『車輪の下で』ヘルマン・ヘッセ
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タイトルコール
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初めのあいさつ
- 09:454.
あなたの「聖域」は守られているか?
- 05:255.
Whyの対話はあるか?
- 04:196.
『子どもの才能を引き出す』
- 09:417.
頂いたコメントへのお返し
- 00:158.
終わりのあいさつ
コメント

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お風呂の時間や外出先でKindleを読んだりするのですが、頭の中で対話するだけでは、満たされたい気持ちがあります。
不思議ですよね(笑)
目指すべき道があると安心します。トンネルの出口のような、光り輝くゴールが目の前に見つかったように思えます。そこに向かって走れば、幸せに浸れるように思えます。
他者評価の道はより鮮明に見える坂道のように思えます。一本道で両脇が断崖絶壁です。自分の心を抑えて駆け上がる道です。
準備された道はないのかも知れませんし、準備されていたら、少し立ち止まって、横道にそれてもいいのかもしれませんね。
営業として毎月達成することが自身のアイデンティティでしたが、そこにはWhyはなかったように思います。
表彰や評価等で一時的に気持ちよくなりますが、車輪を永遠に走り続けるモルモットのような感覚で、いつこのゴールの無いレースが終わるのかと、毎月の月初は苦しかった記憶が強烈に残ってます。
人が頑張るためには、「大義(Why)」が必要なのだと、30代後半になって自覚しましたが、同時に自分の「聖域」の重要性も今は理解できます。
僕は以前、「おや ときどき こども」という本を読み、親の呪いの言葉に気付きました。
それまでは、僕が描く理想の子供像を、子供に押し付けていました。
自分が出来なかった事を子供に託そうとする、重荷を背負わせて、動けないようにする、哀しい行為です。
今は、隣に寄り添って、一緒に考えることを心がけています。
そして、ちょっとだけ上から見える景色を教えてあげます。
いつか、自分だけのWhyを見つけてくれたら、親として最高に嬉しいです。
例えば、大学受験の志望校を決めるときに初めて突きつけられた感覚が今思い返すとあり、裏を返せばそれまでの進路は主体的なものは少なかったような気がします。
さまざまな偶然が重なって今の自分を作っているのだとすると、一つボタンを掛け違えば全く違う人生になっていたのではと思いました。