TOPエンタメ映画・本鳥井弘文の旅と読書とコミュニティ自動運転が、不便な場所を桃源郷に変えていく。09:46 9月9日 230再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次自動運転が生む「動く個室」の未来交通技術が変える「門前町」の姿自動運転が変える土地の勢力図不便な場所が「桃源郷」になる時AIが語る「桃源郷」への道程AI文字起こし(β版) # チャプター 1 こんにちは。鳥居 博文です。 働くをテーマにした対話型オンラインコミュニティ マセイサロンを運営しています。 さて、本日のお題は 土地の価値はその時代の移動技術によって発見される というテーマでお話ししてみたいと思います。 今日も昨日ブログに書いた内容です。 それでは早速本題に入っていきますね。 今年の6月頃、Xにこんなことを投稿しました。 自動運転が来たら乗っている最中に 広告さえ見てくれていれば 移動料金はタダという世界線がやってくるのかもしれない。 そう考えると未来のタクシー会社というのは 意外とYouTubeやTikTok、Netflixのような 映像を提供する会社なのかもしれないなと。 そして最近、テスラのサイバーキャブのニュースなんかを見ていて この想像がまた自分の中で一気に膨らんでいます。 きっと自動運転の車内に入ってくるのは そんな広告だけではないんだというふうに思うんですよね。 無人なのだから車内はそのまま動く個室になるわけです。 つまり占いやカウンセリングの場になっても何もおかしくないし 真逆に振ってキャバクラやホストのような空間になることも十分にあり得る。 もちろんその接客を実際に行うのは人間かもしれないし AIかもしれないわけです。 マッチングアプリなんかもそのうち マッチしたのでカフェで会いましょうではなくて お二人を自動運転車がお迎えに行きます になるのかもしれないなというふうに思うんですよね。 車内の会話をAIが察知をし取り持ってくれて 見守りや緊急通報もになってくれるようになるわけですから カメラがあるだけで安心できるわけではないかもしれないけれども 初対面でも乗れるような仕組みを作ろうとする 事業者なんかはきっと必ず出てくるはずです。 こうやって並べてみると随分下世話な未来に思えてきます。 でも僕が面白いなと思っているのは サービスの中身ではなくて これら全てに移動という大義名分が付いているから 可能となるということの方なんです。 わざわざ占いを予約することでもない。 でも帰り道だったらいいかなとか 誰かに話を聞いてもらうためだけの時間を取るのはためらうけれども どうせ車に乗っているんだったら 聞いて欲しいことがあるしというふうにです。 みんな今電車の帰り道に ただの咀嚼をやったりもしますよね。 別にあれというのはやりたくてやっているというよりも 時間つぶしをしてやっているだけだというふうに思うんです。 それと同じように移動しているだけのはずの時間に あらゆるビジネスが入り込んでくる。 人間の欲望がこれだけ重なる場所なんだから 本当に大きなお金が動く場所になるんだろうなというふうに思っています。 ただここまで考えてから気が付いたんですが これは別に新しい話でも何でもないんですよね。 山道には昔から門前町がありました。 お参りに向かう道の両側に茶屋が並び 土産物屋が並び占い師が座っていて 場所によっては誘拐まであった。 参拝という大義名分の下で 道中にあらゆる商売が入り込んでいたわけですよね。 そしてそれというのは参拝の高揚感を損なうものではなくて むしろその高揚感の一部だったわけです。 移動という大義名分の中で あらゆるビジネスが行われる場所というのは 僕が未来として予想したものでも何でもなくて 日本人が何百年も前からやってきたことだったわけです。 そう思うと気になってくることがもう一つあります。 社内での過ごし方がそこまで変わるんだったら 僕たちは行きたい場所そのものも 変わってしまってくるんじゃないかということです。 そしてこういう変化というのは これまでの歴史の中でも何度も繰り返して 起きてきたことなんだろうなというふうに思うんです。 例えば北前船とか分かりやすいです。 北海道と大阪などを結んでいた北前船では 各地に物資を運ぶと同時に文化も同時に運んでいました。 あとは出港までの風待ちの時間みたいなものにおいて 寮邸や茶屋などで交流が生まれたことも 紹介されていたりする場面も多いです。 この風待ちという話もすごく面白いなというふうに思うんです。 目的地まで一直線にはたどり着くことができない。 その途中で人が滞在をし 誰かと出会いまた別の港へとその文化を持っていく。 港町の寮邸や茶屋というのは海の時代の門前町だったわけです。 外から届いたものをその土地の人々が取り入れ 手を加えて暮らしの中に馴染ませていく。 いつしかそれがこの土地らしい味とか 昔から伝わる文化みたいな風に呼ばれるようになっていくわけですよね。 僕たちが何を美味しいというふうに思い どんなものに親しみを感じるのか その感覚にもそんなかつての交通が ちゃんと入り込んでいたんだというふうに思うんです。 鉄道の時代にも同じことが起きましたよね。 ぶらたぼりなんかを見ているとすごくわかりやすいんですが 初詣や神社の参拝の歴史自体が そのまま鉄道の普及と重なっていることに気付かされます。 現代を生きる僕らが新年になると当たり前にやっている 初詣というその習慣は 明治以降鉄道会社の集客競争の中で広まったものだそうです。 そしてこの時山道の茶屋と土産物屋は 見事に鉄道の駅前にも移っていきました。 つまり駅前商店街は鉄道の時代の門前町なわけです。 自動車の時代になればそれがもう一度引っ越したわけですよね。 今度はロードサイドの大型店とイオンモールとサービスエリアなんかです。 そのタイミングにおいて駅前商店街のシャッターがどんどんと降りていったのは 商売が古びてしまったからとか滅びてしまったからではなくて モータリゼーションの時代において 門前町としての山道が国道沿いに移ってしまったからです。 門前町は一度も消えていない。 交通の結節点が動くたびにそれらに最適化して引っ越しているだけなんですよね。 こういう変化を僕自身の実感として考えやすいのが 僕自身の地元の函館でもあります。 函館っていうのは北前部での気候地でもあって 幕末に開港した港町でもありました。 海雲の時代にあの町は地勢学的に発見されたんですよね。 その後物流の主役が船から鉄道と道路に移り 青函トンネルが開通して連絡船がなくなると 本州と北海道をつなぐ玄関口というそんな役割なんかも薄れていきました。 もちろん町の変化を海雲だけで説明することはできないんだけども 僕が函館に感じているそんなノスタルジーの中には 確かにその歴史なんかが含まれています。 明治から昭和にかけて見事に栄えて 平成に入った途端見事に捨たれた町の代表が函館なわけです。 完全に昭和のまま時代が止まっていて 平成に乗り遅れた町なんですよね。 ところが今の函館に来る若い人や海外からの観光客の皆さんは あの町のそんなノスタルジーにこそ教習みたいなものを感じてくれている。 地元の人間が見れば失われたものが見える同じような町並みに対して 初めて訪れた人たちは初めて出会うものに溢れているという風に感じてくれるわけです。 海雲で栄えて捨たれたというそんなノスタルジーそのものが 一つの町の物語として楽しまえているわけなんですよね。 ここも見逃せないところなんだろうなという風に思うんです。 ここで話がガラッと変わりますが 最近キングコングの西野さんがよく語っている AIの時代は土地を取れという話に僕はとても共感してしまいます。 その上でここに自動運転が入っていた時 土地の勢力図自体もまたガラッと変わってくるんじゃないかという風に思うんですよね。 そもそも今の時代の一等地というのは 鉄道や飛行機そして自動車に最適化された場所なわけです。 ただこれが自動運転の時代には これまでの交通の交代と一つだけ違うところがあるなという風に思っています。 自動運転によって初めて門前町みたいなものが土地を離れるわけですよね。 占いも接客も広告もそして初対面との出会いなんかも 乗り物の中に入る可能性が出てきた。 冒頭で語った下世話な未来予測というのは 要するに動く門前町の話がしたかったんです。 人の営みが井戸の途中に集まってくること自体は何も変わっていない。 変わるのはそれが土地から切り離されるということなんです。 これっていうのは土地の方にとってはかなり大きな変化だという風に思うんですよね。 商売が動く個室そんな社内の中に吸い取られてしまえば 土地は商売で勝負しなくても良くなるわけです。 そこに何があるかだけで選ばれるようにもなっていく。 だとすれば今不便だと思われている場所が 突然ものすごく魅力的に見えてくる可能性だってあるわけですよね。 今の便利で有名な観光地を抑えることと これから不便ではなくなるそんな桃源郷みたいなことを見つけることの違いっていうのは 思っている以上に大きな差があるような気がしてならないんです。 しかもその桃源郷っていうのはまだ誰も知らない場所だけという風には限らない。 函館のように昔は栄えていた町や交通の中心から外れてしまった集落、 門前町に去られてもう役割を終えたという風に思われていたような場所。 そこにしかない風景とそこでしか語れない物語さえあれば 次の時代にまた人が集まる理由はそこに眠っているのかもしれないなって。 それで個人的に一番楽しみにしているのは その土地へ向かう車内にAIが一緒にいてくれる未来なんです。 その土地の歴史や文化をAIと話しながら知っていく。 窓の外の風景と結びつけながらその場で学ぶこともできるわけですよね。 そうやって目的地へ向かっていったら 着いた時には見えるものも全てがガラッと変わるわけです。 街の賑やいもそして寂しさなんかもその背景を少し知った上で歩けるようになるわけですよね。 移動中の車内こそが専門家とかツアーコンダクターとともに歩くような 目的地までの見事なまでの山道になっていくような未来です。 今までは空港からさらに車で2時間もかかるという風に思っていたような道のりが その土地を楽しむためにちょうど良い時間になることだってありえるなという風に思うんです。 物理的な距離は同じでもその時間をどう受け取るかは 人間の主観である以上いくらでも変わり得るんですよね。 そして山道の先にある土地には車内で高められた期待感みたいなものを そのまま受け止めてくれるものがそこにありさえすればいい。 冒頭で語ったように車内には広告も接客も占いも出会いなんかも 全て入ってくるんだという風に思います。 そこに人間の欲望がある以上いろんな商売が生まれてくるだろうし その生々しさも含めて未来は本当に面白いなという風に思うんですよね。 そのような時代において不便ではなくなる桃源郷みたいなことを これから見つけていくことができればそれはとても面白いだろうなという風に思っています。 さて今日のお話は以上となります。 いつもこのボイスを聞いてくださっている皆さんにとっても 今日のこのお話が何かしらの考えるきっかけとなっていたら幸いです。 それでは今日はこの辺で。また明日。 もっと見る鳥井弘文の旅と読書とコミュニティプレミアム放送配信中!09:461.チャプター 1コメントプレミアムリスナーになるとコメント欄に参加することができます プレミアムリスナーに参加する
AIが要約したことが、僕らの言ったことになる。 10分・16時間前・ 177再生AI目次Apple Watch新機能に見るAIの未来AI要約が変える会話の真実とは言葉にならない思考と会話の本質美しすぎる合理性が奪う「わからなさ」便利さのその先で何を失うのだろう
「いなくならないから」の倫理。 10分・昨日・ 205再生AI目次「いなくならないから」が意味するもの時を経て深まる関係性の倫理とは「チーカ」が示す現代的安心感の源言葉を超え、信頼を育む時間の重み令和の時代が問い直す愛と関係性
自分のために存在していない人と、一緒にいたい。 10分・一昨日・ 228再生AI目次反応がないことにも覚える安心の正体自分と相手のままで共にいたい願望「ちいかわ」が示す関係性のロールモデル親しくなるほどに募る「反応」の要求無反応な相手を大切にできるかという問い
AIに仕事を任せるために、先人たちの面影を共に探す。 10分・9月11日・ 239再生AI目次iPhone Duo発表が示唆する仕事の形AIに任せる前に問うべき仕事の真意仕事の「繋がり」は誰が作ったのか?見えない「面影」を辿るAI時代の価値先人の「魂」をAIと共に未来へ繋ぐ
「AI最高!」と、無邪気に言えなくなる日。 10分・9月10日・ 253再生AI目次AIが安全保障と直結した新時代経済から国家の軍事競争へ変貌「AI最高」が無邪気に言えない理由倫理を問う姿勢は競争の邪魔になるのかAI推進者の心に生じる矛盾と問い
自動運転が、不便な場所を桃源郷に変えていく。 10分・9月9日・ 230再生AI目次自動運転が生む「動く個室」の未来交通技術が変える「門前町」の姿自動運転が変える土地の勢力図不便な場所が「桃源郷」になる時AIが語る「桃源郷」への道程
どちらも本心のまま、共にいる。 10分・9月8日・ 250再生AI目次偽善か否か?揺れる本心の葛藤受け入れと願い、同時存在の重み映画が問う、否定と肯定の親心二向同体思想に見る葛藤の価値矛盾解消で失う大切なものとは
自分の価値を、証明し直さなくても会える場所。 10分・9月7日・ 258再生AI目次AI時代、尽きない自己更新の苦痛頑張り方では測れない未来の価値自らの「正しさ」を問い直す勇気価値を失っても支え合える関係性証明不要な「サードプレイス」の意義
何にでもなれる時代に、「今の自分」をやめられない。 10分・9月6日・ 277再生AI目次AI進化と見過ごされる自己成長の差AI時代の挑戦が生む「自己」の固定化「できること」増大と失われる「自由」AIによる「改める心」不要の帰結とは仕事の価値証明と自己の役割の固定
まだ正しくなっていない言葉を、置ける場所をつくりたい。 10分・9月5日・ 267再生AI目次AI時代の人間の本質と衝動の価値正しい情報より「魂の叫び」を優先人間の衝動と偏り、その本質を探る未完成な言葉を「手懐ける」技術まだ正しくない言葉の居場所とは