TOPエンタメ映画・本荒木博行のbook cafe伝統は残すべきなのか?/EMC学生トーク 小泉さん編30:35 2022年12月30日 6,398再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次泡盛に学ぶ伝統継承と革新のジレンマ時代が選別する「良いもの」の条件不変の本質と変化すべき外側の境界線橋本徹氏が語る「フェアな思考」とは書籍デザインがもたらす読書体験の深化AI文字起こし(β版) # タイトルコール アラキル域のブックカフェ。この番組は、自分の頭で考える読書の執筆者であり、 書籍予約サービスフライヤーのアドバイザーを務めるアラキル域がマスターとなり、 本からの学びを楽しむカフェです。 # 初めのあいさつ はい、みなさんおはようございます。12月30日、金曜日の朝になりました。 さて今日も残すところあと2日となりまして。 はい、えー、なんですけれども、今日はですね、えーっと、 EMCのね、また学生さんたちとのトークということで、はい、2回目なんですけれども、えーっと、 今回はですね、その伝統ですね、伝統って残すべきなのかどうなのかっていう、 これまたねー、めっちゃねハイブローな難しい質問、またねー、まあ適当に答えてるんですよねー、 うーん、まあなんだろうな、教員の威厳とは何なのかみたいなことをちょっとね、考え直したいですね、僕も。 自己反省でしかないんですけれども、はい、というそんな学生さんたちとのトークになります。 いきましょう、本編スタートです。 # これまた難しいテーマを持ってこられるw それでは、EMC1年生3人を集めた対話2回目に行きたいと思います。 皆さんどうぞよろしくお願いします。 ということで、前回は板本さんにメインスピーカーをお願いしましたが、 今回は小泉さんということでどうぞよろしくお願いします。 よろしくお願いします。 小泉さん、どんなテーマを? 自分が持ってきた問いは、「伝統は残すべきか?」というテーマです。 伝統は残すべきか? なんでみんなこういう深いテーマ? はい、じゃあ背景お願いします。 自分はこの夏、石垣島、沖縄県の石垣島にある青森首相所のインターンシップに行ったんですけれども、 そこで結構青森の需要が下がってきていて、 もっといざしたいということで、マーケティングの勉強をして一緒に働かせていただいたんですけれども、 青森というのは700年の伝統があって、 でも今はすごい需要があまりない、落ちてきているというところで、 その伝統を残すために働くというのは、 すごい自分のエゴというか、残すべき、伝えるべきという感じで自分たちが動いちゃうと義務感というか、 それは本当に誰の幸せのために残しているのかということがわからなくなっていったというのがあって、 君は本当に残しているのかというところがすごい疑問になったということがあります。 なるほど。 いやあ、そうだね。 青森ね、やっぱり需要が落ちているんだ。 20年前のデータと比較すると、 回っている量が半分くらいになってしまっているということがあって、 20年前はドラマの影響とかで沖縄に行く方が結構多くて、 そのお土産とかで青森とか結構買われたんですけど、 それが今だんだん少なくなってきているという現状があります。 そうか。 実際、そこの倉本というのが何か。 倉本酒造。 倉本の人たちはやっぱり何とかしたいと思っているわけだ。 そうですね。 この前の20年くらい前の供給料に戻したいということで、 インターン先の社長の方は結構若い方で30代くらいの方だったので、 ECOを使ったりとかクラウドファンディングとかをしたりして、 どうにか相続させようということで、今一緒にやっています。 そうなんだ。小泉さんは未成年? 未成年です。 じゃあまだ飲めない? まだ青森は飲めないんですけど、 未成年からの目線ということで、 結構させていただいたりとかしました。 なるほどね。 実際にクラウドファンディングとか、 そういうところでどんなメッセージを出しているんですか? 長く100年以上続いているクラウドで、 そういうクラウドの伝統を守りながら、 また新しい形で今の時代にあったようなお酒を提案するということで、 開発をしています。 僕の考えを言うと、 古いものでかつ今残っているものというのは、 無条件でいいんですよ。 良いんです。グッドなんですよ。 なぜかというと、 例えば本で考えるとすごいわかりやすいと思うんですけれども、 古い哲学書とかって、 2千何百年前とかソクラテスのプラトンが書いた本とかって残っているわけなんですよね。 これ、何で残っているかというと、 時代の壮大なトーナメント戦に勝ち残っているということなんですよ。 だから当時もいろんな文書が残っていたはずだし、 例えば、今日、今日の本屋に行ってみても、 ものすごい冊数の本があったりするわけじゃないですか。 でもそれ5年後に残っている本というのは、 多分そのうちのごくわずか。 さらに10年後、100年後を見たときには本当に一握り。 でもそのほんの一握りの本というのは、 何かというと、時代の風説、 まさに厳しいセレクションに勝ち残って、 意味のある方から残っていると。 我々が判断できない。我々自身は判断力がないわけ。 でも結果的にそれがいいかどうかというのは後付けでわかる。 小泉さんは野球をやっていたわけでしょ。 どのチームが強いかというのは、 戦う前にいろんな分析ができるわけだけど、 結局、トーナメントに優勝したチームが強い。 それ以上でもそれ以下でもない。 本当は初戦で負けちゃったチームが強いんだけどと言っても、 それはそうかもしれないけれども、 結局残ったものに意味があるという、 そういうナチュラルセレクションというか、 自然選択の原理というのがあって、 だからそこから私たちは何かを学べるはずだということなんですよね。 我々自身が今目の前にあるものを、 いいものか悪いものかというのは判断できない。 ボンクラでポンコツだからね、我々一人一人の目は。 しかし時代が証明していると。 これだけ多くの人たちが関わっていく中で、 それでも残り続けているというところに何らかの意味があるわけであって、 その意味というのは何かというと、 例えばこういう商品であれば、 人間のある種の本能的欲求を満たしてきたということなんですよね。 より高度な形で満たしてきた。 だからそこには変わらぬ何かがあるはず。 だからそのエッセンスを抜き出した上でですよ。 エッセンスを抜き出した上で、 一方で今日的な何かの装いを加えるという、 古いものを残しつつ新しいパッケージにしていくということができたときに、 またこれは今のトーナメント戦に勝ち残れる話になっていくということだと僕は思っていて、 だから青森のブランドがどうだとかそういうのは全く分からないんだけれども、 ただ一般論として語るならば、古いものは良いんですよ、まず。 って思ってますけど、どうですか。 青森で例えると、青森って約700年くらい伝統があって、 700年の伝統の中の自分たちはまだ一部分しか見えていないというか、 この積み重なった700年分は確かに何か良いものがないと絶対に残ってこなかったと思うので、 人々の生活とか暮らしとかを豊かにするということで勝ち残ってきたものだと思うので、 そこには何かしらの感情というか楽しいとか嬉しいとか、 そういう部分があってこそ700年というか長い間残ってきたのかなというふうに感じています。 だから700年って結構な時間じゃないですか。 でも一方で人間ってそんな変わってないんですよ、本質的にね。 ほぼ変わってない。 だからやっぱり人間の感情なんて全然増えてないし、 やっぱり人と何かワイワイやることが楽しいと思うし、 何か失った時には悲しいと思うし、 悲しいと思った時には何らかの形でその感情を紛らわそうと思うしっていう、 そういう本能的な行動は基本的には何一つ変わっていないわけですよ。 それがスマホ文化になろうが何文化になろうが、 基本的な部分は変わってないわけであって、 だからこそやっぱりそれは尊重しなきゃいけないんだよね。 でも尊重するというか学ばなきゃいけないんだよね。 この壮大な700年間のトーナメント戦に勝ち残ってきた、 すごい音なんですけど、これ今、量の風通しが、すごい音。 古い量だからね。 そこはよく我々軽々しく時代に合わないみたいな、 だから新しいものを開発しようみたいなことがあったりするんだけど、 もちろんそれは大事ですよ、大事なんだけれども、 それがこれから700年続く何かを私たちは開発できるのかって言ったら、 多分相当難しいよね。 だから難しいのは、じゃあその700年続いてきたっていうことの 本質の部分をちゃんと抜き出すっていう、この作業がすごく難しくて、 いらない部分はある意味削った上で、新しさみたいなものを 加えるみたいなことって必要だと思うんですけれども、 そんなことをやらなきゃいけないんだろうね、多分ね。 だから長く残っているもので好きなものってある? お菓子とかさ。 長く残っているかどうかもあんま分からないかもしれないけど。 何がある? 昔からあるよね、このブランドみたいな。 パイン屋ね。 パイン屋ね。 渋いとこ来る。 さくまドロップ。 でもこの前潰れちゃったじゃん、さくま式ドロップだっけ? だからそうやって、自然淘汰の法則で、やっぱりどれくらい残っていても なくなっていくブランドはあるわけですよ。 まだまだ続いているんですよ、そのトーナメント戦は。 だから、残っていることはこれからも残るってことを意味してない。 当然なんですけど意味してないわけで。 やっぱりこの時代に合わせた形で、いろんな形でアップデートしていかなきゃいけないっていう側面はあるんですよね。 何かそれは実際に変えようとしてるんですか? 変えようっていうのは? そのマイナーチェンジ的なことは? 今、新しい金があって、それを使った。 自分がインターネットからですけど、新しい金を使ってお酒を作るっていうのをやっていて、 今できたお酒がアメリカのスピーチコンテストで優勝したりしていて、 取り組み的には世界的な取り組みになっていて。 今、青森って大体沖縄県内での商品が多いんですけども、 もっと目を向けて世界に発信していくってことを今取り組みとしてはやっています。 なるほど。そういう開発作業は怠らずにちゃんとやって、 ブランドはちゃんと新しくして、そんなことはしてるわけですね。 だから、何だろうな。 開発者自身が残すべきとか、 そういうものの言い方をしてしまうと、どっち向いてるかわからないよね。 残ることを自己目的化しているみたいな、そんな部分もあったりするんで、 やっぱりお客さんにとって意味のある商品を出す。 それがたまたま伝統があるっていう、そういうロジックだとは思うんですけれども、 世の中一般的に見たときに、やっぱり伝統って本当に大事だと思う。 だって、自分がそれ作れるかって言ったら、まずさ、できないよね。 だから、例えば伝統芸能とかもいっぱいあるじゃないですか。 相撲だったりとか、能だったりとか、 これくらいエンタメがいっぱいある中で、何ですかこれみたいな、 そういうところもあったりするかもしれないんだけれども、 ただ、能だったりはすごいわかりやすいけど、 本当に芸能がたくさんある中で、ずっと残ってきているっていう話じゃない。 不思議なんだけど、ここに何が学べるかっていうこの本質を、 僕らがその目利きができたら、 おそらくは何らかの永続性のあるサービスとかコンテンツを作れるんだと思うわけですよ。 つまんねーよなって言って、もう時代に合ってないよねって切り捨てるのは簡単なんだけれども、 なぜこれが続いてきたんだろうかとか、逆に言うと、 その似たようなタイミングでできたのにもかかわらず、 永続しなかったコンテンツとの違いって一体何なんだろうとか、 そういうものとかを見ると、結構いっぱい学べたりしますよね。 僕がその倒産図鑑とか失敗製品図鑑とか書いたのは、一つはそういう理由があって、 つまり今残っているサービスだけに注目されるじゃない、当たり前なんだけれども、 実は残っていないサービスの方が圧倒的多いわけであって、 その残っていないのを見ると、残っているものの理由がわかるみたいな、 そんな部分であったりするわけですよね。 そういうこともやっぱりあるわけだし、 それだけ残っているブランドである商品とかは、 ちゃんと誇るべきだし、勉強したらいいんじゃない。 自分がこの問いに対して一個答えというか、結論を出したのは、 マイナーチェンジをしてずっと残っていくっていうのはあるんじゃないかな。 そうだと思うよ。 アワモリは今はタイマイと言って作られているんですけど、 人昔は前を見るとアワノミが使われていたりとかして、 でもタイマイの方が結構アルコールとかもいっぱい出て、 効率的にいいんじゃないかということで今はタイマイとかになっているんですけど、 そういう歴史もあって、 でもこれからアワモリ、どんどんマイナーチェンジしてもっといいものができてくると、 今後に残っていくのかなというふうに感じています。 本当そうだと思う。 だから永続している商品でも実は味は変わっているって商品っていっぱいあって、 お菓子なんかわかりやすい例であるんだけど、 いや僕お菓子って言ったけどよくわかんないな。 例えばハッピーターンとか知ってる? あれもすごい長寿商品だと思うんだけど、 あの周りの粉とかって確か時代とともに微妙に変わってたりするとかね。 カップヌードルとかもそうじゃないかな。 あれも歴史長いですけれども、 いろんなところが同じ商品と見せながら変わっているとか、 そういうことってやっぱりあるから。 だから、そう。 まあ、これなんだろうな。 不益流行とか言う言葉もあったりするんだけど、 買えるものは何で、買えちゃいけないものは何っていう、 この線引き問題なんですよ。 究極的に。 マイナーチェンジって言うじゃん。 小泉さん言ったんだけど、 じゃあマイナーとメジャーなの? そこのマイナーって何?みたいな。 だからタイマイじゃなくてアワノミ。 それってメジャーチェンジじゃないの?みたいな。 何がマイナーで何がメジャーかってすごい難しい問題ですよね。 なんだけれども、やっぱりそういう意味で、 変わらない部分っていうその本質の部分はしっかり残しつつ、 外側はどんどん変えていくっていう、 そんなことっていうのはあるし。 人のキャリアとか生き方とかね、 そういうこともそうじゃん。 変えちゃいけないものを変えてしまった結果、 人間としてのバランスが崩れてしまって、 ちょっと不安定になっちゃうみたいなこともあったりするわけですよ。 人間の生き方としてね。 何が自分らしさなのか。 こういう話から学べるよね。伝統は残すべきかっていうね。 一人の人間を考えた時の伝統的な部分と、 マイナーチェンジする部分ってあったりするじゃん。 という問いにもなるかなと思いました。 いやしかし良いインターンですね。 結構観光とかもさせてもらって。 あれ今いくつ? 19 19か。じゃああとちょっと。 あとちょっとです。来年の7月でお酒が飲めるみたいなので。 その時には。 すごいね。なんか自分が味わえない商品を売るっていうのは なかなか大変だと思うんですけどね。 ということで今日は小泉さんがお話をしていただきました。 皆さんどうもありがとうございました。 ありがとうございました。 # 『最強の思考法』 はいそれでは今日のフライヤーのコーナーです今日はですね最強の思考法 フェアに考えればあらゆる問題は解決するという本になります 著者ですが橋本徹さんですね ご存知橋本さんですけれども 2008年に大阪府知事 11年に大阪市長に就任ということで 現在はねまたその まあコメンテーターとして 出筆とか講演とか2015年12月にもう退任されているわけですね 7年近くはまあそういう講演活動などをされているということですけれども こちらの本朝日新聞出版から2022年9月出た本になりますはい えっとフェアの思考というねそういう フェアということが強調されています ある意味こう弁護士らしいというかですね何か寄って立つところ を定義した上でそこからこう 判断していくというそういうことですよね だからそれが何でしょう と 法治国家っていうことの大前提になるわけですよね 何か決めるべき寄って立つルールがあるというところだから個人の価値観によって コロコロ変わらないということですね この価値観というのはなかなか手強いもまず政治的意思決定っていうのはねまあそういう ことではまかり通らないものなので そういう意味で最強の思考法というタイトルがありますけれどもこれはフェアの 思考であると そしてそのフェアっていうのはなフェアネスっていうのはまあ 個々人の正義感ではなくて すでにこう認められた 決められた魔法であったりとか まあそういうことってあるこれでも結構難しいですよねいやもうすべては過去に決め られたこと過去によって立つということなので ある意味保守的な形になっていくわけですよ 新しいことっていうのはすべて過去の価値判断によって決められるとまあ過去に依存する ということですね新しいものを新しいものとして今の価値判断で評価しようというのは これはフェアではなくなってしまうという そういうある意味こうパラドクスを払うんだ フェアネスでもあると思います ただじゃあ今の視点でフェアに考えるとこれこれはこれでも難しいですよね 過去一切忘れようと もう未来現在から未来を生きる私たちにとって何が一番今正しいかということをベースに 考えるというのは 理屈としては何か綺麗だし言ってることは美しいんだけれども そうなった瞬間カオスになっちゃうということでもあるわけですいや私は今 今私はこっちが正しいと思う なぜならが言えないんですよね なぜならがなぜならって言おうとした瞬間みんなだいたいね 過去が根拠になるんですだって今までこうだったじゃないですかとか 私たちこういうあのねことで譲ってきましたよねとかね いやーこれ難しいですね保守と確信の戦いでもあるわけですよ 今ここで悩んでいる人がいるから今のベーターのベストな解決策を考えようっていう話は 常にその子給派とぶつかるっていうねそのフェアネスとぶつかるフェアとは何か まあそんなことを考える きっかけにもなるのかなと思いますはいということで今日のフライヤーは最強の思考法 でした # 頂いたコメントへのお返し それでは今日のコメント返しですね。 書籍のデザインを考えようということで、宮崎さんとの対談でした。 イタルさんです。 縦書きはじっくり読むのに良く、横書きはウェブ記事の感覚で次の行に行くのが早くなる。 なるほど、確かにそうですね。 本を読んでいて読みにくいなと思うのは、抽象的な話を縦書きで書かれている時で、 逆に物語的なものを読む時に横書きだと流し読みしてしまうので、 頭に入ってこない傾向が私にはあります。 ビジネス書だと両方の部分があるので、縦書きも横書きも両方ありなんでしょうね。 一方で自分が書く時は横書きでしか書かないですね。 ワープルを使っているから、手書きだと違う。 マスターはどっちですかと。 圧倒的に横書きですよ。 テキストは横書きで打ちますので、縦書きだとちょっとダメです。 でも読む時は縦書きの方が圧倒的に多い。 これは何なんでしょう。 改めてあまり考えたことがなかったので、 本そのものはその後どっちにするかは決めました。 これはお楽しみです。 改めて考えて、何か不思議ですよね。 縦でも横でも全然違和感がないというのは日本語ぐらいじゃないですか。 ぐるぐる鈴木さん、本のずっしり感。 本を買う時にこれまで意識していなかったですが、ずっしりがいいんですね。 電子書籍の中で重厚感がある方がいい。僕もそう感じました。 自分で出版するつもりで眺めたらすごく興味が持てそうです。 論文の場合は過去をこだわっていました。 論文仕事のスタイルがあり、速報ではアブストラクトと抽象度とメッセージ。 そして最も重要なのはフィギュアです。 この表現力は書き手の知性そのものであり、一目でぐっと入ってくるフィギュアというのは本当に美しい。 なんて思い出話をしてしまった。 それぞれこだわりがあるんですよね。 僕はそんなにこだわりがあるわけではなくて、結構こだわって失敗したことがあって。 出版の専門のプロに任せた方がいいなというのは僕の一つの結論なんです。 僕はセンスがないというところがあるので、そんな風に感じています。 こだわりありますよね。 ETさん、本はコンテンツだけじゃない。文字の大きさ、フォント、縦書き、横書き、すべて合わせて一つのアートなんだなと理解しました。 アートなだけに人それぞれ感じ方が違い、それぞれの思いがあり、それをまとめていくのも難しそうです。 最後にどんな本が世に出てくるのか、今から楽しみにしています。 それをちょっと分かってほしかったんですよ。 実はいろんなところにしょうもないこだわりがいっぱいあって、大半の人が気づかないんです。 そんなことなので、裏側のしょうもない部分を感じ取っていただければ幸いです。 泉龍太郎さん、一冊の本が出来上がる過程で、書くも細やかに見せ方の工夫が検討されるのかと、未知の世界を楽しく垣間見ました。 中身が良ければ正しく伝わるだろうという態度は、武家の商法ごとき尊大さに膨らみかねない。 かといって、見せ方の技巧に走ってばかりでは、ネットの釣り広告のような賢さに音を出しかねない。 中身を煮詰めてこそ、見せ方を正しく行使できるし、見せ方を磨いてこそ、中身の輝きが照り映える。 中身の見せ方と往復を繰り返すのが大事だと思いました。 これどっちもどっちなんですよね。本当に。 今日放送でも言ったけど、論理と表現の往復なんですよね。 論理は大事なんです。ただ表現を見て、インスピレーションを人間が感じるので、それで良い悪いみたいな話もあって、そこからまた論理に戻る。 そんなこともあるんです。 松田勝利さん、書籍が出来上がる裏側を知り、ワクワクしながら聞いてました。 縦書きと横書きの違い、それによる目の動きの違い、それによる脳の働きの違い、 そんな風に考えていくと、自分が本を読んでいる時にどうなっているんだろうと想像し、楽しくなってきました。 メアリアン・ウルフの本を思い出しますね。 と言っても、購入後に積んでおり、ちゃんと読んでいませんが、 スターがAからDのどの穴を採用するのか楽しみです。 メアリアン・ウルフの本、脳みその使われる部分が全然違うという話は、 漢字とアルファベットでも全然違うというのが、メアリアン・ウルフの言っていたことで、 もしくは、紙と電子でも違う。 縦書きと横書きでもやっぱり違う。 面白いね。 いいリマインダーでした。 すっすーさん、一つの作品を上手にするために今放送会を拝聴して、 横書き、縦書き、一ページの文字数、そして表紙のデザインなど、 一人でも多くの人に作品を手に取ってもらうため、 出版社のメンバーは多くのことに苦労されていることを知りました。 文字数についてですが、最近一ページに二段書かれた小説とか見ないですね。 だが当時山崎豊子の一ページ二段に書かれた不毛地帯を読んで、 なかなか一冊読み終えるのに時間がかかったことを思い出しました。 スピード女子の世の中、一ページ二段の作品なんか流行らないのですかね。 確かに見ないね。 僕は確か、風光の監獄の誕生とかね、 風光の最近のシリーズというか、新たな翻訳のバージョンは上下でしたね。 あと何かあったかな。 いっぱいあるんだけど、うちの本には。 パッと今思い浮かばない。 でもあんまり見ないですね、確かにね。 ということで、コメント返し以上になります。 いつも皆さんありがとうございます。 # 終わりのあいさつ はい、ということで、今日12月30日ね、学生さんたちのトークでしたけど、明日、年末最後の放送になります。 ということで、一年間頑張りましたね。リスナーの皆さんも最後までね、明日最終回なんで、最後の挨拶は明日にとっておこうか。 はい、ということで、今日はここまでです。また明日。 もっと見る #マーケティング #インターン #泡盛 #温故知新 #伝統産業 荒木博行のbook cafeプレミアム放送配信中!00:111.タイトルコール00:592.初めのあいさつ18:553.これまた難しいテーマを持ってこられるw03:564.『最強の思考法』06:085.頂いたコメントへのお返し00:296.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2023年1月1日いやぁ、EMCの学生さんの問いに、脳を刺激されまくりです!伝統は残すべきか?という放送タイトルから想起させられたのは、老舗のラーメン屋のお話です。よくある話ですが、何十年と変わらぬ味を守り続けていると思われていた店は、実際は、マイナーチェンジを繰り返し、お客さんが飽きないように工夫していたというものです。返信 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2023年1月1日これを伝統という、より時間軸の長いものと比べるのも烏滸がましいのですが、伝統と一言で語られるものも、受け継ぐ人が変われば、微妙な変化がありそうだなぁと思いました。時代が変われば、その時代に生きる人の感性も変わると思うので、そうした微妙な変化が、伝統に影響するることもありそうだなぁとか妄想。とここで、そもそも伝統とは?と言う雑な問いが生まれました〜この雑な問いに楽しく向き合ってみようと思います笑 すっすー2022年12月31日何を残し、何を捨てるか?部署を任されるようになって、この問いに向き合うことが多いです。環境変化に伴い、先人たちが知恵を絞って決めたルールや方針を変更する機会があります。そうした中、自分も過去の経緯を考えると、おいそれと、過去からの遺産を変えていいのか、常に悩んでいます。ただ、自分が先人たちから渡されたバトンを次の世代に渡す、責任があり、そうした問いにも真摯に向き合うよう、心がけてます。その時、その組織が大切にしてきた価値観が背中を押してくれてますね。追伸 学生さんの参考になったかな?1返信 ぐるぐるすずき2022年12月30日教養による合意相談カフェなら、わかりません、で終わりそうな答えのない問いです笑。放送で語られていた通り、時間を経たことのよる価値があることと、時間を経た価値があるから残すべきとべき論で判断が妥当なのかが、対立している気がします。教養の書から引用すると、対立を乗り越えるには、教養による座標軸が必要と言えるでしょうか。もし、ある伝統に価値があるなら、その価値を教養を用いて星座の一つの星として組み直せると感じます。例えば、プロ野球の価値はTVから球場へ星の位置が変わっている気がします。1返信 E•T2022年12月30日「古くから残っているものには本質的な良さがある、そこは変えずに、時代に合わせてマイナーチェンジするのが良い」という点は興味深かったです。商品などのモノはもちろんですが、風習や制度についても、マイナーチェンジした方が良いことがありそうです。受験勉強、就職活動、年賀状、結婚式、それぞれに色々な風習がありますが、本質的な意味を再確認して、時代に即したやり方に変えていければ良いと思います。1返信 きたむらなおふみ2022年12月30日伝統は残すべきなのか?」これは、「大学の授業として役に立つの?」と考えてしまう人が多そうです。ただ、こうした問いを未成年の学生さんが自ら考える事って、思考を深めるための絶妙なトレーニングですね。自分の学生時代を振り返ると、直ぐ役に立つようなインスタントな答えを求めていたように記憶してます。自分としては、伝統なるものには、「現代にも通じる、気付きを与える普遍的な何かがある」のだと思っています。伝統は残したい。ブックカフェのリスナーの方々は好きそうな問いですね。1返信 もっと見る
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伝統は残すべきか?という放送タイトルから想起させられたのは、老舗のラーメン屋のお話です。よくある話ですが、何十年と変わらぬ味を守り続けていると思われていた店は、実際は、マイナーチェンジを繰り返し、お客さんが飽きないように工夫していたというものです。
とここで、そもそも伝統とは?と言う雑な問いが生まれました〜
この雑な問いに楽しく向き合ってみようと思います笑
部署を任されるようになって、この問いに向き合うことが多いです。
環境変化に伴い、先人たちが知恵を絞って決めたルールや方針を変更する機会があります。
そうした中、自分も過去の経緯を考えると、おいそれと、過去からの遺産を変えていいのか、常に悩んでいます。
ただ、自分が先人たちから渡されたバトンを次の世代に渡す、責任があり、そうした問いにも真摯に向き合うよう、心がけてます。
その時、その組織が大切にしてきた価値観が背中を押してくれてますね。
追伸 学生さんの参考になったかな?
相談カフェなら、わかりません、で終わりそうな答えのない問いです笑。放送で語られていた通り、時間を経たことのよる価値があることと、時間を経た価値があるから残すべきとべき論で判断が妥当なのかが、対立している気がします。
教養の書から引用すると、対立を乗り越えるには、教養による座標軸が必要と言えるでしょうか。もし、ある伝統に価値があるなら、その価値を教養を用いて星座の一つの星として組み直せると感じます。例えば、プロ野球の価値はTVから球場へ星の位置が変わっている気がします。
商品などのモノはもちろんですが、風習や制度についても、マイナーチェンジした方が良いことがありそうです。
受験勉強、就職活動、年賀状、結婚式、それぞれに色々な風習がありますが、本質的な意味を再確認して、時代に即したやり方に変えていければ良いと思います。
自分としては、伝統なるものには、「現代にも通じる、気付きを与える普遍的な何かがある」のだと思っています。伝統は残したい。
ブックカフェのリスナーの方々は好きそうな問いですね。