TOPエンタメ映画・本荒木博行のbook cafe『ネット右翼になった父』鈴木大介35:29 2023年2月16日 10,085再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次鈴木大介が見た父の晩年と「ネトウヨ」疑惑なぜ父をネトウヨと決めつけたのか?息子の葛藤丹念な調査で判明した父の真実とは?「レッテル貼り」が引き起こす自己認識の歪み人間関係を円滑にする「アンラーニング」の重要性AI文字起こし(β版) # タイトルコール あらきひろ行きのブックカフェ。この番組は独学の地図の出筆者であり、書籍予約サービスフライヤーのアドバイザーを務めるあらきひろ行きがマスターとなり、本からの学びを楽しむカフェです。 # 初めのあいさつ はい、みなさんおはようございます。2月16日、木曜日の朝になりました。 さて、今日は佐藤邦竹さんとの対談がありますね。 フライヤーのイベントで、はい、とても楽しみです。 えっと、さて、今日なんですけれども、また新しい本を取り上げたいと思います。 高談社現代新書からですね、出ました。ネット浮浴になった父という本ですね。 鈴木大輔さんが書かれた本です。 またね、ちょっとすごい衝撃的なタイトルなんですけれども、 えっと、これ2023年1月20日発売ということで、まあ出て1ヶ月も経ってない間もない本なんですけれども、 えぇ、面白かったんですよ。 この本が、うん。 えっと、お父さんが亡くなられてね、お父さんの亡くなった後、 まあ、なぜお父さんはネット浮浴になってしまったのかという、そんなことを探る旅なんですけれども、 これね、実はね、小説みたいな感じなんですよ。 で、オチが衆逸。オチというか、何というか、結論がね、マジって、そういう話って、 いう、まあ、そんなことを今日本編でもお話しますので、これから読みたい人はですね、ぜひ本編聞かずにね、 まあでも小説ではないんでね、 いいと思って話しますけれども、はい、ぜひお聞きいただければというふうに思います。 それでは行きましょう。本編スタートです。 # なぜ父はネトウヨになったのか? それでは行きましょう。ネットウヨクになった父 講談社現代新書から鈴木大輔さんの本になります。 タイトルはネットウヨクになった父ということなんですけど、このお父さんは2019年亡くなられました。 末期がんということで、糖尿生活をしながら結果的には亡くなったという、そんなお父さんなんですけれども、そのお父さんが 77歳か、3年糖尿だったんですけれども、お父さんが 遺品みたいなことを探ると、多数の右翼コンテンツが残されていたということで、 韓国に対する嫌韓みたいなことだったりとか、あとはセイロン・ウィル、花田、そんなような雑誌だったりとか かなり排外しそうであったり、もしくは 自己責任論みたいなことをやってたりとか、これ生きてる時から晩年はですね、そういうちょっと 受け入れ化した言葉を吐くようになっていて、その息子さんである鈴木大輔さんですね。 女性は本当に嫌気がさしていたという、 ある意味お父さんと 晩年は結別していたということですね。 そんな中で実際に亡くなられた後、パソコンとか見ても、やっぱりなぁみたいな、そんな感じだったと。 いろいろヘイト的なコンテンツもあって、それに対する嫌悪感とか、 吐き気みたいなことを催しながらですね、この鈴木大輔さんというのは、ルポライターでもあるので、 そのことについて、 記事を書いたということで、 自分のね、父親が、なんでこうなってしまったのだという、とても残念でならないと、そして、こうなってしまったのは、 理由があるんじゃないか、みたいな、そんなようなことを文章で書き綴ったわけですね。亡くなられて数ヶ月経った後ですね。 それがバズったわけなんですよ。 いやぁ、実際にうちの父もそうですとか、そういうことって起きてますよね、みたいな、そういうコメントが続々と寄せられていたと。 この鈴木さんなりの当時の結論はですね、 ある意味、孤独っていうことがね、そういう過激なコンテンツに進む理由だったんじゃないかと。 孤独の病っていうのが彼の最終結論。 孤独であったから、そういうイデオロギーっていうところで、それで分断が起きてしまったと。 こんなイデオロギーによる分断っていうのは、いろんなところで起きてるんじゃないかというね。 そんなことをですね、鈴木さんは、まとめるわけです。お父さんが亡くなられた後ね。 でも、本当そうなのかっていう、 これ、自分が安易にそれで答えを出してしまったんじゃないかという思いが拭いきれずですね。 こっからがこの話のスタートなんです。つまりね、これまあ第一章の話なんですけど、 第一章だけだとなんとなく予想つくじゃないですか。孤独によって、なんかこう、どんどんどんどん思想が極端にいってこもっていくみたいな、 そういう老人が結構増えているみたいな話は、なんとなくそうかもね、みたいな、そんな感じなんですけど、 この本の読みどころはですね、そっから本当かということを改めてね、探っていく旅なんですよ。 これ、ちょっと今日的な表現すると、アンラーニングの旅なんですよね。 お父さんに対する。この鈴木さんはお父さんとうまくいってなかったんですよね。 で、だんだんだんだん疎遠になっていき、そしてたまに実家に帰ると、そういうネトウヨ的な発言がちらちら聞こえると、 もうこの親実体何なんだと、いい加減にしてくれみたいな、そういう状態で、 当病生活に入っても、もう許せないと、そういうヘイト的な言葉をね、たまに口にする父親を許せないと。 だから、看病っていうのも、自分の母親が看病しなきゃいけないから、その負荷を何とかするために、母親を手伝うために看病するのだと。 あなたを看病するのではない、ぐらいのことを言ってたわけ。まあそれぐらい、その父と子の間には明確な断絶が起きてしまっていたということなんですね。 で、本当に父はそのネトウヨになったのかどうなってたんだろう、みたいなことを改めて探ってみる旅というのが、2章3章以降起こるわけなんです。 で、この探った結論を言うとですね、ネトウヨなんかじゃなかった、という結論なんですよね。 まあ、多少ね、そういうちょっとなんか流行り言葉みたいなことを口にすることがあったんだけど、じゃあそもそもネトウヨって何っていう定義を明確に何個かの定義をしていくと、 父は全然それに当てはまっていないんですよ。 で、えっ、ネトウヨじゃないじゃん、みたいな。 ネトウヨって本来こういう存在だよね、という時に、 全然お父さんはそこに対して当てはまっていなかったし、 いわゆる定食メニューと言われているね、ネトウヨの定食メニューみたいな、こんなことを言う、こんなことを言う、 例えば朝日新聞がどうだとか、安倍晋三がどうだとか、 夫婦別姓がどうだとか、国旗国歌がどうだとか、拉致問題がこうだとかっていう、こういう定食メニュー的なものがあるんですけれども、その定食メニューから全然ずれてると。 だから、父はネトウヨではなかったと。 むしろ父親の歴史を丹念に紐解き、 そして彼が言ってたこと、それは知人とかにも聞いてるんですよね、お父さんの友達、 それから結構お父さんと話してた自分の姉ですね、お姉さんに聞いてみたり、総合すると、 いやむしろなんかバラバラ、思想的には。右的なものもあれば左的なものもあるし、 なんか一貫性が取れてなくて、 とてもじゃないけどネトウヨと言えるものではないという、そんな状況であるということがわかったわけなんです。 さて、じゃあなぜ自分はそんな彼をネトウヨ認定してしまっていたんだろうかということなんですね。 ちょっとここは結論というところで読みたいというふうに思います。 父はネトウヨクでもなく保守ですらなく、自身の面白いと思うもの、好奇心が湧くものを何でも取り入れる、多様性のあるパーソナリティの持ち主だった。 一億総左翼時代の青春時代を過ごした父にとって、左翼こそ価値観が定食メニュー化した人々であり、権威であり、左翼的なものが嫌い、 朝日新聞が嫌いといった思考が生まれた。 などなどそんなことがあるわけですね。 ジェンダーを中心に差別発言の幅が広がる中、価値観のブラッシュアップができないという年代、かっこ恒例の問題も背景にあった。 こんなことが晩節の父が偏向発言を口にし続けた大きな流れだというふうに思う。 そしてじゃあなぜそんな彼をネトウヨというふうにやったかというと 間違いないと。父をネトウヨクにしたのは僕自身だったのだと。 父をネトウヨク扱いした根底にあったのはあくまでも僕の中にあるアレルギーだった。 とすればネトウヨクという仮想敵を立ててその像を父と重ね、そこに怒りを募らせていた僕は、 保守系メディアから得た見えない仮想敵を打っていた父と全く変わらないと。 もしかしたら父より僕自身の価値観の方が定食メニュー化していたのかもしれない。 これではまるで冤罪だっていうね。つまり自分が本当にこの鈴木さんはですね 弱者救済みたいなことでルポルライターやってたからこそ、そういう思想が大嫌いだった。 アレルギーじゃなくて、アナフィラキシーみたいなアレルギー反応、すごい強度のアレルギー反応を起こしちゃってただけなんじゃないのということに気づくわけなんです。 はい、というストーリーなんですね。ちょっと次のチャプターでクロージングしていきたいと思います。 # 一度貼ったレッテルを更新しよう はいということでですねまず前提として父とほとんど会話がなく大きな断絶がありました そしてたまに聞く言葉にはちょっとその過激な言葉がありました でもともと自分はその こうある弱者救済であるとかそういうですねまぁ自分自身のルポル あの ルポルタージュでも再貧困女子とか 家のない少年たちとか 障害をテーマにしたルポだとかね そんなようなことを書いていた鈴木大輔さんだったからこそ お父さんの言葉にものすごい過激なまでの反応してしまっていたと拒絶反応ですね でこれはねー これに気づいたことがすごいと思います これはねぇ 普通は第一章の内容で終わってんですよ あの人はネトウヨでなぜネトウヨになってしまったのかこうこうこういう理由 以上みたいなそもそもその人がネトウヨなのかということを問わない まあネトウヨかどうかは置いといてですよ えっと ここからちょっと話を抽象化しますとですね ある人がこういう存在であるって言うことを私たちは1回ラベリングしちゃうんですよね でラベリングした後そのラベルは剥がされることがほとんどないっていうことなんですよ だからそうであると認定したらそれに近い情報を まあ上塗りしてってそしてそこに認知の不協和が起きないようにして やっぱり 彼ら彼女たちはこうだよねっていうその認知をひたすら強固にしていくみたいなそんなことを やってしまうわけなんですだから最初にどういうラベルを貼るかっていうのがめちゃくちゃ大事だし さらに一度貼ったラベルを剥がせるのかっていうそんなこともものすごい大事だこれ アンラーニングって言うんですか 例えば自分の職場の中のですね 上司 まあ本当にこう血も涙もない奴だなと で全くねこう 感情に配慮することがないよなっていうそんな認定を仮にするとするじゃないですか ね そうしたらもう彼彼女には こう温かみがあってはならないのです温かみみたいなことを感じてしまうとですね それ認知の不協和が生じてしまうから そういう情報はシャッターとするんですよ仮にそういう行為をしてたとしてもね だからその悩んでる人にどうしたのって声をかけている場面があったとしたら そういうことはですね記憶から消せたらもしくは見ないわけなんですよね で本当になんかこう あの人にすごい発言で何か傷つけられたみたいな人がいるとしたらそういう人を 積極的にそういう人からね積極的に話し聞いちゃうんですよ どうしたらどうしたのいやーなんとか部長にこういうことを言われて 方はそうよねあの部長ってさ本当にこういうことはあるよね血も涙もない奴 よねあの人ってっていうふうに自分の認知を強化していく っていうですね そうやってこう認知が歪んでってある意味でその 仮想のその像が出来上がっちゃうっていうことですよね だから本当はその人はもっといろんな側面があるんですよ人間だからそうだよね そのある意味で冷酷な側面というのも誰もがある でも温かいという側面も誰もがポツっていうねそういうなんつーのかな で一方でなんつーのかなちょっと鈍感なところもあればちょっと鋭いところもあれば ちょっと感情豊かなところがあれば ねえ こう 感情がねすごくこう変わらないこともある まあ人間てなんかそういうこうなんかデジタルな存在というよりはたまにこうなるしたまに こうならないしみたいなもうこう行ったり来たりして なんかケースバイケースの存在じゃないですかでも私たちはそういう複雑な人間を複雑な まま認知することができないんですよ だからあの人は冷酷な存在とか権力におもねる人だとか ね ずるい人だとかねまあもしくは逆でもいいんですよ すごくなんつーのかなリーダーシップがあって統率力がある人とか ねこれなんでもいいんだけれどもそういうところを見てそのラベルを1回貼るんですよね で 上がったら剥がさない むしろその上に もっともっと強力なノリとかボンドとかつけてどんどんどんどんその上にこう 張り重ねていってしまうということ だから結局あの分断を生んだのは誰だったかつったら自分だったみたいなそういうことをね 鈴木さんは書いているわけなんですけれども いやこれだからすごいと思いました本当にね 本当かっていうことでその ある意味こう供養的な文章なんですけどねお父さん亡くなった後に自分がある意味感情に ね 任せて父親寝飛ぶようになってしまったっていうことを書いてしまって もうほんと怒りと悲しみにまみれて書いちゃったわけですよ それがまたバズったわけですよね でそうだそうだみたいな話になってふと冷静になっていや本当なのかって思った まあそこにですね数年の歳月がかかったわけですよね そこに至るまでにそれぐらいその人間の認知を変えるっていうのは時間も必要だし なんだけれどもでも こういうことをアンラーニングするって めっちゃ大事なことなんだなぁって思います 皆さんも周りの人ね周囲の人 まあパートナーでもいいしご家族の中でもいいし それから職場のね近い人みたいなものもあると思います ねっ なんか貼ってません この人はこういう人みたいな せっかちな人とか ですごい洗いれてるね貼って それでもうそれ以上見なくしているみたいなことをひょっとしたらあるかもしれない でも ねえねえ特にそういうネトウヨみたいなねそういう強烈な言葉とかあったりするじゃない ですか そういうなんかこう強烈な言葉とかを貼っちゃうとね もう 全然人のことを見れなくなっちゃうね 本当に だからこれは気をつけないといけない で こう ラベル貼ってしまうのはこれ人間だからしょうがないですよ認知構造的にね その人の複雑な側面なんていちいち考えようとしてたら時間がいくらあっても足りないから だからこういう人っていうある意味そういう人物像っていうのはね あの そう認知をしてしまうのは人間の佐賀なんだけど それは仮の ねっ ネッテルであっていつでも剥がすことは可能であると むしろ新しい側面を発見しようっていうその姿勢こそが大事なのだぐらいな感じで持ってない と 人間かに歪むね本当にそんな風に思いました 特にねこれ父親と子供息子の関係なんで 複雑なんですよねやっぱり近いからこそ 認知が歪む まあそんなことも改めて感じた次第ですはい ええ ということでまぁちょっとねネタバレ的でもあるんですけど まあぜひ アンラーニングの旅ですね面白かったですぜひ機会があったら皆さんもご覧いただければ 何か感じるところあるんじゃないかなと思います はいということで今日はネット浮力になった父でした # 『冒険の書』 それでは今日のフライヤーのコーナーです。 今日はですね、冒険の書、AI時代のアンラーニングという本になります。 著者ですが、孫太宗さんですね。孫正康さんの弟さんでらっしゃいますけれども、 太宗さんもめちゃくちゃ有名で、 フライヤーも創業間もない頃に太宗さんのお世話になったという風に聞いております。 こちらの本なんですけれども、日経BPから2023年2月22日ということで、 出版前、そろそろ本屋並び始めてるのかな、ちょっと分かりませんけれども、 出版前後というそんなタイミングで、ようやくお届けすることができるということなので、 これは間違いなく話題になると思います。 僕も広見さんからですね、BPの編集者の広見さんから検本いただきましたけれども、 これヤバいですよ。 これ何の本かっていうと、結構ね、これお父さんが子供に対して、 これから冒険する、こんなことを考えようぜっていう、手紙を通して教育していくっていうね、 父から子へみたいな本って結構あると思うんですけれども、ある意味王道のパターンなんですけれども、 そこの内容がね、こうくるみたいな。 イラストもとても綺麗だし、可愛いし、キャッチーだしね。 中身がね、めっちゃ骨ごとなんですよね。 これね、ようやくにも最初書いてありますけれども、 リヴァイアさんとか出てくるんですよ。 北仏の。 この17世紀のね、この時代って一番ヨーロッパがヤバい時代。 一番って言っていいか僕は分からないんだけど、 このウェストハワリア条約ができる1648年ぐらい。 リヴァイアさんは1651年に書かれてますから、 だからヨーロッパがもう戦争状態になり、そこから新しい秩序が生まれてくるぜというそのタイミングで、 リヴァイアさん、国って一体どうなんだろうねと。 人間って放っておくとどうなっちゃうんだろうねみたいな。 そこにこう杭を打ったのが北仏なわけですよね。 だから、ここに戻って、ここに立ち戻って、人間であり国というのはどういうふうに考えるべきなのか。 いやこれ子供に言う?すごいよね。こんな教育できたらね。 で、風光のパノプティコンですよね。 ジェンサムが発明したこの刑務所モデル、監獄モデルみたいな。 これによってこの世の中っていうのをメタファーとしてどう捉えていくかとか。 まあある意味こう、ロックだとかルソーだとかそんな話も、 いやー、ちょっとねこういう本書いてみたいと思った。 すごいなあ。めちゃめちゃ参考になりますよ。 これね、まあ、イヴァンイリーチとか出てくるんだよね。 イリーチのイラストもあってね。 いやー、すごいなあ。 なんか参考になるなあ。 うーん。 ちょっとなんかようやくの説明というよりも、なんか簡単のため息。 いやー、どうやったらこういう本書けんだろう。 ちょっとなんか僕もすごく考えてみたい。 めちゃめちゃこれ憧れますね。 チャレンジしてみたいなあ、こういう本ね、いつか。 こんなことが語れる日が来ますように。 まあそんな、ぜひ読んでみてください。皆さんも決して損はしないと思うし、 いろんなね、哲学の振り返り、人文科学の振り返りにもなると思いますし、 いい学びになるんじゃないかな。 はい、と思います。 今日のフライヤーは冒険の書でした。 # 頂いたコメントへのお返し はい、コメント返します。野沢さんとの対談2日目ですね。 イタルさんからです。 チームビルディングは組織開発をしていく上で 共通言語を作っていくことの効果を実感することが多いです。 昔からある理念を掘り起こし、 それを自分たちの経験に紐付けさせて腹落ちさせ、 自分たちなりの意味付けをして、 最終的にはそれを自分たちで超えていく。 ゴリさんがなさっていることは単にチームを一つにするだけでなく、 チームの意識を次のレベルに引き上げているのではないかと感じました。 過去の成功体験から作られた理念や文化で、 動きが取れなくなっている組織には 必要なことかもしれないですね。 素敵なお話でした。 ね、これ、途中から気づいたという話ですけれどもね、 ある意味で、すごいその企業変革においての浄土というか、 やっぱりね、その軸をちゃんと定義するって、 実はね、目なしぐさになっちゃうからね、変革していくとね。 大事なことですよね。 はい。ぐるぐる鈴木さん。 組織のドグマ的な言葉は遺伝子か。 スポーツでスローガンや言葉が想像を超えて実現されるというゴリさんの話を、 会社、組織におけるドグマ的な言葉が 想定を超えて実現されていくことと重ねました。 このドグマ的な言葉は遺伝子の類似で語れると思いました。 遺伝子は生物の基本設計図ですが、 必ずしも同じ生物を作るわけではなく、 環境で発言する性質を少しずつ変えます。 同様にドグマ的な言葉は外部環境に合わせて、 その解釈を拡大したり縮小したりして、 組織の活動の方向性を形作る言葉って面白いですね、ということで。 ね、これまあだから進化の過程で言葉の変質、バグが生まれてね、 それによってまた新しい言葉が生まれてくるみたいなね、 そんなことってあるわけですよね。 まさにこういうことって起きるわけですよね。 なんか設計図って書けないんですよ。面白いね。 だから指導する人以上の成果がそこに生まれに出てくる。 おもろいねっていうそういうところですね。 はい、ありがとうございます。 山下さとるさん、勝利史上主義。 私は小中高とバスケ部でした。 いわゆる根性論の世代です。 しかし今の自分がここにいるのは部活のおかげだと思えるぐらい大切な経験です。 負けてもいいはずではなく、勝つための最大限の準備、努力をする。 それでも負けるときがある。 勝利史上主義が対抜や負の側面につながりやすい傾向はあるかもしれませんが、 ゴリさんのおっしゃる通り、別で考えるべきだと思います。 はい、ここはね、正直難しいところなんですよ。 慎重に議論しないと理解してもらえない感覚とか、語り合えないっていう部分もあって。 すごい難しいんだよな。 ここに結構な現体験がある人がいるとですね、すごいこう、 ちょっとね、感情的な反応とか出てきちゃうことってあるんですよね。 その辺も踏まえながらどう理性的に議論していくか大事なことですね。 泉龍太郎さん、勝利史上主義の余波として、 私力とそれ以外の部員の階級化を招き得ると思いました。 競技の技能の優劣がそのまま社会的な序列につながり得るというか、 逆にテレビのネット講師園等では裏方役に真摯な感謝が伝えられる場面を目にします。 ここでウェルビングの概念が浮かびました。 社員のウェルビングの実現を単なるコストとしてでなく、 会社が付加価値を生む要件として捉える。部員もしっかりで。 部員のウェルビングの先に結果として勝利がついてくるという発想が必要かも。 本当にそういう意味がありますけどね。 半年という限られた時間の中で、3年というか1年というか大会の。 難しいね、本当にね。 学生スポーツのコーチ監督って本当に大変だなと思いました。 中川さん、勝利修了主義で想起したのが佐々木朗希投手でした。 彼は高校時代、連投回避のため甲子園出場をかけた試合で投板せず、結果チームは敗退しました。 これは佐々木選手のゴールは甲子園じゃない。もっと先にあるんだという考えもあってのことだと想像します。 一方で甲子園出場が資料命題だったチームメイトもいるかもしれません。 その選手にとっては最高のチームで試合に臨みたいという気持ちがあったのかも。 当事者じゃないので妄想でしかありませんが、チームで同じ方向を向くことの難しさを考えるために勝ちました。 本当そうね。 難しいよね。どんな気持ちだったんでしょうね。本人も含めて。 佐々木選手はその後の活躍もある通りで、結果論からするとあれが正しかったと言えるのかもしれないけどね。 結果抜きであの評価をするのは本当に難しいね。 発作3競技力向上とホワイト部活の両立は一般的な中学高校の職員に委ねるのは難しく、地域移行の流れはある種健全な流れに感じました。 もし地域移行の流れが加速されるなら、その場はオープンな場にできないかと思いました。 これまで中学高校の部活はクローズの場でしたが、そこでのコーチングや指導方法は大人の学びにもつながるはず。 保護者やOBEも競技に参画するチームラボ、スポーツラボのような場にできないかと思いました。 ゴリが言ってましたけどね。 まず子供たちがどう考えるかっていうのがやっぱり大事なことで、彼ら彼女たちが何を望むのか。 そこに関係ない大人が嫌々言うのも、まず学生ファースト、そんな議論の場を作ってほしいなっていうのはゴリと同感ですけど、思いますね。 ETさん、理念のパワー、迷ったとき最後の拠り所としての理念が果たす大事な役割、とても共感します。 一方、理念自体が古くなり今にもうまくフィットしない場合、理念をアップデートするにはどうしたらいいのかという問いが浮かびました。 人間も色々な経験を通して考え方や目指すべきものが変わるように、組織も時代と共にありたい姿が変わってもおかしくありません。 でも組織は個人の集合体ですし、過去の栄光を経験した組織なんかはそれに引っ張られて理念を変えるのは難しそうです。 おっしゃる通りですね。 まあ、理念が古くなるって古くなるような理念は厳しいのかもね。どうなんでしょうね。 理念そのものってある程度の抽象度があるわけじゃないですか。 だから賞味期限長いはずなんですよね、本当はね。 すすさん、理念がチーム力を高める。 1年間においてほんの数回だけどそのチームが持つ理念がチーム力を高める機会があるという言葉がとても印象的でした。 そのチームならではの理念でその言葉がチームに力を与えてくれることがよく分かりました。 確かに大人なイメージを超えるチームのあり方ですね。とても勉強になりました。 そういう場面を見たらちょっと胸発なんでしょうね。 そこがね、本当に指導者の腕の見せ所なのかもしれない。 ちくさん、誰のためのコーチなのか、何のための成果なのか、企業人として自分に照らし合わせて非常に考えさせられるお話でした。 チームメンバーがどうしたいのかは二の次で上から降りてきた目標だからとコーチしているような気がします。 どうなりたいのかメンバーと話しながらコーチしていきたいと。 これはだから企業でも同じよね、本当に。 ちゃんとそういうことをフラットに議論できる場なのかということを徹底的に考える。 そんなことの重要性を改めて感じます。 松田勝利さん、勝利市場主義を生んでいるのは誰なのか、監督やコーチなのか、確かにそうした場合もあるのでしょう。 では、なぜ監督やコーチがそうなるのか。 本人たちの私利私欲ということもあるのかもしれない。 もしかしたら、周囲の期待が関係しているのかもしれない。 伝統校だと、OBの声が強いかもしれない。 注目される大会に出場するチームだと、メディアの影響があるかもしれない。 そんなことを妄想しながら勝利市場主義を考えてみると、難しいなといつものように唸りました。 勝利市場主義の弊害を考えながらどうしてそれはなくならないのか、またはなくすべきものなのか。 根源的な問いに潜っていくと息が続かなくなり、水面に顔を出したくなります。 粘り強さがないなぁということですね。 難しいんですよ、だいたいね。 残るお題というのは難しいものばかりということなんですけど。 ここは当事者が本当に考えることによって当事者になるということなのかもしれません。 難しい問いですね。 ということで、コメント返し以上になります。 いつも皆さんコメントありがとうございます。 # 終わりのあいさつ はい、ということで今日は新書でしたね。 ネットウェアクリアになった父ということだったんですが、いかがだったでしょうか。 まあ、語られることいっぱいありそう。この話から。 だから、どう感じるかは皆さん次第ですけれども、ぜひね、あの、なんつーのかな。 なんかいろいろ抽象度を高めて、こんなこともあるな、あんなこともあるなって感じてもらうといいんじゃないかなと思います。 ということで今日はここまで。また明日。 もっと見る #認知 #アンラーニング #レッテル 荒木博行のbook cafeプレミアム放送配信中!00:111.タイトルコール01:442.初めのあいさつ09:573.なぜ父はネトウヨになったのか?https://amzn.to/3XvJkkJ08:524.一度貼ったレッテルを更新しよう04:465.『冒険の書』09:276.頂いたコメントへのお返し00:357.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう えみゅう2025年9月18日2年前にこの放送回を聴いて以来、ずっと心に残っていて、ようやく本を手に取ることができました。読んでみて感じたのは、これは単なる一個人の変化を描いた本ではなく、社会全体の空気や時代の流れが、家族関係にまで影響していく過程を丁寧に描き出しているということです。特に50歳を過ぎた自分に強く刺さったのは「世代と年齢」というくだりでした。ちょうど老いを意識しはじめる年代に差しかかり、社会の橋渡し役を担う立場にあるからこそ、その言葉が重く響きました。返信 なかがわ2023年2月22日身につまされるお話でした。お話を聞いて想起したのが、最近社会問題化した回転寿司での不適切動画でした。あの行動が言語道断であったことは疑いがありませんが、「こんな事するやつは、全てにおいて碌な人間じゃない」と社会がレッテルを貼ってしまいました。今後の人生がとてもハードになったと思います。でも、そのタイミングでちょっと気が大きくなっていだけかもしれないし、機嫌が悪かったのかもしれない。もしかしたら悪友との罰ゲームだったかもしれない。他者認知のアンラーニングは、SNSと相性が悪すぎますね。返信 すっすー2023年2月18日ネガティブなイメージ昔、先輩からネガティブなイメージは一度周囲から持たれると、そのイメージを払拭する迄に、時間がかかるから気をつけろ!とアドバイスを受けたことを想起したした。確かに、人間って、過去のイメージで動く動物で、そのイメージがその後も続くので、本当に怖いなと思いました。また、家族や友人のように、間柄が近ければ近いほど、昔のよい記憶と今の記憶が複雑化して、変な感情が生まれる。一旦ネガティブなイメージがつくと、それを葬り去るのはより難しいです。何で上手く行かなくなったのと思う瞬間です。返信 はっさく2023年2月17日家族はという身近なヒトほど「決めつけがち」。相手の行動を毎日見えしまう分、砂時計のように相手とのGAPが積もりつもっていくように思えます。GAPを生み出す要因は思い描いている家族像なのか、自分の育った家庭環境なのか。今日の放送を聞いても、強いバイアスをはぎ取るのは非常に難しいし、無意識に起きていることに自分は対処できるんだろうか。と感じました。返信 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2023年2月17日放送内でマスターが引用した文章を聴きながら、その表現力に、ただただ唸っていました。平易でわかりやすくありながら、ご自身の心の内を言語化されていて、ライターの凄さを感じました。本も購入して読んでみます。(著者コメントが書いてあるからヨイショした訳ではありません😅)返信 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2023年2月17日私自身がポンコツであるので、仕事において、同僚から怒りや不満をかい、その結果、その同僚に対して認知的不協和を持つことがありました。患者さんに見せている姿は尊敬できるのに、私に見せている姿との違いは何だろうか?と。幸いにも、この本と違い、親子関係ではない。そのため、ある意味で仕事の関係と割り切れる。振り返ってみると、うまく対応できたのは、そうした背景があると思いました。親子関係だと、どうなるんだろう。きっとうまく立ち回れないだろうな。そんなことを妄想しました。キッカケに感謝です。 もっと見る
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読んでみて感じたのは、これは単なる一個人の変化を描いた本ではなく、社会全体の空気や時代の流れが、家族関係にまで影響していく過程を丁寧に描き出しているということです。
特に50歳を過ぎた自分に強く刺さったのは「世代と年齢」というくだりでした。
ちょうど老いを意識しはじめる年代に差しかかり、社会の橋渡し役を担う立場にあるからこそ、その言葉が重く響きました。
お話を聞いて想起したのが、最近社会問題化した回転寿司での不適切動画でした。
あの行動が言語道断であったことは疑いがありませんが、「こんな事するやつは、全てにおいて碌な人間じゃない」と社会がレッテルを貼ってしまいました。今後の人生がとてもハードになったと思います。
でも、そのタイミングでちょっと気が大きくなっていだけかもしれないし、機嫌が悪かったのかもしれない。もしかしたら悪友との罰ゲームだったかもしれない。
他者認知のアンラーニングは、SNSと相性が悪すぎますね。
昔、先輩からネガティブなイメージは一度周囲から持たれると、そのイメージを払拭する迄に、時間がかかるから気をつけろ!とアドバイスを受けたことを想起したした。
確かに、人間って、過去のイメージで動く動物で、そのイメージがその後も続くので、本当に怖いなと思いました。
また、家族や友人のように、間柄が近ければ近いほど、昔のよい記憶と今の記憶が複雑化して、変な感情が生まれる。一旦ネガティブなイメージがつくと、それを葬り去るのはより難しいです。何で上手く行かなくなったのと思う瞬間です。
相手の行動を毎日見えしまう分、砂時計のように相手とのGAPが積もりつもっていくように思えます。
GAPを生み出す要因は思い描いている家族像なのか、自分の育った家庭環境なのか。
今日の放送を聞いても、強いバイアスをはぎ取るのは非常に難しいし、無意識に起きていることに自分は対処できるんだろうか。と感じました。
(著者コメントが書いてあるからヨイショした訳ではありません😅)
患者さんに見せている姿は尊敬できるのに、私に見せている姿との違いは何だろうか?と。
幸いにも、この本と違い、親子関係ではない。そのため、ある意味で仕事の関係と割り切れる。振り返ってみると、うまく対応できたのは、そうした背景があると思いました。
親子関係だと、どうなるんだろう。
きっとうまく立ち回れないだろうな。
そんなことを妄想しました。
キッカケに感謝です。