第2068回「歩行禅を学ぶ」2026/9/5
13:22
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■管長日記「歩行禅を学ぶ」
https://www.engakuji.or.jp/blog/40716/
■YouTube
https://youtu.be/j7sp-oW-iNo
■note
https://note.com/engakuji/n/n2fe355903ab1
最後に一日のはじまりを整える、呼吸瞑想がございます。
-------------------------------------------------
臨済禅を学ぶ集いでは、第一講で河野徹山老師が、「臨済禅師の生涯」について講演なされました。
広い中国の大地を行脚していた臨済禅師に思いを馳せました。
山を歩き、河を越えていく旅そのものが、深い禅定を養っていったのではないかと思いました。
そしてそのあと、政道老師の歩行禅を実習しました。
私は政道老師の歩行禅を何度か教わっています。
私などは、長い間修行道場で、坐禅の合間に禅堂のまわりをぐるぐる歩く経行というのを行っていました。
これは単に足のしびれをとるためのものと思って、早く歩いたり、冬などは寒いので走ったりしていました。
坐禅のための補助として行っていただけでありました。
それを政道老師が歩行禅というのを行っていると知って、円福寺まで教わりに行ったことがありました。
また政道老師に円覚寺に来ていただいて、歩行禅のご指導をいただいたこともございます。
今回もご用意くださった資料によって、丁寧に教えてくださいました。
まずは立禅から始まります。
叉手当胸といって、両手を胸の前にきちっと合わせて姿勢を正します。
それから敢えて意識的な呼吸を行います。
今回は四四八呼吸を実習しました。
はじめに「一、二、三、四」と老師が号令をかけて、その間、息を吸います。
そして更に「一、二、三、四」と息を止めます。
それから「一、二、三、四、五、六、七、八」と老師の号令の間、息を吐いてゆきます。
まずは意識的な呼吸を、言葉を使ってガイドしていくのです。
それから足裏の感覚に意識を向けます。
しばらく立ち続けていると、足裏に強い感覚の一点が浮かんでくるのです。
ただそこで起こっている足裏の感覚の一点と一つになっていくようにします。
これを政道老師は「智慧のまなざし」を呼び起こすのだと仰っていました。
それらができてくれば、次に自然な呼吸に切り替えます。
ただ、呼吸に心をおくのです。
これはお腹に意識を置くか、鼻の穴の前に置きます。
この段階では、言葉と思考を離れて、ただそこで起こっている呼吸と一つになってゆきます。
そうして今回実習したのは「ブッダの呼吸」でした。
これが素晴らしく、私はとても感動しました。
行うことは単純なのです。
吸う息にあわせて、心のなかで「ブーツ」と念じて、足が上がっていきます。
吐く息にあわせて「ダーツ」と、足が降りていくのです。
足裏が畳に着いて体重移動します。
これを繰り返していくと、一歩一歩の歩みが、ブッダと共に歩く感覚になってゆきます。
もともと念仏というのは、このようにしてブッダを念じながら禅定に入っていったのだと思いました。
そうして歩行禅では、更に自然な呼吸に切り替えます。
言葉によって「ブー」「ダー」というのをやめます。
これも大事なことです。
気持ちよくなったからといって、そこにとどまるのではなく、また離れていくのです。
吸う息にあわせて足が上がっていき、吐く息にあわせて足が降りていく。
足裏が畳に着いて体重移動する、その動きに集中して歩きます。
実に心地よく歩むことができます。
そこで鐘が鳴り、止まってふたたび立禅になります。
止まった状態で、自然な呼吸を見つめ続けます。
終わりに、歩行禅から四弘誓願へと、皆で四弘誓願をゆっくりと丁寧に唱えました。
政道老師が澄んだお声で先導されます。
それに一句ずつ丁寧に唱和します。
決して空念仏にならないよう、その意味を深く念じつつ唱えるようにとのことでした。
四弘誓願は、
生命あるもの(自分を含めた一切衆生)の数は限りなけれども、誓って救わんと願う。
わずらいや悩みは尽きることなけれども、誓って断ぜんと願う。
道理(ことわり)の数は限りなけれども、誓って学ばんと願う。
さとりの道ははるかなれども、誓って成し遂げんと願う。
の四つの願いです。
唱え方もご教示くださいました。
一唱目は、一切衆生のうち、「自分自身」に重きを置いて、自分自身に向かって唱えます。
二唱目では、今ここで一緒に修行している仲間たちの顔と名前を、一人ずつ思い浮かべながら唱えます。
三唱目で、いよいよ一切衆生とつながっていくのです。
暖かい光が、東西南北・四維上下、全方向へ広がっていくように念じます。
自分をふくめ、仲間をふくめ、有縁の衆生、師匠や両親、世話になった人々をふくめ、全世界に広がっていく、つながっていくようにお唱えします。
充実した時でありました。
政道老師の発声を聞いていると、心が清められます。
そうして午前の講座が終わって、お昼ご飯となりました。
お昼ご飯は、円福寺の修行僧さんたちが作ってくださった精進のカレーであります。
平林寺の老師や私たちは別室でいただいたのですが、離れた部屋からみんなが食事のお経をあげているのが聞こえてきました。
食事のお経などは、私の道場でも同じように唱えているのですが、とてもとてもゆっくりと丁寧なのです。
これには驚きました。
政道老師にうかがうと、老師が師家になられてから、このようにゆっくりと唱えるようにしたのだということでした。
もっと丁寧に行わないといけないと深く反省しました。
更に午後からは松竹老師の講座でありました。
松竹老師は、公案禅を学ぶための「ウォーミングエクササイズ」と題して、心身統一法を教えてくださいました。
中村天風の「積極的暗示」やクンバハカという「肛門を締め、下腹に力を入れ、肩の力を抜く」という方法です。
松竹老師は合気道の藤平光一先生に習われていました。
そのご経験をもとにして、「心身統一の四大原則」を教えてくださいました。
それは、
一、臍下の一点に心をしずめ統一する
二、全身の力を完全に抜く
三、身体の総ての部分の重みを、その最下部におく
四、気を出す
という四つです。
この四つの原則をもとにしながら、私たちが日常の修行で行っている合掌や叉手、低頭、そして坐る、礼拝するという動作をひとつひとつ確かめてゆきました。
二人一組で実習しました。
ふだん何気なく行っているものでも、このように意識すると深い道理がうかがえます。
日常の行いこそが道であるというのが、臨済禅の教えなのであります。
そのあと私がいつものイス坐禅を行いました。
質疑応答も活発で、とても充実した一日となったのでした。
横田南嶺
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最後に一日のはじまりを整える、呼吸瞑想がございます。
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臨済禅を学ぶ集いでは、第一講で河野徹山老師が、「臨済禅師の生涯」について講演なされました。
広い中国の大地を行脚していた臨済禅師に思いを馳せました。
山を歩き、河を越えていく旅そのものが、深い禅定を養っていったのではないかと思いました。
そしてそのあと、政道老師の歩行禅を実習しました。
私は政道老師の歩行禅を何度か教わっています。
私などは、長い間修行道場で、坐禅の合間に禅堂のまわりをぐるぐる歩く経行というのを行っていました。
これは単に足のしびれをとるためのものと思って、早く歩いたり、冬などは寒いので走ったりしていました。
坐禅のための補助として行っていただけでありました。
それを政道老師が歩行禅というのを行っていると知って、円福寺まで教わりに行ったことがありました。
また政道老師に円覚寺に来ていただいて、歩行禅のご指導をいただいたこともございます。
今回もご用意くださった資料によって、丁寧に教えてくださいました。
まずは立禅から始まります。
叉手当胸といって、両手を胸の前にきちっと合わせて姿勢を正します。
それから敢えて意識的な呼吸を行います。
今回は四四八呼吸を実習しました。
はじめに「一、二、三、四」と老師が号令をかけて、その間、息を吸います。
そして更に「一、二、三、四」と息を止めます。
それから「一、二、三、四、五、六、七、八」と老師の号令の間、息を吐いてゆきます。
まずは意識的な呼吸を、言葉を使ってガイドしていくのです。
それから足裏の感覚に意識を向けます。
しばらく立ち続けていると、足裏に強い感覚の一点が浮かんでくるのです。
ただそこで起こっている足裏の感覚の一点と一つになっていくようにします。
これを政道老師は「智慧のまなざし」を呼び起こすのだと仰っていました。
それらができてくれば、次に自然な呼吸に切り替えます。
ただ、呼吸に心をおくのです。
これはお腹に意識を置くか、鼻の穴の前に置きます。
この段階では、言葉と思考を離れて、ただそこで起こっている呼吸と一つになってゆきます。
そうして今回実習したのは「ブッダの呼吸」でした。
これが素晴らしく、私はとても感動しました。
行うことは単純なのです。
吸う息にあわせて、心のなかで「ブーツ」と念じて、足が上がっていきます。
吐く息にあわせて「ダーツ」と、足が降りていくのです。
足裏が畳に着いて体重移動します。
これを繰り返していくと、一歩一歩の歩みが、ブッダと共に歩く感覚になってゆきます。
もともと念仏というのは、このようにしてブッダを念じながら禅定に入っていったのだと思いました。
そうして歩行禅では、更に自然な呼吸に切り替えます。
言葉によって「ブー」「ダー」というのをやめます。
これも大事なことです。
気持ちよくなったからといって、そこにとどまるのではなく、また離れていくのです。
吸う息にあわせて足が上がっていき、吐く息にあわせて足が降りていく。
足裏が畳に着いて体重移動する、その動きに集中して歩きます。
実に心地よく歩むことができます。
そこで鐘が鳴り、止まってふたたび立禅になります。
止まった状態で、自然な呼吸を見つめ続けます。
終わりに、歩行禅から四弘誓願へと、皆で四弘誓願をゆっくりと丁寧に唱えました。
政道老師が澄んだお声で先導されます。
それに一句ずつ丁寧に唱和します。
決して空念仏にならないよう、その意味を深く念じつつ唱えるようにとのことでした。
四弘誓願は、
生命あるもの(自分を含めた一切衆生)の数は限りなけれども、誓って救わんと願う。
わずらいや悩みは尽きることなけれども、誓って断ぜんと願う。
道理(ことわり)の数は限りなけれども、誓って学ばんと願う。
さとりの道ははるかなれども、誓って成し遂げんと願う。
の四つの願いです。
唱え方もご教示くださいました。
一唱目は、一切衆生のうち、「自分自身」に重きを置いて、自分自身に向かって唱えます。
二唱目では、今ここで一緒に修行している仲間たちの顔と名前を、一人ずつ思い浮かべながら唱えます。
三唱目で、いよいよ一切衆生とつながっていくのです。
暖かい光が、東西南北・四維上下、全方向へ広がっていくように念じます。
自分をふくめ、仲間をふくめ、有縁の衆生、師匠や両親、世話になった人々をふくめ、全世界に広がっていく、つながっていくようにお唱えします。
充実した時でありました。
政道老師の発声を聞いていると、心が清められます。
そうして午前の講座が終わって、お昼ご飯となりました。
お昼ご飯は、円福寺の修行僧さんたちが作ってくださった精進のカレーであります。
平林寺の老師や私たちは別室でいただいたのですが、離れた部屋からみんなが食事のお経をあげているのが聞こえてきました。
食事のお経などは、私の道場でも同じように唱えているのですが、とてもとてもゆっくりと丁寧なのです。
これには驚きました。
政道老師にうかがうと、老師が師家になられてから、このようにゆっくりと唱えるようにしたのだということでした。
もっと丁寧に行わないといけないと深く反省しました。
更に午後からは松竹老師の講座でありました。
松竹老師は、公案禅を学ぶための「ウォーミングエクササイズ」と題して、心身統一法を教えてくださいました。
中村天風の「積極的暗示」やクンバハカという「肛門を締め、下腹に力を入れ、肩の力を抜く」という方法です。
松竹老師は合気道の藤平光一先生に習われていました。
そのご経験をもとにして、「心身統一の四大原則」を教えてくださいました。
それは、
一、臍下の一点に心をしずめ統一する
二、全身の力を完全に抜く
三、身体の総ての部分の重みを、その最下部におく
四、気を出す
という四つです。
この四つの原則をもとにしながら、私たちが日常の修行で行っている合掌や叉手、低頭、そして坐る、礼拝するという動作をひとつひとつ確かめてゆきました。
二人一組で実習しました。
ふだん何気なく行っているものでも、このように意識すると深い道理がうかがえます。
日常の行いこそが道であるというのが、臨済禅の教えなのであります。
そのあと私がいつものイス坐禅を行いました。
質疑応答も活発で、とても充実した一日となったのでした。
横田南嶺
【鎌倉円覚寺】毎日の管長日記と呼吸瞑想
臨済宗大本山円覚寺
- 13:221.
歩行禅を学ぶ
コメント

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お経をゆっくり読む。すごく大事だと思いました。
四弘誓願、3回唱える意味も知らず闇雲に3回唱えていましたが、これからは頭に思い描いて唱えます。
ありがとうございました。
四四八呼吸を政道老師が澄んだお声で指導してくださったのでした。また、その時も円福寺の雲水さん達の作った料理を頂きました。円福寺の雲水さん達の修行の様子は雑誌「禅文化」に写真で紹介されています。
写真では音は聞こえませんが、食事前のお経をゆっくり唱えるなど、新たに様々な工夫を政道老師がなさっているのだと思いました。
「ブッダの呼吸」「歩行禅」なども、南嶺老師の今朝の説明から想像して自分で実践できたらと思いました。🙏