TOPトーク専門家細野豪志の今日も元気に!教育は変わらねばならない。「学びの構造転換」と「自由の相互承認」について哲学者の苫野一徳先生にうかがいました32:33 2024年4月3日 4,266再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次日本の教育の現状と課題:学びの構造転換の必要性教育の現場で広がる「学びの構造転換」先進的な取り組みをする自治体の共通点とは?「学びの構造転換」で子どもたちはどのように変わるのか?自由の相互承認:寛容な社会を築くための教育の役割AI文字起こし(β版) # 後半は苫野一徳先生の放送で↓ 皆さん、こんばんは。細野剛史でございます。 4月に入っての最初の対談ということで、素晴らしい方をお招きしております。 哲学者のトマノ一徳先生です。よろしくお願いいたします。 よろしくお願いいたします。 いつも放送、本当に楽しく聞かせていただいております。 ありがとうございます。 哲学者っていうのは、なかなか名乗ろうと思っても名乗れない肩書きですし、 各哲学者のお話を非常にわかりやすくご説明いただいているので、本当にありがとうございます。 こちらこそありがとうございます。 どうぞよろしくお願いいたします。 今日はいろいろお話したいことがあるんですけれども、 端的に申し上げて、日本の教育をどうするかというのを正面からトマノ先生とお話ししたいと思っておりました。 いろんな教育の現場を見ておられて、熊本市ですね、地元の。 そうですね。熊本以外にも、広島であるとか名古屋でも見ておられると聞きまして。 そうですね。全国いろいろとご視聴させていただいてます。 今、基本的な日本の教育をどう見ておられるかということと、 あとちょっと私気になっておりますのが、 まだ教育では付属小学校で、学習指導要領に沿わない教育をしていたということで、かなり大きな問題になりました。 あの問題も含めて、ちょっと私、先生のお話をまず聞いてみたいなと思います。 なるほど。 まず、奈良教育大付属小のことをお話しいたしましょうかね。 論点が多岐にわたっているので、どこを中心にしようかというのはちょっと悩むところですけれども、 まず私自身が考えていることで言うと、今回の問題は、まずあんまり大騒ぎすることじゃないと。 もうちょっと言うと、今後の日本の教育の未来を考えると、今ここで大騒ぎするべきではないと実は考えているんですね。 私もそんな気がしてるんですよね。 というのも、前提として学習指導要領から、もし本当に重大な逸脱があったとすればもちろん問題なんですけど、 今回のケースが本当にそこまでの問題というべきレベルなのかっていうのは、学術上あるいは法令上の検証が必要かなと思うんですけど、 そのことは一応前提ではあるんですが、今回このことを大騒ぎすると、 今ですね、教育っていうのが上から与えられたプログラムを機械みたいに子どもたちに与えていく。 先生が機械になって与えていくとかですね。 子どもたちも機械のようにそのプログラムをこなしていくものみたいな風潮が助長されかねないなと、 先生方の創意工夫の意欲とか勇気が奪われていくんじゃないかなということがですね、 大変危惧されて、恐れてしまうということが一番心配されるなと思ってるんですね。 実際にそういう風潮ってあって、長い間先生はこういう形で教えなさいとか、 子どもたちはこういうふうに学びなさいと、なんとかスタンダードとかよく言うんですけど、 いろんな自治体や学校でスタンダードっていうのを定めて、 それに従って先生が教育、授業をしていくとか、 子どもたちもどんなふうに授業を受けるかみたいなことが、結構ガシッと決められちゃって。 先生すみません。ちょっと私のほうに電話が入ってしまって途中で切れました。 大丈夫です。もう一度。 繰り返していただいてよろしいですか。 資格指名にというか、こういう形で授業をしなさいとか、こういう形で学びなさいっていう風潮が結構強くなっていて、 実はその反対の風潮も結構あって、 探求的な子どもたちが思う存分心いくまで自分の関心事を徹底的に追求していく、 そういう探求をカリキュラムの中核にしていくっていう風潮も一方であるんですけど、 その反対にそういった資格指名が先生の創意工夫を許さないような、そういう教育の風潮もあって、 これは今回の件で助長されるっていうのは大変不安だなというか、困ったことだなというのを思っていますね。 先生があれですよね。学びの構造転換とおっしゃってることですね。 そうですね。そちらの方向に今大きく進もうとしてるんですね。 国もそちらの方向に動いていて、学びの構造転換っていうのは今までは150年間、 みんなで同じことを同じペースで同じようなやり方で、 導出性の高い学年学級生の中で出来合いの問いと答えを言及するっていうのが、 150年ほとんど変わらないシステムだったんですけど、 これを今大きく変えていくっていう非常に大きな動きが起こっていて、 これにちょっと水を刺すようなことがあり得るなと。 そもそもですね、そもそも論として、 カリキュラムの編成研って校長先生にあるんですよね。 なので国とか自治体とか全ての学校で、 とにかくこの通りに全部同じプログラムでやれっていうわけじゃなくて、 基本的にカリキュラムの編成研っていうのは、 校長先生、先生方みんなで対話しながら、 こういう地域の特性とか子どもたちの状況に応じて、 こんな教育をやっていくといいよねっていうのを、 各学校で創意工夫してやっていく必要があって、 そのことは指導要領にもしっかり示されているんですよね。 もちろん指導要領に準拠する必要はあるんですけど、 指導要領っていうのはあくまでも対抗的な基準なので、 一言一句足らず全部やれっていうわけじゃないんですね。 しかも今回国立大学の附属なので、 国立の附属っていうのは、 とりわけ先進的で実験的な実践が期待されているっていうのもあってですね、 あんまりここでそういった創意工夫が目がくじかれるっていうのは、 あんまり望ましい。 私は実情をそれほど知っているわけじゃないので、 報告書をパラパラ読んだりですね、報道を見た限りで、 率直にはそういうことを感じましたね。 今回8人の方が懲戒を受け取られるということですけども、 結局今トモン先生おっしゃった通りですね、 これ本当に相対的ですよね。 つまり自主的にやる程度はどこまでかっていう線はないにもかかわらず、 こういうふうに断定してしまうと、 他の現場で自由な教育をするということに関しても 影響する可能性がありますよね。 本当にそうなんですよね。 創意工夫した、さっきちょっと申し上げた、 探究的な学びというのをカリキュラムの中核にしているような学校とかはですね、 非常に柔軟に、指導要領にはちゃんと準拠するけれども、 子どもの学びとか子どもの活動とか探究的な活動っていうのを中心にしますので、 いつどこでどんな学びをするかっていうのは、 あらかじめプログラム的に決めて子どもたちの頭に流し込んでいくっていうんじゃなくて、 子どもたちが一気に学び取っていくときとか、 探究に没頭するときとかですね、 そういうものを見ながら、 私はよく後追い型のカリキュラム編成って言うんですけど、 今まではあらかじめのカリキュラム編成だったんですね。 あらかじめこれとこれとこれとこれをいつやるかみたいなこと全部決められているっていうですね。 これがずっと続いてきた学校のカリキュラムの在り方だったんですけど、 これって子どもの頭にインプットしてるように思えて、 実はインプットした先からどんどんどんどん抜け落ちてるみたいなことは、 いろんな研究でわかっていることなんですね。 そんなことよりも、子どもたち自身がいろんな活動に没頭していく、 知的な探究であったりものづくりだったり、 いろんな探究に没頭しながら、 さまざまな教科的な知識だったり技能だったりを身につけていくっていうですね、 そういう学びは非常に効果が高いというのもわかっていて、 こういう学びを実際に実現していこうとするとですね、 そんなもう資格試練なことを言ってるのは非常にナンセンスということになるんですよね。 私も本当にその通りだと思うんです。 それはそれで、おそらく何らかの現場からのリークというかね、 それがあって出されたのかなというふうに見ていて、 文科省とも少しやりとりしてみたんですけれども、 文科省も今一つ歯切れがよくないんですよ。 これだからだめなんだとか、明確な線があるような回答は私にもしてこないので。 本当に例えば今回、年次違いなんていうのも結構問題に挙げられていて、 3年生で学ぶべきものを4年生で学んでたとかですね。 そういうことが結構問題視されたんですけど、 やっぱりここもどうかなって思うところがあって、 結構このあたり指導要領が柔軟に運用可能になっているんですね。 例えば省庁一環の義務教育学校というのが今各地にできてきてるんですけど、 こういう義務教育学校だと、 今指導要領は何年生で何を学ぶっていうのが決められてるんですけど、 これを取り払えるんですね、義務教育学校だと。 だから3年生のことを2年生で学んでもいいし、その子の実情に応じて。 あるいは4年生になって学ぶでもいいしっていう、 そういうのがかなり柔軟に運用可能になっていて、 多分次の指導要領改定とかあたりからですね、 結構そのあたり、そうやって弾力的に運用していこうよという議論が 多分かなりなされてくると思うんですよね。 そういうことから言っても、ちょっとなんか今回細かすぎるっていうかですね。 今回の件はですね、そういったことで現場のいろんな状況の中で、 ある種、偶発的に出てきた問題というふうに捉えられればいいなと思っておりまして、 先生にちょっとさらに深掘りして聞きたいのはですね、 それぞれの地方で先進的な取り組みがあるっていうことをすごく高く評価をされてますよね、先生はね。 それは素晴らしいことだと思いながら、 地方で学びの構造転換みたいなものがなかなか起きてない自治体もたくさんありますけども、 私の地元なんかではそういうジレンマを感じてるんですよね。 もっと文科省のほうが、例えば不登校に対する対応とかですね、 学びの多様化学校って言いましたよね。 不登校の子どもたちが通いやすい。 でも静岡県に一つもないんですよね。 もっと踏み込むべきではないかと思っていたんで、 逆に先進的な取り組みが自治体のほうができるのは確かにおっしゃるとおりだなと思いながら。 まずお伺いしたいのは、 そういう先進的な取り組みができてる自治体の特徴は何ですか。 首長ですか。もしくは教育員ですか。 私の経験では結構自治体規模で今動いているところが多くてですね、 非常に先進的に私の言葉で言う学びの構造転換、 あるいはその先に公教育の構造転換というビジョンがあるんですけれど、 これを自治体規模でやっているところがずいぶん増えてきて、 まず一つ目の特徴はキーマンが数に現れるんですね。 首長であったり、 首長とタグを組むと言っていいか分かりませんが、 教育長であったり、 教育委員会の中のそういったマインドセットを持った人、 あるいは現場の先生方、こういうキーマンたちがつながりあって、 まず動き始めて、 今は全国的にそういった動きが起こってますので、 大体この自治体のキーマンたちみんなつながっているんですよね。 そういう自治体観で。 そうですね。 これは多分日本の教育史でこれまでほとんどなかった動きなんですね。 何か大きなことが変わる。 教育が先進的に変えていこうというときに、 学校規模とか教室単位っていうのは結構あったんですけど、 自治体規模で起こって、 しかも自治体同士がみんなつながってる緩やかにっていうのは、 これまであんまりなかったと思うんですけど、 一度つながり始めるともう後は何というか、 好循環というかですね、 そういったことがまず起こってる。 これはちょっと俗人性高い話なんですけど、 これがやがてシステムになっていく。 このシステムもとても大事なポイントがあって、 それは対話の文化と仕組みをつくるっていうことなんですよね。 対話の文化と仕組み。 なるほど。 誰との対話ですか。 基本的にまずはですね、現場の先生方。 教育委員会内もそうですけれども、 先生方がここで特に大事なのは何のための学校かとかですね、 自分たちの学校はどういう学校にしていきたいかっていう、 一番大事な最上位の目標をみんなで対話をして合意していくっていうのは非常に大事なんですけど、 つまりトップダウンでこういうことやるからこれに従ってみんなでいくぞじゃなくて、 大きな方向性としてはですね、 自治体として出したとしても、 じゃあそれってどういうことかなとか、 自分たちの学校ってどういう風な学校にしていきたいかなっていうことを、 先生たち同士で対話しながら合意形成していくんですね。 こういう対話の文化や仕組みをしっかりとつくれば、 あとは実装していくっていうのがあって、 これなしにトップダウンでいきなりやっても必ず失敗しますね。 それってでも本当に重要だと思うのは、 担任の先生が担任する教室、例えば30人なり35人なりとの関係で、 煮詰まっているみたいな話はいくらでもあるじゃないですか。 その辺で介入しにくいと、学年就任みたいなものはサポートするにしてもですね、 そういう話ってこれまで本当に多かったですかね。 おっしゃるとおりですね。 そういうときに対話の文化があると、ちょっと困ってるんだけど助けてくれないとかですね。 お互いに助け合える、気軽に気兼ねなく助け合える、助けを求められるっていう、 そういうことができたり、やっぱり対話の文化がないとですね、 チャレンジもできないんですよね。 こんなことやったら周りの人から変な目で見られるかなとか。 でも対話の文化があると、こういうことチャレンジしてみたいんだけどどう思いますかっていう話をすると、 いいねやってごらんよっていうふうにしてみんなが仲間に応援してくれるっていうですね、 こういう好循環を作るっていうのが、これは本当に大事だなと思ってます。 今うまくいってる自治体っていうのは、 必ずこの対話の文化仕組みを作るっていうのを一丁目一番地にしているっていう感じですね。 なるほど。ちょうど4月なんで、新任の先生も入ってますよね、各地で。 新任の先生にとってもそういう対話があるとか、 もしくは例えば、学年全体で担任を共同でやるとか、 学年担任制みたいなのも結構ありますよね。 ああいうのって本当にいいことだと思います。 まさにそういう発想ですよね。みんなで助け合う。 一人一学級じゃなくて、 そうするとどうしても周りと補聴を合わせなきゃいけないっていうので、 萎縮していったりとかですね。 自分のクラスがちょっとトラブルを起こすと、 その先生のせいにされちゃうみたいなことがあったりする。 そうじゃなくて、自分たちの学年、あるいは自分たちの学校の子どもたちは、 みんながその子どもたちの担任なんだっていう意識を持つと、 全然チームワーク変わってきますよね。 先生がダウンするケースもすごく増えてますから、 それもおそらく相当防げますよね。 そうですね。 その中で、これは放送の中でも何度もおっしゃってると思うんですけど、 改めてお伺いしたいのは、学びの構造転換が行われて、 学び自体が個別化であるとか共同化であるとか、 プロジェクト化とおっしゃってますね、先生。 これが行われることによって、子どもたちはどう変わるんですか。 生きていく力がどのように高まるのか。 そのあたりを少しだけお話しいただけませんか。 そうですね。いろいろと言いたいことがあるんですけど、 ポイントとしてはですね、 今までは言われたことを言われたとおりに、 決められたことを決められたとおりに、 こういうみんなで同じこと同じスペースっていう学びは、 構造的に必ず落ちこぼれ吹きこぼれ問題って言うんですけど、 あるいは浮きこぼれとか言うんですけど、 その学びについていけない、そのスピードについていけない子が、 必ず構造的に生まれますよね。 上も生じるし、下も生じるっていう成分ですね。 そうですね。そうなんですよね。 満足度の高い教育を受けられている子供の割合がすごく少なくなりますよね。 本当におっしゃるとおりですね。 それを個別化と共同化の融合っていうのは、 自分に合った学び、自分に合ったペース、自分に合った場所とか、 自分に合ったレベルとか、自分に合ったやり方とか、 こういった仕方で学びができるようにしていくことなんですけど、 これも全然今のシステムで可能なんですけど、 ただこれ、孤立した学びではなくて、 緩やかな共同性に支えられているっていうのがとても大事で、 困ったときには誰かの力を借りられるし、自分も誰かの力になれるし、 先生ももちろん助けてくれるっていう、こういう緩やかな共同性ですね。 これに支えられて、自分に合ったペースや学び方で学べるっていうやり方にすると、 これもいろんな研究があるんですけど、 もう格段に学力保障にはまず有効なんですよね。 非常に効果があると。 そうですね。非常に短い時間でカリキュラも終えることができるというのは様々に実証されてます。 当たり前ですよね。みんなで同じペースでやっていくと本当に無駄な時間が多いので、 それが自分に合ったペースでできるっていうことですよね。 いわゆる学力もそうなんですけど、もっと大事なのは、 自律的な、よく自己調整的な学びとか言うんですけど、 自分の学びを自分がコントローラーを持って、オーナーシップを持って進めていくことができるようになる。 自分で計画を立てたりですね。やっぱり学びの主役は自分だっていう、 この自律心というかですね、そういったものができてきて、 自分のことはとても尊重されるわけですね。自分の学びが尊重されるので、 そうすると他者の学びも尊重しようという、そういった感度も育まれてきて、 お互いの学びを尊重し合うというような、これいろんな調査をやったんですけれども、 格段にですね、自己効力感とか集合効力感といって、 自己効力感は自分はできるって感じですよね。 集合効力感は自分たちならできるみたいな、そういう感じなんですけど、 こういう学びの個別化、共同化、プロジェクト化の融合という形に構造転換していった学校はですね、 この自己効力感とか集合効力感とか、他者を認めることとか、 自分が他者から需要されているっていう感じとかが、もう格段に高いんですね。 それをでもやるためには、やっぱり学級の人数なんかは、 今の体制では難しいっていうことはないんですか。 それがですね、意外にですね、30人ぐらいでちょうどできちゃうんですよね。 こういうもんなんですか。 そうなんですよね。 多すぎるんじゃないかと。 要するに、多様化でいろんな状況の子どもたちが一緒に学ぶとおっしゃってますよね。 はい。 一人の先生で、学年でいろんな先生が関わるとしても一つの授業は一人の先生じゃないですか。 はい。 それでできるもんなんですか。 そうなんですよね。これは学び合いの力をフル活用するので。 そういうことですね。 先生一人で何でもかんでもハンドリングするってわけじゃないんですね。 むしろ先生は非常に、この個別化・共同化・プロジェクト化の融合をやると、 子どもたちへの目配りの時間がすごく増えるんですね。 一斉にその場をグッとコントロールして、子どもたちを一斉に動かすんじゃなくて、 子どもたちがそれぞれの学び合いをやっているところをじっくり観察できるので、 困っているこのところにすって入ることもできるし、 先生必要ない子どもたちもいっぱいいるんですよね。 学び合って。 よく先生に授業されるより、友達から聞いたほうがよくわかるみたいなのがあると思うんですけど、 こういった学び合いの力も最大化するので、 意外にですね、結構ヨーロッパなんかもこういうやり方やってるところ多いんですけど、 25人とか30人ぐらいのところが多かったりするので、 あともうちょっと減らせればいいかなと思いますけど、 べらぼうに今が多いとまでは言えないかもしれないですね。 今お話伺って一つ思い出した記憶があって、 私小学校のとき、とにかく漢字を覚えるのが苦手だったんですよね。 逆にと算数できたんですよ。 とにかく漢字が苦手で、ある子供がね、その子は勉強できなかったんですけど、 おそらく何らか障害もあったんだと思うんですけど、 漢字だけはむちゃくちゃ覚えたんですよね。 しかも本当に綺麗な字で書いてて、 いつもその子に教えてもらってたのを思い出しました。 ほんとそれですよね。 あれはね、この子ほんと算数できないし、成績悪いのに体育もできなかったし、 でも漢字だけをよく知ってて、私は彼にすごいお世話になったんですよね。 いや本当にいいですよね。 やっぱり得意と不得意で補い合うっていうのがですね、 ほんとそれこそ学び合いですよね。 だから今はもう時効だから言うけど、 テストなんかもとにかく俺数学のやつちょっと見せてやるから、 なんならパッと書いて、俺が書いてやるから、漢字は頼むぜぐらいのね。 協力体制が。 それでも目つぶってたことかわかりませんけど、 ちゃんとしたテストはたぶん自分でやったと思うけど、 日頃のテストなんかは、私漢字を覚えるのがとにかく単純記憶が最も苦手なんですよね。 そうやって助け合ってましたね。 楽しい記憶ですよね。 それいいですよね。 こういう学びの個別化、共同化、プロジェクト化の融合のようなことが起こってる学校って、 例えばですね、子ども、それこそ算数がめちゃくちゃ得意な小学生、 もう高校数学ぐらいまでできちゃうみたいなことがやっぱりたまにいるわけですよね。 こういう子なんかが、算数の授業になるとですね、 教室中飛び回っていろんな子を教え始めるなんてことがあって、 しかもどの子にはどういう教え方したらうまく理解してもらえるかみたいなことまで研究しちゃったりするんですよね、そういう子が。 それなんか楽しいんですよね。逆に言うと私、数学の授業、算数の授業って全然面白くなくて、 先生が賠償するじゃないですか。 いやもうとにかく退屈だったです。 そうですよね。 社会の授業とか面白くて、そういうの好きだったら。 でも算数は。 教えられるとね、自分の存在価値っていうかね、そういうのにもつながりますよね。 そうですね。なのでそれを仕組み化していくっていうことなんですよね。 それ仕組み化はもう十分できるっていうことがよくわかっているので、 それを少しずつ今、全国的に広げていきたいって思ってるところなんですよね。 でもそれってなかなかマニュアル化できないですね。 そうですね。なので仕組み化なんですよね。 仕組み化できるんですか。 そうですね。今例えば自由進路学習みたいな。 この自由進路学習っていうのも、ちょっと今ピンキリな実践になっちゃっているところあるんですけれども、 そのためにはやっぱり子ども館とかですね、学校館とかそういったものをちょっと見直していく必要ってあるんですけど。 そこに立ち返るんですね。 そうですね。例えば子どもって何でも手取り足取り教えないと学ばないものだみたいな考えが常々あると、 子どもを信じて任せていく、あるいは待つとかですね、そういうことができなくて、 すぐに先生が手出ししちゃって子どもが自ら学ぶことを阻害しちゃうなんてことが起こってくるので、 子どもは環境をしっかりと整えると、自ら学んでいく学習者なんだっていう、こういう子ども館。 これを一旦経験してしまうと、割と戻れなくなるんですけど、 こういう子ども館をですね、本当にそこまでみんなで共有できるかっていうのが大事なんですけど、 なのでそういう意味ではマニュアル化っていうより、そういう館、教育館とかマインドセットを共有していくっていうのが今何よりも大事なんですけど、 それが共有されればですね、ある程度その仕組みはもう結構できてるところがあって、 自由進路学習なんかもこういった形でできるよねみたいなことがいろんな経験値溜まってるので、 少しずつそれはシェアして広げていけるかなと思ってますね。 それが先生がおっしゃってる、ボルノーの言ってる信頼とか希望っていう。 ありがとうございます。 そうですね、ボルノーっていう教育哲学者技術的なのがいるんですけど、 そうですね、やっぱり信頼っていうのが教育の一番の根本になりますよね。 子どもを信じて任せていく。 こっちが何でもかんでもありしろこれしろとか、ありするなこれするなっていうのは、やっぱり教育からすごく離れたことですよね。 先生の放送を聞いてて、教育っていうのと哲学、私正直言ってあまりつながってなかったんですよね。 でもやっぱりおっしゃる通りつながってるんだなと思いましたね、本当に。 哲学はやっぱりすごく大事ですよね。何のための教育かとかですね。 そういった本質の部分を見誤るとやっぱりやる実践がやっぱりちょっと非本質的なものになってしまうんですよね。 そうですね、だから手段が自己目的化してる感じがしていて、 まさにですね。 残念ながら、教育大学付属小学校は落ちてしまったかなって感じしますね。 そうですね。 先生、そろそろ時間が来るんで最後にちょっとお伺いしたいことがあるんですけど、 先生がおっしゃってる自由の相互承認なんですけどね。 ありがとうございます。 これってすごい私、政治の世界にいても感じていて、 他者の自由に対する寛容さが日本はちょっと今なくなりつつあるんですよ。 これは左も右もね。 例えばLGBTの問題とかもそうだし、 これなんかは右が左に対する寛容性を若干失ってると思います。 逆に共同親権みたいなものって今広がっていて、 これも難しいんですけどね。 難しいんだけど、やっぱり親が二人で離婚してるけれども、 共同で育てていくという選択肢を示すということに対して、 ややリベラルな方から批判があって、 虐待とかDVは防がなければならないんだけど、 そういう選択肢もあるよねっていうのは認める。 やっぱり左も右も寛容性を持ってお互いに理解し合う。 自分とは違うが、そういう価値観を、危害を加えられない限り認める。 まあ選択的夫婦別姓なんかもまさにそうなんですけど、 それがなかなか日本で進まない。 その措置がなかなか整わないと言ったほうがいいかもしれませんね。 その辺で最後にちょっとヒントをいただきたいんですけど。 これはですね、私はやっぱり練習が圧倒的に不足していると思うんですね。 その対話を通した合意形成の経験を、 どれだけの大人がこれまでしてきただろうかっていうことなんですけれど、 本当に多様な価値観、感受性、意見、信仰、 本当に多様な人たちがこの社会で共に生きていかなきゃいけないわけですよね。 その中でいろんな多様な考えがあるけど、 でもみんなにとっていいことってなんだろうっていうことを、 対話を通して合意形成していくっていう練習がやっぱり、 民主主義社会にとっては必要なのに、 この練習をする場がこれまでほとんどなかったと思うんです。 それがやっぱり本来学校がそうある必要があって、 学校行事だったり、校則だったり、授業のあり方さえも、 どうやったらみんなにとってより良いものになるかっていうことを、 子どもたちが先生も一緒に、保護者も一緒に、地域の人も一緒に、 対話をしながら作り合っていくっていうですね、 こういう経験、まさに自分たちの社会自分たちで作るっていう、 この社会の素地を自分たちの学校は自分たちで作るっていう、 経験を通して作っていかなきゃいけないんですけど、 それが本当にこれまでできてこなかったと思うんですよね。 それをやっていきたいと私は思ってます。 それを子どものときに訓練してないっていうのが、今の社会の一番根本にあるんですね。 本当そう思いますね。ちょっと意見が違うだけでもう的認定みたいなのって。 そうなんですよね。的認方分かれて打ち合ってるっていうのが、 すごくやっぱり政治の世界で多いんですよ。 そうですよね。 自分の生き方とか価値観にこだわることはいいことだと思うんだけど、 他者がそこから外れることに対してはもっと寛容でありたい。 そうですね。 練習がいりますよね。経験と練習がいると思います。 それがもしかしたら教育における最大の役割ですか。 本当にそう思いますね。 だからやっぱり本当に多様な子たちが、 一緒にそういったコミュニティを作っていくってとても大事。 だから障害あるなしも関係なく、世代も関係なく、 今やっぱり非常に同質性の高いコミュニティで学び合ってますけど、 これってとても息苦しいですよね。 本当にそう思いますね。 そういう意味では、多様な教育環境、 多様な子どもたちということを一緒に学ぶことの意味ですよね、そこが。 本当に大事だと思いますね。 ありがとうございます。 先生、そろそろ先生の番組にお邪魔したいんですけれども、よろしいですか。 先生、誠に申し上げます。 ちょっと一本電話をしてから戻りますので、 10分ほどおいてからということでよろしいでしょうか。 わかりました。 途中で入った電話がちょっと大事な電話なもんですから、申し訳ありません。 承知しました。 10分後に43分ぐらいでよろしいですか。 はい、承知しました。 もう一度後半をさせていただければと、 対談させていただければと思いますので、よろしくお願いいたします。 もっと見る #教育 #苫野一徳 #細野豪志 #自由の相互承認 細野豪志の今日も元気に!プレミアム放送配信中!32:331.後半は苫野一徳先生の放送で↓https://voicy.jp/channel/3397/765818?s=09コメント感想・質問・応援メッセージを書こう ハムきち2024年4月6日学級の人数は30人程度。この考えは現場の感覚では少数派ですが、私の理想も現状より5人減の30人程度学級です。協働的な学びや対話を通した合意形成を推進するためには30人程度必要だと思うからです。大学の教職課程は恐らく変わって来ていると思います。でも上にいる私達の世代が、学校観、教育観が変わっていないため、数の力と上が決めるものという意識の中で潰されてしまっていると思います。若手の教員の離職率の高さの一因だと思います。1返信 ハムきち2024年4月6日文科省が出す通知は地方にほとんど届いていません。私が勤務する自治体では「クラウドは安全性がないから使わない」という方針のもと様々な制約をかけています。一方、文科省は「GIGAスクールはクラウドの利用を前提としているのでクラウドの利用を制限しない」と通知を出しています。熊本市をはじめとした先進的な自治体は全自治体のうち数%です。教育委員会の独立性は見直す時期だと思います。1 ゆうちゃん2024年4月5日子どもの探究心を育む、教員と生徒がその関係性を越えて一人ひとりの人間として学び合う、育ち合う。そんな教育の在り方を望みます。先日「夢見る小学校」という映画を見ました。その舞台である"きのくにこどもの村学園"の実践は、人間の発達や学びにおいて本質的なものだと感じました。ただ、そうした実践にはかなりの専門性が求められており、現在の一方通行の教育をベースに構築された仕組みの中では、実現は厳しいと思います。私は未就学児の2児の親ですが、親としての在り方に加えて、公教育の在り方も考えたいと思います。1返信 鉄道博士2024年4月4日私は、小学生になる頃には、新聞で使われているレベルの漢字であればほぼ読めるようになっていました。著書を議員会館の細野事務所にお送りしました。ご笑覧ください。1返信 ぶんすけ2024年4月4日対談をお聞きして、数年後にせまる我が子の小学校入学に思いを馳せました。対話による合意形成がなされている学校かどうか、実際にどうやってわかるのでしょうか?Voicy含め、色々お聞きすると、やはり現時点では盲目的に公立小学校への進学に不安もあり、他の出費を減らしてでも、多様な学び方を実行する国立大付属や場合によっては私立への進学も、候補かなと思っています。受験準備の塾代など多額の費用を考えるとあたまが痛くなるのですが、こどもには視野広く、のびのびと過ごしてほしいという切なる思いはそれに勝ります。2返信 JURI2024年4月4日まさに!対話を通した合意形成は、地方ではごっそり抜けてます!!行政は決まり切った回答のみで強引に進める事が、問題の本質だと思います。自分たちの学校の在り方、町の存続の仕方を、対話をすることで自分ごとにする。それが今1番大切だと大変共感いたしました。1返信 もっと見る
沖縄県知事選挙で古謝玄太氏が圧勝――沖縄でも「イデオロギー」の時代は終わった 7分・14時間前・ 1,175再生AI目次沖縄知事選 古謝玄太氏圧勝の背景若年層に広がる「イデオロギー卒業」沖縄経済と安全保障への影響国政に直結する知事選の重要性野党分裂と全国的な若年層の動向
災害の教訓を生かすために。防災庁の役割と期待 10分・9月11日・ 2,623再生AI目次高速道路橋桁落下 断層上の備え南海トラフと新道路計画の課題東名高速と富士山噴火 迫る危機特定都市河川 指定拡大で水害対策防災庁に期待されるレジリエンス戦略
長期入院する子供と親をどうやって支えるか? 14分・9月10日・ 2,706再生AI目次長期入院児の実態と親の重圧支援の狭間にある親子の現実坂上和子氏 35年の献身と支援未就学児ケアと親の食事問題政治家が向き合うべき課題と共助
中道改革連合は残し、立憲系と公明系議員が離党へ? 4分・9月9日・ 1,478再生AI目次寺田学氏が語る野党の現状分析中道改革連合解体と新党構想の行方一人残る議員と政党助成金問題の焦点生活保護家庭の進学を阻む壁とは現役東大生が語る困難な進学の現実
玉木代表続投の国民民主党、混迷深まる中道改革連合――野党再編はどこへ向かう? 8分・9月7日・ 1,663再生AI目次国民民主党 玉木代表続投と新路線野党第一党 国民民主党の戦略とは中道改革連合の行方、分裂の深層DPFPと新中道勢力、連携の可能性与党内の人事、政権の重要局面へ
大学の教職課程は恐らく変わって来ていると思います。でも上にいる私達の世代が、学校観、教育観が変わっていないため、数の力と上が決めるものという意識の中で潰されてしまっていると思います。若手の教員の離職率の高さの一因だと思います。
一方、文科省は「GIGAスクールはクラウドの利用を前提としているのでクラウドの利用を制限しない」と通知を出しています。熊本市をはじめとした先進的な自治体は全自治体のうち数%です。教育委員会の独立性は見直す時期だと思います。
先日「夢見る小学校」という映画を見ました。その舞台である"きのくにこどもの村学園"の実践は、人間の発達や学びにおいて本質的なものだと感じました。
ただ、そうした実践にはかなりの専門性が求められており、現在の一方通行の教育をベースに構築された仕組みの中では、実現は厳しいと思います。
私は未就学児の2児の親ですが、親としての在り方に加えて、公教育の在り方も考えたいと思います。
著書を議員会館の細野事務所にお送りしました。ご笑覧ください。
行政は決まり切った回答のみで強引に進める事が、問題の本質だと思います。自分たちの学校の在り方、町の存続の仕方を、対話をすることで自分ごとにする。それが今1番大切だと大変共感いたしました。