TOPエンタメ映画・本鳥井弘文の旅と読書とコミュニティ欲しい未来のために、かつて否定したものを取り戻せるか。09:25 10月9日 268再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次地方を牽引するローカル左翼の課題地域とネットに見る「居場所」の構造成功経験が招く「願いと方法」の葛藤一度否定したものをどう受け入れるか「魂」を守るため変化を選ぶ難しさAI文字起こし(β版) # チャプター 1 こんにちは。鳥井博文です。 働くをテーマにした台場型オンラインコミュニティ 和製サロンを運営しています。 さて、本日のお題は 欲しい未来のためにかつて否定したものを取り戻せるか というテーマでお話ししてみたいと思います。 今日も昨日ブログに書いた内容です。 それでは早速本題に入ってきますね。 最近、いわゆるローカル左翼みたいな存在について 少し考えていることがあります。 2010年代の地方創生ブームで 都会や資本主義に反旗を翻し 地方で活躍していた人たちが 段階世代からの世代交代なんかも経て 今、その土地の主導権を握る側になっているなと 数年前まではそれで良かったんだというふうに思うんです。 ただ、デフレやコロナ禍を経て 社会の状況も大きく変わってきた今 逆にローカル左翼が多すぎるよなというふうにも感じています。 意外とこれからのローカルの足を引っ張るのは そんな人たちなんじゃないかと 都会での競争や経済成長ばかりを求める社会に対して 違和感を覚えて 地方で別の暮らし方や働き方を作ってきた側の人々です。 そういう人たちが地域で力を持つようになった後 これから一体何を選ぶのか そのことが多少気になってきたなというふうに思うので このボイスの中でも丁寧に考えてみたいなというふうに思います。 この点、ちょうど昨日 インターネットに居場所がない人たちという話をしました。 現実社会に居場所がなかった人たちが ネット上に自分たちの居場所を作ってきた ところがインターネットそのものが社会の中心になったことで 先に来た人たちが強い側となり その外側にまた居場所がない人たちが生まれているんじゃないかと ローカルにもそれと全く同じような構造があるように思うんです。 社会全体で見れば自分たちは今も少数派なのかもしれない でもその土地では何かを決めたり 誰かを評価したりする側にはもうなっているわけですよね。 そんな人たちがこれから何を始めるのか そして誰と組むのか どんな商売をこの地域で良しとするのか その空気作りの話なんです。 そういうことに彼らの価値観が ダイレクトに影響するようになってきている。 つまり自分たちで居場所を手作りした頃とは もう立っている場所が全く違うんですよね。 言い換えるとルーキーとしての挑戦者側から その地域の住賃側に少しずつ軸足がずれてきていて もう40代とか50代の方も多いはずなんです。 しかもそれっていうのは その人たちの活動がうまくいったからこそ 起きていることでもあるわけですよね。 自分たちの考えに共感してくれる人たちが増えてきて 仕事なんかも生まれ地域からも 頼られるようになったわけです。 かつての思い描いていた未来が 少しずつ実現をしてきた。 だからこそ今次の課題みたいなものが 訪れてるんだろうなーって思います。 都会に出て大きな会社に入ったり たくさん稼いだり そういう生き方だけを目指さなくてもいいし 地方で小さく飽きないをしながら 身近人との関係性や 日々の暮らしを大切にできること そういう選択肢を実際に作ってきたことは 本当に意味があったんだって思うんです。 それは僕自身も 東大元暮らしというウェブメディアを通して これでもかというほどに ちゃんと伝えてきた自負があります。 でもそこで暮らし続けている人たちが 増えれば増えるほど その人たちがこれからも暮らしていけるだけの仕事や 次の世代に渡していける 必要になってくるわけですよね。 例えばこれからのインフレ時代に 働いてくれる人に十分な報酬を払おうと思えば 今よりももっと 稼がなければいけないのかもしれないわけです。 仕事を続けていくためには 新しい技術を取り入れたり 外部の企業に力を借りたりする 必要なんかも出てくるかもしれません。 その時、それっていうのは 僕らが一度否定してきたものだから 最初から選択肢を閉じてしまって いいんだろうかって思うんです。 地域で暮らしていける人を増やしたかったはずなのに 自分たちが良いと思えるやり方にこだわるほど そこで暮らせる人たちが 限定的になってしまう。 きっとここで問われているのは 自分たちが一度否定したものを もう一度取り戻せるのか そういうことなんだというふうに思います。 本当に実現したい未来のために ある意味でちゃんと手のひらを返せるかどうか ってことですよね。 手のひらを返すというとどうしても 悪いことのように聞こえてしまいます。 でも現実が変わってきて 自分たちの立場も変わっているのに 自然と同じ答えしか出せないことにも かなり危うさみたいなものがあるはずなんです。 自分の人生の中で 一度否定をしたから もはや絶対に舞い戻れないと そうやってどんどん原理主義的になっていくと 自分たちが守りたかった地域の未来までを 閉じてしまうような気がするんです。 そうじゃなくても 今はインバウンド観光客が激増したり AIという第三の勢力なんかも 現れてきたタイミングなわけですから それに合わせて 自分たちのスタンスなんかも 柔軟に変えていくべき時期のはずです。 とはいえ、これが簡単なことではないことも よくわかるんですよね。 あの時こう言ってたじゃないか という風にそうやって一貫性を求められてしまう わけですから、そんな言葉っていうのは 周りからも聞こえてくるだろうし 何よりも自分自身の中から 聞こえてくるんだという風に思います。 自分たちを繋いできたものを 自分たちから揺らすことになっていくわけですから でもそこで一度 ちゃんと立ち返りたいなという風に思うんです。 僕らはそもそも一体何が欲しかったんだろうか みたいな風にです。 地方で暮らすことも、小さく空き内をすることも 外部の資本なんかに頼らずにやっていくことも それぞれに ちゃんとそこに理由があったはずなんですよね。 自分の暮らしを 自分で選びたかったとか 身近な人をもっと大切にしたかったから とかです。あとは 生まれ育った土地をこれからも生きてきるような場に したかったんだって話も 本当によく聞く話です。 その願いを実現するために 当時自分たちが選べる方法を 自分たちに選んだ結果 ちゃんと一定の成果が出てるからこそ 今また新たな選択をするタイミングにあるよね という風に思うんですよね。 ところがいつの間にか その願いと方法が切り離せなくなってしまうような ジレンマが生まれてきてるなという風に思います。 特にその方法で 上手くいった経験なんかがあると 直されたなという風に思うんです。 自分たちが選んだ形式そのものが 欲しかった未来だったようにも思えてきてしまう わけですよね。そこで暮らしている人が 今何を本当に 実現しているのかを見るよりも先に そこを固定化してしまうことが 一番大きな罠だなという風に思います。 例えば 自分たちで暮らしを選べるようになりたくて 都会の価値観から離れたのだとします。 その後自分たちが 作った場所にやってきた若い人たちが もっと稼ぎたいとか 事業を大きくしていきたいとか 外の企業と組んで何かを始めたいという風に言い出したら 一体どうするのか ここはそういうことをする場所じゃないと言って 追い出してしまうのか 企業が何を実現したくてそう言っているのかを ちゃんと聞けるだけの 開かれた耳を持っていることが大事なはずですよね。 実現したかった未来に近づいたはずなのに そこで自分たちが かつてあれほど嫌いだった側の 立ち振る舞いなんかをしてしまうわけですから 自戒を込めてこれは本当に 気を付けなければいけないことだなという風に思います。 しかも本人たちは 最初の理念を大切にしているつもりだから こそ気づきにくいなという風にも思うんです。 この話っていうのは 先日も放送した 魂の話なんかにも繋がっているなという風に思うんです。 形式や物質がそのまま残ることと そこに宿っていた魂が ちゃんと受け継がれていくこと その二つっていうのは 必ずしも一致しないわけですよね。 同じ看板を掲げ同じ言葉遣いをし 同じようなやり方を続けていても 最初にそこで大切にしたかったものが 逆に失われてしまうことはあるわけです。 外から見たら 随分変わってしまったような場合であっても 最初の願いはちゃんと 生き続けていることも同様にあるはずなんですよね。 魂を守るためにこそ 現実を正しく見定めて 変わっていかなければいけない瞬間があるんだ という風に思います。 一度都会や資本主義から 距離を取った経験なんかも その時にこそ生きてくるんだという風に僕は思うんです。 一度離れたことによって 分かったことが必ずあるはずですからね。 その経験を持ったまま もう一度お金や成長や外部の力との 付き合い方を見直すことだってできるはずです。 まさに僕はこのボージの中で 繰り返し主張し続けている 裏の裏のような感覚です。 自分たちが本当に大切にしたいことを 実現するためにこそ 必要なものをもう一度ちゃんと 見直して使えるようになること そこにこれからのローカルの未来がかかっているような気がしています。 もちろんこの塩梅というのは 本当に難しいなという風に思うんです。 どこまで受け入れて どこで断るのか。何を変えて何を残すのか。 そこにあらかじめ 決まった正解なんかはないんだという風に思います。 自分たちの主張が 一貫していることよりも 決まった人や暮らしが今どうなっているのか そのことを見続けていく必要があるんだろうな という風に思うんです。 自分たちの理想通りに変わったからこそ 次の課題がまた必ず 訪れてくるはずです。 その度に最初に何を求めていたのかを もう一度丁寧に問い直せるかどうかですよね。 欲しい未来を作るというのは 多分そこまで含めて 引き受けることだという風に思いますし 問い続けていく過程そのものなんだろうなという風に思います。 僕自身コミュニティを作り こうして日々自分で発信をして 自分の考えを言葉にしている側の人間です。 前に否定したものが 必要な時に以前の自分の発言を 守ることばかり考えてしまわないだろうかと そんなことはいつも考えています。 魂を守るためにこそ 変わらなければいけない時が必ずありますからね。 その時に自分が 大切にしてきた形式を手放すことなんかも 含めてちゃんと選べる 自分でありたいなという風に思っています。 さて今日のお話は以上となります。 いつもこのボイスを聞いてくださっている 皆さんにとっても今日のこのお話が 何かしらの考えるきっかけとなっていたら幸いです。 それでは今日はこの辺で また明日。 もっと見る鳥井弘文の旅と読書とコミュニティプレミアム放送配信中!09:251.チャプター 1コメントプレミアムリスナーになるとコメント欄に参加することができます プレミアムリスナーに参加する
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