第2052回「鳩と金龍」2026/8/20
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■管長日記「鳩と金龍」
https://www.engakuji.or.jp/blog/40664/
■YouTube
https://youtu.be/fNvipHH4fvw
■note
https://note.com/engakuji/n/n52546d2ba534
最後に一日のはじまりを整える、呼吸瞑想がございます。
-------------------------------------------------
円覚寺の開山堂には、仏光国師のお像がお祀りされています。
お坐りになっている椅子の右肩側の後ろに二羽の鳩が、そして左肩側の後ろには龍がいます。
鳩と龍については、『仏光国師語録巻九』に次のように書かれています。
原文は漢文ですので、分かりやすく意訳してみます。
仏光国師が自ら語っているところです。
私はもともと、この日本という国へ来ようとは思っていませんでした。
しかし、そこには不思議な因縁がありました。それゆえ私はこの国にやって来たのです。
それはどういうことかというと、私がまだ宋にいた頃のことですが、禅定に入っているとき、かつて一人の神人が現れたことがありました。
その神人は高い冠をかぶり、礼装を身につけ、手には圭簡を持っていました。
その姿は並々ならぬ威厳に満ちたものでした。
その神人は私の前まで来ると、「どうか和尚よ、深く衆生を憐れみ、わが国へお越しください」と告げたのでした。
このようなことが何度もありました。
しかし私は、それを特別なこととは考えていませんでした。
ところが、その神人が現れるときには、いつもまず一頭の金色の龍がやって来て、私の袖の中へ入ったのです。
さらに鳩の群れも現れました。
青い鳩もいれば白い鳩もいました。
飛ぶものもあれば、餌をついばむものもあり、私の膝の上に乗ってくるものもありました。
しかしその時には、私はまだ、それが何を意味するのか分かりませんでした。
それからほどなくして、日本から人がやって来て、北条時宗公が私を招きたいというのです。
そこで私は、この因縁によって日本へやって来たのです。
しかし日本に来てからも、まだあの不思議な出来事の本当の意味は分からなかったのでした。
ところが、ある日のこと、一人の人が私にこう言いました。
「この土地には神がおられ、八幡大菩薩と申します。和尚はせっかくこの地へお越しになったのですから、一度お参りして香を焚かれるとよいでしょう」と。
そこで私は八幡宮へ参詣しました。
境内を歩きながら、ふと仰いで建物の棟や梁のあたりを見ると、木で作られた鳩が二、三対置かれていました。
そこで私は尋ねました。
「この鳩は、いったい何者なのか」と。
すると、
「これは八幡大菩薩のお使いです」という答えでありました。
その時、私は初めて悟りました。
ああ、あの時に現れた神は八幡大菩薩であったのでした。
私が日本へ来るよりも前に宋まで現れて、私を日本へ招いてくださっていたのだ、と気がつきました。
私は普段、このようなことを軽々しく人に話そうとは思いません。
しかし、お前たちはこのことを知っておくがよいのです。
もしお前たちが私の頂相を描こうというのであれば、私の膝の前に垂れている袈裟の上に、一対の鳩と一頭の金龍を絵師に描かせるがよいと。
それによって、かつて宋にいた頃に示された不思議な前兆を表すのです。
今も塔頭に伝わっている仏光国師の頂相には、袈裟の上に鳩が、袖の上には金龍が描かれて、現に残っています。
という内容のものです。
こんな因縁があるので、開山堂のお木像にも二羽の鳩と金龍がいるのです。
高僧達と鳥や獣の話はいくつかございます。
有名なのは牛頭法融禅師です。
禅師が坐禅していると、百鳥が花をくわえて供養したという逸話があります。
この話は、後に四祖道信に出会って真の道に目覚めると、鳥たちは花を持って来なくなった、と語られるようになっています。
鳥が供養するほどの聖者であるという境地さえ超えることを意味しています。
また鳥窠道林禅師の話もあります。
禅師は大きな木の上に住み坐禅をしていました。
カササギが禅師のすぐそばに巣を作り、自然に馴れて親しくなったという話があります。
そこで「鵲巣和尚」とも呼ばれていました。
華林善覚禅師は、二頭の虎を侍者としていたという話もあります。
役人であった裴休が禅師を訪ねました。
禅師には侍者はいないのですかと問うと、禅師は二人ほどいると答えます。
どちらにいますかと問われて、禅師は「大空、小空」と侍者の名を呼びました。
すると、二頭の虎が現れました。
驚いた裴休を見て、禅師は、虎に「今はお客さんがいるので、下がっていなさい」と言いました。
虎は吼えながら退いていったという話です。
また当時は、中国から日本に渡って来られるにしても、海が荒れることもあり、たいへんな航海でした。
その命がけの航海を思うと、金龍もまた、国師を日本へと導き守ってくれたのだと感じられます。
幼い頃から生き物が調理されるのを見ると、自分の身体を切られるように痛んだという仏光国師です。
その禅風は老婆禅とも言われました。
老婆がわが子や孫を慈しむように、懇切に人を導く禅風をいうのであります。
慈悲深い仏光国師のお人柄と、命をかけて日本にお越しくださった因縁が、二羽の鳩と金龍によって表されているように思います。
横田南嶺
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https://youtu.be/fNvipHH4fvw
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最後に一日のはじまりを整える、呼吸瞑想がございます。
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円覚寺の開山堂には、仏光国師のお像がお祀りされています。
お坐りになっている椅子の右肩側の後ろに二羽の鳩が、そして左肩側の後ろには龍がいます。
鳩と龍については、『仏光国師語録巻九』に次のように書かれています。
原文は漢文ですので、分かりやすく意訳してみます。
仏光国師が自ら語っているところです。
私はもともと、この日本という国へ来ようとは思っていませんでした。
しかし、そこには不思議な因縁がありました。それゆえ私はこの国にやって来たのです。
それはどういうことかというと、私がまだ宋にいた頃のことですが、禅定に入っているとき、かつて一人の神人が現れたことがありました。
その神人は高い冠をかぶり、礼装を身につけ、手には圭簡を持っていました。
その姿は並々ならぬ威厳に満ちたものでした。
その神人は私の前まで来ると、「どうか和尚よ、深く衆生を憐れみ、わが国へお越しください」と告げたのでした。
このようなことが何度もありました。
しかし私は、それを特別なこととは考えていませんでした。
ところが、その神人が現れるときには、いつもまず一頭の金色の龍がやって来て、私の袖の中へ入ったのです。
さらに鳩の群れも現れました。
青い鳩もいれば白い鳩もいました。
飛ぶものもあれば、餌をついばむものもあり、私の膝の上に乗ってくるものもありました。
しかしその時には、私はまだ、それが何を意味するのか分かりませんでした。
それからほどなくして、日本から人がやって来て、北条時宗公が私を招きたいというのです。
そこで私は、この因縁によって日本へやって来たのです。
しかし日本に来てからも、まだあの不思議な出来事の本当の意味は分からなかったのでした。
ところが、ある日のこと、一人の人が私にこう言いました。
「この土地には神がおられ、八幡大菩薩と申します。和尚はせっかくこの地へお越しになったのですから、一度お参りして香を焚かれるとよいでしょう」と。
そこで私は八幡宮へ参詣しました。
境内を歩きながら、ふと仰いで建物の棟や梁のあたりを見ると、木で作られた鳩が二、三対置かれていました。
そこで私は尋ねました。
「この鳩は、いったい何者なのか」と。
すると、
「これは八幡大菩薩のお使いです」という答えでありました。
その時、私は初めて悟りました。
ああ、あの時に現れた神は八幡大菩薩であったのでした。
私が日本へ来るよりも前に宋まで現れて、私を日本へ招いてくださっていたのだ、と気がつきました。
私は普段、このようなことを軽々しく人に話そうとは思いません。
しかし、お前たちはこのことを知っておくがよいのです。
もしお前たちが私の頂相を描こうというのであれば、私の膝の前に垂れている袈裟の上に、一対の鳩と一頭の金龍を絵師に描かせるがよいと。
それによって、かつて宋にいた頃に示された不思議な前兆を表すのです。
今も塔頭に伝わっている仏光国師の頂相には、袈裟の上に鳩が、袖の上には金龍が描かれて、現に残っています。
という内容のものです。
こんな因縁があるので、開山堂のお木像にも二羽の鳩と金龍がいるのです。
高僧達と鳥や獣の話はいくつかございます。
有名なのは牛頭法融禅師です。
禅師が坐禅していると、百鳥が花をくわえて供養したという逸話があります。
この話は、後に四祖道信に出会って真の道に目覚めると、鳥たちは花を持って来なくなった、と語られるようになっています。
鳥が供養するほどの聖者であるという境地さえ超えることを意味しています。
また鳥窠道林禅師の話もあります。
禅師は大きな木の上に住み坐禅をしていました。
カササギが禅師のすぐそばに巣を作り、自然に馴れて親しくなったという話があります。
そこで「鵲巣和尚」とも呼ばれていました。
華林善覚禅師は、二頭の虎を侍者としていたという話もあります。
役人であった裴休が禅師を訪ねました。
禅師には侍者はいないのですかと問うと、禅師は二人ほどいると答えます。
どちらにいますかと問われて、禅師は「大空、小空」と侍者の名を呼びました。
すると、二頭の虎が現れました。
驚いた裴休を見て、禅師は、虎に「今はお客さんがいるので、下がっていなさい」と言いました。
虎は吼えながら退いていったという話です。
また当時は、中国から日本に渡って来られるにしても、海が荒れることもあり、たいへんな航海でした。
その命がけの航海を思うと、金龍もまた、国師を日本へと導き守ってくれたのだと感じられます。
幼い頃から生き物が調理されるのを見ると、自分の身体を切られるように痛んだという仏光国師です。
その禅風は老婆禅とも言われました。
老婆がわが子や孫を慈しむように、懇切に人を導く禅風をいうのであります。
慈悲深い仏光国師のお人柄と、命をかけて日本にお越しくださった因縁が、二羽の鳩と金龍によって表されているように思います。
横田南嶺
【鎌倉円覚寺】毎日の管長日記と呼吸瞑想
臨済宗大本山円覚寺
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コメント

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そういえば円覚寺の佛日庵でお抹茶をいただいた時の落雁も豊島屋さんの鳩の形の落雁でした!💕
しいちゃんが亡くなって、その後、知っている方から、子猫を差し上げますというお話があったそうなのです。しかし、その時の僧堂の雲水さんで猫アレルギーの方もいらしてそのお話はなくなったそうです。
そういえば、北鎌倉はあまり通りで猫を見かけていない気がします。
間も無くして、しぃちゃんが南嶺老師に弔われているInstagramを拝見。。数日前に目にした姿や愛用品に涙しました。今も「しぃちゃん🐈」が円覚寺へ招いてくれたのだと思い、クリアファイルを愛用しています🥰
「また鳥窠道林禅師の話もあります。
禅師は大きな木の上に住み坐禅をしていました。
カササギが禅師のすぐそばに巣を作り、自然に馴れて親しくなったという話があります。
そこで「鵲巣和尚」とも呼ばれていました。」
→私が円覚寺にしばしば通うようになった頃、山門付近に猫の「しいちゃん」がいました。しいちゃんはその後十数年の寿命を全うして、南嶺老師に供養してもらいました。高僧と動物の逸話、興味深いです。😀
最初にお像の写真を見て目がギョロッとしてちょっと眼光鋭いな、どなたかな?と思い、拝聴してから見直したらお優しい顔になっていました。鳩も龍もとても可愛らしい。従っていると言うより慕ってそばにいるのがよくわかりました。私は最初は存在も気づきませんでした。
こんなにコロッとイメージが変わる、自分ってゲンキンだなとつくづく思いました‥。
ありがとうございました。