TOPエンタメ映画・本鳥井弘文の旅と読書とコミュニティ「好き」を信じきれない時代の、善き物語とは?09:50 一昨日 244再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次AIが夢を叶える時代、僕らの「好き」は?AIが生み出す「好き」の正体とは共同性が人を閉じ込める「悪しき物語」村上春樹が語る「良き物語」の根源現代に問われる「良き物語」との向き合い方AI文字起こし(β版) # チャプター 1 こんにちは。鳥井博文です。 働くをテーマにした台場型オンラインコミュニティ 和製サロンを運営しています。 さて本日のお題は 好きを信じきれない時代の良き物語とは というテーマでお話ししてみたいと思います。 今日も昨日ブログに書いた内容です。 それでは早速本題に入っていきますね。 昨日のVoicyでは AIによって20年の夢が20分で叶ってしまうという話をきっかけに 僕らが一体夢に何を求めていたのか みたいな話を考えてみました。 ただ前半の最後でも語ったように ここにはもう一つ厄介な問題があるなというふうに思うんです。 本当に好きなことを見つけて それを一緒に追いかける そんな仲間さえいればいいのか 夢の即死問題という問題を前にして 僕もそう言い切れたらどれだけいいだろうというふうに思うんです。 でも現代はその好きになるということに対してさえ 少し警戒するようになってきているなというふうに思うんです。 今日はその理由を考えながら 前半部分で触れた神話の話 そして以前から何度かこのVoicyの中でもご紹介をしている 村上春樹さんの良き物語という言葉について より一層負に落ちるなというふうに思い始めてきたので そんな話を丁寧に語ってみたいなというふうに思うんです。 この点、臨床心理師の遠畑海斗さんが 先日Xでこんなことを抱えていました。 少しだけ読み上げてみたいというふうに思います。 ゲームでも城でも人間でも何でもいいのだが 好きになるが新しく起きたと聞くと 心の回復を感じるが それは外界の影響力を超えたところで 心が独自に何か新しいことを始める力を発揮しているサインだからなのだろう。 好きになるには世界に対する突破力が含まれているように思う。 さていかがでしょうか。 この感覚というのはとてもよくわかるなというふうに思うんです。 そしてそれは確かに心が動き始めたサインのようにも見えてくる。 ただ僕はこの投稿を読みながら 押し数やAIがこれほど短い前までなら この話はもっと素直に納得できたと思うが 今のこの2026年現在においては ちょっとずつ信じられなくなってきてしまっているなと思ったのです。 現代はスマホをだらだら眺めていたら いつの間にか何かを好きになっていたことが 何度も頻繁に起こり得る時代ですよね。 この時本人の感覚としては 確かに好きになったんだと思うんです。 でもその好きの感覚は一体どこから来たんだろうかと 自分の心が独自に動き始めたのか それとも心が動き続けるように 仕組まれた押し数やドバガキの中毒性の高い そんな仕組みの中に自分自身が取り込まれてしまっているだけなのか そこというのはかなり曖昧ですよね。 僕はこのことをXでは 薬物を好きになったという話に近いのではないか というふうに書いてしまいました。 ここで気になっているのは好きだと感じていることと 自分の意思でその対象に関わっていることが 必ずしも一致しないという点なんです。 好きだからこそ関わっているつもりなのに そこから距離を取ることができなくなってしまっているような状態ですよね。 この違いを好きの強さだけで見分けることは 本当に難しいなというふうに思うんです。 アルコールのような身近な薬物的な依存でさえ 方から見れば何かを好きになって 夢中になっている姿に見えてしまうわけですからね。 前編の配信でご紹介をした 夢の即死問題のそのパジサの投稿の中には その後AIによって能力の差が縮まるほど 情熱や執着の差が剥き出しになるというふうに書かれていました。 100本のゲームを作れることよりも 101本目をどうしても作りたくなるかどうかという点です。 確かにそれはAI時代にものすごく大切な姿勢というか 前のめりな態度だというふうに思います。 ただそのどうしても作りたくなる 今はもう無条件には信じられないなって 誰かに言われなくても続けてしまうというそんな事実だけでは その人の内側で一体何が起きているのかまでは 分からないわけですから AIによって夢を形にできるようになった後 じゃあ本当に好きなことをやろうと言っただけでは 話が終わらないんだというふうに思うんです。 むしろその先にこそ非常に現代的な もう一つの大きな大きな落とし穴があるように感じてしまうという話です。 あとさらに厄介なことは そこにもちゃんと共同性までが生まれていることなんです。 例えば自分の推しを何としてでも 1位に押し上げたいというような目的があるとします。 それを一緒に応援する押し勝つ仲間がいて 共に励まし合い結果に一喜一憂をし うまくいけばみんなで喜ぶ そんな環境や循環なんかが生まれてくるわけですよね。 だからその喜びを断定的に外から否定することもできないわけです。 共同性がちゃんと生まれているからこそ その仕組みから離れられないということが起こり アサイリオンさんのインザメガチャーチなんかは まさにその残酷さみたいなものを まざまざと描いていたというふうに思います。 ここまで考えた時に 僕は改めて村上春樹さんの 良き物語という言葉を思い出しました。 人間には物語が必要だ そのことには僕も強く同意します。 だからこそどんな物語でもいい というふうには言えないんだと 村上春樹さんが 良き物語という言葉で語ることの意味が 今僕には以前にも増して 切実に感じられるんです。 この点今から約2年半ほど前に コミュニティは良き物語を語り合う 洞窟のような場所という配信を したことがあるというふうに思います。 村上春樹さんと川上美恵子さんの対談文 耳づくは黄昏に飛び立つを読んで 考えたことを書いたようなブログ記事が 元となっている配信です。 その本の中で村上さんは 物語の前世の根拠について 以下のように語っています。 そういう物語の前世の根拠は何かというと 要するに歴史の重みなんです。 そして何万年も前から 人が洞窟の中で語り継いできた 物語や神話が 今の僕らの中にも継続している そのことが良き物語の土壌になっているんだ というふうにです。 僕はこの観点をとても大切にしたいな というふうに当時漠然と思ったんですよね。 自分が生まれるよりも 遥か前から語られてきた物語がそこにある 自分がいなくなった後にも 誰かがそれを語るかもしれない その長い連綿と引き継がれてきた 連なりの中に自分自身もいること 昨日の配信の中で 今オデュッセイアの映画が 世界的に大きな反響を呼んでいることも 示唆深いというふうにお話をしましたが まさにそこにも繋がるような話です。 AIによって夢の形が 次々と簡単に手に入る時代に なぜ遥か昔から語り継がれてきた 神話に対して僕ら こんなにも心が動くんだろうかと その理由の一つというのは こうした物語が 自分の目の前の願望を超えたところで 人間が生きるというその経験に ちゃんと触れさせてくれるから なんじゃないのかなというふうに思います。 自分が抱えている願いや葛藤も 人類が長く語り続けてきた物の中に ちゃんと繋がっているという そういう感覚ですよね。 僕らが夢に託していた 今生きているという経験と 村上春樹さんの言う歴史の重みというのは ここで見事に重なってくるように感じます。 神話というのは 共鳴のための通路みたいなものを 長く持ち続けてきたのかもしれないな というふうに思います。 そしてAIが作る物語には 歴史の重みや時間の積み重ねは 作り出すことができないわけですよね。 もちろん古い物語は何でもいいというふうに 簡単に決められる話ではない というふうに思います。 ただ、長く語り継いできた物語に触れることは 自分の感じ方だけを 唯一の基準にしないための 大切な手がかりにはなるというふうに思います。 あと、僕が仕組まれた 押し勝ちやドパガキ的なものが 悪しき物語になりやすいのではないか というふうに思うのは その力によって 人が閉じ込められてしまう可能性があるからだ というふうにも思います。 ここにいればあなたが求めているものは全部ある そんなふうに感じられる場所から わざわざ外へ出ることは本当に難しいわけですよね。 外へ出てしまえば 自分を理解してくれない人、つまり他者もいるし 思い通りにはならないことも 様々に起こり得るわけですから でもその外側に触れなくなってしまったとき 僕らの物語というのは 静かに、でも着実に 濁り、歪んでいくんだろうなというふうに思います。 外に出れば必ずうまくいかないことがある 反対に思いがけない 親切なんかに助けられることなんかもありますよね。 そうやって現実を生きて ちゃんと帰ってきて 自分が体験した話を洞窟の中できちんと 対話をすること そのやりとりの中で、自分が経験したことの意味が また少しずつ変わっていく だからこそまた危険な外に出てみよう というふうに思えることもあるわけですよね。 ここにはうまく言えないんですけども 本当にとても大切なものがあるように思うんです。 良き物語というのは そういう連綿と続いてきた 人間同士の間に生まれてくるものではないのかな というふうに思うんですよね。 逆に言えば、良き物語か悪しき物語かを 見分ける方法が存在しないことが 現代の一番の生きづらさ でもあるというふうに思うんです。 そこに明確な定義や答えはない まさに君たちはどう生きるかだけが 問われているような状態なんです。 僕が以前の記事の中で 物語には語り火が必要なんだ というふうに書いたんですが こういうことだったんだというふうに思います。 AIが物語の形を作れるようになればなるほど 誰がそれを語り、誰がそれを聞き その先で一体どんな関わりや関係性が 生まれてくるのかが ますます大切になってくるんだろうなって これで昨日語った目的性と共同性の その矛盾みたいなものが 全て解けたわけではないです。ただ 考えていくうちに夢に託していた 今生きているという経験、そして 目的性と真の共同性を巡るような そんな矛盾、さらに神話や 良き物語の話まで一つの筋で 見事に繋がっていった感覚が 僕の中では強くあります。 これっていうのは以前からブログやボイスの中でも 丁寧に繰り返し語ってきた 本当にとても大切なことだなって思ってたんです。 それが今AIの進化によって 以前よりも具体的に感じられるようになってきた っていうのは本当に怪我の光明みたいな 話だなって思ってます。 自分が何に本当に心を動かされて 誰とどんな物語を生きていきたいのか 僕はそんなことをこれからも 和製サロンというコミュニティを通して 他者と丁寧に語り合いながら 考えていきたいなって思ってます。 さて、今日のお話は以上となります。 いつもこのボイスを聞いてくださっている皆さんにとっても 今日のお話が何かしらの考える きっかけとなっていたら幸いです。 それでは今日はこの辺で、また明日。 もっと見る鳥井弘文の旅と読書とコミュニティプレミアム放送配信中!09:501.チャプター 1コメントプレミアムリスナーになるとコメント欄に参加することができます プレミアムリスナーに参加する
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