第2071回「雑念をどうする」2026/9/8
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■管長日記「雑念をどうする」
https://www.engakuji.or.jp/blog/40731/
■YouTube
https://youtu.be/7mD-JbOG128
■note
https://note.com/engakuji/n/nfc7b34deefc0
最後に一日のはじまりを整える、呼吸瞑想がございます。
-------------------------------------------------
先日は上京し、西松建設の本社で講演をさせていただきました。
西松建設というと大きな建設会社であります。
明治七年創業の伝統のある会社であります。
このような会社に招かれるというのがまた不思議なご縁であります。
この西松建設の細川社長が、なんと私の話をよく聞いてくださっているというのです。
今年の西松建設の年頭の挨拶で、細川社長が、私の言葉を引用されたのだそうです。
私の実の兄が、西松建設ではたらいています。
そこで、兄が社長に、円覚寺の管長は私の弟だということを伝えてくれたそうなのです。
そんな次第で、三月の日曜説教に社長がお越しくださり、いろいろお話をさせていただいたのでした。
その折に、西松建設の本社で社員向けの講演をするという話になったのでした。
有り難いご縁であります。
そこで日程を調整して先日おうかがいしたのでした。
虎ノ門にある大きなビルでありました。
立派な応接間に通していただきました。
講演の前に会場の下見をしていると、兄がちょうど入ってきました。
その立派な応接間で社長と兄とでしばし歓談をさせてもらいました。
講演が六十分で、そのあと三十分がイス坐禅、そして質疑応答が十分ほどでありました。
講演は「禅の教えに学ぶ」と題して用意しました。
西松建設の方で「ビジネスに活かす内省と心の整え方」というサブタイトルをつけてくださいました。
はじめに禅について話を始めました。
よく話をさせてもらいますが、二十世紀の終わり頃に、ある方が、二十一世紀になって日本が世界に通用するのは、車とアニメと禅だと言った話を紹介しました。
禅は、今世界で注目されています。
そして長い歴史の検証に堪えてきています。
多くの宗教が世に現れていますが、消えていってしまったものも多くあります。
禅はその時代その時代で大きな役割を果たしてきました。
今も多くの人が禅を求めています。
お茶と禅、剣と禅といって茶人が禅に参じたり、剣豪が坐禅したりしています。
野球でもかつて川上哲治さんがオフになると禅寺で坐禅をしていました。
そんな影響もあって栗山英樹さんなども私のところに見えているという話をさせてもらいました。
それから日本の文化にも大きな影響を与えています。
そうして禅とはどういう教えかという話に進んでゆきました。
建設会社の皆さんに講演するということもあって、ブッダの
こころこめて 葺かれたる屋舎に 雨はふるとも 漏れやぶることなし
かくのごとく よくととのえし心は 貪欲も破るすべなし(法句経一四)
という言葉を紹介しました。
小野田寛郎さんの言葉も紹介しました。
小野田寛郎さんは、戦争が終わった後、二九年もフィリピン・ルバング島の密林の中で戦い続けてきた方です。
屋根がないのは苦しい。雨に濡れてしまうとなかなか服が乾かず、病にかかる可能性が高まってしまうため、戦地で最も恐ろしいものは、敵ではなく雨と述べていたのでした。
雨が降ってきてもしっかりと屋根があれば、その中で安心して暮らせます。
どのような世の中にあっても心がよく調っていれば安心して生きていけるのです。
それからこれもよく引用するのですが、法句経の
おのれこそ、おのれのよるべ、おのれを措きて、誰によるべぞ、よくととのえし、おのれにこそ、まことえがたき、よるべをぞ獲ん。(法句経一六〇)
という言葉を紹介しました。
仏教、特に禅は、どこか遠くに超越的な存在があって、この私の苦しみを救ってくれるという教えではありません。
自分自身がよりどころとすべきは、自分自身にほかなりません。
ただしそれはよく調えられた自分なのです。
そこから自分を調えるというのはどういうことか、話を進めました。
今回は時間も限られているので、天台小止観の二十五方便を
良い習慣を作る
良いものに触れる
心を見つめる
心を調える
良い欲を持つ
の五つにまとめてお話をしました。
よい習慣を作るというので「戒」の話をしました。
社員の方々向けの講演なので、「戒」という言葉を使わずに、よい習慣にしました。
良いものに触れるで、目や耳や鼻や舌や皮膚に触れるものによって心が影響されるという話をしました。
心を見つめるでは、五蓋を説くところですが、激しい欲望と、怒りや憎しみと、無関心や無気力の三つを説きました。
そして心を調えるで、調五事の話をしました。
食事と睡眠と姿勢と呼吸と心であります。
そのようによく自己を調えて、良い欲を持ちましょうと話をしたのでした。
講演のあと引き続き三十分イス坐禅をしました。
時間が限られていますので、簡単に首や肩の凝りをとる体操を呼吸と共に行いました。
ふだんでもできるようにと、渋沢栄一翁も実践していたという坂本屈伸道をお伝えしました。
身体を屈めながら息を吐き、身体を伸ばしながら息を吸うという簡単な方法であります。
簡単ですが奥深いものです。
イス坐禅のあとで質問を受けました。
坐ってみると、たくさんの雑念が湧いてきてしょうがないのですが、どうすればよいでしょうかという質問でした。
まず、それは雑念に気づけたのですと申し上げました。
坐ったから雑念が湧いてきたのではありません。
ふだんも雑念は湧いています。
ただ静かに姿勢と呼吸を調えて坐ると、雑念に気がつくことができたのです。
雑念を払おうとしても、それは無駄な苦労に終わることが多いのです。
まず、雑念だと気がつくことができた自分がいるのです。
それが智慧であります。
どんなに雑念が湧いても、自分の心そのものが汚れるわけではありません。
ちょうど青空に雲が湧くようなものです。
どんなに雲が湧いても、空は汚れたりしません。
雲はただ浮かんでは消えていくだけなのです。
雑念も心に浮かぶ雲のようなものです。
ただ湧いては消えていくものだと見ていればいいのです。
そして、その雑念に気がつくことのできる心が素晴らしいのですとお伝えしました。
そんな次第で兄のご縁で、西松建設で講演をさせていただいたのでした。
細川社長は私の毎日の管長日記もよく聞いてくださっているようで、会話していると、そのことがよく分かりました。
有り難いことであります。
横田南嶺
https://www.engakuji.or.jp/blog/40731/
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最後に一日のはじまりを整える、呼吸瞑想がございます。
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先日は上京し、西松建設の本社で講演をさせていただきました。
西松建設というと大きな建設会社であります。
明治七年創業の伝統のある会社であります。
このような会社に招かれるというのがまた不思議なご縁であります。
この西松建設の細川社長が、なんと私の話をよく聞いてくださっているというのです。
今年の西松建設の年頭の挨拶で、細川社長が、私の言葉を引用されたのだそうです。
私の実の兄が、西松建設ではたらいています。
そこで、兄が社長に、円覚寺の管長は私の弟だということを伝えてくれたそうなのです。
そんな次第で、三月の日曜説教に社長がお越しくださり、いろいろお話をさせていただいたのでした。
その折に、西松建設の本社で社員向けの講演をするという話になったのでした。
有り難いご縁であります。
そこで日程を調整して先日おうかがいしたのでした。
虎ノ門にある大きなビルでありました。
立派な応接間に通していただきました。
講演の前に会場の下見をしていると、兄がちょうど入ってきました。
その立派な応接間で社長と兄とでしばし歓談をさせてもらいました。
講演が六十分で、そのあと三十分がイス坐禅、そして質疑応答が十分ほどでありました。
講演は「禅の教えに学ぶ」と題して用意しました。
西松建設の方で「ビジネスに活かす内省と心の整え方」というサブタイトルをつけてくださいました。
はじめに禅について話を始めました。
よく話をさせてもらいますが、二十世紀の終わり頃に、ある方が、二十一世紀になって日本が世界に通用するのは、車とアニメと禅だと言った話を紹介しました。
禅は、今世界で注目されています。
そして長い歴史の検証に堪えてきています。
多くの宗教が世に現れていますが、消えていってしまったものも多くあります。
禅はその時代その時代で大きな役割を果たしてきました。
今も多くの人が禅を求めています。
お茶と禅、剣と禅といって茶人が禅に参じたり、剣豪が坐禅したりしています。
野球でもかつて川上哲治さんがオフになると禅寺で坐禅をしていました。
そんな影響もあって栗山英樹さんなども私のところに見えているという話をさせてもらいました。
それから日本の文化にも大きな影響を与えています。
そうして禅とはどういう教えかという話に進んでゆきました。
建設会社の皆さんに講演するということもあって、ブッダの
こころこめて 葺かれたる屋舎に 雨はふるとも 漏れやぶることなし
かくのごとく よくととのえし心は 貪欲も破るすべなし(法句経一四)
という言葉を紹介しました。
小野田寛郎さんの言葉も紹介しました。
小野田寛郎さんは、戦争が終わった後、二九年もフィリピン・ルバング島の密林の中で戦い続けてきた方です。
屋根がないのは苦しい。雨に濡れてしまうとなかなか服が乾かず、病にかかる可能性が高まってしまうため、戦地で最も恐ろしいものは、敵ではなく雨と述べていたのでした。
雨が降ってきてもしっかりと屋根があれば、その中で安心して暮らせます。
どのような世の中にあっても心がよく調っていれば安心して生きていけるのです。
それからこれもよく引用するのですが、法句経の
おのれこそ、おのれのよるべ、おのれを措きて、誰によるべぞ、よくととのえし、おのれにこそ、まことえがたき、よるべをぞ獲ん。(法句経一六〇)
という言葉を紹介しました。
仏教、特に禅は、どこか遠くに超越的な存在があって、この私の苦しみを救ってくれるという教えではありません。
自分自身がよりどころとすべきは、自分自身にほかなりません。
ただしそれはよく調えられた自分なのです。
そこから自分を調えるというのはどういうことか、話を進めました。
今回は時間も限られているので、天台小止観の二十五方便を
良い習慣を作る
良いものに触れる
心を見つめる
心を調える
良い欲を持つ
の五つにまとめてお話をしました。
よい習慣を作るというので「戒」の話をしました。
社員の方々向けの講演なので、「戒」という言葉を使わずに、よい習慣にしました。
良いものに触れるで、目や耳や鼻や舌や皮膚に触れるものによって心が影響されるという話をしました。
心を見つめるでは、五蓋を説くところですが、激しい欲望と、怒りや憎しみと、無関心や無気力の三つを説きました。
そして心を調えるで、調五事の話をしました。
食事と睡眠と姿勢と呼吸と心であります。
そのようによく自己を調えて、良い欲を持ちましょうと話をしたのでした。
講演のあと引き続き三十分イス坐禅をしました。
時間が限られていますので、簡単に首や肩の凝りをとる体操を呼吸と共に行いました。
ふだんでもできるようにと、渋沢栄一翁も実践していたという坂本屈伸道をお伝えしました。
身体を屈めながら息を吐き、身体を伸ばしながら息を吸うという簡単な方法であります。
簡単ですが奥深いものです。
イス坐禅のあとで質問を受けました。
坐ってみると、たくさんの雑念が湧いてきてしょうがないのですが、どうすればよいでしょうかという質問でした。
まず、それは雑念に気づけたのですと申し上げました。
坐ったから雑念が湧いてきたのではありません。
ふだんも雑念は湧いています。
ただ静かに姿勢と呼吸を調えて坐ると、雑念に気がつくことができたのです。
雑念を払おうとしても、それは無駄な苦労に終わることが多いのです。
まず、雑念だと気がつくことができた自分がいるのです。
それが智慧であります。
どんなに雑念が湧いても、自分の心そのものが汚れるわけではありません。
ちょうど青空に雲が湧くようなものです。
どんなに雲が湧いても、空は汚れたりしません。
雲はただ浮かんでは消えていくだけなのです。
雑念も心に浮かぶ雲のようなものです。
ただ湧いては消えていくものだと見ていればいいのです。
そして、その雑念に気がつくことのできる心が素晴らしいのですとお伝えしました。
そんな次第で兄のご縁で、西松建設で講演をさせていただいたのでした。
細川社長は私の毎日の管長日記もよく聞いてくださっているようで、会話していると、そのことがよく分かりました。
有り難いことであります。
横田南嶺
【鎌倉円覚寺】毎日の管長日記と呼吸瞑想
臨済宗大本山円覚寺
- 13:341.
雑念をどうする
コメント

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食事と睡眠と姿勢と呼吸と心、心を調えるってわかっているようでめちゃくちゃ難しいです。
自分は雑念が服を着て歩いているかんじ。
気をつけようとすると後で振り返ると雑念のある方向にばかり動いています。その時は精一杯良い方向へ向かう手立てを考えたはずなのに‥。
良き習慣、良き習慣、良き習慣‥‥。このズレどうしたら修正できるのかなぁ。
ありがとうございました。
→車は最近はどうなのか?苦戦しているような気がします。アニメは人気は続いているのかな。
禅は確かにマインドフルネスへの注目も相まって心の健康管理の為に注目されていると思います。
老師の兄上というと、学生時代ロックに夢中というお話をどこかでされていたのを思い出しました。ご実家でかたや矢沢永吉、かたや参禅とは面白いなあと拝聴していました。