TOPトーク専門家東方の3おじさんラジオ【世界一ゆるいキリスト教】【カトおじ】カトおじが語る三浦綾子先生12:53 2025年3月18日 125再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次三浦綾子先生の生涯と作品世界代表作『氷点』の魅力と衝撃『道ありき』にみる壮絶な人生信仰と家族、そして無償の愛三浦綾子先生から受け継いだバトンAI文字起こし(β版) # クリスチャン作家を語るシリーズ(3) みなさん、おはようございます。 今日も東方のさんおじさんラジオを聞きいただきありがとうございます。 カトリックおじさん加藤寺こと清涼龍水です。 今日はクリスチャン作家について語るシリーズの3回目をお届けします。 最後までよろしくお願いいたします。 1回目でお話した園彩子先生、2回目でお話した犬貝満子先生は、いずれもカトリックの作家さんでした。 今回はプロテスタントの作家であるミューラン彩子先生についてお話したいと思います。 リベラルおじさん、リベおじこと松谷さんとのコラボでの先日お話しましたが、 僕がキリスト教を学習し始めた当初は、本だけでなくインターネットの情報もかなり活用していました。 インターネット上のホームページとかYouTube、ポッドキャストなど、キリスト教とか聖書で検索してみて、いろいろ見つけたもので学んでいたんですけれども、 当時十数年前ですかね、その頃はほとんどプロテスタントのものしか見つからなくて、カトリックの学習素材はほとんど皆無に近くて、必然的にプロテスタントの教えでずっと学んでいました。 そんなこともありまして、当時は本当に当然自分はプロテスタントになるんだろうなと思っていました。 カトリックは本当に情報がなくて選択肢にもならなかったというのが正直なところでしたね。 プロテスタントになると思っていましたので、僕が初めて意識したクリスチャン作家というのは、プロテスタン作家の代表として真っ先に名前が挙がる著名な三浦彩子先生でした。 そういう意味で三浦彩子先生というのは今でも僕にとってかなり特別な存在です。 三浦彩子先生はまさにクリスチャン作家の巨人と言える存在で、小説もエッセイも素晴らしいんですけれども、 単純に読者としてすごいと感じる、簡単だけでは収まらず、それを超えた威負の念があるということを僕はいつも感じています。 それは三浦彩子先生の生まれた人生の試練の数々と、それを先生が乗り越えられた才能の背景に、僕は多分神様を感じているからだと思います。 三浦彩子先生の代表作として真っ先に浮かぶのは、塩刈り峠です。 この作品は新潮文庫の名作百選とかにも必ず名前が挙がる、まさに代表作で名作中の名作です。 個人的にはですね、小説では氷の点と書く氷点ですね。 三浦彩子先生が最初に世に出るきっかけとなった氷点とその続編の続氷点というのが僕は個人的に特に好きです。 そして小説も素晴らしいんですけど、著者ご自身の人生の方が僕にとっては小説より強い印象を受けるんですね。 僕が実は三浦彩子先生の作品で一番好きなのは、先生がご自身の人生について語られた道ありきという三部作ですね。 この三部作は若い頃からデビューする後までにやったことをかなり詳細に描かれていまして、これを読むと人となりも伝わってきます。 三浦彩子先生は最初はクリスチャンではなくて、また意外なことにかなり不良少女だったようですね。 そのあたりはこの道ありき三部作にも詳しく書かれているんですけど、ただ幼なじみの前川忠さんという方がいらっしゃいまして、 前川さんは若くしてお亡くなりになったんですけど、前川さんはクリスチャンで三浦先生に無償の愛を注いで、それがかなり影響を与えたようですね。 それはエッセイを読んでても伝わってきます。 僕は三浦彩子先生のことを考えるとき、いつも前川さんという方のことを思い出しますね。 それは本当にエッセイで書かれている前川さんの三浦先生への愛情が、本当に無償の愛という感じで、それは男女間の恋愛というよりも相手のことを本当に思いやってる愛なんですね。 ですからアガペへの愛ということになるかもしれないですけれども、本当にその不良少女だった三浦先生のことを心配して、 その不良少女だった三浦先生のことを心配して、あやちゃんあやちゃんといつも心配してて、その前川さんが早くにお亡くなりになったということはかなり大きな影響があったと思います。 三浦彩子先生は血核や脊椎カリエスなどのご病気で、ずっと寝たきりの糖尿生活を送られていました。 そのあたりの本当に壮絶な日々というのも道歩き三部作で描かれていてかなり衝撃的でした。 そんな中、僕先生との出会いもあり、クリスチャンになります。 そしてその影響を受けた前川さんの息移しのようなご主人と出会って結婚されて、 三浦先生は朝日新聞社の検証小説に応募して、おそらく人生でほとんど最初に書いた小説ではないかと思いますけど、評点が大ベストセラーになりました。 その経緯を知った上で評点を改めて読み返すと本当に驚くんですね。 最初に書いた小説とは思えないぐらいエンターテイメント性が非常に高くて、 もう一旦読み始めると続評点の最後まで一気に読んでしまうぐらいの面白さです。 その後も多くの作品を出されて、先ほども言いましたように塩刈り陶器は名作として特に世代を超えて読み継がれています。 三浦彩子先生は難病日記という誤著書もあるぐらいで、様々なご病気と格闘されたんですね。 後年、ご病気のため、ついにご自身で執筆できなくなってしまうんですけど、 それからは三浦彩子先生が講述して、口で語って、ご主人がそれを書き写す筆記するというスタイルになりました。 僕はその映像を実はyoutubeで見たことがあるんですけれども、本当にそのご夫婦がとても神聖な姿でまさに異形の念を抱きました。 これはキリスト教ではない世界観になりますけど、古代社会においては日本もそうなんですけど、 多くの古代社会では巫女と呼ばれる女性が神様の声を聞いて語って、 それを人々が神様からのメッセージだと信じていた文化が世界中でありますけど、 そのように口述、三浦彩子先生が口述されてご主人が筆記するというのは、 そういう神聖な姿と感じられましたね、僕には。 そのご主人の三浦光雄さんのお話もエッセイによく出てきます。 その中で僕は忘れられないエピソードが一つあります。 それは三浦彩子先生がサッカーデビューされる前、ご夫婦で商店を営業されていたようなんですけど、 その経営が苦しくて、三浦彩子先生はお酒を取り扱いたかったらしいんですね。 お酒を販売を始めればもう少し経営が楽になるんじゃないかという思いがあったようで、 ところがその経営がかなり苦しかったにも関わらず、 そのご主人は酒は人を堕落させるからダメだ、それだけは絶対ダメだと認めなかったようです。 僕なんかもお酒好き、特にビール好きなんで、本当に厳しいなと思いまして、 そのくらい潔癖なご主人の良い影響もあったのではないかと思います。 僕がキリスト教について学び始めて、最初にプロテスタントになるんじゃないかと予感していたとき、 あまりにも偉大なプロテスタント作家の選択を常に意識していました。 でもその後、僕自身は右受け曲折があって、カトリックの道を歩むことになったんですね。 それはまた話せば長くなるんですが、それ以降は三浦彩子先生が教えてくれました。 それ以降は三浦彩子先生とは心の距離が勝手に感じられるようになって、 それを少し寂しく感じる気持ちも常にありました。 ということを今このボイシーで語りながら久しぶりに自覚しているところなんですけども。 そんな中ですね、リベラルおじさん、リベおじこと松谷さんと2022年に初めてお会いしまして、 コラボ放送の中でも言っていましたけど、初めて会った時は四つ谷のサンマルクカフェで5時間喋ったんですけど、 その時に松谷さんも僕の可能性に期待してくださったのか、松谷さんからリベおじのご紹介があって、 その2022年から日本聖書協会さんが主催されている聖書エッセイコンテストというのがありまして、 その先行委員を佳人の林あまりさんと一緒に務めさせていただくようになりました。 このボイシーでも先日聖書エッセイコンテストの話が何度か出ましたけれども、 この聖書エッセイコンテストが始まって、第1回ということで僕はさほどプレッシャーなく気楽にお引き受けしてしまったんですね。 第1回というのはいいですね、これからすべてが始まる感じでいいですねという話をしていたんですけれども、 驚いたことに日本聖書協会の方たちと打ち合わせのようなことをしていましたら、 実はこの聖書エッセイコンテストというのはかつて1990年代にも開催されていまして、 その時の先行委員は実は三浦彩子先生だったんですね。 三浦彩子先生がお亡くなりになって聖書エッセイコンテストは一旦なくなりました。 それから20数年がたってまた聖書エッセイコンテストが復活して、 その先行委員を自分がやらせていただくというこの巡り合わせには本当に驚きました。 そしてプロテスタントとカトリックの違いはあっても、三浦彩子先生からバトンを渡されたという気がして、 それは本当に僕にとってとても嬉しいことでした。 だから僕は今もカトリック教会のミサの中で三浦彩子先生のことを毎週お祈りしています。 そしてそれはこれからも必ず毎週続けていきます。 三おじさんという存在がまさにそうなんですけど、三浦彩子先生は今も僕をプロテスタントとつないでくれている絆の一つなんですね。 そういう意味で本当に今でも大切な存在です。 これは僕の個人的な勘違いとか妄想かもしれませんが、 僕は三浦彩子先生が天国から僕を見守ってくださっていると勝手に信じていますので、 失望されないようにこれからも精一杯頑張りたいなと思っています。 今日はそのような感じで三浦彩子先生について感じることを語ってみました。 このクリスチャンサッカーについて語るシリーズは次回が一応一区切りラストの予定をしています。 次回は遠藤修作先生について語りたいなと思っています。 ご興味のある方は次回もお聞きいただければ幸いです。 最後までお聞きいただきありがとうございました。 これからも東方の三おじさんラジオをよろしくお願いいたします。 もっと見る #作家 #キリスト教 #カトリック #プロテスタント #三浦綾子 #クリスチャン #清涼院流水 東方の3おじさんラジオ【世界一ゆるいキリスト教】松谷信司×MARO×清涼院流水12:531.クリスチャン作家を語るシリーズ(3)コメント感想・質問・応援メッセージを書こう HA KONO2025年3月23日楽しく聴かせていただいています。クリスチャンではない1リスナーとして不思議に思ったこと。心の距離が勝手に感じられるようになった、と語られていますが、クリスチャン作家という枠組内でも作家がカトリックかプロテスタント諸派かの属性で、気持ちの持ち様は変わるものなのですね。小説であって神学書ではないので、あまり気にならなそうですが…大学駅伝のとき知らない選手でも母校なので応援する、に近い感覚なのでしょうか🤔2返信 カトおじ流水2025年3月24日コメントありがとうございます。カトおじはプロテスタントへのリスペクトを変わらず持ち続けていますが、それでもカトリック作家とプロテスタント作家の違いは、やはり意識します。大学駅伝にたとえますと、高校時代はA大学を志望していたのでA大学の選手を応援していたけれど、実際にはB大学に入りB大学の選手を応援するようになった、という感じです。第一志望通りA大学に進んでいたら、A大学の選手を応援していただろうな…という少し寂しい心の距離を勝手に感じているわけです😢でも、どちらも本当な好きなのです🙂1
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クリスチャンではない1リスナーとして不思議に思ったこと。
心の距離が勝手に感じられるようになった、と語られていますが、クリスチャン作家という枠組内でも作家がカトリックかプロテスタント諸派かの属性で、気持ちの持ち様は変わるものなのですね。小説であって神学書ではないので、あまり気にならなそうですが…大学駅伝のとき知らない選手でも母校なので応援する、に近い感覚なのでしょうか🤔
カトおじはプロテスタントへのリスペクトを変わらず持ち続けていますが、それでもカトリック作家とプロテスタント作家の違いは、やはり意識します。
大学駅伝にたとえますと、高校時代はA大学を志望していたのでA大学の選手を応援していたけれど、実際にはB大学に入りB大学の選手を応援するようになった、という感じです。
第一志望通りA大学に進んでいたら、A大学の選手を応援していただろうな…という少し寂しい心の距離を勝手に感じているわけです😢
でも、どちらも本当な好きなのです🙂