第2120回「中学生に語る – 祈りの心 –」2026/10/27
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■管長日記「中学生に語る – 祈りの心 –」
https://www.engakuji.or.jp/blog/40904/
■YouTube
https://youtu.be/dY2ruxUD2kY
■note
https://note.com/engakuji/n/n5943f4c41cb5
最後に一日のはじまりを整える、呼吸瞑想がございます。
-------------------------------------------------
先日は、京都から花園中学の生徒さんたちが、研修旅行で円覚寺を訪ねてきてくださいました。
花園学園には、花園大学と花園中学、花園高校があります。
それに洛西花園幼稚園があるのです。
中学生五十数名がお越しくださり、少し話をさせていただきました。
滞在時間が限られていることから、私に与えられた時間は十分間でありました。
挨拶をということでしたが、挨拶だけで十分間は長いので、少し法話のように話をさせてもらいました。
こんな話をしてみたのでした。
本日は遠く京都から鎌倉の円覚寺までお越しくださりありがとうございます。
私も花園大学の総長を務めていますので、毎月京都に通っています。
皆さんが学んでおられる京都にも、この鎌倉にも、共通していることは、たくさんの神社やお寺があるということです。
皆さん方も、神社やお寺にお参りすることが多いのではないかと思います。
神社やお寺にお参りしますと、お賽銭をあげて、手を合わせ、いろいろなお願い事をなさると思います。
試験で良い成績が取れますように、受験に合格しますように、あるいは家族が健康でありますようにと、さまざまな願い事をなさると思います。
これは決して悪いことではありません。誰しもがなさることであります。
しかし、いかがでありましょうか。
お願いしたことが、すべて願い通りに叶えられるでしょうか。
必ずしもそうではないと思います。
私は、神社やお寺にお参りしても、ほとんど何か特別なお願い事をすることはありません。
どうしてかと申しますと、自分がなすべきこと、やらなければならないことをきちんと行っていれば、こちらから特別にお願いをしなくても、きっと神様や仏様の方から守ってくださると信じているからであります。
ですから、お参りしても、「いつもお見守りくださりありがとうございます。どうぞよろしくお見守りください」という気持ちで手を合わせるだけであります。
このことについて、円覚寺の歴史から考えてみたいと思います。
皆さん方は、今日こうして円覚寺にお越しになるにあたって、円覚寺について少しお勉強してくださったように伺っております。
円覚寺が創建されたのは、今から七百四十年以上も前のことであります。
その頃、日本にとって大変な出来事がございました。
元寇と呼ばれる、モンゴル帝国の元による日本への侵攻であります。
西暦一二七四年と一二八一年の二度にわたって、元の大軍が海を越えて日本に攻めてきたのでした。
一度目の文永の役では、元の軍勢が対馬、壱岐を襲い、博多湾にまで攻め寄せました。
日本の武士たちは懸命に戦い、元軍は短期間で撤退していきました。
しかし、二度目の弘安の役では、さらに大規模な軍勢が日本に押し寄せてきたのであります。
その時、日本では亀山上皇をはじめ、朝廷や全国の神社仏閣で、国を守るための必死の祈りが捧げられました。
外国の軍勢によって日本が蹂躙されることのないようにと、人々は一心に祈ったのであります。
しかし、祈っているだけではありませんでした。
一度目の戦いで、博多の海岸に敵の軍勢が上陸してきた経験から、日本の武士たちは海岸に石の防塁を築きました。
敵が容易に上陸できないように、あらかじめ備えを固めていたのであります。
そして二度目の侵攻では、この防塁が大きな役割を果たしました。
元軍は容易に上陸することができず、船の上で過ごさなければならない状況が続きました。
日本の武士たちも懸命に戦い、元軍の侵攻を食い止めたのであります。
戦いは長く続きました。
そして旧暦七月の終わり、現在の暦でいえば八月の半ば頃に、大きな暴風雨が襲いました。
いわゆる台風であります。
九州地方では、この時期に台風が襲来することは珍しいことではありません。
しかし、元軍にとっては大変なことでありました。
多くの船が沈み、元軍は甚大な被害を受けて撤退することになりました。
こうして日本は、大きな危機を免れることができたのであります。
この出来事によって、全国の神社仏閣で一生懸命に祈ったことに応えて、神様が風を吹かせてくださったのだという、いわゆる「神風」の信仰がいっそう強まっていきました。
そのように受け止めたいという人々の気持ちも、私にはよく分かります。
しかし、ここで考えていただきたいことがあります。
何もしないで、ただ祈っていたところへ風が吹いてきたわけではないのであります。
一度目の戦いの経験を生かして、海岸に石の防塁を築き、敵の上陸を防ぐ備えをしていました。
そして鎌倉時代の武士たちが、命がけで懸命に戦ったのであります。
そのような努力があったところへ、暴風雨が襲ったのでした。
もしも何の備えもせず、敵の上陸を許していたならば、たとえ台風が来たとしても、結果は違っていたかもしれません。
現実の状況をよく見定めて、今、自分たちに何ができるのか、何をしなければならないのかを考えるのです。
そして、できること、なすべきことを懸命に行います。
そのことが何よりも大切なのであります。
もちろん、祈ることを否定するものではありません。
お祈りをして、神様や仏様が私たちを見守ってくださると信じることは、困難に立ち向かう大きな力となります。
祈りによって心が落ち着き、勇気が湧き、もう一度頑張ろうという気持ちになることもあります。
祈りには、そのような大きな働きがあると思います。
しかし、なすべきことをせず、やるべきこともやらずに、ただ良い結果だけを願っていても、物事は成就しません。
大切なのは、自分にできることを精いっぱい行うことであります。
自分のなすべきことを尽くしたならば、あとは結果にとらわれすぎず、神様や仏様にお任せする、私は、そのような生き方が大切ではないかと思っております。
そんな話を十分間ほどさせていただきました。
みなさん行儀良く聞いてくださいました。
そして何より嬉しかったのは、その中学生達の担任の先生が、円覚寺で修行した方でありました。
数年前まで円覚寺の修行道場で学んでくれていた和尚さんが、今は中学生の担任になって、五十数名を引率してくれていました。
私のところで修行してくれた方が、立派な先生になって中学生たちを指導してくれている姿を拝見できたのが、なによりの喜びでありました。
横田南嶺
https://www.engakuji.or.jp/blog/40904/
■YouTube
https://youtu.be/dY2ruxUD2kY
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https://note.com/engakuji/n/n5943f4c41cb5
最後に一日のはじまりを整える、呼吸瞑想がございます。
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先日は、京都から花園中学の生徒さんたちが、研修旅行で円覚寺を訪ねてきてくださいました。
花園学園には、花園大学と花園中学、花園高校があります。
それに洛西花園幼稚園があるのです。
中学生五十数名がお越しくださり、少し話をさせていただきました。
滞在時間が限られていることから、私に与えられた時間は十分間でありました。
挨拶をということでしたが、挨拶だけで十分間は長いので、少し法話のように話をさせてもらいました。
こんな話をしてみたのでした。
本日は遠く京都から鎌倉の円覚寺までお越しくださりありがとうございます。
私も花園大学の総長を務めていますので、毎月京都に通っています。
皆さんが学んでおられる京都にも、この鎌倉にも、共通していることは、たくさんの神社やお寺があるということです。
皆さん方も、神社やお寺にお参りすることが多いのではないかと思います。
神社やお寺にお参りしますと、お賽銭をあげて、手を合わせ、いろいろなお願い事をなさると思います。
試験で良い成績が取れますように、受験に合格しますように、あるいは家族が健康でありますようにと、さまざまな願い事をなさると思います。
これは決して悪いことではありません。誰しもがなさることであります。
しかし、いかがでありましょうか。
お願いしたことが、すべて願い通りに叶えられるでしょうか。
必ずしもそうではないと思います。
私は、神社やお寺にお参りしても、ほとんど何か特別なお願い事をすることはありません。
どうしてかと申しますと、自分がなすべきこと、やらなければならないことをきちんと行っていれば、こちらから特別にお願いをしなくても、きっと神様や仏様の方から守ってくださると信じているからであります。
ですから、お参りしても、「いつもお見守りくださりありがとうございます。どうぞよろしくお見守りください」という気持ちで手を合わせるだけであります。
このことについて、円覚寺の歴史から考えてみたいと思います。
皆さん方は、今日こうして円覚寺にお越しになるにあたって、円覚寺について少しお勉強してくださったように伺っております。
円覚寺が創建されたのは、今から七百四十年以上も前のことであります。
その頃、日本にとって大変な出来事がございました。
元寇と呼ばれる、モンゴル帝国の元による日本への侵攻であります。
西暦一二七四年と一二八一年の二度にわたって、元の大軍が海を越えて日本に攻めてきたのでした。
一度目の文永の役では、元の軍勢が対馬、壱岐を襲い、博多湾にまで攻め寄せました。
日本の武士たちは懸命に戦い、元軍は短期間で撤退していきました。
しかし、二度目の弘安の役では、さらに大規模な軍勢が日本に押し寄せてきたのであります。
その時、日本では亀山上皇をはじめ、朝廷や全国の神社仏閣で、国を守るための必死の祈りが捧げられました。
外国の軍勢によって日本が蹂躙されることのないようにと、人々は一心に祈ったのであります。
しかし、祈っているだけではありませんでした。
一度目の戦いで、博多の海岸に敵の軍勢が上陸してきた経験から、日本の武士たちは海岸に石の防塁を築きました。
敵が容易に上陸できないように、あらかじめ備えを固めていたのであります。
そして二度目の侵攻では、この防塁が大きな役割を果たしました。
元軍は容易に上陸することができず、船の上で過ごさなければならない状況が続きました。
日本の武士たちも懸命に戦い、元軍の侵攻を食い止めたのであります。
戦いは長く続きました。
そして旧暦七月の終わり、現在の暦でいえば八月の半ば頃に、大きな暴風雨が襲いました。
いわゆる台風であります。
九州地方では、この時期に台風が襲来することは珍しいことではありません。
しかし、元軍にとっては大変なことでありました。
多くの船が沈み、元軍は甚大な被害を受けて撤退することになりました。
こうして日本は、大きな危機を免れることができたのであります。
この出来事によって、全国の神社仏閣で一生懸命に祈ったことに応えて、神様が風を吹かせてくださったのだという、いわゆる「神風」の信仰がいっそう強まっていきました。
そのように受け止めたいという人々の気持ちも、私にはよく分かります。
しかし、ここで考えていただきたいことがあります。
何もしないで、ただ祈っていたところへ風が吹いてきたわけではないのであります。
一度目の戦いの経験を生かして、海岸に石の防塁を築き、敵の上陸を防ぐ備えをしていました。
そして鎌倉時代の武士たちが、命がけで懸命に戦ったのであります。
そのような努力があったところへ、暴風雨が襲ったのでした。
もしも何の備えもせず、敵の上陸を許していたならば、たとえ台風が来たとしても、結果は違っていたかもしれません。
現実の状況をよく見定めて、今、自分たちに何ができるのか、何をしなければならないのかを考えるのです。
そして、できること、なすべきことを懸命に行います。
そのことが何よりも大切なのであります。
もちろん、祈ることを否定するものではありません。
お祈りをして、神様や仏様が私たちを見守ってくださると信じることは、困難に立ち向かう大きな力となります。
祈りによって心が落ち着き、勇気が湧き、もう一度頑張ろうという気持ちになることもあります。
祈りには、そのような大きな働きがあると思います。
しかし、なすべきことをせず、やるべきこともやらずに、ただ良い結果だけを願っていても、物事は成就しません。
大切なのは、自分にできることを精いっぱい行うことであります。
自分のなすべきことを尽くしたならば、あとは結果にとらわれすぎず、神様や仏様にお任せする、私は、そのような生き方が大切ではないかと思っております。
そんな話を十分間ほどさせていただきました。
みなさん行儀良く聞いてくださいました。
そして何より嬉しかったのは、その中学生達の担任の先生が、円覚寺で修行した方でありました。
数年前まで円覚寺の修行道場で学んでくれていた和尚さんが、今は中学生の担任になって、五十数名を引率してくれていました。
私のところで修行してくれた方が、立派な先生になって中学生たちを指導してくれている姿を拝見できたのが、なによりの喜びでありました。
横田南嶺
【鎌倉円覚寺】毎日の管長日記と呼吸瞑想
臨済宗大本山円覚寺
- 12:511.
中学生に語る – 祈りの心 –
コメント

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→自分も寺社にお参りした時、このような感じです。老師も同じなのだと思いました。🙏😀
「大切なのは、自分にできることを精いっぱい行うことであります。自分のなすべきことを尽くしたならば、あとは結果にとらわれすぎず、神様や仏様にお任せする、私は、そのような生き方が大切ではないかと思っております。」
→なるほどです。😀それに花園中学は、さすが僧侶の方々が先生なのですね。
私も主人も神社仏閣でお願い事をしません。『本日はお邪魔できてありがとうございます。』とか『また伺えて有難う御座います。』です。
ご老師の『自分がなすべきこと、やらなければならないことをきちんと行っていれば、こちらから特別にお願いをしなくても、きっと神様や仏様の方から守ってくださると信じているからであります。』というお言葉を聞いて更に心構えが深くなりました。
円覚寺さんで修行されて先生になって引率‥ありがたいお話ですね。ほっこりしました。
ありがとうございました。
なんと深い10分のお話し😌
息子に今回のお話し、伝えたいです。