TOPライフスタイルメンタル・心理学仏心ラジオ【仏教×心理学】【仏教×心理学】全てを失っていく悲しく不安な人生を心豊かに生きるには12:01 2025年9月3日 1,329再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次全てを失う人生と心豊かに生きる法僧侶が語る死生観と心の支え仏教と心理学が示す人生の意味喪失への向き合い方と心の平穏仏の慈悲と未来への希望AI文字起こし(β版) # ようこそお参りくださいました ようこそお参り下さいました竹田雅文の物心ラジオ。 今日は全てを失っていく人生の悲しみや不安 そういったところに向き合っていくお話をしていこうと思います。 私たちの人生っていうのは失っていくことがたくさんあります。 もっと言うと人生で手に入れたものっていうのは必ずどこかで失わなければならない というのが我々の人生の定めです。 もちろん10代20代若いうちっていうのは獲得することの方が多いですよね。 できることが増えたり友達が増えたり 彼女ができたり彼氏ができたり結婚したり子供ができたり 家を買ったり車を買ったり獲得していくことに注意が向くっていうのが人生前半期 一方でだんだんと失われていくものがあります。 30代40代と進みにつれて若い時のようなエネルギーが出ない 可愛かったかっこよかった人がちょっとずつ変わってしまった。 もっと年を取っていくと子供が育っていき自分たちの体力が衰え だんだん病気になる。そしていつか自分も死んでいく 周りの大好きな人も死んでいってしまうというのが人生の真実 しかしながら私たちはここから目を背けたくなる あまり見たいことではないわけです だけれども全ての人が逃げられない こんな人生をですね私たちがいかに心豊かに生きていけばいいかということを少し考えて いってみましょう 私は浄土真宗本願寺派の僧侶で臨床心理師 公認心理師をしております 仏教と心理学から様々なテーマについて考えていますのでご興味あればフォロー いただけると嬉しいです またプレミアムリスナーの方ではより深く踏み込んだ内容についてお話ししております 月々100円頂戴しておりますがよかったらチェックしてみてください # 成功も失敗も獲得も喪失も豊かなもの この失っていくというテーマについては、僧侶としては、実は日々向き合っていかなければいけないテーマになっていきます。 皆さんご存知の通り、お坊さんというのは誰かが亡くなった時に声をかけられます。 もちろんね、大王女だって言って、100歳超えるようなおじいちゃんおばあちゃん亡くなった時っていうのは、みんなもね、笑顔で集まることもあったりする。 だけど、そんな場合ばかりじゃないですよね。 まだまだ60代、50代、もっともっとこれから頑張りたい、こんなことがしたいと思っておられた方が、突然の病気で亡くなることもある。 もっと言うと、30代、40代、まだ若い世代で亡くなるなんて思ってもみなかった人が急にお亡くなりになることもある。 もっと言うと、10代だろうが子供だろうが、若いうちにいろんな事故、病気になって亡くなってしまう方がおられる。 これは非常に悲しいことです。 ご家族もそうだし、おそらく亡くなっていかれるご本人にもいろんな気持ちが湧いてくると思う。 そんな私たちの人生というのが、失うことは悪いもので悲しいもので避けるべきことだ、という価値観を生きている限り、実は我々の人生というのは最後の最後、失っていくことしかないわけです。 100歳や90歳、大往生だと思って私たちは見ているわけなんですが、亡くなっていかれる方のお気持ち、想像したことあるでしょうか。 我々お坊さんはですね、やはり出会う年齢層の方が高めの方が多いんです。 そういった方々にね、我々僧侶は法話をします。 生老病死だと、生まれてきたものは年をとって病になって死んでいくと。 この事実を私たちは受け止め、そしてそんな私たちを救ってくれる仏様に感謝をして手を合わせましょう。 そういったことを言うわけです。 しかしながら、そう感じてもですね、なかなか、そうは言っても自分の持っているものが失っていくばかりでは、悲しみばかりで、何にも救われたような感じがしないって思われることが多いと思います。 いや、仏教なんて意味ないじゃん、と思われることが多いと思う。 いや、実は仏教というのは、自分一人で完結すると、その本当の意味っていうのは見えにくいものだと考えています。 私たちの人生、失っていくばかりでしょ。前半テンション下がることばかり言いましたが、そうなんです。 でもこれはね、逃れられない。テンション下がるからといってこれから目を背けるのが仏教ではない。 我々は年をとる。病気にもなる。死んでいってしまう。これは紛れもない事実なわけです。 そして、誰かが先に亡くなるっていうことに出会ったときに、私たちはハッと気づく。 いや、待てよと。この大好きだった人がいなくなってしまった。 とっても悲しい。もう会うこともできないし、声を聞くこともできない。姿も見えないし、どう受け止めたらいいんだろう。 思うわけなんですが、じゃあそこで考えるべきことですよ。先に亡くなられた方はどうなったのか。 私たちはですね、もういない、もう会えないと思うと、そこで全てを失ったと思っているんですが、実はでもそうじゃないでしょう。 お葬式に出たとき、ご法人に出たとき、日常をふと過ごしているときにですね、この人がいたらこうやって言われるだろうなって思うことありませんか。 そうなんですよ。私たちには思い出が残っているわけですね。その人の残していったものっていうのがたくさんある。 その人がいるかいないかっていうのは、実はそんなに重要じゃないと僕は思っています。 そうではなくて、その人がいたことによってあなたの心が動いている。そのことが本当は大事なわけです。 実際ですね、生きておられる間って言っても、もちろん家族っていうのはずっと一緒にいるんだけど、例えば友達とか遠くにいる人とかいるじゃないですか。 その人が亡くなった。お葬式に出た。自分も自分の生きているところに戻って日常生活が始まった。 するとですね、その人が生きているのか死んでいるのかわからない。何となくまだおられるような気がするっていうことありませんか。 例えばご実家で亡くなったおじいちゃんおばあちゃんお父さんお母さんって、そういうことあると思うんですけど、 その人との思い出がたくさんあった場所に行くと、なんかここの扉をガラッと開けて、なんか今にも出てきそうな気がするって思うことありませんか。 いや、そういうことなんですよ。私たちっていうのは、もちろん目の前にいて言葉を交わすことでですね、 実際にもっと近くにいて働きかけることができるって思うんだけど、実は遠く離れていてもその人がいるかのように体験することっていうのは、 生きておられる間でも、たぶん仏教を知らない間でもそれってあったはずなんだよね。 これってすごく大事なことで、例えばその人が亡くなった。人としての人生が終わってしまったとしても、姿形は見えなくとも、その人の存在、その人の思いっていうのは感じることができるはずなんだよね。 とはいえ、じゃあそれが何もなしでできるかっていうと難しいでしょ。そこの部分をですね、このお仏壇ですよ、お墓ですよ。私たちがその人と言葉を交わしやすく、その人の思い出に浸りやすい場所っていうのを作ったわけですよ。 そして手を合わせて何万打仏と唱えるのは、これはですね、仏様から言葉が届いているっていう考え方をします。私たちが何万打仏と唱えた時には、仏様が私に働きかけてくれている。何万打仏と私が唱えるっていうことは、仏様に感謝の気持ちを伝えるっていう意味が込められています。 で、これもやっぱりね、わかりやすくしているわけです。亡くなれた方の存在っていうものをですね、なんとなく感じて心細くて不安で寂しくてってなるじゃないですか。でもそうじゃない形の意味付けっていうのもできるはずなんです。 それはですね、その亡くなられた方が仏様になって私のことを見守ってくれてるんだなっていう文脈です。亡くなられた方はどうなっておられるかわかりません。目で見て確認することっていうのはできない。だけど多分応援してくれてると思うでしょう。私たちのことを心配してると思うんです。 そしてそのことを感じたときに私たちは感謝の気持ちで向き合う。これがね一番心豊かに生きる意味付けだと思っています。いやわからないんだよこれはね。結局わからないんだけれども自分の人生をどう意味付けるのか。そして私たちは失っていきます。病気になるし、いつか死んでいく。 これはね、先に亡くなった方と同じ道を辿っているということです。何も年をとって病気になって死んでいくのは私だけではないということです。先に亡くなっていった方、この世界にはたくさんたくさんおられる。 ご縁があった方とか血縁があったとかそういう話じゃない。そんな数じゃないほどの生き物、人間だけじゃないよね。すべてのものが生まれてきては死んで、生まれてきては死んでってずっとみんなしてるわけさ。自分が持っているものとか大事にしているものが失われることってのもある。ただこれは仕方がない。私だけのような気がしてくる。自分だけなんでこんな不幸なんだって思えてくる。 だけどそうじゃない。亡くなられた方とか仏様に思いを馳せると、もっともっとたくさんの命がこの苦しみと向き合ってきたし、その向き合ってきた人たちっていうのはお浄土から仏様になって心配してる。あなたの苦しみわかるよと。私もそうだった。でも大丈夫。 いつか仏になってお浄土にいらっしゃいなさいと。そうしたら私がお浄土で待っていてあげるから心配しないでねって言ってくれてる。そう考えるとですね私たちの人生っていうのはいろんなものを獲得できたり失ったり成功したり失敗したり喜んだり悲しんだりいろいろあるんです。 いろいろあるんだけれども良いことも悪いことも含めてお浄土から先に亡くなられた方は多分優しく見守ってくれてると思うんだよね。そう感じることができたら自分の目の前で起こる一つ一つっていうのをもうちょっと大らかに眺めることができる気がしませんか。これがね浄土真宗の人生自分の命と世界を眺める視点だなと思っております。 今日はですね仏教の話をいっぱいしましたが普段は心理学の話もしたりいろんな角度から人生について考えていこうと思っています。自分のことを改めて見つめ直したいと思っておられる方今後もお参りいただけると嬉しいです。ぜひいいねとコメントお待ちしております。またのお参りをお待ちしております。ありがとうございました。 もっと見る #使い捨てをやめたモノ #明日を変える新習慣 仏心ラジオ【仏教×心理学】プレミアム放送配信中!02:041.ようこそお参りくださいました09:572.成功も失敗も獲得も喪失も豊かなものコメント感想・質問・応援メッセージを書こう RB22025年9月3日今日の、今の、私の心情に寄り添う内容でした この回は保存決定3返信
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