TOPエンタメ映画・本鳥井弘文の旅と読書とコミュニティインターネットにあった譲り合い精神とは? ゲスト:F太さん25:40 3月2日 328再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次オーディオブックで読み解く時代の空気感コロナ禍のコンテンツが示す「異常さ」「リアル」と「リアリティ」の哲学Twitterに消えた「譲り合い精神」空間が育む日本的共存の在り方とはAI文字起こし(β版) # チャプター1 はい、では今日はゲスト回ということでエフタさんに来てもらいました。よろしくお願いします。 はい、毎度よろしくお願いします。 1ヶ月ぶりぐらいということだと思います。 はい、お久しぶりです。 今日もオーディオブックカフェの収録の前の時間帯を使って、ちょっとこぼれ話的な話を撮ろうということで撮らせてもらっているんですが、 今アップされているのが2作品あるんですよね。 1つが平野圭一郎さんのある男という長編小説。 読みました。 1つが井上新平さんの弱作法ですね。 はい。 はい、もう読みました。 これがつい最近配信したばっかりだと思うので、それちょっとここのリンクに貼っておくんですけど、どうでしたか?なんか読んでみて。 そうですね、まあ表面的なっていう言い方はあれですけど、話は全然オーディオブックカフェの方でバッチリ話をさせてもらっていると思うので、 そのこぼれ話じゃないですけど、そこで話し切れなかったところとかを今回やっていくということなんですけど、どうですか?でも1ヶ月経っちゃったから、どんな話だったっけっていうところがまだあるのと、 いや確かにまだある男、なんか長かったんですね。 そうですね、結構長いと思いますね。 オーディオブックって本当に意識しないで聞き終わっちゃうけど、結構長くて読みごたえのある内容でしたよね。 考え直してみてもすごいですね、思い返してみても。 僕は文人主義とかそういう哲学っぽい話大好きで、そういうことを主力自重考えてますけど、それ小説に脅し込むっていうんだからね。 どういう脳みそって感じですね。 本当ですね、しかもそれが見事に描かれてあって。 なんかその話と同時に僕すごい読みながら思ったのは、やっぱあの時代の2010年代後半とかからの政治の話めっちゃ多かったなと思ったんですよね。 多かった。 ですよね。 そこ踏ん張りましたね、僕も正直。 こんなに政治の話が入ってくるんだっていうのは、おもてなって話す話でもないから、オーディオブックの本編では言ってないんですけど、オーディオブックカフェの中では。 結構政治の話が多かったなっていう印象で、しかもそれがすごい世相を表すんだなって思ったんですよね。 なんかあの時の話なんだっていう感じが。 当時盛り上がってたというか話題になってた話か、そういえば。 なんか例えばわかりやすくだと、僕らの世代だとポケベルが出てきたらあの時の話とか、他にはそうだな、渋谷がメインだったらとか池袋がメインだったらあの時のヤンキーの話とか。 なんかそういう時代背景を象徴しているものって結構作品の中にあったりするじゃないですか。 逆にそれがないとどんどん普遍性によっていくみたいなのもあると思うんですけど、政治の話題ってこうやって切り取られていくと、確かにあの時そういう排外主義盛り上がってたなとか、なんかこう朝鮮人差別盛り上がってたなとか。 なんかそういった形で一つの時代を象徴するんだなって思って。 そうですね。なんかそれ特に意識し始めたのが、やっぱりオーディオブックを聞くようになってからだなって僕は思って。 というのも正直ちょっと昔ブレイクしたとか、そういうものからオーディオブックになっていくじゃないですか。昔売れた本みたいな感じで。 だからそういうのを聞いてると、ちょっとやっぱり少し古いんですよね。内容が。 だからこの本っていつ書かれたものなんだろうっていうのが毎回自然に気になるようになってきて。 そうか2010年代かとか、コロナより前かとか、後かとか、末最中かとか。だからコロナの影響も大きいですけどね。 だからコロナとオーディオブックっていうので、本が書かれた当時ってどんな感じだったっけっていうのを、AIもあるか。 AIですぐ聞けばこういうことがあったよねっていうのをすぐパーって分かりやすく教えてくれるから。 なんかその時、その時その時の時代を写しとっているっていう文脈のままその本に触れられるから。 昔それをやってなかった頃はね、なんかちょっとこういう話題苦手だなとか、なんか古いなとか、お笑いのネタの感じとかもちょっと古いなっていうので読むのをやめてたりしたんだけど、 そうやっぱ当時はこういうのが普通だったなとか、面白いとされていたなとか、そういうのを思い出しながら聞けるから、読み方変わってきましたねだいぶね。 それって本当に本の魅力というか、しかもオーディオブックの魅力の一つでもあったりしますよね。なんかやっぱりこう日々SNSを触れたりとか、あと対比的なポッドキャストとかはやっぱりどっちかで時事性によるというか、その時の話じゃないですか。 そうね、すごいリアルタイムなのがいいんだもんね、ポッドキャストに特に。 僕の場合って、なんかそうやってその時代その時代を真空パックしてるというか、アサイリョーさんの小説とかすごいわかりやすいじゃないですか。彼自身も自分でその時代の空気感を瓶詰めしたいみたいな話をおっしゃってますけど、 なんかそんな形で、その時で確かにそういうノリあったよねっていうのを、なんかちょっと未来から振り返って俯瞰的に見れるというか、なんかちょっと冷静に見れる自分も出てきて、 ちょっとそういうふうに、あれって意外と結構尖った話だったんだなとか、あれって普遍だと思ってたけど、意外と普遍じゃなくてあの時に終わっちゃったなみたいな話とかって結構ありますよね。 そうだね、本当それは確かに言われてみるとって感じなんだけど、本当にコロナ禍のあの時の空気感って、マジであの時の独特さというか異常だったんだなっていうのを、当時生まれたコンテンツ見てると思いません? あーわかります。なんか当時のマスクをみんなし始めたみたいな時に、やっぱりコゾって漫画でね、Xでよく見てたのは口元が隠されてるから、口元がちょっと見えるっていうところが恋に繋がるみたいなものすごいそういう書かれ方をしてたんですよ。 それにうわーってみんななってたんだけど、今になってそれ読むと、何これってなっちゃうんですよ。なんか当時の空気感だったから白いってなったんだけど、あーそうはならんかったなーっていうところとか、なんか不思議なSF見てるような感覚になっちゃうんですよね。 あー本当ですね、それはSFですもんね、本当に。そこの隠されてるものが見えるってことのある種のエルテシズムみたいなものが、その当時と今では全然違うってことですよね。 当時の空気感で読んだからこそSFだったんだけど、なんか今見ちゃうと、なんかちょっとこう、まあ言葉を選んじゃうけど、ちょっと滑稽に見えちゃうというか。それはでも全然当時はみんなうわーってなってたから、時代が変わったんだなっていうこと。 で、あの短さ。やっぱちょっと我々ちょっと狂ってたんだなって思いますね。日本人は冷静だったって言われるけど、やっぱあの時ちょっと若干みんなパニックだったんだろうなとか。なんか飲食店やり始めて思うけど、当時の飲食店に対する風当たりめちゃくちゃ強かったんですよ。 でもなんかみんなもうすっかり忘れちゃってたよそれ。当時本当飲食店やってなくてよかったなって思いながら。当時描かれた漫画とかで、なんかすごい張り紙とかされてたりとかさ、そういうシーンが描かれてるんだけど、いやでもマジでこんなことあったんだよな一瞬だけど。怖いな人間って。 確かになんかそういうギャップみたいなものが、本当時代をちょっとずれると。3年とか5年とかずれると、なんか客観的に見れるようになって。で、滑稽だなって思うじゃないですか。シニカルだなっていうか。でもそれがきっと今もあるんだろうなって思いません?今の現代においても、たぶんここから5年先に振り返られるときに、今僕らはものすごく熱中してるし、ものすごくこれこそがみたいな。 これこそが生きるということですとか、これこそが争点ですっていうふうに思ってることが、実は5年先から見たらめちゃくちゃ滑稽なことをしてるんじゃないかみたいなことが結構あるんだろうなって思いますよね。 まあ本当にみんなすぐ思い浮かべるのはAIでしょうね。AI驚きマンみたいな職業ができたぐらい、AIの進化に驚くっていう職業が生まれたじゃないですか。でも今本当1年前とか振り返るだけでも、例えばAIが作った絵とかでさ、手が6本あるみたいな。 そういう指とかを見れば見分けがつくんだとか、そういう話してたんですけど、今もうそんなところも見分けつかないですもんね。変化が目まぐるしすぎて。だからそのAIに対して驚くっていうのをログで残してしまうと、ちょっと恥ずかしくなっちゃうからすぐ。最近ちょっとやる人減ってきたかも。 完全に飽和状態ですもんね。みんなそれでインプレッション取りたいっていうのが必死すぎて。 そっかそっか。それで俺のタイムラインには流れてこなくなったのかもしれない。もういいやと思って。確かに。見ないようになっちゃったのかも飽きちゃって。 だから本当に何が普遍であり、何が流行でありみたいなものは、こうやってオーディオブックみたいなもので振り返りながら聞くようにすると、すごく伝わってくるなと思いますし、ちょうど2冊目で紹介している弱さ講とかも、ものすごい時代を切り取った話じゃないですか。 そうですね、確かに。 そこにも繋がっていく話なんでしょうね。 そうですねと言いつつ、弱さ講に感じる時代性っていうのってどんな感じなんですか? まさにニュースピックス編集長としての井上さんが、あの時代のあの空気感というか、ビジネス本が売れに売れてたタイミングでの見方上がりというか、ある種の自己責任論とか、資本主義の波に乗らないと勝ち遅れるみたいな話っていうところが、ちょっと違ったんじゃないかっていうのが一つの弱さ講というところですよね。 それも今となっては結構当たり前となってきて、むしろそれが二極化しているわけじゃないですか。振り切る人たちはAIとかでどんどん振り切っていこうとするし、そうじゃなくて立ち止まろうとする人たちはどんどん立ち止まるというか。 確かにね。 固定する側にいってるし、ここはもう完全に分断というか、分かり合うものもなくなったという。 確かに、ここ二極化だよね。 本当だね。難しいですね。確かにそっか。まだ働き方改革がどうとか、そういう話が本格化する前の段階ですもんね。まだまだ自己責任の範疇でって感じですもんね。 そうですよね。 その時に働きすぎて、相打病を患ってっていうお話ですからね。確かにね、そう考えると時代の空気変わったなって。当たり前に浸ってる空気感だから気づけばいいんですけど、ちょっと前のやつ、5、6年前の本とか読むと、やっぱ際立ちますね。 際立ちますよね。 確かに確かに。 でもそんな機会ってなかなか日常の中に無かったりしますよね。なんか本以外に、例えば昔の映画とか見たらとかもそうかもしれないですけど、意外と無いじゃないですか。 映画でね、空気感感じるのちょっと無いかもな確かに。最近見てる映画で、ちょうどコロナ禍の話を切り取ったやつとかもあって、みんなやたらマスクしてるし、マスク外しながらご飯食べてる姿とか。 懐かしいし、一瞬だったな。同じ感想ですけど。確かにそうですね。どうしても売れた映画とかになっちゃうから、普遍的なテーマのやつばっかり見てるかもしれないですね。 そうなりがちですよね。 そうですね。 あとやっぱりそういうコロナを描いてる作品とかも、やっぱり今から見たときにコロナ禍の象徴的なシーンとか描いたりするから、価値観って意外と今にあったりするじゃないですか。 そうですね。 振り返って描いてるように見えつつ、今僕らが思うコロナ禍ってああいうことだったよねっていうか。 なるほど。 なんかその記憶に乗っかったというか。だから2020年くらいから作られる2011年の311の映画みたいな。 なるほどね。 そのときって結構描かれる価値観というか、そこでの倫理観って2020年だったりするじゃないですか。 はいはいはい。 11年もうちょっと違ったよなって思うけど、でも僕らが振り返ったときに思う11年のリアリティってそういうことだからみたいな。 うん。 なんか本当のリアルとリアリティってそういう風に違うんだろうなと思っておりました。 面白いですね。これ本当に今日聞いた本に繋がってきちゃうから、あんまりここでは喋らない方がいいんだろうけど、めちゃくちゃ落語のことを今思い浮かべてるんですよ。 なるほど。 まあこれはね本編にとっておきたいんですけど、でもやっぱちょっとだけ言うと落語ってすごいよなって。 昔の江戸時代の空気感を今に再現するみたいなことでしょ。 それを演じている人たちがバトンタッチしていくっていう面白さありますよね。 そうですよね。 でも多分10年前の江戸時代感と今の江戸時代感は微妙に違うんでしょうし、なんかそういうのも定点観測できる唯一のエンタメなのかもなっていう気がしましたね。 本当同じ物語、有名な誰もが知っているのは同じ物語を、でも現代の落語家さんがそれを演じるから多分僕らに刺さるように聞こえてくるんでしょうね。 いやー今日この話まじで本編で広げたいぐらい。 本当ですね。後で撮っておきましょうか。 でもそんな形で結構僕らってそういう気づいてないけれども、そういったリアリティとリアルみたいなものの勘違いって結構日々してるんだろうなって最近すごく感じるんですよね。 なんか伝わるかわかんないですけど。だから漫画の中とかで描かれてる世界観とかもものすごくリアルを描いてるんだって僕らは思うんだけど、 でもそれはどっちかっていうと僕らのイメージの中にあるリアリティの方に近づけてるから余計に刺さるみたいな。 いやーそうですね。難しいです。今すごい哲学にハマっててその物自体っていう言葉がよく出てくるんですよ。 物自体っていうのは人間には認識できない世界みたいな意味なんだけど。 目の前にティッシュがあるとして、僕はティッシュとしてこれを見てるけど、このティッシュというもの自体についてはティッシュを構成している要素全てについては人間は認識できないみたいな話なんだけど、 だから全てはやっぱりリアリティなんですよね。リアルって存在するのかっていうのは哲学の面白いテーマで。みんながみんなリアリティで生きてるっていう。それはやっぱりすごく不思議ですよね。 言葉の外とか認識の外が本当はあるってことですよね。人間が思うと。だけどそれは僕らは絶対に認識の外だから認識できないっていう。そういうよくわかんないことになってくるっていう。 リアリティなんだから全部こう自分の好き勝手にイメージしちゃってもいいじゃんっていうふうに思うんですよね。自己肯定感低いとか意味わかんないなって思うわけ。哲学とかちょっと拾い読みしてると。 自己肯定感高いも低いも自分で決めてるんだから。じゃあ高くすりゃいいじゃん自分でって。なんでつまみ調整できないのっていうのが不思議でしょうがないんですよね僕は生きてて。 それはどう解釈されてるんですか。いや絶対いじれるはずだって思ってるんですよね。だけどいじれない不思議ってことですよね。そうなんです。朝起きると自分はまた夜更かしして朝遅くに起きてなんてダメな奴だって自動的にグググってつまみ下がってくるんですけど。何をしてんの。誰がこのつまみじってんのってすごい不思議なんですよね。 今暫定化にしてたエフタサーとしてはそれがなぜできないと思ってるんですか。これはまだ仲良くなれてない何かがあるじゃないですか。なんかちょっとねおかしい。 ちっちゃい小人というかちっちゃいおじさんみたいな話ですか。そうですね。俺の裏にいるねなんか。そいつこの野郎ってずっと思ってる本当に。そいつとどうやったら会話ができるんだろう。死ぬまでにもう少し仲良くなれないかなみたいな。 だからなんか今本当にその認識の問題であるってことは結構一般常識になってきたじゃないですか。なんかそのもの自体というか客観よりも自分の認識の方が問題なんだからその認識の方を変えていこうみたいなあり方で。だから多分これだけホルモンの話とか盛り上がるんだと思うんですよ。やたらドーパミンとかの話するじゃないですかみんな。やたらドーパミンの話しますね。ホルモンの奴隷だっていう話ですよね。 だからその要はその背後に入れるのはホルモンだっていうのが今ホルモンの責任じゃないですか全部。全部ホルモンの責任っていうことになってるよね。それをどう増やすとか減らすとかを食事とか運動とか日々の人間関係の中で良いものが増えるように悪いものが減るようにってことをしようぜってことを言ってるじゃないですか。なんかちょっとおかしいですよね。おかしい。いやおかしい。これ結構おかしいと思うんですよね。 そうなんですよ。おかしいんだけど抗えないというかめちゃくちゃ活用するし。俺もこうやってカフェインを取りながら喋ってるしね。じゃあカフェインを取ってる自分が本当の自分なのかカフェインを完全に抜いた時のぼーっとしてる僕が本当の自分なのかみたいな話になってくるわけですよ。その実存の話になってくるというかね。 だからこそマルクス・ガブリエルみたいな。いやでもやっぱりもの自体は存在するよねっていう哲学がコロナ前から始まってきて。そこをもうちょっと不変性っていうものをもう一回発見し直そうっていう潮流が哲学の中であって。 そこを今は深めていきたい流行りかも自分の中で。 そうですよね。やっぱりこれだけどんどん脱構築みたいな、ひざかっくん繰り返されるとやっぱりなんかもの自体があるんじゃないかみたいなところには一回立ち返りたくなりますもんね。 そうですね。もう一回不変性というか、みんながこの道徳は全人類が同意できるよねみたいなものがあるでしょっていうところに立ち返ろうとしているんだけど、政治とか世界情勢を見るとそれも一気にやるのもまずいなみたいな危うさをはらんでいてとか。難しい。 本当にこの2つの選択肢を迫られて、AとBAどっち選ぶかみたいな。Aに決まってんだろうみたいな。ちょっとゴリゴリっとした感じですよね。 そうですよね。どうしても2者卓一みたいな感じになったりとか、極論とか出てきてしまうんだけど、結局議論じゃんそれみたいな。議論を超えたところの不変性みたいな話を哲学は頑張ってやろうとしてるんだけど。 でもそれって市政のみんなで、市民としてのみんなでその辺を掘り下げていくのって鬼難しいなみたいな。 それどうするといいと思いますか? でもワンチャンAIでなんとかならんかなみたいな。 そうなんですよね。AI民主主義みたいな話ですよね。デジタル民主主義みたいな。やっぱそっちに期待を抱いちゃうからみんなチーム未来に投票するんだろうなって話。 そうですね。難しい。でもそこに自覚が入ってないってどうやって、意図が含まれてないってどうやって担保するのかとかね。難しいですよね。悩ましい。でも面白い。考えるの。 本当にどうしようもなく分かり合えないってことは分かっちゃってるから故に、じゃあそこに何とかしてでも橋をかけてくれるのはきっとAIなんじゃないかって思って。 僕らはそういう作業というか、そういう擦り合わせとか、互いに寄り添うみたいなものを全部AIに委託しようとしてるじゃないですか。その方が上手くいきそうだから。実際上手くいくんだと思いますし。 なんですけど、そうすればするほど僕らは自分自身の能動的な態度として相手に寄り添って一切しなくなっていくのも当然だよなって思いません? 例えばエッタさんとツイッターの話にしたいんですけど、ツイッターとかは昔140文字までだったじゃないですか。だけど今ってそれがいくらでも書けたりとか、あとは記事単位で書けたりもするじゃないですか。で、続きを読むみたいになってると思うんですけど。 なんかあれって、要は好きなだけ俺が書くから、読みたいやつだけ読めよみたいなことになってるじゃないですか。昔ってもうちょっと140文しか書けないから連追すいませんみたいな態度もあったし。 一つのタイムラインを共有してる感覚ってあったじゃないですか。時系列で流れてたから。 おーほんとだね。 だから今ってもう完全にオススメでアルゴリズムだし、いくら書いてもいいみたいになってるから。だからユーザー同士が一つの場所を共有してる感覚一切なくなった。 ほんとだ。そっか連追すいませんってそうだもんね。誰のタイムラインにも興味ないと流れちゃうというのを前提にしないとその謝罪出てこないもんね。しなくなったこれも確かに。 そうですよね。だからなんか昔はみんなで一つの銭湯に入って譲り合ってたみたいなところが、今ってそれが全くなくなって、その結果として譲り合い精神みたいなものは間違いなく人々から減ったな。そりゃそしたらSNSでバチバチするしかなくなるよなっていう風に思ったんですけどどうですか? うわーおもろい。 確かに。昔はインターネットにもあったんだ譲り合い精神が。 そうなんだと思うんですよ。 なんかインターネットってさ、空間的制約から解放されてる感じがあるから、なんかあんまり意識したことなかったんだけど、確かに連追すいませんとか、タイムライン汚してすみませんでした、そそくさみたいな。 思えば2チャンネルの時代から限られた線しか描けないスレットの中で、スレ汚しすますみたいな文化ありましたもんね。匿名の中にも礼儀ありみたいなさ。 そうですそうです。 ありましたもんね。で今ないのか。そこ完全にその昔以上に空間を分かち合うみたいな発想がなくなったんだね。そうなの。 面白いですね。 それは多分本当にAIが出てきたことによっていくらでも文字数もかけるし、だったら出しただけ出して、で数当たる精神で、なんかそのアルゴリズムに乗っかったもん勝ちみたいな。 本当ですね。だから今あれなんだよ自転車のさ、自転車と車の問題がこんなに取り立たされているのは、みんなさタイムライン脳になっている。おすすめタイムライン脳になっているから、自転車が車の例を走っていると車の人は許せないし、タイムラインを邪魔してくるから。 タイムラインを邪魔されたくないんだ全員。道路を歩いているときの歩きスマホとかがイラッとされるのはさ、タイムラインを汚してくるからなんだよね他人が。面白いね。だからもうちょっと限られた空間に出かけていかないといけないのかな。 そうなんだと思うんですよね。なんか本当に自分だけのスマホを見ているとその奥には無限の空間が広がっているように思いますけど、でも本来はもっとなんか空間としてというか幅として、その中でも自分の立ち振る舞いというか譲り合い精神みたいなものって間違いなかったと思うんですけど。 いや確かにね。ってなったときに僕は持ち寄るべきはそういう譲り合い精神がないと人と人とはっていうところがあって、さっきの話に戻るとだから多分AI民主主義みたいなものもAIがうまく僕らを取り持ってくれるように感じるんだけども、しかしそういう精神を持ち合わなくなった人間としてはよりバチバチするなっていう。 そっか。空間的な意識をもうちょっと復活させるじゃないけど、あれしたいのか、するのいいかもね。ライブとかいいのかもね。ライブや映画館に足を運ぶみたいなのはいいのかもね今の時代。 大エロ時代めっちゃみんなギュッとした中で肩を寄せ合ってというか。 すごい狭かったらしいですもんね。 でもそれがこの世界に結一していると考えたときには。 面白いなそれ。 そうですね。だから譲り合いの精神ってギュッとしてるからこそ生まれる生存戦略なんだけど、それが日本人の良さというのは否定は全然しないしいいことだと思うんだけど、それって狭い空間ありきというかね。あんまりその感覚ないですもんね。 そうなんです。 どんどんアメリカナイズされていってグイグイ入っていくっていう。グイグイしたもん勝ちっていう。本当に自分が100で主張していくっていう。 それが多分この後プレミアムで話したいねって言ってた噂のあの本の違和感だったと思う。僕は勝手に思ってて。でも実際どうだったのかって聞いてみたいなと思うので。 そうですね。この本どうでしょうっていうことで課題図書として挙げてはみたんだけど、僕がちょっと途中で根を挙げちゃったやつね。 その根を挙げてしまった理由みたいなところは意外とそういう国民性にも宿るところじゃないかなと思ったので。 面白いですね。 じゃあぜひプレミアムの方後半で聞かせてください。 はい。 じゃあ前半もこんな感じで。 ありがとうございました。 もっと見る鳥井弘文の旅と読書とコミュニティプレミアム放送配信中!25:401.『弱さ考』のオーディオブックカフェのリンクはこちら↓https://open.spotify.com/episode/3tDE0AJvWm97J3pYoYSMk4?si=sq0Iw99YTLG6R4w_-yllnAコメントプレミアムリスナーになるとコメント欄に参加することができます プレミアムリスナーに参加する
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