TOPエンタメ映画・本荒木博行のbook cafeアートカフェ『エゴン・シーレ展』/静香さん、マイさん対談239:16 2023年3月16日 6,743再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次フロイトが解き明かすシーレの表現世界自画像に見る美と醜、シーレのナルシシズム『三流シェフ』ミクニ清美、運命変えた決断ドントルックアップに学ぶ、地球規模の課題と行動シーレと斎木勇造、自画像に見る都市と広告AI文字起こし(β版) # タイトルコール あらキロ行きのブックカフェ。この番組は、ノクガクの地図の執筆者であり、書籍予約サービスフライヤーのアドバイザーを務めるあらキロ行きがマスターとなり、本からの学びを楽しむカフェです。 # 初めのあいさつ 皆さんおはようございます。3月16日、木曜日の朝になりました。 さて、今日はお昼、3月16日、ランチイベントがありますので、 もしこれ朝聞いている方は、まだ申し込みされていない方は、僕が登場いたします。 久保さんと対談で、対話を通じた構造化という、 ストラクチャードシンキングの続編のセッションをやりますので、無料参加でございます。 何かやるらしいぞということで、もし都合がいい方は、ぜひ参加いただければと思います。 ちょっとリンク貼っておこうかな。 さて、今日2日目になります。 アートカフェということで、エゴン仕入れ編ですね。 昨日、僕の友達の佐藤瑠衣さんとお話しする機会があったんですけれども、 佐藤瑠衣さんの紹介なんですね。村上さんね。 西田さんの紹介という話を昨日してしまいましたけれども、 西田さんの場でお会いしたというのは間違いないんですけれども、 佐藤さんの紹介だということを改めて、 あ、そうだったの?という話を昨日させていただきました。 ということで、エゴン仕入れの内容を含めて振り返りをしていきたいと思います。 それでは行きましょう。本編スタートです。 # シーレの自画像の魅力は? それでは対談の2日目に入りたいと思います。 静香さん、まいすさんがゲストになります。どうぞよろしくお願いします。 よろしくお願いします。 エゴンシーレーをテーマにですね、昨日、 そうですね、シーレーの話はほとんどしてなかったような気も。 しなくもないですけれども、当時のウィーンの話を中心に 昨日はちょっと後半、お話をさせていただきまして、 まいすさんからいろいろ教えていただきましたけれども。 えっと、そうだ、結構いろんな絵があったんですけど、 僕がいいなと思った絵をですね、リスナーの皆さんに伝えるのは ちょっと非常に難しいんですけれども、結構印象的なすごい自画像とかもあって、 僕が好きだった作品、この女性像の悲しみの女。 これ1912年の作品ですね。 それからあとは自分を見つめる人という作品もあってですね、 ちょっとこの自分を見つめる人とかって結構気持ち悪いというか怖いというか、 まあその自分の後ろに死神みたいな人がいるみたいな。 いいですね、はいはいはい。 自分自身もすごい死神のように描かれているんですけれども、 すごいこう、ちょっと驚々しい色使いとタッチなんですよね。 で、これ僕ちょっと調べてですね、あの面白い事実を、 事実というか面白いことが書いてあるのがあったんですけど、 この時代ですね、フロイトの影響が大きいという話があって、 何かというとね、1900年なんですって。 ジーク・ムント・フロイトですね。 夢判断を出版したのが1900年。 で、このフロイトが語っているのはその内面ですよね。 無意識のうちの内面というものに光を当てて、 まあそれが表出しているみたいなね、そういう部分。 だから、そこを補助線に引くとですね、 このシーレのね、なんか死神が後ろに立っているみたいな、 こういう絵とかもその内面っていうものをどう表現するかみたいな、 そんなところもちょっと見えてくるのかなとかですね。 実はだからこの時代背景みたいなことも少しあるのかもしれないとか思ったり。 まあいずれにせよ、なんか僕はそんな前知識なくこの絵が面白いなと思ったんですけど、 まあそんなことも、はい、あの気づいたっていうことですね。 でも本当にですね、今聞いていて思ったんですけど、 フロイトの影響ってウィーンだけじゃなくって、 フランスでもやっぱりめちゃくちゃ影響があって、 なんかシュルレアリズムって聞いたことありません? あのダリとか有名なところだと。 なんかあの人たちもフロイトの影響で夢の世界を描き出そうって言って、 けど彼らが描いてるのって風景とかの方が多いんですよね。 でもなんかシーレってそれを結構なんか自分の画面に向かって掘り下げていって、 自分の内面みたいなものとか感情とか苦しみみたいなものを結構表現している絵が多いじゃないですか。 あれがすごいなんか特徴的ですよね。 いや本当そうですよね。 私一番のお気に入りの絵はこの女上詩人。 はいはいはい。 ちょっとねその不思議なポーズというか。 首が曲がっていて、 すごい窮屈そうなポーズをしている自画像なんです。 これも自画像でたぶん原木さんの選んだやつと同じフロアというか近くに並んでましたよね。 でなんかマントみたいのを着てて、 でもなんかお腹とか下半身は裸で、 なんでしょうね。 そしてなんか顔が結構いろんな色で塗られているんですよね。 なんか自画像なのに内面がむき出しというか、 悲しそうでもあり苦しそうでもあり、 なんか私これ見てすごいなんか母性を刺激されるというか。 なんかずっと捕まりました。 栄えたいなのかなんか。 何か書いてあるようで何が書いてあるかちょっとよくわかんないですよね。 境目がこう。 背景の。 そうだしこれってどこの部分なんだろうとか。 内部と外部がちょっと境目がわからないみたいな。 そういうところもあって。 いやありますよね。 足を止めざるを得ないですよね。 これなんだみたいな。 手とかもねゴツゴツしてて骨のようにも見えるし、 なんかちょこちょこオレンジが入っているのもなんか血のような汚れのようななんか。 なんでしょうね。 これなんかそう何が書いてあるんだろう。 なんでこんなに苦しそうなんだろうって思って。 私これ結構目が離せなかったんですけど。 ぐっと捕まれたんですけど。 後々調べてみたらなんかシールはめちゃくちゃモテ男だったっていうのを聞いて。 セキュラーな感じでやっぱいろんな数々の女の人の心を掴んだのかなっていうのをちょっと思ったりして。 いやでも確かにその写真とかもありましたよ。 かっこいいですよねシールね。 なんか格好つけてますよね。 そう格好つけて。 めっちゃナルシストですよね。 まあでもクソじゃなかったらこんなに確かに描かないですよね。 ポーズもいつも、写真のポーズもいつもなんかすごい決まってる。 確かに。 でもそのモテ男なさ、なんかシールとこの苦しみ。 静香が感じるさ、この苦しみみたいなのはなんかシールの人生のどういうところにあるのかなとか。 あーなるほど。 いやなんかシールの人生、これ見るときに私結構平行してどういう人なのかみたいなこととか時代をちょっと平行して絵を見ながらなんか見ていくのが結構好きで。 これ見るときもちょっとなんか調べたりとか解説見ながらだったんですけど。 なんかシールって、そもそもまだ28歳で亡くなってるんですよね。 そうなんですそうなんです。 ものすごい早くに。 ウィーン風邪で亡くなっちゃってるっていう流行病で亡くなっちゃってるんですけど。 なんか若い頃とか子供の頃から絵が上手くて、さっきも言ったようにウィーンの芸術学校に16歳で、当時最年少で入学するぐらいにすごい才能あふれたっていう人がいて。 ただなんかそのカリキュラムが100年前の古いものを使ってて、彼はなんかこんなところで学びたくないみたいな、自分の芸術これじゃないみたいな感じで退学しちゃうんですよね。 その後、私が選んだ絵とか、たぶん荒木さんのさっきの絵とかも、その後、退学の後、自分で画家としてなんか自立した後ぐらいの時期の絵で、 なんか自分の芸術っていうのをなんかすごい模索してた。 それを格好つけてなくて、結構こう全部をむき出しにしてというか、なんかそういう時期の作品っていう風にしてみると、なんかより一層後にも引けないし、前に進むしかないし、なんか形にするしかないみたいな、 なんかそういう強い思いとかが伝わってくるような感じで、より一層ね、ぐっとつかまれちゃいましたね。 うーん、なるほど。 ちなみに荒木さん、もう一つ選んだこの悲しみの女が良かったなあっていう理由はありますか? いやー、あのー、何でしょうね。これ、えっと、彼女でしたっけ、奥さんでしたっけ? 彼女の方ですよ。 彼女か。 元クリムトの彼女からのお下がりの彼女。 いやー、すごい絵だなあと思ったのは、何でしょうね。 なんか、自分が好きな女性をもし描くんであれば、すごく美しく描くじゃないですか、描きたいと思いますよね。 でもなんかこう、醜さを描かざるを得ない仕入れの何か、この卑屈な何かをやっぱり感じるんですよね。 確かに、この目鼻立ちとかすごい綺麗で、こう、訴えかけるものがあるんだけれども、 なぜストレートに美を描かないんだっていうところなんですよね。 だから、ちょっと肌の色も、やっぱり、こう、普通の色ではないし、その裏側に、こう、それが自分なのかね。 で、こう、これもまた感じるんですけど、この、その仕入れのナルシズムをね。 例えば、僕がマイさんと向かい合ってるとするじゃないですか。で、本来僕が見ているのはマイさんのはずなんですよ。 なんだけど、仕入れはマイさんを通じた自分を見てるみたいな、こう、常に見ているのは自分みたいな。 マイさんの瞳に僕はどう映ってるんだろうみたいなことを、常に考えているそのナルシズムみたいなものをむっちゃ感じて、 で、そんな醜い自分っていうのも、なんか嫌だっていう思いもあるみたいな。 なんかそういうのがいろいろこう、こう、美しさと醜さの同居みたいなものがなんかね、めっちゃ感じる絵なんですよ、これ。 っていう印象でした。 面白い。 いや、面白いし、なんか、醜いって言った荒木さんの、その、なんだろう、美として描いてないっていうところが本当にそうなのかなっていうのもちょっと思っちゃいました。 うんうん。 なんかそれを美しいと捉えてる可能性もあるかなとか。 そうね。 うーん。 描き入れは美しく描こうとした? そうそう、美しく描こうとしてそういう表現になっているのかなとか。 どうだろう、なんか、うーん、結構どれも、さっき驚々しいっていう風になんか表現してくれてましたけど、 どれも裸とかも含めて、結構、なんでしょう、凸凹が凹凸が激しかったりとか、 そうですね。 骨がなんかすごい目立つようになってたりとかしてますよね。 でもなんかあそこが、あれが痩せこけてて醜い身体と映るのか、 なんか骨とか筋肉みたいなものの線が明確に出ていて、そこに美しさを感じるかとか、 なんかちょっとどっちとも言えるなみたいな。 確かに、受け付けによって全然違いそうだよね。 うーん。 なんか私はあの裸を見ても全然、なんか浴場しないっていうか、なんか、 シーデンの。 そう、シーデンの。 裸の自画像を見て。 シーラの裸とかシーデンが描く裸、女の人であっても男の人であっても、 なんかそんなにエロチックさを感じないなって思うんだけれども、 でも多分感じる人もいるのかなとか、 なんかどっちの正反対の見方をする人いるかもしれないね。 うーん。 確かに。 そうね。 いやだからそうなんですよ。 見にくさを、見にくさっていうのはある意味で、 僕というか一般的な見え方としての見にくさを描くことによって美を描こうとしているっていう。 うーん。 そんな、だから美を美しく描くっていうのは、ある種平凡じゃないですか。 平凡だし、写真とかが出てきているわけだから、 こういう風に写真に任せりゃいいみたいな部分があるかもしれない。 だからこの表現主義っていうのは、 その見にくいものを、 美しいものを見にくく描くことによって美しく表現するみたいな、 なんかこうひねくれたこう、なんかセンスも感じるんですか。 自分の捉えているものを出してみたみたいな、なんかそういう感じありますよね。 そう。 それがなんか時代背景とかとも関係しているとしたら結構面白いですよね。 その国がどうにも立ち行かなさと、 その素直に良いものを良いって表現しない精神と。 あとなんかさっき言っていた、多分この前言っていた、 勘が主導で産業化が進んでいったみたいな、 なんかそういう社会背景があって、 その時ってシーレとかクリムトとかって、 伝統の美とかアカデミックが強かったんですけど、 そこに反発してグループ作ってて、 写真出てきましたよね、大きく集合写真みたいなやつ。 分離主義とかなんですか。 ウイン分離派っていうやつ。 なんかあれとかも伝統から抜け出すぞって言って、 張り切って出ていった。 それを主導したのがクリムトで、 クリムトにめちゃくちゃ影響を受けたのがシーレみたいな風に思うと、 むしろ昔から言われる美しさみたいなものは、 真逆行くぜみたいな嫌いとかもすごかったのかなとか、 結構アートと歴史とかも繋がってくるなっていう。 そうですね。 クリムトに才能を認められたエピソードとかもね、 あそこで書かれてましたけれども、 あれもなかなか無のやつ。 本当でしたよね。 僕に才能はありますかみたいな。 若き日の。 シーレがクリムト大先輩に聞くんですけど、 何言ってんだみたいな。 君には才能があふれすぎてるみたいな。 そんなセリフがあって。 勝手にあれ胸がジーンとしましたよね。 自分が言われたわけではないのになんかすごい素敵みたいな。 あの時代背景的に男性女性みたいな関係性みたいなものも、 ひょっとしたら女性が徐々に社会進出し始めてきた中での、 あるべき女性像っていうのがどんどん変わってきている時代。 当時まだそういうムーブメントとしてはまだまだなんですけど、 そういうことが起きている中での男女関係みたいなこともあるのかなと思ったりね。 それで言うと最後デオポルトの話じゃないですけど、 私たちが今思っているオーストリア。 結構小さいオーストリアになるのって、 ちょうどエゴンシーレが亡くなった年1918年に第一次世界大戦で負けて、 オーストリアハンガディ帝国が解体して、 その中の多民族国家の中のドイツ人だけがいたオーストリアになっていくじゃないですか。 女性が社会に出ていくのって第一次世界大戦と結構大きく関係していて、 戦争で戦場に男が行くからその代わりを担った女性たちが、 戦後になって権利を主張し始めるっていう。 そういう事件もあるんですね。 それがちょうど戦後、第一次世界大戦後に女性が賛成権を取ったり、 一旦社会に出ていたから、戦争終わって戻るんだけれども、 やっぱり外に出ていきたいという動きになったりとか言って。 第二次世界大戦後も、私もレオポールドさんのこと全然詳しくないですけど、 ウィンを立ち行かせようっていう背景には第一次世界大戦の敗北とかがあるのかなって、 今聞いててちょっと思いました。 だから、わずか28歳でしたっけ?28年の生涯で、 ある意味ウィンの激動な時代と共に生き、これだけの作品を残されたっていう、 この生涯を通じていろんな勉強もできる。 これ、ちょっと当日も話したんですけど、結構似てるのが同じテイストのね、 あれが埼玉勇造の東京都ステーションのギャラリーでやってて、 あれ、彼も20世紀初頭に、彼は30歳で亡くなったんだっけな、正確に覚えてないんだけど、 同じ時代の、同じ要説の天才作家みたいな話なんで、結構ね、いいですよ、今のタイミング。 それね、めちゃくちゃ見に行きたくて、今週末ね、見に行こうと思ってます。 まだやってますかね? やってるやってるやってる。 またやるか?じゃあちょっとちょっと、それも気になりますね。 日本とウィンとみたいなところの差とか、同じぐらいの年齢の時どんなの描いてたんだろうみたいなこと、 後から見比べても面白そうですよね。 あの、そのミュージアムのタイトルも自画像、自画像としてのなんとかだったかな? そうなんですよ。 いや、面白いっすよ、斎木勇造展。めちゃくちゃ面白いっすよ。 彼はフランスに、パリに留学しているんで、東京からパリ、パリの風景とかもすごく描いているんで、 当時のパリがどうだったかみたいなことも結構よくわかるし。 なんかまさにあれですよね、さっきの街が変わった後の綺麗なパリみたいな時代になるのかな? これがね、面白いんすよ。あのね、広告なんですよ。 広告? 広告ですよ。だから、 コマーシャルの、アドバタイズの? コマーシャルですね、アドバタイズ。 だからまさに、物がどんどん大量生産し始めてっていう時代じゃないですか。産業革命が大きい、どんどん。 物が工業化されて売られていく時代。そうすると、工場の後出てくるの、プロモーションなんですよね。 で、斎木勇造はね、そのプロモーションをめちゃくちゃ細かく描いてるんですよ。 面白いですね。 街中の広告を。 へー。文字とか絵とか? 文字がね、とかね、めっちゃ細かく描いてるから、それとかも、多分だから、東京からパリに行って、その違いに多分びっくりしたんでしょうね。 新鮮だったんでしょうね。広告がある街みたいな。 そう。 今から見ると修行的にも面白いですよね。 でしょうね。 どうやって何を売ろうとしているのかね。そんなものを売ってたのか。 かなりデフォルメされて描いているんで、多分だから、そういうふうに斎木勇造には見えたんでしょうね。 そればっかり目について。 うん。とか。 へー面白い。 へー。ちょっとこれも行かないとですね。 街つながりで、実は私すごいいいなと思ったのが、こういうシーレの風景がいいなと思って。 これもさっきのフランスの話、パリの話と比べると、なんか印象派の画家たちってすごい自分の街が変わって嬉しくなっちゃって、 もう街に出かけてパリのいいところいっぱい描いてるんですよね。 街の絵がすごい多いし明るいんですけど、エゴンシーレは、ウィーンは全然描いてないんですよね。 田舎の街の自分の国の村の様子とかを風景に描いてて、またなんか絵も明るくないというか、 私は温かいなーって、温かみが素朴というか、なんかエゴンシーレって聞いてイメージする、 大背貫とかそういうのあんまりなくって、素朴な田舎の都市、農村というか都市というかね、感じだなと思って。 パリの印象派たちがすごい華やかに自分たちの街を描いたのと、また違う面白さがあるなと、今回思いました。 そもそもの街の雰囲気なのか、そういうところなのかっていうのもあるよね。 地理的な違いも。 これお母さんの実家の都市なんですよね、車売ってね。 えー、そうなんですか。 そこに、 復讐がすごすぎて。 そうなんです。田舎町なんですよ、本当に。 それでシーレがまたなんかいろんなことやって、その街から追い出されるんですよね。 はいはいはい。事件がね。 そう、事件が。 外でヌードをレッサンしてたってやってるよね。 みたいなね。 その人の人生とかをトレースしながら見ていくと、またこう、 あ、シーレやっちゃったかとかね。 でもなんか田舎が好きだったんだろうな、みたいなことが見えたり。 でもなんかそこではちょっとウィーンの青年は飛沫すぎちゃって追い出されちゃったんだなとか、 いろいろ裏側見ていくとなんか感情移入結構したいですよね。 ねー。 さあ、ということでちょっと時間になってしまいましたが、 またぜひやりましょう。 収録、定期的にシリーズ化したいですね。 面白いですね。 こんな風に話せるだけで面白いですね。 あと、アートゼミもね、 ボイスリスナーで来たい人いっぱいいると思いますよ。 いいんですか? 実はオンラインでやっているので、ぜひご参加ください。 実は3月のですね、26日、日曜日にやろうかなって。 何があるんですか、今度は。 実はですね、今回このシーレをもうちょっとじっくりやってみようかっていう話をしていて、 展覧会もあるので、展覧会見た方でもいいですし、 終わるまでに見たいなっていう方も、 舞先生のまだ話せてなかった歴史の話とか、 あとみんなで見ながらシーレに思いを馳せたり、 感想を共有したりみたいなことをやってみたいなと思っております。 あれ、もうそれって出てたりする? もうちょっと出しますが、 大人の優しいアートゼミって調べていただくと、 出てくるかと思います。 PTXのイベントページが。 そのリンクだけ貼っておきますよ。 ありがとうございます。 お送りします。 なので、今後も僕もアート初心者ながらいろいろ語りたいし、 現代アートとかもいいんですよ。 最近多分ね。 あと六本木クロッシングの話も聞きました。 六本木クロッシング、行きました?行ってない? いや、まだ行ってないです。 行ってください、あれはもう。 それこそ3月中ですから。 今月中ですよね。 今月中なんであんま時間ないですけど。 急いで行きます。 という、そんな愉快なアート仲間の しずかさんとまいさんでございました。 どうもありがとうございました。 ありがとうございました。 # 『三流シェフ』 それでは今日のフライヤーのコーナーです。今日はですね三流シェフという本になります。著者ですが ミクニ清美さんですね。フレンチシェフって有名な方でいらっしゃいますね。 東京四ツ谷にHôtel du Mikuniを開店して、世界各地でミクニフェスティバルを開催するなど国際的に活躍されています。 2020年にyoutube始められて登録者数約40万人の人気チャンネルということですね。 そんなミクニさんの繁盛を描いた本になります。2022年12月に限当社から出ております。 ミクニさんなんですけれども 経歴だけ聞くとですね札幌のグランドホテル、そして帝国ホテルで修行した後に、帝国ホテルの総料理長から直々に推薦されて20歳にして 中スイス、日本大使の料理人を務めるということで、その後本場三ッ星レストランを渡り歩き、帰国後は東京にHôtel du Mikuniを開店して 30万人を超えるお客様を迎える、そんなレストランになったということですね。 この経歴だけ見るとものすごいね、こう 才能に恵まれたシェフというね、そんなことが想像できるんですけれども まあ なかなかのストーリーですね。中学卒業後、これあのマシケ町ですね。 漁師の町ですね。 北海道のね、すごい綺麗な町として有名ですけれどもね、象毛と書いてマシケ。 これは漁師の町に生まれたんですけれども、 お父さんと船に乗るっていうね、小児ぐらいからこう釣り、魚を捕り、市場に運ぶみたいな まあ、あのそんな生活をしてたわけですね。で中卒で 高校に行かせる金なんて家にないということで、住み込みのね、従業員として働いていたと、米屋でね。 その中で、まあハンバーグに出会い、これはすごいと、このハンバーグを作るコックになりたいということで ねえ、札幌グランドホテル、この厨房にちょっとね隠れて 直談判すると、ここで働かせてください。 いやぁ、今思えば厨房に隠れたあの日が僕の人生の別れ道だった。 すごい話ですね。 まあそっからこう、帝国王という、まあちょっとね、時間の関係であんまり細かい話できないんですけど、 このね、ようやくのストーリーだけでもすごい感動的な、なんかすごい人生だなって、これだけでドラマになりそうみたいな、そんな印象を持ちますけれども。 まあね、本当に、どこでどう人生変わるかわかんないですね。 そんな気がするストーリーでございます。はい、ということで、 ぜひね、なんか、こう、料理にあまり興味なくても、ストーリーとして面白いと思います。 今日のフライヤーは三流シェフでした。 # 頂いたコメントへのお返し はい、コメント返します。 スピード&スケールの2日目ですね。 最後の隕石の話。 まさに自分がやる企業はそんな感じかなと思いました。 環境に配慮した製品と考える人の中には、 そもそも製品を作らない方がいいのではとまで言ってしまう人、 ルールの甘いうちに火力などバンバン出してしまおうぜという人、 いろんな人いますが、いよいよやばいなとなると急ピッチで追い上げるのかなと悲しく見ている自分も、 企業の中での末端の一個人として何ができるのか、とても悩ましいです。 そんな中、この2回の放送は自分でもやれることがあって、 小さなことからと思える回でした。ありがとうございました。 まあね、企業の中でもいろいろありますよね。本当にね。 見て見ないフリをするとか。 まあ、悲しいんだけどこれが人間のある種の本性というかね。 ありますよね。 ぐるぐる鈴木さん、 ドントルックアップ、ディカプリオのこの映画が出てきて、ネットゼロの問題の解像度が上がりました。 この問題は全員に壊滅的な影響を与えるが、それまでは本当にそうなるかわからない。 これはリーマンショックとかコロナも同じ性質かもしれません。 あ、1月のマスターコロナ離間によるブックカフェの継続問題も同様でしょうか。 備えるということ、その時になったら必死に考えるということ、両方が大事ですね。 デンマークのオーステッドという化石燃料の発電会社が風力発電会社に転身しましたが、企業の事業転換も同じか。 イタルさんがね、ドントルックアップ私も見ましたと。 シン・ゴジラの前半にあったようなシニカルな風刺にあふれるコメディでしたね。 笑っているうちにありえない話ではないので、背筋が寒くなってきて笑えないみたいな。 気候変動への各国の対応もまさに笑えない、シャレにならん話かな。 そうね、ちょっと本編であんまりこの話、ドントルックアップの話はね、それが目的ではないのでしてませんけれども。 すごいね、風刺の効いた面白い映画なので、機会があればね、ぜひ皆さんにもご覧いただきたいというふうに思います。 結構考えることあると思います。 イタルさん、リジェネラティブの農法のお話。 その昔、焼き畑農工法って議論になりましたね。 環境破壊以外の何者でもないみたいなコンテキストで語られてましたが、 循環型である分だけ、科学農法よりもなんぼかサステイナブルだったのかしら。 2050年に排出ネットゼロ達成できるかどうかは、人類が便利さを捨てる、あるいは不便さを楽しめるにかかってくるのかなと思います。 誰もディストピアの実現をさせたくないだろうと私も信じているので、 それでも日常に埋もれるとどんとアルクアップになってしまうのかもしれないですね。 本当にね、誰もがディストピアを実現させたくないと信じたいんだけど、 なんか行動はね、やっぱりね、現実の解像度がすごい、やっぱり全然人によって違うので、行動もずれるんですよね。 これが本当に難しいところで。 泉龍太郎さん、農業の生産や販売に携わる当事者の時間軸で考えると、 土地をリジェネレートするコストをかけるよりも、今ある土地からエクスプロートする方が経済合理性が高いという場合がありそうで、そこに難しさがある気がしました。 長期のビジョンを描いて実行するときに、達成したときにいないであろう人、達成の恩恵に預かれないであろう人をどうどう築けるか、 逃げ切る、行動に走らないようどう仕向けるか、答えようとしてもそれっぽい一般論しか浮かばないので問いっぱなしにしますということ。 いや、これね、本当そうなのよ。 まあ難しい話で、我々がね、こういうところで、これやればいいっすね、よしよし、みたいな、そんな話にはならない。 もう本当深遠な問題ですよね。 だから、人間がね、この構成っていうのをどれくらいリアルに考えられるか問題みたいな、そんなことでもありますね。 山下さとるさん、土から離れて生きられないのよ。ラピュタのシータのセリフ。 息子は悪者と思いながらも現実世界では自分が息子になってしまっていないか。バルスまではいかないようファクトを捉えようと。 ああ、ラピュタね、そんなセリフありましたね。 確かに。いや、深いコメントですね、これもね。本当その通りだな。 北村直文さん、最後のドントルックアップのお話。何か世の中の本質をついたように感じました。 本当は見たくちゃいけないものに蓋をして見えないふりをしてしまう。環境問題に限らずあらゆる場所で起きているように思います。 見たくない現実を見ること、これをせずに根拠なき願望や短期的な利益をエサにして動いてしまうと、あさっての方向に進みかねません。 辛さやしんどさが分かるだけに大変難しいことですが、物事を適切な方向に進めるため、これは大切なイシューかなと思いました。 現実直視って、本当その通りで、めっちゃ重要な言葉なんですけど、いろいろ忙しいからね。 見たいんですよ、見たいんだけどねっていう言い訳が成り立ってしまうというのが、これまた悲しいところでもあります。 中川さん、いや面白い話でした。確かに環境問題とか2050年とか言われても流度が低すぎてピンときてませんでした。 分野を分けてやればそれぞれのアントレプレナーが活躍してくれる。国や世界をトップとするとミドルからのアプローチというイメージでしょうか。 まさに困難は分割せよですね。 先住民の足ることを知る生活は資本主義へのアンチテーゼである一方、さらにそれへのアンチテーゼとして技術革新による持続可能性への挑戦という構図が浮かびました。 資本主義ならではのドライバーを見てみたいです。 ちょうど今日、建築家の竹内氏がボイシー内で脱炭素に関する建築からのアプローチを語っていらっしゃいましたので、シェアします。 ありがとうございます。建築における脱炭素みたいなものも重要なイシューなんですよね。 どんな資材を使うかとか、セメント問題みたいなものもこの本には結構しっかり書いてあったんですけど、これ大事なイシュー。鉄とかもそうなんですけどね。 ETさん、技術が世界を救うリジェネラティブ農業というのは初めて耳にしました。 昨日のEV叱り、地球を守る技術はどんどん発達してほしいと思っています。 地球環境をリスクにさらしたのが人間が生み出してきた技術なら、地球を救うのも人間が生み出す技術なんだなと思いました。 責任と義務、そしてケイパビリティの面で人間のみぞが地球を守ることができるのではと思いました。 この技術革新に期待したいですけどね。 そのある種のたりき本願的な感じが出てきてしまうというのが、この技術に対する話で。 我々の生活に犠牲を払わなくてもいいんではないか、みたいな。 どうなんでしょうね、その辺はね。 これは本当に難しい一種ですね。 町田和利さん、今回も新たなキーワードを知れて考えるきっかけをいただきました。 いやしかし、中学時代からの友人とこんな話ができるなんて素晴らしい関係性だなと羨ましく感じました。 個人的に気になるのは、小寺さんの耳ぶり手ぶりを交えた話し方を見てみたいなということです。 サステナ読書室の本は毎回購入してますが、積みっぱなしのものが多く反省ばかりですが、今回の書籍もとりあえず購入します。 今回の話を聞き、魚が食べられなくなる日にも通じる話かなと思いました。 すでに循環しているもののどこか消費行動よりかけると循環バランスが崩れてしまう。 一度崩れたバランスをどうするのか、そんな時点で捉えた末で出てきた拙い感想でした。 あまり個人イシューになりにくい話なので、毎回サステナ読書室は難しいですが、 遠く感じるかもしれないけど、キーワードとかそういう話があるなということから徐々に何か行動が変えられるところまでいければなと思っています。 引き続きよろしくお願いします。 すっすーさん、アントレプレナーシップ教育。マスターがおっしゃってましたが、環境問題のような身の丈をかなり超える課題に対しても前向きに進めていくメンタリティを持つことは本当に大切ですね。 批判や嫉妬など邪魔する抵抗勢力も出てくるでしょう。そうしたものを乗り越えるだけの強い心を持つ人材がこれからもどんどん出てきています。 僕もそんな気持ちで会社の中で後輩教育をしていきます。 いいですね、いいですね。 こういうミクロな部分での、例えば後輩教育って書いてくれましたけれども、そういうことも含めて大事ですね。 現実直視すると、そしてそれを解釈して行動に変えていく。そんなことをミクロな単位でやっていくことの重要性も改めて感じるテーマだと思います。 はい、ということでコメント返し以上になります。いつも皆さんありがとうございます。 # 終わりのあいさつ アートカフェ初回終わりました。 またシリーズ化していくと思いますので、ぜひお楽しみに。 結構いろんなシリーズが増えてきましたけれども、楽しいですね。 今日はここまで。また明日。 もっと見る #エゴンシーレ #自画像 #佐伯祐三 荒木博行のbook cafeプレミアム放送配信中!00:101.タイトルコール01:462.初めのあいさつhttps://230316flierbooklabo.peatix.com/view24:123.シーレの自画像の魅力は?https://peatix.com/event/3529988/view?utm_campaign=follow-organizer&utm_medium=email&utm_source=event%3A3529988&utm_content=1067443&kme=reco-clk&km_reco-str=PodMember&dlvid=cdb6e84a-d21c-4adf-95d8-ec5c1ba0b500&sltid=003:464.『三流シェフ』09:025.頂いたコメントへのお返し00:236.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう 町田和敏(変な髪型をしたポンコツ薬剤師)2023年3月19日御三方のお話の楽しそうな雰囲気が伝わってきて、会話に参加したくなったり、一緒にアートを見ながら語り合いたくなりました!時代背景、解釈の違い、三者三様の語り口に、知的刺激が強すぎて、何度も聴き返してしまいました!アートカフェ、素敵ですね〜3ヶ月に1回、こんな素敵な対談を聴けると思うと、今から次回が待ち遠し過ぎます!次回のテーマは何なのだろう?次回も楽しみにしております!返信 に こ2023年3月17日先週 佐伯祐三展、今週六本木クロッシング展来週エゴン・シーレ展に行きます。BookCafeのおかげで、ひとりで行けてます。エゴン・シーレは、チケットの自画像より1914年の自画像が好きです。この配信を聞いたあと、少し調べて見ました。映画『エゴン・シーレ 死と乙女』なんかすごくイメージを植え込まれた気がします。拘留も経験したシーレですが亡くなる直前に 社会的に評価されて良かったなーと思いました。絵の大きさとか リアルに体験する事が楽しみですෆ ̖́-1返信 なかがわ2023年3月16日いやー、面白いですね。エゴンシーレ展は残念ながら都合つかなそうですが、美術館に行きたい欲が出てきました。マスターはまずアートをフラットに見つめて感じ取り、その後解説や画集で深める楽しみ方だと思いますが、マスターにとってアートの解説とは、答え合わせに近い感覚ですか?それとも別の見方を提示されているような感覚ですか?私は美術館に行くと、つい解説を読んで、それに合わせた答え探しのような見方をしてしまいます。色メガネなしでアートと向き合い、アーティストとの対話を楽しんでみたいと思いました。1返信 E•T2023年3月16日「アートを感じる」お三方のアート論議を拝聴し、自分もこれからアートの面白さを感じられるようになりたいと思いました。これまで僕は、アートを見ても「ふ〜ん」とか「この何が凄いんだろう」くらいしか思いませんでした。これではダメで、まずしっかりアート作品と向き合わないといけない。しっかり向き合わないと感じられるものも感じない。「自由に感じる」というと受動的に聞こえますが、能動的に感じにいかなきゃ何も感じないだろうと思いました。能動的に、自由に、アートを感じる。実践してみたいと思います。1返信 泉 龍太郎2023年3月16日1人の作家・1つの作品を起点に、芋づる式で会話が展開していく様子を、小気味よく感じながらお聞きしました。選手が次々と攻め上がりパスがテンポ良く回る、フランスのシャンパン・フットボールのような。一方で、やはり百聞は一見に如かずで、お三方が楽しそうに語っているのはどんな世界なのだろう?と、言葉だけでは伝わり切らない何かがあるんだろうとも感じました。半開きのドアの向こう側がチラリと覗いているような。好奇心をそそるアートガイドをありがとうございました。3返信 もっと見る
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時代背景、解釈の違い、三者三様の語り口に、知的刺激が強すぎて、何度も聴き返してしまいました!
アートカフェ、素敵ですね〜
3ヶ月に1回、こんな素敵な対談を聴けると思うと、今から次回が待ち遠し過ぎます!
次回のテーマは何なのだろう?
次回も楽しみにしております!
来週エゴン・シーレ展に行きます。
BookCafeのおかげで、ひとりで行けてます。
エゴン・シーレは、チケットの自画像より
1914年の自画像が好きです。
この配信を聞いたあと、少し調べて見ました。
映画『エゴン・シーレ 死と乙女』なんかすごくイメージを
植え込まれた気がします。
拘留も経験したシーレですが
亡くなる直前に 社会的に評価されて良かったなーと思いました。
絵の大きさとか リアルに体験する事が楽しみですෆ ̖́-
エゴンシーレ展は残念ながら都合つかなそうですが、美術館に行きたい欲が出てきました。
マスターはまずアートをフラットに見つめて感じ取り、その後解説や画集で深める楽しみ方だと思いますが、
マスターにとってアートの解説とは、答え合わせに近い感覚ですか?それとも別の見方を提示されているような感覚ですか?
私は美術館に行くと、つい解説を読んで、それに合わせた答え探しのような見方をしてしまいます。
色メガネなしでアートと向き合い、アーティストとの対話を楽しんでみたいと思いました。
お三方のアート論議を拝聴し、自分もこれからアートの面白さを感じられるようになりたいと思いました。
これまで僕は、アートを見ても「ふ〜ん」とか「この何が凄いんだろう」くらいしか思いませんでした。これではダメで、まずしっかりアート作品と向き合わないといけない。
しっかり向き合わないと感じられるものも感じない。「自由に感じる」というと受動的に聞こえますが、能動的に感じにいかなきゃ何も感じないだろうと思いました。
能動的に、自由に、アートを感じる。実践してみたいと思います。
芋づる式で会話が展開していく様子を、
小気味よく感じながらお聞きしました。
選手が次々と攻め上がりパスがテンポ良く回る、
フランスのシャンパン・フットボールのような。
一方で、やはり百聞は一見に如かずで、
お三方が楽しそうに語っているのはどんな世界なのだろう?
と、言葉だけでは伝わり切らない何かがあるんだろうとも感じました。
半開きのドアの向こう側がチラリと覗いているような。
好奇心をそそるアートガイドをありがとうございました。