TOPエンタメ映画・本鳥井弘文の旅と読書とコミュニティ「おしゃべりと好奇心」にうつつを抜かす現代人。ゲスト:F太さん22:45 2025年8月31日 420再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次「死」から逃れる現代人の、おしゃべりとは?ハイデガー哲学から紐解く、好奇心の功罪現代社会における、好奇心の新たな姿とは?自己実現のツールとなった、好奇心の違和感孤独な自己対話から見出す、真の深層へAI文字起こし(β版) # 『あした死ぬ幸福の王子』をご紹介したオーディオブックカフェのリンクはこちら↓ はい、今日はゲスト回ということで久しぶりにエフタさんに来ていただきました。 エフタさんよろしくお願いします。 よろしくお願いします。 はい、こちらではお久しぶりですということで。 そうですね、久しぶりです。 Voicy自体、お久しぶりで。 確かに。 だいぶ機能が変わっててびっくりしてます。 そうですね、配信しないうちにってことですね。 そうなんです、前回来てもらったのは多分1年、2年、もっと前ですかね。 本当にオーディオブックカフェがちょっと復活するよみたいなタイミングで撮らせていただいたのが、久しぶりだから本当1年ぐらいですか。 そうですね、特別なタイミングですよね。 今回オーディオブックカフェの通常回がまた復活するということで。 いや、ありがたい。 2週間に1回程度で復活していくということなんで、オーディオブックカフェは本編がしっかりあって枠組みもあるような中の話が多いんで、 そこのこぼれ話というか、ちょっと僕らで本の枠を超えたテーマでちょっと話してみませんかってことでこの時間を作ってるんですけども。 そうなんですよ、いいですね。 なんかやっぱちょっと久しぶりにやって、やっぱ時間制限があるじゃないですか、そりゃ。 20分だったら20分以内に伝えたいこととか盛り上げを作ってとかいろいろ考えちゃうと、 うわーもっといろいろ話したかったなっていう不完全燃焼感あるから、これをどっかで解消したいなと思ったんで。 そうなんですよね。 鳥さんのとこがあるじゃんと。 僕ら結構本読んでいろいろ考えちゃうじゃないですか。 考えちゃいますね。 考えたことも話したいんだけど、やっぱりあっちはもう本当にそのオーディオブックを紹介する。 そして紹介を聞いた人がそのオーディオブックに実際に聞いてもらうというところが一番メインになってくるので、 僕らが枝端で考えたことを話している余裕なんて全然ないという。 そうなんですよ。ここ面白かったよねとか、こういう人に聞いて欲しいよねって言ってるうちに終わって、 で読んで思ったのは、あんまり話せなかったなってなりがち。 でも面白いですけどね、もちろんオーディオブックカフェ。 コンセプトがまるっきり違うというふうに思っていただいて、 こっちではそこで僕らが考えた枝端の方をむしろ深掘ってみないかみたいな感じで話したらいいなと思っていて、 もうすでに公開されているヤムチャさんの アシタシヌ幸福の王子っていうハイデカー哲学を分かりやすく説明した本というか物語形式を僕らは読んで、 そこに絡めつつ、でも全然違う問いとして、 あの本の中でも出てきたおしゃべりと好奇心に移つを抜かす現代人みたいな批判があって、 そのテーマについてちょっと安田さんと僕話してみたいなと思ったんです。 おしゃべりと好奇心に移つを抜かせちゃいけないんですって、ハイデカーさんが言うには。 そうなんですよ。 でも現代人ってそればっかり、 というかインターネットってそれで成り立ってないっていう感じがしますよね、正直。 突っ込んで言ってしまうと、ボイシーっておしゃべり、好奇心に移つを抜かすためのアプリではと思ってしまうんだけど、 その辺をハイデカーさんに全否定されてるのかっていうところは正直ちょっと話したかったなって思いましたね。 なんかハイデカーさんの意図としては、もうここでハイデカーさんって呼んでますけど。 ハイデカーさんちょっとって感じですよ。 そうやって自分のいつか死ぬっていうところから逃げるために、その口実として我々はずっとおしゃべりをしたりとか、 好奇心に移つを抜かしつつ、いつかやってくる死みたいなものをどんどん遠くに追いやってしまうっていう話で、 でもハイデカーさんの意図としては自分の死に向き合えと。 そん中から出てくる自分がやりたいこと、本当にやりたいことは何なのかって考えろよみたいな話がメインで語られてあって、 だからその意味でのおしゃべりと好奇心に移つを抜かすことが悪とされてるわけなんですが、どうですか? そうですね。やっぱり孤独であれっていうことをハイデカーは言ってると思うんですよね。 なので、その孤独というものを感じないようにするために、そのおしゃべりっていう方に逃げる。 逃げているとしたら、それは退落だと思うんですよね。 世俗的な生き方をしてしまうことをハイデカーは退落って言うんだけれども、そのおしゃべりは良くないと思うんだけど、 でもなんだろうな、そういうのをしちゃいけないよっていうストイックなこと、ストイックさを求めているわけではないんだろうなとは思うんですよね。 じゃあそのおしゃべりにも良し悪しがあるというか、また別の意味でのっていうことがあるということですか? おしゃべり自体の良し悪しなのか、それともなんだろうな、 その孤独というものから逃げようとした結果を選び取っているのが、そういうおしゃべり、口、世間話、みたいな感じになるのが良くないっていうことなんですかね。難しいな。 何か目的を持たずにしちゃうおしゃべりとか、井戸端会議的なところは、それによってグルーミング効果っていうか、何かしら関係性を深めるところにはちょっとは役に立つかもしれないけど、 でも明らかに時間を無駄にしているようなパターンはありますもんね。 そうですね。何かやっぱりよく言われるのが、国文小一郎さんが、「暇と退屈の倫理学」あるじゃないですか。 これは確か鳥居さんも読まれてましたよね。あそこにも同じような話があったかなっていう気がするんですよね。 何かやっぱり人と話したり、社交の場で感じる退屈さ、空虚さみたいな。それとカイデ側の言ううつつを抜かすみたいなのは多分重なるんだろうなっていう感じがする。 だから何かそういう空虚さをはらむ対話、おしゃべりみたいなものはありますよね。 だから何か紛らわすために、時間を潰すためのおしゃべりではなく、どっちかというともう少し何かを探求していくとか、対話で深めていくみたいな時の方が価値があるよね、的なことですか。 多分そういうことだと思うんだけどなぁ。 でも教科書通りに言ったらそうですよね。 教科書通りに言ったらね、そうなんですよ。 間違いないじゃないですか。 ちょっと今ね、ありてぇだなって思いました。もうちょっと掘りたいなみたいな。 何なんですかね、僕らの若干の違和感というか。何かその教科書通りにちょっと納得いってないところもあるじゃないですか。 そうなんですよね。 どのあたりですか。 どのあたりなんだろうね。何に納得いってないというか。 うつつ、おしゃべりについてテーマとしていたじゃないですか。 じゃあちょっと視点を変えてね。 おしゃべりじゃなくて好奇心はどうですか。 そうなんです。 好奇心も何か良くないっていうことを言ってる。 はい。 これでも好奇心って結構良いものとされてません? そうなんですよ。 ね。 だから僕このテーマ結構深掘りたいなと思ったんですよ。 うん。 特に最近よりこの好奇心が良いものとされる風潮高まってきてる感じしません? 高まってきてます? なんか僕ら高まってるなって思って。 はいはいはい。 何だろうな、多分それっていうのはきっと若さとセットみたいなところがあると思うんですよ。 なんかこのアンチエイジング文脈でその身体的な若さを保とうってことと、精神的な若さとしてのその代名詞が僕は好奇心みたいなものがあるなと思うんで。 ああ、精神的な若さの代名詞ね。 はい。 なるほど。 年老いてくると何でもかんでも面倒くさくなったりとか、好奇心が無くなってどんどんいつもやってることとか、普段慣れ親しんだ場所に、それこそ退落してしまうから好奇心を持とうぜみたいなことを、なんかそのアンチエイジングの文脈として一緒に語られがちだなって僕は思ってて。 なるほどね。 僕自身も元々は好奇心ってやっぱあった方が良いと思うから、なんか好奇心は持ちつつ執着心は手放していこうみたいなことが自分の中で一つのテーマだったんですけど。 なんか、あらら、最近なんかこの好奇心も若干なんか違うなって思ってきたっていう。 なるほど。 どうですか? あー、なるほどなー。 ちょっと好奇心と執着の違いって、トリーさんの番組でもしかしたら語られてるのかもしんないんだけど。 はい。 僕もちょっと知りたいんですけど。 あー、そうですね。 いや、これも結構前、本当2010年代後半とかによく思ったことなんですけど。 うん。 なんか、何かに興味を持つっていうところは、すごくそのポジティブな面とネガティブな面で両方絡むじゃないですか。 ネガティブな面っていうのが僕は執着心だと思っていて。 なんか興味を持って、でもそれに取り憑かれちゃってというか、ネズミ取りのようにベタってくっついちゃって、そこから離れなくなるのは執着だと思うんですよ。 だけど、何かに対して好奇心を持って興味を持っていくってことは結構健全なことだという風に思っていた。 うん。 当時で。 だからここを切り分けて、好奇心は持つことはいいけど、あんまり執着しないようにしましょうねみたいなのを仏教的な観点から思ったなーってことがあって。 へー、なるほどね。 でもハイデガーさん的に言うと、たぶんその好奇心こそがみたいなことだと思うんですよね。 うん。 その自分が集中しなくてもいいことに取り組まされる一番の罠でもあるっていうことはどうですか? えー、なんかその好奇心を持ち続けるっていう話で、今頭に浮かんでるのがあの人なんだよな。 ヤクミツルさん。 あーはい。 ヤクミツルさんってゆるキャラっていう言葉作ったの?あれ違うか、ヤクミツルさんじゃないか。 三浦淳さん。 三浦淳さん。失礼しました。 三浦淳さんってまさに好奇心っていうとあの人思い浮かぶんですよね。 今のお話がまさにその三浦淳さんのいろんなものに対するアプローチというか。 すごい好奇心、すごい好奇心旺盛でいろんなものに注意を向けるじゃないですか。 だから他の人が見ない、着眼しないようなところに意識を向けて、世の中にこうやって面白いよねって言って、いろんなブームを巻き起こしたりするじゃないですか。 ゆるキャラみたいなものに興味を向ける人がまずいなかったところに興味を向けて引っ張り出してきてみたいな。 ただでもそれをやってるとなんだろうな、どっかで義務家になっていくみたいなことをおっしゃってたんですよね。 仕事になっちゃうというか、どっかで無理して興味を持ち続けなくちゃいけなくなるラインに到達するんだみたいなことをおっしゃっていて。 だからその好奇心、よくその安住慎一郎の日曜天国とかにもゲストですごい好奇心で一つのものをすごい深掘ってる方がよくゲストとかで呼ばれるんですね。 多分安住さんはそういう人好きだから。でもそういう人たちを呼んで若いのにすごい何かに集中している人がゲストで来てたんですよ。 その時にこんな若いのにこんなにね、ベビーカーだ、ベビーカーにすごいものすごく興味を持っている中学生か高校生の方がゲストで来てたんですよね。 ベビーカーの専門家みたいな感じで本も書いたりしている。すごい今からずっとベビーカーに興味を持ち続けるんですか?絶対そうだと思いますみたいな話をしていて。 でも三浦純さんが言ってたけど興味を持ち続けるっていうことは大変なんだと。どこかで無理やりにでも持ち続けなくちゃいけない領域っていうものに達するんだみたいな話をしてて。 今それ思い出したんですよねまず。好奇心と執着の境目。でも執着ともちょっと違う話にもついてくるのかな。仕事というものになってきた場合に義務官でとか、もうちょっと専門家として満遍なさっていうものを求めて、網羅性っていうものも求めた場合に興味のないベビーカーも調べなくちゃいけないとかわかんないけど。 そういうふうになってきたら、大落っぽいですよね。 僕も三浦純さんすごい好きだから思うんですけど、三浦純さんお土産とかも変なお土産とかも集める。あれとかも切った先に変なお土産があると、これはもう自分のために売られてるんじゃないかって思って買っちゃうみたいな、その脅迫心があるみたいなことを僕の威厄ですけど、何かの時におっしゃってて。 そうなっていくんだろうなって。そういう時ってもはや自分というよりかは社会一般的なっていうか、自分が作り上げてしまった三浦純イメージ像としてこれは買うべきか否かみたいな、なるわけですよね。 なるほど。でもありそう。三浦純的な人が来た時にその人たちに面白がってもらえる。絶対ありますよね。これ美味しくないしロングフィットしないけどバズりそうみたいな感じで店頭に並んでるんだろうなみたいなのはあるじゃないですか。 そして買っちゃう時もある。そういう人たちがある種のオタクみたいなところで結構社会的にインチを得ていて、それがSNSとかYouTubeでもそういう見せ方が一つの形になったじゃないですか。松子さんの番組とか博士ちゃんとか子どもたちもそういうところにハマってます。 社会にむしろ規定された結果の好奇心みたいなものが今一つ。それがスキルになるよみたいな。それで稼げちゃうよみたいな。それの好奇心に対する違和感がある。なるほど。バズり目的というか、そういう人に見せるというか、何だろう。ちょっとやっぱり他者の目線みたいなのがあるというかね。 確かに。人から特別だねって思われたい感がほのかに感じますね。なるほど。 自分自身はもう大して興味がなくなってきて、一通りやり切ったのに、なんかそれが、それで自分がキャラ付けされてしまうと、なんかそうしなきゃいけないみたいな。昔、サウナにめっちゃハマった人が、メディアとかでもサウナにめっちゃ話してて、その人が1日に4回とか入らされてて、もうサウナ着ない人半分にしてて。 身体にも悪いしね。本当にそうですよね。でも、そうなっていくじゃないですか。オタクとか何かに一つ好奇心で、そういうものでメディア露出し始めると。 そうか、でもそれがちょっとモデルになって、好奇心の一つモデルになってしまったっていうのはあるかもしれないですね。松子の知らない世界もそうだし、三浦純さんもそうだし、なんか一つのこんなものに注目している人なんていないよみたいなのを面白がるとか、松子さんみたいな人が気持ち悪いっていうのが逆に気持ちいいみたいな。 なんかそういう裏返りじゃないけど、またそれが一つの評価軸として誕生しちゃってるから、好奇心というものが、本来何か一つのものを目指すものだったのが現代的に言うと、自己実現のツールになっちゃってるっていう面はありますよね。 おしゃべりも似たところがあると思うので、見せるためのおしゃべりっていうか、今これがどっちなんだって言われるとなかなか難しいですけど。 もちろん聞いて、僕らとしてこれは人に聞いてもらうのを前提にしてるから、間違いなくその目線はありますよね。 ありますよね。要はメディアに出す出さないでも関係なく、場を繋ぐためのおしゃべりと本当にしたいおしゃべりみたいなものは、たぶん今の好奇心の話に見事にリンクすると思うんですよ。そこなんですかね、吉橋って。 なるほどね。確かにな。むしろこうやって、あえて鳥居さんのボイシーで流せる何かを撮りましょうよ、いいですねって話になったじゃないですか。僕らはたぶんオーディオブックカフェの中で話し足りないこと、ここなら話せるっていう期待感があるわけじゃないですか。 さらにここでも話せないことってあるよなっていう感じもあったりするじゃないですか。なんか使い分けてますよね。なんか深度深さみたいなものを。そうですよね。 深ければ深いほどいいんですかね。それもまた難しいですね。でも、マックス深い対話ってじゃあ何なんだろうって思ったときに、なんとなく僕は一人で喋るみたいなことが深いってことなのかなってことになってくる。誰にも聞かせない一人ごと。 そうですね。つぶやきみたいなものがいっちゃん深いってことになるんかな。それだったら孤独じゃないですか。一人じゃないとできない行為で、誰にも聞かれてない、いやむしろ聞かれてはいけないっていうことを言語化していく営みっていうのがまず必要なのかなっていう感じがしますね。 確かに。それ書くという行為も含まれてくるんですか。もちろんもちろん。日記ですよ。だから書いてそれを誰かに見せる前提で書いちゃうとやっぱりそこには何か他者からの何か配慮が入ってしまうから、それのない自己対話っていう時間は必要なんじゃないかなっていう気はしますね。 それが一番何に近い?本質ってことですか?エリア的なことですか? でもハイデが言う、自分本質、本来的な生き方っていうものに近い、孤独であれっていうことと存在に対して開かれておけっていう話は、それを実践するために必要なのは一人対話かなっていう感じがしますかね。 いやそれはめちゃくちゃ共感します。僕自身もやっぱり一人で書いていることに価としているので、そこは共感するんですけど。でもこれ果たして本当に人に見せない方がいいのかも悩ましいなって思ってて。 自分だけで書く、自分で完結する、だからもう正直に書こうみたいな話、文脈で言われるその正直さって、なんか僕ちょっと自分勝手とかと似てると思うんですよね。っていうのもなんていうのかな。 そこは誰の目線も入ってないから、これが一番オーガニックなものであるというか、生であるっていうふうに思うけど、でもなんかそれっていうのは、人の目が入らない自分の身勝手な欲望にもちょっと近くて、それって本当に求めてる自分の中にある、ありたいものに近いのかっていうと、それはそれでまたちょっと違うんじゃないかって。 じゃあその、ちょっと人に読まれるという意識があった方が、鳥井さん的には、本質的なことを言語化できるって感じがするという。 そうですね。何をもって本質化にもいるんですけど、でもなんかそういうタイミングに出てくることって、絶対欲望的になると思うんですよ。なんか人の目を意識しないがゆえの、すごいダラッとしたものというか。 それも確かに自分なんだけど、でもそれは言葉にしていくことによって、あ、私これ求めてたんだみたいになってくるじゃないですか。でも本当に何か求めてること、もうちょっと足りに手を差し伸べることがあったりとかする可能性があるってことは、なんかそこで書いてるジャーナリングとか日記みたいなもので結構推奨されますけど、本当にそこで書いていいんだっけってちょっと一瞬思うんですよね。 むしろ書いてから現実化しちゃいませんかって思うんですよ。 あーなるほどね。そうだね。書いてしまったことによって自分はこう思ってるんだとか、そういう感覚になってしまう。それを防止するために、誰かに読まれるってことを前提にした方がいいというか。 あーなるほどなー。確かになー。実は僕自身も最近ゼミを始めて、ゼミの第一回目のテーマが自己対話だったんですよね。で、僕はもうそこでひたすら一人で喋るのを推奨してるんですよ。ひたすら一人で喋るないし、誰にも見せない前提で書くのがいいよっていう話を存分にしてるから。 今、とりんさんのその話を聞いて、確かになと思いつつ。でも僕の中ではなんだろうな、それが一番自己対話の危ういところだなっていう自覚もあるんですよね。なんか書けば書くほど、例えば自分のパートナーへの不満が爆発するとか、なんかそういう書き方はスッキリする感情を自分の感情を感じるという意味で1回ぐらいやってもいいかなとは思うんですよ。 でも僕が推奨したい自己対話って正直そこではないんですよね。むしろそうならないように気をつけながら自己対話するにはどうしたらいいかみたいな話を結構したくて、なんかそういうゼミっていう形でそういう話をさせてもらったんですけど。 なんかこれがね、やっぱりすごい抽象的な話になっちゃうんですけど、今回テーマがハイデガーだから、ハイデガーの文脈で言うと存在の開かれみたいなことを言うじゃないですか。あれって結構超越的というか、刑事上学的というか、要はなんだろうな、言語化が難しい領域。 言葉遣いが正しいのかわかんないけど、神様の世界というか、そういう領域のイメージじゃないですか。犯罪に開かれて罪を受けなさいみたいなとか、両親の呼び声みたいな。でもそういうのって やっぱり1人孤独に自分の中を見つめている時に 自分の欲望に従って自己対話をしないために必要な心的態度だと思うんですよね。そういうのが人間にはセーフティーネットとしてある気がするから、それを頼りに1人で自己対話は可能なんじゃないかなんですよね、僕は。 むしろそのために、エフタさんは自己対話の大切さを考えるゼミを始めようと思われたんですよね。 そうです。まずは、それも目的の1つですね。第1回目のテーマがそれでした。 今回これ今通常回で配信しましたけど、プレミアムの方でエフタさんが今ゼミを始められたということで、なんでそれを始めようと思ったのか、その裏話みたいなことをぜひ聞きたいなと思ったので、まさにこれ繋がるなと思いました。 すごい繋がりましたね。そこなんですよね、まずはと思って。 じゃあまさにこの話の続きをプレミアムにさせてもらっていいですか。 ありました。もうね、あっという間ですね。 そう、あっという間なんですよ。またぜひ。 楽しかったです。いいですね、なんか。 遊びに来てください。 ありがとうございます。 ありがとうございます。 もっと見る鳥井弘文の旅と読書とコミュニティプレミアム放送配信中!22:451.『あした死ぬ幸福の王子』をご紹介したオーディオブックカフェのリンクはこちら↓https://x.com/audiobookcafe33/status/1958744054763532328コメントプレミアムリスナーになるとコメント欄に参加することができます プレミアムリスナーに参加する
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