TOPトーク専門家学びのクロスロード〜まなクロ〜#428 「教育はいいぞ!」〜武田さん(三木市教育委員会)とコラボトーーーークVol.2🌈〜45:38 一昨日 180再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次武田さんの幼少期の意外な一面とは?教員を目指した原点と父親の影響体育専門教員の教育哲学とその変遷現場離脱の真相と委員会での新たな挑戦「楽しむマインド」が拓く教育の未来像AI文字起こし(β版) # オープニング おはようございます。小学校教員パーソナリティーのコミックです。 この番組は、日々の学びや気づきアウトプットし、リスナーの皆さんとともに学び合うことを目的としているチャンネル 学びのクロスロードバナクロ。というわけで、番組名だけでも覚えて帰ってください。 # 今日の放送は はい、というわけで、みなさんおはようございます。 今日は9月の18日、金曜日ですね。 さあ、金曜日までやってまいりました。 今日1日、ぼちぼち頑張ってね、ご連休を迎えに行きましょう。 頑張っていきましょうね。 はい、というわけで、今日はですね、昨夜行われた ミキシ教育委員会の竹田先生、竹田さんとのコラボ放送のアーカイブの方になっております。 竹田さんとは、夏に一度させてもらって で、今回、昨日ですね、第2回目という風なところでお話をさせてもらったんですけれども 割とその1回目の放送は、竹田さんが今されていること そしてこれからのことをお話を聞かせてもらいました。 で、今回の放送の方では、そうですね、昔、過去、竹田さんがどんな子供時代を過ごしていたのか そして、どんな教員を、教員時代を過ごされていたのかという風なお話を聞いているところです。 本当にね、なかなか聞けることがない、聞くことがない貴重な機会じゃないかなという風に思っているのでね ぜひ聞いてもらえたらなという風に思っています。 本当になんか、自分がグッとくるところもたくさんありながら はい、お話を聞かせてもらったので、楽しくお話させてもらいました。 竹田さんね、本当にありがとうございました。 では、この後、アーカイブの方です。どうぞ。 # 三木市教育委員会 武田さんとコラボトーーーークVol.2🌈 はい、というわけで本日はコラボ放送というわけで、もうね、皆さん大好き、そして僕も大好きなこの方をお呼びしております。 武田さん、ご紹介、自己紹介の方お願いします。 はい、皆さんこんばんは。アーカイブの人はおはようございます。 こんにちは。ミッキー市教育委員会で指導主事やってます。武田洋介と言います。よろしくお願いします。 はい、よろしくお願いします。 この挨拶でね、武田さんのそのお人柄がわかるというか、アーカイブの方おはようございますってもう完全にパーソナリティ目線ですもんね。 そんなことないですよ。 そこに思いを馳せれる武田さんが皆さん大好きっていうところだと思いますし、もう僕も本当大好きで、夏にね、お会いできて。 コメントがね、もう始まる前からね、武田先生みたいにね、伊藤さんが入れたりとかね。 ありがとうございます。 ユキさんがね、思わぬ繋がりがあったっていうのが、それもとっちろくって。 いやもうね、ここで完全に繋がりましたからね、コミックさんのマナフロで。 すごいなあ。いやこれはでもね、武田さんがお話してくださったからこそっていうのと、ユキさんがね、コメントで繋がって、ご自身でね、つかみ取られたものだと思うんですけども。 ありがたい話ですよ。 いや本当にね、なんか不思議ですよね。 不思議。 いやもうそういうことで言ったら、それこそ武田さんがされてることって本当に縁つなぎだと思うんですよ。 その三木市教育委員会でされてることっていうのは、本当にこういろんな人たちをつなげていくというか、よく言われている学びの入り口を作るっていうところがまさにそうだと思うんですが。 実はこれコラボ放送してもらう2回目なんですけれども。 そうですね。 1回目は夏でしたっけ、夏休みですかね。 夏ですね、夏休み。 ちょうど三木市教育委員会のエイズデイですか、あちらが、イベントが、僕らが行かせてもらったところが終わったときに、ちょっとやりましょうよって言ったところでお話をしまして。 マンタロウさんとかが来られた日でしたね、確か。 そうですね、だから8月25かな、6かな、そのあたりやったと思います。 そこで振り返りも兼ねて、武田さんが今現在されてること、そしてこれから、こんなことをビジョンを持ってるみたいな話をしていただいたんですよ。 しましたね。 それはぜひアーカイブのほうをまた聞いてもらえたらなと思ってるんですが、 今日は前回聞き切れなかった続き、延長線というわけで、ぜひ原点というか、武田先生、いわゆる武田指導主事というところよりもっと前の、 武田先生ですよね、いわゆる。 円つなぎって話もさっきありましたけれども、そもそも武田さんはどういう先生だったのかというか、いつ教員だったのかっていうところを、ぜひ聞きたいなというところのお話をしていきたいと思うんですが、NGあったら言ってもらえたらと思います。 NGはないんですけど、そもそも誰が興味ある問題はあるかもしれない。 いや、そんなことなくて、前回の放送のときにも、今日聞き切れなくてね、僕もうちょっと武田さん原点知りたかったんですよって言ったら、みんななんかもコメントで、知りたい知りたいって。 武田めめめめ。 一つそのコメントの中で僕が目を引いたのが、体育っていうワードがあったんですね。 そこを僕はチラッと聞いたことはあるんですけど、深くは恥ずかしながら知らないなってところもあったので、そのあたりを聞けたらなと思うんですが、だいぶ遡って話を聞きたいと思うんですよ、今日は。 ゆっくりと武田さんの反省をたどるみたいな。 いやもうね。どうぞどうぞ。誰が興味ある問題ですけどね、何回も言うけど。 今日は武田年表を作っていきたいなと思っています。 これを掘り起こせば、AIにかければ年表ができるかもしれないですね。 皆さん興味がある方はぜひ。 というわけで本当に遡っていきますけど、武田さん子供の頃、小学生とか中学生の頃って、ざっくりどんなお子さんやったんですか。 僕は本当に小学生のときとか、サッカーをずっとしてたんですよ、僕。 バスケじゃないんですね。 僕小学校のときからサッカーをしてて、どっちかって言ったら活発な方というか、いう子供で、当時はそれこそ思い出したら小学校のとき、それこそ1000人くらいいた学校やったんですけど、 その宅地開発で、小学校1年生のとき2クラスだったんですよ。 どっちのクラスも多分30人ずつぐらいだったんですけど、2学期にクラスに10人ぐらい転校生が来るみたいな。 そこから一気に増えて、2年生で3クラスになって、4年生で4クラスになって、5年生で5クラスになって、毎年クラス数が増えていくような学校やったんですよ。 毎年クラス数が500人上がるごとに、君は誰みたいな子が増えていくってことですよね。 転校生ばっかりみたいな。 すごい、それ面白いですね。 1年生のときからいた子よりも、転校してきた子の方が多いみたいな。 ちょっと昔の巨人みたいな、FAで入ってくる人みたいな。 そんな学校で1年生から入学していったんですけど、本当によく動く子どもで。 でも実は運動ってあんまり得意じゃなくって。 そうなんですよ。だから坂上がりができるようになったのも、小学校の4年生か5年生ぐらいのときだし。 でもね、それは全然あるんじゃいます? 休み時間は友達と砂場で相撲したり、そんなことして遊んでました。 砂場で相撲か。 ちょっとイメージできますね、今の竹田さんを。 そこはイメージできる。 ちなみに、ご出身というか。 神戸です。 神戸っ子ですね。 神戸です。 そうか。じゃあ当時の神戸は本当に学校数も増えていったんですかね。 そうですね。どんどんどんどん増えていった感じですね。 神戸の北区なんで、山のほうだったんで。 そうか。じゃあ三木に近いって近い? 近い近い近い。すごい近いです。 じゃあ割と都会というか、山合いにある学校なんですかね。 住宅地だけどね。 じゃあそこからもだんだん人も増えていってというところで。 で、竹田少年はそういうふうな学校で育っていき、活発だったっていうふうなことですけれども、 勉強とかはどうでした?学習の方とか。 勉強はね、本当に普通にしてました。言われたことはやる。 真面目だ。 言われたことはやる。でも宿題はギリギリみたいな。 いや、でも模範的な小学生じゃないですか。 言われたことはやってましたね。言われたこと以外はやらなかったし、手を挙げて発表するのは嫌いじゃなかったかな。 なるほど。なんか面白いですね。こういうふうに。 人の小学生の話を聞くことってそうないので。 そもそもね、質問どうなんやねんって言ったこともあるんですけども、竹田勉強を作るというところで、小学生からはね、非常にねえっていう話なんですけれども。 でもそうやって振り返ってみると、その頃から、例えば小学生の頃から、先生になりたいなみたいなことはあったんですか。 あのね、小学生の時はあんまり思ってなかったんですよ。ただ学校はすごい好きだったし、学校の先生も、6年生の時の先生がすごい好きだったのかな。 なるほどなるほど。 めっちゃ怒られたけど、なんかすごい未だに学級通信のタイトルも覚えてるし。 すごいそれは印象はありますね。 なんかね、僕それ話すごい被るところがあって、6年生の先生に憧れて、自分が脅威してるっていうのは実はあるんですよ。 あー、ありますよね。そういうのね。 そうなんですね。その先生は、僕たち6年生が初めて卒業生を持つタイミングで、やっぱり思い入れもあるっていうところで、今田村さんがね、まさにその学級通信を出されてね、その先生も。 そのタイトルもすごい僕も覚えてますし、自分が、僕がね、初任で先生になった時に、学級通信を出そうと思った時に、その名前を使わせてもらった。 なんか、6年生の先生ってそういうのありますよね。 ありますね。やっぱり小学校最後っていうのもあるし、多分その当時まだ30代前半の先生だったので、すごく印象があります。 5年生の時にめっちゃ怒られたんですよ、その先生に。学年違うかったんですけど。 よっぽどのことしてるんですか。 いや、むっちゃ怒られたんです。報道に人がいっぱいだったから、早く土曜日で吉本新奇劇見たくって、早く帰りたくって、人がいない車道をブワーって走って帰ってたら、後ろからコラーって追いかけられて、逃げたけど追いつかれたっていう先生が、6年生の担任の先生。 めちゃくちゃ怖いですよ。あの先生なんて。 最悪って思いましたよ。 でもその6年生の時にも怒られたことと叱られたこともあったけどっていう。 そうそうそうそう。 子供ながらにそういうのって覚えてますよね。 なんかありますよね。 叱られてることしか覚えてないです。 たくさん褒められたこともあるでしょうね。 いやー。 ゆきさんが12時に間に合うようにってこれありますよね。 当時は午前中だけでしたもんね。土曜日。 給食なくて、家帰って大体、お母さんが作ってくれたチャーハンを食べながら吉本を見るみたいな感じでしたけど。 関西人の定番ね。 定番ですよね。 小学生の時はその先生に憧れて先生になりたいとかいう感じではないけれども。 ないけども、学校は好きだった。 学校が好きだったっていうのは、何が好きだったとかあります? とにかく学校に行きたくないって思ったことがなかったというか。 たぶん友達と遊べるとか。 家にいるよりかは絶対学校にいたほうが楽しかったんちゃうかなって思います。 友達がおるからっていうのはあったと思うんです。 なるほどね。 やっぱり友達ってすごく存在として大きいと言いますか。 家ってずっとおってもしゃーないなってこともありますけど。 それがつながって学校楽しいなっていうのを、小学生の武田さんは思ってらっしゃったという。 思ってましたね。 でもその時には先生になりたいなみたいなことはそこまではなく。 そこまでなかった。 たぶんその時は電車の運転手になりたいか、寿司職人になりたいかって思ってたと思う。 でも小学校6年生の文集にはJリーガーになりたいって書いてました。 小学生はそうですよね。だいたいJリーガー、プロ野球選手。 ああ、当時はね。 面白いですね。 寿司職人やたたけださんの世界性も見てみたい気もするんですけれども。 握られへんぼ。 見切りやってるかもしれないですからね。 そうやって小学生の頃の話を聞いたんですけども、中学高校で全部一個一個聞いてたら時間ないので。 ざっくり先生になりたいなって思ったのっていうのはきっかけというか、いつぐらいとかあったりします? やっぱり一つは高校で進路を決めるってなった時に、将来どうしようかなって考えるじゃないですか、ちょっと。 そうですね。まあ1個のキロですよね。 そう。ってなった時にやっぱりそこでふと出てきたのが、やっぱり学校の先生っていう選択肢があって。 で、僕、父親が小学校の教員なんですよ。 あ、そうなんですね。 そうそう。それもかなり大きくって。 それは大きいですね。 僕らが子供の頃って、夏休みとか、うち母も働いてたんで、夏休み家に子供だけでおることになるから、父親がよく学校連れてってくれてたんですよ。 お仕事されてるところを行くぞと。 そうそう。今日午前中仕事やから一緒に着いといてみたいな。 当時家にエアコンとかもなかったから、学校涼しいでみたいな。 なるほど。 そう。で、学校連れてってもらって、で、学校でちょっと夏の朝とかに、子供たちって勉強したりする時あるじゃないですか。 はい、ありますね。 そう。そんなんも一緒にいたりしてる中で、職員室で話とか、父が他の先生と話してたりしてる、見てると、楽しそうやなって思ってたんですよ。 なるほど。 そう。っていうのもあって、あとは夏休みっていいなと思って。 シンプルに。 シンプルに。夏休みいいなと思って。で、学校の先生いいよなっていうので、そこで進路決めて、学校の先生になろうかなって。 へえ。でもその進路を決めるときに思い出したのが、ワンシーンというか。 そうそう。 お父様がそれを連れてってもらったのを、なんだか思い出して。 それとあとは学校がやっぱり好きやったっていうか、中学校も高校も。 中学校高校も好きだったんだ。そうなんですね。中学校高校って僕も本当に、僕自身は部活だけっていうイメージだったんですけど。 部活しかしてなかったけど、その時間も含めて、学校って楽しかった。しんどいことももちろんありましたけど。 遠ざる学校行きたくないって思ったことがあんまりなかったっていうところですね。 だからやっぱり高校で選択を一つするときに、教員という選択肢がある。 それがパッと出てきて。 なんかさっきのお父さんに連れてってもらったっていうエピソードから、僕らって自分が子供のときって、他人の先生とか教員って、 僕が思うのは、もう先生は先生という生き物みたいな。 家とかでどんな生活してるかってあんまり想像できなかったんですよね。僕ら子供のときって。 もう先生として生きてるみたいな。というふうなイメージがあったんですけど。 それこそ職員室でお父さんが仕事されてるのを見てたら、先生ってこんな職員室でしゃべるんやとか。 楽しそう。こんな裏側あるんやって見れたりすると、職場体験の裏側的なところを感じられたんちゃうかなと、ちょっと推測しながら聞いてたんですけど。 それはすごい思いました。 やっぱり僕らの前にいる先生って、子供の前にいる先生じゃないですか。 そうなんですよ。 僕らも職員室帰ったら職員室の顔があるじゃないですか。 そうなんですよ。 職員室楽しきじゃないですか。 その子を見て、先生のいろんな一面を見て、また家帰ってからの先生というか、うちの父を見てると家帰ってからの先生も見えるから。 なるほどね。 こういうのありかなと思って。 なるほど。やっぱり身近にいたっていうところは大きいですよね。 身近にいたは大きい。 なるほど。そこから大学なり選ぶときに教員要請といいますか、免許が取れるところにしようかなとか。 大学で勉強されて教員になられたと思うんですけれども、そのときは教員時代の話もぜひ聞けたらなと思うんですけども、教員歴は何年になるんですか。 僕ね、講師が1年で、正規で12年。 なのでトータル13かな。 あとは8年指導主事。 でもね、僕今11年目なんですよ。歴史上で11年で。13年って言ったら僕はあと2年後になる。 ってことは、僕があと2年後ぐらいに委員会行くみたいな感じだと思うんですけど、僕が行くとかそういう話ではなく、教員もっとしたいなとかありません? いやありますよ。めちゃくちゃありません。 教育委員会行った人はほとんどそう思ってるんじゃないかな。 もし今聞いてくださった教育委員会の方がおられたら、首がもげるほどうなずいてるかもしれないけれども。 教員時代の話もお聞きできればなと思うんですけど、教員のときには、特によく言われる専門って何ですか?みたいな話あると思うんですけども、 お専門は?ちなみに。 僕は体育です。 体育。バリバリ体育ですかね。 大学のときが体育の専攻で、僕大学のとき、ナルトの教育大学をやったんですけど、 ナル教なんですね。 ナルトって中学校家庭と小学校家庭があって、当時。 僕、あんまりセンターが良くなかったんで、中学校の体育課で受けて受かったんですよ。 体育の勉強してて。でも中学校と言いながら小学校に行くつもり満々で中学校に入ったんですけど、 そこで体育ずっと勉強してきて、その後ストレートで大学院も行って。 大学院に行き合ったんですね。なるほど。 ユキさんと出会ったの、たぶんそのぐらいじゃないかな。僕が大学院のときに入ってきたぐらいちゃうかな。 そうなんですね。ユキさんと院でかぶってたってことですか。 僕が院のときに学部生みたい。 はあ。そういう出会いがあったんですね。 それは院に行き合って、中学校の免許を持ってるし小学校の免許を持ってるという状態で院に行き合ったんですか。 そうです。 なるほど。院ではちなみにどんな勉強をされたんですか。 僕は院では小学校の体育に対人的スポーツとしてスポーツジャンバラーって取り入れられへんかって研究しました。 体人的スポーツまではおおーと思ったんですけど、スポーツジャンバラーっていうのが初耳だったんですけども。スポーツジャンバラーって何ですか。 知らないですか。スポーツジャンバラー。 皆さん知ってます?スポーツジャンバラー。 当時かちょっと前ぐらい、僕らが学生のときかちょっと前ぐらいに金髪先生でやっとったんですけど、 ちゃんと面かぶって、柔らかい面かぶって、自転車のチューブみたいなのが中に入った剣で殴り合うスポーツなんですけど。 スポーツジャンバラー。わかる人いるのかな。ちょっとわかる人わかるよって言ってもらえたら。 ユキさんはあったって、スポーツジャンバラーって。 それを、体育に入れられたら面白くないかって思って研究してた。 まあ言ったら体育授業全般みたいな、体育科教育的なところをずっと勉強してたってところですね。 なるほど。スポーツジャンバラーに限らず。 そうそうそうそう。 わかりました。よかったです。 タロウさんがスポちゃんなんて知らないよって。スポちゃんって略すかどうか。 知ってる知ってる。これ知ってるよ。 そういうの平気で言う人ですからね、タロウさんは。 スポちゃんをね、体育をご専門にされていて、 結局教員になるぞとなったときには、小学校の教員。 法師を1年されて採用されてというわけで、結構やっぱり担任を持たれることも多かったと思うんですけれども、 体育の授業を中心に学級経営を組み立てるとかそんな感じだったりしますか? まさにそれです。 僕の中では体育って動きもあるじゃないですか。 体育の授業がある程度できれば、多分教室の授業はできるやろうっていうのがあって、 そこを中心に学級経営していったっていうのはありますね。 今ね、それこそライザーさんなんかは体育の発信なんかをされたりしますけど、 あれもなんか、ああそうだよねっていうふうに共感するところもたくさんありますかね。 めちゃくちゃあります。むちゃくちゃあります。 ちなみにどんなことって具体があれば教えてもらいたいなと思うんですけども、 この体育の授業でこういうふうにちょっとやったよとか、一つあれば教えてください。 体育の授業で何かをするっていうよりも、 体育の授業をどうやったら先生がやらせるじゃなくて、 子どもたちが自分たちで考えていろいろやるやろうっていうのをずっとやってて、 多分それを国語もそうだし算数もそうだし、社会文化も、それから学科とかも、 どうやったら子どもたちが考えてやれるかなっていうのは常に思いながらやってたってとこかな。 この授業でこうとかじゃなくて、なんかベースがそんな感じ。 なんかトップダウンでこうだよとかではなく、思わず自分たちで動き出したくなる。 それこそこの前、生井さんの放送の中でもね、走り高跳びでしたっけ。 あれの話もありましたけども、なんかこう自分でもう一歩チャレンジしたくなるような、 そういうふうな声かけだったりとか、仕組み作りっていうところを大切にされたっていうことですね。 そうですね。ざっくり言うとね、子どもたちが考えて自分たちで考えてやっていけるって思えるような授業をやろうとはしてて、 やろうとはしてた。 なるほど。じゃあもうそこは、体育が専門ではあるんだけども、本当にそのいろんな授業とか、 行事もなんか特にそうですよね。子どもたちが自分たちで頑張れるようにって。 なんか、高学年の担任が多いという勝手なイメージがあるんですけれども。 正解です。 やっぱりそうですか。 ずっとゴロゴロしてます。 ゴロゴロでゴロゴロされてますよね、きっとね。 ゴロゴロして出てきましたね。 その中でも学級経営というふうなところももちろんそうなんですけども、 学校を引っ張るような存在にもきっとなられてたんじゃないかなっていうふうに思ってるんですけども、 文章的には何を持たれることが多かったんですか。 最初の頃は情報団。若手の男イコール情報団みたいなのがあったから。 情報団、それから体育団、政治。 政治か。やっぱりそうですよね。大体そうな感じですよね。 たぶん想像通りの文章をしてる感じです。 今はいわゆるICTというところを見機種を背負ってされてると思うんですけども、 やっぱり教員時代の情報処理人というのが生きてたりとかしますか。 いやーどうかなー。 僕、聞かれてもないのに言うんですけど、そうは言いつつ、 結構ガチガチやったんですよ。 規律バシッてさせたいタイプやったんですよ。 多分伊藤くんぐらいしか分からないと思うんですけど、 僕バシッてしたかったタイプなんですよ。 規律は規律。自由にはさせるけど守るとこ守るみたいな。 規律バシッてして、むちゃくちゃ叱ってたし。 僕こんな感じになったのは、本当最後の1年だけこんな感じだったんです。 今みたいな。本当最後の1年は叱らなかったというか、 その前の1年がちょっと大変だって、今思っても子どもたちに悪いことしたなって思うんですけど、 そのきっかけやって、その時6年で、僕の最後の持った学年も6年であって、 6年6年になった時に、この学年は今までと違う自分でというか、 もっと子どもたちによるを委ねてみようと思って、伊藤の学年やったんですよ。 すごいいい感じで、子どもたちも保護者の方とかもすごいいい感じで、 これやったら、こうやってやっていったらいいんやと思って、次の年頑張ろうと思ったら、教育委員会やったっていう。 声がかかってて、もう自分を笑すと嫌かもしれへんから、最後ちょっと委ねてやってみようっていう感じではなく。 全く違う。 そうなんですか。じゃあもう本当に心残りというか、まだまだやりたいこといっぱいあるのにっていう。 その時、教育委員会って言われる前には、勤務校の当時の校長先生からは、竹田くん来年1年生なって言われとったんですよ。 僕もずっと生かしてくれてずっと言っとって、校長先生がごめんごめんって言ってきて、来年は絶対ですよって言っといて。 で、よっしゃもう来年。この感じで1年生。結構委ねてもいけるかもとかって思いながら、ワクワクして待ってたら教育委員会やったっていう。 それって前から声かかってるとかではなく。 違いますよ。 急に片叩きではい。 2月の末。 そうなんか。 2月の末に、突然朝言っておはようございますって言ったら、校長先生にちょっと来てって言われて、校長室呼ばれて、何ですかみたいな。 竹田くん今日5時15分に教育委員会行ってきてって言われて、何ですかってなって、そっから。 答えたくなかったら全然いいんですけども、断ることもできるんですか。 僕それ同じこと聞いたんですよ。これって断ることできますかって一応聞いたんですけど、断ってもらっても全然いいけど、納得するまで説得するって言われました。 やっぱりそれほど、学校からしたら相当な板でやと思うんですけれども、やっぱり三木市全体のこと考えたら、竹田さんがそこにいてくださるからこそ三木市が回るっていうところがあったんでしょうね。 いやーどうなんすかね。 いやそれ怖すぎますね。 怖いですよ。 でも体育の素朴っていうところも期待になったところもあったんですけども、伊藤さんは竹田さんのことをよくご存知というか、昔から知ってらっしゃるというか、そうなんですか。 そうですね。伊藤さんは僕が教員してるとき、同じ学校にはなったことないんですけど、多分いろんなところでお出会いして、市の陸上大会とかああいうのもあったりしたから、結構ガンガン連れてった。子どもたち放課後指導して連れてってたし、そんな感じ。 なるほど。そこで伊藤さんが陸上指導のスペシャリストっていうことを書かれてるので。 そんなことないですよ。そんなことない。気合と根性で。 でも指導を毅然とするっていうところはやっぱり大事なところかなと思いますけど、最後の1年で委ねることの楽しさだったりとか子どもたちがのびやかになっていく姿っていうのを見てたからこそ、 今竹田さんが教育委員会でされてることって、割と僕は見機種の人間ではないんですけれども、外から見ている分まだ竹田さんが楽しそうで、すごい自由を手渡してるっていうんですかね、先生の皆さんにっていうのは感じるので、そこがもしかしたらリンクしてるかもしれないなっていうところを見ながら思ってたんですけれども。 いや僕のそもそも、これはずっと変わらないですけど、基本僕の自分の軸が、まず自分が楽しいことっていうのがここの軸なんですよ。これはもういつも変わらずにあって、プラスいるときも子どもたちと遊んでるときも、まず僕が楽しいっていう。 自分が楽しくないと、きっと子どもたちも周りにいる人も楽しくないっていう。ちょっと自己中って言われたらそうかもしれないけど、でもそういうのやったから、子どもとの遊びもずっと本気やったし、絶対子どもには負けたくないってずっと思ってたし、遊ぶときも。 その中でやってきて、その軸は今も変わらず、きっとこれやったら楽しいやろうとか、っていうのが多分今も軸は変わらないから、それが研修とか今の仕事にもつながってきてるんかなとは間違いなく思う。 それこそ今日の話の中で一番最初に出ていた、学校が楽しかったっていうのってすごいずっとつながってるんやろうなって思いながら聞かせてもらってて。 教員時代も自分が楽しく過ごす。今も委員会の中で、自分が楽しくしてたら皆さん、参加してくださる先生方も楽しくなるんじゃないかなっていうところで、結局学校に還元されていくんだろうなっていうところは。 一本軸。まさに武田さんが言われたみたいにっていうところはあるんだろうなって思いながら聞いておりましたけれども。 すいません。もう時間がだいぶ…… いや、ちょっと長すぎましたね。ごめんなさい。小学校の話が長すぎました。 いや、違うんですよ。僕がね、吉本新紀行のくだりを結構ふうかぼっちゃったんで。 そこちゃうでしょ。 ただね、前回のときに竹田さんの現在と未来、思考の話。 今回は過去の話っていうところで、30分30分で60分1セットで、竹田三年票が一本仕上がったかなというふうには思ってるんですけども。 ただ僕が聞いていてすごく感じるのは、やっぱり今委員会で竹田さんも楽しまれてると思うんですが、 やっぱり教員っていいぞというか、学校で働いてる先生たちを…… 竹田さんは自分が現場に出てっていうことがなかなか難しいじゃないですか、授業をするっていうのは。 だからこそ伝えられることってきっとあるんだろうなって思いますし、 それを僕はずいっしょに感じさせてもらいながら、今日お話を聞かせてもらったんですけども、その中では竹田さんどうですか。 それは間違いなくて、前にも言ったかもしれないですけど、僕むちゃくちゃ人見知りなんですよ。 いやそれもね、本当嘘。 むちゃくちゃ人見知りだったって言ったほうがいいかもしれないですけど。 今はちょっと変わってきてる。 そう、むちゃくちゃ人見知りだったんですけど、この仕事をしだして、 今まで出会ったことない業種の方とか、特に行政の方とか、いろんな業者さんとか、それとかいろんな講師の方とかに出会うことになって、 人と出会って話しするって、今更、学校好きって言うときながら、楽しいなっていうのはすごい気づいてきて、 自分の世界が広がるなっていうのをすごく思って。 エイヤーでエデュベースに入ったの結構僕の中ではかなり大きいんですけど、そこで一気にバンと広がった。 これやと、多分、今必要なのはこれやなと思って。 繋がることで何か得られるものがあるっていうところ、そこがSNS上であったり、前も言ったけどもボイシーでこうやってあったり、 ここの繋がりができることで、きっと何か掴むものもあるし、得られるものもあるし、自分の人生ちょっとでも豊かにならへんかなっていうのを感じて、 じゃあこれを先生方にも感じてもらいたいっていうとこかな、やっぱり。 そうですよね。なおさら教員って、例えば担任だったりすると、繋がって学んだこととか、 自分でインプットしたことを、明日の教室に結構すぐ生かしやすいってこと。 もう自分の、もちろんシロエロとか決まってるけども、自分のやりたいこと、子供に合わせながらっていうところがすぐにできるっていうところは、 なかなか他のお仕事って、僕は知らないですけども、なかなかない。 ただ、武田さんの今のお立場では、それを本当に伝えていく、みなさんの背中を押していくっていう役割になってるからこそ、 僕らの仕事って今、武田さんみたいに支えてくださっている方がいるからこそ、できてるんだろうなっていうところは、ひしひしと感じるところではあるので、 ぜひ、今回もそうですけども、前回もそうですけども、武田さんとお話しするときに、これはなんか、僕は全部知ってるわけじゃないんですけども、 こういう人たちがいるから僕ら頑張れてるよっていうようなところは、伝えていきたいなっていうふうにおこがましいですけども、しているので。 いやいや、僕らからしたら、コミックさんとか、もちろん伊藤さんとかみんなそうですけど、 こうやって一生懸命現場で子供たちに向き合ってくださっている方がいるからこそ、よしじゃあ僕らもできることをやろうって思えるのでね。 そこは本当に思ってますよ。 いやーそこはね、お互いにね。 感謝感謝。本当にお互いにリスペクトだと思います。 いや、ほんまそうですよ。 それに尽きるなって思います。 いやーだって、それこそ部委員会の方たちも何時まで仕事してるんだろうなーとか、いろんなことを聞いたりすると、 僕も見てるわけでは知ってるわけじゃないんですけども、 だからこそ今自分たちができてることっていうふうなことに、本当にありがたみ感謝をしながら、 あと何年、何人モテるんかなーってちょっと最近思うようになったりもしてるので、 竹田さんとかとこうやって喋ってるとね。 自分はその予定は全然ないんですけども、そういうふうなところって感じたりするので。 そこはぜひみなさんにも伝えたいなって言ったらおこがましいですけども、 やっぱり当たり前じゃないし、そこを僕らも明日、金曜日、一日頑張って、 5連休をまた迎えに行きたいなっていうふうには思っています。 そうですね。 というわけで、最後は結局僕が言いたいことをつらつらと喋ってしまったんですけど、 やっぱり竹田さんとこういうふうにお話しさせてもらうと、 やっぱりそのお立場ならではのこととかがお話しできるので、 本当に僕も気づかせてもらうような話もいつもなるなというふうには思うんですけども、 まあこれで一旦一部二部が終わりまして、竹田さんの年表ができあがったというふうなところですので、 また何か第三弾で。でも竹田さん人気は本当にすごいので、 僕もおしゃべりさせてもらってて、本当に心地よくて。 いやいや、なんとないですよ。こっちもめっちゃ楽しいですもん。 いやいや、ついついお話をしてしまうので、第三弾もありますかってね。 気が向いたらまた遊びに来てもらえたらなというふうに。 もう第三弾、もういやいや、トータル90分も。 もう第三弾はリアルで飲みに行ってってことですか。 いいですね。いいですね。 前竹田さんともちょっと言ってた、標語ベースしましょうかね。 しましょう。 ちょっとそれやりましょう。 やりましょう。 はい、というわけで。 竹田さんすいません。結局30分と言いながら40分近くにお話しさせてもらったんですけど。 僕もいっぱいしゃべっちゃいました。楽しかったです。 竹田さん、もしよかったら最後一言いただけたらなと思いますけれども。お願いします。 いや、皆さん本当にダラダラと私の話を聞いていただいてありがとうございました。 本当に最後にも言ったんですけど、教育委員会の人間は本当に現場の皆さんのことをリスペクトしてますんで、 本当にお互いリスペクトしてるから、そこをいつも思っていただけたら本当にありがたいなといつも感謝してますので、現場の皆さんには本当にありがとうございます。 今日はありがとうございました。 はい、というわけで本日は三木市教育委員会から竹田先生に来ていただきました。 竹田さん、ありがとうございました。 ありがとうございました。 # アフタートーク はい、いかがだったでしょうか。 このチャプターではちょっとアフタートーク的に僕もね、振り返りながら話をしていきたいなという風に思っているんですけれども、 本当にね、武田さんと話をしていたらあっという間に時間が過ぎていくんですよね。 30分一本勝負でって話をしていたんですけども、結局40分ぐらいお話をしていまして、 なんていうんですかね、やっぱりそのお人柄っていうようなところは、皆さんも声できっと伝わるんじゃないかな。 その温かさだったりとか、この明るさっていう風なところを、僕はすごく励まされているような感じをしながらね、お話をさせてもらいました。 過去のお話の中で、子供時代、小学生の時はっていう話もありましたし、中学校、高校では、そして大学ではっていうところで、 教員になられてからもっていう話もあったんですが、やはり武田さんがね、すごく大事にされている、何よりも楽しむことっていうのが、 すごく僕たちの働き方だったりとか、生きるヒントになると思うんですよね。 どれだけいろんな仕事とか、いろんな爆発を踏まえようとも、やっぱりそこの楽しむマインドっていう一つで、 見え方って違うし、感じ方とか違ったりすると思うんですよね。 武田さんはそれこそ本当にたくさんの爆発だったりとか、経験をされているからこそ、 その場面でいろんな場面に遭遇していると思うんですが、その一つ一つで楽しむぞっていうふうに、 もう意識せずとも、たぶん骨身に染みてされていたんじゃないかなと思うんですよね。 それが結局一本つながっていて、今、三木市教育委員会でされていることにつながっていると思うんですよね。 その中で、やっぱり教育委員会の方々も、何より現場のことを考えて動いてくださっているっていうところは、 普段から僕も働いていて感じるところはもちろんあるんですけども、 こうやって指導主事の方とお話しさせてもらう中で、何よりそういうメッセージを今日聞けたっていうところは、 本当に心強いなって思いますし、お互いにリスペクトし合える関係って、これ以上素敵なことないですよね。 やっぱりそこって何のために?ってなったときに、子どもたちのためにっていうふうになるんですよね。 やっぱり学校という現場と教育委員会という現場は、働いている場所とかフィールドは違うんですけども、 何を目指しているかっていうところの価値観とかは、すごく一緒になっていくっていうところってすごく大事だろうなっていうふうに思いました。 だからこそ、こういうふうに竹田さんとお話しさせてもらうと、やっぱりお互いリスペクトしていくっていうところもそうですし、 何より教育を楽しんでいくっていうふうな心持ち、マインドっていうところを大事にしていきたいなというふうにより一層思いますよね。 竹田さんとこうやってお話しさせてもらうと、本当にあっという間に時間がとけていって、 アフタートークだけで多分この後僕ずっと喋り続けるんじゃないかなというふうに思うので、 そろそろおしまいにしたいなというふうには思うんですけれども、 第1弾、第2弾とさせてもらっていて、また第3弾っていうふうに思ってるんですが、 第3弾はちょっとリアルであって乾杯でもしましょうかというようなところですので、 それもまた楽しみやなというふうに思っているところです。 こうやっていろんな方々のお話を聞く中で、やっぱりコラボ放送ってそういう意味では、 いろんな方の価値観、見え方っていうところも伝わってきますし、 教育っていう文脈じゃなくてもいろんな方とつながることってすごく大事だなというふうには思うんですよね。 でも今回こうやって自分たちと働いているフィールドが違うんだけれども、 でも教育に携わっている方々のいろんなお話を聞いて、今回竹田さんのお話を聞いて、 何よりも本当に幸せだったなというふうに思いますし、 今日1日、やっぱり僕も楽しむマインドっていうふうに持ちながらやっていきたいなというふうに思ったところです。 改めて竹田さん、今日は本当にありがとうございました。 というわけで、コメント返しですけれども、まとめてまた後日送らせていただきたいなというふうに思っています。 本当に楽しかったな。 今日1日、ぼちぼち頑張って5連休で迎えに行きましょう。 というわけで、今日の放送も最後まで聞いていただいてありがとうございました。 また次回の放送でお会いしましょう。 それではまた。 もっと見る学びのクロスロード〜まなクロ〜こみっく@小学校のせんせい00:131.オープニング01:092.今日の放送は40:203.三木市教育委員会 武田さんとコラボトーーーークVol.2🌈03:574.アフタートークコメント感想・質問・応援メッセージを書こう ゆき昨日楽しい対談でした✨今まで、私が知る武田さんは、バスケ部だった夫の先輩という、ほんの一面だけでした。でも、これまで歩んでこられた教師として、そして指導主事としての武田さんの歴史を知り、夫より武田さんのこと詳しくなったような気がします笑昔、夫が「先輩がしてくれたことを後輩にしたい。」と言っていたことがあり、きっと武田さんはその頃からご自分もまわりの人も楽しくなるように考えてくださっていたのだと思います😌2返信 土屋綾乃一昨日アーカイブありがとうございます🙏✨こみっくさん、武田さんのことナイス深掘り‼︎5656しながら体育を中心に学級経営かぁ〜😳心残りのところ、今後できないかなぁ…🥹まだまだ足りないので第3弾お願いします🙏ちょっと私も武田さんと飲みに行きたくなっちゃったな〜🤭3返信 伊藤 寧一昨日武田先生がすごく楽しそうに話されている!こみっくさん、聞き上手に引き出し上手!!3返信 Asu ka一昨日武田さん、おはようございます☀前回のコラボは…こちらです⇩https://r.voicy.jp/EGV330pn6Vy子どもに絶対負けない‼️全力で楽しむ武田さん😍お茶目な武田さんも、しっかり者の武田さんも、どっちもリスペクトです😍第3弾、聞きたいのでぜひ私も飲みたいです🍻3返信 マイゾウ昨日前回のコラボ聞けていなかったので、探そうと思ったらココに…✨もーAsukaさん、ほんまさすがすぎですっ🥹しごできっ🫶リンク、ありがとうございまーす‼︎2 Asu ka昨日お役に立てて嬉しい😍2 朝日一昨日武田さんのストーリー、楽しく聴かせていただきました!最後の一年の子どもたちの話、そしてもっと担任や授業をやりたかったぁっていう想い、しかと受け止めました👍いろいろな想いがある中でも、現場ファーストで動いてくださっているんだろうなぁと想像します✨三木市の研修会が激アツなのは、何事も楽しむ武田さんのマインドがあるからこそですね!関東の私は、なかなか三木市にお邪魔できないんですが、武田さんが指導主事を続けられている間に、三木市行きたい気持ちはたっぷりあります😅3返信 もっと見る
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#421 真似し合う文化を教室に根付かせるために 26分・9月11日・ 175再生AI目次模倣が成長を促す教室文化模範行動を即座に共有する秘訣「真似る」が「学ぶ」への転換点自主研が育む職場の一体感百人一首から学ぶ学級経営の極意
でも、これまで歩んでこられた教師として、そして指導主事としての武田さんの歴史を知り、夫より武田さんのこと詳しくなったような気がします笑
昔、夫が「先輩がしてくれたことを後輩にしたい。」と言っていたことがあり、きっと武田さんはその頃からご自分もまわりの人も楽しくなるように考えてくださっていたのだと思います😌
こみっくさん、武田さんのことナイス深掘り‼︎
5656しながら体育を中心に学級経営かぁ〜😳心残りのところ、今後できないかなぁ…🥹
まだまだ足りないので第3弾お願いします🙏
ちょっと私も武田さんと飲みに行きたくなっちゃったな〜🤭
こみっくさん、聞き上手に引き出し上手!!
前回のコラボは…こちらです⇩
https://r.voicy.jp/EGV330pn6Vy
子どもに絶対負けない‼️全力で楽しむ武田さん😍
お茶目な武田さんも、しっかり者の武田さんも、どっちもリスペクトです😍
第3弾、聞きたいのでぜひ私も飲みたいです🍻
いろいろな想いがある中でも、現場ファーストで動いてくださっているんだろうなぁと想像します✨
三木市の研修会が激アツなのは、何事も楽しむ武田さんのマインドがあるからこそですね!関東の私は、なかなか三木市にお邪魔できないんですが、武田さんが指導主事を続けられている間に、三木市行きたい気持ちはたっぷりあります😅