TOPエンタメ映画・本荒木博行のbook cafe『私たちはどう学んでいるのか』鈴木宏昭632:22 2022年11月4日 9,242再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次誰もが無意識に信じる「素朴教育理論」の正体「正解なき時代」に教育が問い直すべき前提「基礎から応用」や「丸暗記」教育が抱える課題杖の比喩が示す「遠隔項」から見る教育の本質学習意欲を刺激する「観戦動機」の重要性とはAI文字起こし(β版) # タイトルコール あらキロ行きのブックカフェ。この番組は、自分の頭で考える読書の執筆者であり、書籍予約サービスフライヤーのアドバイザーを務めるあらキロ行きがマスターとなり、本からの学びを楽しむカフェです。 # 初めのあいさつ はい、みなさんおはようございます。11月4日、金曜日の朝になりました。 さて、今日なんですけれども、最終日ですね。私たちはどう学んでいるのか、早発から見るインチの変化。 鈴木ひろやきさん、ちくまプリマ新書。6回に分けてやってきましたけれども、全6章1日ずつやってきました。 多分一冊の本を6回に分けて取り上げるのは、あれ以来かもしれませんね。デカルトの精査。 あれも6日間のその精査チャレンジということで、6章に分かれていたんです。第6精査まで、第1から第6まで分かれていて、1日ずつやったことが、 どれくらい前だろう?1年半くらい前かな?やったと思うんですけれども、それ以来かもしれないですね。 それくらい一章一章がとても深かったという、その証拠でもあるので、ぜひ皆さんにも手に取っていただきたい。 いただきたいかというと、いただきたくないという気持ちが多少あります。なんかちょっと独り占めしておきたいという気がしますけれども。 今日はですね、教育論です。第6章、教育をどう考えるかということで、教育に携わる人、そうでない人も含めてですね、何らかの関係があると思います。 皆さんも、もしですね、部下とか後輩をお持ちであれば、教育ということから逃れられないわけですよね。 もしくは、自分自身が教育される、もしくは自分自身を成長させるというところで、教育のメソドロジーというのは、頭の片隅にどこか意識をしているはずなんです。 しかし、そこで考えている教育理論というのは、実は間違っているものが多いんじゃないかというのが、今日の最終日のポイントになります。 素朴教育理論と呼びますが、これを徹底的に批判するというのが、今回の鈴木先生の最後のメッセージになります。 はい、それでは行きましょう。本編スタートです。 # 「素朴教育理論」とは何か はい、それでは私たちはどう学んでいるのか、最終日に行きたいと思います。 今日はですね、教育についてです。 素朴教育理論というキーワードがあります。 これは決してそんな難しい話ではなくてですね、 我々がその教育理論みたいなものを、 なんとなくもう身につけた気になってませんかという、 そのなんとなく知っているようなことを素朴というですね、 修飾語をつけて素朴理論というふうに呼んでいるわけなんですよね。 え?何?それどういうこと?ということなんですけれども、 じゃあこれを、この素朴教育理論というのを、 鈴木先生がバッサバッサと否定していきますので、 1個ずつですね、その素朴教育理論を見ていきたいと思います。 1つ目なんですけれども、 教育というものは問題があり、そして正解があり、 そして正解を知っている人がいるというのが暗黙の前提であるわけです。 学校教育なんかそうですね。算数の授業とか、国語の授業とか、 その問題の出し手がいて、そして正解があり、 それの正解を適切に答える先生が丸付けできるみたいなことなわけなんですけれども、 本当かという話です。 これは結構普通にビジネススクールとかでもこういうメタファーで行われますよね。 そして正解はすでにハンダアウトに書かれていて、それをハンダアウトに書いた先生がいるという意味においては、 ビジネススクールはもっと複雑なことをやってますみたいなことを思うかもしれないけど、 結構似ている、この素朴教育理論に基づいているんじゃないのということなんですよね。 しかしながら現実はどうだろうかと、 言わずもがな、問題なんていうのが先に提示されることはないと。 そして何が正解かというのが、正解そのものがない。 どちらかというと正解を作っていくということだし、 正解を上のリーダーが知っているかというと、正解を知っている人はいないということになるわけです。 ここにミスマッチが起きているということですよね。教育と現実におけるミスマッチが起きている。 だからこそ、自由研究型の教育というのが、探究学習とか言われますけれども、 そういうことが重要だという話になっていくわけなんですけれども、 普通にセミナーとかでやっても、一律の長ですよね。 例えば組織論を教えますみたいな話で、正解があって正解を知っているというメタファーで、 この講座が成り立っているみたいなことってありますよね。 これがまず否定される素朴教育理論1個目です。 そして2個目、別にこれはラベリングされているわけではないので、 ミーチーではないと思うんですけど、2つ目。 基礎から応用という素朴理論ということですね。 基礎を学習した後に応用というものが用意されると。 単純なものから複雑なものに。 これはベースとなるのは、単純なことを理解して組み合わせれば応用的なこと、複雑的なことが理解できるという前提があるわけです。 教育の場合ってそうですよね。1学年上がるごとに複雑になっていく。 大人の教育においても、基礎編から応用編みたいな、そういうことがあるわけですよね。 しかし、現実世界はそうしたことにはなっていないと。 なんとなく想像できると思うんですけれども、 私たちが直面しているものは未知の問題が多いわけで、その未知の問題において基礎が何なのかというのが正直よくわからないと。 未知の問題なのでその基礎ということを事前に知ることはできないわけなんですね。 後付けでそれが基礎だったということがわかるみたいな、そんなことなわけです。 すでに確立された領域において基礎応用というのは成り立つかもしれないけれども、 現実社会において確立した仕事をしている人というのは必ずしも多いわけではない。 結構未知なチャレンジをしている人が多いということを考えると、 基礎から応用みたいな前提というのは成り立たない場合が多い。 これが素朴理論2つ目。 さて3つ目の素朴理論ですね。 全て頭の中でという素朴教育理論です。 学校のテストをイメージしてみてください。 学校のテストというのは問題を試験場の中で読んで一人で答える。 参考書を開いたりすることは許されない。 スマホも禁止です。 ということなんですけれども、そうですよね。 現実はどうでしょうかということなんですけど、 人の知性というのは環境前提として組み立てられているということですよね。 だから、適切な書籍に当たれるみたいなものも大事な能力だし、 適切に検索できるというのも大事な能力だし、 適切な仲間にリーチできるというのも一つの要素。 だから環境をどれだけ使えるかというのは大切な能力なはずなんですよ。 それにもかかわらず、自分の頭の中でだけを問うみたいなことはやっぱりおかしいよねというのはその通りだと思います。 ちなみに、武蔵野大学EMCはそういう意味ではテストないですからね。 全て誰でもいいから考えて、グループだったり、 その中でレポートを出すみたいな。 そういう正解がない中で自分で答えを考えてきてね、みたいな。 そんなことをやっているわけですけど。 さて、四つ目です。 教えればできるという素朴教育理論。 例えば、心が荒んでいるから道徳をやろう、とかね。 道徳をちゃんと教えればできるのである、みたいなね。 なんとかの能力が落ちてます。 だったらそれを学校で授業時間数を増やそう、みたいな。 この大前提は教えればできるということなんですよね。 本当でしょうか、と。 これは、もちろんそんなことはないわけです。 知識で知っているものであっても、それが現実場面でちゃんと適応できるというのは、 全く違う脳みその使い方をしているわけですよね。 だから、学習場面で似たようなことがあれば、転移は起こりやすいけれども、 似てなければ転移なんていうのは生じない。生じにくい、ということですよね。 だから、人間の知識とか学習の転移というのは極めて限定的なので、 まあ、そんな教育したところで変わるもんじゃない、みたいな。 まあ、そんなようなことが現実的なものだよね、と。 さあ、ということで、素朴学習理論をいくつか上げては否定し、上げては否定し、 そんなようなことをやってきましたけれども、 ちょっと最後のチャプターでどうするかということを考えていきたいと思います。 # 近接項ではなく、遠隔項を見よ さてということでですね 素朴教育理論というもの まあ私たちが暗黙に考えている教育に対する信念みたいなものっていうのはことごとく間違っている可能性が多いということですね そんなことを否定してきたわけなんですけれども じゃあ どういうことが大事なんだろうねっていうことが最後クロージングとして書かれています でまぁそこに行く前にですね 教育現場ではどうなっているかというと こういうふうに まあなんか間違ったことをきちんときちんとやろうとしているっていうのが 現場で行われていると暗記であったりとか基礎をしっかりやるとかですね ねまあ問題を読んでしっかりと答えるみたいだね カンニング禁止みたいなそんなことをきちんときちんとやっている まあこういうスモールステップみたいなことを確実にやるみたいなことなんですけど これちょっと面白い比喩があるんで 西急たかさんのですね比喩の引用があるのでちょっと紹介したいと思うんですけど ある日医者が全く健康な人に風邪を引かせてやろうと考えたと風というのは 1熱がありに頭痛がしさん体がだるいという3つの特徴を持つ そしてそこでカレー粉とわさびをもぜ混ぜたものをその人の体に塗りたくった これで40度の熱を出すことに成功した次に頭を思いっきり殴り頭痛を生じさせた そしてだるさについては鉛の板をその人の体に多数縛りつけて1万メートルほど 走らせることで 達成したさてこの人は風邪を引いただろうか かなり皮肉が込められてますよね もちろんそんなことはないわけですしかし 教育というのはこういうことをやってるんじゃないかということなんですよね あのあるこうロールモデルみたいこんな人を育てようと思った時にこの人はこういうことができ こういうことがこうできこういうことができると だとしたらそれぞれをちゃんとスモールステップで 要素分解してやっていけば最終的にはそういうことができるとそういう人ができるよう になるっていうそんなことをやっちゃってはいませんかということなんですね でえっと そんなことはないわけですよ でえっと私たちがやっぱり気をつけなきゃいけないのは 近接工と遠隔工みたいなそんなことをちゃんと見定めるそういう目を持たなきゃいけない っていうのね 最後こうマイケルポランに 彼のですね暗黙地の次元だったかな あのボイシーでも紹介しましたけれども 暗黙地の次元でですねその近接工と遠隔工というですね そういう概念が登場しますこれちょっとあの説明すると 杖の比喩があるわけですよ杖の比喩ね 杖って手先は杖の柄の部分を持ってますね 先っちょは地面を叩いているわけです で手先の神経と地面の状態っていうのがこれが近接工と遠隔工の 遠隔工の関係 なわけですだから手元が近接工ね そして床のに接している部分が遠隔工なわけなんですけれども 我々はその教育とかの場合でも近接工ばっか気にしちゃうとこれをやらなきゃ いけないこれをやらなきゃいけないこれをやらなきゃいけないみたい でも本当に大事なは杖の先にある 杖の先に何があるかっていうこの原因形のところですよね だから手元にあるから杖の手元ばっか気にしちゃうという傾向があるんだけれども 杖先気にしなきゃダメじゃない っていうそういう話なわけです遠隔工近接工と遠隔工をちゃんとつなぐ そして遠隔工から近接工を見る読み解くみたいな そんなことが大事これつまりこれ何が言いたいかこれ鈴木先生が何が言いたいかと いうと その教育においてですねやっぱりこう いろいろそのスケジュールだとかカリキュラムだとかタスクみたいなことばっか気になっちゃうん だけど どういう人が本当に育っているのかという遠隔工をちゃんとチェックしながら そこに向けて近接工を意識していきましょうっていうね だからインプットだけを見るんじゃなくてアウトプットちゃんと見ましょうねって非常に 当たり前のことなんですけれどもでも教育においては結構忘れちゃいがち ねカリキュラムをこなすことに精一杯 テストをちゃんとやらせることに精一杯 ねそしてそれをやったらですねどんな生徒が育っているかというのは全く気にしない みたいな そんなような教育機関が出来上がってしまうとですね まあこれはとても悲劇的なことになってしまうわけなんですね だから私たちが気にしなきゃいけないのは まあそういう一度定めたカリキュラムはその通りかもしれないけれども でどういう人が育っているのっていうのをちゃんと目視確認してその 感じなきゃいけないと まああのそんなことがここでまあだからそういう意味で まあ新しいわけではないんだけど でもとっても大事だよねとで教育者において大事なことっていうのは何かっていうこと を最後に 書かれているんですけどそれはこう学びを支える動機づくりであると動機形成が大きい ということを最後に言ってるわけです はい宮台真嗣さんの引用でですね学習の動機として 競争他の人に勝ちたい理解分かりたい に加えて3つ目にですね観戦動機というものを挙げているわけですね これはどういうことかというと観戦時 まあ他に人に勝ちたいとか分かりたいというのはわかりますよね 観戦動機というのは 特定の人物その人のようになりたいその人と同じように考えたいというそういう タイプの動機なんですよね 観戦って何でそういう言葉を使うかというとその道 師匠の発する菌に侵されて半分病気みたいになっていると いうことでそうしたこう 機能浴びたいっていうね 観戦動機に基づく学習これはとても大事なんじゃないかということなんですね はいということで 極めてそのサイエンティフィックになりにくい話なんだけれども インプットとアウトプットの関係 我々はそこをインプットばっかり気にしてしまっているそして素朴教育理論 実はね 正しくないかもしれないそのセオリーみたいなものをなんとなくベースにして教育体系を作って きてしまっているみたいな だから とっても大事ですね僕もとても勉強になりました 学びを考える上で そしてこれが最終項においてあるというのがとてもいいですねタイトル私たちはどう 学んでいるのかということに対して最後教育論 ね 学習論から教育論への展開が最後ね なされたわけなんですけれどもこのコインの裏表 学びっていうのと教育っていうのはちょっと主体が違うんですよね なんだけれども裏表の関係なわけですよ 教育がしっかりしていればより良い学習が促されるとより良い学習者が増えれば より良い教育になるというその まさにインタラクションがここで行われるわけなんですけれども そんなことを最後ねコインの裏側から見るみたいなのが第6章に あったというふうに思いますはい とても 良いクロージングでしたこの本そのものねはいなので まあちょっとあんま読まなくていいですよ うん 僕だけが知っておきたいそんな気もしますはいということで影響 まあ6日間に分けて行いましたがこれで終わりでございます 私たちはどう学んでいるのかでした # 『自分の仕事をつくる』 それでは今日のフライヤーです。今日はですね自分の仕事を作るという本になります。著者は西村よしあきさん。 プランニングディレクターですね。建築設計分野の仕事を経てデザインレーベルリビングワールド代表で らっしゃいます。 こちらの本、ちくま書房から2009年2月に出た本になります。 文庫になったのかな。本書、自分の仕事を作るは単行本発行から20年近く経った 今も読み継がれる名著であると。働き方研究家の著者が一流の仕事人たちを訪ね歩いた見聞録。 そこから得た施策をまとめた一冊だということですね。 なるほど。一流の仕事人たちはどんな仕事も他人ごとにせず必ず自分の仕事として行っているということですね。 まあ何でしょうね 仕事って始めは必ず 他人のやり方みたいなものがあったりするじゃないですか。本当に最初に作る仕事なら 例外ですけど、何らかの前任者とかね いたりするわけですよね。そこから、それはどちらかというと他人の仕事なんですけど、いかにして自分の仕事にしていくかということですね。 えーっと 宮田さんキリンビバレッジですね 宮田さんその人が持っているちょっと光っている部分に気づいて焦点のあった仕事を与えると人は必ず成長すると 引き出すべき能力はちょっとした行為から突然わかるのだと言うと それはデザインに出ていることもあれば、返してくる言葉や仕事のまとめ方のこともあると その瞬間に出会うためにはたまに付き合うのではなく常にそばにいることが大切だと 人がどういうところで輝けるのかということを つぶさに観察して フィードバックしてあげるっていう、まあそういうことなのかなぁ 佐藤雅彦さんですね。CM、プランナーディレクターの方でらっしゃいますけれども 考え方を考えるということを教えてらっしゃると 何が美しい、何を美しいか何がすごいかと思うのは人に教えることはできないと なるほど。だから自分が何を考えているかを考えましょうみたいなね なるほどね。などなど それぞれ各領域の達人たちが 仕事っていうことにどう向き合ってきているのか そんなことがわかる一冊かなというふうに思います。文庫化になっておりますけれども ちくま書房から。自分の仕事を作るという本でした # 頂いたコメントへのお返し はいそれでは今日は経営カフェデイファイブ人が採用できない こちらですねコメントがしていきたいとおもいます イタルさんです。採用で一番難しいのは選考でなく、そもそもの入り口で人に来てもらう ことだと日頃感じているので今回の話を頷きながら聞いてみました アイドマのAでこけるみたいな。事業内容や将来性、ブランドは文章で伝わるけど文化は伝わらない。 文化に共感してもらうには人と会ってもらわないとうまくいかないけど人を集める ために魅力的な言葉を使うと変な人が来たりする。 整えられたメッセージではなく社員が sns で会社のことを発信するなどで様々な声を多く聞いて もらう方が有効だなと思います まあタッチングポイントを増やしていくっていうことをねー ワンショットでねー綺麗な言葉 作ってもねそれで来られても困るなぁみたいなことってありますよね確かにね まあそういう接点を増やしていくって大事なことだと思います さて タッキーさんかな初めまして荒木さんの話し方が心地よく朝から聞いて今日の自分を整えています コメント返しを聞いてのコメントですお金になるかならないか いや意味があるかないかなどは結果を長期的に見るか短期的に見るか 個人に対して世界に対して かでも変わってきますよねまた荒木さんがおっしゃっていたやみんなが一緒でなくて いいというところにも共感しました 自分の価値観に合わせて変わってもらうかどうかは場面でき見極めたいです コメント返しのところのコメントですねちょっと僕が何に対してどうコメント返したのかも もはや 記憶にないので何のことかわかりませんけれどもいただいたコメントを頼りにです でもほんとそうだと思う ねえ なんか大価値観の多様性みたいなことを歌いながらもこうでなくてはならないみたいな なんかそういう矛盾メーターメッセージとかね あったりしますよね 結局は まあそれぞれでいいと思うんですけどただ大事な部分はやっぱりここは守ろうねみたいなところ もあるかもしれないですね 何ていうかわかんないですね僕もね ありがとうございますいつも聞いていただいてそして初コメということでとても嬉しい まあそんな気持ちを表明できればというふうに思います グルグル鈴木さん選択そのものでなく選択してから入れば問題なるほどでしたこの文脈で 経営カフェのデイツーの時期から僕のチームで新しく働き始めたメンバーの話をします 転職してきて最初の1ヶ月を終えようとしていて その新メンバーと振り返りをしました新メンバーは一緒に働くチームメイトの思考や 言動の癖を的確に認知したコメントをされていました 採用した人の活躍できる場を整えるために新旧メンバーの人間関係を整える マネジメントとして的確にな認知に新旧メンバーを導くというのもポイントかと思いました と 素晴らしいいいですね フィットした採用ができたんじゃないですかねまあそれは まあ入った側の入れ歯もそうだし受け入れる側の歯茎もね それぞれが努力してこうちゃんといい感じの入れ歯が出来上がると いうことなんだと思います知らんけどほんと知らんけどはい すすさん外の世帯世界にコンタクトする大河さんが cto などの重要なポジションを採用する際まず関係するイベント などを片っ端から参加して多くの人と会い cto に求めるスキルとは何かを把握したといったこと なるほどなと感じました最近人事アンケートで多業種や他社の人と積極的に会話してる か と質問がありましたその時は全然ピンとこなかったのですが今回の大河さんの話を聞いて 自分のジョブの最新トレンドは何なのか 外の世界を通じて知れるのかなぁと感じました外の世界にもコンタクトしてみますと うん そうですねなんかこういうのは外にで歩いてこう相場感身につけるっていうのがとても大事 ですね どうしても奥になっちゃって自分の目の前の仕事ばかり こう気にしちゃったりするんですけれども 大事ですよね 松田数とした最後の入れ歯問題はいろいろな解釈ができそうでとても面白いですね 最近学んだ交渉術で考えると自分と会社の増幅とバトナーがあれば何かさえ 会えば合わせることができるのではないかと思いました また今回の話題はエンプロイヤーアビリティからも考えることができそうですね この概念も最近学んだばかりで頭の中でつながりやすかったです 他には先日のプレミアム配信でのせいなさんとの調達談 人で選んでますにて自身の考え方や心情の解像度を上げることが 雇われる側には重要だと思いましたと ことですね そうですねあの 雇われる側も雇う側双方の まあ努力が必要でね お互いのインタラクションによって初めて良い採用っていうのが成立すると 採用がうまくいかないっていう時って結構 なんつーのかなぁ どちらかの性責任ばっかりにしちゃってるみたいなこと多いと思うんですけど ね 実は受け入れ側の柔軟性みたいなものも問われているみたいな そんなことがあるんじゃないですかね 一本旅はまのちさん聞いていて障害を障害を持つ 参議院議員の天端さんのことが想起されました 車椅子であり解除を受けないと発言ができない天端さんに合わせて環境を 変えていく国会 新たな人材が生えることでしか変えられないことがあるのだなと感じます いうことで いや本当にそうだと思いますダイバーシティっていうのはそういうことですよね 受け入れ側がダイバーシティに合わせられるかっていうのが問われているわけでそしてそれに 合わせることができればまた世界は広がっていくということなんだと思います まあ理屈はその通りでまあ ねめんどくさくなっちゃうっていうのが これが置いた組織の象徴なんだと思います はい さあということでコメント返し以上になりますいつも皆さんありがとうございます # 終わりのあいさつ ようやく終わりました。私たちはどう学んでいるのか? 過去回聴いていない人は、10月6日から1回目が放送されていますので、 適宜振り返りしていただければと思います。 今日はここまで。また明日。 もっと見る #教育 #宮台真司 #素朴教育理論 #ポランニー 荒木博行のbook cafeプレミアム放送配信中!00:121.タイトルコール02:242.初めのあいさつ09:393.「素朴教育理論」とは何かhttps://amzn.to/3Dw2DSO09:054.近接項ではなく、遠隔項を見よ03:395.『自分の仕事をつくる』07:026.頂いたコメントへのお返し00:247.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2022年11月6日先日『私たちはどう学んでいるのか』を購入しました!早速読んでみようと思います!素朴教育理論の呪縛は根が深そうだなと感じました。自分が受けてきた教育が再生産されやすい背景とも言えそうです。基礎から応用へ、単純から複雑へ、という流れは、カリキュラム開発や評価の過程を考えてみると、腑に落ちます。教育のアウトカムを規定し、それに基づく目標を立てる。その目標には、一般目標と個別目標があり、一般から個別の流れは、細分化の流れとも言えると思います。いわば後付けで考えている状態とも言えそうです。返信 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2022年11月6日そう考えると、遠隔項を見定めるように、定期的にフィードバックや360度評価を行い、その都度、方略を変えていくことが必要なのだな、と思います。言うは易しだとは思いますが😅頭の中だけで行うのでらなく環境も考える、という話では、ニューヨークに留学していた石渡さんとの対談を思い出しました。またの対談を楽しみにしています。 泉 龍太郎2022年11月4日『私たちはどう学んでいるのか』6素朴教育理論、会社組織内の縦・上下の関係性に多分に引き継がれてそうです。例えば、「正解を知っている人がいる」。この前提に縛られて、上の立場の者が虚勢を張りやせ我慢すると、率直なフィードバックや滑らかなナレッジ共有が阻まれそうです。例えば、「基礎・単純から応用・複雑へ」。大企業では、若手にプロジェクトをまるっと預けず、パーツを切り出して任せることが多いと思います。が、そうした下積みを単純に重ねるだけでは、プロマネ人材にはならなそうです。1返信 ぐるぐるすずき2022年11月4日学びとはなにか?聴きながら、教えればできるという思い込みが、僕にもあるなと思いました。本当に、教えたらできるのか?目的をそれで達成できるのか?教える方法も、テキストでいいの?見せるのでいいのか?そもそも、私たちがどう学んでいるのか?を調べようとせず、自分が受けてきたものを基準に再現しようとしているところに問題がある。そう感じます。新しい世界を開かせてくれるご紹介でした。本も一度読んではいますが、自分の中で、形になるように読み直したいです。ありがとうございました。1返信 いたる2022年11月4日素朴教育理論、義務教育では必要かなと思います。ただ、それだけでは足りず、それで解けない領域もバランスよく教える方が良いのかなと思いましたが、義務教育で入れるインプットが多すぎるんでしょうね…例えば鎌倉幕府ができた年をテストで問うのではなく「教科書以外のものを使って鎌倉幕府を説明せよ」ぐらいにした方が実生活で役に立ちそうだなと思います。学校に限らず教育は、それが社会で生きるためのルールとして必要だからやってるのであり、知識を入れることを目的に置かないようにしないといけないなと思います。1返信 泉 龍太郎2022年11月4日「教科書に載っている鎌倉幕府の知識を、実生活に当てはめてみよ」とかも面白そう。学級委員長の最近の振る舞いは、承久の乱の時の後鳥羽上皇のようだ、とか。2 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2022年11月6日いたるさんのコメントで思い出したのは、現在留学中の土方奈美さんの息子さんが受けている社会科の授業です!放送を聴くと、アメリカにも、日本で言うところの学習指導要領みたいなものがある感じでしたが、それにとらわれてしまうか否かが、教育の質に影響を与えそうだなぁと思いました!
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素朴教育理論の呪縛は根が深そうだなと感じました。自分が受けてきた教育が再生産されやすい背景とも言えそうです。
基礎から応用へ、単純から複雑へ、という流れは、カリキュラム開発や評価の過程を考えてみると、腑に落ちます。教育のアウトカムを規定し、それに基づく目標を立てる。その目標には、一般目標と個別目標があり、一般から個別の流れは、細分化の流れとも言えると思います。いわば後付けで考えている状態とも言えそうです。
頭の中だけで行うのでらなく環境も考える、という話では、ニューヨークに留学していた石渡さんとの対談を思い出しました。またの対談を楽しみにしています。
素朴教育理論、会社組織内の縦・上下の関係性に多分に引き継がれてそうです。
例えば、「正解を知っている人がいる」。
この前提に縛られて、
上の立場の者が虚勢を張りやせ我慢すると、
率直なフィードバックや滑らかなナレッジ共有が阻まれそうです。
例えば、「基礎・単純から応用・複雑へ」。
大企業では、若手にプロジェクトをまるっと預けず、パーツを切り出して任せることが多いと思います。
が、そうした下積みを単純に重ねるだけでは、プロマネ人材にはならなそうです。
聴きながら、教えればできるという思い込みが、僕にもあるなと思いました。
本当に、教えたらできるのか?目的をそれで達成できるのか?
教える方法も、テキストでいいの?見せるのでいいのか?
そもそも、私たちがどう学んでいるのか?を調べようとせず、自分が受けてきたものを基準に再現しようとしているところに問題がある。そう感じます。
新しい世界を開かせてくれるご紹介でした。本も一度読んではいますが、自分の中で、形になるように読み直したいです。
ありがとうございました。
ただ、それだけでは足りず、それで解けない領域もバランスよく教える方が良いのかなと思いましたが、義務教育で入れるインプットが多すぎるんでしょうね…
例えば鎌倉幕府ができた年をテストで問うのではなく「教科書以外のものを使って鎌倉幕府を説明せよ」ぐらいにした方が実生活で役に立ちそうだなと思います。
学校に限らず教育は、それが社会で生きるためのルールとして必要だからやってるのであり、知識を入れることを目的に置かないようにしないといけないなと思います。
とかも面白そう。
学級委員長の最近の振る舞いは、承久の乱の時の後鳥羽上皇のようだ、とか。
放送を聴くと、アメリカにも、日本で言うところの学習指導要領みたいなものがある感じでしたが、それにとらわれてしまうか否かが、教育の質に影響を与えそうだなぁと思いました!