TOPエンタメ映画・本鳥井弘文の旅と読書とコミュニティ「肯定」と「承認」と「否定」の違い。その適切なバランスとは? ゲスト:おのじさん23:34 2025年9月16日 568再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次肯定と承認、その違いを徹底解説承認社会の落とし穴とは?中指を立てたくなる現代社会肯定・否定・承認のバランスとは?真の承認と分断からの脱却AI文字起こし(β版) # チャプター1 はい、今日もゲスト回ということで小野寺さんに来てもらってます。 小野寺さんよろしくお願いします。 よろしくお願いします。 今日は僕が以前書いたブログになるのかな? それとも和製サロンの限定投稿かな? そんなところで僕が書いた内容について小野寺さんが ここもっと深掘りしてみたいみたいな話があったので ぜひそれをお願いできればいいと思うんですが、どんな内容でしたか? はい、確かつぶやきだったかなと思うんですけど 肯定と承認の違いの話。 肯定と承認って似てるようでそこには天と地ほどの差があると思っている。 肯定イコール道徳的賛美。承認イコール構造として受け止めると個人的には認識していて 世の中のほとんどの出来事は承認にとどまる。 肯定できることは1割にも満たない。でも否定もしていない。 承認したから肯定もしたと勘違いする人も多い。 肯定しなかったら承認さえもしていないと思う人も多い。 例えばツイッターというあふれる空間であっても承認したい。 それこそが世界だと思うからこそ使い続ける。 肯定できないから簡単に裏切って人になり何かしらの規制をしようみたいに思わない。 むしろそれこそが一番危うしそうだみたいな形で。 これは今すごく大事な視点なんじゃないかなって思ったので ここについてお話できたらな、聞けたらなって思いました。 本当に嬉しいです。 僕が基本つぶやきに書いていることは まだブログには仕切れないんだけど でも自分の中で漠然と大事だなって思うことの 下書きというとアイデアソースみたいなものを バンバン和製サロンのつぶやきの中に投げてるんですよ。 だから時に結構鋭利な刃物でいくねって時もあるし 一方でそれが自分の中で腹落ちしてくると 一方のブログにまとめるみたいなことをよくやっていて これに至っては僕は今まさに考えている最中で まだいまいち自分の中でこれをどう判断すればいいか 分かっていないという状態なので ここを深掘ってもらうのがめちゃくちゃ嬉しいんですけど どのあたりに考えるポイントがあるなって感じましたか? 考えたポイントというのは 肯定と承認が結構 承認したから肯定したと勘違いする人も多いみたいなところで 結構イコールでつながる人も多いのかなっていうのがあって 私のイメージですよ 承認っていうのはベース その上に肯定と否定みたいなのが乗っかってくる感じ っていうイメージがあって でもすごく 今ここの肯定イコール承認の勘違いとか謝りみたいなのが めちゃくちゃあるなーっていうのもすごく感じているし なんか今 承認の方が今すごい肥大化してるっていうか そっちの方がより強くなっている感じが いろんなものから感じることがすごく多くて だから承認の方が強いっていうか 承認の方を求めてる強いみたいな感じのこともすごく感じるし ある種そこのベースにありながらも 肯定と否定みたいなところが なかなか弱くなってるっていうか そこが承認がベースにあるんだよってことを の上の肯定と否定みたいなところが難しいのかな みたいな感じのこととか あとはこれってめっちゃ 承認ベースみたいなところが強ければ強いほど 分断がすごい加速していくみたいな 予定もめっちゃあるし 多言主義が加速していくんじゃないかみたいな仮説 あとはこの承認と肯定の違いみたいな 誤解とかって これすっごいいろんなところで発生してるなと思っていて それはもちろんそういうツイッターっていう中でもあると思うし 普通の人間関係的な部分でもちゃんと発生してる部分でもあるし そこに気が付くためには 自分自身が気が付いていくためには 何が必要っていうか そこはすごいめっちゃ なんていうのかな 考えたいなと思う問いだなっていうか 尾主さんが感じられる今社会に増えてる承認の具体例ってどんな感じなんですか 具体例 そういう風に増えてるなって思われるっていうのは僕もすごく同意するんですよ だけど一般的にどのあたりに尾主さんが感じ取ってらっしゃるのか すごい気になるなと思って 具体例か なんだろう 例えばこれはこのタイミングで絶対 感情とか言葉とか出さないなっていうものだとしても 何だろう外側にバーンって出したとして なんだろう出ている でもそういう構造とか そういうことが起きてしまう何かも絶対あるから そうやってなんだろう あるよなっていうのは理解できる でもそれをなんだろう出すことっていうのは私の中では肯定はできないみたいな なんて言えばいいんだろうこれ 具体例ありますか鳥井さんは 承認ばっかりが増えてる具体例ですか なんだろう承認ばっかりっていうか だからなんか なんて言えばいいんだろう なんか なんて言えばいいのかな 承認っていうのは例えば 川が流れている 事実であり承認でもあると思うんですけど だからなんかその なんていうのかな 例えば私が中指立てたくなるような出来事があったとする これはもう承認というか 中指が立てたくなるような出来事がある じゃあ実際にそれを相手に対してとか何かに対して中指を立てることは肯定できない これ伝わりますか そこは相手を傷つけるかとか言っちゃいけない一戦があるな それは自分の中ではやらないし肯定できないことなんだけど でもなんか今 中指立てたくなるようなことはいっぱいありふれている しかしそれを実際に中指を立てまくっているみたいなところはきっとあるのかな あんまりよくわからなくなってきたんですけど そういう私の具体とするならばこれは聞いてどう思いますか なんかわかるようでわかんないですけどね 言うことはなんとなくですけど伝わってきて 肯定ってのは自分が本当に道徳的賛美できること 100%同意できるしそれがもっと世の中に広がればいいなって私の価値観なわけじゃないですか 否定ってのはこんなものが世の中にあることは間違ってるみたいな これは犯罪であり撲滅されるべきであるみたいなことが否定だと思うんですよね 承認ってのはその間だと思うんですよ だからあなたが言っていることに対して私は100%同意できるわけではないが あなたがそれを言う権利は私は保証するみたいな話にすごく近くて それが多分承認の領域にあること柄だと思うんですよね 大体の人はそこが肯定1割否定が1割の間8割が承認であれば 世の中っていうのはうまく回ると思うんですけど 今それぞれの主張みたいなものが激しくなっているかてまえ 肯定をバサッと言い切ったりとか否定をバサッと言い切ったほうが 世の中では拍手喝采受けるわけじゃないですか だから肯定50の否定50くらいで承認なんて領域は認めませんのほうが 議論している感じになってくるというか そこで人々の字幕を集めるということがビジネスにもなりやすいから 余計にそっちばっかり振り切っていて それに対して違和感を感じる人たちが承認を増やそうみたいなところなんだけど この承認を増やそうにも僕後悔あるというか両面あると思っていて それが寛容さとしての承認としてあればいいんだけれども 無関心としての承認もあると思うんですよ 無関心というかさっきおっしゃったような その分断を広がってしまう原因をつくっている承認もあると思うんですよ これこの間も和泉さんの中で投稿しましたけど 婚活で出会った男性が水道水を飲んでいるみたいな話 私はミネラルウォーターしか飲まないから そういう人と私は共に住むべきではないみたいな だから水道水を飲むことは許容というか承認するよ 住み上げた方がいいだけだよねみたいな話があって あれとかすっごい分かりやすい多言主義の末路だなって僕は思っていて それは多分その言った女性からすると承認なんですけど でもそれって承認しているよりはただただ発説の中の否定の反対の 排除の中の肯定なわけじゃないですか立場としてはね ここも難しさですよね 承認を増やした方がいいっていう風に言うと今みたいな話になっちゃうというか だから肯定と否定ばっかり増やした方がいいのかそうでもないしみたいな 本当に大事なのは何だろう 法説の中の否定的な感覚における承認の感覚なんですけど これってうまく伝わらないよなと思って 今こうやって頑張って説明しようとしてもなかなかうまく言えないから これどうしたもんかなって思いますよね もう一回言ってもらっていいですか 承認の 承認 法説の中の否定の 承認 だから大前提として今あるのは 多分みんなが 言葉巧みというか 意見ばっかりやって イデオロギー論争みたいになって インフルエンサーみたいな人たちとか ご意見版みたいな人たちがすごく振り切ったことを言うと 肯定か否定どっちかに振り切ったことを言うと あんな奴ら死んでしまえというパターンと これこそが正解なんだということを しているのを見て だからそうじゃなくて もうちょっと幅を持った 承認みたいなものを持たないと ギスギスバチバチするだけじゃないか だからこれを反面強心してそういう承認が大事 みたいな論理が出てくるんだけど でもその中でも その承認が大事みたいなことを教科書的に言うと どうしても多言主義に陥ってしまう というか ただただ相手を肯定さえしていればいいんでしょう でも私と一緒には住まないでくれって その排除の論理に行きがちというか そこに橋が架からないというか お互いの尊重はするんだけど 私とは交わらないでください ということになりがち これが多分分断の原因なんだと思うんですよ だから単純に承認が大事で 承認の枠を増やしましょうという話だけをしても うまく回らないという このジレンマどうしたものかな へー どうすればいいんでしょうね どうすればいいんだろう って 思った それを あとは もう一個思ったのは その承認みたいなところ 本当にその承認みたいなところが なんていうのかな それって本来は わかんないんですけど なんだろう わかんないけれども 自分自身で承認するみたいな ところが ちゃんとベースにあるはずで でも私の中で この承認みたいなところは 今増えている 承認みたいなところは ぶつけてる ただ出してるみたいな 感覚も同時にあるんですけど これはどう思われますか 承認をぶつけるっていうか なんだろうな なんて言えばいいんだろうこれ えーこれ なんだろうな え、なんだろうな ぶつけるっていうか この承認みたいな ところが なんだろう こっちが それを承認しましょう もそうなんだけれども なんか その 例えば暴言とか いろんなものとかが エクストリームに溢れてるとするじゃないですか なんか それは確かに なんだろう えー 出すなとかそういうことではないんだけれども なんか ちょっと一旦 やってもらっていいですか えっと え あー えー いやなんか今 喋ってて思ったのは 私と鳥居さんが見ている承認が 違うのかなって思ったんですけど いや僕この欄めっちゃ大事だと思ってて え、だからつまりはどういうことだと思いますか えー つまり なんか そうだな つまり なんかその 承認みたいなところって 例えばなんかいろんな まあいい悪いもそうだし 例えばいろんなものが溢れてるとして でそれを なんだろう そのいろんな考え方とか そういう価値観だとかが バーって今出てて それを承認の方が 今めっちゃ強くなってるじゃないですか でそれを なんだろうな その見続ける弾力っていうか なんかそういうのが あるあるある あるあるある でその上で なんか肯定だったり否定 みたいなところが プラスアルファある気がするんだけども それを 受け付けないみたいな何かがある みたいな感じのイメージ がそれが なんか私は なんか 違うんじゃないかって思うんですよね 違うんじゃないかっていうか だから承認はめっちゃするんだけども でもすればするほど なんだろより そのなんだろう 自分の考えとか意見とかが めちゃくちゃなんだろう 強くなっていくからこそ なんだろう その承認だけでとどまっていいのかっていう ことかな いやめっちゃ大事な話だと思ってて この混乱すごく重要だと思うんですよ でこういうのは多分音声コンテンツだからこそ話せることでもあるから 僕はめっちゃこの話大事にしたいなと思うんですけど なんかだから 今承認だっていう風に言われてることってのは むしろ私を邪魔しないでくれって 話だと思うんですよね その人たちが承認だとして認めてる立場っていうか スタンスっていうのは 結局お前の考え方も私は承認するから だから私を邪魔するなってことが 最終的な言いたいことだと思うんですよ だけどなんかここで言う承認っていうのは もっとなんていうのかな 本当によろさんとかよく言うそう なるようになってんだから仕方ねえだろっていう そういうある種の諦めっていうか定感みたいなものも含めてての 承認になってくるから それは私を邪魔するなって話ではないって思うんですよね だからなんかその 肯定と否定が50-50になっちゃってる世の中を見て いやそれだとどうにもなんないから承認だろって言って その 澄み分けるための承認をしてる人たちっていうのは 一方でずっと肯定と否定の50-50をやってるに過ぎないっていうか うーん だからなんか 本当の必要な承認っていうのは さっき小野寺さんがおっしゃったような 自然災害みたいなものとか を受け入れるのと同じような感じでの その受けたもの精神っていうか そっちのほうが大事なんだけど なんか誤解されがちな 例えば私は一切変わらずに住むっていうか 私の必要はそのままでいいんだっていうことのほうに 行きがちだから なんか僕らすごい違和感を感じてんじゃないか っていう風に思うんですけどどう思います? あー そうかもしれないなーっていうのと えー これすごい いやー今めっちゃ大混乱が起きてますね うーん そうですね なので 確かになるほど よしよしよしとしているからこそ その中で肯定と否定が またさらに起きてるんじゃないか っていう ことがある で なんだろうなんか私の中では あー そうだなそうだな なんか今その養老さんも もうなるようにしかならないみたいな その承認もそうだし なんだろう でも このなんかこの 誤りなんだろう なんだろう勘違いだったり 誤解みたいなものみたいな とこに 橋を架けるためには何が必要なんですか? いやーそこが一番大事なポイントですよね だから本当になんだろうな 私に関与しないでくれって 私の視線の中に入るなっていうことだと思うんですよね 違う立場の人間は だからなんか極端な話ですけど 地底の中で 雨も降る日があれば天気の日もあるわけですよね だけど それはそれとして否定はしない 認めるから降るんだったら外で降ってくれとか 外で晴れてくれみたいな だからなんか大きいドームを作ってる感覚 それが今承認だという風に思われてるんだけど でもそうじゃなくて もっとドームじゃなくて 開かれた球場っていうか みたいなところで雨降っちゃったら仕方ないよねとか 今日めちゃくちゃ晴れちゃったらしょうがないよねとか それか例えば成功うどくみたいな話で なんか今って 成功うどくで 晴れた日には耕して 雨の日には本を読むみたいな行動において 私は今耕したいんだ だから雨は降ってくれるなみたいな話で むしろ晴れを作っちゃうとか その逆の視界で 本当は今晴れてるのに 私は今本を読みたいなだから雨を降らせてやろうっていうか 降ってる環境を人為的に作り出そうみたいな ちょっと話が分かりにくくなったかもしれないですけど なんか その承認の在り方って 本来の承認じゃないっていうか 起きてることに対して じゃあその中でも お互いが居場所を失わずに 生きていけるためにはどうすればいいんだろうね みたいな どこがお互いに譲り合うポイントなんだろうね みたいなところが 私たちの美とか長和的感覚に繋がっていくから なるようになったから仕方ないだろう だから雨が降ってなったら 私が持ってる傘で あの人も内側に寝てあげようとするとか そういう方なんだけど なんか 私のドームの中に入ってこなければ何しててもいいから だから好きにしてねみたいな ことになっちゃってるんじゃないかな っていう風に思うんですけど 伝わりますか 何となく伝わってきました なるほど 承認 みたいな部分が 成功読というか 季節のようなものだとして そういう風に存在する 雨が降る日もあれば晴れが降る日もあるし いろんなところもあるけれども でもそうじゃなくて その中で 私は晴れしかって受け付けない みたいな 私は雨しかって受け付けないから みたいな感じの ことが起きていて それは本来の承認ではないんじゃないか っていうところ で その があると いう感じ その上で 肯定と否定って どんな風に 捉えてますか 難しいですね じゃあ全部を 承認の方に寄せていって もう その空気の方に合わせちゃえ っていう考え方もあるじゃないですか だから 最近僕が読んだ 世界99って本は 世界が99個あるみたいな 要は全てが 界隈になった世界みたいなものを 描こうとしている作品なんですけど この中の主人公が 自我も一切持たないっていう存在なんですよ どこに行ってもその界隈の 正しさとか謝りみたいなものに 私を合わせにいくって話なんですよね つまりどれも承認するっていう だけどその肯定と否定を 捨て去った結果 自らの主体性がなくなって空っぽになってしまった みたいなディストピアを描いているんですよね これってすごく症状的だなと思っていて 意見を持ちすぎれば バチバチするからギスギスもするんだけど 逆に全部意見を取り払うと ただただその場で 合わせるだけで 主体性を持たない人間になっちゃうってことになってから ここをどうすれば どれくらいの安泰がちょうどいいのかみたいなところは 正解はないし どっちに振り切ってもうまくいかないことははっきりしている ということなんだろうなと思います なるほど なるほどな いやーちょっと私の この鳥さんの言葉も なんだろう 肯定と承認 否定の 捉え方 見え方がなんとなく あの 最初のスタートは近かったんだなって すごく思って 今なんかそういう 肯定と否定だったから 55時の肯定と否定だったから 承認に行こうよってなって 承認の方に行ったけれども 肯定と否定が55時 それは本来の承認ではない じゃあ 本来の承認の方を ちゃんと考えようよ その上でまたさらに 肯定と否定がどんな風に 組み込まれてくるのか っていう ところっていうか まさに今 それが大事だなっていうか その過程をたどりつつ 考えるのがめちゃくちゃ大事だなって思っていて 僕もまだまだ これの結論とか全然ないんですけど でもここは引き続き まじで考えていきたいなって思いましたね なるほど まだ頭の中が大混乱してます ちょっとこれ僕もブログとかで 改めてまとめてみようと思うので いい問い出しをさせていただいた感じです へーちょっとこれ 大丈夫かな 大混乱ボイシーになってて 大混乱ボイシー 大混乱ボイシーになってて 本当にリスナーの方に 本当に申し訳ないんですけど これを聞いてみて またご意見ご感想 お願いします お願いします ではありがとうございました ありがとうございました もっと見る鳥井弘文の旅と読書とコミュニティプレミアム放送配信中!23:341.チャプター1コメントプレミアムリスナーになるとコメント欄に参加することができます プレミアムリスナーに参加する
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