TOPビジネス経営・マネジメント高橋マシの頑張る人を応援するラジオ#100 【ゲスト】山川ユカリ物語〜上巻〜 食べて、傷ついて、恋をして。私の原点。58:04 7月23日 3,199再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次食への逃避と英才教育の試練カオスな家庭と4歳の静かな反乱姫から転落、弟への葛藤初恋が導いた人生初の本格ダイエットドイツ留学で得た自由と自立の萌芽AI文字起こし(β版) # ご挨拶☺️本日のゲストは山川ユカリさん 高橋ましの頑張る人を応援するラジオ、この番組は今まさに頑張っている、これから頑張っていきたいあなたに向けて、仕事や夢を一歩前に進めるヒントをお届けするラジオ番組です。 応援されるだけでなく、お互いに応援し合える、そんな世界になったらいいなという思いを込めて、今日もお届けしていきたいと思います。 時間の使い方シリーズを1、2とやってまいりましたが、実は今日はちょっとそちらをお休みして、ゲストの回となっております、山川ゆかり先輩ですね。 ライフスタイルオーガナイザー、料理研究家、VMD、他、中国茶エキスパートなどなど、様々な肩書を持つゆかりさんをお招きして、彼女の年表を振り返るトークをお届けしました。 インタビュー対談が終わった後に、このチャプター1を撮っているんですけども、56分の超対策、しかも上巻でございます。ゆかりさんを知っている方も、そんな人いるのね、という知らない方も、ぜひともゆったりと聞いていただけたらなと思います。それではどうぞ。 # チャプター 1 はい、ということで高橋ましの応援ラジオ スペシャルゲストを紹介したいと思います。 山川ゆかりさんです。 こんにちは、ゆかりです。 よろしくお願いします。 ゆかりさん、じゃあ早速ですけど、まずはちょっと もう盛り盛りなんですけど、自己紹介からお願いします。 はい、こんにちは。改めまして山川ゆかりと申します。 今私はなおさんとましさんといろんなプロジェクトで ご一緒させていただいているんですけれども、 それに至る経緯というか、本当にもともとビキンヨガのファン。 そうか。で、ひろたなおのスタジオ、ホーム、 都立内、東京都立内のまだ実店舗があったときに 通ってたお客さん。 通ってたお客さん、ご近所で。 私は本当にインスタグラムでなおちゃんの説明を聞いて なんてわかりやすいものだと。 こんなに説得力のある体に対して、 聞いたことないと思ってちょっとハマり、 それでパーソナルお願いしたりとか、 っていうのでお付き合いがあったんです。 そこがスタートですね。 私自身は30代の後半まで大手のアパレルメーカー オンワード菓子屋というところで。 オンワード、はい。もうみんな知ってる。 大丈夫です。 働いていて、VMDっていう、 ちょっとあんまり聞き慣れない言葉かもしれないんですけれども、 店内の内装だったりとか、 あとはスタッフのスタイリングとか、 ブランドに対するビジュアル関連の仕事すべて、 っていうことに携わる仕事をずっとしていました。 めちゃめちゃ重要な年ですね。 その前は普通に販売もやってましたし、 ダウンのモンクレールっていうところで働いていました。 モンクレールね。 はい、っていう感じで。 VMD時代に多岐にわたって、 イベントの企画だったりとか、 カフェの立ち上げとかもしたりして、 結構いろいろやらせてもらってたっていう過去があります。 今は子育てをしながら、 独立というか個人で、 いろいろVMDとか商品企画、レシピ企画、 あとは中国茶。 ここの辺からね、畳みかけるように。 でも、肩書きで言うと、 ライフスタイルオーガナイザー的なのとか、 あとは料理研究家的な顔もあるし、 レシピ開発とかもしてるから。 あとは中国茶マイスターでしたっけ? エキスパート。 エキスパートとか。 とにかく、ライフスタイルに関わる、 多岐にわたることをですね、 先輩のように教えてくれるっていうところから、 みんなからはユカリ先輩って言われております。 ちなみに私同い年でございます。 同じ月に生まれております。 本当に? ちょっと僕は20日間ぐらい早いんです。 ちょうど20日間、お兄さん。 というそんなユカリさんなんですけれども、 今日の山川ユカリ物語と題しましょう。 これはたぶんですね、 間違いなく今日だけで終わらないので、 やりながらですけれども、 2つに分けたいなと思います。 そして、今隣にオブザーバーとして、 ひろたなお先生います。 はい、私も付いております。 なおさんも絶対あると思う。 ツッコミどころがあったら、 バンバンオブザーバーとして。 ひろたさんのチャンネルなんであれですけど、 ここは逃せないぞってところは、 ちょっと行かせていただいて。 どんどん入ってきていただいていただければと思います。 一応ですね、ユカリさんの年表、 山川ユカリ年表を送ってもらったんですよ。 これも性格が出るなと、 今までいろんなゲストが出てくれて、 年表もらってますけど、 過去一、 長い。 長い。 みんながだいたいそうだな、 その辺の駅にあるフリーペーパーぐらいの サイズだとしたら、 工事園ぐらいかな、 やってまいりましたので。 でもでも、大きく分けると、 山川ユカリの幼少期、 小学生、中学生、 ドイツ高校生、 これドイツ行ってます。 で、大学時代があって、 で、アパレルに入った時、 そして店長時代、 ラグジュアリー時代、 VFD時代、 で、結婚、母になる、 現在っていう感じの流れなので、 これはもう上巻下巻で、 上巻下巻でいきたいなと。 なので今日は上巻ということで、 早速いきたいと思います。 幼少期の山川ユカリから、 ユカリ年表すごいな。 じゃあいきましょう。 送られてきておりました、 幼少期。 まずタイトルがついております。 食と安心の記憶。 あ、そうですね。 スマートに言ったでしょ、これ。 これはまず1981年生まれの、 ゼロ歳児の頃ですけれども、 山川家長男の娘として誕生。 幼少期から食べることで安心するタイプ。 これはどういう背景なんですか、いきなり。 ちょっと赤ちゃんのときから、 とにかく多分食べてたんでしょうね。 食べると泣き止むということですか。 泣き止むとか、とにかく食べるの好きだったんでしょうね。 これちょっとどこまで、 後ほどラジオだからさ、 分からないと思うんですけど、皆さんは。 ユカリさんこれ全部写真付きで送られてきてるんですよ。 ゼロ歳児の頃のユカリさんの写真があるんですけど、 めちゃめちゃぽっちゃりしていて可愛らしい感じですね。 小饅頭みたいな。 生まれたときから食べることが大好きだったということですね。 1983年2歳のときでございます。 繊細すぎる幼児、強制英才教育期へ。 これどういうことですか。 当時流行ってたんですかね。 幼児教室。 うちの母。 2歳。 父も母もなのかもしれないんですけど、 そういう英才教育気味。 分かるというか、 僕もお会いしたことあるんですけど、 しっかりされているというか、 きちんとされていて、 お紅茶とか飲みそうな感じ。 そんなこともないです。 でも分かる。お紅茶飲みそう。 2歳半から幼児教室って言って、 受験のための教室に通わされてたんですよ。 通わされてたって言っちゃいけないね。 いいんですよ。大丈夫ですよ。 当時だと珍しいですよね。今だったらね。 2歳だからね。 まあまあ前ですけど。 しかも一人っ子で、 そのときは一人っ子。 まだ弟が生まれてないから。 それで結構大人がいっぱいいる環境で育ってて、 超寂しがり屋だったんでしょうね。 だから結構お泊り教育とかがあって、 ギャン泣きでストレスしか感じなかった記憶があって。 苦手だったんだ。 怖かった。 知らない場所とか、 知らない人のところに連れてかれるの怖いし、 知らない場所で寝るの怖いし、 みたいな感じのところで、 ストレスしか感じてなかった時代な感じがします。 なるほど。 で、その逃げ場が食べることだった。 食べてますよ。 ゴリモリ食べてます。 ここにも書いてあるけど、 気が弱くて泣き虫な子という感じだった。 そう、本当に。 今じゃみんな考えられないかもしれないんだけど。 力強いもんね。 力強く大地を蹴ってる感じですもんね。 どこから変わったんでしょうね。 その辺だから出てきますから、どこかで。 そうですね。 このときはめっちゃ1000歳。 1000歳、3、2歳で。 お友達できない。 いいですね。 この細かさがね。 ゆかりさんってA型でしたっけ? B型なんですよ。 そうなのか。 B型なの? この細かさはとんでもないですね。 今までみんなから覚えてきた年表も小学校何年時代。 年号と年齢全部入ってるんで。 続きまして、1984年。 3歳の頃でございます。 昭和の油と煙に包まれて育つという、 小説みたいな見出し? これはどういうことですか? そんな英才教育な両親と真逆で、 うちの祖父母が、 祖父母?おじいちゃんおばあちゃん? すっごい土生はみたいな。 土生は? DVおじいちゃんの。 DVおじいちゃん? DVおじいちゃん。 おばあちゃんに水引っ掛けるみたいな喧嘩したの。 でもだから昔は。 しゃぶ台ひっくり返す。 しゃぶ台ひっくり返すみたいな。 星ヒューマンのお父さんみたいな感じだ。 でもそうだよね。 それ昔はだから割と普通というか、 ありますか? 商売やってたんですよ。 何やってたんですか? 蕎麦屋と煙草屋やってたんですよ。 すごいね。 本当にいわゆるガラガラ。 横から上げて煙草って書いてあって。 煙草って書いてあって。 それが幼稚園の近くだったので、 私は大体幼稚園の後そこに連れられて、 おばあちゃんにピックアップしてもらって、 そこですんごい油の天ぷらそば。 なるほど。 だから油と煙なんだ。 タバコ屋だから。 チェーンスモーカーのおじいちゃんの煙ずっと吸ってるから。 っていう環境にいたっていう。 なるほど。 面白い。 いい入りですね。 ちょっと次のチャプチャーいきますよ。 # チャプター 2 はい、そして油と煙ってそういうことなんですね。 お蕎麦屋さん、どちらかというとおばあちゃんといつもいたってことですか? いや、そこに一緒に住んでたので、祖父母とは。 そこはね、結構密にずっと一緒にはいるんですけど、大人のいろんなものを見た感じ。 3歳だよね。 祖父母はずっと喧嘩してるし、うちの外は暴走族が通るエリアなんで、横浜の。 横浜の大体どこ、場所らへんに行ってもいいんですか? 16号沿いですね。 16号沿い。 横浜の16号って言ったらやっぱり暴走族がパラリラずっと。 パラリラですね。 毎日。 パラリラ久々に聞きました。 あれですね、ユズの出身地の近くですね。 へー、そうなんだ。 岡村中学ってすっごいドヤンキー。 僕が小学校ぐらいに読んだぶっ込みの卓という漫画があるんですけど、暴走族漫画。 あれの舞台は横浜なので、まさにその辺でございます。 そんな煙と油と暴走族と、結構だから、なんて言うんだろう。 稲鯛3歳児ですね、今のところ。 4歳児ぐらいかな。 じゃあその4歳の話。1985年4歳でございます。 お受験戦争、全面敗北。 もうここで敗北を味わうのね。早っ。 だからもう英才教育を受けてた、0歳から4歳までめっちゃ勉強してたけれども、全面敗北だったんですか? 敗北っていうかもう嫌だったんですよね。 あ、そっか。ステージに立ちたくなかった。 立ちたくなかった。もうそんな格好もしたくなかったし、 もうなんかいろいろ自分のやりたいっていうことではないことがどんどん降りかかってくるわけですよ。 こっちで喧嘩しててさ、こっちで。 そうだよね、そりゃ。 結構ね、すごいカオスな環境だったんでしょうね。 確かに。これ書いてあるのはおもろいんですけど、 人生初の静かな反乱が始まる。 4歳。 でね、わざと違う答えを書く。 お弁当摘みをぐちゃぐちゃにカバンに突っ込むっていう、 だからここにも書いてますけど、よい子レースへの反抗だったんだね。 そうですね、多分ね。もうなんかやらされてる感しかなかったんでしょうね。 でもなんかわかる気はするな。 本当に嫌で、だからもうやってやったみたいな。 これ4歳って書いてありますけど、だから5歳だよね。 5歳か、4、5。 受験、4、5歳。 小学校の受験?小学校に入るってこと? うまく言葉にはできなくてもこういう態度で自分の気持ちを表してたってことですよね。 そういうことでもやったら怒られなかった? ずっと怒られてましたよ。怒られることしかしない人。 でもわかんなかったんでしょうね、それをやってる理由がね。しょうがないよね。 いいですね。 一生反抗期って言われてたんだ。 なんかもう中島美由紀さんの音楽が聞こえてきますわ。 ちょっとね、山川ゆかりさんは想像できないんですけど。 どういうふうに今のゆかりさんが焼き上がっていくのか、ここが楽しみなところなんですけど。 ここから焼き上がったらひねくれ物語。 もしかしたら、もしかしたら、今日の山川ゆかり物語、上巻は焼き上がらないかもしれない。 お楽しみに。 続きまして、1985年6歳でございます。姫、王子誕生により歓楽。 意味が悪い。 僕自身のセンスが最高なんですけど、弟が誕生ですね。 そうなんです。 これは何か起きそうなんだな。 とにかく受験戦争を蹴って蹴って、お弁当をぐちゃぐちゃにしてバッグに入れるんだから。 小学校なんて受かるわけないじゃないですか。 せっかく親をビシッと決めて、面接しに行ってるとき、見えなくなったとパンとぐちゃぐちゃにするから。 落ちたってこと? 落ちた。 全落ちで、地元の小学校、公立の小学校に入学したんですけど、そのタイミングで弟が生まれてきたんですよ。 何かが起きそうです。 弟が登場でございます。 本物の長男が生まれちゃったわけじゃないですか。 そっか、男だもん。 しかも古き家庭だと長男って大事ですもんね。 なるほど。 それまで姫だったのに、とりあえずそんなにワイルドに生活してたけど、 一番だったのが完全な二番にもなって、 すごい話。 視線が全部弟に行く。 6歳、すごい多感というか、繊細がより繊細になってたから、わけわかんないですよね。 わけわかんないね。 どういう行動に走ったんですか? 食べてた。 食べる。 とりあえず平和。 しかも書いてあるんですよ。 しかも時代は冷凍食品、スナック菓子、ジャンクフードの黄金期ということで、とりあえずおいしいものだらけだった。 たぶん当時、冷凍食品デビュー時代じゃないですか、私たち。 そうなのか。技術的にもね。 例えばどんなんですか、冷凍食品。 ポテトとか。 冷凍のポテトとか。 唐揚げとか。 そうそう、唐揚げとか。 骨付き。 チキチキボンはそれぐらいかもね。 そうなんだ。 じゃ、もりもりもりもり食べてて、小一のぐらいの時ですよね。 そう。 じゃ、ぼっちゃりしてたんですか? ぼっちゃりどころじゃないですよ。 ぼっちゃりってことでしたっけ? だからストレスってことですよね。 ストレスだよね。 へー。 面白い。 食べるがやっぱりゆかりさんの中では幸せだったし。 暴力になったりとかしてないところが素晴らしいですよね。 確かに。 自己完結、内側で。 まあ、体に暴力を与えてますけどね。 まあね、食べるというね。 しかも人にね、与える。 昭和の時代って、おじいちゃんおばあちゃんとか、親もそうですけど、 食べることっていいことっていう。 だからキャンプフードっていう発想というよりは、 もりもり食べてるからいいことだっていう感じで、 全然それ止めてもらえなかったですね。 なるほどね。 じゃあそこは大きくなっていっちゃったところもあると思うんですけど、 で、そんな中唯一安心できたのが、母方の祖母の家だったということで、 あれ、そのタバコと蕎麦は父方? 父方。 ああ、そういうことか。 母方のおばあちゃん家。 これはどういうあれなんですか? でも本当にただちっちゃな自転車屋なんですけど。 自転車屋なんだ。 自転車。 場所は? それも横浜。 横浜なんですね。 はい。 なるほど。 なんですけど、そこはすごいなんか、私を大切にしてくれてた感じが、 みんなそこにいる大人たちが。 ああ、なんか分かるな。 父方のおばあちゃんと母方のおばあちゃんで、ちょっと違ったね。 大阪の方が、尼崎が母方なんですけど、関西のおばあちゃん、じいちゃんは、 やっぱり群馬とは全然パワフル。 いつも甲子園とか連れてってくれたし、とにかくめっちゃおごってくれた。 可愛がってくれてね。 あと、町だった。大阪の町よ。 飴村とか。 なんかいっぱい連れてってくれた思い出があるから、 なんか全然違いますよね。 違いますね。 なるほど。 やっぱりね、そこが違うから、やっぱりそこに入り浸るようになるじゃないですか。 なるほど。 やっぱりみんな可愛がってくれるから、商売してたから、 軽トラとか乗せてもらって、いろいろ配達一緒に行ったりとか、 そうするといろんな大人と絡む。 私もその時間がすごい楽しくて、 なんか私ここがいい場所だみたいな感じになって。 なるほど。 その頃ぶっちゃけ今6歳ですよね。 はい。 弟は何歳になるんですか、この時。 0歳。 0歳。 どうなんですか、その隠しというか、別に。 そこは大丈夫ですか。 ひどかったので、私が。 はい。 弟可愛かったんですよ、しかも。 ああ、イケメン。 イケメンというか。 イケメンというか。 可愛いらしい。 可愛い赤ちゃんで、可愛いし、 こっちね、言っちゃいけない。 大きい。 たくさん食べてるからね。 たくさん食べてるし、 で、こっちもう弟は可愛くて、可愛い可愛い。 なんで可愛い子なのって言われてて、 こっちお姉ちゃんなのに、 可愛くないわけですよ。 余計になんかその、 なんでこんな可愛い子が生まれてきちゃったんだって言って、 首絞めそうになったりとかして。 危ない危ない危ない危ない。 危ない危ない危ない。 首絞めてないからね、皆さん。 ボイシーさんすいませんね、これは。 危ない危ない。 バンしないでくださいね。 いや、あるよね。 俺だからそこ気になったんだ。 でも結構これ、 お兄ちゃんとか、 男女兄弟は結構ある気がする。 あるよね。 お母さんが男の子だけをすごい可愛がっちゃうとかって、 私の友達もすごいお兄ちゃんのこと嫌いでした。 ああ、そういうのあるのか。 なるほどね。 でも好きですよ。 弟のことは別に好きだし尊敬してるけど、 そのね、ルッキズム的にというか、 可愛いのがなんでこんなに違うの? それはもうその時から思ってたのね、ゆかりさんが6歳の時から。 子供ってそんなこと考えるし覚えてんだね。 なんかちょっとこの昼ドラ感もありますね。 昼ドラみたい。 今までのストーリーが。 でも主人公6歳なんだけど。 まだ6歳ですよ、皆さん。 では次のチャプター行きましょう。 # チャプター 3 ケータダに乗せてもらって、いろんなところの配達とか連れてってもらって、他のお家に可愛がってもらったりしてるっていうのを想像するだけでなんか泣けてくる。 泣けてくるね。そんなゆかりさんの幼少期。 泣けてくる。あの時間は良かった。 なるほど。そして幼少期が終わりました。次のシーンに変わります。 小学生時代。可愛いに救われた時代ということでタイトル書いております。 1988年9歳。リボンで人生が変わる。これは?リボンって雑誌? 雑誌。みんな読んでましたよ。よくたまにボイシーでもいろいろ話します。 僕はコロコロコミック。 そうですね。コロコロコミック、少年ジャンプ。 ボンボンとかジャンプだったんですけど、リボンって女の子の漫画? 漫画。 リボンで人生が変わる。 やっぱりリボンに出てくるヒロインってみんな明るくて可愛いんですよ。 そうなんだ。 本当に少女漫画リテラシーがないか。全くないやん。分かんない。一回も読んだことないかもしれない。 でもジャンプとかの主人公だって暗いとかあんまないじゃないですか。 普通でみたいな。 ルフィとかボクみたいな。 主人公って感じですね。 ナルトみたいなね。なるほど。 リボンを読んで、これ書いてあるのが、今よりずっと子供への言葉が容赦ない時代。太ってると普通にからかわれる。デブはいじられる時代を生きるっていう風に書いてて。 これお写真ついてるけど、ゆかりさん一番右。でも確かにこっちゃりしてる。 こっちゃりじゃ分かんないぐらいですよね。 でも顔がかわいい。 この写真よう出てきましたね。 人の2倍ぐらい横幅あるみたいな感じ。 なるほど。これが9歳だから小3とか。 友達ができ始めて、同時にファッション、イラスト、漫画、原宿カルチャーにハマっていく。横浜だから別に行けんのか原宿。 原宿超好きでした。 当時の原宿ってどんなんすか。ゆかりさん9歳でしょ。 記憶にあるのは。 タケノコ族とかじゃないですよね。 タケノコ族のアングル。 もっと前ですよね。 タケノコ族は私たち生まれた頃じゃないですか。 ブランキー・ジェット・シティとか、チャチャ・カツマッタさんとか。 チャチャとかね。 それはもっと前なんだ。 私の時代というか、私が原宿にハマったのはやっぱりブームだったのが芸能人のショップ。 山田栗子のカレー屋さんとか。 山勝ショップ。 ビートたけしさんの店とか。 芸能人ショップあったね。 あったんですよ。昔。 竹下通りですか。 竹下通り。 俺は行ってないけど、竹下のカレー屋さんとかどっか山の方にもあったんだよね。 そうなんですね。 子供の頃行った覚えあるわ。家族で。 確かに。 グッズが今のいわゆるシールとかにハマっている感覚とか、 ああいうキャラクターのふわふわの。 ラブブみたいな。 ラブブみたいな。 それが山田栗子だった。 そうです。そうです。 スイカのマーク。 同世代の人は分かるってなるかもしれないけど。 なぜなら3世代から山田栗子さんのこと知らなくなるんで。 何で知ってますか。 急に。 山田栗子さんのグッズを今のシールぐらい集めてるってのはちょっと信じられない。 とんでもない人気でした。 とんでもない人気でした。 女子カラーも人気だったってことは。 スイカのマークだったんだね。 かんさんの愛は勝つとかさ。 あとウィンクとか。 あとあの辺だよね。音楽も連動して。 もうなんかテレビ、今日時代ですよね。 テレビ大好きだったですよね。 何が好きですか。何見てました。 全部見てました。 ドラマも。 ドラマも。 ドラマも見てたし、昼ドラも見てたし、 ずっとテレビ見てました。スキハラバ。 だから山勝とか。 なんだろうな。 めっちゃ見てたけど、 ごっつい感じとかのほうが。 そうですよね。 それが中学ぐらい。 小1ぐらいの6歳だったね。 小1ぐらい何見てたか。 でも4人も奇妙な物語とかやってましたね。 毎週とかやってましたよね。 とんでもなく怖かったですよね。 心霊写真とかの番組とかもありましたけど。 めっちゃあった。ゴールデンで。 UFOを呼ぶやつとか。 ネッシーとかね。 だって学校で実際やりませんでした? 普通に心霊写真撮れたとか。 だってそっからですよ。 稲川隼士さんにはまりすぎて。 稲川隼士さん好きですよね。 好きですもん。J.I.って呼んでたぐらいですから。 何回もたまたま地元の栃木県足利のアピタがあるんですけど。 アピタ行ったらたまたま3回J.I.がトークライブやってて。 運命ですね。 運命でそれぐらい僕は本も買ってたし、ビデオも見てたし。 J.I.すごい。 めっちゃゆかりさんゲストの会なのに雑談ですけど。 いろんなお話があるんですけど。 最後なんかお前だみたいな怖いとこあるじゃないですか。 J.I.の話の中でバーさんがガシっていうところがあるんですけど。 その話死ぬほど聞きすぎて。 J.I.がアピタでトークライブやってるときにバーさんがガシってこの後来るっていうのを 一緒にバーさんがガシって。 かわいい。 言ったら稲川隼士さんがむちゃくちゃ怖い顔でこっちを睨んできて。 それがもうホラーだね。 一番怖い顔。 とんでもない。今考えたらそんなパンチラインを客に言われるっていう。 確かに。 それぐらいJ.I.大好きですよね。 そんな同世代等群に花が咲きますが。 1990年小学生時代。 勉強しなさいとかわいいのはざま。これはどういうことですかゆかりさん。 引き続きでもうちの両親は諦めずに受験をさせようと。 小学校は公立だったけれども次中学? そうですね。エリアもエリアだったのである程度ちょっと心配もあって 私立に行きなさいっていうスタンスで。 某層族とかいるエリアの。 そうだよね。 シシュ入ってるんでみんな背中に。 僕ら世代は入ってましたね。 学乱に。 天上天下唯我独尊とかね。 本当にディーゼントで反乱にボンタンみたいに歩いてるんで。 心配だなそれは。 で、そこからですね。 習い事、古装備時代。 塾、スイミング、ピアノ、体操、修士。 できない自分を確認し続ける毎日。 つらいな。 本当に体操とか本当にただの人は太ってて動けないのに。 みんなの前で転ばされるしさ。 飛べないし走れないし。 つらいな。 だから自己肯定感が育たないっていうフルコース。 でも反抗はしなかったんですか。 塾、スイミング、ピアノ、体操、修士。 行けって言われて。 当時の両親っていうか。 言えない言えない。 別にもうお前のために売ってんだみたいな言われたらもうはぁってなるじゃないですか。 そうかそうか。 行かなきゃだよね。 でもとりあえず行ってここに書いてあります。 特に体操。 ただでさえ太っていて動けない。 みんなの前で転ぶ、飛べない、走れない。 自己肯定感が育つわけないっていう。 これもう小説ですもんね。 小説書いたらわかるでしょ、ノートで。 でもねそっからね唯一好きだったのがペン修士だったという風にあります。 これは文字。 文字。 字きれいだもんね。 字きれいだね。 ちょっと癖はあるんですけど、字好きなんですよ。 朱字はそんなに得意…朱字ってか、墨汁での朱字は、筆はそんなに得意じゃないんですけど、 ペンはすごい好きで、結構ペン修士だけはスタンス感、位が上がっていって。 あるんだ、位みたいな。 そうそうそう。 なるほどね。 だったんですよね。 でもなんか、結果得意になりかけたペン修士も挫折って書いてあるんですけど、これは何があったんですか? 本当にそのDVおじいさんが、うちの… DVおじいさんが。 サバコ、サバコそばの。 そうそうそう。 DVおじいさんは、文集を見せた。 まあ見せるじゃないですか。 うん、書いてきたよって。 そう。1年終わった時に何年生のとか書きますね。 で、3年生ぐらいの時に、家帰って文集じゃあゆかりの見せてみろみたいなこと言われて、 これだよって言って。 当時はほら、印刷がさ、タイピングじゃなくて、普通に自分で書いた文字が印刷されるみたいな。 あったね。 あったあった。文集。 あったあった。文集。 こっちきそが止まるやつ。 テープみたいなのりで止まってるやつ。 あったあった。 あれで、もう私的にはいい文章も書けたなって思って出すじゃないですか。 おじいちゃんに見せたら、お前は字が汚いって。 圧倒されて。 私、すごい字上手なはずだって。 そうだよね。編集人は。 でも、お前は字が汚いんだみたいな。 言われて。 もっとこんなんじゃよくだなみたいな。もっと頑張れみたいな。 はい、頑張ってるつもりなんだけど。 なんだって思って。 さすがにその時はうちの母が怒鳴っておじいちゃんやり込めましたけど。 怖いな。 ちょっと待ってよ。 やり込めてる。 なるほどね。 頑張ってんのにおじいちゃんこんなこと言って。 なるほど。 面白い。 それで、いろいろあった中で挫折ということで次に行きましょう。 # チャプター 4 いやーこれ今までいろんなゲスト来てくれましたけど全然展開が違う。いや違いますね。もう想像しながらみなさん。 今のゆかりさん知ってるから笑えますけどそこだけ切り抜いたら結構ね。そうだね。ちょっと心が大事、心配になっちゃうよね。心配になっちゃうよね。 でここ書いてありますね。勉強を頑張る意味がわからない。漫画を読みたい。テレビを見たい。絵を描きたい。なのに毎日勉強しなさい。ということでここでストレスがまたまた溜まっていくわけですね。 そしてどうなったんでしたっけ。食べる。食べます。またそこで食べます。食べます。今の料理の上手の理由は過去に。食べる。食べまくってきたからっていうのは。 食べまくってましたね。家のご飯も食べてたし、もうマックとかも大好きだったし、ポテチも大好きだったし。すごいな、油。なるほどね。食べて。でもねここからがちょっとなんかね光り輝き出すんですよ。 そんな完全に負のスパイラルの中ね。そんな娘をどうにかやる気にさせたかったのか。ある日母から私立中学の制服名刊を渡される。制服の本。そうなんです。当時ね多分ね同世代で受験した子はみんな見てたであろう。 本当に自分のエリア周辺の制服が全部載ってるんですよ。そんなの。だから怖い制服を選べる。選べるっていうか学校行かなきゃ着れないってことね。そう。そこの学校に行くために、その制服着るために頑張ればいいじゃんっていうスタンスの本があったんですよ。確かに制服で選ぶは超ありましたよね。ありましたよね。 僕らだからね、ストニュー世代じゃないですか。高校の人気の高校の制服とかあったよね。カバンとか売れたもんだ。そうそう。法制みたいな。うちの白鳳大学足利学属高等学校のカバンとかめっちゃ売れたんで。売ってた売ってた。買ってましたもんね。他の学校の男子校のバッグ買って背負ってるみたいな。謎コミュニティですよね。今考えるとね。 でもそういう意味でちょっとやる気を出させようとして。制服メーカー見たら可愛い制服。超ここ行きたいとかって言って。じゃあもうちょっとそこでファッションとかそういうとこの繋がりなんですか。 そうですね。それで言うとこの時代からやっぱり可愛いリボン見てて可愛い洋服とか可愛い制服とか憧れが体大きいくせにあったのでいろいろ工夫はしてた。なるほどなるほど。でね、ここに行きたいっていう風に場所が決まったらお父さんから言われますね。これなんて言われました? 登り方面はお前は遊ぶからダメだって言われたんですよ。東京方面ね。登り方面。横浜から登る方。東京の方に近づくとお前は遊ぶからダメだと。そしてモチベーション一瞬で崩壊と書いてある。こんな細かいなんて言うんだろう。心に残る大きな言葉だったんでしょうね。当時のね。 だから本当感情がもうなんかリーマンショックみたいな感じの株価みたいな。上がったり下がったり。やりたいと思った瞬間に気持ちを折られるということで。この頃から自分の好きなものを家族に堂々と言えない。私の好きなものはダメなものそんな感覚になっていったというまた。怖いね。ピアノが流れてきました。 そんな9歳とかですかね。何回もこういうことを繰り返してたらそう思ってきちゃいますよね。で10歳です。1991年10歳。でもお母様とお父様の気持ちもね。分かりますよね。心配が故に。そうですね。それもあります。10歳。 かわいいを肯定してくれた祖母ということですね。サンリオ、ワンピース、食卓、マナ、美意識から始まる学びを知るという回でございます。これは母方のおばちゃん?そう。母方のおばちゃん。出ました。オアシス。ゆかりさんのオアシス。はい。ですね。サンリオとかに連れてってくれたんですか? そう。でも私がかわいいが大好きだったから、毎回おばちゃんと遊びに行くとサンリオ連れてってくれて、じゃあ1個何か買っていいよって言ってくれて、いろんなグッズを集めさせてもらったりとか、あと祖母の家で一緒に住んでるおばちゃんが私にお洋服をサイフォーしてくれたりとか、夢みたいなところだったんです。私からのところが。そうか。これかわいいね。ゆかちゃんに似合うね。全部肯定してくれるからな。 そう。ゆかちゃんに似合うよとかって言ってくれて、いろいろ用意してくれたりとか、なんかすごい幸せだなって思いながら。おばさんが私のためにワンピースまで作ってくれたんですか?そうそう。すごい。なるほどね。これいろいろと。 で、おばあちゃんに言われた一言がありますね。はい。ゆかちゃん、素敵な女性になりたいなら漢字は読めたほうがいいという。お作法も知っておいたほうがいいよっていうので、いろいろとそこで漢字とかマナーみたいなものをやるのがいいんだっていうのを。これ写真見ました?見てない。めっちゃかわいいよ。このゆかりさん。かわいい。っていうことです。ちょっとここでまた光が出始めますね。 で、この後海外に結構行くんですか? そうですね。当時そんなカオスな我が家だったんですけど、両親旅行に行くのが好きだったので、結構小さい時から毎年のように家族旅行には連れてってもらっていて、だから比較的近場ですけど、グアムとか香港とかシンガポールとかマレーシアとかみたいなところ。東南アジア中心に。はい。 は結構毎年どこかしらに連れてってもらってっていうのはしてましたね。 その頃の海外の頃何が楽しかったとか覚えてます? やっぱり香港。当時から香港が好きで。 へー。 あの空気と美味しい。大事ですね。 今のところ全てのところで食べるが出てくる。 大事大事。 美味しかった。 なるほどね。そこで海外も回ったりとかしながら育っていくわけでございます。 そして中学時代に入ります。シーンが変わりました。中学時代。美意識とコンプレックスの始まりということで何やらザワザワがありますけれども。 1993年の12歳の時ですね。中学受験。不完全年少。これは小6から中1になる時に中学受験する。 結果はどうだったんですか? 全然やっぱり勉強に身も入らず。身の丈にあった中高一貫校へ行くことになったんですけど。 そこの制服は気に入ったんですか? 格好良くない。 残念。 しかも親がいいっていうところだからすごい厳しいコースだったんですよ。 そうなんだ。 今見るとそこの制服私今はすごく素敵だなと思う。 当時はね。 当時はチェックのスカートでミニスカートでハイソックスでコンプレでみたいな感じが憧れてた時に超地味な制服で。 今はそっちの方が着たい。 新しい学校のリーダーズみたいな感じの服ですね。 そうかもしれないですね。 本当に上品な感じのね。 なるほど。中学。 膝下15センチのスカートに革バン、革カバン、革の重たいカバン。 なるほど。でもなんて言うんだろう。女子校なんですか? 女子校です。 えー。 そうなんだ。 すげー。もう全然違う人生だな。 うちのお母さんと真逆で、うちのお母さん女子校の厳しいところに私と一緒に見に行って、 あーもう嫌だ。こんなところは入らなくていいってすごい言ってました。 えー素敵。 すっごい校則厳しくて、私が見に行った私の方がスカートが短くて、高校生の先輩方より。 その時にもうすでにめっちゃ睨まれたりとかして、それでこんな校則厳しくて女子校とか行かなくていいってすごいお母さんは言ってました。 優しい。 理解があるかも。 中一でしょ。 いろんな考え方がありますよね。 もう僕がこの頃、かつあげされてました。 してたんじゃなくてされてました。 されてました。中一の頃はされてた先輩にしめられた。 多分地元から私もされてたんで。 結局上りの方には出られたんですか? 下りです。 下り。 鎌倉、鎌倉、鎌倉方面。湘南方面。 ちゃんと従うんですね。そんな中学時代が始まったんですけど、でも楽しかったんですよね。 やっぱりバッチバチすぎてみんな団結力で。 辛い校則を。 帰りはこれやって先生にバレないようにみたいなのが楽しかった。 そういうノリが生まれたわけですね。 次のチャプター行っちゃいましょう。 # チャプター 5 はいもう超大作でございますゆかり物語1995年14歳です 美術部鎌倉 そして恋でございまーす なんか新しい展開だぞみんな楽しみにしてこのタイトル 恋をきっかけに人生初の本格ダイエット やっぱ人を動かすのは恋なんだね わかめ豆腐長風呂生活です 面白すぎるじゃないですかどういうことですかこれ説明してください 中学で美術部とかに入って夏には鎌倉の海で彫刻を作ったりとか 休みの日には横浜のアトリエでデッサンしたりとか 比較的楽しく でもやっぱ勉強はしないんですけど ここでなんか近くの男子校の子たちと一緒の中学っていうか同じ年齢だったりするじゃないですか 流行ってたんですよね今考えればストーカーですよね でも先輩追っかけるみたいなのあったよねなんかファンクラブみたいなね 学校毎日同じ電車に乗るからいわゆるチーマー的な男子 悪い系ですか? スマート系チーマー スマート系チーマー おしゃれな 一緒に同じ電車にだいたい乗ってる いつも通勤が一緒って感じ 通学が一緒みたいな みんなやっぱり友達同士で私あの人がかっこいいと思ってるみたいな あるよね でも相変わらずその時私体も大きくてよく食べてたので こんな格好でこんなスタイルの子になんかかっこいいとか言われたくないだろうなと思って すごいメタ認知 当時からメタ認知能力高い これでも初恋ですか? 初恋は小学校ぐらい 本格的に自分を動かしたみたいな 人生初のダイエット これがわかめ豆腐長風呂 そうですかなりストイック ヌルヌルしてますね 毎日のようにジムのプールに通って スタッフクラブに泳いで 家帰ってきたらご飯は基本わかめと豆腐まず食べてから始めるみたい そうするといっぱい食欲が抑えられる わかめ豆腐オンリーじゃなくて わかめ豆腐の後に普通に行く その頃のダイエットとかって食べないもできたと思うけど それは食べる それで減らす とにかくお風呂に入って汗をかく 塩もみをする 粗塩を2キロくらい買ってきて どこでその情報得たの? 当時ネットもないし でもおかげさまでアレルギーとかも比較的治ったり 塩もみすることで 全然違う方法で治ってませんね おかげさまで ご家族はどんな感じだったんですか? 痩せた方がいいねって 比較的協力的だった 恋はどうだったんですか? 恋はあんまり覚えてないんですけど 13キロ痩せたんですよ 塩もみっていうのはキュウリに塩もみするのと同じように 自分の体になすりつけるんですか? なすりつけます 絶対皮膚科の先生にやめてくれって言われてたんですけど 絶対って何か思ったんですよね でもいわゆるアコーの甘塩買ってきて あれをもう お風呂で 立派にもう いいのか でもなんか僕が行ってるサウナっていうか あるわ塩ルームみたいな あれはなんかどういうことなのかなっていう でも今のエプソムソルト的な感じで それでもゴリゴリやってからお風呂入って お風呂にもうめっちゃ汗だるだる 美容健康法だった 肝心良くしてみたいな ゆかりさんしかも絵描いてたんですね 絵描いてました どんな絵を描くんですか? デッサンですよ 鉛筆が好きやからね 何かを見てってこと? はいだからアトリエに通ってた時は ヌードガンも描いたし モデルさんの 上手だもんねやっぱ ビューホームの いろんなお話する時にデッサンしてるの見ると 確かにあれ見てるだけで あれが作品みたいな感じありますね なるほどじゃあ鎌倉時代で中学校を過ごし 恋をしながら 美術もしてダイエットもして そして 多分本日ラストのシーンになるのかな 高校生時代 ドイツでございます タイトルは 自由の中で育った自由 これも気になる尾崎豊みたいな 歌詞タイトルみたいな これはどういう流れでドイツに 行くことになったんですか? 本当にちょうど私が中学校3年生の時に うちの父がスイスへ転勤になりました 高校生になるタイミングだったんですよ だからその転勤のタイミングが なので 私はもう当然日本に残りたい そうだよね 日本でプリクラ取りたいし 渋谷行きたいし みたいな感じだったんですけど 当然お前一人で日本置いておいたら どうなっちゃうか分からないので それでスイスに一緒についていく 4人ですか? お父さんお母さん弟とゆかりさんの4人で スイスに はい でもスイスには学校がなかった あったんですけど 日本人の 日本人のカリキュラム 日本の学校のカリキュラムで教えてくれる 良い学校がドイツにあったので そこに寮生活 ハメ入りとか 高校1年生で寮なんだ すごいねやっぱ 体験が 初ドイツ初スイスですか? 初ドイツ初スイス その時が で寮に入りました どうでしたかこの寮は また女子校なんでしたっけこれも 教学で 教学か コミュニティも小さいし 普通の日本の学校とは感覚の違う子しかいない 日本から行く子って少なくて いろんな各ヨーロッパの日本人学校から 日本の大学を受けるために 通いに来るので オール日本人? オール日本人 ハーフの子とかはいますけど 基本は日本のカリキュラムで 美術とか音楽とかだけ ドイツ人の先生だったんですけど 小さいコミュニティで 初めてのちょっとした一人暮らし そうだよね早いね 中高1だもんね どうだったんですか楽しかったですか? 楽しかった 親元離れられる 時が違って大変とはいえ そうか 嬉しいです 嬉しい どんな生活してた覚えてます? よくねスーパーに行って 肉屋に行って また食べ物買いっていうね 鶏肉の変な話ですけど もも肉って日本ってこういうパックに 骨から外れて売ってるじゃないですか はいはいはい 骨付きしか売ってないんですよ ドイツ? そういうスイスもドイツ ヨーロッパ結構 なので自分で骨からもも肉外して 料理してたんだもん そう親子丼とか あー出た 親子丼作ってもらったことあるわ ゆかりさんに その頃からの 高一 だからもう20年30年前の から始まっていた親子丼 しかも水地場が危ないからガスとか使えないんで ティファールの湯沸かし器で ケトルみたいな ケトルで親子丼作ってる すごくない? 肉をあれで焼いてたってことですよね そうです 煮るというか すごい 砂糖のご飯チンしてそこにかけてみたいな なるほどね そんな料理も料理住みながら仲間たちとともに 過ごしていたわけですよね そうなんです でドイツはどこまで行ったんでしたっけ 高校3年生まで?2年? 2年生 2年間で帰ってこなきゃいけなかったんで 2年しか行ってないんですけど 駐在というか なるほど じゃあ2年間はドイツにいて そこでねあれですよね 我々一緒にお仕事もしてますけど ユリちゃんに ここで出会うんだ ここで出会いました なるほどなるほど でも貴重な2年ですね 本当にもう家族以上に深くなる 時間を過ごしましたね じゃあゆかりさん的にはこの2年っていうのは すごい良かった すごい良かったですね で高校3年生の時17歳 1998年17歳 高校3年生日本へ強制帰還って書いてある タイトルがすごいざわざわするんですよね 日本に戻ってきました でこの後は大学受験ですか そうですね ここはどういうところを目指してたんですかね その時も相変わらず勉強はそんなにしなかったんですけど 日本帰ってきて楽しすぎて もうそうだよね爆発して 爆発しちゃって遊んじゃって もう大人ですもんね もうだって高3だもんね 高3の写真ね いつからかノートとかにゆかりさんあげてください ギャルピースしてるゆかりさんの写真がありますので この辺で帰ってきてめちゃめちゃ楽しいということで ラストじゃあ大学で締めたいと思います 長いですよね大学 # チャプター 6 はい、ということで1時間にわたりお届けしてまいりました。 すごい長い。大丈夫ですか? 大丈夫です。 最後、高校から高3で帰ってきて、めちゃくちゃ楽しい東京ライフを送るわけですけど、 いよいよ大学に行くわけですが、大学受験、これはどうだったんですか? 大学受験、中学生の時はアトリエ通ったりして美大行きたかったんですけど、 やっぱりドイツに離れてしまうと、美大用のアトリエとかも当然ない。 しかもそこまでのやる気は当時の私には持てず、結局美大は諦めて、 そうしたら私がやりたいことって何かなと思ったら洋服だったので。 ああ、そっか。そこが繋がるんですね。 ファッションはもともと好きでしたもんね。 それで洋服を扱っている大学、文化服装学院の女子大学があって。 文化の女子大なんてあるんだ。 そこに行きました。 なるほどね。 で、大学時代が始まります。 日を仕事に変える入り口ということですけど、この大学生活の時はどうだったんですか? 大学生活は本当に相変わらず文言も厳しいし、 とにかく文言も厳しくて自由になかなかならなかったんですけど、 やっぱり友達も同じファッションのことが好きでいて、 そういう環境の中でバイトするじゃないですか。 人生初バイトはこれから大学時代から? 人生初バイトは高校時代からバイトはさせてもらっていたんですけど、 受験が決まってから。 やっぱり接客始めたら接客楽しくて。 へえ。なるほどね。 そこからカフェでバイトをして、 最初はデパートの中に入っているカフェで、 高級なカフェで。 高級なカフェなんだ。 そう、マイセンという高級食器を使ったカフェでアルバイトし始めて、 でももうちょっとオシャレなのがいいなと思って、 当時みんな大好き、アスタヌーンティーでアルバイトして、 大学1年生。 アスタヌーンティーは大学1年生だね。 大学1年生。 アルバイトして、やっぱりバイトは接客楽しいなって思って、 そこから、なぜかうちの母が持ってきたチラシ、 ちょっとたぶんそれ勘違いしたと思うんですけど、 神奈川トヨタのアルバイト募集みたいな。 っていうのを母が持ってきて、 これいいんじゃない?ここいいんじゃない?みたいな感じで。 確かに車のショールームとかにいるお姉さんだったらいいかもなって感じで行ったら、 全然違くて、アウトドアショップだったんですよ。 なぜか若干ギラッとした大学生が、 急にアウトドアショップにバイト面接に行ったんだけど、 取ってくれて、そこから私もアウトドア… にはまった。 そんな思ってたのと違うところに行ったのに。 楽しかったですね。 アウトドアのグッズが売ってるってこと? 全部扱ってるショップだったんですよ。 ノースペースの服用とか。 アパレルもあるし、 私はアウトドアギアのテントとか、 それこそダッチオーブンっていって、 お料理するやつね、キャンプグッズとか。 テント建てたし、バーナーもつけたし、ランタンつけたりとか。 でもキャンプは好きじゃないですよね? 全然好きじゃないんですけど。 虫が嫌いになったもんね。 みんなでやって、知らないことを知っていく感じと、 普通にお客様に接客して、 10万円のテント売れるみたいな。 あの感じとかもすごい楽しくて。 そっか。 ここでだからちょっといろいろと、 自分の得意というか、 成功体験がね。 成功体験がいろいろ。 接客がまず好きになった。 好きだった。 好きだった。 お洋服が好きだった。 人と商品販売というか、 販売も好きだったっていうところが、 どんどん集まってくる。 集まってきた。 しかもポップとかも描かせてくれたんですよ。 えー。 だから描くのも好きだし、 だから商品のポップを描いたり、 自分の作品がお店で、 飾られる、 嬉しさ。 嬉しさもあるし。 あー、いいですね。 お客さんとアウトドアというか、 キャンプに一緒に行って、 お料理をみんなの前で作って、 デモンストレーションとかやらせてもらったりとかして、 とかそういういろんな体験を。 バイトで? そうなんです。 買い付けとかにも行かせてもらったりとかして。 あー、いいですね。 それはもう、 今のゆかりさんがちょっとここで出始めますね。 そうなんです。 そういう大学時代を過ごして、 おかげさまで扶養控除も外れ、 親から怒鳴られるみたいな。 働きすぎちゃった。 働きすぎてね。 働きすぎちゃったよな、そういう子。 扶養控除外れるぐらい稼いじゃったってことですね。 なるほど。 そしてそこから、 大学卒業後に、 アパレルスタート。 大学の、 4年生かな。 4年生の時に、 私がずっと長らくお世話になるジョゼフっていうブランド。 ジョゼフ。 大学4年生の時にジョゼフだ。 はい。 入ったってことで、 すみません、お時間でございます。 さすがに長らく。 すみません、長らく。 気になる。 ここからジョゼフのアパレル時代もね、 気になるけど。 一番大きな、 今のゆかりさんの明るい優しいゆかりさんになる、 一番大きな転機は、 何だったんでしょうね。 こうやって振り返ると。 まだ幼少期から今、大学生まで。 おばあちゃん。 おばあちゃんでかいね。 絶対おばあちゃんでかいね。 母方のね。 おばあちゃんによる、 お洋服作ってもらったとか、 どういうところが一番ゆかりさんにとって大きな転機? でも、 恋でしょ、まず。 あ、恋か。 恋もあるね。 ただドイツは大きいかもしれないですね。 ドイツか。 調整して離れて、 みんなと協力して、 すごい楽しかったんだもんね。 しかもその時はちょっとやる気になってるから、 勉強も楽しくなってたんですよ。 好きそうですもんね、本来は。 機械的に生きるようになったのがそこからってこと? 自分のやりたいこととか、 興味が持てて、 教えてもらってっていうのをやっていくうちに、 なんか、 面白いのかもな、勉強も。 って思ったのがありました。 いいですね。 でも明るい感じで、 最後終われてよかったね。 とりあえずシーズン1、 気になっちゃうから。 すごいところで終わっちゃったから、 リスナーの皆さんも、 よかったよかった。 めでたしめでたし。 一旦めでたしめでたしで、 この後のアパレル時代も、 いろんな苦労もあると思いますけれども、 編集に怒鳴られたあたり、 もうやばかった。 ちょっとね、 なんか、 えー、褒めてあげてって思ったもんね、 話聞いてて。 でも面白いですね。 激動の、 なんかドラマチックですね、 ゆかりさん。 ドラマチックに自分で仕立ててるのかもしれないけど、 そういう風に感受性が育ってったっていうか。 なるほど。 面白いわー。 ということで、 ぜひともよかったら、 ゆかり年平、 これフルじゃなくても、 ゆかりさん、 ノートもやってるから、 配信見てほしいね。 ノートの方にも、 ぜひちょっと点採していただいて、 ぜひみんな、 文章でも見たいと思います。 はい、ということで、 本日、 山川ゆかり先輩、 えー、 上官ですね。 山川ゆかり物語、 上官、 終了とさせていただきます。 ありがとうございました。 ありがとうございました。 で、最後はちょっとお知らせなんですけど、 今週末ですよ。 7月25日、 スタジオR式駅前店で、 えー、 山川ゆかりさんによる、 スタイラップマーケットという、 マーケットイベントやります。 お願いします。 えー、 まあ言えたら、 振り間なんですけど、 ゆかりさん、 オリジナルでもね、 トートバッグ作ってたりとか、 いろいろ形のプロジェクトのやつとか、 まあ、 売ります? えっと、今回は予約を受け付けていて、 うん。 それで、 ご予約いただいた方に、 スターターキットとか、 お茶。 中国茶は、 はい。 販売させていただくようにします。 中国茶の販売とか。 はい。 あのトートバッグもめちゃくちゃ、 まだありますよね? あります。 でも皆さんなんか、 この前のイベントでも持ってくださってて、 すごい感動しました。 あれ可愛いですね。 ありがとうございます。 やっぱ、 僕も持ってますけど、 あの、 おしゃれトートバッグ、 ありますし、 今度、 形の話とかもね、 シーズン2というか、 下巻の方で。 なんか、 ゆかりさんの前なんか、 シーズン1とかじゃなくて、 上巻、 下巻。 ハリーポッターみたいな。 わかる。 下巻の話も、 下巻も、 早めに、 早めにやりたいなと思いますので、 改めまして、 山田ゆかりさんでした。 ありがとうございました。 ありがとうございました。 もっと見る高橋マシの頑張る人を応援するラジオ高橋マシ01:221.ご挨拶☺️本日のゲストは山川ユカリさん09:372.チャプター 109:293.チャプター 209:494.チャプター 309:175.チャプター 409:456.チャプター 508:487.チャプター 6コメント感想・質問・応援メッセージを書こう shiori7月24日ものすごい没入感!!!映画観たかのような疲労感です(笑)オシャレで愛情深く知的で洗練されているユカリ先輩✨焼き上がった過程、人生は小説よりも奇なりですね🥹✨2返信 山川ユカリ7月24日shioriさん✨コメントありがとうございます。疲れさせてごめんなさいーー!🤣笑人生は小説より奇なり!なんて。私の場合、らそんな、素敵な話ではないにせよ、みんな心に残るドラマは現実にありますよね。🤭 コロッケ大好き🌺のんたん🌺7月24日マシさんこんにちは♪楽しく聴かせて頂きました。ユカリ先輩の過去色々あったんですね😅ユカリ先輩に会う度にお肌ツルツルでそこにばかり目がいってしまう私。きっと毎日パワフルで充実した日々を送られているのでしょうね。横浜は主人の実家に近いかも🤭そして大学はまさかの私の母と同じです‼️勝手に親近感🤣下巻も早く聴きたい♡ユカリ先輩の魅力は何から育ってきたのか興味深々です。楽しみにしています♪3返信 山川ユカリ7月24日のんたん🌺さん✨コメントありがとうございます✨お肌ツルツルなんて!💆♀️嬉しい!お手入れ頑張りますー💪🤭しかも、ご主人がお近くのご出身&お母さまが先輩でいらっしゃるとのこと!なんだかすごく色々近そうですね✨お会い出来たらいろんなお話ししたいです❤️1 コロッケ大好き🌺のんたん🌺7月24日返信ありがとうございます♡明日のstyle upマーケットとトークライブ行きたかった😭今度是非また機会がありましたら伺わせていただきます!私は志木店1周年の際にユカリ先輩のJoseph黒ジーンズゲットしました✌️またお会いできる日を楽しみにしています❣️ あっこ7月24日ユカリ先輩ストーリーの上巻、楽しく拝聴しました!以前何かで『人のセンスはその人の人生の移動距離と比例する』と聞いたことがあります。まさにセンスの塊のようなユカリさん✨下巻も楽しみに待ってまーす🎶3返信 山川ユカリ7月24日女神🗽あっこさん✨コメントありがとうございます。そうだ!センスを磨きにまた旅に出なくっちゃ💨🤭🤭🤭なんて。そんなに素敵なもんじゃぁありませんが、育むことは大切ですよね♡下巻もお楽しみにしてくださるとのこと。嬉しい☺️です。1 かおちゃん7月23日ゆかり先輩物語楽しく聞かせてもらいました!運動会でお見かけして、 本物のゆかりセンパイだぁーっ(私の方が全然年上ですけど(笑))素敵って遠くから見てました😆思いきって声かければよかったなー。物語の続きが楽しみにしてます🥰5返信 山川ユカリ7月23日かおちゃんさん✨コメントありがとうございます!とんでもないです🫡ぜひ次回はお話しさせてください!お気軽にお声がけください!続きも聴いてくださるとのこと。嬉しいです🤭楽しく聴いていただけると嬉しいです✨お楽しみに♡ スーブータン7月23日まだまだ聴いていたい山川ゆかり物語でした🌿キーワードから想像を膨らませて聴いたり、りぼんの辺りからは自分の子どもの頃と重ねて懐かしくなり、高校生からの寮生活の話は息子と重ねたり…たくさんの方との出会いと触れ合いだったり経験の豊富さが、素敵な今に繋がっているんですね✨もっと知りたいゆかりさんの下巻の放送が楽しみです💗中巻もあったら、もっとたっぷりとお話聴けますね😁5返信 山川ユカリ7月23日スーブータンさん✨ありがとうございます!ついつい話に花が咲いてしまって長くなってしまいましたが、、そう言ってくださりありがたいです✨息子さん、寮で生活されているんでしょうか?グッと頼もしくなられますよね。素敵な経験ですね!私も寮生活はとても良い思い出です。1 スーブータン7月23日ユカリさんありがとうございます😊そうなんです、箱入り息子から一気に脱却して寮生活を今しています😆色々大変みたいですが、ユカリさんのように高校生活でたくさんの経験をして、あの頃も良かったと思える人生になってくれたら母としては嬉しいです✨次回の放送も楽しみにしています🌈1 もっと見る
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疲れさせてごめんなさいーー!🤣笑
人生は小説より奇なり!なんて。
私の場合、らそんな、素敵な話ではないにせよ、みんな心に残るドラマは現実にありますよね。🤭
お肌ツルツルなんて!💆♀️嬉しい!お手入れ頑張りますー💪🤭
しかも、ご主人がお近くのご出身&お母さまが先輩でいらっしゃるとのこと!なんだかすごく色々近そうですね✨お会い出来たらいろんなお話ししたいです❤️
そうだ!センスを磨きにまた旅に出なくっちゃ💨🤭🤭🤭
なんて。そんなに素敵なもんじゃぁありませんが、育むことは大切ですよね♡下巻もお楽しみにしてくださるとのこと。嬉しい☺️です。
物語の続きが楽しみにしてます🥰
続きも聴いてくださるとのこと。嬉しいです🤭楽しく聴いていただけると嬉しいです✨お楽しみに♡
たくさんの方との出会いと触れ合いだったり経験の豊富さが、素敵な今に繋がっているんですね✨
もっと知りたいゆかりさんの下巻の放送が楽しみです💗中巻もあったら、もっとたっぷりとお話聴けますね😁
次回の放送も楽しみにしています🌈