TOPエンタメ映画・本鳥井弘文の旅と読書とコミュニティ「有意義な一次情報」を集めはじめた瞬間、人生はスタンプラリーになる。09:52 8月24日 282再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次AI時代に「価値ある情報」の罠AIが導く人生の「レアリティ競争」村上春樹が語る「面白い人生」の誤解情報処理ではなく「情報化」が要AIには不可能な「くぐらせる時間」AI文字起こし(β版) # チャプター 1 こんにちは、鳥井博文です。 働くをテーマにした対話型オンラインコミュニティ 和製サロンを運営しています。 さて、本日のお題は有意義な一時情報を集め始めた瞬間 人生はスタンプラリーになるというテーマで お話ししてみたいと思います。 今日も昨日ブログに書いた内容です。 それでは早速本題に入っていきますね。 先日、NOTEのふかつたかゆきさんが Xでこんな投稿をされていました。 少し読み上げてみます。 NOTE運用のおすすめは有意義な一時情報や 自分で体験・試した・発案した一時体験を書くことです。 こういう系統をためていけばいくほど AIやアルゴに評価されるようになっていくと思います。 さて、いかがでしょうか。 これってのは本当にその通りだよなって思います。 AIが既存の情報をものすごい速度で 要約や編集ができるようになるほど すでにあるものをうまくまとめ直したのは もう価値がなくなっていくってのは当然のことだと思うんですよね。 そこに価値を持ってくるのはその人がいなければ この世には存在しなかった一時情報の方です。 しかもここで言う一時情報っていうのは 大スクープとか専門的な調査である必要は全くないわけです。 実際にやってみたことだったりとか 誰かと直接話して気づいたこと もしくはある場所で感じたことなど 些細なことで十分なはずなんです。 そしてこれっていうのは かなり大きな逆転でもあるよなって思うんですよね。 AI以前と以後と言っても過言ではない。 AIによってデスクの前ですべてが完結するようになるというふうに思われていたのに 実際にはAIが発達すればするほど 人間はデスクの前から立ち上がることを強制的に強いられるわけですから ここまでの話っていうのは僕も完全に同意をします。 でもだからこそこの直後に置かれていた一言に 僕はかなり大きな違和感というか危機感を覚えてしまいました。 それはAIやアルゴに評価されるようになっていくというのは一文です。 もちろん深津さんご自身は AIにこびろなんてことは一言も言ってないですし むしろPVや麻薬だっていうふうに ずっと言い続けてこられた方でもある。 でもこの言葉を受け取る側 つまりノートのユーザーやフォロワー側は 必ず違うことを考えてしまうというふうに思うんです。 それっていうのは有意義な体験をし 有意義なことを考えて有意義な文章を書こうとしてしまうということですよね。 それ自体は美しいんだけども でもその有意義みたいなものを判定するのが AIやアルゴリズムだというふうになったその瞬間に 僕らの人生そのものをAIのその評価関数に向けて 最適化し始めてしまうジレンマがあるようなというふうに思うんです。 人間がAIを使っているはずだったのに 気づけばAIに生きるに値する人生を採点してもらっているような状態です。 まさにAIの奴隷状態というふうに言えそうです。 そしてこれっていうのはSNSやYouTubeで既に一度起きたことでもありますよね。 インスタグラムが普及すると写真映えする場所に人々が群がるように集まり始めたわけです。 メディアっていうのは僕らの体験をただ記録していただけではなかったことははっきりとしてますよね。 少しずつ記録しやすい体験の方を僕らに間接的に選ばせるようになるわけです。 生成AIというのは同じことをそしてもっと根の深いところで起こすはずなんです。 なぜなら今度は判定されるのが写真の構図レベルではなくて 人生の構図そのものそのストーリーや物語全般の方なわけですから しかもここには格差の問題が必ずついてもあります。 例えば世界一周をしたとか自分で起業した会社を売却したとかそういうことです。 もしくはそんな金融資本の論理の真逆に振って山奥へ移住したとか 仕事をせずに研究をしたとかそういうことかもしれません。 でもよくよく考えてみれば仕事を辞められること自体も 実は一番分かりやすい資本のあり方ですよね。 こういうものっていうのは情報としてはすでに派手だし 特徴量としてもAIがものすごく抽出しやすいわけです。 この人にしか書けないという判定もかなりしやすいはずです。 だからこのAIシフトを素朴に押し進めてしまうと 人生のレアリティ競争みたいなものが始まってしまう。 そして当然それっていうのはお金と時間という 二大資本を持っている人ほど圧倒的に有利なわけです。 一時情報の格差みたいなものがそのまま経済格差にも ダイレクトにつながっていくわけですよね。 このような一時情報の価値という話で僕がいつも思い出してしまうのが 村上春樹のエッセイに抱えていたような話なんです。 エッセイ集やがて悲しき外国語の中には こんな話が出てきます。少し読み上げてみます。 こんなすごい経験をした人は世の中広しといえど そうたくさんはいないだろうと言えるようなことは 僕の背負った経験袋の中には残念ながら一つも見当たらない。 客観的に見てもし僕がこれまで全然小説というものを書いていない人間であったとして 僕は何冊も小説を書けるだけの面白い経験をしましたよと 今の時点で他人に向かって言えるかというと これは言えないと思う。全然言えないと思う。 さていかがでしょうか。この後も長いので全ては引用しないんですが このくだりの中で村上さんは二つのことを言っています。 一つは自分には小説を何冊も書けるような面白い経験なんて一つもなかったということです。 もう一つはむしろ圧倒的な経験をしてしまった人ほど それを文章にする過程で激しい無力感に絡め取られてしまうんだと それらをとても皮肉めいた形で書いてくれてるんですよね。 つまりレアな体験は書くことの役に立たないどころか しばしは邪魔をしてしまうんだと。 そうやって俺の人生を小説にしてもいいですよって言ってくるような人間ほど 小説にしたらつまらない人間もいない。 そして大した経験はしていないんだけど ちょっとしたことに面白みや悲しみを他人とは違った視点から感じ取れる人の方が 小説家に近い場所にいるという風に語るんです。 面白い人生と人生を面白く感じ取るその力っていうのは 全く別のものだということですよね。 そしてAIやアルゴリズムが評価しやすいのは間違いなく前者の方なんです。 だから余計に厄介だなという風に僕は思います。 じゃあ後者の場合はどうすればいいのか。 ここで以前もこのボイシーの中でご紹介をした 村上春樹の書きフライ理論の話に戻ってくると 分かりやすいかなという風に思ってます。 翻訳夜話という本の中で 原稿用紙3枚で自分のことを書けと言われたらどうするかと問われた村上さんは 以下のように答えていました。 書きフライについて書くことは自分に書くことと同じなんだと 自分と書きフライの間の距離を書くことによって 自分自身を表現できるんだという風に語るんですよね。 そしてそれには語彙はそんなに必要じゃなくて 一番必要なのは別の視点を持ってくることだという風に言うんです。 これっていうのは今回のAIシフトの話に対する 完璧な回答になっているという風に僕は思うんです。 書きフライはどこにでもあるし 誰にでも手に入るし別に高くもない。 つまり差がつくのは素材の希少性ではなくて 自分と対象それとの間の距離感の方なんです。 そしてその距離感だけは資本では決して買えないし 手に入れられるような代物でもないんだろうなって このボーイストリーの中でも何度も語ってきたことなんですが 人間の仕事ってのは本来情報処理ではなくて 情報化の方なんですよね。 自分の身体が受け取ったものを自分の言葉に変換をしていく その作業や過程こそが大事なんだと だからこそここが一番大事なところだという風に思うんですが AIに評価される一時情報を得ようというのは 書き始める前に何が価値あるものかを 答えが既に決まっているような そんな状態につながってしまうんですよね。 それっていうのは情報化をしているように見えて 実はただの情報処理でしかないわけです。 素材が自分の身体から取れているという そういうだけであって やっていることは既にある評価基準に沿って 素材をAIの力によって並べ替えているだけの そんな作業になってしまうわけですから。 身体性を重視し一時情報を AIに代出させているつもりであったとしても 実は自分の人生をAIのために最適化をして 情報処理し始めてしまっているわけです。 じゃあどうすればいいのか やっぱりここでもくぐらせるってことなんだ というふうに思うんですよね。 村上さんは以前もご紹介した アンダーグラウンドという取材の本について テープを更新したものを一度自分の中にくぐらせる いやむしろ自分の方を相手の話の中にくぐらせる といった方に近いという話をされていました。 まさにこれがかきフライを油にくぐらせるように というふうに語るんですよね。 そしてくぐらせるには時間がかかるわけです。 早くはできない。 早くはできない。 ここだけはどうやっても短縮できないよな というふうに思うんですよね。 AIが決定的に持てないのは実は体験そのものではなくて このくぐらせる時間の方なんじゃないのかな というふうに思います。 人によってはこれを発行状態といったりもしますよね。 だから僕はこれからやるべきことは 世に珍しい異次元情報を集めに行くことではなくて その真逆だとすら思っています。 年末年始に大津康二郎の映画を一気見したときなんかにも 語ったんですが 大津はずっと同じテーマばかりを同じように描いています。 何度も見ていると正直またその話か というふうに呆れてしまうような瞬間が必ずやってくる。 でもその呆れた瞬間にこそ その人の譲れない業みたいなものに ふわっと触れる瞬間が同時にやってくるなというふうに思うんです。 つまりレアリティの反対は反復なんだというふうに思うんですよね。 そして反復にはお金がかからないし 誰にもできるし 誰にも開かれてるわけです。 毎朝同じ道を歩く人が 昨日まで気づかなかったものをそこに見つけて 本当の意味でその事実を自らに情報化をする それがこれからの書き手の価値なんだというふうに僕は思うんです。 AIから見れば何の価値もなさそうな体験を それでも自分にとって大切なものとしてちゃんと持っておくこと 先日も語った 必要じゃないのに残したものが文化になるというのも 全く同じ話です。 評価されるから大切にするんじゃなくて 評価されないのに大切にする そんな覚悟や勇気の方がきっとこれから求められるんですよね。 AIに読ませたら有意義な一時情報が不足していますというふうに 判定されてしまいそうな一日も それでも丁寧に自分の中にくぐらせて 自ら情報化し書き続けること それが本当に大事になってくるんだろうなというふうに思っています。 さて、今日のお話は以上となります。 いつもこのボイシーを聞いてくださっている皆さんにとっても 今日のこのお話が何かしらの考えるきっかけとなっていたら幸いです。 それでは今日はこの辺で また明日 もっと見る鳥井弘文の旅と読書とコミュニティプレミアム放送配信中!09:521.チャプター 1コメントプレミアムリスナーになるとコメント欄に参加することができます プレミアムリスナーに参加する
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