TOPエンタメ映画・本荒木博行のbook cafe真山さんが玉三郎から受けた影響は何か?/『玉三郎の「風を得て」』真山仁さん対談136:22 2025年11月28日 4,455再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次玉三郎からの依頼を一度断った真意歌舞伎界の巨匠が真山仁を指名した理由真山仁と玉三郎を結ぶ「ケミストリー」人間・玉三郎の純粋さと孤独な哲学モーツァルトが描く苦悩と悲劇の世界AI文字起こし(β版) # お品書き アラキルキのブックカフェ 11月28日版になります。さて今日のおつながきです。今日はですね マヤマ・ジンさんをお招きして、 キンチョですね、玉砂風呂の風を得てという作品ですね。 こちらについてマヤマさんと対談をしております。 そしてコメント返しは先週の 近内ゆうたさんとの対談の初日ですね。 そして今日の1曲はモーツァルトの 弦楽50奏曲 トタンチョですかね。はいこちらをお届けしております。 ということで最後までお付き合いください。 # 初めのあいさつ はい改めましておはようございます11月28日金曜日の朝になりました いやーもうさあの1ヶ月後にはもう あの花園になるんですけれどもね まあ初出場なんですよねうちの学校自体がね 誰もさ 花園のノウハウがないから みんなさ まあ先生も生徒も父兄も てんやわんやのさなんかもう細かいこといっぱいあんのよ めちゃくちゃなんか当事者になって初めて知ったんだけどこんなことまでこんなことまでみたいな ものがあって それをね今事務局に問い合わせたりね なんかいろいろしながら試行錯誤してやっておりますはい 実は裏側では結構大変なんだなぁって改めて知りましたまあベテラン校はさ そういうもんだっていうのでもう花園まで含めてさ なんとなくオペレーションわかっているのかもしれないんですけど はいということでまぁそんなしょうもない話から始めました はいということで今日も頑張ってまいりましょうそれでは本編スタートです # 一度はお断りしたという玉三郎さんからの依頼 はい、それでは今日はまた新しいゲストをお迎えした対談に入りたいと思います。 小説家の真山陣さんになります。どうぞよろしくお願いします。 よろしくお願いします。 はい、ということで、もう何度もお越しいただいておりますけど、 先日、正義塾の第3期が無事終了しまして、ありがとうございました。 ありがとうございました。 はい、いかがだったでしょうか。 そうですね、今までの中で一番難しかったけど、一番楽しかったかなと思いますね。 そうですね、だんだん制約がなくなっていく感じで、第1期からね。 そうですね、はい。だんだんこう、みんなの話すプラットフォームができる必要があるのかなという気がしましたね。 はい、という、まあその話を今日してもいいんですけれども、 今日はですね、ちょっと真山さんがまたね、新しくというか、9月の終わりですかね。 はい、そうです。 はい、本を出されまして、玉砂風呂の風を得てでいいんですかね。 はい、風を得てです。 はい、風と書いて風を得てという本を出されまして、文芸春秋から出ておりますけれども、 はい、ちょっとこちらの本を対談をさせていただければというふうに思います。 よろしくお願いします。 はい。 はい、ということなんですけれども、 お願いします。 はい、ちょっと真山さんの普通の作品とは当然違ったテイストで、 まあ今回そのバンド玉砂風呂さんのね、歌舞伎界で、人間国宝でもいらっしゃいます玉砂風呂さんとのお付き合いをベースに書かれた本ということなんですけれども、 ちょっとこうどういう経緯でこの執筆に至ったのかみたいなこと、それから本にも書かれてますけれども、 玉砂風呂さんと真山さんの関係性みたいなところもちょっと聞いてみたいと思うんですけれども、この辺から始めてよろしいですか。 はい。 あの、きっかけは新聞社を辞めて、それでフリーライターになって、割と初期の頃にエンタメのインタビュー原稿とかエンタメのPRみたいな仕事をしないかという話がありまして、 それで突然降って湧いて、歌舞伎のバンド玉砂風呂の取材をしてほしいという依頼があって、 依頼はいきなり、今から、ちょうどその時神戸にいたんですけど、今から愛知県の稲山に行ってもらって、それですぐ取材をしてほしいという話だったんですね。 歌舞伎を私は見たことがなくて、もちろんだから玉砂風呂さんの舞台も見たことがなく、そんな依頼の方に、その頃でもスーパーサーですから、私ごときが取材するのは拒ましいというふうに、 一応断ったんですけど、向こうが指名される理由はよくわからなかったんですが、ちょうど彼が舞台に出ていた演出を、映画監督のポーランドの巨匠のアンジェワイダさんという方が、 玉砂風呂を主演にした舞台を演出されていて、ワイダさんの取材をたぶん2、3ヶ月前にしたんです。舞台も見ずに、たぶん間の映画も一本も見ないでインタビューに行ったと思うんですけど、 その時に非常にワイダさんが取材を褒めてくださって、すごいエキサイティングな取材だったというのがどうも玉砂風呂のところに聞こえていて、ぜひ私にって言うので、もうそうなったらしょうがないんで、じゃあわかりました、行きますということで、 ただインタビューは歌舞伎にそんなに造形が深い人ではない人たちに、たぶんそれは舞踊公演です。わかりやすく言うと、この間映画で国宝という映画の中で、道場寺とか、娘道場寺とか、うさぎ娘を多分映画でやったと思うんですが、 そういう歌舞伎舞踊というジャンルがありまして、いわゆる歌舞伎のセリフではなく、歌舞伎俳優が踊るという、そういう舞台もあるんですよね。それを大阪のフェスティバルホールという、大阪ではすごい名門の劇場で、本人が舞踊公演をするので、それを取材してほしいと。 見たことないんですけど、向こうにいたら資料を渡しますと言って渡すと、結局A4一枚の資料しかもらえなくて、これは作品の取材をしてもしょうがないんで、多分玉桜ってどういう人なんだろうってみんな知らないんで、普通の人は玉桜ってどういう人かというのに興味を持ってもらって、舞台を見に行ってもらうのが一番かなって。 30分でインタビュー終わってほしいと言われて、ドキドキしながら電子交換すると、いきなり初対面を今でも覚えてるんですけど、電子を渡すと両手で受け取られて、両目を自分の顔を近づけて目をじーっとしばらく、数秒間見つめられて、 なんかその段階ではすごい人だなと、なんとなく目を通して心の中まで探られてるみたいな印象があったんですけど、ただ逆にそれで緊張感がなくなったというか、この人はただ者じゃないんで、こちらは緊張してもしょうがないよっていうので、 最初に事情全部ご説明して、私歌舞伎分からないので、分からんものを聞いても失礼なだけなんでって言って、玉桜とは何者かっていうのをインタビューさせてくださいって本人が、それは面白い取材だよねって言って始まって、30分が30分で終わらず1時間半インタビューをして、それから非常に彼が自分の取材の時は私をっていうのがそのまま続いていったっていうのが最初の始まりですね。 今の話はまさにこの本の冒頭にも書かれていますけれども、読者視点としてもちょっと緊張しました? そうですね。舞台にも陽気というか、人間に抗る人みたいなイメージをお役をおやりになるというか、非常に突出してすごい人なので、人間じゃないっていうふうに思ってる人が多いんで、そこにいきなり被ってきらん人間がいくかって読者の人は思うでしょうし、 まあ大体地雷だらけのところで地雷踏んで叱られるのが落ちたろうだって思いながら多分読者の方も読まれたと思うんですが、もう全くなくむちゃくちゃ盛り上がって退単してるみたいです。最初から。 今、そこも本に出てますけど、例えばハースフードどう思うかみたいな、そういうことを話し始めて、ああいうものを食べてる子どもってどんな大人になるのかしらっていうようなところをどんどんこちらにも意見をさせながら聞いていくっていうのは、大変イメージ? いや歌舞伎という江戸時代の伝統芸能をやっていて、しかも女性という特殊なジャンルの方がこういうことに興味があるのかっていうのはすごい面白かったですね。 まあそういうご縁で何とかそういう彼から指名されて30分でって言われてるのになぜか2時間も3時間も取材が続いたみたいなことが続いて、なんとなくもちろん小説家志望で彼にも小説を書いてる、小説を投稿してるんですって話をしたらそこがまず彼に興味があったみたいですね。 小説家志望の人に初めて会ったって言われて、どうやってなれるのと言われて、いろんな賞に応募してそれで賞に受かればデビューできるんですけどっていう、それまではどうするの? フリーランスのライターをしながら生活費を稼ぎつつ投稿するんですっていうようなことを言っている一方で非常に会うたびに多分多くの人がイメージしているのと違う魅力を玉澤さんに感じたので、 彼が例えば熊本でやっていた、熊本にやった千代田っていう古い芝居小屋の最高活動みたいなのをやっていたのも興味があったら見に来ないかって言われて、それでお言葉に甘えて、マネージャーとか怒ってましたけど、お言葉に甘えて多分10日とかずっと楽屋に入り浸って、 舞台に出ているときは舞台のどこか隅っこで見て、終わったら数学屋に行って、今日の舞台はどうだった?って聞かれて、それで壁切り分からない人間が印象として喋ると、それがまた彼にはすごい良かったみたいで、 このままいくと自分が小説家になれなかったら、インタビューライターで書くデビューは多摩サブローでしょうか?みたいなことを少し思っていたこともあるかもしれません。 ただ今回発表したタムサブローの子供の頃、タムサブローとしてちゃんと舞台に立つまでを小説風に書いているんですけど、いわゆる電気のようなものっていうのを本人に初めて言われる本人から突然書いてほしいんだけど、あなたはどう思っているの?って言われて、 もちろんそのつもりですっていうところから、いずれ本にしようみたいなところが塊にはしたんですよ。 ケミストリーっていうのは、どの辺に真山さんとタムサブローさんの、要するに素人でインタビューできる人っていうのも5万人といるじゃないですか。 その中で真山さんがハマったっていうのは、まあ真山さんが語るのも難しいかもしれませんけれども、どの辺にあったんでしょうね。 まず一つは彼の周りで取材に来る人はもう専門家がほとんどですね。新聞社の文化部の人か演劇ライターという人たち、長年でやっぱり歌舞伎のジャーナリストになりたい人はものすごい勉強してます。 いろんな古い資料のフィルムを見たり、本を読んだり、舞台はすべて東京、京都、大阪でやるもの全部ご覧になって勉強して、非常に造形の深い人たちが多い。 同じ演目をいろんな俳優がやるっていうのは歌舞伎の面白さであり、俳優といっては残酷な芸術なんですけど、その違いもちゃんと分かっている人たちが多いんで。 いわゆる、もう今普通の人は聞いたことないですけど芸団という言葉があるんですよね。芸術にダウアナダウンという。これは落語でも多分オノウでもあると思うんですけど。 芸団ができる取材者っていうのは圧倒的に多いんですけど、本人はそれ嫌いなんですよ。芸に関していろいろ言われることが本人としては、そんな理屈を持って舞台なんか立ってられないみたいな。 単性の人ですから、ロジックなことはあるんですけど、そういう話が好きではない中で、私はひたすら何を持ってこれを演じているのかとか、この踊っている時の先に何が見えるのかとか。 そういう彼の、よく魂という言葉を使うんですけど、魂というところに私がずっと語りかけたことが彼にとって一つ新鮮だったことと、私もなんでこんなにこの人に気に入られているのかというのは私も全く分からず、本人は何かも聞きました。 なぜそんなにお時間をいただいて、私にいろいろ話をされるのかって言ったら、そんなの理由があるのかって聞かれました。あなたが興味なきゃ私のところは来ないよねって。多分有名だからって言って、人につくようなタイプにあなたは思えないって言われたんですよね。 だから興味があるからあなたが来ていて、同じような興味があるからあなたに話をして、あなたの話も聞いているっていうのに理由なんかあるのって言われました。嫌なら多分どっちか離れるだろうけど、そうじゃないっていうのは、波長があるのか、そういうものなんじゃないのかっていうことじゃないですかね。 だから決して宣言的な根幹的な部分みたいなことが、多分彼の金銭にまさにまさにケミストリー、しかも水と油を足したらなんか不思議なものができたみたいな、想定内の化合物ができてしまい、それが合うたびにいろんな色を出し、いろんな化合物、化学物質ができるみたいなことがずっと起き続けて、 多分今もそういう感じが続いているのかなっていう以外、理由はよくわかりません。 なるほど。非常におこがましい言い方をすると、僕も真山さんに対して似たような感情を持っていて、真山さんみたいな人がなんで僕と付き合っていただけるのかっていうのが。 それはそのまま返しましょう。 いやいや、そう思っていながらちょっと今びっくりしましたけど、最初に荒木さんにインタビューしてもらったのにはよく覚えてますけど、被災地の小説、あのとき一緒にロッキーで話しましたと思うんですけど、興味のポイントが資料マッセージじゃないからですね。 荒木さんと私はいつもお会いして、私も刺激をもらえるし、荒木さんとすごい対談されて楽しいと思うのは、多分それは玉沢郎も同じだったと思うんですけど、インタビューって資料マッセージから始まって、資料マッセージが終わる場合が多いんですよ。 でも荒木さんは読者として思考しながら、読者ってこれは口幅大ですけど、書き手と読み手のコミュニケーションじゃないですか。つまり人間は見えないけど、書いてる人間の思いを読んでる人は感じて、読んでる人がブツブツと言う。 それってこういうことを言いたいだけ、あなたはって言いながら読んでいくわけじゃないですか。それは多分哲学書でも小説でもみんな同じで、なんとなく最後までいくと、あなたの言いたいことがわかったし、あなたの意見に、あなたの世界観に、あなたの物語に共感するみたいなことが多分一番大事な読書だと思うんですけど、あんまりそういう読み方をする人は少ないし、 特に本付きの人はそういう読み方をするんですけど、プロはそういう読み方をしないんですよ。プロっていうのは文化部の記者とか書評家とかっていうの。だからそうするとこっちの身構えなきゃいけないし、そういうところを読まれてるのかっていうのが、やっぱりプロの人の方が多いんですけど、荒木さんの場合はどうやってこんなものを書くのかとか、 あるいはこういうところの思考がなんでここに飛ぶのかっていうのが自分には想像できないっていうのは、そこそこそこ実は私ちょっと自慢したいんですよねみたいなところが多分キーキャンセルに触れてるからなので、多分同じことじゃないですかね。 また私は荒木さんにそう言われて、荒木さんだってグロービッツのカリスマ講師だし、教育者として本当すごい発言者の話を上手に構造化できて、さらにそれを言語化できて分かりやすくできるっていうのは、一緒に整理室でやってて、私が好きにベラベラ喋ってたら荒木さんが隣で教科書作ってるようになっていつも思ってるんで。 だからそれは多分適材適所なのかなと思いますけど、私にとっての玉砂風呂は怪物なんで。だって世界の玉砂風呂ですからね。世界中からオファー来て、本人が平気で、もうパリに行きたくない、ニューヨークでやりたくないって言って行かないだけで。 そういう怪物はさすがに私にとっても、うーんって思いますが、ただ今私が荒木さんに申し上げたような、そんなこと別になんでもありませんっていうのと同じことを玉砂風呂に言われます。じゃんかですけど、私なんであんたが、こんなにあんたって玉砂風呂の私に、こんなに私に興味持てると意味がわからんって、大作家じゃないのって。そうですかねっていう会話をずっとやってます。 なるほど。しかし、さっき玉師みたいな話もありました。一方で怪物という表現もあったんですけれども、人間としての玉砂風呂という人物に、真山さんはお会いすることができてるんでしょうか?というポイントを聞いてみたいんですけれども。 そうですね。おそらく一番一番飾らない言葉と飾らないものを私に見せてるんじゃないかなと思いますね。逆に言うと、全部彼が普段背負っているもの、着ている、装っているもの全てを取り除いて、さらに見栄も払わなくていいし、虚勢を張る人じゃないですけど、払わなきゃいけないものもある。 そういうものを全部なくして、ちょっとほっとして、何なら愚痴の一つも、嘆きの一つも言える相手として、私は役に立っているのかなという気はしますね。 だから、私はこれだけ長年、伝統芸能の一斉に立ち、世界中、特に日本中から注目されながら、いろんなことを言われ、いろんなことに挑戦し、結果を出している人間にも関わらず、本当に彼の魂の上で本当に昔と変わらずピュアなんですよ。 真っ白に光り輝いているみたいな。本人は星野王子様が大好きなんですけど、本当は星野王子様の王子様みたいですよ。全然容赦でも何でもなく。逆に言うと、時々とっぴまない純粋なことを言われて、言葉を失う時があります。 それはさすがに、世の中そんな風にもあったら誰も苦労しませんよ、みたいなことを言うこともあります。そこは分かっているんですよ、本人もね。そうだけど、こういう風にすれば簡単なのにとか、その一方ですごく執着しないんですよ。 だから、世の中を良くしたいとか株式会を盛り上げるとかしてますけど、本人は別にそれによって盛り上がるとは思っていないってスパッと言っちゃうみたいな。だからやっぱりそういう意味で孤独な人ですし、なんとなく思いはあるし、自分の思いに対してベストを尽くしますけど、その結果を自分が求めている人ではないっていうのはある意味、すごい尊いかなと。 普通はこれだけのことをしてあげたんだから、もっとこうなるべきでしょうとかと言ってしまうんですけど、そういうことを言わないっていうのはなんか、だから私小説家になって自分がこう対外的ないろんな発言や態度をする時のお手本は全部玉桜ですね。 彼にも言われましたし、こういうことをしてはいけないとか、こういうふうにしなきゃいけないみたいなことを、それをすぐ守ってますね。結構いろんなところと揉めるというか、交渉したり、場合によっては出版社の縁が切れることもありますけど、その時でもやっぱり横に叱られ、これなら叱られないよなって思いながら、やっぱりいろんなことを言ってますね。 なるほど。なんか結構その真山さんが描く小説の主人公の中でもなんか通じる部分があるような気が今の話からしてもしたんですけど、なんかまあある種のすごいプロフェッショナリズム、まあ外側に見せる姿と一方で内側のナイーブな部分であり、まあそこにある種のこう強さと弱さが共存しているみたいな部分だったりとか。 まあその孤独感みたいな部分もあると思うんですけれども、その辺なんかご自身でもなんか共通する部分というのは何か見出せたりしますか。 正直おこがましい共通する部分を自分が探すなら。ただ影響は受けてますから。やっぱり彼がやっている歌舞伎の世界も、まああるいは普通のストレートプレイも親になりますし、映画も監督してますから、演出家でもありますから、やってるものはフィクションなわけですよね。 彼は人間肉体によってそのフィクションを表現してるわけで、私は言葉によって表現してるんですけど、そこにある世界観みたいなのはまあほとんど彼の作品見てますし、その作品を普通はそんなこと本人は大手で言わないようなぐらいしっかり作品の思いみたいなのを聞いてるので、それ聞いててそこに影響されないのは多分ないと思いますね。 だから多分やっぱりタマタブル自身がやっぱり日本人の非常に大切な、なんでしょう、まさに日本人の魂というか、日本人が今ほとんどの人が失ってしまった、すごい尊い資金のような、過去のようなものを持ってるとしては持ってるんで、そこは多分私の小説の中で、 登場人物の誰かに譲れない、自分はこのことに関しては絶対譲りたくないんだっていうプロ中のプロみたいな人の人物造形の中には影響を意識したことはないんですけど、多分お互い元々持ってたんじゃないですか、よく言われます。 なんかいかにもタマサブロが私に対して、あなたはいかにも私から教わっているように言うけど、私の言っていることがほとんどあなたが元々持っているものでしょって言われます。だから別に私はあなたの、タマサブロは前は師匠でもなんでもないし、お互いが多分同じような考えを持っているけど出すことが違うし、 だから多分何かを教えたことはないっていうようなことは言われたことあるんです。 なるほど、そっか、だから元々持ってたんでしょうね、そういう意味では前間さんの中でね。 少なくとも引き出されたんでしょうね。そうじゃなきゃ、そうじゃなきゃ続かないと思います。 やっぱり本当に、さすがに親しいですけど気は使いますし、割とこういろんなこと、お気遣いもされるので疲れたり体調悪いとその時は何も言いませんけど、次お会いした時は対処が悪くなるので仕事してはいけないとかで叱られますからね、やっぱり。 そういう意味では常にお会いする時は自分のメンタルの、体調も良い状態でお会いしないと無駄な心配かけるとかそういうのは思ってますし、だからまあね、多分何かこう通じるもの、だから会わなきゃ半年会わないとかあるんですけどね。 はい。 いやでも、ちょっとね、ここに書かれている玉桜さんの姿となんかいろいろ、真山さんの小説の共通項、まあ作風は全然違いますけどなんか通じるものを勝手に感じ取って。 ありがとうございます。 はい。 ありがとうございます。 はい、あのちょっと初日はここぐらいまでにして、明日またちょっとこの先の話をお伺いしたいと思います。 はい。 ということで、真山さん、玉桜の風を得てをベースに対談させていただきました。ありがとうございました。 # 今日の一曲/モーツァルト「弦楽五重奏曲第4番ト短調」 さあ今日の一曲をお届けしたいと思います。今日はですね モーツァルトの弦楽五重奏曲第4番トタンチョですね はい これねまたいい曲なんですよね もう最高傑作の一つという呼び名の高い曲ですけれどもこちらですね1787年に 作られた曲になります トタンチョということなんですけれども この モーツァルトにとってトタンチョですね僕が何度か 公共曲第40番 僕のクラシックの中でですね まあ 3本の指に入るお気に入りの もう第一楽章から第4楽章までもうね何かこう 考えようという時にかけている曲が公共曲第40番なんですけれども それと同じようなテイストなんですよねこのトタンチョでね ちょっと物悲しさとか悲劇とかまあそういったことを感じさせる曲調でそしてね 弦楽五重奏ということなんですよねでこれは 普通40奏なんですけど バイオリン2つとビオラ1本チェロ1本で40奏なんですけどここにですねビオラをもう1本 加えたんですよねだからビオラ2本になるんですよ まあこれによってまあかなりですね 中音域まあビオラ中音域なんでこれが厚くなるっていうことで 結構ですねあの昨日話したその ベイトソンのね あの精神と自然のそのダブルディスクリプション 二重描写じゃないけどね2つ重なることによってその違いが浮き彫りになるみたいな なんかそんな感覚もあって 結構いいんですよね この当時の1787年モーツァルトにとってはですね結構ヘビーな時期だったと言われています はい えっと お父さんのレオポルトの病状の悪化 が の知らせがあって まあまさにねお父さんの死の予感 そんなね苦悩みたいなことが投影されていると言われていて まあ実際書き上げた直後にですねお父さん亡くなったらしいんですけれど はい 全35分程度の あれなんですけどまず第一楽章ぜひ聴いてみてください テレレテテテレレレテテ 聞いたことある人いるのかなどうなんでしょうどこまでメジャーなのかもはや僕にはわかん ないんですけれども 第1楽章聞いてああいいなぁと思ったらですね 多分ハマると思いますはいというねあのモーツァルトの 原学校重曹曲第4番 と誕生はいぜひ聴いていただければと思いますということで今日の1曲でした # 頂いたコメントへのお返し コメント会社は近内さんとの対談になります。 初日ですね。 あきらんさん、自己ストーリーの上書き保存。 自己定義ファイルをどれだけ更新していいものなのか。 あまり書き換えが多いとブレブレの自分にストレスを持ってしまい、 一方固定化しすぎても自分のヘンクスターにストレスを抱えてしまう。 物派の剣ですが、今の自分にとって上書き頻度はどれぐらいが適切なのか。 目安をその都度変えていくという考え方で向き合いたいと思います。 書き換えすぎっていうのもちょっとね。 大半の場合は書き換えなさすぎだからそんな気にしなくていいような気もするんだけどね。 どうなんでしょう。 すなのもとさん、近内さんは短歌は点としてめでるというお話をされましたが、とても印象的でした。 そしてその後マスターがアートについても触れてましたが、 事前情報を得ずにただアートを鑑賞するというのもストーリーを関係なくそのものを楽しむという感覚に近いのかなと感じました。 そう考えると日常的に物語に触れる仕事をしている自分が物語を中和するために、 時々点をめでるためにアート鑑賞などをしたくなるのかもしれないと自分を振り返ることができました。 朝からいい気づきをもらいありがとうございますということで。 なんかそういう意味合いで感じ取ってくれたら嬉しいです。 確かにね、アートって人によって全然見るモチベーション違いますけど、そういうことってあるかもね。 北村直文さん、私は自分の人生を語るとき分かりやすい因果を点にして繋いでますし、きれいに装飾して並べてもいます。 お二人の対談で気づきました。 気づけたことで相対化しつつ、自分と話して考えれば記憶から忘れられてしまっている。 様々な記憶の数々もきっと存在しますね。 自分が経験を通して感じているのではなく、感じたいと思って変換している数々の経験があるのかもしれません。 浅い理解で分かった気にもなっていました。 こうした相対化と客観視は自分を深め、冷静な精神を保つために必要なのかもしれませんね。 分かりやすい因果を点にして繋いでいる。 まずそこの自覚を持つ。 ここから逃れることはできない。 それを持っておくのが大事です。 イケリオさん、インザメガチャーチでもMBTI診断や陰謀論に縛られる人たちが出てきますが、 型にはまった安易さに気持ち悪さを感じます。 今の時代は選択肢が多すぎて、これこそが私の正解であり生きる道なのだと信じ込む方が楽なのでしょうか。 物語には人を振り立たせる功用もあるとは思いますが、私自身は物語を安易にも分かった気になりたくないし、迷ったり寄り道したいとも思う。 そういう意味で近内さんから紹介のあった解釈の多い単価に興味をそそられました。 インザメガチャーチが結構フォーカスされておりまして、私まだ冒頭しか読めてないんですけれども、 ちょっと早く読まなきゃなと、もう読みたいんだけどさ、読まなきゃいけない本がたくさんあって、それどころじゃね?っていうのがあれなんですけどね。 高育さん、仮に人生の点と点がデジタルに記録されていく時代になると、AIがストーリーを自動生成して自分が浸りたいストーリーを選択する。 さらにはそんな自分のストーリーを把握して、うちの商品はあなたのストーリーをこんな風に彩りますと提案してくる世界をお話から想起してしまいました。 デジタルのスイッチを切らないと余白という贅沢な時間は持てない時代になっているのかもしれませんね。 確かにね、そういうサービス出てくるかも。 本当に、自分に都合のいい気持ちよくなれるストーリーみたいな。ありそうで怖い。 かつけいさん、物語化することで深く考えることから解放される。思考を止める経験は学生との採用面談でやってるなと想起しました。 何年何十人も採用面談するので、必ず聞かれる私自身の就活ストーリーは古典のようにしっかり固まっています。 当然学生時代はそんな綺麗に考えていたはずはなく、一つ一つの点をランダムに歩いていたらたどり着いたなと今回の話を受けて思い出しました。 自分自身も騙せるほどの物語パワーは強いですねと。 ねえ、本当にそうなんだよね。語っていくうちにどんどんどんどん踏み固められてさ、もう鉄板化していくっていうことってあるからね。 松田勝志さん、今日の一人ごとなぜ岩手に来たんですか。東京出身と伝えるとお決まりのように質問される内容だ。 何度も何度も答えるうちに自分の中で強固な物語となり、へばりついて離れない。 私の語る物語は本当にそうだったのか。もう一度過去の記憶を掘り起こしてみようと思うということで。 踏み固められて、もうそこから逃れられないみたいな。 まあいいんだか悪いんだか。功罪両面ありますよね、本当に。 はい、ということでコメント返し以上になります。いつも皆さんありがとうございます。 # 終わりのあいさつ はいということで真山さんとの対談いかがだったでしょうか いやーほんとねちょっとね音声途切れる部分がありましてあのあれだったんですけど申し訳 なかったんですけど面白い対談でしたねフーとは何かとかね それからまあ人間玉桜どんな人なのかとかですね あの明日もですねこれちょっと深掘りしてますのでぜひ聞いていただけると引き続きはい 嬉しいと思いますそしてぜひこちらね買っていただける結構ね軽い本なんでさっと 読めると思いますはいえーということで今日はここまでそれではまたごきげんよう もっと見る #歌舞伎 #国宝 #坂東玉三郎 荒木博行のbook cafeプレミアム放送配信中!00:411.お品書き01:132.初めのあいさつ24:523.一度はお断りしたという玉三郎さんからの依頼03:244.今日の一曲/モーツァルト「弦楽五重奏曲第4番ト短調」05:315.頂いたコメントへのお返し00:436.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう 町田和敏2025年12月3日今日の独り言あなたに話をきいてもらいたい薬剤師人生の中でそう言われたことが何度かある…私なんかでいいのか?そう思いながら嬉しいひと時を過ごした…そんな過去の経験を思い出す…返信 かつけー2025年12月1日玉三郎さんと真山さん、真山さんと荒木マスターの年齢や立場を越えた、パートナーとも師弟とも表現できない関係性がとても興味深く、かつ羨ましく感じました。その関係の背景には相手を肩書きで見ずに、人間性や生き様の部分に関心を持って対話を続けてきたことがあるんだろうなと想像しました。私も過去何人かの方にインタビュー取材させて頂きましたが、その後に続く関係を築くには至っておらず、今後そのような関係性を築けるようにしたいですね。1返信 あきらん2025年11月28日玉三郎さんが歌舞伎の世界の専門知識が無い真山さんを必要としたのは、外部の視点と様々な世界を知る立場からの卓越した抽象化能力にあったのかなあと勝手に想像して聞いておりました。マスターと真山さんの関係性も互いに惹かれ合う抽象化スキルにあるのではと想像しました。1返信 イケリョウ2025年11月28日玉三郎さんと真山さんの関係が素敵だなと感じると同時に、マスターと真山さんの関係も同じように素晴らしいなと思いました。魂と魂が触れ合っているような、人間同士のピュアな感情が行き交うような。仕事で殺伐とした人間関係もある中で自分には縁遠い世界ですが、いつか魂で語り合えるような人と出会えた時のために、自分を磨き続けたいなと思います。2返信 にゃおみ2025年11月28日積読になってしまう本が沢山ある中、「玉三郎の風得て」は、一気に読み進めました。リアルな玉三郎さんの人となりが描かれていて、最後まで興味を持って読む事ができました。玉三郎さんご自身が、自分の生い立ちと歌舞伎の世界の事を真山さんに書いて欲しいと思ったのも何となくわかったマスターと真山さんのプレミアム対談でした。いつも、貴重なお話しありがとうございます。2返信 もっと見る
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あなたに話をきいてもらいたい
薬剤師人生の中で
そう言われたことが
何度かある…
私なんかでいいのか?
そう思いながら
嬉しいひと時を過ごした…
そんな過去の経験を思い出す…
その関係の背景には相手を肩書きで見ずに、人間性や生き様の部分に関心を持って対話を続けてきたことがあるんだろうなと想像しました。
私も過去何人かの方にインタビュー取材させて頂きましたが、その後に続く関係を築くには至っておらず、今後そのような関係性を築けるようにしたいですね。
仕事で殺伐とした人間関係もある中で自分には縁遠い世界ですが、いつか魂で語り合えるような人と出会えた時のために、自分を磨き続けたいなと思います。
いつも、貴重なお話しありがとうございます。