TOPエンタメ映画・本荒木博行のbook cafe相談カフェ#92 自分の「理想の見せ方」を考えてますか?34:45 2022年12月25日 7,798再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次「理想の見せ方」と無意識の文人「文人」は演じるか、引き出されるか録音が変える自己像、統合意識とは脳の外で考える「身体的思考」の力弱さ認め強さへ「悟り」の視点AI文字起こし(β版) # タイトルコール アラキル域のブックカフェ。この番組は、自分の頭で考える読書の執筆者であり、書籍予約サービスフライヤーのアドバイザーを務めるアラキル域がマスターとなり、本からの学びを楽しむカフェです。 # 初めのあいさつ はい、みなさんおはようございます。12月25日、日曜日の朝になりました。 さて、今日がクリスマスということで、お子さんがいらっしゃる方は、 今朝、お子さんの枕元に何かが届いていたのかもしれませんけれども、 私も子供が小さかった頃は、この朝がとても貴重な、 いろんなミッションを帯びた貴重な、あれでしたけれども、 そして朝だいたい早起きするんですよ、こういう日に限ってね。 それでそのシーンを写真とかビデオに撮ったりしてました。懐かしいの。 さあ、今日なんですけれども、相談カフェということでですね、 倉立さんね、また2週目に入ってきましたけれども、 今日は自分の理想の見せ方みたいなことを意識してますかという、 そんな相談だったと思います。 何答えたかもう忘れました。 はい、ということでいきましょう。本編スタートです。 # 考えぬ はい、それではここからは相談カフェのお時間でございます。 2週目に入りました。アシスタント2週目に入りました。 今回、倉達さんアシスタントです。どうぞよろしくお願いします。 よろしくお願いします。 えーと、ちょっとね、しばらくぶりでしたけれども、他のアシスタントの方の相談カフェなど聞かれて何か感じたことはありますか? そうですね、あの直近でいうと、あの泉竜太郎さんの会が直近で行ったんですけれども、すごく面白かったなと思っていて。 僕もどっちかというとアレッジシェアみたいなところは、あの前の職場でそういう領域まで関わらなかったんですけど、今考えるとすごく難しい問いだなと思いつつも、すごく考えさせられました。 まあそうですよね、あれは難しいテーマでしたけれども、持ち込み提案、持ち込み相談みたいな感じでしたけど、 今回も倉達さんの2回目は持ち込みかな? 持ち込みをさせてもらいました。 自由に使っていただくのが良いかと思います。 ありがとうございます。 じゃあまず1週目、ピックアップしてもらってますので、じゃあここからいきましょう。よろしくお願いします。 はい、よろしくお願いします。 質問の方、紹介をさせていただきます。 質問なんですけれども、あらきさんこんにちはということでスタートします。 人との関わり方について相談です。 あらきさんは日頃から多くの人と関わり、対談会話をされていると思います。 そんな中で、自分の理想の見せ方などは考えますか。 仕事に限らず人と関わる時に、どの文人の自分を出すべきなのかということを考えていると答えが出ないことがあります。 あらきさんのお考えがあれば教えてください。 なるほど。 はい、ありがとうございます。 面白いな。 はい、じゃあこれどんな背景ですか。 僕自身、自分の中でどの文人を出すのかということですね。 あまり意識したことがなくて。 それが故に、この問いが僕の中ですごく純粋で興味を惹かれて、 この人にこの文字を見せようというのは、果たして意識できるのかなというのも問いで浮かんでいましたし、 その行為に副作用みたいなものがあるのかないのか、そんな問いも浮かんできて、 ぜひマスタードを深めてみたいというテクニックを作ってもらいました。 はい、そうですね。 まずは質問に最初に答えてしまった方がいいと思うんですけれども、 自分の理想の見せ方などは考えますかということなんですが、考えませんね。 考えたことはないかもしれない。 実際には違っているんですよ。 やっぱり人それぞれによって接し方って違っていると思いますし、 たぶん放送聞かれてですね、 例えばプレミアム放送では長雑談ということで、 4人の対談相手の方とやってますけど、 たぶんキャラ違うんですよね、僕それぞれ微妙に。 接する相手によってやっぱ違っていると思うし、 もしくは本編でもいろんなゲストの方と対談してますけれども、 たぶんその人で見せる顔、態度、やっぱ違うんですよね。 これがまさに文人の本質だろうと思うんですけれども、 文人もちょっともう僕も読んだのがだいぶ昔なんで覚えてないんですけど、 動詞として使われているのは引き出されるという言葉だったような記憶があります。 まさに引き出すではなく自動詞ではなくて受動態なんですよね。 引き出されるという意味で。その感覚が僕には近いかなと思っていて、 だからどの文人の自分を出すべきなのかということを考えていると答えが出ないっていうふうにね、 相談内容にありましたけど、それは答え出ないだろうなって思いますよね。 僕自身もどっちかというとこの質問を聞いた時に演劇的なものを実は想起しまして、 僕自身演劇部をやっていた経験があって、その時にどういう役割を演じるかみたいな感覚と、 どの文人を自分が見せるのかみたいな感覚がすごい言葉としても似てるし、 実際にやるとしても演劇みたいな感じ、要は自分が演じるみたいな形になるのかなと。 それが本来の文人としての意味合いなのかなというのが、さっきのマスターの話で引き出されるという感覚ではないんだろうな。 だからあれですよね。例えば演劇みたいな話の延長でいくと、 肩書が付与されている場面とかってあるじゃないですか。部長とか。 そうすると部長らしく演じなければならないみたいな、 そういうことっていうのは、何て言うんだろうな。 意図的に、作為的にではなくても、肩書を掌うっていうことのプレッシャーみたいなものって多分あると思うんですよ。 これは無自覚かもしれないけど。 だから、例えばですね、僕がちょっとそれを感じる瞬間っていうのは何かというと、 例えば、グロービスとかで教員やってて、帰り道みたいな時って、 なんか不思議な感覚に襲われるんですよね。 まずクラスルームの時は間違いなく講師としているわけですよ。 懇親会に行きますっていうと、講師ではあるんだけれども、 一人のビジネスパーソン的な部分もちょっと混ざってくるみたいな部分もある。 帰りの電車みたいな話で、たまたま一緒に方向として乗り合わせるとまたちょっと違う。 そしてそこから一人になる。 じゃあまたさよならみたいな感じになった時に、 だいぶほっとする感覚があるんですよね。 なんで自分はほっとしてるんだろうと思った時に、 やっぱりそれは何か引き出されていた文人におけるちょっとした負荷とか、 そういうものがあったのかもしれないってその瞬間に気づくんですよね。 電車の中で人と語り合ってる時とかって別に負荷を感じてるわけでもない。 でも一人になった瞬間にほっとするっていうのは何かあるんですよね。 これは意識ではない形で多分背負い込んでるものがある。 そんなもんじゃないかなっていう気はしますね。 今の流れだけでも4階文人が一人になっているわけですよね。 そうなんですよ。 だからそこって全然自分でチャンネルを切り替えようって意識がある人もいるかもしれないんですけど、 微妙なスペクトラムじゃないですか。 ゼロイチの話ではなくて、すごい滑らかな変化だと思うんですけど、 それは意識しないで変わってるという。 僕の場合はそういうこと考えたことないんだけど、 結果的に変わってんだなみたいな。 そんな感覚がありますよね。 あと最近の僕の感覚でいくと、 この相談者の方はいろんな人と対談とか会話されてる。 そんな新木さんに聞きたいですみたいな質問なんですけど、 僕の会話とか対談の大半は録音されてるっていう話がありますね。 もちろんワンオワンみたいなパーソナルな関係もあるんですけれども、 今日もそうですし、 全てにおいて晒されてるっていう自覚はちょっとどっかの中であるんだと思いますね。 それはどう作用するんですか?文人の中において。 なんか統合意識みたいなものは働いてるんじゃないですかね。 新木博之というある種のパルソナーがいて、 それは新木マスターかもしれないんですけれども、 そこに人格を統合させようという意識を 無自覚のうちに働かせているのかもしれない。 面白いですね。なるほど。 それも意識してますかって言うとしてないんですけど、 仮にこの対話を収録なしでやってますっていう状況だとすると、 多分もうちょっと違うかもしれない。 マスターの何が出てくるんですか? 多分まず話すスピードが違うかもしれないですね。 もうちょっと早いかもしれない。 だからこれは頭の片隅でリスナーみたいなことを想起しているし、 あとはぶっちゃけもっと下ネタとか出てるかもしれない。 なるほど。 口調とかももうちょっと砕けてるかもしれないし。 でもそれは何か意識してますかって言うと意識してないんですよ。正直。 意識の上に上がってきてないんですよ。無意識なんですよ。 でも録音されてる、されてないっていう中で、 多分意識の外でのスイッチの切り替え、 みたいなものっていうのは多分あるんじゃないかな。 質問者さんの視点ってどっちかっていうと文人を統合するって意識はなくて、 単純にいろんな見せ方があって、その中からどの文人を選べますかって話。 今のマスターの話、統合っていうのはあんまり意識されてないのかもしれない。 いや全く意識してないし、選んでる感覚がないですね。 でもメタ視点でね、 ふと自分を客観的に見ると、何か違っているっていう。 そんな感じで、何でしょうね。 なぜ考えるのかっていうのがちょっと不思議。 あーなるほど。 どれを出すかっていうこと? 嫌なのかな。 なんかもっと自分を大きく見せたいとか、 なんかそういうことなのかしら。 逆のパターンとかはあるなと思うんですよ。 この人にこの文人出したくないなみたいな。 例えばですけど、親との関係性の僕がいるじゃないですか。 それを友達とかにあんまり見せたくないとか、 あるいは恋人に見せたくないみたいな、同僚に見せたくないみたいなのがあると思うんですけど、 そういうのはあるんだろうなと思うんですよ。 いやそれはね、 自分が好きな人に見せたくないとか、 自分が嫌な人に見せたくないとか、 そういうのはあるんだろうなと思うんですよ。 それは多分めっちゃあるし、 だけど考えてる感覚ってなくないですか? 確かにそうですね。ないですね。 急にママとか言わないでしょ。 例えば小さい子供がいるとしたら、 赤ちゃん言葉とか使ったりするわけじゃないですか。 まあまあ食べるみたいな話するわけじゃないですか。 でもこういうところで使わないですよねっていうのは、 考えてますかって言われたら考えてねえしって思うけど、 そこのチャンネルってのはナチュラルに切り替わってますよね。 そうですね。確かに確かに。 だから、 そう、なんでしょうね。 そこってあんまり考えてないし、考えない方が正解なんじゃないかなって、 気はするけどなあ。 最初に戻りますけど、 引き出すっていうことが文人を生み出す一つの条件なのかなと思って、 引き出されるっていうことが、 それはすごい思います。 結局だから、 自分は自然に振る舞ってるようで、 自然ではないってことでもありますよね。 自然に動かされてるわけだから、 影響を受けてるわけで、 それは、 何が自然かって難しいですね。ここで言うね。 意識と無意識の話なのかもしれないです。 意識は全然ナチュラルに振る舞ってるんだけど、無意識では不自然なんですよね。 なんかそういう気もしたし、 ちょっと余談半分で言うと、 文人だからこそ、文人のバッティングが起きたときに、 すごい面白い構造になるみたいなこともあって、 例えばですよ。今、僕と倉達さんが2人で収録してるじゃないですか。 ここに第三者が入った瞬間、その関係性がちょっと壊れたりするじゃないですか。 例えば、ここにエガちゃんって2人の共通の知人がいますけど、 それが入ると、多分この文人の関係性が崩れますよね。微妙にね。 分かります。 例えば、ここにうちの息子が乱入してきたら、 それはなんか、この僕の文人は壊れる気がする。 ちょっと戸惑うよね。 そうですね。 佐渡島さんのボイシーのラジオで聞いた話で、 文人が同居するって話があって、 自分の中で2つの文人が同居するような瞬間があって、 その時にどっちを選ぶか迷うみたいな。 そうだね。 だから、友達に自分の恋人を紹介する飲み会みたいな、 自分の彼女の前に出している素顔と、 友達の前で見せている文人がコンフリクトを起こすじゃないですか。 で、その素顔を見せると、 自分の彼女の前に出している素顔と、 コンフリクトを起こすじゃないですか。 で、その姿をお互いがそれぞれの見た時に、 何か違う、それがまたかっこいいって思ってしまう彼女がいるかもしれないし、 なんだよこいつみたいな風に、 仲間内から思われるかもしれないしみたいな、 そういうドラマとかいっぱいありますよね。 ありますね。 逆にそれがスムーズにできちゃう人とかいます? 全然気にせずに、いろんな文人がその場で自分の中で同居しても、 全然気にしないけどみたいな人とかもいるんですよ。 どんどん人に紹介できたり。 それが旗から見るとめっちゃ変わってるのに、 本人はそれをなんなくしちゃってるっていうのは、ある意味滑稽でもありますよね。 だから急にこの会話の中で部長が来たら、 部長、おはようございますみたいなパッと切り替わって、 でさあ、倉田さんみたいな、 それを本人は何も意識してないみたいな、 これちょっと滑稽だよね。 だからそういうのが、人間は無意識にチャンネル変えてるみたいな風にも言えるし、 そこに意識が入り込むとちょっとめんどくさい話にもなるよねっていうことでもあると思うし、 あと、メタバースみたいな話とかってそこに、 メタバースっていうのは、 メタバースのみならずだけどさ、 ツイッターのアカウントとかでもサブアカみたいなさ、 だから自分が女性アカウントとして何か、 完全に意図を持った文人で、 女性アカウントとして、 女性アカウントとして、 女性アカウントとして、 女性アカウントとして、 女性アカウントとして何か、 完全に意図を持った文人だよね。 統合されることもない。 そういうのはメンタルヘルス的にプラスに寄与するのかどうするのかみたいな、 そういうリサーチとかもちょっとしてほしいな。 生まれますよね、多分。 僕もその観点すごく気になります。 僕なんかは全然意図を持った、別アカウントもないし、 人間としても一貫して普通に誰とでも遠距離にって思ってるでしょ。 そんなこと考えたこともないっていうのが正直な感想なんですけれども、 ただ人から見るとだいぶ違うはずです。 それが人間としての普通の姿なのかなって思うし。 これがこれからの社会において、 いろんなメタバースとかにもなって、 いろんな空間を同居するみたいなことがどんどん多重人格的なものができてくるとしたときに、 どんな人間になっていくのかなっていうのはちょっと気になったりもする。 それは全然今回の相談とは関係ないけどね。 そんな感じでしょうかね。 ちょっと相談を振り返ると、 その中で自分の理想の見せ方などは考えますか? 自分をどこまで出すべきか考えていると答えが出ない。 考えがあれば教えてくださいということなんですが、 これ答えましたね、今日ね。 そうですね。一番最初にも。 最初にね。 今日は何点でしょうか? そのシリーズ届きますか? そのシリーズ、分かりました。 今日は、そうですね。 どの基準でつければいいか迷いますね。 点数が高い方がいいのかどうなのかもちょっとよく分からないけど、 とりあえず直感的に数字を言ってください。 直感、98が出ちゃいましたね。 98、これまた前回の、 その2点は何か問題みたいな、そんな話ですね。 前回と同じ2点が、僕も答えられない。 はい。 じゃあ、その2点を探すべくまた次の収録、 はい、頑張りたいと思います。 はい。 ということで、今回アシスタント倉達さんでした。 どうもありがとうございました。 ありがとうございました。 ありがとうございました。 # 『脳の外で考える』 今日のフライヤーのコーナーです。 今日は脳の外で考える、最新科学でわかった思考力を研ぎ澄ます技法という本になります。 著者ですが、アニー・マーフィーポールさんですね。 科学ジャーナリストの方でいらっしゃいます。 こちらの本がダイヤモンド社から2022年8月に出ました。 そうか、もう8月ですか。だいぶ4ヶ月前ぐらいになりましたけど。 こちらの本、私も検訪いただきましてですね。 ニュースピックスのトピックスでもちょっと触れましたけれども、結構面白かったです。 考えるというのは脳を使うことだという前提があると思うんですけど、脳の外で考える、脳以外のリソースをどう使うかというね。 だから結構僕の長雑談でも、給糖質化とかでも話になります。 感覚機関みたいな、感受性に開かれるみたいな、そんなことって、ある意味脳だけじゃなくて身体感覚みたいなね。 そんなことに敏感になるみたいな。 内需要感覚という、自分の体内の状態にいかに気づくかみたいなね。 こんなことも、だからね、脳ばっかり活性化して、内需要感覚に全く開かれてないとかね。 そういう人って多いのかもしれない。僕なんかも典型的にそうですよ。ホワイトワーカーで。 いつも頭ばっか使って考えているから、脳以外のリソースあまり使ってないっていう、そんなことなのかもしれないですよね。 だから脳の外で考えるっていうことを、トレーニングしなきゃいけないと。 体で思考するみたいな、そんなことですね。 だからこういうふうに体で思考できるようになると、無意識に気づけるようになるとかね。 だから人間の能力って、本当にごく一部しか使われてないのかもしれないと思いますよね。こういう本を読むとね。 もっともっと体とか、自然環境の中でとか、言われていることではあるんだけれども、大事ですよね。で終わってしまっている。 なので、ちょっと僕も来年はもっともっといろんなところに出ていこうかなと思ってますけれども、 体の外で考える。脳の外で考える。いいなぁ、これ2023年の僕の一つのテーマになっていくかもしれない。 そういう生き方にちょっと変えていこうかな。そんなふうに今感じているところであります。 結構いい本なんでね、ぜひ皆さんも読んでいただければと思います。 今日のフライヤーは脳の外で考えるでした。 # 頂いたコメントへのお返し はい、コメント返します。今日はEMCのアフタートーク 幸太朗さんゲスト会でしたね。はい、ぐるぐる鈴木さん コンテクストの人。レストランでも絡むというのは幸太朗さんらしいお話で思わず吹きました。 例えば締め切りがあり、弱い文脈があり、問いがあり、そこへの格闘があり というお話も環境をうまく利用して自分を動かすというお話に聞こえてきました。 環境、具体的にはレストランの定位、締め切りという縦糸をもとに自分という横糸を編む その場、その瞬間の一期一会の競争があるような気がします。 編み物の見方で世界を見るとまた違う世界に、世界観になりそう 中島美行きの糸ですね、ということで。 まさに縦の糸はあなただったっけ 横の糸は私 はい、という 幸太朗に捧げる歌ですね。はい、いいじゃないですか。 至るさん、弱さがないから強くなる。特定の領域において強みが 強みがなかったり、得意ではないから工夫する。逆に恵まれていると伸び悩む。 なるほど、自分の強みに寄りかかり固着すると、それが別の可能性を閉じてしまうというのは確かにありますね。 ただ弱い意思と偶然を生かすことができるというのも、実は強みではないかとお話を聞きながら思いました。 いや強みというよりも悟りに近いのかな。流れに任せる、あるいは波に乗ってスイッチするように強みで舵を切ったり、弱みから工夫したり そんな風に生きれると素敵だなと思います。 まあある種の悟りでしょうね。悟ってるからこその強さみたいなものもあるし ちゃんと言語化できて認識できているからのからこそ 受容できるみたいな、そんなこともあるんだと思います。 とても大事なステージかなと思いました。 泉龍太郎さん。軸がずれている感覚、暴流にいる感覚、自分ごと化できる感覚でした。 弊社内には社員のキャリアの進路を示すカタログ的な資料がありますが、めくれどもしっくりこず、自分の言葉で表現せねばと思ったりします。 キーの目に晒されるのは必要経費、とはいえ晒され続けるのも疲れる。ユニークなズレと自認している何かが本当にズレなのか、 誰しも持っている凡庸なものではないかという別の方向の疑問も湧く。 幸太郎さんの楽じゃないという言葉で逆に楽になる感じがしました。 これね本当にこう楽じゃないっていうね、怪しまれるとかね。 暴流であるという常にアウトサイダーみたいな。 それは本当にそういう感覚ってあるし、 そういうのがやっぱり人を強くするというか、ある境地を開くことになるのかなと思いました。 大事な感覚ですね。 いやーこれは本当に、だからこそ可能性があるんだと思います。 みんなメインストリームじゃないからね。もちろんメインストリームを歩ける人はいるんだけれども、メインストリームじゃない。 そこの何らかの引け目というのが新たな可能性を生む。そんなことってありますね。 ETさん、弱さを認められる強さ印象に残りました。自分の弱みを見せるのは簡単ではないと思います。 ましては大勢の視聴者がいたらなるべく強いところを見せたいと思ってしまいそうです。 でもやはり強がっても自分が苦しくなるだけなので、強がりもひげもせずあくまでも自然体でいることが一番大事かなと感じます。 言いは安しで僕もまだまだできていません。 そうですね。 簡単ではないね。簡単ではない。 自然体で強みも弱みもフラットに提示できる。そういう生き方は本当にいいなと。 どこか確固たる自己みたいな自己理解、そういうのがないとできる生き方ではないと思うんですけれども、憧れますよね。 北村直文さん、自分の弱さを認めることができるのは強さ。これは自分には響きました。 また自分で自分の弱さを認めることができる人は信頼されそうな印象もあります。 自分をメタ認知し冷静に把握でき、さらには人に晒すことができる力量には伸びしろと崇高な姿勢を感じます。 学生さんの質問力が素晴らしいです。学生さんの学びの探求力があってこそですが、見事に小太郎さんの持ち味を引き出していた印象です。 本当にそうですね。 まだまだいろんな可能性を感じます。学生たちには。 こういう機会に触れているっていうのも ラッキーなことだと思うんですけど、もっともっとこういう機会を増やしてあげたいなという気がしています。 すすさん、しみきりは発明の母。渡辺光太郎さんのこの言葉、ユニークで面白いね。 失敗は発明の母だと努力、努力って真面目さが伝わってくるけど、しみきりって言われると何か力が抜けて良いですね。 普通しみきりのイメージは追われている感じがしますが、発明の母が後に繋がると、そのしみきりさえ楽しんでいる気がしました。 渡辺光太郎さんはコピーライターのような言葉の使い方をする人だなと思いまして、ということで。 ある意味コンテクストデザイナーですから、コンテクストの コンテクストデザイナーの最大の武器は言葉ですからね。 それは本当に 彼はものすごい磨きかかっていると思います。 一つの強さですね。 町田勝俊さん、渡辺光太郎さんを最初に知った時のイメージはタクラムレイディオの印象が強かったのですが、超相対性理論や今回の放送を聞くたびに少年のような無邪気性や純粋さを感じられて、より人間臭い部分が覗けている気がしています。 今回のしみきりが近づかないとやらないというエピソードは共感しまくりでした。渡辺光太郎さんのブックカフェの再登場を期待しております。 もちろん超相対性理論も毎回楽しみにしています。 ありがとうございます。 渡辺光太郎さんは僕もタクラムレイディオで知ったんですよ。 いい番組作ってるなぁと思って。 そこから僕がアクセスさせていただいたという経緯があるんですけれども、 本当に今考えると、 ちょっと細い縁だったんですけど、 今はもう無二の親友であるという、なんか不思議な感覚ですね。 はい、ということでコメント返し以上になります。いつも皆さんありがとうございます。 # 終わりのあいさつ はい、ということで、今日は相談カフェでしたけど、これが年内最後の相談カフェですね。 はい、ということで、年明けはね1月1日になっちゃうんですけれども、 まあさすがにね、正月一発目は、あのちょっとね、なんか違う企画にしたいなというふうに思いますので。 はい、また1月8日かな、相談カフェ初回いきたいと思います。 クラタツさんも既に収録済みですけれども、そちらの内容を放送していきたいと思います。 はい、ということで今日はここまで。また明日。 もっと見る #演劇 #意識 #分人主義 #作為 荒木博行のbook cafeプレミアム放送配信中!00:111.タイトルコール01:212.初めのあいさつ21:583.考えぬ03:274.『脳の外で考える』07:125.頂いたコメントへのお返し00:376.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう すっすー2022年12月26日理想の見せ方自分も最近、対社外の仕事も多くなってきたので、その場に応じて、自分の見せ方を変える機会が多くなっています。マスターの話ではありませんが、1日に何回もみせ方を変えることがあり、帰りの電車で、1人になった時、どっと疲れることも多々あります。理想のみせ方とは何か?自分にはわかりません。しかし、今後も見せ方を変える場面が訪れた時に、あまり肩の力を入れず、自然体に、その場に応じた振る舞い、見せ方ができるようになるのが、課題です。2返信 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2022年12月26日冒頭に、今回の相談が読み上げられた際に思ったのは、そもそも分人って使い分けるものなのか?というものでした。マスターもおっしゃっていたように、他者との相互作用として、自然に引き出されるのが分人であり、1人の人間としてできるのは、引き出された分人を認識することだけなんだろうなぁと思います。最近、人間が認識できるのは、行為の最中ではなく、行為後に振り返るタイミングでしかないのではないか?とも考えており、そうした思考とリンクしました。2返信 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2022年12月26日理想の見せ方という表現には、自己の視点しかなく、理想の見せ方をした結果、周囲がどう認識するのか、という視点がかけてさいるのかなとも感じました。理想の見せ方にとらわれてしまうのは、求められる結果として仕方ないとも思いますが、色々と考えさせられますね。そうしたキッカケを得られる相談カフェの存在に、あらためて感謝です。1 Gen2022年12月25日日常生活レベルでは目の前の状況に引き出される自分と他者からの見え方など、言葉を選んだり、配慮したり使い分けしますねやや飛躍しますが、『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジくんなんかは、相手キャラによって分人化されている典型?と、想起しましたシンジくんはだいぶ追い詰められている状況なのですが、平時から異なる分人を使い分けることで、相手によって手立てを自在に変えることをナチュラルにできるか否か、相手のパーソナリティにいい意味で依存せず、かと言って自分本位にならない交渉の際に現れる力かなと思いました2返信 きたむらなおふみ2022年12月25日「人によって態度を変えてはいけない」。こう言われた事がありますが、「私は相手によって態度や対応が変わてしまうなあ」と思っていました。確かに無意識に変わってしまいます。ふと1人になった時にホッとしたり、気が休まる感覚があります。これは「相手によって違う自分を演じてて、疲れに繋がっているのかも」と思いました。私は、一人の時間が好きなのですが、これは必要な時間で、自然に求めているんだと考えました。3返信 E•T2022年12月25日人は状況によって異なる分人を見せる、それを無意識的にやっている、というのは興味深かったです。思えば自分もそうかもしれないと思いました。同時に、どの分人も、なるべく素の自分と大きく違わないようにしたいなと思いました。また、ありのままの素の自分をさらけ出せる環境や関係性は生きていく上でとても大事だと思いました。僕の場合は、家族や気の許せる友人と一緒にいる時、もしくは一人でいる時です。大切にしていきたいです。3返信 もっと見る
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自分も最近、対社外の仕事も多くなってきたので、その場に応じて、自分の見せ方を変える機会が多くなっています。
マスターの話ではありませんが、1日に何回もみせ方を変えることがあり、帰りの電車で、1人になった時、どっと疲れることも多々あります。
理想のみせ方とは何か?自分にはわかりません。しかし、今後も見せ方を変える場面が訪れた時に、あまり肩の力を入れず、自然体に、その場に応じた振る舞い、見せ方ができるようになるのが、課題です。
やや飛躍しますが、『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジくんなんかは、相手キャラによって分人化されている典型?と、想起しました
シンジくんはだいぶ追い詰められている状況なのですが、平時から異なる分人を使い分けることで、相手によって手立てを自在に変えることをナチュラルにできるか否か、相手のパーソナリティにいい意味で依存せず、かと言って自分本位にならない交渉の際に現れる力かなと思いました
ふと1人になった時にホッとしたり、気が休まる感覚があります。これは「相手によって違う自分を演じてて、疲れに繋がっているのかも」と思いました。
私は、一人の時間が好きなのですが、これは必要な時間で、自然に求めているんだと考えました。
思えば自分もそうかもしれないと思いました。同時に、どの分人も、なるべく素の自分と大きく違わないようにしたいなと思いました。
また、ありのままの素の自分をさらけ出せる環境や関係性は生きていく上でとても大事だと思いました。
僕の場合は、家族や気の許せる友人と一緒にいる時、もしくは一人でいる時です。大切にしていきたいです。