TOPエンタメ映画・本鳥井弘文の旅と読書とコミュニティ空気を読むAIと、決めたくない日本人の相性が良すぎる。09:56 8月7日 281再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次選択の自由と寿命の意外な関係無意識に選択を狭める規範の正体日本人特有「決めない」文化の甘えAIが導く真実と決断なき悲劇空気を読むAIが変える日本の未来AI文字起こし(β版) # チャプター 1 こんにちは。鳥井博文です。 働くをテーマにした対話型オンラインコミュニティ 和製サロンを運営しています。 さて、本日のお題は 空気を読むAIと決めたくない日本人の相性が良すぎる というテーマでお話ししてみたいと思います。 今日も昨日ブログに書いた内容です。 それでは早速本題に入っていきますね。 先日発売された養老武さんの新刊 自分を知りたい君たちへという本を読んでいて 思わず本を読む手を止めて 考え込んでしまった話があります。 動物への動物は野生よりも安全で 餌にも困らないはずなのになぜか寿命が短い その理由は選択の自由が少ないからだ というふうに養老さんは書いていました。 その上でこれは人間も同じであって 上級公務員と下級公務員を比べると 地位が高い方が健康状態が良いのだと その理由というのは地位が高い方が 裁量権が大きいから つまり自分で選べる範囲が広いからです。 裁量権のない仕事をやらされている人は 明らかに勤務中の欠圧が高いのだそうです。 しかもさらにもっと面白いのはここからであって 客観的な裁量の大きさよりも 自分が裁量権を持っているんだというふうに 本人自身が思えているかどうかの方が もっと重要らしいんです。 ここで養老さんが持ち出すのは あの有名な秀吉のゾーリトリの話です。 ゾーリトリという立場そのものは 当時の身分が低い秀吉には選べない。 でもそのゾーリをただ差し出すのか 懐で温めてから信長に差し出すのかは 自分の裁量で決められるんだと。 つまり自由というのは選択肢が多いことではないわけですよね。 どうしても僕らは裁量権の大きさというのは 客観的に確定してしまうものだというふうに 思いがちなんだけれども 実際にはそうじゃないということです。 どんな制約の中にも 自分で決められる裁量を発見できるのが 人間の真の自由でもあるということですよね。 これというのは過去に何度もここでご紹介をしてきた 刺激と反応の間には無限の自由が存在する というあの話と全く同様の構造です。 じゃあ次に問題になるのは 僕らはその裁量権を日々ちゃんと扱えているんだろうか という問いだというふうに思うんです。 ちょうど並行して読んでいた 神戸大学大学院教授の平吉博子さんの 何がダサいを決めるのかという本に ドキッとする指摘がありました。 僕らは毎朝自分で服を選んでいるというふうに思っていたわけです。 制服があるわけでもないし 誰かにその服装を命令されているわけでもないですよね。 でも実際にはかっこよくなるとか 美しくなることよりも ダサくならない浮かないことばかりに 気を配って服を選んでいる人が 世の大半だそうです。 そしてそういうものだからというふうに 自分を説得して 惰性のように毎日浮かないための服を ダサいと思われないために 着てしまって生活しているんだと 誰にも命令されていないのに 選択肢はあらかじめ狭まってしまっているわけですよね。 しかも本人というのは それを自分の自由な選択の結果だというふうに思っている。 先ほどご紹介した養老さんの本の中には また全然別の文脈で 熊谷慎一郎さんの本の書評も 合わせて掲載されていて これがまた見事にこの洋服の 規範意識の話と繋がるなというふうに思います。 脳性麻痺の意思でもある 熊谷さんの目から見ると 普通の人の動きというのは 自分に伝えた身体の動きのことを察そうです。 そして普通の人は 自分の身体が規範化されていることを 普段全く意識はしていない。 規範というのは頭ではなくて 身体に染み込んでしまっているんだと。 そしてその規範から ずれている人間なんかを見ると 危機反応を起こしてしまう。 それゆえに普通の人は 障害のある人を目にした時に どこか目を背けたくなる気持ちが 起こるのはそのためなんだというふうに 養老さんは本書の中に書いてありました。 障害者は可哀想で 哀れな人たちだというふうに 世間からはみなされてしまいやすいということなんでしょうね。 規範に外れたものを排除する それは社会的にはごく当然の 心情であろうというふうにも 養老さんは本書の中に書いてあったんですよね。 この本の中にはもう一つ 忘れない話があります。 日本の大学生に自分で決めたいことと 自分で決めたくないことを 紙に書き出してもらうと 決めたくないことの方が 決めたいことの2倍になるそうです。 アメリカ人だとこれが見事に逆になるそうです。 皆さんもなんとなく 想像がつくというふうに思うんですが これというのはどこまでも個人主義みたいなものを 貫くとてもアメリカらしい 結果でもあるなというふうに思います。 ただしこの日米の比較に対して 日本人には決断力がない というふうに読んでしまうのは 多分少し違っているはずなんですよね。 なぜなら自分一人で決めれば その責任自体も一人で 引き受けなければいけなくなるからです。 例えば会議で誰も明確に賛成を していないのにいつの間にか 方針が決まっていてそういうことになった みたいなふうに表現される場っていうのは よくありますよね。誰が決めたのかは 誰にもわからない。でも決定だけは 明確に存在しているみたいな感じです。 これっていうのは美しいほどに 責任やその状況自体も 分担してほしいっていう日本的な 甘えの構造そのものです。とはいえ その甘えのおかげで平時には この仕組みみたいなものは驚くほど 滑らかに機能してくれるわけですよね。 極力当事者間の摩擦を抑えて 誰も勝者にもそして敗者にも しないわけですから問題は 誰かが明確に否という風に 言わなければいけない場面であって この仕組みの際に一体どう振る舞うか という話なんです。で 勘の言い方はすでにお気づきだという風に 思うんですがここから太平洋戦争の 話に繋がっていきます。先日 映画館で見た海戦前夜 という映画はまさにそのような 極限状態を描いたような作品 でした。1941年の 4月真珠湾攻撃の 8ヶ月前に官僚や 軍人そして民間から 選び抜かれた若き30代の エリートたちが内閣総理大臣 直轄の総力戦研究所 という場所に集められるところから 物語は始まっていきます。 その極秘組織としての彼らの 任務は模擬内閣を 結成してもし日米が 改選した場合のその行方を シミュレーションすることです。彼らは 国家機密レベルのデータなんかを 駆使して当時最高の頭脳を 掛け合わせて激論とその推論を 重ねて一つの結論に たどり着きます。日本は もしアメリカと戦争をすれば必ず負ける それは手元にあるデータを見れば 明らかであって絶対に覆すことができない 真実であると。しかも 実際の歴史においてもこの 予測ってのは原爆10日だけを 除けばその後の戦局の ほぼ全てを言い当てたっていう風に 言われています。それでも日本は アメリカとの改正の道を進んでしまった わけですよね。この史実を 元にした映画を見ながら僕は 現代と見事に重ねてしまったんですが 結局のところ総力戦研究所 っていうのは1941年の 日本の中にすでに 存在した人力のAIシステム だったんだろうなっていう風に思うんですよね 膨大なデータを入力し 何度もシミュレーションをして推論を重ね 正解を出力するような 機械としての役割です。僕らは 今AIのその性能の話 ばかりをしてしまいますが 正解を出す機械のような頭脳であれば 日本は85年前から すでに持っていたんだという風にも言えそうです そう考えると当時の 日本に足りなかったのは機械の その性能やそのためのデータ量 とかでは決してなかったってはずなんです むしろその答えを 自分の決定として引き受ける 主体の方なんですよね。そして 空気こそが日本を支配してしまって 誰も自分では引き受けなかった 自分で決めなかったわけです。誰も 決めていないのに戦争だけが始まって しまって最悪の結果が 81年前の8月に 次々と現実のものとして 実現してしまったわけですよね そしてひるがえって現代というのは AIが今どんどんと社会の中に 浸透しつつあります。今AIを 使ったコミュニケーションがどこか 感じ悪いという風にされているのも 片方だけがAIを使っているからだという風に 思うんですよね。でも双方が AIを介することが当たり前の 前提となったら一体どうなるのか それはAI同士が 調整して決めた結果だからという風に 割り切って受け入れられる国民 というのは日本人において他に いないんじゃないのかなという風に思うんです 欲も悪くも個人主義みたいなものを 内面化しきらなかったこの国 だからこその棄欠でもあって それが果たして今後基地と出るのか 京都出るのか。もちろん基地の 側面というのははっきりしているという風に思うんです 全てが摩擦なく円滑に 進んでいく。そこで個人主義を 貫き、がを通すような人間は ことごとくむらはじぶにされていく でも今日の側面、つまり 悪い側面ってのはもう少し静かに でも着実にやってくるような気もするんですよね これまで曖昧だった空気を AIは見事に全て言語化をして 最適解を提示してしまうわけですから 一般的には こちらが無難ですとか この表現は過度が立ちますとか言いながら 全てを可視化し平均化されてしまい 推奨として提示されてしまうわけですから ただ この話っていうのは自分で決めろという 説教では終われない話があることが 本当に厄介な点だなという風に思います だって自分で決めない方が 明らかにうまく機能してしまう場面も 同時にあるわけですから 端的に言ってその方が生産性が高いし 結果が出るわけですよね そして何を隠そう それこそがこの国日本という圧倒的な 強みでもあるわけです 明治維新後の日本 戦後高度経済成長期の日本だって この日本人的な 滅死暴行的な特性ゆえに 目覚ましい発展を遂げたわけですよね とはいえ80年ごとに 見事に覆されるわけです 同じその特性の表と裏によって なわけですよね そして今ちょうど戦後80年を 過ぎたところなわけです 今後AIが浸透してきた時に AIが決めたことにするのかもしくは AIを使って自分が決めたことにするのか そのわずかな違いによって これからの僕らの自由とその自由の先にある 命運みたいなものが決まるんだろうな という風に思っています さて今日のお話は以上となります いつもこのボイスを聞いてくださっている皆さんにとっても 何かしらの考えるきっかけとなっていたら幸いです それでは今日はこの辺で また明日 もっと見る鳥井弘文の旅と読書とコミュニティプレミアム放送配信中!09:561.チャプター 1コメントプレミアムリスナーになるとコメント欄に参加することができます プレミアムリスナーに参加する
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