縁が整えばなんでもやりかねないのが人間—親鸞と十界互具から考える正気への道ー(2026/10/15)【#1250】
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昨日のアウグスティヌスの話——剣闘士の殺し合いに反対していた若者が友人に連れられ、会場の歓声に思わず目を開けてしまって夢中になってしまったという話——を反芻していて、浄土真宗の開祖・親鸞聖人の言葉を思い出しました。
弟子の唯円が書き留めた『歎異抄』に、こんな問答があります。親鸞が「人を千人殺してきなさい。そうすれば往生は間違いない」と言い、唯円が「一人も殺せそうにありません」と答えると、「あなたが人を殺さないのは心が良いからではない。殺すべき縁がたまたまないだけだ」と諭します。縁が整えば、人間はどんな振る舞いでもしてしまうものだという、人間への深い眼差しのこもった言葉です。
日蓮宗の教えでいえば、これは十界互具(じっかいごぐ)に重なります。地獄から仏まで十の世界がそれぞれの中にすべて宿るという考え方で、私たちの心の中にも地獄があり修羅があり、同時に仏の世界もある。縁はすべて思い通りにはなりませんが、なるべく良い縁を手繰り寄せる努力をすること——それが正気でいることにつながる道だと話しています。
弟子の唯円が書き留めた『歎異抄』に、こんな問答があります。親鸞が「人を千人殺してきなさい。そうすれば往生は間違いない」と言い、唯円が「一人も殺せそうにありません」と答えると、「あなたが人を殺さないのは心が良いからではない。殺すべき縁がたまたまないだけだ」と諭します。縁が整えば、人間はどんな振る舞いでもしてしまうものだという、人間への深い眼差しのこもった言葉です。
日蓮宗の教えでいえば、これは十界互具(じっかいごぐ)に重なります。地獄から仏まで十の世界がそれぞれの中にすべて宿るという考え方で、私たちの心の中にも地獄があり修羅があり、同時に仏の世界もある。縁はすべて思い通りにはなりませんが、なるべく良い縁を手繰り寄せる努力をすること——それが正気でいることにつながる道だと話しています。
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- 12:101.
自分の弱さを自覚することが、正気への道かもしれない
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