TOPエンタメ映画・本荒木博行のbook cafe人生は壮大な自由研究だ/武蔵野大学EMCの3学期を振り返る30:58 2022年11月11日 9,386再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次武蔵野大EMC:1年生への超実践的教育OJTの衝撃教育の本質:人生は壮大な自由研究だ素朴教育論のアップデート:教えない教育が拓く学生の主体性『続・修身教授録』:地位と学歴を超越する哲学コメント考察:雑談、作為、そして「間」に宿る知性AI文字起こし(β版) # タイトルコール あらきひろ駅のブックカフェ。この番組は、自分の頭で考える読書の執筆者であり、書籍予約サービス、フライヤーのアドバイザーを務めるあらきひろ駅がマスターとなり、本からの学びを楽しむカフェです。 # 初めのあいさつ はい、みなさんおはようございます。11月11日、金曜日の朝になりました。 1111ですね。何の日なんでしょう、これ。何だろう。 結構ありそうですよね。なんかポッキーの日とか、何でしょうね。 あと、本の日とかあったような気がするな。何の日だったかな。 11月11日記念日、第一次世界大戦提算記念日、介護の日、電池の日、配線器具の日、ジュエリーデーの日、麺の日、ピーナッツの日、チーズの日、サッカーの日。 いろいろあるそうです。 はい、ということでですね、今日なんですけれども、あんまり話してなかったんで、ちょっとせっかくなんでね。 先日、ちょうど3学期が終わって、11月9日、8日か、火曜日、ちょうどですね、武蔵野大学EMCというところで、 私、前学期クラス持ってるんですけれども、3学期終わりましたので、ちょっとその話をしてみようかなというふうに思います。 はい、あんまり僕が大学で何を教えているのかとか話したことなかったんで、ちょっとその話をしながら教育について考えていきたいなというふうに思います。 何話すか決めないままに話し始めるんで、ぜひお付き合いいただければと思います。 では、いってみましょう。本編スタートです。 # 大学1年生にそんなことやらせるの? はい、ということで、えーっと、ちょっとね、 武蔵野大学EMC、アントレプレナーシップ学部ですね。 えー、起業家の卵たちですよ。 まあ、実際に本当に起業するかどうかというのは本人次第なんですけれども、 起業に必要なこと、まあ当然のことながらその能力っていうのは、 別に起業しなくてもですね、実社会においてものすごく使える話ではないかなと。 まあ、生き抜く力みたいな、そんなことをね、教えている、そんな学部になります。 僕は、えーっと、1年生、2年生、まだ2年生しかいない新設学部なんで、 1、2年しか教えてないんですけれども、それぞれの学年にですね、いろんなことを教えて、 まあ、1学期、2学期ではクリティカルシンキングですね。 いかにして自分の考えたロジックに批判的になれるかというですね、 まあ、批判突っ込み力ですね。 そんなことをやると。 まあ、その中には概念化の能力みたいなことね、 抽象と具体を行き来しようみたいな、そんなトレーニングとかをやったりとかしているわけですね。 まあ、どちらかというとそのロジックそのものをしっかり作る、 まあ、そんな能力ですね。 まあ、これは、当然ビジネスパーソンにやっている内容でもあるんですけれども、 こういうのはもう若いうちにやっておいて損はないのでね。 まあ、そんなことをやっていると。 で、えーっと、3学期に私がやったことは何かというとですね、 えー、領域別テックという、あの、科目があって、 まあ、これを何人かの教員で、あの、分かれてですね、 ADCDってあるんですけど、僕は今期Aということをやりまして、 えーっと、社会を支える業界だったかな、ちょっとタイトル忘れましたけれども、 えー、教育業界であったりとか、ヘルスケア、それから環境ですね、 まあ、そういったことをテーマに、えー、業界リサーチをやるっていう、 まあ、そんなことをやったわけですよ。 1年生ですよ。大学1年生に。 何をやるかというとですね、 まあ、まずはリサーチの手法を教えるわけです。 リサーチの手法を教えて、スライドの作り方を教えて、 そして、実際にその領域を調べてもらって発表するということを、 3回転ぐらいやるっていう、そんな授業なんですよね。 完全にOJTです。 まあ、こういうのって、社会人何年目とかでもやらないと思うんですけど、 そんなものをですね、まだ昨日まで高校生だったような、 大学1年生にやるという、結構無茶な仕立てになってるんですよね。 で、僕もこれ、あの、初めにやるっていう話、 あの、これ僕、えー、これはですね、 あの、ICJの寺田さんと、それから、投資家の五島さんね、 まあ、この2人が作ったクラスで、それを引き継ぐ形で僕もやり始めて、 よくやりましたね、これ、みたいな。 こんなの1年生にやって、できんすか?みたいな。 まあ、そういう意味で、ちょっと半信半疑でね。 まあ、でもやってみるか、みたいな形でやったんですけど、 まあ、1学期やってみて、このクラスの意味がようやくわかった。 うん。 まあ、今日はそのことを中心にお話をしていくかな。 うん。 で、何かというとですね、 わかったことは、 まあ、改めて僕は教育の本質に立ち戻ったわけですよ。 教育者としてですね、何を心がけてやっていたかというと、 教育の本質というのはですね、問いを与えることなんですよね。 与えるじゃないな。 問いを見つけることを手伝うことなんですよね。 うん。 大人になっても、それこそ40歳、50歳になっても、 自分が追いかけたい問いというものを見失っている人って多いじゃないですか。 人生は壮大な自由研究であると。 もう夏休みなんですよ。人生というのは。 人生が夏休みだとした時にですね、宿題が出されているんですよ。 自由研究をやってくださいっていうね。 その時に、50歳とか60歳とかになると、 もう8月の20日とか20何日とかだったりするわけですよね。 で、その頃まだ自由研究が決まってない。 テーマが決まってないみたいな。 そんな状況なのかもしれない。 だから、テーマ早めに決めたいですよね。 もちろんその決めるっていうのは、決めきるわけではないわけで、 じゃあなんで空は青いんだろうみたいなことを思って追っかけても、 いやそれはちょっとテーマがデカすぎたなみたいな。 もうちょっと修正みたいな。 ここをどんどんどんどんリバイズしてアップデートされていって、 8月の前半ぐらいにはテーマ決まってるみたいな。 で、じゃあ実験して、それを最後レポートにまとめてみたいな。 はい、先生に提出みたいな。 そういうのがあるわけじゃないですか。 だからそれを人生でやってるみたいな形でもあると思うんですよ。 もちろんね、テーマを探したままそのまま終わるという人生も、 それもそれで一興ですよね。 別に必ずしも提出しなきゃいけないっていう、必ずそういうわけでもないし、 提出した後にまたテーマが見つかるみたいなこともあったりするわけじゃないですか。 だからそれはあくまでもメタファーなんで、いろんな取り方あると思うんですけど、 まあいずれにせよ。 教育の本質というのはですね、 自分が追いかけるべき問いを自覚してもらうというところにあると思うんです。 僕がこの3学期、その1学期間かけてやってきたものは、 いい問い見つけろよっていう、それのアシストなんですよね。 だから皆さんそれぞれ、教育業界、そしてヘルスケア業界、そして環境というテーマで、 みんなね、本当に全員ですよ。 全員、リサーチ手法を駆使しながら、しっかりと引用先を引っ張ってきて、 そしてそこから論を立てていって、そしてこれが課題であると。 そしてそこにこういう負が存在していると。 負っていうのは不満だとか、不安だとか、不快だとかね。 そういうものが必ずあるわけですよ。 その負を解消するためには、こういうことにテクノロジーを使って、 こうすれば可能性はあるんじゃないか、みたいな、 その可能性の仮説ぐらいまで踏み込んでやってもらってるわけなんですけれども、 まあ、めっちゃ難しいですよ。 もう超高度だよね、はっきり言って。 それを毎週やるんですよ。 で、もちろんね、全然何か引きつかなかった人もいれば、 それなりの仮説にぶち当たった人もいるし、 それはそれで人それぞれ。 で、僕の役割は、おお、いいじゃん、いいね、と。 でもこの辺、まだまだ深掘りあるんじゃない、と。 どうだった、面白かった、と。 どの辺に問題意識感じた、みたいな。 こう、プレゼン聞きながら、そんなことをさらに問いを投げかける、みたいな。 ことをひたすらやる、って感じですね。 何にも教えてないです。 申し訳ないぐらいに教えてない。 まあ、もちろんリサーチ手法とか、資料の作り方みたいなものはちょろっと教えるわけなんですけれども、 最近の学生はですね、そういうのをある程度、こう、 ディレクションが足りるとパパッとやってくれるんで、 このデータどこから持ってきたの、引用ないよ、みたいなことを一回言えば、 この情報ソースは本当に信憑性ある、って。 みたいな、まあそんなことを一、二回フィードバックするとですね、 ああ、そういうことなんだ、みたいな。 だから省庁のサイトとかはしっかり見た方がいいんだな、とか、 まあそういうことを勉強するわけですよね。 まあ、それはさておきですね。だからそんな教えてないです。 で、それよりも、皆さん自身が調べて、 で、僕の毎回の問いは何かっていうと、 自分が、なんか、いいなと思ったキーワードは何? それをちゃんとテイクノートしといて、っていうことを言うわけです。 必ず何かね、みんな金銭に引っかかるようなキーワードっていうのがあるはずなんです。 なぜか知らんけどね。 なんか知らないけれども、やっぱりここをすごく興味持った。 それを大事にして、っていう。 まあそういうことを何回転もしていくっていうのが、 僕がこの三学期の間でやってきたことなんですね。 ちょっと尺が短くなったので、最後、次のチャプターでクロージングしていきます。 # 素朴教育理論をアップデートしたった だから僕がそこで心がけていたのは、教えない教育ですね。どちらかというと感じる教育、そして発見する教育みたいな、そんなことを心がけていたわけです。 つまりテーマとか、自分の自由研究のお題なんていうのは、人から教えてもらうわけじゃないですよね。 見つけていく、宝探しみたいな、そんなプロセスなんで、ここに宝がありますよ、みたいなことはないんですよね。 だからみんなにも、これ以上は行かないで、安全の策を決めておいて、どうぞみんな行ってね、好き勝手行ってきて、って。 で、僕が聞くのは、何か見つけた?それ面白そう?なんで面白いと思ったの?そういうことなんですよね。 このプロセスは本当に重要だと思った。 もちろんその前段でね、1楽器2楽器でいろんなことを教えているからこそ、彼らがそういうことにチャレンジできるという、そういうことはあるんですけれども、 もっと信じていいなと。学生たちの力、大学1年だろうが、何年だろうが関係ないですよね。 だってこういうことを、もしですね、とある会社で、社会人の1年目の新人教育にやろうと思ったら、たぶん人中の皆さんは否定すると思います。 いや、それはいくらなんでも早すぎるんじゃないですかって、おっしゃるような気がします。 それは社会人10年目ぐらいからじゃないでしょうか。そうですよね、みたいな、そんな会話を今までの僕だったらしていたような気がする。 でも僕はもうそれを18歳にやって、ちゃんと意味のある形で、しっかりできるんだっていう、 それを目の当たりにしているから、 ちょっとだいぶ変わってくると思います。 で、繰り返しますけど、大事なのは、本当に自由研究のテーマを見つけるっていう。 このテーマ見つかったらね、もうみんなね、あれなんですよ。 自分から、それをどうやって解消していくかっていうことを探し始めるんで、 もうあと50になって、そうすると彼らから求めてくるんですよ。 ちょっとこういうの見つけちゃったんですけど、これって、こういうことをやるためには何が必要なんですかって。 で、誰に話を聞いたらいいですかとか、どこのサイトを見たらいいですかとか、 もうね、こう、全然こう、なんだろうな、あれが変わるんですよ。学習態度が。 それがEMCの中でも、そういう風に大きく、ペコーンってね、変わった。 これもう本当ね、0か1なんですね。 ああ、そうなんですね、なるほど、みたいな、そういうフェーズの人と、どうしたらいいんですか、みたいな。 それもうね、本当ね、プロセスはあるんですよ。 プロセスはあるんだけど、こっち側の見え方からすると、0か1のもう大胆な変化でしかない。 でもそこになったら、もう何でも聞いて、みたいな。手伝うから、ぐらいの話ですね。 で、だからそういう状態に、早くしてあげたいなと思っていて、 そのためには、自分でテーマを見つけるしかないんですね。 なので、もうね、その授業終わった後、 いや、ちょっと、僕たちこういうことで起業しようと思ってるんですけど、どうしたらいいか教えてくださいとか、 ちょっと、あらきさんのボイシーで、なんか出させていただいて、 なんかこういうことを話してもいいですか、みたいな話とかが来て、 おお、いいよ、いいよ。もうこれ変わってるんですよね。 バシッて。いいよ、って。 なんか、そういう、こう、なんていうのかな、 人を育てる教育っていうことの、ちょっとね、本質に触れたような気がしました。 僕は教育をやって、教育業界というのに身を投じてですね、 それこそ人材育成っていうことも含めれば、もう25年ぐらいやってるわけです。 まだまだ深いなと思いましたね。 なんか、その、素朴教育論みたいな、そんなのに染まっちゃってたなって。 なんか、1年生、経験がない人には、ちゃんと基礎からどんどん積み上げていって、 教えていかなくてはならないっていうような素朴教育論。 違うんですよ。もう僕、アップデートされちゃいましたね。 とりあえず、やらしてみる。 その中で発見させる。発見させて、ひらめきを生む。 で、それに面白いと感じる。 そうすると、自分から主体的に必要なものを取っていく。 だから、あとは教員はオープンにしておくだけですね。 私のリソースこれだけオープンです。どうぞ、みたいな。 なんか、そんなことを感じた3学期でした。 あれですね、私の教育でしたね。 そんなことを感じた次第です。 僕は社会人教育をずっと長らくやってたんで、 大学での教育というのもすごい尊いし、 やっぱりこっち、ポテンシャルあるなって感じた次第です。 ということで、今日はEMCでの教育、そのことを振り返ってみました。 # 『続・修身教授録』 はいそれでは今日のフライヤーのコーナーです。今日は俗習信教授録 という本になります。著者ですが 森信蔵先生ですね。 もう 習信教授録を通じてとても有名な方なんですけれども、西田喜太郎の推しを受けるということで 京都大学哲学科なんですね。 これ天王寺師範学校の学生に教えた、そんな内容になっております。 こちらが父出版社から2022年8月出た本なんですけど、ちょっとね今日の本編の内容と 重なっ、同じ日になってしまったということにちょっとした後悔の念を感じております。 森信蔵先生の前に教育論を語るなんていう、ちょっとですね、まあ なんていうのかな とても恥ずかしい、そんな感じなんですけれども。 国民教育の私父として今も尊敬されている人物だと。 まあ習信教授録は僕の人生にも少なからぬ影響を与えた一冊なんですけど、その続編が出るということで、まさにこう戦争に向かう そのきな臭い時代に学生に対してですね、教えるということなんですけれども、結構ですね、リベラルな話してるんですよ。 いやーよくこんなことを教えてたなっていう気もするわけなんですけれども、だから今見ても全然色褪せることがない内容ですね。 地位と学歴を超越するみたいな話はね、ようやくにもありますけど、地位とか学歴とか まあそんなことでですね、その自分の可能性を抑圧してねえかと。 世の中は確かにそういうものがね、大事な側面もあんだけど、 それは一面に過ぎないと。 人間の真の生命力とは学歴のような相対的なものを突破するところに現れるのだと。 その枠組みを突破するのが意味があるんだろう?っていうね。 何のために地位とか学歴をつけようとしてるの?それは地位と学歴を超越するためにやってるんじゃない?と。面白いよね。 その、確かにでもその通りだと思う。 すごい矛盾なんだけれども、しかし、 それをもって安泰だと思っている人にとっては、受け入れがたいメッセージかもしれないね。 あなたはなぜそんな昇格、昇進を望むんですか? まあ、一つの分かりやすい答えというのは、 安泰。 自分の地位を確保したい。 組織内におけるプレゼンスを万弱なものにしたいってことじゃないですか。 しかし森信夫先生は違うと。 それは、 地位などを超越するためにやるのであると。 一見意味わかんないですけど、 ただ、そこに 本当に 真実はある。つまり、 他者にコントロールされない。 そんなことにコントロールされない。 自我をしっかりと 確保する。 そのために学んでんだろうと。 などなど、森先生の授業の様子とかも手に取るように分かって。 ぜひ、修進教授録を読んだことがない人は、そちらからぜひなんですけど、 こちら続編も出ましたので、この機会にぜひ読んでみてください。 今日のフライヤーは俗修進教授録でした。 # 頂いたコメントへのお返し はい、コメント開始します。今回は4周年記念雑談 超相対性理論でしたが、ぐるぐる鈴木さん 脱線だらけの雑談。今日の雑談はコメント職人の僕にとっては的が絞れず難しい回でした。 例えば雑談での役割、教科書のつまらなさ、英語の音から学べるかいろいろな淡いの話、美術館の地方巡業の話から 具体と抽象の行き来しつつ話題が展開していきました。 こういう雑談はとても楽しいですね。僕も友達と流れのままに頭の中から生み出される言葉を紡いでいくのは大好きです。 この毎日放送されるブックカフェも宇宙から見たらそんな雑談の面なりなのかもしれませんね。 まあ本当そうです。人生は壮大な雑談であると。人生は壮大な自由研究であるみたいな話しましたけど。 雑談と言ってもいいかもしれない。どこで始まりどこで終わるのかがわからないみたいなね。 イタルさん、雑談にコメントを挟むのはかつてない挑戦ですね。だから何?がないから雑談なので。 これが超雑談だと雑談を越えてるからコメントをつけやすいのかも。対談と型の役割分担の話として聞いてました。 示し合わせたわけでもないのに自然な流れで役割が決まっていく。しかもトピックによって役割が変わる。 このあたりはドミニク・チェンさんの共和が起きているようにも感じました。 問いで統合しているあたり、知的好奇心の高い人の共通点として見えて面白かったです。 4周年企画も楽しみですということで。 ありがとうございます。 ちょっとね、今回はかつてない挑戦だったかもしれませんが、コメント職人の皆さんが頑張ってくれていて、なんかいいなって思いました。 シンプルにいいなって思った。 ありがとうございます。 ありがとうございます。 この4枚カード問題ね、よくある話ですよね。よく参照される話ですけれども。 いやーでもこの作為の講座の話ね。 これも収録済みなんですけれども、いやーなかなか面白かったですよ。 皆さんはどう考えますか?作為というものが。 意図を持って何かをするっていうこと。 これすごい深い哲学的な問いだなって話しながら思いました。 我々は意図を放棄することができるのか。そんなことはできない。 だから全ては作為的であるということも言えるけれども、作為がないこともある。 面白いですよね。 たいちゃん。マスター4周年おめでとうございます。超相対性理論のボイシーバージョン楽しく聞きました。 この雑談自体が淡いの世界なのかもしれません。境界線がなく淡く混ざっていたり、弱い文脈での話が繋がる感じが心地いいです。 ちなみに教科書は学生時代、古文と歴史が好きでした。 物語を見ている感覚になりました。また古文のひらがなと独特の日本語の言い回しやリズムが心地よく感じました。 大人になって山川の政治経済を読み、世の中の仕組みが分かりました。 教科書も悪くないなと思った瞬間でした。 大人になると教科書ってまた違う味わいがあるのかもしれない。 確かに山川とか今見たら全然違う読み方ができるのかもしれない。 ありがとうございます。 すすさん、本棚にリベラルアーツを。深井さんのお話を聞いて思わず自分の書棚を見渡してしまいました。 僕の書棚のすぐ手に取れる段にはスタメン選手のリベラルアーツの作品が所狭しに並び、僕に読まれるのを待っています。 純読本も増え他の段まで浸食中です。 一方昔スタメンに並んでたハウトゥー本は手に届きにくい段で、長らくベンチを温めている機会が多くなっています。 本棚もブックカフェの影響を受けまくりです。 本編ではああいう話になりましたが、当然ビジネス書はビジネス書で意味があるので、 僕だって読みますし書きますし何しろ書いてるしね。 いいんですよいいんですよ。 ただね、それだけだとちょっとつまんないよなっていう、そんな感じかな。 いいんじゃないですか。影響を受けていただいて僕も嬉しい。 ありがとうございます。 アンパンさん、4週目おめでとうございます。 カフェの常連客としてこれからも通い続けますので、事業継続お願いします。 記念配信の今回は神回でした。 僕はこう思う、3人それぞれの芯のある会話を聞いていて心地よいです。 是非別番組ではお馴染みかと思いますが、ブックカフェでも再度登場していただきたいです。 ということで。 まあ、そうね。 ブックカフェでは久しぶりって感じでしたけれども。 是非、聞いたことない人はポッドキャスト超相対性理論がよろしくお願いします。 町田勝吉さん、教科書の話は興味深いですね。 教科書はなぜ年表を見るがごとく情報の羅列になってしまうのか。 脱線の予知のある教科書とは何か。 そう考えると教科書、教育者次第なのかなとありきたりな答えが浮かびました。 教科書には問いがない代わりに授業で問いを投げかけ、生徒の興味関心を引くのが教師の役割であり、 教科書は授業の後、知識を補う目的で補助性に使うのが良さそうだなと思いました。 また、そもそもの教科書選びという意味でも教師のこだわりが反映される事例もありますね。 以前取り上げられた誰が国語力を殺すのかでも、 安寧の日記を教科書にしていた学校が取り上げられていました。 当たり前の話ですが、教育における教師の影響は大きいなと感じたひと時でした。 今日の本編につながるかもしれないですね。 授業で問いを投げかけるということを書いていましたが、 問いを投げかける前に問いそのものを見つける、 もっと上流からやったというのが本編の話だったかもしれません。 ありがとうございます。 一本旅山のちさん、一緒に温泉に浸かっているようなまったりした放送でした。 奇遇ですが、僕のもっかの興味も淡いあるいは間です。 来年4月創刊の創言者、間で考えれば注目ですよ。 心と体、リアルとオンライン、翻訳と魔法、加害と被害、 命と価値、子供と大人、私と世界などなど、 著者も柏木さん、豊さん、古田さん、名倉さんなど、 ワクワクする面々、マスター一緒に間で考えましょう。 いいですね、いいですね、ぜひ間で考えましょう。 僕、超相対性理論で考えているのって結構そういう間の話が多いですよね。 どっちなのって。いや、二分できないよね。 でも二分できないんだけどどう考えればいいのかな。 そんな話を言ったり来たりしているみたいな、そんな感覚があります。 ということで、コメント返し以上になります。 いつも皆さんありがとうございます。 # 終わりのあいさつ はい、ということで今日の放送はここまでとなります。11月11日の 1111の日の放送でした。はい、ということで今日はここまでになります。明日はKカフェかな。久しぶりに。 はい、ということで今日はここまで。また明日! もっと見る #教育 #武蔵野大学EMC 荒木博行のbook cafeプレミアム放送配信中!00:111.タイトルコール01:362.初めのあいさつ09:453.大学1年生にそんなことやらせるの?06:424.素朴教育理論をアップデートしたった04:295.『続・修身教授録』08:006.頂いたコメントへのお返し00:187.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう よっき2022年11月21日自由研究のテーマ決めが苦手で、親に決めてもらっていたのを思い出しました。自分で決めることに逃げてきた人生だったなと振り返ると、これから決めていける人生に変われるのか不安ですが、book cafe始め、たくさんのvoicyやPodcastを聴いているうちに、ソワソワする自分もいます。素敵だなと思えることに触れているからなのかな早くに自分の生き方を決められる人は羨ましいし、そんな人がたくさんいる世の中は素敵だなと思います。素敵な大学、素敵な授業。応援してます。返信 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2022年11月11日発売されたばかりの漫画『アオアシ』最新刊を読み、その内容とマスターの語りがリンクしまくって、胸熱なひと時でした!教育=教える、ではないんだなぁと再認識した次第です。『教える』という言葉の主語は教育者で、省略された言葉を補うと「教育者が何かを教える」となる。言葉に思考が規定されてしまうからこそ、何かを教えなければならない、となってしまう。そんな言葉の呪縛を感じました。『教育』という文字には、もう一つ『育』の字がある。その言葉に隠された意味を補うと「教わる側が勝手に育つ」となる。返信 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2022年11月11日教育の主役は誰なのか?ついつい教育者の斬新な手法に目がいきがちで、そうなると主役は教育者になってしまいがち。そんな無意識に支配されがちだな、とあらためて感じました。いつだって、誰だって、教育を受ける際の可能性は無限大で、それを阻むのは、教育者や世間の常識だったりする。相手を信じることの大切さを再認識しました。素敵なお話ありがとうございました。 伊藤羊一「1分で話せ」著者なのに話長いゴメン!2022年11月11日武蔵野EMCいい学部だなwそして領域別Techを荒木さんに担当いただいてマジ最高だったということを認識しました!5返信 Gen2022年11月11日私の学生時代を振り返ると、インプットも過剰なので、短期間で問いが移ったり深まったりしてアウトプットもコロコロ変わってました。アウトプットの段階のスキルアップの伸び代が残ってしまう学生だったと自己分析しています。戦略が足りなかったかも。社会では、デッドラインの引力や問題の分解、今何をすべきかの逆算などの外圧によりプロマネはより身につきますが、それは受け身ですねマスターのクラスは、若いうちから問いを自分で決めるというのがとてもよく、ブレずにアウトプットまで持っていけた達成感も持ててよさそうです✨1返信 すっすー2022年11月11日知りたい意欲マスターの学生さんの話から知りたい意欲を持ち続けること、無茶苦茶大事だと思いました。知りたい意欲が出ると、今まで何で見えなかったの?と言える位、見える世界が広がり、行動が前向きになれる。当人がそのスイッチを押す環境を作ることが教育だなと思いました。2返信 もっと見る
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自分で決めることに逃げてきた人生だったなと振り返ると、これから決めていける人生に変われるのか不安ですが、book cafe始め、たくさんのvoicyやPodcastを聴いているうちに、ソワソワする自分もいます。素敵だなと思えることに触れているからなのかな
早くに自分の生き方を決められる人は羨ましいし、そんな人がたくさんいる世の中は素敵だなと思います。
素敵な大学、素敵な授業。応援してます。
教育=教える、ではないんだなぁと再認識した次第です。『教える』という言葉の主語は教育者で、省略された言葉を補うと「教育者が何かを教える」となる。言葉に思考が規定されてしまうからこそ、何かを教えなければならない、となってしまう。そんな言葉の呪縛を感じました。『教育』という文字には、もう一つ『育』の字がある。その言葉に隠された意味を補うと「教わる側が勝手に育つ」となる。
そして領域別Techを荒木さんに担当いただいてマジ最高だったということを認識しました!
社会では、デッドラインの引力や問題の分解、今何をすべきかの逆算などの外圧によりプロマネはより身につきますが、それは受け身ですね
マスターのクラスは、若いうちから問いを自分で決めるというのがとてもよく、ブレずにアウトプットまで持っていけた達成感も持ててよさそうです✨
マスターの学生さんの話から知りたい意欲を持ち続けること、無茶苦茶大事だと思いました。
知りたい意欲が出ると、今まで何で見えなかったの?と言える位、見える世界が広がり、行動が前向きになれる。
当人がそのスイッチを押す環境を作ることが教育だなと思いました。