えて、日々の経験と結びついたとき、はじめて理解する。頭を悩ませながらも、考え続けたいと思います。 いたる2022年11月10日心理的安全性の胡散臭さは私も感じます。ぬるさを作り出しかねない言葉だなと。チームの発達段階を観てると心理的安全性を作るためにリスクをとる必要がある場面に出くわします。タックマンモデルで言うところのストーミングですね。そこで自己開示したり素朴な問いを投げるリスクを取れないとイノベーションを産む心理的安全性に繋がらない、みたいな。お互いが自分の殻から出るリスクを少し取り、一緒に螺旋階段を登るってことかもしれませんね。手を動かす久保彩さんと微動だにしないマスター…絵が目に浮かびましたw1返信 泉 龍太郎2022年11月10日『心理的安全性を作ることば55』心理的安全性、ウィトゲンシュタイン風に言えば家族的類似性の輪がめちゃ大きく感じます。曾祖母のいとこくらい離れた意味で使っているのに、この単語一つでさも真理を共有しているかの如く捉えがちな気がします。言葉の刃は、それがバターナイフであっても許すべからず。これも安全の体現の一つ。心を燃やす激しい言葉のつばぜり合いが許される。これまた別の安全のあり方。止揚して螺旋を昇るには?剣道場を設けて、道場の敷居の内外をパツンと区分けする、とかでしょうか。1返信 ぐるぐるすずき2022年11月10日わからなくなる心理的安全性あるプロジェクトにおいて心理的安全性は、視点の長期、短期、外部環境の強さ、弱さとか、メンバーの多様性やコミットの強さ、弱さとかの初期パラメータ依存性があり、また、目的にも依存する。聴きながら、チームの動的なムードや雰囲気について、構造化して言語化したものなのかなと感じました。僕自身のチーム運営では、そのとき流れで、このタイミングは、ここまで言っても良いとか、言語化されてない流動的なものです。いわゆる、車の運転みたいなものですね。いいのだろうか笑?1返信 もっと見る
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全体を通してのマスターのメッセージも、「絶望せよ」に聞こえましたよ。やってみて、その困難さを体感し、絶望せよ、と。
言葉を中心に置く。表側だけを見るのではなく、裏側を見に行く。その過程は坂道であり、つらい道のり。にもかかわらず裏側には何もなくて絶望。落胆の登り坂を歩いて表側に戻ってみると、少しだけ表の顔が違って見える。なるほど螺旋ですね!
チームの発達段階を観てると心理的安全性を作るためにリスクをとる必要がある場面に出くわします。タックマンモデルで言うところのストーミングですね。
そこで自己開示したり素朴な問いを投げるリスクを取れないとイノベーションを産む心理的安全性に繋がらない、みたいな。
お互いが自分の殻から出るリスクを少し取り、一緒に螺旋階段を登るってことかもしれませんね。
手を動かす久保彩さんと微動だにしないマスター…
絵が目に浮かびましたw
心理的安全性、ウィトゲンシュタイン風に言えば家族的類似性の輪がめちゃ大きく感じます。
曾祖母のいとこくらい離れた意味で使っているのに、
この単語一つでさも真理を共有しているかの如く捉えがちな気がします。
言葉の刃は、それがバターナイフであっても許すべからず。
これも安全の体現の一つ。
心を燃やす激しい言葉のつばぜり合いが許される。
これまた別の安全のあり方。
止揚して螺旋を昇るには?
剣道場を設けて、道場の敷居の内外をパツンと区分けする、とかでしょうか。
あるプロジェクトにおいて心理的安全性は、視点の長期、短期、外部環境の強さ、弱さとか、メンバーの多様性やコミットの強さ、弱さとかの初期パラメータ依存性があり、また、目的にも依存する。聴きながら、チームの動的なムードや雰囲気について、構造化して言語化したものなのかなと感じました。
僕自身のチーム運営では、そのとき流れで、このタイミングは、ここまで言っても良いとか、言語化されてない流動的なものです。いわゆる、車の運転みたいなものですね。いいのだろうか笑?