TOPハウツー・学習旅行・地域City Talk とっとりーさじラジ!ー父の死と向き合う【ユージの市役所苦労話】13:42 7月1日 52再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次突然の訃報!父の急逝と当時の衝撃鬱病を患った父との複雑な関係性反面教師から尊敬へ?葬儀での涙の理由10年を経て気づいた父との意外な共通点後悔から学ぶ家族を大切にする真の教訓AI文字起こし(β版) # 日曜日の朝に収録しています こんにちは。シティートーク鳥取、さじラジの悠二です。 この番組では、鳥取市の職員が日頃の仕事の中で感じたことや考えたことなどを ゆるりと発信していくラジオです。 公務員である私が日頃、どんな仕事をしているのか話せられる範囲で つぶやいていく番組です。 私自身は産業振興部署で働いておりますので、 一般的な市役所の事務仕事とは若干異なる内容を していたりしますが、参考にしていただけたらと思っています。 そんな私が収録している今は、日曜日の朝です。 毎度恒例の娘のテニスの送り迎えを車で行っていて、 娘を無事に送り届けて帰る車の車内の中です。 いつも仕事のことばかりを話しておりますが、 たまには私のプライベートな部分、内面の部分を少しお話しできたらと思って このボイシーを立ち上げてみたところです。 そんな私の今日のテーマですが、 父の死と向き合うについてお話ができたらと思っています。 # 父の死と向き合う 私の父は、もう既に亡くなっています。 今から10年ぐらい前に亡くなりました。 当時、私はまだ35歳ぐらいでした。 幸い、私の実家は、鳥取県の中部にある北英町にあります。 私は鳥取市で働いています。 車で1時間もかからないところで働いています。 何かあれば駆けつけていけるようなところかなと思っています。 確か、その日は、日曜日か土曜日だったかな? どっちか忘れましたけど、休みだったんですね。 その時、生まれたばかりの子供がおりまして、 家族で遊んでいたり、家事をしたりしていたら、 急に電話がかかってきて、姉からです。 姉から電話がかかってきました。 姉は実家にいるんですけど、今すぐ帰ってこいということで、 父が亡くなったと。 唐突にですよ。 唐突に父が亡くなったという連絡を受けまして、 焦って私は家に帰るわけです。 すると、病院に行くんですけれども、 遺体になった父と向き合うわけです。 ただ、特に病気で入院したとか、 そういうことで病気になって亡くなったとか、 そういうことではなくて、 急性心筋梗塞だったんですよ。 急に心臓がグーッと止まってしまって、 そのまま亡くなってしまうという、 そういう病気でして、 話を聞くと、農作業をしていたんですよ。 うちの父は、その時は、 米のちょうど今ぐらいの時期だったんですよ。 夏になる、ちょうど暑くなってきた頃、 梅雨が明けたぐらいの頃で、 ちょうど田んぼの農作業をしていた頃だったんですよ。 その頃に、農作業中にグーッと来て、 そのまま田んぼに倒れて、 つっぷして、息を落としてしまったというところでございまして、 そのまま帰らぬ人になってしまったんですけれども、 私からしたら、 晴天の霹靂というか、 全く想像もしていなかった出来事だったものですから、 その時の父は67歳で、 まだまだこれからという時期でした。 その時に、 そういう不法を聞いてしまったわけで、 実は私、父のことがあまり好きではなかったんですね。 それは何でかというと、 実は父は農家だったんですね。 しかも畜産農家だったんです。 肉芸を営んでいたんですけれども、 全然儲からないわけですよ。 今から思えば、経営が上手じゃなかったんだなと思うんですが、 それだけじゃなくて、 ずっと貧乏とささやかっていたというのもあるんですが、 鬱病を発症しましたね。 ちょっととある出来事が、 僕はその時子供だったので、 ちょうど中学1、2年の頃だったかな、私が。 父は鬱病を発症しまして、 ずっとため息ばっかりついて、 一人ごとボソボソと口走るようになったんですよ。 ずっとそんな感じで弱々しくなってしまいまして、 当時、思春期の私には、 非常に多感な私には感じるものがありまして、 母がいつも泣いていたんです。 そんな父を元へ戻すこともできず、 自分が頑張らないといけないみたいな感じで、 私を養わないといけないという思いもあって、 ずっと一人で頑張って私を育ててくれたりして、 父は悔やんだりして、 全然私との会話が成立しなくなってきまして、 本当にがっかりしていたんですよ、今思えば。 なので、絶対にこのような人間にはなるまい、 というふうに私はその時に心に決めたんですね。 鬱というのは誰にでもなり得る病気ですので、 決して鬱そのものを否定するつもりはないんですけれども、 私は絶対にこのような人間にはならない、 なってたまるか、みたいな感じのことを 当時の私は心に決めていたんですね。 それは今も私も意思継いにはなってはいるんですけれども、 そんな父が仕事で働くようになってから、 私がたまに帰るようになって、 それからは普通に触れ合うことができるようになったんですけれども、 やっぱり父は口数も控えめで、 基本的にはあまりしゃべらない感じになっていました。 ですので、本当に無口な父でした。 一応症状も落ち着いたというか、 鬱な症状はならなくなったんですけれども、 ずっと無口な感じで静かな感じの性格になりまして、 もうちょっとしゃべってほしいな、みたいな。 私としては思ってはいたんですよね。 だから、決して尊敬できる人物ではなかった。 むしろ反面教師に近い部分があったんですね。 そんな父が急遽亡くなったということで、 私は実家に帰って、急遽葬儀を行うことになって、 私が母主になったんですよね。 昨日までは何も考えていなかった人間が急に母主になれと言われまして、 悲しみを感じる間もなく段取りをしていかなければならなかったんですけれども、 その時の艶があって、艶振る舞いみたいなことをして、 私は母主として対応するんですけれども、 最後に挨拶をするんですが、 その時に私、 セリフを考えていたんですけど、 急に私は何も言えなくなって、 泣き出してしまったんですね、皆さんの前で。 涙が止まらなくなっちゃって、 あれ、なんでだろう、みたいな。 決して人として尊敬できなかった。 むしろこんな人にはなってたまるかと思っていた人だったのに、 止まらないんですね。 そういう自分を見て、 でもやっぱり私は父が好きだったんだなって思ったんですね。 そんな決して頼りにならない父であったとしても、 私はそんな父が好きだったんだなっていうことを改めて感じた。 そんな出来事でした。 その後も、ステアが終わってからは、 人前で泣くのはいかんって思って、 その後の葬儀そのものは、 滞りなく終えることができたんですけれども、 そんなことで、突然の父を失ったという出来事を経まして、 私は今に至っているんですけれども、 早いものでもう10年経ちまして、 私も45になってしまいましたけれども、 やっぱり私は父と似ている部分がありまして、 遺伝子レベルでいうと、 なかなか顔も似てるんですよ。 顔も似てて、 どうしても歯向かえない部分が、 性格的に遺伝レベルでつながっている部分があるので、 難しいなって思う部分があるんですけれども、 何とか頑張っていきたいなと思っているところでございます。 # 後書き 最後のチャプターになってしまいました。 そんな感じで、突然父を失ったというところで、 そろそろ父の命日から10年が経とうとしているものですので、 今振り返って見て思う、父の背中みたいなところを感じながら日々過ごしておりまして、 私はその父の農業は継ぎませんでしたけれども、 今思えば、そういう道も選択肢はあったのかもしれないんですけれども、 今申し上げたとおり、とてもとてもな状態だったので、 反骨精神の方が強かったので、そういう選択肢は今思えばやっぱりできなかったですね。 ちょっとダラダラ喋るつもりはないので、もう終わろうと思うんですけれども、 皆さんもですね、ご家族は大事にしていただいてですね、 いつ人は亡くなるか分からないということです。 もしね、まだまだ67歳だったので、これからだと思っていたところですから、 父に対して大した言葉もかけてあげられなかったなというのは、今思えば悔やまれるところです。 ですので、皆さんもですね、離れて暮らしているご家族の方とかおられたらですね、 大事にしていただいてですね、人はいつ亡くなるか分からないので、 その時その時をですね、大切にして過ごしていただけたらなと、 そんな風にちょっとまとめてみたところでございます。 はい、いかがだったでしょうか。 ちょっと今回はね、若干いつもとは毛色の違う内容で喋っておりますけれども、 参考になればと思っております。 こんな感じで私、毎週月曜日付近にですね、 日頃の仕事で感じたことや考えたことなどをゆるりと発信しておりますので、 皆さまよかったら、いいねやフォローをいただけたらと思っておりますし、 ゆうちさんのこんな話が聞きたいとか、鳥取のこんな話が聞きたいとか、 そんなことがありましたらですね、 どうかお気軽にですね、コメント等をお寄せいただけたら大変喜びます。 それでは、また次回お会いしましょう。 バイバイ。 もっと見る #うつ病 #家族 #死 #父親 #公務員 #鳥取 #地方公務員 City Talk とっとりーさじラジ!ー鳥取市の職員と鳥取市で頑張る人たち01:271.日曜日の朝に収録しています09:552.父の死と向き合う02:223.後書きコメント感想・質問・応援メッセージを書こう たけさん!7月4日珍しくしやべくりがろれつがあんまり回ってなかった回ですね1返信 鳥取市の職員と鳥取市で頑張る人たち7月4日今回は全くストーリーを考えずに、流れるままに喋ってしまったので、若干ぎこちなくなってしまいましたね💦 たけさん!7月4日ユージさん、もうね、私とほぼ同じ環境です。私も旧大栄町出身で、酪農と農業の貧乏家族出身で公務員になったというところがほぼ同じですね。一緒に飲んだら楽しそうですね。1返信 鳥取市の職員と鳥取市で頑張る人たち7月4日なんと、酪農と農業の貧乏家庭出身で公務員になったところまで一緒でしたか笑色んな共通点があって面白いですね😄一緒に飲めたら良いですね🍺
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私も旧大栄町出身で、酪農と農業の貧乏家族出身で公務員になったというところがほぼ同じですね。
一緒に飲んだら楽しそうですね。
色んな共通点があって面白いですね😄
一緒に飲めたら良いですね🍺