TOPエンタメ映画・本鳥井弘文の旅と読書とコミュニティおばあちゃんという存在の優しさと、不気味さ。 ゲスト:おのじさん21:38 2025年9月13日 499再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次おばあちゃん子だった私達、今思うこと現代社会におけるおばあちゃんの役割とは?AIと高齢者の関係性、未来予測おばあちゃんの存在、甘えと自立のバランス消えゆく存在との向き合い方、そして未来へAI文字起こし(β版) # チャプター1 はい、じゃあ今日もゲスト会で小野井さんに来てもらってます。よろしくお願いします。 よろしくお願いします。 今日は、おばあちゃんについての話をしたいなと思っていて、 というのも、たまたまね、今二人で話せたら、 二人とも実はおばあちゃん子だったって話をして、 でも、現代のおばあちゃんがいなくなってるんじゃないかって話が話題になって、 それすごい面白いから話そうよってなったんですけど、 小野井さんはやっぱり学校という現場に立っていて、 子どもたちに今おばあちゃんがいないっていうのはすごい感じるんですか? それはすっごい感じますね。 もう各家族が本当に住んでて、みたいなところもそうだし、 結構なんだろう、本当に友だたらきの方がすごく多いし、 なんか本当に、なんていうのかな、 いや、おばあちゃんっていう存在、 なんか今になっておばあちゃん、おじいちゃんっていう存在って、 いや、すっごい今、自分がおばあちゃん子だったっていうのもあるからなんですけど、 もしくはおばさんとか、そういう人の存在ってめちゃくちゃ、 いやー、すごい存在だったんだなーって今すごい感じます。 いや、本当にそうですよね。 僕らがおばあちゃんから受け取ってきたものって、 なんかあげたらキリがないぐらい山ほどあるわけじゃないですか。 でもやっぱりこれっていうのは本当に家族の中の役割分担みたいな話であって、 お父さんが担うべき役割、お母さんが担うべき役割と、 やっぱりおばあちゃんがそこで真ん中に入ってというか、 間に入って立ち振る舞ってくれることって全然違うわけですよね。 だからおばあちゃんがいないってことは結構な危ういことなのかもしれないですね。 そうですね。SWCの両太郎さんの下Sとかでも、 本当におばあちゃん的存在がすごい大事みたいな話をされてて、 やっぱりそういう風に肯定してくれるじゃないけれども、 本当に学校でもない、親でもない、友達でもない、 もうダイオンの人というわけじゃないけれども、 本当に別の存在みたいな、 もしかしたら今オンライン上で何かそういう存在に出会えているのかは分からないけれども、 そういう存在みたいな人ってすごく大事なんじゃないかなって思った。 本当にある種、 こういう言い方で言ったら語弊があるけど、本当に理外関係がない。 だけど自分のことを、ある種大好きでいてくれる人っていうか、 そういう人に出会うって想像なくないですかっていうことを思ってしまって、 だから私なんだろうな、おばあちゃん大好きだったんですよねって言ったら、 それは子供達にとって結構、私は結構すごい、 一緒に暮らしてたわけじゃないんですけど、 学校からおばあちゃん家に帰るみたいな感じで、 おばあちゃん家に行ってみたいなことが結構多かったんですよね。 あ、じゃあ私1ヶ月おばあちゃん家に暮らしてくるねって言って、 おばあちゃん家に来るとかもあったりみたいな感じで、 あとは、私おばあちゃんの話聞くのすっごい好きだったんですよ。 おばあちゃんとそういう話しました。 どういう話ですか、例えば。 だからなんか、結構自分が悩んでたりとかした時に、 おばあちゃんにたくさん苦労した話とかしてとか言ったりとかして、 おばあちゃんもね、生きてる時にこういうことがあってみたいな、 大変だった時の話とか、そういうのをしてみたいな、そっからどうしたのみたいなこととか、 結構子供って本当に悩んでることって、大人に言語化できなくないですか。 すごく。 私は結構割かし、小学校、低学年とか親に色々話せたかもしれないけれど、 自分の本当に悩みとか、そういうのとかって親にあんまり言えなかった。 し、じゃあ学校の先生とかにも本当に言えなかったりとか、 本当に一瞬、この先生に一瞬すごい気づいてもらった時があって、 わーみたいなことはあったかもしれないけれど、 基本絶対話せなかった、みたいなところがすごくあったから、 だからこそ今とかでも、私は子供たちが目の前で話してることも、 本当のことで本当のことじゃないんだろうな、みたいな感覚とかもすごくあるし、 じゃあ子供たちって本当に本音ってどこで言ってるんだろうな、みたいなこととかもすごく思ってしまうので、 私は結構、おばあちゃんにもすごい本音を言ってたかと言ったらまた違うけれど、 でもそういう、おばあちゃんの苦労話とか人生話をたくさん聞いて、 自分の肥やしにしてたことはあったなっていう。 結果肥やしになってたって今頃くらいになって気づきますよね、余計に。 なんだろう、おばあちゃんの話聞く何がいいかって言ったら、 長い人生をこんなに生きてる人が、いろんなことあったけど乗り越えていったんだなっていう話を聞けたのが、 自分の悩んでることとか、例えば学校の中で起きてることとか、 なんかうまくいかないなって思うことを、 そういう60歳とかのおばあちゃんから言ってもらえるってことは、 じゃあ私大丈夫だなって思えるな、みたいな。 意気込みですもんね。 こんだけいろんなことあっても、60年間おばあちゃん生きてきたんだねっていうところにすごいあって、 だからおばあちゃんの話とか、おばあちゃんと話をしたりとかするの、 本当に楽しかったっていう感じでした。 だってね、今こんだけおばあちゃんについて語ってますからね、小野寺さん。 僕もう小野寺さんの後ろにちょっとおばあちゃん見えてきましたけど。 それなんかめっちゃおかしい方向に行くんで、やめてくださいって。 本当大事なことだと思ってて、 なんだろうな、おばあちゃんってある種無責任な立場から子供を全肯定できるじゃないですか。 お母さんだって全肯定したいと思うんですよ。 でもやっぱりとはいえお母さんとしての立場として叱らなきゃいけないみたいな話があって、 だからなんかドラえもんのおばあちゃんの思い出とか見ればすごいよく伝わってくると思うんですけど、 なんかあの伸びてを全肯定するおばあちゃんって尊すぎるというか、 でもあれはもう家族の構成的にもおばあちゃんしかできないみたいなポジションだと思うんですよね。 人類の進化学の中のおばあちゃん仮説って知ってます? 人間だけが類人猿の中で、 平形後に生きる年齢が長いんですって。 これはゴリラを研究している山際十一さんがおっしゃったことでもあるんですけど、 ゴリラって60歳くらいまで妊娠するんですって。 で、その後すぐ寿命を迎えるみたいな。 だけど人間の場合は、分かんないですけど4,50代ですか。 それくらいの時に平形した後に、それがずっと長い。 これは何のためかっていうと、 子供を産んだ世代、孫の世代を育てるために長いんじゃないかっていうのがおばあちゃん仮説っていうのがあって。 そもそも子育てをするときの大前提として、 おばあちゃんが存在してるから子育てができるっていう人類の家族共同体として、 もう必要不可欠なものだったと思うんですよね。 多分そういうのは他にもいっぱいあって、 例えばおじさんとかおばさんみたいな斜めの関係みたいなものもあると思うんですよ。 だけど今この各家族においても、その斜めの関係がなくても何とかなりだってるっていうのは、 逆に言うとインターネット上というか、 TwitterとかFacebookとかYouTube、インスタみたいなところに、 お兄さんとかおじさんおばさんは山ほどいるんだと思うんですよ。 それこそ子供たちにとってヒカキンがおじさんであったようにみたいな話で、 そうやっておじさん的な、親の縦の関係じゃなくて斜めの関係みたいなものは インターネットでめちゃくちゃ見えるようになったから、 逆に意外といらなかったみたいな話だと思うんですよね、斜めの関係として。 ただ、そのおじいちゃんおばあちゃんみたいな、 何の関係というかわかんないけど、下で包摂してくれるっていうか、 セーフティーネットみたいな、縁の下の力持ちみたいな人たちは、 実はインターネットには全然いなかったってことでもあると思うんですよね。 その弊害が今おばあちゃんがいないってことの起きてる子供たちの、 孤立を生むというか、孤独感を生む一つの原因にもなってるのかなと思いますね。 そうですね。そして、すっごい、なんだろう、ちゃんといい意味で甘やかしてくれるじゃないですか。 ほんとね。 それって、私やっぱ大事だと思うんですよね。 うん。 その、なんだろう、本当に、こう、何でもなくこんなにも甘えられる存在っていうか、 なんかすっごい大事だなって思うし、 多分絶対お母さんとかお父さんから、お菓子あげないでとかって、 このプレゼントとかみたいなこと言われるかもしれないけれど、 それでもある種、買ったりとか、例えば何かこう、っていうのとかって、 これってやっぱり、なんだろう、学校の先生でもできないし、 親とかなんだろう、できないし、 本当に友達とかでも絶対できない、 本当にそういう甘えができるっていう、 この、なんだろう、甘えられるっていうことは、 私はこの、これは本当に大事だと思うんですよね。 これ多分塾の先生とかでも絶対できないと思う。 うん。 って思っちゃうんですよ。 塾とか、その、なんだろう、そういうカウンセラーさんとか、 その、なんだろう、このなんていうのかな、 本当これ絶妙なんですよ。 うん。 めちゃくちゃ、本当に、これなんて言えばいいんだろうっていう感じなんですけど、 その存在の意味っていうのは、今本当に一瞬もあって、 すごいことだったんだなって思いました。 なんて言えばいいんだろう、本当にこの、 なんだろう、関係ってすごい思いました。 ってなった時に、じゃあ今それがインターネットで何になりそうかっていうと、 多分AIだと思うんですよ。 AIがもう完全にその人の全構成して、 全部をケアしてくれるっていう状況を作ってくれて、 ある種おばあちゃんみたいな立ち振る舞いできるわけじゃないですか。 そうなった時に、じゃあAIでおばあちゃんは大体できると思います? えー、できないと思います。 なんでそう思います? えー。 なんで? なんで? えー、なんで? えー、なんだろうな、なんか、 その全構成してくれる、なんだろう、これすっごい微妙な感じなんですけど、 全構成しかしない全構成と、 全構成しかしない全構成と、 おばあちゃんってある種多分、 甘やかしてもくれるけれども、 なんだろう、甘やかしてもくれるけれど、 多分、結構、たとえば、 いやわかんないですよ、私のイメージですけど、 今現在におけるおばあちゃんおじいちゃんって、 ちゃんとしかってもくれるおじいちゃんおばあちゃんでも、 あるなーって思ってて、 それ私結構その職場とかでも、 50代の方とか60代の方とかと一緒に働いてる時に、 そのなんだろうな、あ、これは本当に今の若い先生とか、 30代の私とかにないやっぱり視点で対局感を見てる人たちでもあるみたいなところはあって、 だから、なんだろう、その、なんだろう、 自分の価値観にあった全構成しかしない全構成と、 そのちゃんと自分の世代とも時代とも違うんだけれども、 甘やかしてくれる存在であり、 かつ、なんだろう、ちゃんと自分の価値観ともちょっと違うことを持ってる人たちっていう、 なんだろう、その時代だったり歴史だったり、 なんだろう、そういう60年生きてきた人たちっていう、 中での肯定とは全然違うものだと思うんですけど、 どう思いますか? いや、めちゃくちゃ面白い話ですよね。 僕も答えもないですよ。 そのAIがおばあちゃんを代替できるのかどうかってことはわからないけども、 でもなんか直感的にできなさそうじゃないですか、圧倒的に。 それって何なんだろうなって考えるときに、すっごい面白いなって思うし、 確かに今おほんじさんがおっしゃったような仮説っていうか、 その60年生きてきた中での全構成しかしない全構成と、 なんかどっかで起こる可能性があるとか、 どっかで全然違う存在であるっていう、 だからなんかある種の異形の念みたいなものがそこに抱くんだと思うんですよね。 イフの念かもしれないし、なんだろうな、 あー、めっちゃむずいな。 なんかその、自然とかにも近いんだと思うんですよ。 自分よりも圧倒的に先にこの世界にやってきている存在に対しての、 ある種の恐れみたいなものも同時にはらんでるし、 あとちょっとした不気味さというか、 老いみたいなところも多分関係してくると思うんですよね。 あれが、あのおばあちゃんがツヤッツヤでツルツルしてたら、 多分また違う印象を僕ら抱くと思うんですよ。 なんかそこに年齢のようにというか、 いい意味で美しいシワが入ってるからこそ感じる、 そのエイジング効果されたものの持つ説得力というか、 力強さもあるわけじゃないですか。 新築じゃなくて古民家に行った方が包摂されてる感覚があるみたいな。 なんかAIは新築はだいたいできると思うんだけど、 ああいう古民家みたいな包摂感っていうのは出せないと思うんですよね。 なんかその、それにも近いと思うし。 何なんでしょうね、これね。 へー、でも何だろうな。 なんか、いやこれすごい難しいけれども、 いやもう全肯定しかしませんよっていう全肯定って、 人間ってやっぱ欲しくなるんですかね。 何だろう、分かんないけど。 欲しい人たちが山ほどいるから、 やっぱりチャットGPTの保護問題みたいなものは出てるんだと思うんですよ。 たらたら全肯定されたいみたいな。 でもそれってのは多分なんか、 どっか誤ったというか半分依存的なところだと思うから、 あんまり健やかではないと思うんですね、健全ではないというか。 だとしたときの、 そのおばあちゃん的な健やかさって何だろうなっていうのは、 すごい気になりません? いやー、すごい気になると思うし、 そのおばあちゃん的な全肯定があるじゃないですか。 でも、例えば、 じゃあ、今も私とおばあちゃんがどちらも亡くなったので、 おじいちゃんしかいないけれども、 そのめちゃくちゃ甘えた子供のときがあって、 じゃあ今もめっちゃすごい甘えるかって言われたら、 そうなくてないじゃないですか。 その、何だろう、甘やかすみたいなところっていうか、 何て言うのかな? これ伝わります?今言いたい。 もうちょっとください。 何だろうな。 だから、 ちゃんと甘えられるからこそ、甘えなくなっていくっていう。 そういうことか、はい。 家庭をちゃんと踏めるじゃないですか、 そのおじいちゃんとかおばあちゃんっていうか、 みたいな。 っていう感覚がすごいあって、 でもなんか、チャットGPTの、 その、何だろう、全肯定感みたいなところって、 いや、分かんないけど、 何か、 何だろうな。 何かまた違う、 何だろう、 肯定感っていうか、甘やかす感みたいな感じがすごいあって、 何か分かんないんですけど、 その全肯定を使えば使うほど、 何か、分かんないけど、 いや、分かんないけど、 恐ろしい方に何だろう、 いきそうな感覚が自分の中ですごいあるっていうか。 分かりますね。 おばあちゃんに対してのその全肯定からの、 むしろ自分が自立していく方向に向かうっていうのは多分、 めちゃくちゃあるなと思って、 多分、おばあちゃんの中にある老いみたいなものを、 ちょこちょこ感じる瞬間に、 何だろうな、消えゆくものであるっていう言い方すると、 あれかもしれないですけど、 今度は自分が支える側に回るものである、 みたいな感覚も同時に抱くんだと思うんですよね。 でも、AIに対してはそういう感覚、 多分抱きにくくて、 何かやっぱそれとかって、 何だろうな、いろんなおばあちゃんが出てくる物語って、 いろいろあると思うんですけど、 例えば最近だと、J.B.バンスのヒルミレレイジーっていう映画とかも、 お母さんよりはおばあちゃんに育てられたっていう物語なんですね。 で、今のJ.B.バンスがいるっていう、 副大統領になってるって話なんですけど、 何かあの感じとかも、 おばあちゃんに、 ものすごく無敵なおばあちゃんみたいな出方から、 後半では老いていくおばあちゃん、 それを自分が支えていく、 お母さんも自分が支えていくっていう、 何かあの成長物語みたいなものは、 何かおばあちゃんじゃないと描けないなって思うし、 何だろうな、 圧倒的に物知りなのに、 ちょっと老いていくとか、 ちょっと弱っていくみたいな感覚を、 おばあちゃんってのは持ってるんでしょうね。 そうですね。 いやー、と思っていたので、 いやなんかその肯定と、 肯定においては、 全く別の文脈を持つなーって、 すごいおばあちゃんのその肯定と、 AIの肯定っていうのは、 すごい、 全く似て非なるものだなーって思いました。 面白いですね、これね。 全く似て非なるものだなって思うけど、 うまく言葉にできないから、 これは聞いている皆さんにも、 何が違うのかとか、 もしくはAIがおばあちゃんを完全に代替できるだろうって、 意見もありえると思うので、 そう思う人にはそういう意見も欲しいし、 改めて僕も考えたいなって、 今めちゃくちゃ思いましたね。 何が違うんだろうって。 あるはずだから、 考えがいがあるなーって思ったし、 すごい面白い問いでしたね。 はい。 じゃあ、 なんだろう。 え、なんか、 ごめんなさい、めっちゃ終わりにさせたかった。 AIってなんか、 今から始まったものだから、 いなくなるっていう感覚、 全くなくないですか。 ここからなくなるはずはないっていう。 なくなるはずはないみたいな感じで、 そういう感覚めちゃくちゃありませんか。 例えばiPhoneとかデジタルもそうだけど、 なんかもう、 これから自分が死んでいくまで、 絶対になくならない存在みたいな感じに、 思いません? むしろどんどん最強になっていくっていう。 ってなった時に、 絶対に いなくならないって思った瞬間に、 自分からかつ離れていくこともしない、 みたいな風に思った時に、 人間って、 より感情的になるのかな。 甘いすぎちゃうのかな。 どうなんだろう。 自律しない方向に向かう。 依存する方向に行くのか。 どう思いますか、今。 でもそれは本当そう思います。 ある種、期限が区切られているから、 この間にっていうか、 それはめちゃくちゃありますよね。 しかもかつ、24時間体制じゃないですか。 24時間、 いくらでも話せる、 自分のことを受け止めてくれる。 ってなった時に、 人間って、 よりそっちに吸い込まれる、 依存してしまう方向に 行ってしまうのかなって、 思って、 で、ある週、 チャットGPTが、 絶対いなく、 これからその先いなくならないと思うけれど、 いないことはもう考えられない。 逆に言うと、 いなくなったら、 不安定になってしまう自分みたいな感じに、 起きちゃうのかな。 実際起きてますしね。 ちょっとでもサーバーがダウンしたら、 みんなもうアタフタしてますからね。 そうかなって、ちょっと思ったっていう。 確かに、だからその、 おばあちゃんの寿命みたいなものとか、 見えてるとか、 徐々に老いていく感じに触れられるとか、 そういう人間的な、 ある種の制限みたいなものが、 あって思いましたね。 めちゃくちゃ面白い。 これ本当に皆さんの意見聞きたいですね。 何だったら忘れてたので、 このテーマで対話会してみたいぐらいな、 おばあちゃんって何だろうって、 すごい特殊なというか不思議な存在ですね。 いやー、本当にちょっと今思うと、 私本当におばあちゃん大好きなんですよ。 みんなおばあちゃん大事にしよう。 本当に。 ありがとうございました。 ありがとうございました。 もっと見る鳥井弘文の旅と読書とコミュニティプレミアム放送配信中!21:381.チャプター1コメントプレミアムリスナーになるとコメント欄に参加することができます プレミアムリスナーに参加する
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