TOPエンタメ映画・本鳥井弘文の旅と読書とコミュニティ葛藤するから、僕らはつながれる。09:35 昨日 193再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次未完成な思考を共有する意味とは葛藤が言葉に与える「重力」とはAI時代に問われる生身の葛藤の価値「奥」を探求する葛藤と自己変革人間だけが持つ「重力ある共感」の本質AI文字起こし(β版) # チャプター 1 こんにちは。鳥井博文です。 働くをテーマにした対話型オンラインコミュニティ 和声サロンを運営しています。 さて、本日のお題は 葛藤をするから僕らは繋がれるというテーマで お話ししてみたいと思います。 今日も昨日ブログに書いた内容です。 それでは早速本題に入っていきますね。 ブログやSNSに何かを書こうとして まだ自分の中で答えが出ていないからという風に 手が止まってしまう場面もあるかという風に思うんです。 迷っていることはあるし考えていることもある。 でも結局自分はどうしたいのか自分でもまだ分かりきっていないと。 そんな途中の考えを人様に読んでもらっていいんだろうかという風にです。 こういうためらいを抱える人は結構多いような気がしています。 和声サロン内でも似たような話はよく聞きます。 悩んだ末に何を選んで実際にどうなったのか。 そこまでかけた方が読む側にも何かを持ち帰ってもらえそうだし 自分としても納得感が出てくるような感じがします。 その気持ち自体は本当にとてもよく分かるんですよね。 でも最近僕はあえてそれを裏返して 問いで繋がるとか葛藤で繋がるということがあるんじゃないかという風に考えています。 同じ答えに賛同するから一緒にいるという状態も確かにあります。 企業や宗教団体も同じ目標に向かう仲間や 共通の理念の下に集まる人たちが一般的ですからね。 でも一方でまだ答えが出ていないその人が 何かを簡単には割り切れずにいることに触れて ここから始まっていく関係性も確かにあるような気がするんですよね。 この点葛藤を経て紡いだ言葉というのは 自分を拘束する力みたいなものを持っているなという風にいつも思います。 上手い文章を一つ書けたからといって それだけで自分の生き方とか人生がガラッと変わるわけではない。 でも失敗や後悔その葛藤の末に獲得をした自らの信念は 次に似たような状況に直面をした時 自分の行動を縛るものになるなという風に思うんです。 あの時あれほど後悔したじゃないかという 強い自分の中の実感値みたいなものが 手触りのある記憶として自らの中にしっかりと残っているからです。 例えば相手から返事が来ない時 相手にも事情があるという風に頭では分かっていても 不安になってつい返事を急かしてしまったりもしますよね。 後から事情を知ってあんな言い方をしなければよかったという風に 後悔したりもするという風に思うんです。 次に似たような場面が訪れた時 相手に連絡をしようとする自分を止めることができるという風に思うんです。 そんな時相手にも事情があるというその言葉自体は 何も変わっていないはずなんですよね。 誰でも知っているぐらいに当たり前すぎるほどの当たり前の言葉です。 でもその言葉の自分に対する効き目みたいなものは 以前とは全く異なっているわけです。 じゃあなぜそれが自分に効くようになったのかといえば 過去の体験があったからですよね。 だから葛藤というのは言葉に重力を与える工程なのかもしれないなという風に思うんです。 その言葉を知っているだけでは平気で通り過ぎられたはずのところで 自分の足が止まってしまうわけですから 言葉が自分のものになるというのは案外そういうことなんだろうなという風に思っています。 僕はよく思うんですが 車輪の再発明という考え方を そのまま人生の問いに当てはめてはいけないんだという風に思うんです。 既に誰かが答えを出しているならそれを使えばいい。 わざわざ同じことを考え直す必要はないという よくある言説というのは 仕事の生産性を高める上では確かにその通りだなという風に思います。 でも人を信じることや 誰かと一緒に生きることについて 教訓を読んで理解したらそれだけで済むのかというと 当然そうじゃないわけですよね。 結末が分かっているからその過程は省略をしていい。 それで何でもかんでもどんどん効率化していた時に 一緒になくなってしまうものが確かにあるようなという風に思うんです。 言い換えるとAIがどれだけ正しそうな答えを返してくれても 受け取ったばかりの僕らにとっては まだそれというのは重力を持たない模範回答でしかないという場合が 多いんだという風に思います。 それを自分のものにするには結局こちら側が生身の人生を ちゃんと生きなければいけない。 そこでもがき苦しまなければいけないわけです。 AI時代だからこそそうやって自分の人生の問いに真正面から向き合うこと その時間まで答えを受け取ったことで 安易に済ませてしまわないことというのはかなり大事になってきているような気がしています。 ただここまでの話だと結局 葛藤の末に何を得たのかが大事なんじゃないかという話になってしまうという風に思うんですよね。 それではやっぱり答えが出てから書けばいいという話になってしまいます。 僕が最近考えているのはそうじゃなくて その途中で起きていることに対しても もっともっとちゃんと目を向けていきたいよねということなんです。 葛藤というのは人というその器の中で時間をかけて起きている 作用そのものでもあるわけですから 葛藤している間人はずっと同じ場所にいるように見えて 少しずつ変わっていることがあるという風に思うんです。 答えを出していないこと自体に変わりはなくても その問いに向き合っている自分は すでに最初の自分とはもう完全に異なっている。 この発行しているような状態の中にこそ実は本当の価値があるんじゃないかという風に思うんです。 あとから振り返れば あの時間があったから今の自分がいると思うこともあるはずなんですよね。 でもそれが将来何の役に立つかを その都度説明できなくてもいいはずなんです。 人生に関わっている時にも僕らはすでに人生の真っ只中にいる。 何かを分かりやすく決断しないと 人生は何も始まらないというわけじゃなくて その時点ですでに猛烈に始まっているんだよってことを 僕はここで強く思うんです。 そしてこの変化っていうのは僕が最近考えている奥の思想なんかにも 繋がっていくような気がしています。 先日Xにお酒は本音を引き出してくれるけれど その本音のさらに奥にあるものに触れるには何が必要なんだろう というふうに思いました。 ただこの奥という言葉は少し説明が必要だなと思っています。 本当にそれが実現できたら さらにその先で何がしたいのというふうに問い続けて 最終的に火星に行きたいという願望が出てきたとしても 個人的にはそれにあまり興味がありません。 それだったら火星に行きたいと願う私とは一体何なのか その奥にあるものとはみたいな問いの方に 我然興味があるんですよね。 葛藤するときには自分の願いだけではどうにもならない他者や 自分にとって同じくらい大切なものに すでに出会っている場合が多いわけですからね。 そしてどちらも大事だから簡単には 片方を捨てされないということですから そこで必死に考えているうちに最初の願いの意味合いまでも変わってくる。 それというのは常に上を探求するというよりも 奥を探求している感覚に近いなというふうに思います。 そしてその奥にこれが本当のあなたですという答えがあって それを見つけたらおしまいというものでもないんだというふうに思うんですよね。 探している自分自身の方もガラッと変わってしまうわけですから そんなことを考えていたら先日サロン内に書いた 3から5の話にも繋がっていきました。 これというのはビジネス文脈で 01が得意か1から10が得意かという話をよくしますよね。 でも世の中にはそうじゃなくて 3から5が得意な人もたくさんいるんだろうなというふうに思ったんです。 そういう人たちが力を発揮できる場をどうやって AI自体に作っていけるんだろうかと。 ただ今考えていることをもう少し正確に言うなら 3から5を行ったり来たりすることが得意という人がいるんじゃないか というふうに思ったんです。 その往復の中で考えを深めたり誰かの問いに付き合ったりすることに 力を発揮する人もいるというふうに思うんですよね。 5まで行ったと思ったらまた3に戻ってくる。 人を信じることについて自分なりに分かったつもりだったのに また信じられなくなってしまう。あれだけ考えたはずなのに でもそれって本当に最初と同じ3なんだろうかと。 ここで何が言いたいのかといえば 問いそのものは何度も繰り返しているかもしれないけれども でもその問いへの向き合い方まで全く同じとは限らないんですよね って話をしたいんです。 0から1を生み出したわけでもないし 1から10までを成長させたわけでもない。 それでもこの3から5の往復や反復の中で確かに奥に深まっているものがあるというふうに思うんです。 僕はそこにも人が人生を生きていることの 面白さとか充実感みたいなものは強くあるというふうに感じるんです。 そしてこのような奥を探求する 深めていくその姿勢で繋がることもできるような気がしていて それが今日の僕の一番の主張です。 相手が何に立ち止まり何を簡単には手放さずにいるのかを知ると こちらの聞き方なんかも全く変わってくる。 そしてその話を聞いたこちらも じゃあ自分だったらどうなんだろうって考え始めて 自分も似たことで迷ったことがあるというふうに伝えたら その話が転がっていくかもしれないわけですよね。 つまりその人の話を聞くことで自分自身の身体の記憶が呼び起こされて 返す言葉やその後の互いの関係性までが がらっと変わってしまうということです。 僕がAIの共感とは違うというふうに感じるのは まさにこの部分なんですよね。 人間同士の場合であれば聞いている側にも生きてきた時間 その人生そのものがあるわけです。 その経験から経た言葉が今度は相手に向き合う自分自身を拘束する そういう共感にはちゃんと重力が発生しているんだというふうに思うんです。 逆に言えばAIのものすごく丁寧な聞き方は ちゃんと丁寧ではあるんだけれども そこには重力だけがないよねというふうに思うんです。 だから答えの出ていないことを書いてもいいんだろうか というふうに迷っている人がいたら 僕はその考えている途中の話も素直に聞いてみたいなというふうに思うんです。 むしろそれこそ人間が書くべきことであって 人間同士で受け取り合うべきものでもあるというふうに思うからです。 AIが進化すればするほど逆性的に この3から5の行ったり来たり その深まりや奥を目指すこと その態度こそが人間だけにできることであって 人間のお仕事そのものになっていくというふうに思うからです。 さて、今日のお話は以上となります。 いつもこのボイシーを聞いてくださっている皆さんにとっても 今日のこのお話が何かしらの考えるきっかけとなっていたら幸いです。 それでは今日はこの辺で。また明日。 もっと見る鳥井弘文の旅と読書とコミュニティプレミアム放送配信中!09:351.チャプター 1コメントプレミアムリスナーになるとコメント欄に参加することができます プレミアムリスナーに参加する
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