TOPエンタメ映画・本荒木博行のbook cafe『NOを言える人になる』鈴木裕介さん対談236:21 2020年4月7日 8,189再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次人を評価する軸の多様性と成熟領域侵害「ラインオーバー」の連鎖境界線「NO」で自己肯定感を守る心身の不調と「ラインオーバー」のサイン「ネガティブケイパビリティ」の知性AI文字起こし(β版) # タイトルコール アラキル域のブックカフェ、この番組はビジネス書図館、世界盗賛図館の執筆者であり、書籍予約サービスのフライヤーにてCEOを務めるアラキル域がマスターとなり、ビジネスパーソンにおすすめしたい書籍の内容を紹介していく、そんなカフェです。 # 初めのあいさつ さあ、おはようございます。7月7日火曜日の朝になりましたね。 今日どうやら緊急非常事態宣言がなされるという話が、もういろんなところでニュースとかでも出ておりますけれども 特に首都圏の方々ね もうあれですね本当に基本内にいるという権利原則を守って いきましょう。なかなかね 行動が変えられない仕事の方だとか いろんな方がいらっしゃると思うんですけれども まあ本当にね 長い目で見てこれ長い戦いになりますね間違いなくね なので本当にここでね まあ あの時耐え忍ぶことがこれからの我々のねあの 流れを大きく変えると思いますので 私もねあの基本 基本というかもう出ないですねほぼ それでねあの推移を見守りたいというふうに思います 子供たちもね2人ともあの入学式シーズンですけれども家の中にいてですね まあなんとかいい形でね勉強させたいなというふうに思っております はいそれも今ね親が果たすべき一つの役割かなというふうに思ってますのではい ということでまあこんな時期ですけれども放送はね あのいつも通りやっていきたいと思っておりますので まあ一つのね なかなか外に出られない代わりとしてぜひこのボイシーの対談などを通じてですね 感がを巡らせていただければなというふうに思っておりますはいということで今日も 昨日に引き続きまして鈴木ゆうすけさんとの対談2日目ということになります はいということでぜひ 最後まで聞いていただければ嬉しいですでは本編スタートです # スペック・機能でしか人を評価できない未熟さ それでは2日目の収録に入りたいと思います。 今日もですね、脳を言える人になるという本を書きました。 内科医であり診療内科医でいらっしゃいます鈴木雄介さんにお越しいただいてます。 鈴木さんどうぞよろしくお願いします。 よろしくお願いします。 昨日はですね、ちょっと我々を取り巻く生きづらさの厳選みたいなところがありまして、 何か甲子園型の社会ですね。 競争社会、ここの難しさみたいなところ。 常に完璧を求められるがゆえに自己肯定感が低くなってしまっている人々、 みたいなそんな話がありましたけれども、 今日はですね、そこからさらに言うと、 昨日ちょっとね、人間関係みたいな話までチラッと言ったと思うので、 その辺の話をね、ちょっと聞いてみたいと思うんですけれども、 競争社会のある意味一つの弊害になるのが、上下関係がはっきりするっていうことですよね。 単一的な評価なので、あの人できる人できない人みたいな、 そういうことがなんかはっきりしてしまって、 知らず知らずのうちに人の見方みたいなものも、 俺はできるけどあいつできないよねっていうね。 俺はいくらもらってるけどあいつはこれぐらいだよねみたいなのが、 人間の優劣みたいになってしまうみたいなことがあったと思います。 この部分その人間の成熟みたいなキーワードが、 昨日後半にチラッと語られましたけれども、 この辺の話をちょっと今日は深掘りできればなというふうに思っております。 はい。 で、ここでこの辺の話、じゃあもう抜刀鈴木さんに振っちゃって大丈夫そうですか。 はい。 成熟っていうところに関しては、 先日思うところなんですけど、 物の見方とか雑の軸がすごく少ないっていうのは、 未熟だと言っていいんじゃないかなっていうふうに思うんですよね。 短絡的な物の見方に感じるし、 見逃しも多いし、 一つの情報からいろんな角度から見て、 いろんな情報を、機能的な情報だけじゃなくて、 情緒的な情報っていうのを得て、 それをいろんな糧にできるっていうようなことが、 豊かな生き方につながるんじゃないかなっていうふうに思っていて、 単一的な軸のコミュニケーションとどうしても機能的な切り取りになるんですよね。 機能の切り取りになるんです。 あの人優秀、あの人これできる。 あなたマーケティング得意なんですよね。 じゃあこれやってくださいっていうコミュニケーションで、 得意な部分でつながるっていうところでは、 いい部分はあるんですけど、 一方で機能的な部分だけを切り取りされていくと、 ちょっと嫌になってくるというか、 寂しく感じるんです。 要はあなたお金持ってるから素敵ですよねって言われても、 全然ピンとこないじゃないですか。 でも機能的な価値判断だけでやり取りするっていうのは、 そういうことに違って、 もうちょっとでもそう人間ってよくわからない複雑なものだし、 もっとグロテスクなものだし、 ピカピカに磨いてる面とか、 みんなに褒められる面だけじゃないところで通じ合えるっていうところの方が、 安心感を感じることができると思うんですよね。 そういうコミュニケーションを取れる接点というか、 そのものの見方がいっぱいある人のことは、 成熟してるって言っていいんじゃないかなって思ってるんですね。 なるほどね。 そっかそっか。 今の話って、 昨今またにわかに注目を浴びつつあるアートの話に、 広がっていくなっていう気がしていて、 そうですね。 アートっていらないじゃないですか。ある意味。 役には立たない。 でもそこにどんな意味を見出せるかっていうことって、 すごい大事なことだと思うんですよね。 機能的なプロダクトばっかりに人生囲まれていると、 確かに効率的、効果的に生きられるかもしれないんだけれども、 あなたの人生の意味って何なんでしょうみたいな。 そういう側面って出てきますよね。 そうなんですよね。 やっぱり情緒的なやり取りで満たされるっていうのも、 人間の本質であるなと思っていて、 ステックで結婚相手を探すみたいなこととかは、 なかなかそれが幸せになりにくいっていうこと。 それが結構そのべきにつながるんですけど、 例えばそれこそ公務員とか消費者マンとか人工医と結婚するべきだっていう、 親からもらったべきを持ってる人が、 今ちょっとそのべきを持ってる具合に、 その幸せになる確率が下がるっていうことってやっぱりあるなと思っていて。 もうちょっとこの人のいびつな部分とか、 その欠損とかっていうのを楽しめるっていうか、 それこそ意図おかしいっていう感じですかね。 趣深いなっていうふうに見られるような人の周りに安心があるし、 そういう医療者になりたいなっていうふうに思ってますね。 なるほどね。 それこそ我々の身の回りにだんだん足音が強くなってるのが、 スコアリング社会っていうのがあるじゃないですか。 まさに今中国とかでは本当にリアルに起きつつありますけれども、 あなたの社会、ソーシャルスコア何点って。 ソーシャルスコアが高ければ高いほど、 いろんなサービスを享受できて、 お金も借りられるしとか。 っていうのもある意味分かりやすい社会指標だし、 その単一指標にとらわれすぎて、 なんだろう、それが故に心を病むみたいなことを これからどんどん出てくるのかなって話を聞きながら思いましたね。 はい。 なるべくね、それをスコアつけてくれるんだったら、 いろんな面白みの要素を入れてほしいなと思うんですけど、 難しいでしょうね。 でも、ダメだな、ダメだけど面白いなっていうのが、 人間らしいなっていうのが、 そういう感情ってあると思うんですけど、 ダメなんだけどこの人なんか憎めないし、 人間的にやっぱり魅力的だなっていう。 その人のいびつな部分とかダメな部分、いわゆるダメな部分っていうのと、 その人が持ってる本質的な魅力って、 結構切り離せないものがあると思って、 そういう部分のほうが変えがきかないんじゃないかなと思うんですよね。 お金とか見た目とか、仕事ができるできないって、 結構機能的な部分ってやっぱり変えがきくんですけど、そうじゃないですよ。 いびつな部分、競争しない部分とかっていうのは、 そういうものがあって、 そういうものを持って人間関係を作れることのほうが、 僕はいいかなと思ってます。 なるほど。すごくよくわかる。 ありがとうございます。 ちょっとチャプター切りますね。 はい。 # 「ラインオーバー」を許さない ではですね、この話の続きいきたいと思うんですけど、人間を測る指標みたいな話、いろいろ質問があっていいんじゃないかみたいな話がありましたけれども、 ある意味、指標が非常にわかりやすくなっていけば、上下関係みたいなものができやすくなって、 上下関係ができると、ラインオーバーってこの本で書かれてますけど、領域を侵犯していくっていう、人の領域まで土足で入り込むみたいな、 そんな人間関係ができてきてしまうというのが、ここで語られていることですよね。 この辺もぜひちょっと中身を教えてください。 はい。自分の他人のルールで生きることからどう抜け出したらいいかっていうときに、 気がついたら僕らっていろんなその、べき、まあべきイコール人のルールです。 人がいいと思うもの、こうするべきだっていう。 実は自分発信じゃない、身近な大人とか最初の上司とかに植え付けられた価値観、 インストールしたものっていうのにかなり支配されているんですけど、 そういうべきが多ければ多いほど、その生き方としてがんじれがらめになってしまうというところがあって、 そういう生き方からどうやって自分の事実を満たせる生き方に見つけていくのかっていうときに、 まずその、自分はでもこの嫌なことを言われているなとか、 自分は今この人からこういう扱いを受けて悲しいなとか不快だなとか、 そういうことに気づいていくことが一番やりやすいかなって思います。 それをラインオーバーって呼んでるんですけど、 多分この言い方は違うんじゃないかなとか、 この人のこういう考え方は押し付けられてるんだけど、 それは私としては無条件に従いたくないなっていう気持ちっていうのが、 どっかで湧いてるはずなんですよね。 自分はでもそのときにラインオーバーを受けているっていうふうに気づくこと、 そういう小さな違和感っていうのを大事にしてあげてほしいなと。 なるほどね。 ラインオーバーの連鎖って僕あると思っていて。 ありますね。 僕体育会で育ってきたから、ある意味そのラインオーバーっていうことの体制があるんだと思うんですよ。 あったと思うんですよ。若かれし日。 ラグビーだったもんね。 鈴木さんもラグビーだったよね。 僕もラグビーだった。 なんとなくわかると思うんですけど、このヒエラルキー型組織で、 べき論とか、とにかく上の言うことは絶対みたいなことで育ってくると、 どんどん審判されるわけですよね。ラインオーバーされるわけですよね。 そこで、おかしいとかなんかっていうことを耐えることが美徳みたいなことになって、 それを今度下に連鎖していくと。 その負の連鎖みたいなものって、今わかりやすく体育会の話をしましたけど、 このヒエラルキー型組織って、いろんなところに埋まってるような気がしますよね。 ありますね。 さっきの話は軸の話とも関連していて、 軸の上下によって上の人が下の人に、ある程度雑に扱ってもいいみたいなこととか、 やっぱりそこのパワーが上の人っていうのが正しいのでっていうふうになったときに、 意図とか命令とかは通じていると思うんですけど、 実はでもそこってコミュニケーションの質がどんどん下がってくる危険があるなっていう。 本当のこと言ってくれなくなるんで。 ラインボーバーをしやすい人とされやすい人って結構似通っていて、 体育会系もそうなんですけど、結構今の生きづらさの厳選にあるのって、 割と家族問題なんでしょうね。 例えばお父さんがめちゃくちゃお酒飲んで暴れる人だったりとか、 お母さんがものすごくシステミックで常に不安を抱えているとかって言ったときに、 5歳とか6歳の子供が家庭をつなぎ止めるような役割とかをしてしまうケースとかがあるんですよ。 こうなると子供の時から人のニーズで生きるっていうことが、 状態化されてしまってるってなると、 なかなかこの応援の期待を受けていい大学入ったけど自分の人生を楽しめるってならない。 最初の方に言ったら、すごくひらびやかなキャリアを持ってるんだけども、 自己肯定感がすごく低い人っていうのは、そういう背景があったりしますね。 その時に、この本のタイトルにもあるわけなんですけど、 NOを言える、NOを言うっていうことの重要さっていうことがつながってくるわけですよね。 そうですね。まずは境界線を、ラインオーバーをされないように境界を敷くっていうこと。 壁を作って生きろっていうことじゃなくて、 この境界の内側は誰にも侵害されない、自分だけが大事にできる、自分の温度を支出できる領域があるんだっていうことを 指し示していくこと。 それがあって初めて、健全な人間関係っていうのが結びやすくなると思うんです。 これは人の領域を侵されないためにもそうですし、 実は家庭的な背景がある人って過剰に面倒見がよかったりするんですけど、 人が背負うべき荷物も自分で背負ってしまう。 そうしないと自分が不安になってしまうっていう、 どう超えたサービス精神とかどう超えたおせっかいっていうのは、 実はどっちもラインオーバーで、 実はでもそれをやってないと自分がここにいてはいけないんじゃないかっていう 根源的な不安と通じているものがあるんだなってすごく思います。 でもそういう人でもやっぱり冷静に考えると体とかにいろんなサインが出てるっていう、 このラインオーバーっていうのは何らかの形で心身に負傷を与えているっていう、 そういうことなんですか? そうですね。 自分のニーズを満たさずにこの領域を侵犯され続けて、 人のニーズを満たさざるを得ない状態っていうのがずっと続いていくと、 体調が悪くなるようにできている。 朝起きれなくなったり、頭が痛くなったり、 肌が荒れたり、頭がぼーっとしたりとかそういうふうにできている。 面白いんですけど、よくできている。 でもそれをまた殺して頑張ろうみたいな。 そうですね。それは自分の努力が足りないんじゃないかと思っちゃうんで。 身体からのサインを築くっていうのも、 これはじゃあ自分がラインオーバーを受けてるんじゃないかっていうことを築くきっかけにしてあげたらいいですね。 そっかー。サインね。後から気づけばあの時出てたんだみたいな。 そうなんですよ。 うち内科なんですけど、 変流痛で来る人とか喘息が悪くなる人とか、 3人に4人に1人ぐらいは結構そこのオーバーストレスみたいなところが反映してるなっていうのがすごく多かったです。 なるほど。分かりました。 ちょっと今日も時間になっちゃったんでここまでということで、 明日もぜひいろいろお話を聞かせてください。 今日は脳を言える人になるということで、内科医診療内科医の鈴木ゆうすけさんにお越しいただきました。 鈴木さんどうもありがとうございました。 ありがとうございました。 # 『資本主義に出口はあるか』 はいそれでは今日のフライヤーのコーナーに行きたいと思います。今日はですね資本主義に出口はあるかという本になります。 著者はですねえっと新谷大輔さんですね。はいえーと現在は江戸川大学基礎教養教育センター教授センター長ということですね。 はいえーっと 講談社から2019年8月、昨年の夏ぐらいに出た本ですね。 これねちょっとなんでしょうねなかなかお届けするのが難しい本なんですけどすごい極めてユニークで ロックとルソというですねこの二大の思想家の系譜でこの切り口で まあこの過去のねヒストリーを読み解いたというですね そういうまあ大胆な切り方をした そんな本になります。まあ従来ですねこういう社会分析っていうのは右とか左とか保守とかリベラル という対立概念が使われてきたというのはなんとなくわかると思うんですけれども そうではなくてですねロックとルソですね はいこの切り口で近代以降の世界の対立を見てきたというところですね はいでえっとじゃあロックでありルソというのは一体何なのかということなんですけれども えっとまあロックはまあどっちかというとですねえっと 要約によると まああれですねえっと 小さな政府的なアプローチをするのがロックということでまあ自分が 何ですかね所有したものは私的所有のね権利を 認めるということで そこを重視だからこそもうあの自由競争という意味においてですね小さな政府 ということにつながる考え方であるということなんですけれども ルソはですね まあそれに対して 結果の不平等というのを調整しなくてはならないと まあ史上の誤りみたいな言葉もありますけれども 結果として出てくる不平等というのを誰かが調整しなくてはならないという考え方 が含まれているということでこれはですねやがて大きな政府につながる見方に つながっていくと まあルソといえばもうその人権社会契約論として今の我々の土台になっているその人権 というものをですね提唱した方なんですけれどもまあその 考えを敷衍していくとやっぱり大きな政府につながっていくということですね はい 自由という言葉についても2人の見解は異なるということでロックにおける自由というのはですね 何らかの束縛から人間を解放するっていうのが自由ですねはい それに対してルソーにとっての自由っていうのは他人に依存せず自分で決めるという 自立 というねいうことでそこには共同体の一員として法忠実に守りそのことで他者と協力し という そういう意味が含まれているということなんですね いやロックの方がどっちかというとまさにフリーっていうね そういう 意味での自由ですよね でルソーはどっちかというとディスプレイみたいなそういうですね規律みたいなことをベースにした 自由 まあ要するにこう何だろうな契約みたいなものが前提にあってこその自由みたいなそんな感覚なのかも しれないですね はいということでまぁそんなことの対立概念からですね この今の社会ということをあの過去の社会から今の社会を読み解いていくという本でですね 私もこの本買ったんですよねまだちょっとつんどくになっておりますけれども ちょっと改めてですねこのようやくこの手の難しい本はようやくを見ながらぜひ本も 読んでいただくと吸収ができるんじゃないかなというふうに思いますので はいぜひ気になった方は手に取っていただければと思います 今日はですね資本主義に出口はあるかでした # 頂いたコメントへのお返し さあ、コメントを返していきます。 田中さんですね。3月31日のコメントからです。 ネガティブケイパビリティの内容を聞き、曖昧さ不確実さを持ったまま納得するというスキルについて考えさせられました。 先の見えない今、ついついここまで耐えればと明確な指標を求めてしまいます。 誰も読めない状況下で曖昧さに寛容になっておくことが臨機応変な立ち回りにつながると感じました。 重心をフラットに置き、柳のようなしなやかさを持って日々行動したいと思います。 ということですね。 この手の話は、必ずテーゼとアンチテーゼというのがあってですね。 あれですよね。物事はちゃんと白黒をつけるべきっていう考えに対するアンチテーゼがまさにネガティブケイパビリティなんですけれども、 これ両方どっちが正しいのって話になるわけじゃないですか。 これどっちも正しいんですよね。 ちゃんと明確に決めること、白黒つけること、一方で白黒つかない状態を良しとしてホールドしておくこと、保留をしておくこと。 この2つが両方良しということを言われた時に、我々はそこからどういう問いを立てていくのかというのが大事になってくるわけですよね。 いやー、白黒つけるべきと言ったじゃないですか。どっちなんですか。ということではないわけなんです。 どういう場合にこっちなのか、どういう場合はこうなのかということを、このある意味矛盾と向き合う中で、そこの自分なりの答えを出していくっていうのがすごい大事なことです。 だから矛盾があるってことはですね、本当に大事なことで、我々の知恵が働かせる一つのきっかけになるということなので、 なんかここから自分なりのセオリーを考えたいですよね。 はい、ありがとうございます。 じょうさん、ネガティブケイパビリティを拝聴しました。いかにファイルを閉じないまま置いておけるかという言葉が印象に残りました。 分かったこととタグ付けし、分からないことと諦める行為はすごく楽ですが、分からない状態のまま置いておくということはすごくストレスが溜まります。 あいまいな状態を受け入れ、それを良しとするマインドにはまだまだ慣れそうにはありませんが、分かったつもりになっていないか、自分に問いかけることから始めたいと思いました。 ということですね。 そうだと思いますよ。そうだと思います。 分かったつもりになった方が気が楽になりますからね。 だから、良い教育者というのは必ず問いを残すということなんですよね。 分かったつもりにさせてしまったら負けなんですよ。 もう考えなくなっちゃうから。 ああ、すっきりしました。もう本当にクリアになりました。ありがとうございます。 と言って、教室から出ていくのを良しとしないんです。 いや、分かったんですけど、ただ、ちょっとこの辺が見たいな。 そういう状態で出ていくのが最高の状態なんですよ。 そうすると、なんかもやもやした。 で、ある瞬間、ふと答えが自分なりに思い浮かぶ可能性があるわけですよ。 そしたら、その瞬間にその学びというのはその人のものになるんです。 これはね、むちゃくちゃ深い話なんですけど大事なんです。 ありがとうございます。 一本旅天の地です。 ネガティブケイパビリティを聞いて分からないことを受け入れるのは能力なんだということに改めてハッとしました。 分かることは分けることとも言えます。 人は分けることで安心したがる。分かった気になる。 でもその結果が分断を見争いを生むならば悲しいことです。 ネガティブケイパビリティを身につけ無知を知り謙虚に生きたいです。 謙虚さこそが明日の学びの原動力だと思います。 分けること、分かることは分けること。 分けることは分かることとかね、言われますけれども えっとなんだっけな、福岡先生の有名な本で 物事は分けても分からないだっけな。なんだっけな、そういう本がある。 分けたら分からなくなることっていっぱいあるんですよ。 そうですよね。 それは何かというと、物事というのは複雑に入り組んでいるからこそ 繋がりを見ないと分からないということっていっぱいあるわけなんですよね。 それを無理やり分けようとするとですね 部分最適しか見えずに全体の繋がりを見落として 結果的には分かるということから遠ざかってしまうということになってしまう。 これも先ほどのあるように矛盾ですよね。 分けると分かるっていう話と分けると分からなくなるっていう話。この矛盾。 例えばセミナーとかでAさんから分けると分かるんだよって話。 その2日後ぐらいにBさんから分けると分からなくなりますっていう話を聞きました。 さああなたはどうするでしょうかっていうそんな話ですね。 答えはそんな単純じゃないんです。 それぞれ正しいんだけれども、そこから問いを立ててどういう場合の問いは分けた方がいいのか。 どういうケースの問いは分けない方がいいのか。 これ新しい問いですよね。 この問いに対して自分なりに答えを出したら すごくその学びというのは素晴らしいものになるじゃないですかね。 はい、ということでありがとうございます。 おにぎりアットミーサオメムさんですね。 ネガティブケーパブリティを聞いてポスト平成のキャリア戦略を思い出しました。 塩野誠さんと佐々木範彦さんの強調です。 大学3年生の僕に衝撃を与えた言葉がグレーゾーンを理解できるのが大人だでした。 テストで○×が明確化された世界で生きていたため そんな世界で生きていけるのかと不安になったことが懐かしいです。 わからないなりにももがいていくその大切さを教えてくれた一冊です。 ネガティブケーパブリティも読んでみますということで。 なるほど、塩野さんのね。 佐々木さんか。 ポスト平成のキャリア戦略、私も読みましたよ。 どうでもいい話をするとですね。 塩野さんと私は大学の同期なんです。 まあどうでもいいですね。 同じ大学で、学部は違うと思うんですけどね。 そうなんですよ。 おお、みたいな。そんな感じでした。 何がおおなんだか。 トロリさん、ネガティブケーパブリティ、決断が必要な場面では知らんけどの仮止めの精神が重要だと感じました。 短絡的に答えを出すことは危険ですが、決断を先送りしては先に進めない。 そんな時は仮止めだと意識して前に進める必要があります。 一方でとりあえず決めた内容が時間が経つと修正できなくなる場合も多い気がします。 仮止めで前に進みながら、違うと分かったら仮止めで立ち戻りを強要する、この両方が必要かと思いました。 知らんけど。 知らんけどというのは知性なんですよ。本当に。 まさに重要な知性だと思いますよ。 ドヤ顔で知ってるぜって終わるんじゃなくて、知らんけどという、含み笑いで終わるっていうのが知性ですね。 知性なのかよくわかんないけど。 謙虚であれということですね。 ありがとうございます。 サルさん、荒木マスターこんにちは。 今日は答えが出ない、出せないものを受け止める力をつけようと感じました。 今の私たちが置かれているような状況の時は、とにかく早く答えや解決策が欲しい。 でも答えがなかなか出せないものとして、耐え忍ばないといけないですね。 そして自分勝手に他者を分かったつもりにならず、知らないことの方が多いと思って関わるようにします。 ということでそうですね。 もうそんなこと言ったらさ、本当に我々の身の回りの問いってわからないことばっかりですからね。 コロナのことなんて誰もわかんないじゃないですか。 こんだけ人間が知恵絞って考えていても、全然わからないということなんですよね。 一人の人間が考えることなんていうのは、たかが知れているということで、知ったような口を聞いてはならないということなのかもしれない。 ということを知ったような口で答えている私は何なんだという感じですが。 はい、ということでコメント会社ここまでにします。ありがとうございます。 # 終わりのあいさつ さあ、今日の放送はここで終わりにしたいと思います。 明日、最終日ですね。 鈴木さんとの対談、なかなか楽しかったので、 ぜひ、多くの方に、最終日は結構深かった。 楽しかったですよ。 なので、ぜひ聴いてみてください。 では、また明日。 もっと見る荒木博行のbook cafeプレミアム放送配信中!00:151.タイトルコール02:062.初めのあいさつ09:203.スペック・機能でしか人を評価できない未熟さ09:414.「ラインオーバー」を許さない04:555.『資本主義に出口はあるか』https://www.flierinc.com/summary/221909:466.頂いたコメントへのお返し00:227.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう とろり2020年4月8日「Noと言える人になる」対談2「スコアリングは競争を生む、ダメさが魅力を生む」数値で見えるものって分かりやすいけど、その軸だけで生きると息苦しいよなぁと思いました。また、他人のニーズに応えようとするとき、自分の境界線が緩くなる感覚があります。今まで言葉にならなかった感覚が「ラインオーバー」と言語化されることで、自分のことが少し掴めた気がします。返信 saru2020年4月7日荒木マスターこんにちは!今日は「複数の視点を持って未熟さを脱しよう」と思いました。自分都合で人と接していると機能的な面で人を見ている気がします。以前のカフェで教養を身につける意義は、単一的なものの見方にならない為と伺ったと思います。色々な観点から人と接する事が出来るように教養を身に付けたいです。返信 たなか2020年4月7日今日のzoom対談では、ダメな部分がある人の方が、人間らしい、という一言が印象に残りました。完璧で欠点のない人なんていないと頭でわかっていても、相手に無い物を求めてしまいます。自分にも、こうであるべき、とハードルを上げてしまう事も多いので、自分にも、相手にもありのままを認める気持ちが大事ですね。返信 人、本、旅、あまのっち2020年4月7日荒木マスターこんにちは。「NOと言える人になる」対談2を聴いて、自分の子育てを猛反省しました。子供は無遠慮に、感じた違和感を親にぶつけてきます。「なんでやらなきゃいけないの?やりたくない!」そんな時、私は、「理由なんかないんだ。とにかくやるの。世の中そんなことばかりだ!」と言ってしまいます。ラインオーバーに鈍感な人間を作っていました。自分のラインオーバーに鈍感だと、他人のラインオーバーにも鈍感で、人の心に土足で踏み込む悪い人間なるかもしれないと、怖くなりました。どうしよう。返信 多田 翼2020年4月7日『NO と言える人になる』鈴木裕介さん対談2、ラインオーバーという考え方を興味深く聞きました。自分にとっての人間関係の境界線を意識することは、No と言うための出発点になりますね。境界線には物理的な、精神的なの両方があり、意識したいのは心の境界線だと思いました。まずは自分の境界線を意識し、どこまでがラインなのかに気づく。不用意に入ってこられないように守る、相手にはシグナルを出すなどで使える。境界線は自分だけではなく、相手の境界線を尊重することも大事にしたいです。返信 もっと見る
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「スコアリングは競争を生む、ダメさが魅力を生む」数値で見えるものって分かりやすいけど、その軸だけで生きると息苦しいよなぁと思いました。
また、他人のニーズに応えようとするとき、自分の境界線が緩くなる感覚があります。今まで言葉にならなかった感覚が「ラインオーバー」と言語化されることで、自分のことが少し掴めた気がします。
完璧で欠点のない人なんていないと頭でわかっていても、相手に無い物を求めてしまいます。
自分にも、こうであるべき、とハードルを上げてしまう事も多いので、自分にも、相手にもありのままを認める気持ちが大事ですね。
子供は無遠慮に、感じた違和感を親にぶつけてきます。「なんでやらなきゃいけないの?やりたくない!」
そんな時、私は、「理由なんかないんだ。とにかくやるの。世の中そんなことばかりだ!」と言ってしまいます。ラインオーバーに鈍感な人間を作っていました。
自分のラインオーバーに鈍感だと、他人のラインオーバーにも鈍感で、人の心に土足で踏み込む悪い人間なるかもしれないと、怖くなりました。どうしよう。
自分にとっての人間関係の境界線を意識することは、No と言うための出発点になりますね。
境界線には物理的な、精神的なの両方があり、意識したいのは心の境界線だと思いました。まずは自分の境界線を意識し、どこまでがラインなのかに気づく。不用意に入ってこられないように守る、相手にはシグナルを出すなどで使える。
境界線は自分だけではなく、相手の境界線を尊重することも大事にしたいです。