第2076回「須磨寺 – ご縁に感謝 –」2026/9/13
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■管長日記「須磨寺 – ご縁に感謝 –」
https://www.engakuji.or.jp/blog/40747/
■YouTube
https://youtu.be/g99zEli_K3c
■note
https://note.com/engakuji/n/naf8809506120
最後に一日のはじまりを整える、呼吸瞑想がございます。
-------------------------------------------------
須磨寺様に行って、小池陽人さまには、至れり尽くせりのお世話になりました。
須磨寺の方々にもお世話になりました。
そしてまた新たなご縁をいただくこともできました。
山高龍雲先生の工房を訪ねたことも、有り難いことでした。
山高先生という素晴らしい仏師の方にご縁をいただくことができました。
截金の様子をまのあたりにさせていただくこともできました。
驚きと感動でありました。
私達はふだん何気なく仏像に手を合わせて拝んでいますが、その仏像にどれほどの人の手がかかり、それほどの思いがこもっているのかを学ばないといけないと思いました。
とてもすべてを知ることはできませんが、その一端に触れることができました。
山高先生の工房を後にして須磨寺に向かっていると、姫路の不徹寺の松山照紀さんにお目にかかりました。
有り難いことに、姫路からこの法話会にお越しくださったのであります。
大勢の信者さんたちとご一緒でありました。
控え室でも少しお話させてもらうことができました。
それから会場に着くと、松山の宝厳寺の長岡住職もご家族でお見えくださっていました。
これも驚きでありました。
長岡住職と小池さんは未来の住職塾で共に学ばれたご縁があります。
しばし坂村真民先生の詩をこれから道後の温泉街で展示していくという企画について、少しおうかがいすることができました。
そして会場には清水喜子さんもお見えになっていました。
松山さんも清水さんも、小池さんの動画に出演されている方々であります。
ほかにも鎌倉でお目にかかるような方々もいらっしゃいました。
またいつもYouTubeを聞いてくださっているという方がいろいろ声をかけてくださいました。
本にサインをと頼まれもしました。
この頃はこういう場合の為に筆ペンも用意して行きますので、それぞれ本に署名もさせていただきました。
小池さんの法話では終わりに、菊田心さんの「ありがとう」の詩を朗読されました。
この詩を初めて読んだ時、私も涙があふれました。
涙なしには読めない詩であります。
とくに最後の一節には涙がこみあげてきます。
小池さんもきっと幾たびも涙を流されたことだろうと察します。
それでも法話の折に朗読するのは、涙を流していてはよくありません。
ぐっと気持ちを抑えて朗読されていることが伝わってきました。
気持ちを抑えている分がこちらの心にも一層深く響いてくるものです。
そのあと私が登壇させていただきました。
私は話のはじめにはやはりご縁の不思議について申し上げました。
私は禅ばかりを学んできましたので、今まで真言密教にはご縁はありませんでした。
自分の今生においては、ご縁はないものとあきらめていました。
それが小池さんとのご縁で、少しばかりですが、真言の教え、弘法大師の教えも学ばせてもらうようになりました。
その日の法話は秘仏についてお話しました。
小池さんとのご縁で、先月東京上野の国立博物館で、「空海と真言の名宝」展を見せていただいたことに触れました。
素晴らしい仏像を拝むことができました。
三重県伊賀市の観菩提寺の十一面観音様は三十三年に一度のご開帳です。
その秘仏を上野で拝むことができました。
清水の観音さまも三十三年に一度のご開帳であります。
浅草の観音さまや善光寺の本尊阿弥陀三尊像は絶対秘仏で開帳されることはありません。
本当の観音さまはどこにいらっしゃるのかということについて話をさせてもらいました。
そのあと休憩を挟んで、座談の会となりました。
いろんな質問をいただきました。
はじめにここ一番という時に大失敗したことはありますかという質問でした。
失敗は決して悪いことではありません。
貴重な経験となります。
どんなに準備しても予期せぬ失敗は起こりうるものです。
おおらかに受けとめてゆきたいものです。
小池さんはさすがで、真言宗の大きな集まりでご自身の失敗の体験談を、笑いをまじえながら話してくださっていました。
自分の失敗を笑いながら話されるのは、やさしいお人柄が現れています。
私などは、最近忘れ物をとりに行って、あわてて足の小指を柱の角にぶつけたくらいの話しかできませんでした。
怒りの感情をどうしたコントロールできるかという質問もありました。
私は、怒りを直接消すのは難しいのですが、怒りの感情も呼吸と連動しているので、意識的に呼吸を長くゆっくりすることをおすすめしました。
また有り難いことに、年齢を重ねいろんな経験を積み重ねることで物事を大らかに見ることができるようになってきます、
怒りの感情も自然と減少していく傾向があるように感じると申し上げました。
なかには「自分のことを後回しにして、周りのことを考えすぎてしんどくなります。自他共に幸せであるためには、どのようなあり方が良いのでしょうか」という質問もありました。
この方はおやさしい方だと思いました。
こういう会に出て少しでも勉強しようと思われると、なにか人さまの為にとお考えになるのでしょう。
人のためにというと、何かをして差し上げることを思いますが、私はこうして元気で生きているだけで世の中の役に立っていますとお伝えしました。
元気でいれば、医療費の削減には貢献しているのです。
自己犠牲で疲弊してしまうのでは、仏教の説く「中道」から外れていると思います。
やはりまず自分自身を大切にし、足をマッサージするなど具体的に自分自身をいたわることが第一歩です。
自分をよく調えて、穏やかに笑顔で暮らしている、その姿がまわりの方にも大きな影響を与えます。
安らぎを与えることができるのです。
先だって佐々木閑先生から「後ろ姿の慈悲」ということを学びました。
自己を調えて今を感謝して真摯に生きている、その後ろ姿が人に大きな安らぎや生きる力を与えていくことにもつながるのです。
布薩についての質問もありましたので、ご説明させていただきました。
布薩の礼拝についても聞かれましたので、股関節を引き込んで礼拝するということを実演してお示しさせていただきました。
お辞儀や礼拝では、ただたんに頭だけを下げるのではなく、股関節から体を折り曲げる意識が重要だとお伝えしました。
会場に見えてくださっていたしんめい・Pさんにも登壇してもらいました。
しんめいさんは『自分とか、ないから。 教養としての東洋哲学』という、東洋哲学の本の著者であります。
私もお目にかかったことがあります。
小池さんのラジオにも出演されています。
しんめいさんが会場に入られるお姿を拝見していると、なにも持ち物を持っていないことに私は注目しました。
手提げも鞄もなにもお持ちでないのです。
お茶の入ったペットボトルだけを持って入ってみえました。
そのたたずまいに感動しました。
もちろん質問にもお答えいただいたお言葉も有り難いのですが、言葉にならないものが伝わってきました。
それから井上けんしん君という須磨寺によくお越しになっている小学生も登壇してもらいました。
けんしん君にお目にかかるのは初めてでありました。
けんしん君の質問は柴燈護摩供に用意するものは何かというものでした。
小池さんがやさしく答えてくださっていました。
小学生で柴燈護摩供とは驚きました。
これからが楽しみであります。
かくして多くの方々にお目にかかりご縁をいただいて感謝の気持ちでいっぱいとなりました。
横田南嶺
https://www.engakuji.or.jp/blog/40747/
■YouTube
https://youtu.be/g99zEli_K3c
■note
https://note.com/engakuji/n/naf8809506120
最後に一日のはじまりを整える、呼吸瞑想がございます。
-------------------------------------------------
須磨寺様に行って、小池陽人さまには、至れり尽くせりのお世話になりました。
須磨寺の方々にもお世話になりました。
そしてまた新たなご縁をいただくこともできました。
山高龍雲先生の工房を訪ねたことも、有り難いことでした。
山高先生という素晴らしい仏師の方にご縁をいただくことができました。
截金の様子をまのあたりにさせていただくこともできました。
驚きと感動でありました。
私達はふだん何気なく仏像に手を合わせて拝んでいますが、その仏像にどれほどの人の手がかかり、それほどの思いがこもっているのかを学ばないといけないと思いました。
とてもすべてを知ることはできませんが、その一端に触れることができました。
山高先生の工房を後にして須磨寺に向かっていると、姫路の不徹寺の松山照紀さんにお目にかかりました。
有り難いことに、姫路からこの法話会にお越しくださったのであります。
大勢の信者さんたちとご一緒でありました。
控え室でも少しお話させてもらうことができました。
それから会場に着くと、松山の宝厳寺の長岡住職もご家族でお見えくださっていました。
これも驚きでありました。
長岡住職と小池さんは未来の住職塾で共に学ばれたご縁があります。
しばし坂村真民先生の詩をこれから道後の温泉街で展示していくという企画について、少しおうかがいすることができました。
そして会場には清水喜子さんもお見えになっていました。
松山さんも清水さんも、小池さんの動画に出演されている方々であります。
ほかにも鎌倉でお目にかかるような方々もいらっしゃいました。
またいつもYouTubeを聞いてくださっているという方がいろいろ声をかけてくださいました。
本にサインをと頼まれもしました。
この頃はこういう場合の為に筆ペンも用意して行きますので、それぞれ本に署名もさせていただきました。
小池さんの法話では終わりに、菊田心さんの「ありがとう」の詩を朗読されました。
この詩を初めて読んだ時、私も涙があふれました。
涙なしには読めない詩であります。
とくに最後の一節には涙がこみあげてきます。
小池さんもきっと幾たびも涙を流されたことだろうと察します。
それでも法話の折に朗読するのは、涙を流していてはよくありません。
ぐっと気持ちを抑えて朗読されていることが伝わってきました。
気持ちを抑えている分がこちらの心にも一層深く響いてくるものです。
そのあと私が登壇させていただきました。
私は話のはじめにはやはりご縁の不思議について申し上げました。
私は禅ばかりを学んできましたので、今まで真言密教にはご縁はありませんでした。
自分の今生においては、ご縁はないものとあきらめていました。
それが小池さんとのご縁で、少しばかりですが、真言の教え、弘法大師の教えも学ばせてもらうようになりました。
その日の法話は秘仏についてお話しました。
小池さんとのご縁で、先月東京上野の国立博物館で、「空海と真言の名宝」展を見せていただいたことに触れました。
素晴らしい仏像を拝むことができました。
三重県伊賀市の観菩提寺の十一面観音様は三十三年に一度のご開帳です。
その秘仏を上野で拝むことができました。
清水の観音さまも三十三年に一度のご開帳であります。
浅草の観音さまや善光寺の本尊阿弥陀三尊像は絶対秘仏で開帳されることはありません。
本当の観音さまはどこにいらっしゃるのかということについて話をさせてもらいました。
そのあと休憩を挟んで、座談の会となりました。
いろんな質問をいただきました。
はじめにここ一番という時に大失敗したことはありますかという質問でした。
失敗は決して悪いことではありません。
貴重な経験となります。
どんなに準備しても予期せぬ失敗は起こりうるものです。
おおらかに受けとめてゆきたいものです。
小池さんはさすがで、真言宗の大きな集まりでご自身の失敗の体験談を、笑いをまじえながら話してくださっていました。
自分の失敗を笑いながら話されるのは、やさしいお人柄が現れています。
私などは、最近忘れ物をとりに行って、あわてて足の小指を柱の角にぶつけたくらいの話しかできませんでした。
怒りの感情をどうしたコントロールできるかという質問もありました。
私は、怒りを直接消すのは難しいのですが、怒りの感情も呼吸と連動しているので、意識的に呼吸を長くゆっくりすることをおすすめしました。
また有り難いことに、年齢を重ねいろんな経験を積み重ねることで物事を大らかに見ることができるようになってきます、
怒りの感情も自然と減少していく傾向があるように感じると申し上げました。
なかには「自分のことを後回しにして、周りのことを考えすぎてしんどくなります。自他共に幸せであるためには、どのようなあり方が良いのでしょうか」という質問もありました。
この方はおやさしい方だと思いました。
こういう会に出て少しでも勉強しようと思われると、なにか人さまの為にとお考えになるのでしょう。
人のためにというと、何かをして差し上げることを思いますが、私はこうして元気で生きているだけで世の中の役に立っていますとお伝えしました。
元気でいれば、医療費の削減には貢献しているのです。
自己犠牲で疲弊してしまうのでは、仏教の説く「中道」から外れていると思います。
やはりまず自分自身を大切にし、足をマッサージするなど具体的に自分自身をいたわることが第一歩です。
自分をよく調えて、穏やかに笑顔で暮らしている、その姿がまわりの方にも大きな影響を与えます。
安らぎを与えることができるのです。
先だって佐々木閑先生から「後ろ姿の慈悲」ということを学びました。
自己を調えて今を感謝して真摯に生きている、その後ろ姿が人に大きな安らぎや生きる力を与えていくことにもつながるのです。
布薩についての質問もありましたので、ご説明させていただきました。
布薩の礼拝についても聞かれましたので、股関節を引き込んで礼拝するということを実演してお示しさせていただきました。
お辞儀や礼拝では、ただたんに頭だけを下げるのではなく、股関節から体を折り曲げる意識が重要だとお伝えしました。
会場に見えてくださっていたしんめい・Pさんにも登壇してもらいました。
しんめいさんは『自分とか、ないから。 教養としての東洋哲学』という、東洋哲学の本の著者であります。
私もお目にかかったことがあります。
小池さんのラジオにも出演されています。
しんめいさんが会場に入られるお姿を拝見していると、なにも持ち物を持っていないことに私は注目しました。
手提げも鞄もなにもお持ちでないのです。
お茶の入ったペットボトルだけを持って入ってみえました。
そのたたずまいに感動しました。
もちろん質問にもお答えいただいたお言葉も有り難いのですが、言葉にならないものが伝わってきました。
それから井上けんしん君という須磨寺によくお越しになっている小学生も登壇してもらいました。
けんしん君にお目にかかるのは初めてでありました。
けんしん君の質問は柴燈護摩供に用意するものは何かというものでした。
小池さんがやさしく答えてくださっていました。
小学生で柴燈護摩供とは驚きました。
これからが楽しみであります。
かくして多くの方々にお目にかかりご縁をいただいて感謝の気持ちでいっぱいとなりました。
横田南嶺
【鎌倉円覚寺】毎日の管長日記と呼吸瞑想
臨済宗大本山円覚寺
- 14:491.
須磨寺 – ご縁に感謝 –
コメント

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先週からお昼休みにしんめいPさんの本を読み直しています。
ご老師をはじめ、voicyのコメントのお仲間、いろいろなご縁が繋がって今があることに感謝します。
ありがとうございました。
帰って来てからInstagramでそれらの写真を多く拝見しました。
自分も3日後くらいにInstagramにこの時の写真をアップし、とても多くの方に「いいね」を頂き、驚きました。更に、多分お年寄りの方かなあと思うのですが、私は写真をアップしただけなのに、南嶺老師や陽人さんに語りかけるように拝んでいる言葉を書いてくださる方もいらっしゃいました。
写真の中の南嶺老師や陽人さんを拝んでおられるのでしょう。尊いと思いました。
先月から秩父観音霊場巡りをしていて、秩父は午年総開帳といって、11月末までご本尊の観音様を御開帳しています。
また、浅草寺は今年5月頃、久しぶりにお参りし、善光寺も近いうちにお参りする予定なので、南嶺老師の「秘仏」のお話を興味深く拝聴しました。→語り口も講談師の神田伯山さんみたいでした。😀🙏とても新鮮でした。
仏像を作ることについてはあまりよく知らないので、それにも興味がわきました。
ありがとうございます。😀🙏