TOPビジネス経営・マネジメントナカハラジオ:中原淳の「ひとづくり・組織づくり研究所」蜷川実花「はじまりの光」展にいってみた!15:56 10月4日 786再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次蜷川実花展の幕開け:白黒写真の衝撃桜と父の記憶:光を捉える写真作品セルフイメージと造花:現実と虚構の交錯「美しい日々」に込められた生と死パラドクス思考:人生と組織の真理AI文字起こし(β版) # イントロダクション 中原次雄。中原隼の人作り・組織作り研究所 パーソナリティの立教大学教授中原隼です。 人作り・組織作りの研究者である中原隼が語る番組です。 この番組には2種類のコンテンツがあります。 いわば昔ながらのテープレコーダーで言えばA面とB面。 A面は人作り・組織作りのアカデミックな内容を語ります。 B面はアカデミック要素は無しです。 日常のエピソード、趣味のこと、日々のよしなし事などを語っていきたいと思います。 # 蜷川実花「はじまりの光」展にいってみた! 今日の話題は完全B面ですね。 二永美佳店。二永美佳さん。写真家ですね。 ただクリエイティブアーティストって言ってもいいかもしれないし、映画監督でもありますよね。 インスタレーションとかもたくさん作っているので、アーティストでしょうね。 二永美佳店。はじまりの光っていうのをやってます。 川淵一律美術館でやってるんですけれども、そこに行ってみたというような話題です。 こちらですね。ちょっと私の自宅から距離あるんだけど。一瞬悩んだけど、迷ったらやれっていうのはいつも学生に言っていることなので、 迷ったらやれ。すなわち行ってみたってことですね。 その日は大学院の授業があったんだけど、 そこから川淵一律美術館の方に行ってみました。 二永美佳さんですね。非常に私実は大好きでしてね。 結構ここ数年、ここ5、6年のいろんな古典やら何やらはほとんど行ってるんじゃないのかなというふうに思います。 今回の展覧会はですね、二永さんはもともと川口で幼少期お過ごしになられたということで、それに縁のある川口一律美術館でなされています。 結構彼女のキャリア全般をさらうというか、救うような展覧会になっているのかなと思います。 まず一番最初に入ったのはね、ダンシング・ウィズ・シャドウズ・イン・ザ・ライトっていうような写真があります。 これは沖縄の海に潜っている様子。 これを撮った写真なんですけれども、普通ね、沖縄の海を撮るって言ったら、当然カラーで撮ると思うじゃないですか。 これね、いきなりですね、白黒モノクロームなんですよ。 白黒なんですよ。 これがなかなか不思議なんだよね。白と黒って対極にあるもので、すごいカラフルなものを撮っているというのが非常に印象的でした。 あれとかボケっていう風に言いますけれども、写真がどっちかというとね、森山大道さんに似ているような感じの雰囲気も漂わせるような写真でした。 ダンシング・ウィズ・シャドウズ・イン・ザ・ライトですね。 で、これ終わるとビラっていうような作品に入ります。 この作品はですね、桜を結構連続で撮ってるんですけれどもね、この桜、 手前に桜を写して、奥の桜を写したり、 水面に映る桜を写したりするんですよ。 桜って言うと当然ピンクっていう気調が考えられるんですけれども、時に青だったり、時にですね、淡い色だったり、 なんかね、光を捉えるみたいな感じの作品が多かったように思います。 非常にこれも印象的な作品ですね。 桜って言うと普通、春の陽光があってさ、とっても明るいイメージだべ。 だべっていきなりだけど。 そんな感じするけれども、なんかこの桜はですね、見ていてこうなんかぐっと切なくなったりする桜でもある。 非常に明るい作品なんですけれども、なんかこう 淡いというのか、ノスタルジックというのか、そしてなんか若干切なさや悲しさも感じるような桜の作品になります。 次に入るとファーストライトっていう作品が入っています。 こちらですね、 二永さんのお父さん、つまり演出家の二永幸男さんですよね。 幸男さんとお母さん。そのお母さんの若い頃の写真というのをもう一回再撮影というのかな。 もう一回それを撮り直した写真でできています。 まあもともとある写真を撮ってるんで、まああのなんでしょうね、 不思議な気もしますよね。写真の写真だからね。 これでもあの若干、なんて言うんだろう、こう 自分の親の若い頃とかの写真というのを、 まあ写真撮るんだけども再構成して撮ってるわけだよね。 そうするとなんかこう若かった頃のお父さんとかお母さんの時代というのがね、なんか鮮やかにこう 思い浮かぶような気がしてて、すごいいい写真でした。 そしてあの私が実は好きなセルフイメージっていう作品があります。これは まず見るの何回目なのかなと思うんですけど、 稲川さんがですね、自分の自己像、セルフポートレート、それをですね たぶんレディーズとか使いながら、シャッターを切るやつですよ、遠隔から。 それを使いながら撮っている写真になります。 自分の写真を自分で撮る、しかもすごいアーティスティックで感能的な写真なんですけれども、 それってどんな気分なのかなぁみたいなことを思いながらね、私見ていました。 これもあのなんて言うんでしょうね、本当に顔の写真だったり、たまには泣いているものもあったりですね。 いろんな稲川さんの顔というのが思い浮かんできますし、 あと目だけを撮った作品みたいなのもあったりして、非常にあの感能的というのかね、印象的な写真です。 セルフイメージという写真があります。 その後ですね、エバーラスティングフラワーズって書いてますね。だからまあ永遠の花ってことかな。 これ実は造花を撮ってるんですよね。造花を、まあ、 稲川さんといえばすごくビビッドでカラフルな写真を想像する方多いと思うんですけれども、 まあそういう色彩を非常に鮮やかにしていきながら、造花を撮ったこれ写真になります。 まあ造花だから生きちゃいないんだよね。生きちゃいないんだけれども、すごくこう鮮やかに色で出されると、なんかこれ、 実在している本当の花なんじゃねえかなみたいに、一瞬、まあなんかこう勘違いというかね、 あのわかんなくなっちゃったり。 そしてまあ、造花を今度撮影するっていうのが生きて見えるっていうのはね、この構図がすごい面白いなぁと思ってて。 これあの似てるのが杉本博史さんですね。現代美術家と言っていいんでしょうか。 江ノ浦速攻所っていうところを作ったりもしています。美術館を作ったりもしている 杉本博史さんの作品の中にですね、 あのなんでしょう、こうある博物館の白星というのを写真で撮って、 白星を撮って写真で撮るとすごい、あの本当に生きているような写真が撮れるみたいなね、それがあるんですよ。 まあ作品のそのジオラマはいろんな、なんだろうな、ジオラマにいるのは北極熊だったり、 昔の原始人だったりするんですけれども、それをあえて写真で撮ることで本当の写真っぽく見せるみたいなね、ところをやっています。 結構この辺りも似てるなぁなんていうふうに思って、勝手に感じてました。 最後はですね、美しい日々っていう、写真としては最後、美しい日々っていう写真集があると思うんですね、この写真です。 これは父親の二永幸雄さんがですね、残念ながらお亡くなりになるんですけれども、そのお亡くなりになっていくプロセスみたいなものを撮っているんですよね。 写真の中に二永幸雄さんが出てくることは一回もないんです。ただ二永さんが、お父さんがだんだん弱っていくプロセスの中で、 その外側の世界は、まあでもやっぱ美しいんですよね。 太陽はサンサンと出しているし、街に行く人たちはすごく柿があふれているし、この生と死っていうのを多分対比させているのかなぁなんて思うんですよね。 冒頭出てきたダンシングウィズシャドウインザライトが、白と黒ですよね。白と黒。そしてこっちの方はね、生と死みたいな。 対極にあるものを二つ混在させているという点でいうと非常に面白い写真なのかなというふうに思います。 結局お亡くなりになるんですけれども、何度かね、二永美香さんをお見舞いに行ったりなんかしてて、これが最後だなっていうふうに思いながらも、でも最後にはならずだったり。 でも必ずその時は来るっていうね。つまり死は必ず誰であっても訪れることは来るみたいなことを感じました。 メメントモリなんて言いますけどね。死を思え。つまりですね、生きている人は必ずいつかね、その死が訪れる。その瞬間っていうのを思い出す。 だからメメントモリ、死を思えっていうのは逆に言うと、生を謳歌しろっていうこと。つまり生きてるってことを謳歌しろ。生きてるってことが丸儲けなんだっていうね。 そういう発想になるのかななんていうふうに思います。 最後はですねインスタレーションですね。 父、二永幸夫さん。すごく有名な演出家ですけれども、彼の書斎っていうのを移設して、そこはやっぱりビビッドでカラフルな二永美香さんの演出で、 その書斎を再構築したインスタレーションになっているのかななんていうふうに思います。 残念ながら私生きている時にね、二永幸夫さんの舞台は見ることできなかったんですけれども、 まあなんかチャンスがあれは見たかったなぁなんていうふうに思いますよね。 やっぱりね、迷ったらやれなんだよ、迷ったらやれだよね。 はい、そんな形で二永美香展ですね。 始まりの光というのを、12日から11月29日までやってます。 なんか月曜日休館日らしいですけどね。ちょっとそのあたりウェブ等で確認してみてください。 赤羽からは電車で1個だよね。京浜東北で1個。 もうすぐ駅地下なんでね、そんなに遠くないなぁという印象でございました。 ぜひ皆さんもね、行っていかれるといいと思います。 # コメント感謝コーナー コメント返答のコーナーです。 「ぜやみに学ぶプレゼンテーション」という僕の番組に対して、 達佳さんからお便りいただいています。 教員になったばっかりの頃、先輩から授業のポイントは待つことだ。 待てるようになったら一人前だよと言われたことを思い出しました。 あれはまさに間の大切さを教えてくれたのだと思います。 ということですね。 はいありがとうございます。間っていうのはですね、あの想像のためにあるんですよね。 想像のためにある。 間があるからこそ次が際立つ。その次に話すことが際立つというのもあるかもしれませんしね。 まああの業館とかそういうところから立ち上がるような何かあの意味というのもあるのかもしれません。 間っていうのがね、やっぱこう効果的なプレゼンテーションするにも大事ですし、あの何か育成とかそういうことに関しても大事だと思います。 言ったらね、考えさせるためには間もいいますからね。 スインキングタイムっていいますから、相手に問いを投げかけて考えさせる時も間は非常に大事なのかなと思います。 たつたさんありがとうございます。 次ですね、本当の御用学者の見分け方っていう私の記事に対してですね、たつたさんからいただいてます。 御用学者の見分け方とともに審議会の実態や政策立案の過程に関するお話が的確すぎると思いました。 まさに御用学者の対局の位置からの発言だと思いますということです。ありがとうございます。 そうですねー 意外にね、あの審議会とか関わってどういうような働きが求められているのかみたいなことってなかなかね、分かんないんだと思うんですよね。 それでちょっと審議会なんとかに絡んでいっちゃったら、まぁあいつは御用学者なんて言われちゃったらね、もう目も当てらんないなと思いますね。 結構大変。そして政策を立案していくっていうのはそのね、有識者や御用学者がね、ちょっと言ったぐらいじゃ本当に政策には落ちていかないんですよ。 それをね、例えば予算を獲得してきて、しかもね、必要に応じて法案に落としていく。 で、各現場に周知していく。こういうのはね、やっぱり優秀な行政官の仕事なんじゃないかなと思いますね。 なすので、御用学者、本当の御用学者というのはここではもう一回言いませんけれども、そういう人とはちょっと区別していただきたいなというふうに思います。 ありがとうございます。 次ですね、中原家の意思決定法、家族みんなのハッピー度を最大化するっていう僕のね、投稿に対しての田畑さんありがとうございます。 家族みんなのハッピー度を最大化する。家族みんなを組織に置き換えということもできます。 残念ながら上司のハッピー度を最大化するために部下が犠牲になっているというケースが少なかりませんというお話でした。 ありがとうございます。 そうですね、あるメンバー、あるねグループのうち誰か一人だけが得をする。そいつは最大化してるけど、あと最小化してるんだよね。 そういうような組織は、なんかね、やっぱね、こう、なかなか維持できないし、持続可能じゃないですしね。 メンバーの方も去ってくケースが多いんじゃないのかなと思うんですよね。 まあ職場ぐるみ、学校ぐるみ、チームぐるみであのイキイキワクワクとしたいもんだなぁなんていうふうに思いました。 ありがとうございます。 一度おもちゃになった大人は二度と元には戻れないって僕の投稿に対して、田畑さん本当ありがとうございますね。 はい、一度おもちゃになった大人は大人には戻れないっていうふうにおっしゃったのが仮宿俊文先生なんですけれども、まさにその通りだと思います。 学級崩壊をしているクラスの場合、担任が子供におもねり、おもちゃとして見られているケースが少なかりません。 また、校長が教職員にゲーグをしておもちゃ化してしまう事例もありますということです。ありがとうございます。 そうですね、やっぱり相手におもねるとか、 ご機嫌をとるみたいなことっていうのは、結局相手の成長のためにならんということだと思うんですよね。 そして一回おもちゃになっちゃったら、もう二度と普通の人には戻れないのでね。 やっぱり指導していく側だったり、マネジメントしていく側っていうのは、 フレンドリーになりつつも、一個強靭を持たなきゃいけない側面というのがあって、 線を引かなきゃいけない部分とか、対峙していく、 ちゃんと向き合わなきゃいけない部分というのがあるのかなと思うんですよね。 これパラドクスですよ結局。 相手に対してフレンドリーでなきゃならんということもまあまあ事実ですし、 でも相手の成長のためには厳しいことを言わなきゃなかったり、向き合わなきゃならない時があるっていうのも まあ事実ですよね。 世の中のね、大概大事なことっていうのは、こういうふうに一見相反するような矛盾したものを抱えるって ことで成立している。 つまりパラドクスの中にあるってことなんですよね。 パラドクスっていうのは一見矛盾しているものが相反し合いながら、しかも同居している状態が続くということです。 まあ海外教育の現場やマネジメントの現場っていうのはパラドクスだらけ。 そして職場や組織もパラドクスだらけなんじゃないでしょうか。 というわけで、あのコメント返しのコーナー終わります。 本当にありがとうございました。 # エンディング というわけで、これで中原寺をおしまいです。 何かご質問、リクエストがあればコメントを書いてください。 フォローなどもどうぞよろしくお願いします。 Xなどで感想をお寄せいただくときは、 シャープ中原寺をカタカナでお願いします。 じゃあ、今日のオンエアはここまで。 皆さん、学びに満ちた一日をお過ごしください。 そして人生は続く。中原ジョーでした。 もっと見るナカハラジオ:中原淳の「ひとづくり・組織づくり研究所」プレミアム放送配信中!00:341.イントロダクション09:552.蜷川実花「はじまりの光」展にいってみた!05:033.コメント感謝コーナー00:254.エンディングコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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