TOPビジネス経営・マネジメント価値観の凝りをほぐすアート思考ラジオ#735 歳をとってから大学に行くのはいいこと?悪いこと?18:25 9月27日 334再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次高齢者の大学入学は若者の席を奪うのか編入経験者が語る「学び直し」の価値「学びたい時が学び時」の真意と2つの条件高等教育機関としての大学の役割とはAI時代における大学教育のアップデートAI文字起こし(β版) # はじめのご挨拶 こんにちは。価値観のこりぐさと志向ラジオ。この番組は既存の価値観にとらわれずに、自分らしい価値を作るヒントをお届けします。 # 歳をとってから大学に行くのは悪いこと? こんにちは、としこらじょうです。 今日はですね、ちょっと気になったニュースがございましてですね、 それは58歳でですね、京都大学に合格したという方の記事がニュースで出ていたんですけども、 それに対してですね、いろんな批判というか賛否があったということがございましてですね、 ちょっとこれ、僕もそこに批判があるというのは結構意外だったんですが、 それも含めて、ちょっと自分の考えをお話ししてみたいと思います。 # 自身の経験 はい、58歳でですね、京都大学に合格した方の記事が、ちょっと物議を醸しているというか、賛否あるということについて、今日はお話をしようと思うんですが、ここにTwitterのですね、まとめのリンクを貼っておきます。 2015年に、瀧本さんという瀬本銀行員の方が、京都大学に合格しまして、今、もう70歳ぐらいらしいんですが、京都大学といえばね、吉田寮という名物寮がありますが、 この記事に対して、結構意外だったんですけれども、批判のコメントがね、割とついたと。 どんな感じかというと、年を取った人が、中高年が老後の趣味のように勉強しに来て、若者の席を奪うのはダメというような批判が重いらしいんですが、 あと、国立大学は税金が投入されているから、年齢制限をしないとダメだろう、みたいな意見が出ているということで。 一方で、学ぶということについては、憲法で学問の自由が保障されているんだから、それに年齢で線を引くのはおかしい、みたいなところで、擁護の意見もあったりしています。 若者の席を奪うという言い方がされているところで言うと、要は受験というもののある種の歪みかなと思うんですけれども、 受験が一人ゲームみたいな感じになっている中で、この滝本さんも元の記事の中で、別に合格するまで、若い頃と違って何年かかっても問題ないから、 永遠に浪人しながらでも受けられるみたいなところで行くと、それがチートっぽく見えるみたいなのもあるようなんですけれども、 僕個人は、全然年を取ってから大学に行き直すというのは、むしろ第三世だなというふうに思います。 理由が三つぐらいあるんですけれども、一つは、僕自身大学に一回行っていまして、最初建築学科を出て建築の設計をした後に、辞めて大学に入り直したわけですね。 編入の試験というのを受けて入ったんですが、当然、仕送りとかではなく、自分で塾講師とか家庭教師のバイトをしながら学費も年出して行っていたわけなんですけど、 大学院の時には、いわゆる成績で学費の免除みたいなのも受けていたので、ここで言っているような、言われているような、税金である種行ったというところもあるんですが、 実際、特に編入で入ってきた方は、僕は美学芸術学という学問だったんですが、美術士と結構近しいところにあったので、美術士の授業も取っていたりしたんですけど、美術士とかで編入してくる方には、確かにシニアの方が結構な割合いらしたというふうに思います。 でも、いろんな世代がいるというのは、むしろ学びの環境としては、いろんな刺激があっていいのではないかなというふうに思います。 # ①学びたい時が学び時、②自分のお金で行ってみる で、そもそもですね、あの若い人の席を奪うっていう考え方なんですが、これはなんか若い、大学って若い時に、もっと言うと高校を出たら大学にそのまんまストレートで入らないと浪人って言われるようなですね、 その一律入学、大学に入学するっていう制度というか、慣習が僕はあんまりメイクセンスではないのではないかなと、そういうのが大事だった時期もね、教育として若い労働力だったり、 国家的な施策として重要だった時期もあると思ってはいますけれども、一方で例えば北欧とかで言うと、別に高校出て大学に進学するみたいなのがみんなではなくて、 なんか就職したりとか、数年旅行に出たりとかして、結構バラバラな年代で入ってくるみたいなのが、デンマークのホルケホイスコーレとかでもあったりとかするんですけども、 高校出たら大学に行かなきゃいけないみたいなのって、自分の時を振り返るとですね、あんまり意味がなかったなというふうに思います。要は学びたくなった時がやっぱり学び時なんですよね。 大学に入らないと浪人すると、社会のステップから逸脱してしまうというか、そこから落ちこぼれてしまうような感覚で、焦ってみんな大学受験とかするわけですけど、僕1回目の大学の時なんか本当にですね、 大学も行ってなくて、建築の時ですね、不良学生だったので、夜遊びばっかりしていたので、その時こそですね、すごいお金を無駄にしたというか、せっかくの教育の、この58歳の時に一年復帰して、 そこからすごいお金に余裕があるとかではなくて、寮にね、吉田寮みたいなところに入って、一緒に学ぼうとしているこの探求の気持ちに比べたらですね、よっぽど責を譲るべきだったなという感じすらするんですけれども、 やっぱり学びたいっていう欲求がない時に、学びっていうのは大したことにならないなというのが思うので、このやっぱり一つ目に学びたい時が学び時っていうのがあるかなと思います。 二つ目がですね、これちょっと言い方難しいんですけれども、個人的にはですね、自分の経験から、これあくまで僕の観点で言うとなんですけれども、大学ってね、本当は高等教育機関なんで、 自分のお金で行くぐらいの方がいいんではないかなっていうのを、自分の経験上は思うんですね。一回目の大学の時は学費とか、仕送りとかももらいながら行っていたので、当然高校出たばっかりの時、それ自分で払えないのでだったんですけど、あんまりありがたみが分かってなかったみたいなところがあって、 逆にですね、二回目に行った時には、さっきもありましたけど、バイトをしてですね、ものすごい世帯年収が年間数十万前半ですね、みたいな中で、家賃も出しながら、四畳半みたいなところでですね、 切り盛りしながら、で、学費も年出してやっていたので、そうするとですね、すごく学ぶのに積極的になりました。要はですね、定額のサブスクみたいなもんなので、同じお金出してんなら、自分のお金で年出してるんであれば、たくさん授業取ったほうがお得なわけですよね。 でも、社会学とか心理学とか、美学芸術学に限らずですね、哲学、いろんな出れる授業にも、一元から六元まで終わったら、七時とか八時とか、そういうのの毎日の中で、その後、塾講師のバイトとかしに行ってたんですけど、めちゃくちゃ充実していてですね、 もう、学部の時は、必要単位の倍ぐらいを取って、卒業したし、大学院は、大学院も必要単位が1.5倍ぐらいだと思うんですけど、オールUの成績で、卒業を終了したんですね。 これ、別に成績を自慢しているっていうのではなくて、それぐらい本気で学ぶっていうのは、自分のお金で行ってるからこそっていうところもあるなと思っていて、本当に1回ぐらい自分のお金で、自分の意思で大学に行くっていうのは、むしろすごいお勧めだなというふうに思っています。 # 「お勉強」ではなく「研究」をする 逆にですね、学歴社会とかって、僕これから先ね、AIとかが、 AI時代に入ると知識とかっていうのは、あんまりそれを試験で測っても意味がない時代に入ってくると思うので、 あんまり学歴ってコモディティになってくるとは思っているんですけれども、 今のところですね、大学っていうのは良い就職するための通過切れというか、なんかさっきのね、落ちこぼれないためにみたいになっていたりとか、 えーと、なんだったら、そのー、なんですかね、 裕福な家庭は塾とかにね、月に何万もかけて課金してやって、良い大学に入れるみたいになると、 もうなんか、大学受験が親のお買い物みたいなのになっているところすらあるなぁと思うんですよね。 で、もちろんさっきの自分のお金で大学行くっていうのは、それをしたくてもできない家庭環境にあったりすると、教育格差っていうのは生まれるわけなので、 なんでもかんでもね、自助努力でしなさいっていうことを言っているわけではなくて、なんかでも親がお買い物になっていたりとか、 子供にとっても、大学って何のために行くのかって、ようわからん状態で行く、高校卒業したからとりあえず行くみたいなのが、 若者にとっても、その時一発勝負しかないから、席を取るな、みたいな感覚になると思うんですけど、学びたい時に学びに行ってですね、 親の意思じゃなくて、自分の意思で選べる。その時に経済的にね、僕もそうでしたけど、困窮している中でも学びたい人は、めちゃくちゃ頑張れば良いわけですよね。 それで、授業料免除とかっていろんな仕組みがあったりするので、奨学金でね、後から返済しなきゃいけないのだと、奨学金貧乏みたいなこともあったりするんですが、 探せば返済不要の奨学金とかもあったりはするので、そういうものも活用して、とにかく一律、親のお金、親の経済状況によってですね、 大学が決まってみたいなのは、もうそろそろ変わっていったら良いと思うし、人生の中で好きな時、学びたい時に学びに行けるっていう風に、むしろなってきた方が良いんじゃないかなとすら思います。 ただですね、ここでね、注意というか、僕もめちゃくちゃ反省をした事柄があって、っていうのは、僕が美学芸術学っていうですね、大学に入り直した時に、もうその時僕26ぐらいだったのかな、ですけれども、 学部の3年生から入って、ゼミでですね、なんかこう、気をいこんで、最初のゼミで発表する人って言ったら、自分から実習的に手を挙げて、それでこう、レジュメをね、しっかり準備して発表した時に、そのゼミのね、教授が、僕の恩師と思っている佐々木健一っていう美学者の教授がですね、 全然、なんかこう、いっぱい準備して発表したのに、全然反応が良くなかったわけですね。 で、あまりに、まあ結構準備してきたのに、なんかこう、反応が悪いんで、授業終わった後にですね、あの階段をこう、追っかけていって、いや、なんか発表ダメでしたか、みたいなのを聞いた時に、 佐々木先生から言われた言葉がですね、大学は君にお勉強、君がお勉強をするために、税金を使っているのではないって言われたんですね。 なかなか手厳しい言葉だったんですが、これどういうことかというと、大学は、お勉強は、高校までにしてきなさいと。 大学っていうのは、研究をする、もしくは探究をする場であると。そこに税金が投入されているっていうのは、国を良くしていくとか、社会を良くしていくために、自分なりの観点を見つけて、自分なりの意見を言って、 自分なりの視点を、過去の膨大な研究があるところに、だけれども、小さくても自分なりの観点を付け加えると。その研究をする、お勉強じゃなくて、研究をするっていうことのために、それに価値があるから、税金が投入されているっていうことなので、 先ほどまで、学びたいときが学びどきっていうような、学びっていうキーワードを、そんなに区別しないで使ってきたんですけど、大学っていうのは高等教育機関であって、別に義務教育でも何でもなく、行っても行かなくても良いわけなので、 そこに行くからには、やっぱり研究、探究をして、それを社会に貢献していく。社会を形作っていくとか、良くしていくことに使おうっていう、この気概は持ちながらいかないといけないと思うんですね。 だからこそ、税金を投入されていて、国の税金で国とか、時代とか社会をより良くしていくとか、少なくとも学問っていう探究の中で、自分らしい観点を付け加えるっていうのは、すごい大事かなと思っているので、 そうじゃない場合は、別に就職のためとかではなくて、行かなくても良いって言うと、学歴社会で受験頑張っている方にとっては、あまりあれかもしれないんですが、本来は大学って研究をして、そこで文化的な資産を、資源を積み重ねて、国なり社会を豊かにするためのものだと思うので、 そういう気持ちで行くのであれば、学びたい時が学び時だし、自分のお金でそれをするぐらいの方が、一律で高校を卒業して入って、就職活動の前試験みたいな感じであるよりも、 特にAI時代で、ただの知識とかっていうのを測っても、あんまり意味がなくなってくる時代においては、ここの大学の捉え方っていうのも、少しアップデートをしてもいいんではないかなというふうに思っていたりします。 はい。といったわけで、今日はこの辺で。今日もあなたの1日がユニークでありますように。では、また明日。 もっと見る #教育 #大学 #AI時代の教育 価値観の凝りをほぐすアート思考ラジオ若宮和男@起業家/アート思考著者/福岡女子大客員教授00:081.はじめのご挨拶00:472.歳をとってから大学に行くのは悪いこと?04:533.自身の経験https://x.com/i/trending/2101522806148071751?fbclid=IwY2xjawUli1FleHRuA2FlbQIxMQBwZG9mBXNydGMGYXBwX2lkEDIyMjAzOTE3ODgyMDA4OTIAAR5xPUe7wxMstV3YqS7vgHZ5GR2KD1vMyUjtDv9v6BvcGIje6aaz1xzQNecAOw_aem_BmUWm-6ZQJ0irZ9tJAy14g05:344.①学びたい時が学び時、②自分のお金で行ってみる07:055.「お勉強」ではなく「研究」をするコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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