『東京藝大美術学部 究極の思考』増村岳史さん対談3
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これからの教育のあり方を探る
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『仕事のアンラーニング』
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終わりのあいさつ
コメント

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HOWを無自覚で行う昭和の価値観の型が対比で挙げられていましたが、意外とこの差に気づくのは難しいと思いました。
ティッシュ箱のデッサンの事例は、普遍的な型の習得で説明されましたが、いざ生徒の立場だといつまでも古いやり方に囚われた昭和的な型に感じてしまいそうと思いました。
意義を説明されても、その視点に立った人出ないと普遍的かどうかを見極めが難しそうです。
結局は本人次第で、何事にも抽象度高めて自分に引き寄せる思考の習慣化が出きることが重要ではと思いました。
気持ち良い会話とは信頼関係が作ると思います。
学びたい思いと教えたい思いが重なると、闊達な質疑の時間になると思いました。
フラットな視点にも繋がると感じました。
今日のフライヤーではアンラーニングのことがありましたが、偶然にもお二人の対談のに通じると思いました。
既定路線の問いではなく、自分やまわりをハッとさせる問いを出せるようにと思いました
進学校でのワークショップの話を聴き、初回にも通じる話ですが、評価する側も試されているということを大人自身が自覚する必要があると感じました。
子供がルールから外れたり、大人の想像の範疇を超えてくることに、どれだけ懐深く対応できるかが重要な気がします。
また、基礎の重要性や、観ることを極めると解像度の高いインプットに繋がることなど、気付きや刺激をいただきました。
拝聴する中で『かくかくしかじか』の日高先生の言葉がフラッシュバックするとともに、自分もデッサンしたいなと思いました。
我々が生きていくなかで、whatって最近になって重視されたのかなあとふと思いました。
高度成長期にはwhatってほとんど不要だった様な気がします。
明治維新後や戦後すぐなら、違ったのかな。
すみません。抽象度の高くて。
改めて今の時代はこれまでとは違うのだと感じられました。
ありがとうございました。