TOPエンタメ映画・本鳥井弘文の旅と読書とコミュニティ現代における「文学・小説・物語」の価値ってなんだろう? ゲスト:おのじさん16:51 2025年11月24日 381再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次村上春樹が変えた文学との向き合い方「正しさ」を超えた文学の助け船言葉にならない感情を文学に託す時作家が人生を賭けて描く「問い」文学が導く「再出発」と共鳴する未来AI文字起こし(β版) # チャプター1 はい、では今日はゲスト会ということで、小野寺さんに再び来てもらってます。小野寺さんよろしくお願いします。 お願いします。 はい、今日はですね、僕が最近ブログやVoicyの中で頻繁に話題にしている文学とか、あと物語の話をできたらいいなと思っていて、 なんでこの話になったかというと、小野寺さんが僕があまりにも文学とか小説の話を最近し始めたから、おいおいどうしたんだって思ってくれたってことですよね。 そうですね。この一年すごい多かったなっていうふうに思っていて、ブログとかにも物語の文学の役割だとか大事さみたいなところとかも含めて結構書かれてるなと思って、 なんか本当にすごく小説を読まれてるじゃないですか。今まではそんなに小説って読まれてたんですか? 今まではだから本当に全然読んできてなくて、だけどやっぱ去年本当に火がついたようにというか、唐突に村上春樹を全部読むってことをして、やっぱそっからが結構大きな変わり目だったんですよね。 村上春樹を読んでどんな感銘を受けたんですか? なんですかね。ここに自分の今まで表面的には見向きもしてこなかった葛藤というか、悩みや苦しみも含めての、答えがあるって言うと言葉は違うんですけど、 それをうまく言葉にして一つの物語として浸けてくれてるっていうことをすごく感じたんですよ。 それっていうのは物語にしかできないことなんだってことにもものすごく強く意識させられたっていうか、これは確かに実用書とか他の文章では表現できないこと。 だってそもそもロジックに飛躍があったりもするし、なぜ起きたかもよくわからないことが山ほどあるし、でも人生って逆に言うとなぜ起きたかもよくわからないことのほうが大半じゃないですか。 その中でのそれとの向き合い方みたいなものっていうのは、それは本当に物語の中でしか、小説の中でしか描けないんだってことに本当の意味で腹を下してもらったのが、去年の村上春樹の全部読むってその体験だったんだなって思ったんですよね。 へー、なるほど。なんだろう、生きるっていうか人生におけるそういうものは物語でしかってやっぱり描けないみたいな、文学でしかってやっぱり知り得ない部分があるっていうところが一番強くあったっていう感じかな。 逆に言うと、最近ちょこちょこ言ってますけど、正しさみたいなものはすべて出揃ったっていう中で、それでも腑に落ちないんだよとか、それでも感情的に納得いかないみたいなところに対して本当の意味で助け舟を出してくれるっていうか、本当の意味でそこと向き合う勇気をくれるのがまさに文学だなっていうふうに思うんですよね。 っていうのは文学の中って、ここがフィクションだからっていう理由において非倫理的なことというか、正しくないことも同時に描いてくれるじゃないですか。その中で自分としてというか、お前自身はどうするんだってことを常に突きつけてくるわけですよね。 それは主人公に対して突きつけてるんだけど、そこに没入してる自分自身にも同じ問いを突きつけてくるから、その時っていうのはやっぱり社会的に正しさとか、そもそも法律とかっていうものも全部がんむしされるわけじゃないですか。なんかそれがいいなって思ったんでしょうね。 へー、なるほど。なんかこう人間の具を描いてるっていうか。確かにそれは文学にしかってできないことですよね。できないことですよね。できないことですよね。 今みんながぶち当たってる壁というか、悩みみたいなものもやっぱりそこにあるんだと思うんですよね。そうは言っても納得がいかない。だからこそ、よりなんか自分にとって負に落ちる物語を、でもこの話題における物語っていうのはむしろ作り話を求めてるっていうか、分かりやすくっていうか、自分の腹落ちさせやすい。もしくは誰かを悪役に見立てるための物語が百花繚乱なわけじゃないですか。 むしろ正当性のある話においてもいくらでもそういう物語が作れると思うんですよね。それにみんなでそれぞれの自分が信じる物語を信じるっていう風になって結果分断が起きてるってことだと思うから。なんか世の中も物語によって駆動してるのがまさに今だなって思うんですよね。 もうその正しさとか倫理的正しさみたいなものでもはや駆動してなくて、それぞれが信じたい物語をそれぞれに信じ切った結果でありとあらゆることが起きてるなって思うから。そういう意味でも物語っていう物においてどう人々が動くのかっていうか、どう駆動させられてしまうのかみたいなところの構造理解も含めて多分今物語に興味はあるんだろうなって思います。 へー、なるほど。構造理解も含めた上での物語なんですね。 なるほど。そんな風に読んだことがなかったので。 え、小野さんが普段物語読むときは何を意識されてるの?本当にエンタメというか非日常を味わうためですか? どうだろう。本当に私はどっちかというと、何だろうな、例えば言葉に引用のない表せない感情を持ったときにそれを何で代わりに表すかっていうか引き受けてもらうというわけではないけれども、そうなったときに私は文学が必要だったっていう感じなんですよね。 何か言葉にすらもできないものを抱えたときにそれを表現しないっていうか表現ができないみたいな形になったときに私は文学をすごく必要としていてみたいな形でずっと文学というか結構長い物語とかすごい好きだったんですよ。 そういう長い物語で人間を描いてくれるっていうか、そういうのに自分は本当に没入しながらすごくずっとずっと読んでて、言葉を探しているかのように読んでました。 じゃあ言葉を探すが一番メインの動機ですか? かもしれないですね。言葉を知らない何かに出会ったときにその言葉をずっと探し続けるためにも多分読んでたし、あとは本当に物語をずっと読んでいく中でやっぱり人間の、先ほどもあったけどどうしようもなさとか、絶望の上にさらに絶望が重なっていくとか そういうのってあんまり普段の日常生活でそういうのに出会ったりだとか、たとえお互いにそういうの抱えたとしてもそれってなかなか話したりとかそういうことってしないじゃないですか。 だからなんだろう、そういうのとかも含めて本当に線で人間を描いてくれるっていうか、本当にいろんな人間を描いてくれるっていうか、そこには本当にいろんな人間の全体性っていうかそれが描かれてるなって思うからこそ、 それによって物語としても面白いな、物語としても読むし、そういうふうに結構苦しかったときに私は読んでましたね、文学は。 いや、そうですよね。苦しみみたいなものを本当に描いてくれてる作品っていろんな形においてあるじゃないですか。なんかやっぱ、これ前もこのボーションの中で紹介してますけど、川井駿さんの友達は車のトランクに死体を入れてきたときに相談に乗ってくれるやつだみたいな話。 あれとかもまさにそれって物語の話ですよね。だから、実際問題として車に死体を入れて連れてくる友人なんていないんだけども、でもそれはある種のメタファーだと捉えれば、そういう人には絶対に言えない秘密というか、苦しみみたいなものを抱えて自分のところにやってきてしまう。 それは本当、正しさとかそういう話じゃなくて、どうやってその人と本当に向き合うかみたいな話だから。物語の中ではそうやって本当に死体を入れてくるシーンとして描かれてるんだけど、でもこれって自分に本当に起きてることだよねっていうふうに同時に感じさせてくれますよね。 たぶん私は書いたことがないから、小説とかを書いたことがないんですけど、なんかその作家さんのすごい何かしらの人生のテーマみたいなことが表現されてるっていうか、それに物語を通して触れさせてもらえてるっていう感覚もすごくある。 たぶん作家さん自身が本当に向き合って向き合ってそれを物語に乗せて書いてもらってるような感覚がすごくあって、そういう本当にこの間の痛いところが見えるものの文学のところにあったような、その作家さん自身が生きる中で本当に全身全霊をかけて書いている。 何かに触れられるっていうことも文学の素晴らしさの一つっていうか、物語の何かっていうか、直接私の人生の問いはこれなんですって絶対に言われないんだけど、 でもそこを本当にいろんな形で物語として言葉として表現しながらも、あるものが本当に文学であり物語なのかなって思うと、それに読ませていただいたり触れさせていただけることが自分の生きるの何かにちゃんと触れてくるっていうか、 共鳴するみたいな、何か言葉それそのものが本当に響いてくるタイミングがあるなって思うので、そういう感じで読んでますね。 いやー、本当そうですよね。だからその、本当にドンって私の問いはこれですっていう風に言えてしまえば楽なんだろうけど、その言えないものに対して何とか光を当てようというか、ここにそれがあるんだよってことを証明しようとするためにいろんな手を返しのかい物語を紡いでくれるわけじゃないですか。 なんか、そこに多分僕らすっごい共鳴しちゃうんでしょうね。なんかさっきのトランクに死体を入れての話の、そこにあるものは分からない。その中に入っているものは何か分からない。でもそこ、それこそが大事なんだよってことを言うために遠藤周作とかをずっと書き続けてるみたいな話を河合さんは書いていて、それこそが人間の罪だと思うからっていう話もあって、そのなんか人間の罪みたいなものですよね。 そうですね。 業みたいなものというか、そこをぐるぐる回りながら物語という本当に面倒くさい方法というかね、間接的な方法を使って、ここにそれがあるよっていうことをずっと伝えてくれるから、確かにそこにそれがあるっていう風な、それはロジックで説明されることとは全く違うカタルシスがそこにありますもんね。 そうですね。はい。 なので、私はなんだろう、私は鳥居さんみたいに、この作家さんを全部読むってことは全然してこなかったんですけど、でも本当に、なんかそういうそのなんか人生をかけたっていうか、その人のなんか生きる中での本当に、なんかそこのそこからこう上がってくる何かみたいなものに触れられる機会がやっぱり自分にとっては物語であり小説だなと。 本当に面白い小説を読むこと自体はすごく好きなんですけど、なんかそういう何かに出会うものが文学であり物語ですね。 いやそうですよね。やっぱりその古い物語を終わらせて再出発するっていうのはまさに文学的再出発の話だから、なんかそこから僕らが学べることってめちゃくちゃあると思うんですよね。 なんかともすれば文学とか小説って暇なときに読むものとして捉えられがちだし、なんか実用的じゃないって話になると思うんですけど、てか僕自身がそう思って、そんなの読んでる時間があったらもっと学ばなきゃいけないことが山ほどあるっていう風に思ってた側の人間なので。 でもそうじゃないんだと。むしろその古い物語を終わらせて再出発するときにこそ役に立ち、自分の背中を押してくれるというか、勇気を与えてくれるものが文学なんだってことに、なんか本当にこの年になってやっと気付けたので。 だからなんかそういうものをみんなで読みながらというか、読書会したりとか、なおかつお互いにそういうものを読み合ってるってことを情報交換した中で、じゃああなたはどうするんですかっていう、なんかそこで起きる葛藤も含めて。 その葛藤、お互いに眺め合うこと自体が相手の物語を理解していくっていうか、相手の物語を尊重するとか敬意を持って支えるっていうところに繋がっていくなっていう風に思うので、この物語的な感性というか視点みたいなものをみんなで養っていけたらいいなってすごい思ってるんですよね。 だから自分が率先して読んでると思います。 へー。 そうなんですね。 いやなんか本当になんで物語だと、なんだろう、本当にいろんなこと起きるじゃないですか。 そうやって本当に読めるし、なんか本当にこうやっていろんなことがあるんだよねっていうことも含めて、なんか本当に生きることそのものを伝えてくれてるような感じがすごくあるし。 だからこそ本当に自分が没入しても読むんだけど、それを自分に置き換えた時にもなんか別の感覚にちゃんとなってるっていうか、自分を含まれて肯定されてるものもちゃんと確かにあるよなっていうのも同時に思うんですよね。 全然理解できないこといっぱい起きるじゃないですか、消失って。 でもなぜかそれもこれもどれも自分自身だなっていうふうにも思えちゃうし、こういうのも自分にあったよねみたいな発見もすごくあるので、なんか本当に小説っていうか文学ってすごいなって。 思いますよね。 はい。 本当にだから交渉文学っていうような形でずっと残ってきた神話から始まりみたいな話もそうだと思うんですけど、やっぱりもう人間的な認知構造的にもそこに取り付かないとままならないというか。 本能的にそこに囚われてしまうものでもあるんだと思うんですよね。 そうやって物語を紡いできたっていう歴史も含めて。 だからなんか、それって裏返すとめちゃくちゃ危ういことじゃないですか。 危ないっていうか、それを悪用しようと思えばいくらでも悪用できてしまうものでもあるってことだから。 なんかその危うさも含めて、でもその物語の力強さっていうか秘めてる力みたいなものも含めての、今物語に対しての免疫もそうだし、うまくそれを活用して自分自身が変わっていくってこともそうだし。 その両方が必要だなっていうふうに思ってるんだなってことを今改めて思いました。 いやー、ゲドセンキすごいオススメだな。 いや僕もいつか読まなきゃと思ってますよ。 いやこれはもう本当に、自動文学ですけど本当に、私はもう今年本当にゲドセンキ嫌でした。 うわー、それ聞いたら。 すごいなーって思いましたね。 なのでぜひゲドセンキも読んでみてください。 今何巻まで行ったんですか? 今3巻まで終わったんですよ。だから残り3巻あるんで。 うわー、超変ですね。 本当に、いやすごい本当に。 いやー、それ聞いたらちょっと読みたくなりましたね。 まあなんかそんな形で私のサロンの中でもいろいろ読書会やっていきましょう。 はい。 じゃあこんな感じですか今日の物語の話は。 はい。 ではありがとうございました。 ありがとうございました。 もっと見る鳥井弘文の旅と読書とコミュニティプレミアム放送配信中!16:511.チャプター1コメントプレミアムリスナーになるとコメント欄に参加することができます プレミアムリスナーに参加する
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