TOPビジネス経営・マネジメントナカハラジオ:中原淳の「ひとづくり・組織づくり研究所」A面 なぜわたしは人材開発研究をはじめたのか?:「引きこもり」からの脱出!?16:30 8月3日 1,298再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次大学不登校と教育への絶望学びへの怒りが導いた研究分野恩師が語った「希望を描け」の真意博士号後の壁と「働く大人」の発見未開拓分野を開拓した苦闘の軌跡AI文字起こし(β版) # 中原、引きこもりになる? 中原次雄。人材開発・組織開発のA面B面を語る。 パーソナリティの中原淳です。 人材開発・組織開発の研究者である中原淳が、 アカデミックな内容、これA面ね。 安全なアカデミックじゃない内容、B面。 A面B面というのは、アナログレコードとかカセットテープの裏表を表す言葉です。 そういうA面B面について、これからお話をしていただきたいと思います。 さて、今日の本題。 今日はA面かな。 なんで中原さん、人材開発の研究をし始めたんですか? っていうことをね、めっちゃ聞かれるんですよ。 そうですね。1年に3万6千5百回ぐらい聞かれますかね。 そんなないよね。 それめっちゃ聞かれるんですけれども、 これ結構ね、歴史?黒歴史?長いね。 まずですね、私はね、人材開発の研究、および学びの研究をするっていうことに関してですね、 黒歴史があるんですよね。 ということかっていうと、 教育とか学習、学びってことに関して、私は絶望してます。はっきり言って。 その絶望が根幹にあって、 じゃあだったら自分として大事なもんなんで、なんなん?っていうところを 突き詰めていったのが、今の形なのかななんて思うんですね。 私、ホニャララ大学に入りました。 高校をね、卒業して。 高校ね、結構遊ぶときには遊ぶだし、 勉強もしてたかな。 一番高校3年生の頃は15時間とかやったかもしれないな。 うーん、そのくらいやったかもしれない。 18歳で上京いたしまして、ホニャララ大学に入ったんですけれども、 このホニャララ大学の学習環境がイケてない。 400名ぐらいの大攻撃室にぶち込まれて、冷房入ってないわ。 38と39度とかね。 しかもですよ、 ホニャララ大学ですからね。 先生の講義が、そんな人ばっかりじゃないよ。 今はいないよ。今はいないけれども、当時は 詩吟みたいだったね。朗読かな。 なんかね、教科書の1,2ページを朗読なさるんですけれどもね。 それだったらさ、はっきり言って家で1,2ページ読んだ方が早くね。 授業出る意味があんな意味があるんだよ。 当時の私は非常にそう思ってました。 で、私がハマったのが不登校。 完全にね、何が目的なのかも分かんないし、 何でここにいるのかも分かんないね。 十何時間勉強した末にですね、 引きついたのがここか、みたいな感じで。 でも自分にとってラッキーだったのは、 当時94年、95年ですね。 インターネットっていうのがバーって出ててね。 で、ホニャララ大学のね、 情報処理というところに、 インターネットを24時間使いますの?みたいな環境があったわけですよ。 これでね、大学に何とか引き止められたというのがいてですね。 で、インターネットめっちゃハマったんですよ。 で、プログラミングも若干忘れてたし、 いろんなサイト作ったりしてね。 もうね、1年生の時ヒッキーだしさ、 友達いねえしさ。 そんなことしか思えないな。 で、2年生になってね、ホニャララ大学は、 自分が何を学びたいかってことをね、 決めなきゃんないんですよね。決めなきゃんない。 どこの学部に行くか決めるってことですよ。 で、それやる時に、こう思ったの、俺。 なんで俺の人生ってここまで教育だの、 学びいつもね、翻弄されてんだと。 結構勉強してさ、15時間とか勉強して、 辿り着いた先がこれかよみたいな、 教育への絶望だよね。 なんなんこれ、言うと心があってね。 学びに対する怒りと希望があったかもしれないですね。 そんなことで選んだのが、私、 教育学っていう学問なんですね。 教えること教授と学習に関する学問を選びました。 めっちゃ影響を受けた先生が、 佐伯豊先生という先生ですね。 動画を学ぶということを研究していましたし、 コンピューターでどういうふうにして、 学びって促進されるのかね、 みたいなことを研究していた先生でした。 すごく変わった先生で、もともとはですね、 行動経済学的な、今で言えばね、 そんなような研究をしていたり、認知心理学の研究をしていたり。 後はですね、状況論って言われるような学習論、 これ全然覚えなくていいよ、 幼児教育とかに転身していた人でした。 先生はいつも言うんだ、 俺の後に道はないって言うんだよね。 まあ確かにないわな、みたいな先生でした。 授業も肩破りで、本当にですね、 授業、これ先生の一週間の 考えたことじゃね、っていう感じの授業だったんですよね。 先生がその一週間で読んだ論文、 あるいは感じたこと、みたいなことを 共有してくれる授業だし、 半分ですね、目をつぶりながら話しているんでね、 大丈夫かな、みたいに思うところもありました。 あとですね、ゼミが一番興味深くて、 僕先生に言いに行ったんですよ、 僕研究者になりたいですって言いに行ったんだ。 そしたら、 いいゼミに出ろって言われて、 大学院のゼミですよ、 そんなところに出ろって言われてですね、 大学院のゼミに行ったら、 これもぐりの学生9割なんですよね。 ほとんどね、何ゼミかわからない。 なんなら、 ほにゃらら大学かどうかどうでもいい、みたいな感じ。 あとは正規の学生が1割、2割いたのかな、 そんなようなゼミに入り浸っておりました。 先生、いつもはね、 面白くないレジュメとか、 私のやるような研究発表に関しては、 ほとんど居眠りこいてたと思います。 もうね、 本当に面白くないっていう形でね、 顔に出して表現なさっていただいて、 ありがとうございます、感じなんですけれども、 すごく先生に、僕は、 今でも覚えてるのはね、 お前は、 研究で希望を描け、と。 研究の成果として、 欠点や欠損を挙げずらったとしても、 何も生まれない。 お前、人が最後に動くのはな、 希望があるものだけなんだ、 っていう風にね、 言われたんですよ。 これね、でも結構僕、今の自分の研究にも、 繋がってるような気はいたします。 僕はね、希望を描きたい。 人材開発に関しても、組織開発もそうですけれども、 そんな希望を抱けるようにしたいな、 なんていう風に思ってます。 # なぜわたしは人材開発の研究をはじめたのか? さて、そんな困難ありまして、私はコンピューター上においてどういうふうな対話を通して学ぶか、要するに対話を通して学ぶ研究ですね、そんな研究実はその後していくんですね。 当時ね、クラウドなんて言葉なかったし、もしね、テキストでやり取りするのがチャットみたいなものもありましたけれども、 コンピューター上で人が対話して学ぶみたいなことってのはちょっとニッチだったしね、なかなかそんなことを研究している日なかったわけですよ。 そんな研究をですね、大学院でし始めまして、まあ幸いなのかな、大学の助手ポストを得ます。 で、その後ですね、MIT、博士MITですね、マサチューセス高科大学に入学いたしまして、この辺りから私がまたですね、うつに入っていくんですよ。 それは、端的に言うと、AHOC問題、AHOC問題、アフター博士オアコン問題ってやつですね。 あのですね、博士もし取ってらっしゃる方がこの中にいらっしゃったら絶対そうなんですけれども、博士後、学位を取った後で、その後、新しい研究ができないとか、新しいことに踏み出せない人がめっちゃいるんですよ。 それまでの私っていうのは、コンピューター上でいかに人が対話して学ぶかってことを研究してたんで、そこね、その領域では結構研究してたんですよ。 だけれどもね、それで学位を取得しちゃうと、どうする?みたいな話になっちゃうわけですよね。 なんかこう、博士の時の研究の重幕の隅を綴ぐような社会的な意義がね、全然ないようなものをひたすら生み続けるのかさ、新しい研究領域にぶっ込んでいくのか、みたいなね、そんなことをすごく思っていました。 どうなんだろうね。当時ですよ、2000年代だから、ネット上で共同学習とか対話を通して学ぶみたいなのは、少しずつ少しずつ広まってきていましたし、当時はね、クラウドっていう言葉はなかったけれども、そんなものも広まってきていました。 なんか個人でさ、ペッペッペッペッってアプリを作ってね、研究していくみたいな、これ絶対やべえな、みたいなことも思ってたんですよね。アフタン博士オアコン問題に、当時私はすごく翻弄されていましたね。 あと自分のね、この性格ですよ。ね、こんなようなね、ボイシーで話しているようなもんですから。研究者や学者の中っていうのは2個しかいないんですね。スタートアップなのかエスタブリッシュなのかって問題なんです。学問の世界にもエスタブリッシュとスタートアップっていうのがあります。 エスタブリッシュ、つまりエスタブリッシュ、確立されたっていう意味ですから、これはね、誰かがもともと作った、あるいは先人たちが作った知的体系の上にある一部を積み上げていくような生き方ですね。 まあ大概はさ、白い巨頭みたいなさ、そういうような高達性があってさ、上野先生の言うことに従って生きながら生きる生き方ですわ。ね、あんまり楽しいことできないって言ったらあれだけれども、まあ、何かを積み上げるように生きる生き方ですね。 もう一つあるのはスタートアップですね。これはもう自分自身で知の体系みたいなものを提案して作り上げるっていう生き方なんですよ。で、これね、考えてみようかと思うんですけれども、私どっちに向いてるかっていうと、もう絶対スタートアップなんですね。 その意味で言うと、じゃあどうするかなと思ってね、今から25年くらい前になるのかな、25年から20年くらい前、私はこの後どうやって生きたいんだろうかっていうことにめっちゃ悩んでたのが、当時20代の後半の私じゃなかったと思います。 で、その時にさ、見つけちゃったんだよね。見つけちゃったんだよ。何を見つけたかって言うと、みんながね、注目されてないような、注目してないような研究領域を見つけちゃった。考えてみて。教育学って言うと、子供×学びだよね。 学びはね、これ外せないね、自分の研究から言うと。そうしたらこの子供っていう部分、大人にしたらどうなるっていう風に気づいたんですよ。あ、そっかと思って。社会人?働く大人の人?働く大人の学びを科学するってことは、意外にやられてないんですよね。 これ何でかって言うと、教育学で言うと、企業っていうのは利益を追求するような組織であって、学びのような機関ではない。 経学的に言うと、人っていう資源っていうのは、いつ出て行っても入ってきてもおかしくないので、そんなに投資対象ではない。最近は人的資源経営っていう言葉が流行っているので、投資対象ってみなされているところもあるかもしれないですけど、伝統的には人っていう資源はあまり信用がならない。 という意味で言うと、教育学と経学のちょうど中間地点にめっちゃあるんですよね、この領域はね。そうか、働く大人の学びを科学するってことを研究のテーマにすると、めっちゃ新しいやんっていうことに気づいた。 その時にパーンって打って、手を打ったね、僕はね。手を打ちました。そういえば新橋で飲んでるようなビジネスパーソン100人、大概話している内容って、マーケティング戦略がどうこうとか、競争戦略がどうこうなんて話したやついないんだよね。 いやいやいや、部下が育たなくてさ、おい、何とかしてくれよみたいなトークだったり、あるいは部下動かなくてさ、どうすりゃいいんだよみたいなような、人組織×学びとか育成に関する要因が多いのかなぁなんて思うわけです。 そういう意味で言うと、ここに、私の言う意味で言うと、新しい研究領域があるのかなぁなんて思ってですね、この人材開発の研究というのをし始めるわけです。 ただね、当時はですね、むちゃくちゃ苦労しましたね。まず3年間くらい成果全く出せない。だってそうですよね、教育学の研究しててね、お前誰案件じゃないですか、企業人の人から見るとね、あんたなんの役に立つの、契約でもないんでしょみたいなね。 そういう意味で言うと、企業の方々がどんどんどんどん集ってくれて、僕という人間を知ってくれるような学びの場をガンガン作っていって、そこで営業しました。 次に苦労したのは、お前さ、人材開発を研修とかやる研究者なんだよな、だったらお前がやってみろよっていう問題だよね。 つまり、ワークショップとか研修とかって大事だって言うんだったら、お前が登壇してやってみろよっていう風に結構言われたんですよね。 それはできないくせに脳が汚れるのは、それは学者だみたいな感じですよ。 だから僕は、ある意味でこういう研究領域をやるときの、ある意味あれだな、十字架みたいなもんかもしれない。 あなたが研修に関して語るのであれば、あなたが研修に関して熟達しなきゃダメですよね。 同じだよね。ワークショップについて語るのであれば、ワークショップについてきちっとできるってことが大事なんですよ。 つまり、Knowing、知ってることとDoing、やるべきことっていうことの間にギャップがあっちゃダメなんだよね。 このようなことで、とにかくとにかく経験も積まなきゃならないし、お前誰?って言われ続けるしね。 本当に苦労して苦労して、この研究領域を少しずつ立ち上げていったのかな、なんていう風に思います。 今日は本当にありがとうございました。 人材開発をなぜ私が転ざしたのかっていうことについてお話をさせていただきました。 A面B面でいうとA面だね。 何かご質問、リクエストがあればぜひコメント欄に書いてください。 じゃあ、今日のオンエアはここまで。 皆さん、学びに満ちた一日をお過ごしください。 そして人生は続く中原ラジオでした。 もっと見るナカハラジオ:中原淳の「ひとづくり・組織づくり研究所」プレミアム放送配信中!07:121.中原、引きこもりになる?09:192.なぜわたしは人材開発の研究をはじめたのか?コメント感想・質問・応援メッセージを書こう Kyon8月22日田中淳子さんのチャンネルから飛んできました。本業ではないですが、キャリアコンサルタント有資格者なので、中原先生の今に至るお話、めちゃくちゃ興味深く、拝聴しました!1返信 中原淳(立教大学経営学部教授)8月23日ありがとうございます。田中さんにもとても感謝しています。私の、ゆるゆるキャリアでご興味を持っていただけたとしたら幸いです。1 中原淳(立教大学経営学部教授)8月24日ありがとうございます!1 Nao8月5日田中淳子さんの放送から飛んできました。楽しみにしております!1返信 じゅん8月10日ありがとうございます!お楽しみくださいませ! 中原淳(立教大学経営学部教授)8月11日ありがとうございます!お楽しみください! 8月4日「希望」素敵で大事なキーワードですね。先生の著作に通底している信じる力のようなものとの繋がりを感じました。僕も諦めずに信じ続けようと元気をもらいました!(一方で、先生の働く中での挫折話がもしあれば、どう乗りこえたかも含めてぜひお聞きしたいです)あさってからのリーダー育英塾がますます楽しみになりました。返信 中原淳(立教大学経営学部教授)8月4日どんな作品にも希望を書くようにはしているつもりです。挫折?たくさんありますよ。また週末に! キャプテン8月4日田中淳子さんの放送で チャンネル開設を知り、飛んできました。これからも楽しみにしています。1返信 じゅん8月4日ありがとうございます。田中淳子さん、感謝です!ぜひコラボやりましょう!9月頃ですかね!1 中原淳(立教大学経営学部教授)8月4日ありがとうございます。Enjoy! ぱぱねこ8月4日田中淳子さんのチャンネルの紹介で飛んで来ましたこれから、楽しく聞かせていただきます1返信 じゅん8月4日ありがとうございます。お楽しみくださいませ!2 もっと見る
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(一方で、先生の働く中での挫折話がもしあれば、どう乗りこえたかも含めてぜひお聞きしたいです)
あさってからのリーダー育英塾がますます楽しみになりました。
挫折?
たくさんありますよ。
また週末に!
これからも楽しみにしています。
これから、楽しく聞かせていただきます