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禅の核心:伝統、修行、問答の独自性
「誰もが仏」禅が示す異端の真実
心から心へ?禅の秘伝「不流文字教下別伝」
「何も得ないこと」に隠された禅の境地
自我を増大させない禅修行の真意とは?
【鎌倉円覚寺】毎日の管長日記と呼吸瞑想
臨済宗大本山円覚寺
  1. 11:00
    1.

    自我を生む修行

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コメント

avator
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ハセヒロ
7月12日
こんにちは。
お題から、自我を生む修行???
となり、「なにも得るものは無いというのは、なにか頼りないように思われますが‥」で『何も得るものはないって最強では?』と全くわからなくなりました。3回読み直しましたが自分が遠くにいってしまうばかり。今日は一旦諦めます‥
ありがとうございました。
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上野熊猫
7月12日
「何かを得たという思いは、他の人は得ていないと見下してしまいます。
その思いは、自我を増大してしまうのです。
なにも得るものは無いというのは、なにか頼りないように思われますが、これこそ自我が増えることもない修行なのです。
修行をしたということが新たな自我を生んでしまっては元も子もありません。」
→南嶺老師がたびたびおっしゃっているように、何かを悟ったとしても、それに執着しない。悟ったと言う自我を持たず、日々新たに修行していくということかと思います。
今日は円覚寺の布薩に参加します。🙏😀


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【鎌倉円覚寺】毎日の管長日記と呼吸瞑想

臨済宗大本山円覚寺

鎌倉の禅寺 臨済宗大本山円覚寺の管長 横田南嶺の管長日記と呼吸瞑想ラジオです。
仏教や禅、お寺、坐禅や世の中についてお話させていただきます。
(こちらはYouTubeの「毎日の管長日記と呼吸瞑想」と同じ配信となります。)

よろしくお願い致します。

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