TOPエンタメ映画・本鳥井弘文の旅と読書とコミュニティ贈り物は、少しズレて届くから、豊かになる。09:37 7月18日 251再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次予期せぬ「見返り」が生まれる瞬間『赤毛のアン』マシューの深い敬意「パフスリーブの服」が示す贈与言葉が動く喜び、創造的な「ズレ」『赤毛のアン』に隠された「螺旋」AI文字起こし(β版) # Substackで届いたコメントはこちら↓ こんにちは。鳥井博文です。 働くをテーマにした対話型オンラインコミュニティ、和製サロンを運営しています。 さて、本日のお題は 贈り物は少しずれて届くから豊かになるというテーマでお話ししてみたいと思います。 今日も昨日ブログに書いた内容です。 それでは早速本題に入っていきますね。 昨日配信したVoicyの中で AIは役に立つ。でも僕らはAIの役に立つことはできないという話をしました。 その最後に僕はいかのようなことを語ったんですよね。 見返りが返ってくることを目的にした瞬間に 雑用の循環はふっと消えてしまう。 見返りはいつも事後的にしか発見できないからだという風に。 そうしたらそのブログを公開した翌日に その事後的な見返りが本当に届いてしまいました。 赤毛のアンシリーズの愛読者であるというよもぎさんという方が 昨日の記事をサブスタック上でリスタックをしてくれて 素晴らしい感想コメントを書いてくださっていたんです。 そのリンクはこのチャプターに貼っておきます。 で、忘れさまの中で赤毛のアンの読書会を開き その感想を僕がブログに書き それがあったこともないアンを何度も読み返してきた 愛読者の方の元に届く。 そしてコメントという形で僕のところに返ってくる。 この循環というのは狙って起こせるものではないよなという風に思うんです。 むしろ狙った瞬間に煙のようにふわっと消え去ってしまうようなタイプのもの。 だからこそこういう予期せぬ循環みたいなものが生まれたときは 本当にしみしみとありがたいし嬉しいなという風に思ってしまいます。 ここからが今日の本題なんですが よもぎさんのノートを読んで一番ハッとさせられたのは マッシュがアンの止めどなくあふれるおしゃべりをたらたら聞いていたこと それ自体がアンにとって一番必要なものだったという指摘です。 マッシュが意識せずにやっていたことが相手にとって一番の果実だったんだと この話っていうのは本当にその通りだよなというふうに思います。 小児だったアンは愛情に飢えていたわけなんですよね。 でもそれ以上に飢えていたのは 自分の空想やおしゃべりや喜怒哀楽なんかを くだらないものとして処理されないことだったんだというふうに思うんです。 だとすればマッシュのあの沈黙っていうのは 決して無関心の沈黙ではなくて ものすごく深い敬意のある沈黙だったんだろうなというふうに思います。 そこで思い出したのが美里鶴さんの言葉を引用しながら書いた 目の前の相手に敬意を示すという文化を作りたいというブログ記事でした。 内容としては人は愛情ではなくて 自分がしみじみと感心されているというその敬意に反応するんだというお話です。 愛情っていうのはどうしても相手を選んでしまうわけですよね。 でも敬意っていうのは相手を好きかどうかとは別に 誰に対しての平等に差し出すことができるんです。 いわゆるテンプレのように描かれるイタリア人男性のように 愛を有弁に語ることのできないマシューのような人であったとしても アンを語るに値する人として扱うことだけはできたわけですよね。 そしてアンが反応したのも まさにこのマシューからの深い敬意だったんだろうなというふうに思います。 その上で流行のパフスリーブの洋服を マシューがアンのために仕立ててあげるという あの話なんかにも見事につながってくるなというふうに思うんです。 物語の中でマシューはアンの服の袖が 他の女の子たちと違うことに自分自身で気がつきます。 そして自分のお金でそれを仕立ててあげたいというふうに思い立つ。 でもよくよく考えてみると 気づけたこと自体が日頃から黙ってしみじみと アンを見て話を聞いていた証拠なんですよね。 だからマシューが仕立ててあげた あのパフスリーブの服っていうのは 聞くことと別の2つ目の贈り物ではないんだというふうに思うんです。 1つ目の贈与としての黙って聞き続けることが 初めて目に見える物の形を取った瞬間なんだというふうに思うんですよね。 あなたがずっと話していたことを私はちゃんと聞いていましたよという そんな物質による無言のお返事なんだというふうに思うんです。 これがもし順序が逆だったらというふうに想像してみると さらに面白いよなというふうに思います。 例えばろくに話も聞いていない大人から 突然パフスリーブの服だけがポンと届いてしまったら それは単なるご機嫌取りか 強者から弱者への施しにしかならないというふうに思うんです。 昨日の記事の言葉を用いるなら その瞬間に素敵なプレゼントも 契約の束の側にスルッと滑り落ちてしまうということですよね。 かといって聞くだけで何一つ物としての形にならなかったら 今度は案の側に本当に届いていたんだろうか というそんな寂しさが静かに積もっていくはずなんです。 つまり物としての贈り物というのは 目に見えない敬意の先行する贈与に対して 形と日付みたいなものを与えてくれるわけですよね。 そして案はその贈与のパフスリーブの服にそれを通す度に そのことを思い出すことができるようになるわけですから 後者だけでもきっとダメで 前者だけだとなんだか物悲しいし物寂しいというふうに思うんです。 そう考えると人間の贈与の習慣というのは 本当によくできているなというふうに深く感心させられてしまいます。 昨日の配信の中で僕はマリラの あの子が一体何の役に立つというの?という問いに対する 魔衆のいや、私らがあの子の役に立てるかもしれないよという 一言のその反転にこの物語の全てが詰まっているという話をしました。 先に無条件に受け取ってもらえたからこそ 案は外の世界に向かって与え始めることができたんだと 受け取ることが先で案の贈与はその後というのは順序の話です。 このように贈与というのはどのような縮尺で眺めてみても 同じ形をしているのかもしれないなというふうに思うんです。 先に受け取る後で形にするみたいな感じです。 冒頭でご紹介をしたヨモギさんという方のノートは このような追伸で終わっていました。 カッコ書きでリスタック元とは関係ない話に着地してしまっています。 みたいな風にです。 でも僕はこのズレこそがなんだか一番嬉しいなという風に思ったんですよね。 同じ形のまま帰ってくるのは好感かただの往復返しです。 それが嬉しい時ももちろんあります。 ただ文章が誰かに届くというのは書き手と同じ場所に立ってもらうことではなくて そこを出発点に書き手の知らない場所まで ご自身の足で歩いていってもらうことなんだという風に思うんですよね。 ヨモギさんのズレの向こう側には 確かにアンシリーズを何度も読み返してきたその歳月や 子供の頃には想像もしなかった マリアに感情移入をして泣くようになるまでの時間 みたいなものがしっかりと透けて見えたんです。 ちゃんと僕のブログを受け取った上で それを想起してくれたこともしっかりとそこで伝わってくる。 考えてみれば和製サロンで日々開催している読書会なんかも そういう場所になっているなという風に思うんです。 全員で正しい読み方は何かみたいなことを確認して 一つの結論にたどり着くための場所ではないんですよね。 それよりも誰かの何気ない一言の発言を聞いて 別の誰かがまた違う自分の記憶を思い出していく そうやって話しているうちに 最初のテーマから少しずつ離れていくことが多いんですよね。 それを脱線という風に呼ぶこともできるんだけれども その脱線こそ言葉が誰かの中でちゃんと動いた 証拠でもあるという風に僕は思うんです。 今回だって読書会で交わされた言葉が ブログになって少しだけ変わり よもぎさんのコメントによってさらに別のものになりました。 伝言ゲームとしてみればずいぶん不正確なんですが でも造詣の循環としてみれば これ以上ないくらいに豊かだなという風に感じてしまいます。 それにそもそも赤毛の庵という作品そのものが このズレた配達から始まる物語でした。 これはAIにブログの下書きを見せた時に言われたことで 本当にハッとしたことの一つです。 確かに注文したのは畑仕事を手伝ってくれる男の子だったはずなんですよね。 でも伝言ゲームの手違いでマシューの元に届いたのは 空想好きのおしゃべりな女の子なわけです。 マリラはその後輩を何とか元の持ち主の所に送り返そうとするんですが マシューはそれを受け取りたいという風に願った つまり庵という主人公そのものが 宛先からズレて届いた贈り物だったわけです。 そう思い返すとマシューの聞くも また最初からズレを許すような聞き方だったんだろうなという風に思います。 庵の話というのはしばしば脱線をして空想がどんどん膨らんで マシューの予想もしない場所へと飛んでいってしまう。 でもマシューはそれを正しい方向へと導き直したり 自分に理解できる範囲へと無理に回収しようとしたりはしないわけです。 このように相手の話を敬意を持って聞くというのは 内容を正確に理解することだけではなくて 相手の言葉が自分の想定から ズレていくことを許すことでもあるんだろうなという風に思います。 だからズレというのは語読の証拠ではなくて 受領の証拠でもあり 言葉が相手の中で本当の意味で動いたその痕跡なんだろうなという風に思うんですよね。 もちろんこれは少しずつというのが肝であって 全部完全にズレてしまったらそれはただの一人言です。 もっとちゃんと読めよという風に周囲も不快に思ってしまう。 最後まで読んだり聞いたり深く受け取った上で 少しずつズレていく。 そうやって少しずつズレていくことこそが 理想的なんだろうなという風に僕は今そう思うんです。 今日語ってきたように 造詣の循環というのは正確には綺麗な円ではないということなんでしょうね。 同じ場所に正確に戻ってきてしまうのは交換であって 少しずつズレながら回っていくのが造詣なんだという風に思います。 つまり螺旋のような円環構造なわけですよね。 だとすれば次回の読書会の課題本が 偶然にも東米アンソンが描くムーミンという 全く別の谷のお話であり 別のコミュニティの話であることもまた このズレや螺旋の必然の結果なのかもしれないなとさえ思えてきてしまいます。 次の読書会で僕らは一体どこに着地をするのか それが今から本当に楽しみです。 さて今日のお話は以上となります。 いつもこのボイシーを聞いてくださっている皆さんにとっても 今日のこのお話が何かしらの考えるきっかけとなっていたら幸いです。 それでは今日はこの辺で。また明日。 もっと見る鳥井弘文の旅と読書とコミュニティプレミアム放送配信中!09:371.Substackで届いたコメントはこちら↓https://substack.com/@yomogi33/note/c-296088551?utm_source=notes-share-action&r=208r66コメントプレミアムリスナーになるとコメント欄に参加することができます プレミアムリスナーに参加する
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