TOPエンタメ映画・本鳥井弘文の旅と読書とコミュニティ自分のために存在していない人と、一緒にいたい。09:37 一昨日 222再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次反応がないことにも覚える安心の正体自分と相手のままで共にいたい願望「ちいかわ」が示す関係性のロールモデル親しくなるほどに募る「反応」の要求無反応な相手を大切にできるかという問いAI文字起こし(β版) # チャプター 1 こんにちは。鳥居 博文です。 働くをテーマにした対話型オンラインコミュニティ 和製サロンを運営しています。 さて、本日のお題は 自分のために存在していない人と一緒にいたい というテーマでお話ししてみたいと思います。 今日も昨日ブログに書いた内容です。 それでは早速本題に入っていきますね。 自分が書いたブログや文章にあまり反応がないことが むしろ嬉しかったりもする。 毎日ブログを書いている人間が 一体何を言っているんだという話なんですけども、 でも最近そんなことをよく思います。 僕のことを好きでいてくれたとしても、 僕が書くものまで毎回好きになってもらわなくても いいんだよなって。 好きな人の文章でも、 今日はあまりピンとこないこともあるし、 途中で読むのをやめることだって 普通にあるというふうに思うんです。 でもだからといって、 それでその人のことを嫌いになったり するわけでもないですよね。 もちろん反応をもらえたら 嬉しいことは間違いないんです。 それなのに反応がないことにも どこか安心感を覚えることがあるなって。 ではこの時に僕は一体何を 嬉しく思っているんだろうかと、 今日はそんなお話になります。 例えば誰かから、 これを見て鳥井さんのことを思い出しました みたいなふうに連絡をもらうことがあります。 そういう時に嬉しいのは、 教えてもらった情報の中身だけでは ないような気がするんですよね。 相手には相手の生活があって、 僕が知らないような友人もいれば、 僕とは関係がない悩みや楽しみなんかも その人の人生の中にはあるというふうに思うんです。 こちらが何も話しかけていなくても、 その人の一日は勝手に進んでいくわけですよね。 そんな勝手に進行している生活の途中であったとしても、 ふと自分のことを思い出してくれて連絡をくれた。 自分が何も働きかけていなかったそんな時間にも、 自分が相手の中に存在をしていた。 そのこと自体がなんだか嬉しいわけですよね。 自分のために存在しているわけではない人の生活の中に、 少しだけ自分の居場所があったんだっていうふうに 事後的に知るようになるわけですから、 人と関わることの嬉しさって、 案外こういうところにあるのかもしれないなって思います。 だから人との関係で感じる思い通りのならなさも、 単に次の反応が読めないことではないはずなんです。 こちらからすると意外な反応であっても、 その人はその人なりの理由があるのかもしれない。 別のことに夢中になっていたりとか、 自分には想像もつかなかったものを大切にしていたりする場面も、 あるかというふうに思うんです。 こちらから見ると思い通りにならないことが、 相手から見ると、 ただただ自分の人生に集中していただけだったりもするわけですよね。 そしてその自分とは違う人生の話の方を、 僕は聞いてみたいなというふうに思うんです。 僕は以前からこれに関連して、 群れずに群れたいということをずっと考えています。 誰とも関わらずに痛いわけではないし、 助けてほしい場面も多いし、 面白かったことを誰かに聞いてほしいという感情は、 僕の中にもあります。 でもそのために同じものをわざわざ好きになったりとか、 同じ反応をしたりとか、 同じ方向を向き続けたりしなければならないのだとしたら、 それはそれで少し息苦しいなと。 自分は自分のままで、そして相手も相手のままで、 それでも可能な範囲で共にいたい。 そんなことを考えていたときに、 今世間でこれだけチーカオが広く受け入れられている理由なんかも、 なんだか少し負に落ちるような気がしたんです。 チーカオというのはまさに、 群れずに群れたいの物語なんだなというふうに、 なんだかふと負に落ちたんですよね。 性格も得意なことも違うし、 いつも同じ気持ちでいられるわけでもない。 それぞれに興味や欲望があり、 相手の思い通りにはならない。 それでもチーカオのキャラたちは共に過ごし、 困ったときにはちゃんとお互いに助け合う。 チーカオとはまさにそういう物語ですよね。 でもそうやって助け合って、 大切な仲間になったとしても、 相手が自分の一部になるわけでもない。 別々の存在のままで、 また関係性が淡々と続いていくような形式として描かれています。 しかも彼らは一人で何でもできる強い存在ではないんですよね。 怖がったりとか不安になったりとか、 誰かに助けてもらわなければ、 どうにもならなかったりする場面も多いわけです。 つまり誰にも頼らずに生きられる者同士が、 余裕を持って集まって集っているわけではないということです。 弱いまま頼り合っていて、 それでも同じものにはならないという感じですよね。 僕はまさにこれが、 群れずに群れたいという言葉で考えたいものだったなと思うし、 それが物語の形で描かれているようにも見えるんです。 そう考えると、 チーカオのこの流行というのは、 今の時代に僕らが欲しがっている関係の形も 見事に現れているのかもしれないなと思ったんです。 誰かと繋がっていたい。 でも繋がっていることをいつも確かめ合うのは、 少し疲れて息苦しいんだと。 親しくもしていたいんだけど、 毎回同じものを面白がったり、 同じ熱量で反応したりできるわけでもないんだと。 かといって、 それが嫌だったら一人で生きればいいじゃないと言われると、 そんなにも強くないわけですよね。 非常にわがままな感覚だというふうにも思います。 でもわがままだからこそ、 本当の正直な感覚でもあるというふうに思うんです。 一人で生きられるようになることと、 相手に合わせ続けること、 そのどちらも一緒にいるための条件にはしてほしくはないわけですよね。 そんな僕らにとって、 頼り合いながらもそれぞれがそれぞれでいられる、 そんな地域形の姿みたいなものは、 一つの救いというか、 ロールモデルというか、 何というか、そういう望むものに見えてくるわけです。 そしてここが大事なところなんですが、 相手が自分とは違う人生を生きていることって、 関係を難しくする理由であると同時に、 その人と深く関わりたい理由でもあるんですよね。 自分の知らないものを面白がっているから、 その話を実際に聞いてみたいと思うわけですから、 最初は自分の話を聞いてもらうつもりだったのに、 気づいたら、相手の話の方に夢中になっている状態があったりもするわけですよね。 話す前には、そんなことに興味を持つ自分なんて、 全く想像もしていなかったのに、 他者と関わることによって、 自分の価値観がガラッと変わる瞬間です。 人と関わることで、自分が欲しいと思っているものまでが、 ガラッと変わってしまう。変えられてしまう。 その喜びですよね。 ただ、ここからがまた自分でも厄介だなと思うところでもあるんですが、 ここは、群れずに群れたいの物語だと腑に落ちたところで、 じゃあ自分の人生がその関係性を生きられるかどうかというのは、 また別の話なわけですよね。 自分とは別の人生を生きている人と関わりたい。 そのはずなのに、そうやって他者と親しくなればなるほど、 その人に自分のための反応を強く求めてしまうことがあるような、というふうに思うんです。 例えば、冒頭でお話をしたブログの例であれば、 前はよく読んでくれていたのに、 最近はあまり反応してくれない人がいたとします。 自分の文章には何も言わないのに、 他の別の誰かの文章には楽しそうに感想を書いているとしますよね。 そんな時、少し寂しくなることもあるというふうに思うんですよね。 でも、その人が自分以外のものに夢中になることも含めて、 その人の人生だったはずなんです。 あなたの自由を大切にしたいというのは、口で言うのは簡単なんだけども、 その自由が僕の文章を読まない自由だったり、 僕に感動しない自由だったりした時に、 さて自分はどうするんだろうというふうに思ってしまうわけです。 自分のためだけには存在していない相手と関わり合いたかったはずなのに、 親しくなった後においては、自分のために反応してくれる人へと 少しずつ変えたくなってしまうみたいな、そんなジレンマが 誰しも持っているというふうに思うんです。 好きでいて欲しいというそんな願いが、 好きでいる証拠を提出し続けて欲しいという そういう要求に知らないままに変わっていくというふうに思うから、 人間関係はこじれやすいよなというふうに思うんです。 そういうことできっと、誰かを大切に思っているつもりのまま 無意識に起こってしまうことだから、 余計に厄介なんだろうなというふうに思うんです。 むしろ反応がなくなったときに、 それまでの応援までを疑わずにいられるかどうか、 反応をくれない相手を、こちらは変わらずに ずっとそれでも大切にできるかどうかが問われているんだろうな というふうに思うんです。 そう考えると、群れずに群れたいという言葉も 自分が自由でいられる場所を求めるだけではきっと足りないんですよね。 自分は同調することを求められたくはない。 でも相手が自分に同調してくれないときは 一体どうするのかということがこの言葉の中には含まれてくる。 そこまでを含めて僕は考えたいなというふうに思うんです。 ただそれというのは、何をされても 寂しくならない人になることではないというふうにも思うんです。 この辺りは非常にややこしい話で申し訳ないというふうに思うんですが、 誰かと一緒にいたいからこそ不安になるし、 反応を確かめたくなることもあるというふうに思うんです。 そこにこそ、相手への行為の原石というか、 厳選みたいなものが存在するわけですよね。 その気持ちまでをなかったことにはしなくてもいいはずなんです。 でも、自分の不安を落ち着かせるために 相手がずっと同じ反応を返さなければならなくなるのは やっぱりどこか違うんだろうなって。 反応しない自由があった結果、 相手は本当にしばらく何も反応しないかもしれない。 それでもその人を大切に思う理由が ちゃんと残っているかどうかが問われているわけです。 自分を応援してくれている時間だけを その人との関係のすべてにはしたくないんですよね。 そういう話なんですよね。 だから冒頭の無反応が嬉しいという感覚も そのこそが信頼の証拠だというふうに言いたいわけではないんです。 それを言い始めてしまったら 相手が何も言っていない時間までを また自分との関係性を証明するための そんな材料になってしまうわけですから 反応がないその理由というのは究極はわからないわけです。 ただ、自分とは関係のない時間を生きているのかもしれないし その時間までを無理に自分がすっかりといるかどうかの話に しなくてもいいよね。 そうやって回収しなくてもいいよねってことを ここで言いたいんですよね。 安心して書ける話せる場所っていうのはきっと そうやって互いに褒め合わなくてもいい場所でもあるんだろうな というふうに思います。 いい意味で互いにちょうどよく無視し合えるような関係性です。 そして次にお互いが直接会って話す時には その人が僕の知らないところで 一体何を見てきて何を面白がってきたのかを またゆっくりとゼロから聞いてみればいいんだ というふうに思うんです。 自分への反応が途切れている間であっても その人の人生はずっと続いているわけですから 僕がこれからも和製サロンの中で 丁寧に耕していきたいのは そのような関係性を持ちながら でも関係性をずっと維持しようとし続けない 時には無視することも大事にする そんな関係性なんだろうなというふうに思っています。 さて、今日のお話は以上となります。 いつもこのVoiceを聞いてくださっている皆さんにとっても 今日のこのお話が何かしらの考えるきっかけとなっていたら幸いです。 それでは今日はこの辺で。また明日。 もっと見る鳥井弘文の旅と読書とコミュニティプレミアム放送配信中!09:371.チャプター 1コメントプレミアムリスナーになるとコメント欄に参加することができます プレミアムリスナーに参加する
AIが要約したことが、僕らの言ったことになる。 10分・11時間前・ 152再生AI目次Apple Watch新機能に見るAIの未来AI要約が変える会話の真実とは言葉にならない思考と会話の本質美しすぎる合理性が奪う「わからなさ」便利さのその先で何を失うのだろう
「いなくならないから」の倫理。 10分・昨日・ 199再生AI目次「いなくならないから」が意味するもの時を経て深まる関係性の倫理とは「チーカ」が示す現代的安心感の源言葉を超え、信頼を育む時間の重み令和の時代が問い直す愛と関係性
自分のために存在していない人と、一緒にいたい。 10分・一昨日・ 222再生AI目次反応がないことにも覚える安心の正体自分と相手のままで共にいたい願望「ちいかわ」が示す関係性のロールモデル親しくなるほどに募る「反応」の要求無反応な相手を大切にできるかという問い
AIに仕事を任せるために、先人たちの面影を共に探す。 10分・9月11日・ 236再生AI目次iPhone Duo発表が示唆する仕事の形AIに任せる前に問うべき仕事の真意仕事の「繋がり」は誰が作ったのか?見えない「面影」を辿るAI時代の価値先人の「魂」をAIと共に未来へ繋ぐ
「AI最高!」と、無邪気に言えなくなる日。 10分・9月10日・ 253再生AI目次AIが安全保障と直結した新時代経済から国家の軍事競争へ変貌「AI最高」が無邪気に言えない理由倫理を問う姿勢は競争の邪魔になるのかAI推進者の心に生じる矛盾と問い
自動運転が、不便な場所を桃源郷に変えていく。 10分・9月9日・ 230再生AI目次自動運転が生む「動く個室」の未来交通技術が変える「門前町」の姿自動運転が変える土地の勢力図不便な場所が「桃源郷」になる時AIが語る「桃源郷」への道程
どちらも本心のまま、共にいる。 10分・9月8日・ 250再生AI目次偽善か否か?揺れる本心の葛藤受け入れと願い、同時存在の重み映画が問う、否定と肯定の親心二向同体思想に見る葛藤の価値矛盾解消で失う大切なものとは
自分の価値を、証明し直さなくても会える場所。 10分・9月7日・ 258再生AI目次AI時代、尽きない自己更新の苦痛頑張り方では測れない未来の価値自らの「正しさ」を問い直す勇気価値を失っても支え合える関係性証明不要な「サードプレイス」の意義
何にでもなれる時代に、「今の自分」をやめられない。 10分・9月6日・ 276再生AI目次AI進化と見過ごされる自己成長の差AI時代の挑戦が生む「自己」の固定化「できること」増大と失われる「自由」AIによる「改める心」不要の帰結とは仕事の価値証明と自己の役割の固定
まだ正しくなっていない言葉を、置ける場所をつくりたい。 10分・9月5日・ 267再生AI目次AI時代の人間の本質と衝動の価値正しい情報より「魂の叫び」を優先人間の衝動と偏り、その本質を探る未完成な言葉を「手懐ける」技術まだ正しくない言葉の居場所とは